6. 賭け
貴族の子女は15歳で王都にある貴族学園へ入学することになる。もともと書生としてお世話になるのは学園入学までとの約束だった。
僕は自分が立案したバイブリーの治水事業に携わりたいと頼み込み、学園への入学を1年遅らせてもらった。本当の理由は、プリシラと一緒に学園に通いたいからだ。
バイブリーの治水工事で、その上流の湖水地方に泊まりがけで滞在することが多くなり、近くの別荘を自由に使わせてもらえることになった。
1歳年下のプリシラも15歳になったが、貴族学園に通うことを強く拒否した。今までも嫌だ嫌だとわがまま三昧だったが、今回の拒否は今までとは比べものにならないほど激しく、貴族学園の話をするだけで、3日は部屋に引きこもって出て来なかった。
プリシラが警戒しているのは、あの『日記』にあった『乙女ゲーム』が始まるからだろう。彼女は『悪役令嬢』になりたくないと書いていた。
公爵家の使用人に調べさせたところ、『ヒロイン』のリリアンはエリントン男爵家にまだ引き取られておらず、母娘二人で王都の食堂を切り盛りしていた。
隣国のスパイと記載されていたクィン先生については、王都の騎士団に入ったという次兄に情報提供をした。次兄は初め半信半疑だったが、クィン先生が学園の保護者相手に、隣国の有名画家の贋作を売りつけているのではないかという疑惑が浮上した。現時点ではスパイ容疑での訴追は難しいが、情報提供をありがとうと手紙が来た。
「モーリス、頼みがある」
僕はある日、公爵閣下に呼び出された。
「グレイストーン公爵家を継ぐのは、プリシラだ。だが、夫になる君がいくら優秀でも、本人が貴族学園も出ていないとなると、王族や他の貴族から、爵位継承に異議が出る可能性がある」
「はい」
「プリシラも君の言うことなら、聞いてくれることがあるだろう。どうにか彼女を学園に連れて行ってもらえないだろうか」
「分かりました。説得してみます。ですが、こちらにも条件があります」
「条件だと?」
「貴族学園へは、プリシラ様と一緒に公爵家の王都タウンハウスから通いたいです。それと今、使わせていただいている湖水地方の別荘を僕にください」
グレイストーン公爵はその言葉の意図を探るように、しばらく黙った。
「確かに、あの子は王都で一人にしていたら、すぐに学園に通わなくなるだろうな。分かった。――だが、婚前交渉は絶対に認めないからな」
「もちろんです」
僕はその足で、プリシラのところに行った。
「賭けをしましょう、プリシラ。もし僕が勝ったら、あなたは僕と一緒に学園に入学する。もしあなたが勝ったら湖水地方に別荘を1棟プレゼント。これは公爵閣下にも約束してあります」
よっぽど別荘が欲しかったのか、プリシラはすぐに話に乗ってきた。普段よりも考えながら駒を進めているようだったが、僕の方が一枚上手だった。
「……チェックメイトです。学園には一緒に入学してもらいますよ、プリシラ」
僕たちは貴族学園への入学に合わせ、王都の公爵家のタウンハウスに引っ越した。
「どうして、モーリスがうちの公爵家のタウンハウスに住むの? お父様がいないんだから、書生として学ぶこともないでしょう? 伯爵家のタウンハウスに住みなさいよ」
プリシラは最後まで不満そうだった。でもこれはプリシラを守るためでもあった。




