5. 求婚
公爵家に住むようになって2年、僕は15歳になっていた。毎年、王都で社交の季節が近づくと、プリシラと公爵夫人はよくもめる。去年はプリシラがソファから離れず逃げ切ったが、今年はどうだろうか。僕は静かに彼女らの様子を窺った。
「プリシラ!! 今年こそ王都に行くわよ。社交シーズンなんだから、お友達を作らないと。もう引きこもりはやめて頂戴!」
「いいえ、行きたくないわ。令嬢同士の会話ほど、退屈なものってないもの」
「どうして、あなたはそうなの? 小さい頃は他のご令嬢とも遊んでいたじゃない?」
「え、だって。嫌なものは嫌なんだもん」
僕はこの領でお留守番だ。水害の起きたバイブリーの街を視察して、支援物資を届けて欲しいとグレイストーン公爵から直々に頼まれていた。
王都の社交か。きっと公爵夫妻が彼女に合わせるのは年の近い令嬢たちだけではない。彼女と相性のいい令息も一緒に探すことになるだろう。
他の男が彼女の手に触れる。想像しただけで、胸底がかき乱された。そして言葉が先に飛び出した。
「――奥様、お取り込み中のところよろしいですか? 先日起きた水害の視察に行こうと思うのですが」
「あら、モーリス。主人から聞いているわよ。私たちどうしても明日から王都に行かなくちゃいけなくて、助かるわ。ありがとう」
「ご相談ですが、プリシラ様もお連れしてもよろしいでしょうか? きっと領民も嫡子のプリシラ様が支援物資をお届けになれば、喜ぶと思うんです」
「そうね。確かに領内の政治は大切よ。でも、この子は……」
戸惑う夫人をよそに、プリシラは勢いよく言った。
「お母様! 私、バイブリーに行ってきます」
「じゃあ、決まりですね。プリシラ様、早速準備をしましょう」
プリシラは領政など一度も学んだことがないはずなのに、治水について具体的な方法を提示し、支援物資についても被災地で食べやすいものを選んだ。
「干し肉と押し麦はお湯を沸かせば食べられるわね。本当は野菜もあるといいんだけど」
翌日、被災地に降り立ったプリシラは女神のようだった。慣れないながらも、領民の話を聞き、手やドレスが汚れることも顧みず、支援物資を配っていた。
もともと領地でのプリシラの評判は最悪だ。だが「プリシラ様が来てくださった」「ありがとうございます!」と、手のひらを返したように領民たちは彼女に感謝を述べた。
「モーリス、ありがとう。予めあなたが被害の状況や被災民の話について教えてくれたおかげで、人見知りだけど領民たちとうまく話せたわ」
視察から戻ると、プリシラは珍しく僕に礼を言った。
僕はプリシラの青い瞳をじっと見つめ、尋ねた。
「そういえば、プリシラ様は婚約や結婚についてどう思っておられます? 率直に教えてください」
「率直って、そりゃ貴族の義務だということくらい私だって分かっているわよ」
「義務だと分かっているなら、どうして全員追い返すのですか?」
「だって面白くないんだもん。私の理想は怠惰な生活の継続。領政を引き継いであれをしたいこれをしたい、あなたと愛し合って幸せな家庭を築きたい、とか。どれも興味がないの」
「なるほど。怠惰な生活の継続ですか。プリシラ様らしいですね」
「ええ、そうよ。できれば結婚なんてしないで、領内の小さな屋敷をもらって、朝から晩まで引きこもっていたいわ」
「――じゃあ、僕と婚約しません?」
「はあ?!」
「悪い話じゃないと思うんですよ。僕は、プリシラ様のその性格をよく存じています。だから、あなたが今のようなことを言っても、幻滅しません。それに、ご両親のように無理に社交に付き合わせることもありませんし、あなたに愛を求めることもありません。もちろん、プリシラ様がこの家の嫡子なので跡継ぎ作りには協力していただかないといけませんが、あなたが自由な時間をとれるように乳母や教育係はたくさん用意します」
「いきなり言われても……」
「いきなり公爵閣下が素性の分からない人間を連れてくる方が、人見知りのあなたは困るのではありませんか? 幸い、僕のことを閣下はそれなりに気に入ってくださっています。僕たちが婚約したいと言えば喜んでくださると思います」
プリシラが金髪を一束つかみ、くるくると回した。
「そ、そうね。――あの不毛なお茶会から解放されるのは魅力的ではあるわ」
「では、交渉成立ということでよろしいでしょうか? プリシラ様」
「ええ」
社交シーズンが終わってしばらくすると、たくさんの釣書を携えて公爵夫妻が領に戻ってきた。僕はすぐに治水事業の立案と、プリシラとの婚約を願い出た。公爵夫妻は驚いた様子だったが、結局は娘に甘い。「プリシラが望むなら」と最後は納得してくれた。




