2. 盤面
それから、プリシラは僕を避ける訳ではなく、逆に一日一回はお茶に誘うようになった。侍女に高級茶と手の込んだ菓子を用意させ、彼女なりに僕をもてなしてくれているようだった。
「プリシラ様、グレイストーン公爵家の初代はエドワード王の弟で、三代目にあたるリチャード・グレイストーンが南部戦争で大きな戦果を上げてこの領地を王家より拝受されたんですよね」
「えっ、ええ。そうね」
「公爵閣下の部屋に今までの当主の肖像画が飾られていて、閣下も先代に恥じないようにこの領を治めたいとおっしゃっていました」
自分の先祖の話のはずなのに、プリシラはどこか他人事だった。
「それで、モーリスは今日は何をなさったの?」
プリシラの視線が急に鋭くなる。
「来週公爵閣下が先代の墓参りに行かれるそうです。それに同行させてくださいとお願いしました。領地視察も兼ねているので、その勉強を」
「あら、そう」
プリシラがその長い金髪を左手でもてあそんだ。これは何か考え事をする時の彼女の癖だ。
「どうされました? プリシラ様」
「いえ、別に。先祖の墓は湖水地方の近くにあります。風光明媚でよい土地ですよ」
「ええ、閣下からもそう聞いています」
「楽しんでいらして」
プリシラは口元で笑顔を作ったが、その目元は全く笑っていなかった。
グレイストーン公爵家に来て、公爵夫妻にはすぐに気に入ってもらった。唯一の誤算は"白痴令嬢"に完全に警戒されていることだ。あれは敵を見る目だ。
グレイストーン公爵によれば、プリシラは勉強が嫌いで、ほとんどの家庭教師をクビにした。婿候補とのお茶会で居眠りをしてほとんどその話を聞いていないという。
一方、僕が毎日お茶をしているプリシラは、常に何かを探るように僕の話を聞いている。その視線は公爵閣下のそれより厳しい。どうして彼女にここまで警戒されているのか、全く見当もつかなかった。
僕は少しでも彼女の機嫌を取ろうと、一般的な令嬢が好きそうな話題を振るようにした。王都で流行っているドレスに、令嬢に人気の菓子。でもプリシラは退屈そうに一通り話を聞くと「それで、モーリスは今日は何をなさったの?」と必ず聞いてきた。彼女は僕の動向だけに関心があるようだった。
そんな時、使用人たちが話しているのが聞こえた。
「また、プリシラ様に捕まったのか」
「こちらも暇ではないんですが、頼まれたので仕方なく」
「お嬢様の暇つぶしなんだから、真面目に指さなくてもいいのに」
「チェスやカードゲームへ向ける関心の一部を外の世界に向けてくれればいいんですけどね」
あの令嬢、チェスを嗜むのか。勉強も社交も嫌がる彼女が、頭を使う盤上遊戯を好むとは、少し意外な気がした。だが好都合だ。――僕は早速彼女をチェスに誘った。
「――チェックメイト!」
チェスを指す彼女はいつもより生き生きとしていた。そして初めての勝負で僕は負けた。実家にいた時、兄たちとチェスを指したことがあった。あの時は簡単に勝てた。だから"白痴令嬢"相手に負けるとは予想外だった。
「……さすがプリシラ様です。お強い」
「お世辞はいいわ。あなたも私がこの家の娘だから負けてくれたんでしょう」
このプリシラの何気ない一言が、どこかいつも冷めた目で周りを見ていた自分に火をつけた。僕はそれから徹底的にチェスを勉強した。そして彼女の戦略についても分析した。遂に、十回目の勝負で僕は勝った。
「プリシラ様、チェックメイトです」
「――私、負けたのね」
ちょっと驚いた様子でプリシラは盤面を眺めていた。
プリシラにとって、チェスは"暇つぶしのお遊び"にすぎないのだろう。十分強いがその手の内は限られていた。勝負していくうちに必ず彼女に勝てるようになったが、半分はわざと負けるようにした。勝負とは勝ち続けても、負け続けても楽しくないものだ。




