表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
32/37

高校編・第10話「小物という名の、嫉妬の刃」

七月。


朝、楓が凛の部屋のドアを叩いた。


「お姉ちゃん、途中まで一緒に行こー」


「……今行く」


数日前、楓はクラスの友達に「お姉ちゃん美人だね」と言われたのがすごく嬉しかったらしく、それ以来いつも以上にまとわりついてくるようになった。


「お姉ちゃん、一緒にお風呂入ろー」


「お姉ちゃん今日一緒に寝よー」。


凛としては少し困惑しているが、悪い気はしなかった。



学校に着いて、自分の机の前に立った時、気づいた。


引き出しの中身が、荒らされていた。


教科書が逆さに入れられ、ノートのページが数枚、折られていた。


消しゴムが見当たらなかった。


(……なるほど)


凛は少し考えた。


小物のいたずらだ。前世であれば、これは領土への小規模な嫌がらせに相当する。


対処法は簡単だ。


捨て置けばいい。


相手にした瞬間、向こうに手応えを与えることになる。


机の中を整えて、席に着いた。


「どうしたの?」


「いや、机の中が……」


「え、何これ?どうしたの?」


胡桃の顔が、少し険しくなった。


「小物の戯言だ、気にするな」


「気にするよ」


「捨て置け」


「捨て置くなー」


「胡桃どうしたの?」


聖良が近寄ってきた。


聖良と真美は、凛と胡桃とかなり打ち解けており、お互いの名前を呼び捨てに出来るくらいに仲良くなっていた。


「聖良ー、見てこれ、ひどくない?」


「これはひどいね」


昼休み、真美と聖良が凛のところにやってきた。


「昨日、雪代くんのこと話してた子が怪しいって」


真美が、険しい顔で言った。


「凛、大丈夫?」


「問題ない」


「問題あるよ!」


真美が、珍しく強い口調で言った。


「誰がやったか、だいたいわかってる。ちゃんと言った方がいいよ」


「小物のいたずらだ。捨て置く」


「凛がそう言っても、私たちは納得できない」


聖良も、静かに言った。


「こういうことは、最初に止めないとエスカレートするから」


真美が、凛にぎゅっと抱きついた。


「もう、本当にひどい。絶対許さないから」


このやりとりを見て、胡桃の怒りもだいぶん収まってきた。


「ふーっ、とにかく私たちが凛を守る!」


三人の言葉は、凛には少し過剰に感じた。


しかし、三人がそれほど怒っているという事実は、素直に受け取った。


(……仲間というのは、こういうものか)


午後のホームルームが始まった。


担任が連絡事項を読み上げていた。


その時だった。


湊人が、静かに立ち上がった。


担任が、きょとんとした顔で湊人を見た。


「雪代くん?」


湊人は担任に軽く頷いてから、教壇の前に進んだ。


クラスが、しんとなった。


湊人は、ゆっくりとクラス全体を見渡した。


「一つだけ言わせてください」


その声は、静かだった。しかし、空気が変わった。凛は、その変化に気づいた。


(……これは)


前世で、感じたことのある気配だった。


「いたずらであろうと、嫌がらせであろうと、朝霧を傷つける者は許さない」


教室が、水を打ったように静まり返った。


「委員長として言っているのではない。個人として言っている。以上だ」


湊人は、静かに席に戻った。


「......」


しばらく誰も声を出せなかった。


担任が、ハッとしたように慌てて場を取りなした。


「え、えーと、では続きを......」


全員が悟った。


この二人に余計なちょっかいを出すと、ただでは済まない、と。


凛は、少しの間、何も言わなかった。


(……魔王だ)


あの時会った魔王の片鱗が、今の湊人と重なった。


「……雪代」


放課後、廊下で湊人に声をかけた。


「なんだ」


「さっきのは、大げさだ」


「そうか」


「傷ついていない」


「知っている」


「ならばなぜ」


湊人は、少し間を置いた。


「傷ついていないからといって、許していいことにはならない」


凛は、その言葉を少し考えた。


(……そういうものか)


「……魔王らしい考え方だ」


「褒めているのか」


「事実を言っている」


湊人が、小さく笑った。


廊下の端から二人のやりとりを見ていた胡桃が、掛けてきて凛に言った。


「ねえ、今日の雪代くん、すごかったね」


「そうか」


「ちょっと怖いくらいの凄みがあった」


「そうだな」


「あの雰囲気、普通じゃなかったよ」


凛は少し考えた。


「……知っている。あれが、本来のあいつだ」


胡桃が、少し目を丸くした。


「本来の?」


「昔からああいう奴だったようだ」


「? ふーん、そうなんだ」


胡桃は少し間を置いてから、ぽつりと言った。


「なんか雪代くんって、凛には甘いよね」


「そうか」


「うん。他の人とは明らかに違う」


「……そうか」


「凛は気にならないの?」


「特に」


胡桃が、少し笑った。何かを言いたそうな顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。


凛は、傷ついていないからといって、許していいことにはならない、という湊人の言葉を心の中で何度も反芻していた。


(……あいつは、信頼できる)


凛は、そう思いながら歩き続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ