高校編・第9話「告白という名の、謎の風評」
六月、後半。
朝、母が台所から声をかけてきた。
「凛、最近いつも本を読んでるわよね」
「そうか」
「何読んでるの?」
「歴史とか、色々」
母が、少し意外そうな顔をした。
「へえ。高校生らしくなってきたじゃない」
陸が、箸を持ったまま言った。
「ウゲー、本なんて何が面白いの?」
楓が、すかさず反論した。
「えー、面白いよ。この前見た映画、あれの原作は小説だよ」
「映画は見るけど、本は読まなくていいじゃん」
「原作の方が面白いんだよ」
「なんで?」
「映画は時間の関係で、カットされちゃう部分があるんだよ。」
二人が言い合い始めた。
母が「はいはい」と言いながら味噌汁をよそった。
凛は黙って本のページを思い出しながら、朝食を食べ始めた。
(……記録する生き物の歴史は、思っていたより面白い)
学校に着くと、真美が小走りで近づいてきた。
「凛ちゃん、聞いた?」
「何をだ」
「雪代くん、また告白されたって」
「……そうか」
「それだけ? 驚かないの?」
「なぜ驚く必要がある」
真美が、少し呆れた顔をした。
「入学してから何人目だと思ってるの。しかも全員撃沈なんだよ」
「……何人だ」
「私が把握してるだけで四人。でも実際はもっといると思う」
凛は少し考えた。
(……四人)
「断る理由は何だと言っていた」
「それがね、特に何も言わないらしいんだよね。ただ、みんななんか雰囲気で断りを察してしまうみたいで」
「……そうか」
「しかも最近は、雪代くんに話しかけようとする子も減ってきてて。なんか、近づきがたい雰囲気があるって言われてる」
真美が声を潜めた。
「特に……凛ちゃんと委員長の仕事してる時の雰囲気が、割って入りにくいって」
「我は関係ない」
「周りにはそう見えてないんだよ」
凛には、よくわからなかった。
昼休み、胡桃が凛の席に来た。
「凛、聞いた? 雪代くんのこと」
「真美から聞いた」
「どう思う?」
「何がだ」
「告白されまくってるのに全員断ってるって」
「本人の自由だ」
胡桃が、少し考えるような顔をした。
「ねえ、凛から見て雪代くんってどんな人?」
凛は少し間を置いた。
「……補佐が得意だ」
「それだけ?」
「感情の動きが人と少し違う。しかし、悪い人間ではない」
「悪い人間ではない、か」
胡桃が、少し笑った。
「私も最初はちょっととっつきにくい人だと思ってたけど、最近そんな感じしないんだよね」
「そうだろう」
「でも二人が何話してるか、全然わかんないんだよね」
「前世の話だ」
「それ以上聞いたら頭痛くなりそうだから聞かない」
胡桃が笑いながら言った。
放課後、委員長の仕事で湊人と廊下を歩いていた。
担任に提出する書類を持ちながら、ふと湊人が言った。
「なあ、なぜこの世の女生徒は特別な関係になろうとしたがるんだ?」
「さあな。臣下とも親友とも違うらしいからな、理解できん」
「そうだよな。俺も最初何を言われているのかわからなくて、臣下の申し出か?と聞いたら、不思議そうな顔をされた」
「お前もか!我も臣下の申し出だと思ってな、力なきものだった故、鍛え直して出直すように言ったのだ」
「……それは傑作だな」
「何がだ」
「いや、なんでもない」
湊人が、小さく笑った。
「特別な存在、というのは理解できるのだが、いまいちはっきりしないな」
「そうだな」
しばらく、二人とも黙って歩いた。
「朝霧」
「なんだ」
「お前と話していると、前世のことを少し思い出す気がする」
凛は、その言葉を少し考えた。
(……前世のことを)
「……我もだ」
「そうか」
湊人が、少し歩調を緩めた。
「懐かしい感覚だ」
凛は、答えなかった。
(……懐かしい)
その言葉が、自分の中にも静かに響いた。
翌日、真美が凛に駆け寄ってきた。
「凛ちゃん! 昨日放課後、雪代くんと二人で廊下歩いてたでしょ」
「委員長の仕事だ」
「わかってるけど、また噂になってるよ」
「……何の噂だ」
真美が、少し困った顔をした。
「二人が付き合ってるんじゃないかって」
凛は少し黙った。
「違う」
「私もそう思うけど、周りには伝わらないんだよね」
凛は少し黙った。
(臣下でも、親友でもない)
(……では、一体何なのだ)
凛には、全くわからなかった。




