表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/34

中学編・第2話「白き衣の者たち」

9月


翌日、鏡で初めて自分の顔を見た。

人間の顔だ。


(これが今の我の顔か......メスだな。)


当たり前だが、髪の毛以外に毛がない。鼻も低い。

全体的につるんとしている。


(......威厳は、......ないな。)


黒い髪の毛がやけにサラサラしている。

頭を左右に振ってみると、長い髪の毛一緒に緩やかに広がりながら揺れる。


(......これはこれで悪くないな。)


いつもの感覚で耳を動かそうとした、が動かない。

んっ?頭についているはずの耳がない?

一瞬ドキリとしたが、冷静に思い返す。


(いや、人間とは耳の位置が違うのだ。)


顔を横に向けてみる。

やはりな、人間の耳は顔の両横についている。


(耳は頭の上についていた方が狩の際に有利だと思うのだが、人間とは狩の仕方も違うのだろうな。)


そんなことを思いながら再び動かそうとしてみたが、やはり耳は動かなかった。

(不便な耳だな)


今度は口を大きく開いてみる。

牙は、ないな。牙どころか、尖った歯がない。草食獣に近いのか。


(この歯では獲物を仕留める事も出来んだろうな。)


そしてなんとも心許ないくらいに細い首よ。

改めてよくみると、顔も体も本当に小さいな。


この小さき者が「朝霧凛」、今の我か。


どうやら、凛というこの娘は、事故に遭いこの病院に運び込まれていたらしい。

なぜ事故に遭ったのか、今の世界で目覚める前の出来事を我には知る由もない。


自分自身の新しい顔を隅々までよく観察して一息ついた頃、何やらいい匂いのする物が運ばれてきた。


(そういえば腹が減ったな。)


目の前には人間の食事らしきものが並んでいた。


これは、パンか?

確か人間たちが好んで食べると聞いたとこがあるな。


その横にあるのは、草と、この薄い茶色の長いやつは、何かの指か?それとも虫?

それと、この黄色い湯気のたつものは、何かの汁だろうな。

あとは、何やら四角い箱?赤い丸の模様が書かれているが、よくわからん。


(......少ない。これっぽっちで我の腹が満たせるわけがなかろう)


しばらくジッと朝食を眺めていたら、白き衣の者が入ってきた。


「朝霧凛さん、おはようございます。昨日はよく眠れましたか?体調は大丈夫?朝ごはん食べられそうですか?」


黙って頷く。


「今日のメニューは、ロールパンとソーセージ、野菜サラダ、コーンスープ、それとりんごジュースね。」と言いながら、白い箱に何かを突き立てた。


(これで中身を吸うのか、なるほどな。)


「食欲なかったら無理しなくて大丈夫ですからねー」と忙しく立ち去っていった。


とりあえず匂いを嗅いで安全を確かめる。

クンクン、クンクン。大丈夫そうだな。


まずはパンを一口食べてみる。

んっ!うまい!これはパンだよな?パンはこんなに柔らかいのか?


次に正体不明の茶色の何かを恐る恐る口の中に頬張る。

......肉か!これは美味い。

温かい肉はあまり食べた記憶はないが、いったいこれは何の肉なのだ?

まあ、美味ければそれでいいのだが。


草は......あまり好きではないから、いらん。


黄色い汁を飲んでみる。

ほう、この汁は甘くてうまいな。

この少しトロッとしているのがたまらん。


最後に白い箱の中身を吸ってみる。

んっ!?これも甘くてうまいな。


なぜだか胸の奥が熱くなるのを感じる。

何かを思い出しそうになるが、今一つのところで思い出せない。

一旦考えるのをやめて食事を続けた。


以前から人間たちは器用だとは思っていたが、こんな美味いものをいつも食べているのか。

(悪くない。)


しかし、思いのほか腹が膨れた。

全く足りないだろうと思っていたが、この体には十分な量だったようだ。


誰かに食べ物を目の前に運んでもらい、食べるという行為は初めての経験だった。

(これが人間たちの生き方か・・・)


食べ終わった頃に先ほどの白き衣の者がやってきた。

「あら、野菜は残したのね」

「草は好きじゃない。」

「ぷっ、草って。」と笑いながら「まあ、これだけ食欲あるならよし。」

そう言って立ち去っていった。


(次は草も食べてみるか・・・)



食事が終わってから、白い衣を着た人間たちが何度も出入りし、我の腕に細い管を繋いだり、体に妙な機具を当てたりした。

(……奇妙な事をする。これも回復魔法か、何かの儀式の類か?)


最初は抵抗しようとしたが、

「じっとしていないと、針が変な場所に刺さると余計に痛いですよー。はい、じゃあ窓から空を見てみてください。」


言われるままに空を見ると、そこには森の木々の間から見えていた色と同じ、淡い水色の空があった。


「そう、そうしたら目を瞑って、その空にたくさんの鳥が飛んでいる様子を想像してみてください。」


目を瞑ると森での風景が甦る。

水色の空から赤や黄色、青い小鳥たちが飛んできて、我の立髪にとまり羽を休めていたあのひととき。


「はい、終わりましたよー。痛くなかったでしょう。」


はっ、目を開き振り返る。

(・・・、さすがは白き衣の者というべきか。痛みを忘れさせる精神操作。見事だ。)


「あまり激しく動かないでくださいね」と満面の笑顔で釘を刺された。


それから少し眠りについた。

夢現の中で、人間パーティーの魔法使いが使っていた、あの淡い光を思い出す。


人間の治療、魔法とは仕組みは違うようだが、効果としては近いものを感じる。

そう結論づけ、それからの治療行為に抵抗はせず、人間たちのなすがままになっていた。


事件は午後に訪れた。

何かの検査だといって、祭壇のようなものがある部屋に連れて行かれた。


中に入るとなんだか不思議な音がする。本能が警戒せよと言っている。

瞬時に身構え、攻撃に備えた。しかし直ぐに思い直した。

(一度抵抗はすまいと覚悟したのだ。信じて従おう。)


白き衣の者が何やら説明しているが、音が気になって言葉が頭に入ってこない。

とりあえず祭壇前の寝床に横になれとの事だったのでそれに従う。


何が始まるのやら、そう思っていると、天井が動き出した。

いや、寝床が動いているのだ。


まさかとは思ったが、我を寝床ごと祭壇に開いた狭い穴の中に寝床ごと入れようとしたのだ。

(・・・やけに狭いな。今度はなんの儀式が始まるのだ?・・・)


次の瞬間だった、

ガガガガガー。


なっ、なんだ、この音は?何が始まるのだ?


聞き覚えのない大きな音に、再び本能が警戒せよと訴える。

一気に緊張が高まる。


ガワワワー。

音の感じが変わった。

(まだ終わらないのか?)


ギャワワー。

音は止まない。

(これは拷問か何かなのか?)


(もしやこれは石棺なのでは?......それとも......はっ、生け贄の祭壇か!)


これも弱き者の運命として、一度は受け入れようともしたが、

「おのれ人間ども!治療を施しておきながら、結局は生贄とするのか!」

と思わず叫んでしまった。


獣王と言われた我が石棺で最期を迎えるとは。

悔しさと、情けなさに、涙が滲む。

(最期に一矢報いたい。この弱き体でどのまでやれるか?)


そう思った瞬間、あのうるさい音が止まった。


白衣の者どもが目を丸くして部屋に入ってきた。

「朝霧凛さん、大丈夫ですよー。さっきもお伝えした通り、音がうるさいだけで、何も痛くないので安心してくださいねー。」

と宥められ、再び、祭壇の穴に入れられて、程なく何事もなく出てくるという、なんとも拍子抜けな経験もした。


(決して弱気になっていた訳ではない。獣王とまで呼ばれた者の矜持として、戦いの中でこの命を燃やし尽くしたかっただけだ。)


検査の後で、母というメスから「MRIの時に何か大声で叫んでたらしいけど、大丈夫だった?」と聞かれたが、「よく覚えていない」とだけ答えておいた。


母は不思議そうな顔をして「......そう。」とだけ返事をした。



それから数日後、医者と呼ばれる人間から、検査の結果、特段異常はないとの結果を聞かされ、翌日の退院を許された。


「数日自宅で様子を見て問題なさそうであれば学校に行って大丈夫ですよ。でもあまり無理はしないようにね。」


(......学校?何かの修練場の事か。)


そして、目覚めてからのこの一連の奇行は、医者によって「一時的な混乱と記憶障害」という診断名をつけられることになった。

事故のショックで、しばらく言動がおかしくなることは珍しくないのだという。


おかげで、その後の我の数々の奇妙な振る舞いは、家族にも周囲の人間にも、概ねこの一言で片付けられることになる。


「まあ、事故の後だから……」

便利な言葉だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ