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高校編・第7話「文化祭という名の、新たな前線」

六月。


朝、洗面所で髪を整えていると、楓が顔を覗かせた。


「お姉ちゃん、髪留め借りてもいい?」


「別に構わないが、どうした?」


「学校の友達と赤い髪留めをお揃いでしてこようって約束してたんだけど、自分のが見当たらなくて」


「そうか」


「赤いやつ、持ってるよね?」


「ある」


「やったー。お姉ちゃんつけてー」


「自分でつけろ」


「うまくできないの。お姉ちゃんつけてー」


楓が、上目遣いで言った。


(……しょうがないやつだな)


凛は鏡の前にしゃがんで、楓の髪に赤い髪留めをつけてやった。


「できた」


「ありがとー!」


楓がぱっと顔を輝かせた。鏡の中で、楓の髪が少し整って見えた。


(……まあ、悪くない)


凛は立ち上がって、自分の髪に戻った。


朝食を終えて家を出ると、六月の空は薄曇りだった。


梅雨の匂いがした。


前世の森でも、この季節になると空気が変わった。


獣たちの動きが鈍くなり、代わりに植物が一気に育つ。


(……この世界の六月も、似たような空気だ)




学校に着くと、廊下が少し賑やかだった。


「文化祭の準備班、今日決めるって」


昨日クラスの投票で、凛のクラスはお化け屋敷をする事が決まっていた。


「何の係やるか、もう決めた?」


「それを今日決めるの」


胡桃と真美がそんなやりとりをしていた。


文化祭。


凛は少し考えた。


中学の文化祭では、お化け屋敷を征服した。


あれは思わぬ形で領地となった場所だった。


(……高校の文化祭は、何が違うのだろうか)



担任の先生が黒板に係の種類を書いた。


「大道具、小道具、幽霊係、案内係、企画・運営。希望をとって、多い場合はくじ引きね」


凛は少し考えた。


(……企画と運営。全体を掌握できる。これだ)


希望を出した。くじ引きの結果、企画・運営係になった。


同じ係になったのは、湊人と真美、聖良、それからクラスの男子生徒が一人だった。


胡桃は幽霊係になった。


「凛ー、一緒じゃなかったー」


胡桃が少し残念そうな顔をした。


「問題ない。別の係でも文化祭は一緒にやる」


「まあそうだけど」


真美が、凛と湊人を交互に見た。


「私たち、企画・運営でよかったのかな……なんか二人がすごそうで」


「問題ない。戦力は多い方がいい」


「戦力って言い方!」


真美が笑った。


班で集まって、役割分担を決めた。


凛は少し考えてから、口を開いた。


「まず、この教室を掌握する」


「……掌握?」


真美が首を傾けた。


「人の流れは、戦場の隊列と同じだ。止めれば崩れる。崩れれば恐怖は増幅する。入口から客を誘い込み、逃げ場をなくす。暗さと音で感覚を奪う」


「なんか、本格的だね」


聖良が少し引き気味に言った。


湊人が、静かに口を挟んだ。


「入口はあえて狭くつくろう。序盤から隊列を乱すのだ」


「……なるほど。混乱した状態で進ませれば、恐怖の感度が上がる」


「そういうことだ」


「暗さは、全部暗くするより一部だけ明るい場所を作る方が怖い」


「光の落差で恐怖を演出するか。よし、採用だ」


「驚かせる役は三か所に配置。均等ではなく、最初と最後に集中させる」


凛は少し考えた。


「最初と最後だけでは足りない。中盤に一度、静寂を置け。音のない間が、次の恐怖を何倍にも膨らませる」


湊人が、わずかに目を細めた。


「……理解はできる。だが、俺には発想できなかった」


「感覚だ。戦場では、静寂の直後が一番危ない」


真美と聖良が、二人のやりとりをぽかんと見ていた。


「……なんか、すごく息合ってるね」


「合ってない。雪代が補足しているだけだ」


「それを息が合ってるって言うんだよ」


凛には、よくわからなかった。


「朝霧」


湊人が言った。


「なんだ」


「お前、お化け役やれるか」


「……どういう意味だ」


「怖い雰囲気を出せるかという意味だ」


凛は少し考えた。


「問題ない」


「だろうな」


湊人が、小さく笑った。


「お前の気配は、普通じゃないからな」


真美が、思わず口を挟んだ。


「ちょっとちょっと、言い方」


「……最初から知っていたのか」


「ああ」


真美と聖良が顔を見合わせた。


「本当にこの二人息ぴったりね」


「うん、熟練のコンビ漫才を思わせるよね」


(……やはり、前世の感覚が残っている者同士は、わかるものなのかもしれない)


話し合いが終わり、解散になった。


帰り際、胡桃が駆け寄ってきた。


「凛ー、班どうだった?」


「問題なかった」


「雪代くんと同じ班、大丈夫だった?」


「なぜ大丈夫かどうかを聞く」


「なんとなく」


「問題ない。むしろ、よく補佐してくれた」


「そうなんだ」


胡桃が少し意外そうな顔をした。


「意外と普通じゃん」


「何がだ」


「なんか、意見がぶつかったりしないか心配してたんだよね。仲良くやれてよかった」


凛は歩きながら考えた。


(……雪代は、指示を出さずとも意図を理解する)


(……副官としてなら、優秀だ)


六月の曇り空の向こうから、少しだけ光が差した。


(……文化祭)


(ここも、ひとつの戦場だ)


(……悪くない前線だ)

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