高校編・第6話「親友という名の、副官の正体」
五月。
朝食の席が、いつもより賑やかだった。
「お母さん、ショッピングモール連れてって!」
楓が、箸を持ったまま身を乗り出していた。
「何で急に?」
「お姉ちゃんが買ってきてくれた駄菓子に、当たりくじが入ってたの!もう一袋もらえるから交換に行きたい!」
「へえ、当たったの」
母が少し目を丸くした。
凛は黙って味噌汁を飲んだ。
まさかくじが入っていたとは知らなかった。
前世では、食べ物に紙が混入していれば異物だと判断していた。
(……駄菓子というものは、紙も込みで楽しむものだったのか)
「いいじゃん楓、当たったんなら」
陸が、少し不満そうな顔で言った。
「陸は当たらなかったの?」
「はずれだった」
「……そうか」
「姉ちゃんが楓に渡した袋の方に、当たりが入ってたんだよ。」
陸がぼそっと言った。
言い訳がましくはなく、ただ事実として述べている感じだったが、口元が少し尖っていた。
「陸、駄菓子くらいでそんなにブツブツ言わないの」
母が涼しい顔で嗜めた。
「言ってない」
「顔に出てる」
陸が黙った。
楓は「やったー!」と言いながら、すでに次の駄菓子を口に入れていた。
凛は陸を横目で見た。
(……今度は陸の方に当たりが入っている袋を選んでやろう)
そう思ったが、くじの当たり外れを事前に見分ける方法がわからなかった。
(……難しいな)
学校に着くと、胡桃がすでに席にいた。
「おはよ、凛」
「おはよう」
「昨日のモール、楽しかったね」
「……そうだな」
「また行こうよ」
「ああ、また行こう」
席に着きながら、ふと思った。
胡桃と出かけるのが当たり前になっている。
最初の頃は、なぜ胡桃がいつも隣にいるのかよくわからなかった。
今は、いて当然という感覚になっている。
(……いつの間にか、そうなっていた)
午前中の授業が終わり、昼休みになった頃だった。
同じクラスの木下真美と安西聖良が、お弁当箱を手に、凛と胡桃の席に近づいてきた。
「一緒に食べようよ」
「いいよー、ね、凛」
「ああ、構わない」
「やったー、実はずっと二人と話したかったんだー」
女子生徒たちが、楽しそうに椅子を引いた。
「よかったら下の名前で呼んでよー」
「私は真美」
「私は聖良。二人は同じ中学だったの?」
「うん、ずっと一緒」
胡桃が答えた。
「じゃあ私たちも下の名前で呼んでね。凛ちゃん、胡桃ちゃんって呼んでいい?」
「ああ、構わない」
「いいよー」
「ねえ、ちょっと聞いていい?」
「なんだ」
「凛ちゃんと胡桃ちゃんって、中学からの友達?」
「いや、幼稚園から一緒」
胡桃が答えた。
「えー、そんなに長いの!」
「二人って、親友なの?」
凛は少し考えた。
「副官だ」
「……ふ、副官?」
「胡桃は我の副官だ」
女子生徒たちが、困惑した顔で胡桃を見た。
胡桃が、ケタケタ笑いながら言った。
「副官を務めさせていただいております」
「……え、何それ、どういう関係?」
「なんか、二人だけの設定があるんだと思います」
胡桃が敬礼の真似をしながら涼しい顔で言った。
女子生徒たちが、また困惑した顔を見合わせた。
「じゃあ、親友ではないの?」
「親友、か」
凛は、その言葉を口の中で転がした。
「親友とは何だ」
「え?」
「定義を教えてくれ」
女子生徒たちが、また顔を見合わせた。
今度は困惑というより、少し楽しそうな顔だった。
「えっと……一番仲のいい友達、であります」
「一緒にいると楽しい人、であります」
「困った時に頼れる人、であります」
「何があっても離れない人、であります」
二人は交互に敬礼をしながら楽しそうに答えた。
胡桃はお腹を抱えて笑っている。
その横で、凛は真剣な眼差しで、その言葉を一つずつ確認するように聞いた。
一番仲のいい。
一緒にいると楽しい。
困った時に頼れる。
何があっても離れない。
(……)
全部、胡桃のことだった。
「……そうか」
凛は、胡桃を見た。
胡桃が、少し不思議そうな顔で凛を見ていた。
「なんか、今すごい真剣な顔してたけど」
「……胡桃は、我の親友だ」
真美と聖良が「おーっ」と声を上げながら、パチパチと手を叩いた。
「知ってるよ」
「今、確認した」
「何を?」
「定義と照合した。全部当てはまった」
胡桃が、吹き出した。
「なにそれ」
「事実だ」
「親友という定義を征服したね」
「そうだな」
「……うん、まあ、私も凛のこと親友だと思ってるよ」
「そうか」
「そんな改まって言わなくても」
「改まってはいない。確認しただけだ」
胡桃がまた笑った。
真美と聖良が、二人のやりとりを見ながら
「なんか、いいね」
「うん、推せる」
と小声で言っていた。
凛には、何がいいのか、何を推すのかよくわからなかった。
しかし、悪い気はしなかった。
放課後、胡桃と並んで帰った。
「ねえ凛」
「なんだ」
「私の設定は、親友と副官、どっちが正しいの?」
凛は少し考えた。
(……胡桃は親友であり、副官だ。矛盾しない)
だが、それだけでもない気がした。
副官というのは、自分の下につく存在だ。
しかし胡桃は、凛が打ちのめされた夜も、ただそこにいた。
凛が何もできない時も、離れなかった。
それは、副官というより——
「両方だ」
凛は、口に出せる言葉だけを言った。
「どういう意味?」
「胡桃は親友であり、副官だ。矛盾しない」
胡桃が、また笑った。
(……それ以上の言葉が、まだ見つからない)
しばらく歩いて、胡桃が言った。
「ねえ凛」
「なんだ」
「ありがとう」
「何がだ」
「親友って言ってくれて」
そう言うと、胡桃が突然ぎゅっと抱きついてきた。
「……くるしい」
「えへへ」
胡桃は笑いながら腕を離した。
凛は少しだけ考えた。
(……副官では足りない)
前世で、副官とは命令を伝え、共に戦う者という認識だった。
実際、誰かと共に戦う事はなかったのだが。
だが胡桃は違う。
嬉しい時は一緒に笑い、苦しい時は何も言わず隣にいてくれる。
(……親友という言葉の方が、胡桃には似合う)
凛は、歩きながら小さく頷いた。
(……悪くない)




