高校編・第3話「委員長という名の、領土の長」
四月。
朝から、気合いが入っていた。
洗顔を終え、制服を着て、鏡の前に立った。
(……今日は負けられぬ)
今日はクラスの係決めだ。その中に、クラス委員長がある。
領土には、長が必要だ。
長なき領土は烏合の衆に成り下がる。
このクラスという領土を掌握するには、委員長の座を得ることが最善の手だ。
(……我が就くべき座だ)
朝食の席に着くと、陸がちらりと凛を見た。
「ねーちゃん、今日なんか気合い入ってるね」
「そうか」
「なんか、いつもと違う雰囲気。何かと戦いにでも行くの?」
「ああ」
凛は箸を持ちながら、静かに答えた。
「今日は、負けられぬ戦いがある」
陸が、少し固まった。
母が味噌汁をよそいながら言った。
「……何の話?」
「クラス委員長だ」
「あ、そういうこと」
母が、ほっとしたような顔をした。
楓が「お姉ちゃん委員長になるの!?すごーい!」と言いながら、ご飯を口いっぱいに頬張った。
陸は「……委員長ね」と言って、また黙々と食べ始めた。
(……陸よ、これは立派な戦いだぞ)
凛は心の中でそう思ったが、口には出さなかった。
学校に着くと、胡桃がすでに席にいた。
「おはよ、凛。今日なんか雰囲気違うね」
「今日は負けられぬ戦いがある」
「……何の話?」
「委員長だ」
胡桃が、少し目を丸くした。それからすぐに納得した顔になった。
「まあ、凛が委員長か……征服のためには必須か」
「なになにー、何の話ー?」
クラスメイトの聖良が隣から寄ってきた。
「凛が、クラス委員長に」
「なりたいの?」
「なるんだって」
「確定事項?」
「そう、凛らしいでしょ」
聖良が凛を見て、「なるほど」と頷いた。
「なる」
「なりたいの?ではなく、なる、なんだ」
「そうだ」
胡桃が苦笑いした。
「まあ、凛が委員長か……なんか想像はできる」
ホームルームが始まった。
担任が言った。
「今日はクラス委員長を決めまーす。立候補がいれば手を挙げて、いなければ推薦ね」
凛は、迷わず手を挙げた。
クラスがざわついた。
「あ、朝霧さんが」
「意外」
「でもなんか、ありかも」
担任が頷いた。
「朝霧さんね。他にいる?」
しばらく間があった。
女子の立候補は凛だけだった。
「じゃあ女子委員長は朝霧さんで……男子は?」
誰も手を挙げなかった。
担任が困った顔をした。
「じゃあ推薦で。誰かいない?」
クラスがざわついた。
「雪代くんじゃない?」
「絶対雪代くんでしょ」
「雪代くんしかいないよね」
声があちこちから上がった。
湊人は、窓の外を見ていた。
「雪代くん、どう?」
担任が聞いた。
湊人は少し間を置いてから、凛の方を見た。
二人は、しばらく目を合わせた。
(断る気はないらしい、立候補する気もないらしい)
言葉は交わさなかった。
だが、お互いに考えていることは何となく伝わった。
湊人が、小さく息を吐いた。
「……わかりました」
クラスが「おー」と沸いた。
こうして、クラス委員長は凛と湊人になった。
胡桃が、目を丸くした。
「今、言葉を交わさずに意思疎通してなかった?え?事前に打ち合わせ済みだったの?」
「していない」
「じゃあなんで目が合っただけで決まったの」
「……そういうものだ」
「そういうものって何」
凛には、うまく説明できなかった。
ホームルームが終わり、担任に呼ばれた。
「朝霧さん、よろしくね。雪代くんと二人で、クラスをまとめてね」
「承知した」
廊下に出ると、湊人が隣に並んだ。
「委員長、か」
「そうだ」
「立候補したんだな」
「当然だ。領土の長は、自ら名乗り出るものだ」
湊人が、少し笑った。
「以前は自分以外に興味がないのかと思っていたが、まあ、お前らしい理由だな」
「お前はなぜ受けた」
「……推薦を断る理由がなかった」
「それだけか」
「それだけだ」
凛は少し考えた。
(……王でありながら、王の座に執着しない)
そういえば、前世で一度だけ会った時も、自身が魔王だからと威圧してはこなかった。
ただ「一緒に来い」と言っただけで、それ以上の理由も条件も、特になかった。
あの時は、興味がなかったので断ったのだが。
「まあ、悪くない組み合わせだ」
凛がそう言うと、湊人がまた小さく笑った。
「珍しく素直だな」
「事実を言っただけだ」
廊下の向こうから、胡桃が駆けてきた。
「凛ー、委員長おめでとー」
「ありがとう」
「雪代くんも、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
胡桃が、二人を交互に見てから、小声で凛に言った。
「ねえ、この組み合わせって大丈夫なの?」
「何がだ」
「なんか、クラスが征服されそうで」
(……鋭い)
凛は何も言わなかった。
四月の空が、少し高く見えた。
(……まずは、この教室からだ)




