中学編・第10話「貢物と、聖夜の密命」
十二月二十五日。
クリスマス当日。
正確には、その前夜――十二月二十四日の夜に、ことの発端はあった。
「姉ちゃん、ちょっとこっち来て」
陸に呼ばれてリビングに向かうと、両親と陸が、何やら神妙な顔つきで額を突き合わせていた。
「楓がまだ寝てる間に、枕元にこれ置いてくるの」
母が、小さな包みを掲げて見せる。
「何のためだ?」
「サンタさんからのプレゼント、ってことにするのよ。楓、まだ信じてるから」
「さんた?」
聞き慣れない単語に、私は眉をひそめた。
陸が、面倒くさそうに説明してくれる。
「世界中の子どもにプレゼント配って回る、赤い服のおじいさん。まあ、いないんだけどさ」
「いない者からの贈り物を装う、ということか」
「そういうこと」
(……なるほど)
存在しない強者の名を騙り、幼き者に夢を見させる。
前世であれば考えもしなかった発想だが、悪意のない策略には違いなかった。
「私も、その作戦とやらに加わろう」
「作戦て」
呆れる陸をよそに、私は足音を殺し、母とともに楓の部屋へと忍び込んだ。
寝息を立てる楓の枕元に、そっと包みを置く。
何かの任務を完遂したような、奇妙な満足感があった。
翌朝、目を覚ました楓の歓声が、家中に響き渡った。
「サンタさん来た! ほんとに来てくれた!」
無邪気に喜ぶ楓を見ながら、私は静かにその光景を見守っていた。
(……これも、悪くないものだな)
胡桃へのブレスレットは、母と楓と三人で、ショッピングモールへ買いに行った。
「胡桃ちゃんへのプレゼント、一緒に選んであげる」
母の提案に甘え、装飾品店をいくつか巡った。
並んだ品々を眺めるうち、一つのブレスレットに目が留まった。
(……そういえば)
勇者パーティーの魔法使い――あの補助魔法で散々苦しめられた女も、似たような装飾品を身につけていた気がする。
胡桃の助力を思えば、なかなか似つかわしい品ではないか。
そう結論づけ、迷わずそれを手に取った。
「お姉ちゃん、それいいと思う! 胡桃ちゃん、こういうシンプルなの好きそうだし。」
楓が、横から覗き込みながら太鼓判を押してくれた。
小学四年生にしては、存外見る目があるらしい。
「うむ、頼りになる助言だった」
「えへへ」
満足げに笑う楓の頭を、軽く撫でてやる。
会計を済ませたところで、母がふと思い出したように切り出した。
「そういえば、このモールに新しくりんご飴屋さんができたらしいわよ」
「りんご飴!」
楓と、私の声が綺麗に重なった。
互いに顔を見合わせ、どちらからともなく駆け出す。
吸い寄せられるように向かった先に、見覚えのある赤い球体が並んでいた。
りんご飴の専門店だった。
陳列されているのは、見慣れた赤い艶のものだけではなかった。
「コーラ味」「ラムネ味」――聞いたこともない種類が、所狭しと並んでいる。
「どれにしよう……すっごい迷う!」
楓が、目を輝かせながら一つ一つを吟味し始めた。
(……りんご飴にも、これほどの種類があったとは)
知らなかった奥深さに、私もまた軽く戦慄すら覚えた。
そんな中、一際目を引く色合いのものがあった。
「期間限定 ブルーベリーヨーグルト味」
紫がかった、深い色合いの飴がけだった。
その色を見た瞬間、胸の奥が大きく跳ねた。
(……紫りんご!!)
前世で、何百年と食べ続けてきた、あの果実の色そのものだった。
もう二度と、この手に入れることは叶わないと思っていた。
今世に転生してからも、何度この色を夢に見ただろう。
何度、あの味を思い出そうとしただろう。
紫りんご――それは、私が勇者パーティーに討たれる原因となった果実でもある。
それでも今なお、紫りんごのためなら、この命すら惜しくないと思える。
その紫りんごが――今、まさに、私の目の前に――!!
まだあれこれと迷い続けている楓をよそに、私は迷うことなく、それを手に取っていた。
こんなにも胸の高鳴りを感じたのは、一体いつぶりだろうか。
逸る気持ちを抑えつつ、お会計を済ませ、包みを解いていく。
(まずは落ち着け)
獣王たるもの、こういう時こそ冷静であらねばならない。
勝てる、と思った瞬間こそが最大の隙となる。
勇者パーティーとの戦いで、骨身に染みて学んだことだ。
気持ちを落ち着かせ、一口齧った瞬間――
酸味と甘み、それに仄かな乳の風味が口の中に広がった。
紫りんごそのものとは違う。
だが、確かにあの色を、あの魔王の森での記憶を呼び起こすには十分な味だった。
しばらくの間、私はその場に立ち尽くし、味わい続けた。
途中、母に手を引かれ、通路の脇へ移動させられていたことにすら気づかないほど、夢中になっていた。
ようやく食べ終わり、ふと、レジ脇に置かれた一枚の紙片に目が留まる。
「スタンプ五個で、りんご飴一本プレゼント」
会計を終えた店員が、小さなカードにスタンプを一つ押してくれた。
「お買い上げごとにスタンプ一個ですね。五個貯まると、りんご飴が一本無料になるんですよ。よかったらまた来てくださいね」
(……これは)
五つの証を集めれば、新たな貢物が手に入る、ということらしい。
(……悪くない。むしろ、好都合だ)
このスタンプとやらを集め尽くせば、この店そのものを実質的に掌握したことになるのではないか。
そんな結論に、大真面目に行き着く。
「母上、この店には今後、定期的に通うことにする。そしてまた食べに来る」
「私もー!」
楓が、横から元気よく手を挙げた。
ラムネ味のりんご飴を齧りながら、満面の笑みをこちらに向けてくる。
「次はコーラ味にしてみる!」
「母上て。まあいいけど、ほどほどにね」
苦笑する母をよそに、私は受け取ったカードを大切に握りしめた。
(……ここに来れば、いつでも紫りんごが食べられる)
元・獣王たる凛は、これまでにないほどの野心を、静かに燃え上がらせていた。
しかし、この時の凛はまだ、気づいていなかった。
紫りんごこと、ブルーベリーヨーグルト味が――期間限定のフレーバーであることに。
夕方、駅前で胡桃と落ち合った。
「はい、これ」
「あ、私も、はい」
どちらからともなく、同時に包みを差し出していた。
顔を見合わせ、どちらからともなく笑う。
「せーので開けよっか」
「うむ」
「せーの」
包みを開く。
中から出てきたのは――どちらも、ブレスレットだった。
「……被ったな」
「マジで偶然なんだけど!?」
二人して、しばらく無言で見合っていた手元と、互いの顔を見比べた後、どちらからともなく噴き出した。
「わ、可愛い! ……これ、どうして選んだの?」
「強き者の副官に相応しい品だと判断した」
「相変わらず何言ってるかわかんないけど、ありがとう!」
「私は、凛っぽいなって思って選んだんだけど」
「私も、似たような理由だ」
(……縁、というやつか)
そんな言葉が、ふと頭に浮かんだ。
「そういえばさ」
歩き出しながら、胡桃がふと呟いた。
「私たちって、幼稚園の頃からずっとプレゼント交換してるんだよね。よく続いてるなって、自分でも思うわ」
(幼稚園の頃から、か......)
母から聞かされた話と同じだった。
だが、本人の口から改めて聞くと、また違う重みがあった。
それから、二人で並んで歩いた。
街路樹に巻かれた光の帯が、夜道をぼんやりと照らしている。
「綺麗だね、イルミネーション」
「……ああ」
特に感慨があったわけではなかったが、隣を歩く胡桃の横顔を見ていると、不思議と悪くない気分になった。
「そういえばさ」
光の帯を見上げながら、胡桃がぽつりと切り出した。
「私、凛が受ける高校、一般入試で受けることにしたから」
「……同じ高校、ということか」
「うん。凛が推薦で先に決まりそうなの、ちょっと悔しいけどね」
胡桃が、おどけたように笑う。
(……同じ群れに、自ら志願してきたのか)
胸の奥に、じわりと何かが広がるのを感じた。
それが何という名の感情なのか、まだうまく言葉にはできなかったが、悪い感覚ではなかった。
(……そういえば、私は)
胡桃が当然のように同じ高校へ来るものだと、いつの間にか思い込んでいた。
それが叶うと知って、こんなにも安堵している自分がいる。
(……これは、一体)
自分でも説明のつかない感覚に、少しだけ戸惑った。
「高校も一緒だと、心強い。待っているぞ」
合格すら決まっていないというのに、なぜか確信めいた口振りだった。
それに、副官たる胡桃が同じ高校に通うことになる、という点については、微塵も疑っていなかった。
「気の早い話だね、まだどっちも受かってもないのに」
胡桃が、呆れたように笑った。その声が、夜道に響いた。




