第9話 二人の「気持ち」、鈴村の「選択」
「皆様、本日はお忙しい中お集まりいただき、誠にありがとうございます」
夏休みも残り半月となった緑ヶ丘学園高等部生徒会の定例会議の日。いつもなら生徒会長である飯田勝翔が会議を取り仕切るはずだったが、今回は綾瀬凛が会議を取り仕切っていた。
生徒会室の生徒会長席の前には椅子が用意され、そこに琴原みどり、鈴村徹、そして長谷川杏里が着席をしていた。その少し離れた傍聴席に飯田と宮田詩織が座っている状況である。
そして、当の綾瀬本人は生徒会長席に座っていた。
飯田は小声で宮田に話しかける。
「お、おい、何なんだこの状況。今日って生徒会の定例会議の日だったよな?」
「ええ、確かにそうだったはずね。私のスケジュール帳にもそう記載してあるわ」
そう言って、宮田は持参しているスケジュール帳を飯田に見せた。
「そうだよな……。……なんで俺の席に綾瀬が座ってるんだ? なんで鈴村たちは横に並べられてるんだ? ……そんであれは誰だ」
「確か……、みどりとお友達の、長谷川さん、だったかしら。なんでもみどりとは中学からの仲だそうよ」
「へ、へぇ……。琴原のご友人ねぇ……。……うちって催事以外は部外者立ち入り禁止じゃなかったか?」
「そうね。校則ではそうだったわ」
長谷川は元より緑ヶ丘学園の生徒ではない。琴原と関係がなければ部外者である。しかし、この場に長谷川も呼ばれていたのは理由があった。
綾瀬は、生徒会長席から立ち上がって言う。
「さて、それでは早速ですが。本日の生徒会会議の議題はこちらです」
そう言って、綾瀬は後ろにあったスクリーンにプレゼン資料を映し出す。
鈴村はそれを読み上げた。
「……『鈴村徹の浮気をどう処分するか』……だと……?」
鈴村には意味がわからなかった。
「はい、今日の議題はこちらとなります。先日、私はミドリモールへとある用事で買い物に出かけていました。そろそろ帰ろうかなと思っていたところ、喫茶店から鈴村君、鈴村君のお母さん、お姉さん、そしてそちらに座っている長谷川先輩が出てくるのが見えました」
綾瀬はそう言いながら長谷川を指さした。
(私がここに呼ばれた理由ってそれかぁ……!)
たまたま琴原の買い物に付き合っただけでこの始末である。
「鈴村君のお母さんとお姉さんが一緒なのはまあ許しましょう。身内なんですから。……ですが、なぜあの日、鈴村君はみどり先輩と長谷川先輩と一緒にいたんでしょうか。ええ、答えは簡単です」
綾瀬はスクリーンを強く手で叩きながら言った。
「鈴村君はあの日、堂々と浮気をしていたんです!」
「はぁ!?」
あまりの言われように立ち上がる鈴村。しかし綾瀬は疑うことをやめなかった。
「皆さん知っての通り、鈴村君は先日この部屋で飯田会長含めた生徒会メンバー全員がいる中で、私のお父さんへ私への気持ちを伝えてくれました。公開告白の日のことです」
「……鈴村、君そんなことしたの?」
「……あれはあの時の流れというか、そうするしかなかったというか……」
結果的にその選択を選んだのは鈴村であったが、公開告白という結果になったのは『人生の選択肢』が提示した選択肢を選択したからに過ぎない。あの日、鈴村は理事長であり綾瀬凛の父である綾瀬忠一と出会い、綾瀬忠一から綾瀬凛のことをどう思っているのか、その気持ちを伝えろと言われた。
鈴村は正直にその気持ちを綾瀬忠一に伝え、その結果生徒会への加入が認められたわけだが、同時にそれは綾瀬凛への思いを伝えているものと同義であり、それは『公開告白』以外の何物でもなかった。
「鈴村も大胆なことするんだな」
「だからあれは綾瀬のお父さんがそもそもの原因であってだなぁ!」
「はい、被告人は黙りなさい」
「……はい、すみません」
鈴村は綾瀬に言われて席に座る。
「そんなことがあってから納涼祭を迎え、みどり先輩と私は正式に恋のライバルとなったわけです」
「……綾瀬、お前それ自分で言ってて恥ずかしくないか?」
「恥ずかしいわよ! いいから鈴村君は黙ってて!」
顔を赤くさせながら綾瀬は言った。
こほん、と仕切り直すように咳ばらいをし、綾瀬は続ける。
「そんなことがありながら夏休みを過ごしていましたが、そこで私は見てしまいました。……鈴村君がみどり先輩と長谷川先輩と一緒に喫茶店から出てくるところを」
「だ、だからあれはたまたまで……」
鈴村は弁解を始める。
「ふーん、たまたま? あれをたまたまで片付けるんだね、鈴村君」
「こ、琴原先輩と長谷川先輩がいたのを見たんなら、俺の母さんと姉ちゃんが出てきたのも見たんだろ?」
「はい、見ました。さっきも言いましたよね」
綾瀬は冷ややかな目で鈴村を見た。
「そんな白昼堂々と、親と姉連れて浮気なんかするか? そんな度胸俺にはないぞ?」
「いいえ、そうでもありません。こちらをご覧ください」
そう言うと、綾瀬はスクリーンに投影されていたプレゼン資料を進めた。
「こちらは『浮気をした』と自白した男性が行っていた円グラフです。ご覧の通り、『好きな人がいて、且つ恋のライバルがいるのも知ったうえで秘密裏に休日に出かけていた』と証言した男性が八割を超えています」
「そんなわけあるか!」
鈴村はツッコミを入れた。
それに構わず綾瀬は続ける。
「さらに、残り二割のうち、一割は『好きな人がいるにも関わらず休日にこっそり出かけていた』という男性もいます」
「それが普通の浮気だろ! むしろさっきのと割合逆だろそれ!」
「ふーん。ってことは鈴村君は浮気したことを認めるんだ」
「そういうことじゃないから!」
必死に抵抗をする鈴村であったが、綾瀬には何一つ効いていなかった。
と、ここで長谷川が手を挙げる。
「……あのー、裁判長。一ついいですか」
「はい、長谷川先輩。発言を許可します」
(裁判長で通っちゃってるよ……)
鈴村は頭を抱えていた。
「あの日、確かに私はみどりと鈴村と一緒にあの喫茶店にいました。その事実は認めます」
「なるほど、やはり鈴村君はあの場にいたと。みどり先輩も、そこは間違いないでよろしいですね?」
「は、はい。間違いないです。…………なんでこんなことしてるんだろう、凛ちゃん……」
元はと言えば綾瀬が大きな誤解をしているのが原因であった。しかし、それを弁解する余地も与えず綾瀬は裁判もどきを進める。
長谷川は話を続けた。
「私がここにいるってことは、ここにいる人たち全員証言をしていい、ってことだよね?」
「はい、そのために私が呼びましたので」
「なら一つ、言わせてください。……私、あの日鈴村に泣かされました」
『な、なんだって!?』
鈴村と琴原以外のその場に居合わせたメンバーに衝撃が走る。
「な、何言ってんですか長谷川先輩! そんな誤解すること言ったら……」
恐る恐る綾瀬の顔を見る鈴村。
そこには、鬼がいた。
「……そうですか、長谷川先輩。その証言に間違いはありませんね?」
「はい、間違いないです」
「いや間違ってないけど! 確かにあの時長谷川先輩泣いてたけど! 理由そうじゃないじゃん!」
綾瀬には鈴村の訴えが届いていなかった。
鈴村は焦りながら長谷川に声をかける。
「ちょ、ちょっと何言ってんですか長谷川先輩! これじゃどんどん話がややこしくなる一方ですよ!」
「いやぁ、うん。私もここから解放されたいんだけどさ。……なんか面白くなっちゃって」
「そんな軽い気持ちで話ややこしくされてたまるか!」
酷く怒る鈴村であった。
しかし、その怒りを凌駕する怒りを綾瀬は抱いていた。
「なるほど、浮気をした上に他校の女性を泣かせたと……。これはだいぶ重罪ですね……」
「あ、あのな綾瀬、そろそろ俺の意見をだな……」
「まだです。まだ情報を集められていません。それに、飯田会長たちの意見も聞きたいです」
「全然話を聞いてくれない……」
全く聞く耳を持ってくれない綾瀬であった。
片や、何の事か全く理解をしていない飯田、宮田はというと。
「いやぁ、修羅場だねぇ」
「修羅場ね」
面白がっていた。
「鈴村は恐らく浮気してないんだろうけど、綾瀬のあの怒りっぷりにはたぶん別の理由がありそうだな」
「そうね、私もそう思ってたわ」
「詩織、何だと思う?」
「そうねぇ……。考えられるものとして挙げるなら……、『嫉妬』かしら」
「……やっぱりね」
どうして突然この場が設けられたかは理解していなかったが、話を聞いているうちに綾瀬の本当に抱いている気持ちを飯田と宮田の二人は勘づいていた。
その二人の予想はまさしく綾瀬が抱いている感情そのものであり、だからこそ今この場で鈴村の気持ちをはっきりさせたかったのである。
(鈴村君、大丈夫。鈴村君が浮気をしない人なんてわかってるよ。でも、たまたまとはいえみどり先輩と休みに喫茶店から出てきた事実は変わりないし、これはみどり先輩に一歩リードされたとも取れる。長谷川先輩は……、たぶんみどり先輩に連れられてたまたまその場にいたんだろうけど、どちらにせよ鈴村君は重罪を犯した。ここで鈴村君の気持ちをはっきりさせるまで、私は退かないつもりだよ!)
綾瀬はそう心に決めていた。
「さて、そろそろ飯田会長と宮田副会長の意見も聞きたいところです。お二人から何か意見はありますか?」
綾瀬はそう言うと、視線を飯田と宮田に向けた。
「そうだねぇ……。まずは女心のわかる詩織から意見を聞いたほうがいいんじゃないか?」
そう言って、飯田は宮田を見た。
鈴村は「いやそこは飯田会長から一言ガツンと言ってくださいよ!」と言っていたが、飯田は無視していた。
「では、僭越ながら私からも意見を出させていただくわ」
そう言うと、宮田は傍聴席に見立てた席から鈴村の目の前に歩み寄った。
「綾瀬さん。私は私の意見を聞きたいと言われてこの場にいるけど、鈴村君に質問してもいいわよね?」
「え? あ、いや、私は宮田先輩から同じ女子として意見が聞ければそれで……」
「いいわよね?」
「ひぃっ……!」
それまでの威厳はどこに行ったのか、綾瀬は宮田の一言でしゅんと縮こまった。
「……もうそのまま宮田先輩の言葉でこの場を終わらせてくださいよ……」
鈴村は言うが、しかし宮田はそれに従わなかった。
「……まさか。私が鈴村君に助け船を出すとでも思ったのかしら?」
「……え?」
宮田はこの状況を大いに楽しんでいた。
宮田は不敵な笑みを浮かべながら鈴村に質問をした。
「では鈴村君。私もこの件については気になることがいくつかあるから質問させてもらうわね」
「あの、宮田先輩、なんでそんなこと言うんですか」
「決まってるじゃない」
そう言いながら、宮田は鈴村の耳元で囁いた。
「面白いからよ」
「悪魔だああああああ!」
鈴村は叫んだ。
「さて。私と飯田君は綾瀬さんの言う日にミドリモールにいなかったから、その日何があったか知らないわ。私はどうしても気になることがあるの」
そう言うと、宮田は鈴村に顔を近づけて問う。
「鈴村君、その日ミドリモールに何をしに行ったのかしら?」
「えっ、宮田先輩、それって……」
その宮田の質問は、鈴村が弁解するチャンスにもってこいの質問であった。
そもそも鈴村がミドリモールへ向かったのは、内定が決まった鈴村早紀への内定祝いを購入するためである。母、鈴村香織が同席していたのは家族水入らずの時間を堪能するためである。それが鈴村の本来の目的であり、鈴村早紀、香織が同席していた理由である。
この質問を琴原にもしてほしかったが、順番というものもあるだろう、と鈴村は考えて宮田の質問に答えた。
「お、俺はあの日、姉ちゃんの内定祝いを買いにミドリモールに行きました。母さんが一緒にいたのは、俺と同じく姉ちゃんの内定祝いを買いたかったからです」
「なるほどね。鈴村君のお母さんはなかなかご実家に帰れないほどお仕事が忙しいと聞いたわ。それは本当かしら?」
「え、そうなの?」
綾瀬は驚いていた。
「はい、本当です。母さんはキャビンアテンダントをやっていて、毎日世界中を飛び回っています。そんな忙しい母さんが、姉ちゃんの内定を祝うために駆けつけてくれたわけです」
「えっ、そうだったんだ……」
さらに驚く綾瀬。宮田は質問を続けた。
「鈴村君、お母さまの滞在期間はどれくらいかしら?」
「あと二日です。母さんは五日前に日本に帰国して、その足でミドリモールに行きました。それから今日まで久しぶりの日本を満喫し、それに、俺ら家族との時間をとても楽しんでいました」
「ふむ。鈴村君はお母さまと同じく、家族の時間を楽しく過ごしていたようね」
「はい。父さんも本当は姉ちゃんの知らせを受けて母さんと同じく帰ってきたかったみたいでしたが、父さんは海外勤務のためそう簡単にはいきませんでした。なので、ちょっと仲間外れみたいになっちゃいますが俺ら三人で家族水入らずの時間を過ごしていたわけです」
「なるほどね。……裁判長、鈴村君のお話はこうみたいだけれど、これを聞いてどう思ったかしら?」
「え、えっと、その……」
綾瀬には少しやりすぎた気持ちが芽生えていた。綾瀬の鈴村に対する一つの誤解で、家族との時間を邪魔してしまっていた。
「そ、それはその……。ごめんなさい、鈴村君。鈴村君のお母さんとお姉さんが一緒にいるのなんて珍しいなって思ってたけど、そういうことだったんだね」
「ああ、ちゃんと言えば良かったんだけど、言い出すタイミングなくてな。ごめん」
鈴村と綾瀬はお互いに謝った。これで一件落着、と宮田は思っていたが、しかし綾瀬は違った。
「鈴村君の事情は理解しました。……でも問題はみどり先輩です!」
そう言って、次は琴原を指さした。
「みどり先輩はなんであの日ミドリモールにいたんですか! しかも喫茶店から出てくるなんて、どう考えてもおかしいです!」
「え、えーっと、それはその……」
もじもじしながら琴原は答えるのを渋っていた。
(……なんでこういう時にはっきり言わないんだか)
宮田は少し呆れていた。
(仕方ないわね……、みどりにも助け船を出しましょうか)
そう考えて、宮田は次に琴原のほうを向いた。
「では裁判長。続けてみどりにも聞きたいことがあるからそのまま聞くわね」
「あ、はい、どうぞ」
「……なんか綾瀬、どんどん始まった時と比べると誰にも手が付けられそうになかったオーラが消えていってないか?」
飯田はボソッと言った。
「ではみどりに質問します。みどりはその日、なぜミドリモールにいたのかしら」
「あ、それは私から説明を……」
「ごめんなさいね長谷川さん。これはみどりの問題なの。長谷川さんもその場にいたから事情は知ってると思うけど、ちゃんとみどりの口から説明しないとダメだわ」
性格上あまり話し出すことができない琴原を見て心配に思ったのか、長谷川が代わりに説明をしようとしたが、宮田はそれを阻止した。
しかし、宮田の言うことは正しかった。宮田は琴原の口から説明させることにより、話の信憑性を上げるのが目的だった。友人の長谷川からの意見を聞いても、それは琴原を庇うことになるかもしれないからである。
「……わかりました。みどり、ちゃんと説明できる?」
琴原は、少し怯えていたが、まっすぐな目で綾瀬を見て言った。
「……大丈夫。私はいけます」
そう言って、琴原は綾瀬に説明を始めた。
「私はその日、杏里ちゃんともともと遊ぶ約束をしていました。その行先がミドリモールで、鈴村君と会ったのは偶然だったんです」
「……え、そうだったんですか?」
徐々に明らかになる事実。綾瀬はだんだん恥ずかしくなってきていた。
琴原は話を続けた。
「本屋に行こうとしてたんです。そこでたまたま鈴村君とそのお母さん、お姉さんと会って、喫茶店に入ったんです」
「そ、そうだったんですね……」
「最初は鈴村君のお母さんとお姉さんはどこかに行っちゃって私と杏里ちゃん、鈴村君の三人で話していました」
「はい、有罪」
「だから綾瀬の有罪判断緩すぎるだろ!」
琴原、長谷川、鈴村の三人で話していただけで有罪判決を言い渡される鈴村であった。
「まあまあ綾瀬さん。とりあえず話を聞きましょう」
宮田は少し荒れ狂いそうな綾瀬を止めながら言う。
「鈴村君は中学の時、私を助けてくれました。その一件は、凛ちゃんも知っていますよね」
「……はい」
綾瀬は琴原がいじめられていた事実を知っている。
驚くべき事実だが、綾瀬はそのいじめていた張本人と今では仲良くしていることをとても喜んでいた。
「鈴村君が助けてくれたときの鈴村君と杏里ちゃんの仲はそれは本当に悪かったんですけど、私を助けてくれたことをきっかけに杏里ちゃんの中で鈴村君の印象が変わったみたいで、今では感謝してもしきれない人になったそうです」
「そ、そうなんですね」
一瞬、「それって好きになる前兆じゃない……?」と思う綾瀬であったが、そんなことはないだろうと考えないようにしていた。
「そしてあの日久しぶりに鈴村君と杏里ちゃんは再会して、三人だけで話してたんです」
「……その間、鈴村君のお母さんとお姉さんはどこに?」
「……なぜかはわからないですけど、私たち三人のことを『恋の三角形』とか言って面白がってたみたいです」
「あー、なんかそんなこと言ってましたね。勘違い親子ですみません。あの日帰ったあとしっかり怒っておいたんで、安心してください」
琴原は「いえいえ大丈夫です。そういう風に見られててびっくりしましたけどね」と照れながら鈴村に言った。
「それで、鈴村君のお母さんたちに誤解されてたので、私たちでいろいろと説明をして、誤解を解いてその場を去りました。それが、私たちが喫茶店から出てくるまでの出来事です」
「なるほど。つまりまとめると、鈴村君はお姉さんのお祝いを買いにミドリモールに行った。みどりは長谷川さんと遊ぶためにミドリモールに行った。そこで偶然鉢合わせた、ということね」
「はい、そういうことになります」
「……だそうよ、綾瀬さん。誤解は解けたかしら?」
「え、えっと、その……」
琴原、鈴村からの説明を受けて、綾瀬は言った。
「……誠に申し訳ありませんでした」
綾瀬は深々と、琴原、長谷川、鈴村の前で土下座をした。
*
「さ、綾瀬の誤解も解けたことだし、真面目に生徒会活動しますかね」
飯田は生徒会長席に座って言った。
宮田のおかげにより綾瀬の誤解も解け、鈴村も琴原も安心していた。
長谷川というと、元は緑ヶ丘学園高等部生徒会の会議ということもありそのまま帰宅していたが、綾瀬に引き留められ三十分ほど深い謝罪を受けてから帰路についていた。
そこから会議が始まったが、綾瀬は皆に顔向けできないでいた。
(……ただの嫉妬でこんなにいろんな人に迷惑かけちゃった。何やってんだろうなぁ私。焦ってたのかな)
綾瀬の一つの誤解。それは綾瀬の知らぬうちに鈴村が琴原とプライベートで会っていたため、琴原に一歩リードされたと勘違いしていたことだった。
実際のところ、琴原が直接リードするようなことはなく、ただ休日の一瞬の時間を一緒に過ごしただけに過ぎなかった。
しかしその一瞬の時間を綾瀬の知らないところで過ごされていた事実は変わらない。色々誤解があったにせよ、綾瀬にとってこれはリードされたと考えるには十分過ぎるものであった。
「綾瀬、大丈夫か? 顔色悪いぞ?」
「え、す、鈴村君……。ううん、大丈夫。ごめんね、私の勘違いであんなことになっちゃって」
「まぁ、俺もあれにはびっくりしたけど、本当にたまたまミドリモールで会っただけなんだ。特に何もなくお互いにそれぞれの買い物を済ませて帰ったよ」
「ミドリモールもそれなりに大きいショッピングモールですからね。この辺に住んでる人はもちろん、緑ヶ丘学園の生徒の寄り道スポットと言えばあそこですから、どこかのタイミングで遭遇しても不思議ではないですね」
琴原が言う。
「そう、ですね……」
綾瀬は思った。綾瀬もその日ミドリモールに自分の用事でいた。もし鈴村が琴原と遭遇する前に自分が遭遇していたら、琴原はどうしたのだろうか、と。
たまたま先に琴原が先に鈴村と遭遇しただけであり、そこに後から綾瀬が遭遇すればこんなことにはならなかった、と綾瀬は後悔していた。
暗い顔をしている綾瀬を見た飯田は言う。
「お、どうしたよ綾瀬。会議中だぞ? 生徒会役員なんだから気持ち切り替えてくれないと困るぞ」
「あ、ああ、すみません、飯田会長」
「……まあ無理もないか。綾瀬の気持ちはわからなくもない。俺だって詩織が俺の知らないところで男と出かけていたら、嫉妬心でそいつを殺しかねないからな」
しれっと恐ろしいことを言っていた。
「でもそれが学友であったり、飯田君の言う『やましい意味』での誘いでなければ私は断る理由ないと思わないかしら?」
宮田は言う。
「うーん、それもそうなんだけどなぁ」
「なるほど、つまり飯田君は私に嫉妬してくれていると」
「ま、まあ、そういうことになるな」
飯田は頭を掻き、照れ隠しをしながら言った。
宮田は「ふふっ」と笑いながら綾瀬に言う。
「綾瀬さん。綾瀬さんのやったことは度が過ぎたにせよ、それは恋する人間として正しい気持ちよ。もちろん、みどりも逆のことをされたら嫉妬すると思うわ」
「ちょ、詩織……」
「まあでもみどりのことだわ。綾瀬さんみたく嫉妬であんなことする度胸はないだろうし、もしその場面を見てしまったらショックでそこで倒れてしまうかもしれないわね」
綾瀬は「た、確かに……」という顔をした。
宮田はそのまま綾瀬に言う。
「嫉妬心というものは恐ろしいものよ。その気持ちは好きな人のことを一番に思っている証拠であり、そしてその気持ちは何でもすることができる原動力にも変わってしまう。先の綾瀬さんがやっていたこともその一つだし、一歩間違えれば取り返しのつかない事件に繋がる恐ろしい気持ちでもあるわ」
「み、宮田先輩……」
綾瀬は困りながら言った。
「でもね綾瀬さん。その気持ちは捨ててはいけない。その気持ちがないと、あなたの好きだと思う気持ちは嘘になるわ」
「………………」
綾瀬は黙り込んだ。
その人が好きだからこそ他の異性と話しているところを見ただけで心がもやもやする。
楽しそうにしているところを見ただけで、想像しただけで心がチクチクと痛む。
それは現実に起きていなくても想像すればするほど大きくなり、やがて人を不幸にさせかねない大きな力に成り代わる。
綾瀬は、「あの……」と手を挙げながら言った。
飯田は気持ちを察して言う。
「よし、今日の会議はここまでにしよう。また次の定例会議のときに続きを話すことに使用か。そして綾瀬が何か話したそうだ。俺と代わろう」
そういうと綾瀬は「……ありがとうございます」と言って生徒会長席に向かった。
「……皆さん、今日は本当にすみませんでした。私の一方的な誤解であんな大事を起こしてしまい……、もう私、生徒会メンバーとしてここにいる資格なんかありません……」
皆からの視線にどんどんと委縮してしまう綾瀬。
そんな言葉に、飯田が答える。
「なーに言ってんだ綾瀬。人間誰しも恋を経験するもんだ。今回はまあ、綾瀬の嫉妬からいろいろと事が発展していったが、これも経験の一つだ。やっちまったもんは仕方ない。それに何度も謝罪するもんじゃないぞ?」
「で、でも、そうでもしないと私が、私を許せなくて……」
たった一つの誤解が周りに迷惑をかけたという事実に、綾瀬は罪悪感を抱いていた。
飯田は「うーん、それでもまだこうなるか……」と言いながら考え始める。
「あ、そうか。そうすりゃいいのか」
「飯田君、また面白そうな……、いえ、余計なこと考えるわね」
宮田は飯田が考えていることを察して言った。
「何か思いついたんですか? 飯田会長」
その鈴村の問いに、飯田はニヤニヤしながら答えた。
「よし、鈴村のお母さんが無事に日本を発った後、綾瀬、琴原は鈴村と三人でデートしてこい」
『…………え?』
思わぬ提案にぽかんと口を開ける綾瀬、琴原、鈴村の三人。
宮田は思わず「はははは! やっぱり私と同じこと考えていたわね」と笑っていた。
「で、デートって、それに三人でって、それデートって言わないんじゃ……」
突然の提案に困惑した鈴村が言う。
「どんな形であれそれがデートだと思えば何でもデートだ! 綾瀬、お前は今回琴原にリードされたと思い嫉妬してこの事態を招いたんだろ? でも実際はそうじゃない。だったらフェアにいこうじゃねえか」
「フェア……?」
綾瀬の頭にはクエスチョンマークが浮かんでいた。
「要はどっちも横取りされたくないんだろ? それでまたどっちかが勝手に鈴村に遊びに行く誘いでもしてみろ。また同じことが起こるぞ」
「た、確かにそれは否めませんが……」
「否めないんかい」
鈴村は思わずツッコミを入れた。
「だからこそフェアにいくんだ。三人同時でデートすれば、それはフェアじゃないだろ? 知らないうちに恋敵が一歩リードしていることを防げるんだ。なかなかいい提案だと思うけどな」
「それってフェアって言えるんですかね……」
鈴村は飯田の出す提案にフェアさを感じ取れなかった。鈍感すぎる鈴村に対し宮田は深いため息をついた。
「飯田君の提案はいいものだと思うわ。正直私と飯田君はあの裁判もどきを面白がっていたけど、また生徒会活動の貴重な時間を奪われるのはちょっと許せないわね」
「も、申し訳ありません……」
再度謝罪をする綾瀬であった。
「そういうわけだ。まあお前らの恋事情だ。どうするかは好きにすればいい。綾瀬の持った感情も悪いものじゃない。ただ限度があるってことを覚えてくれ」
「はい、わかりました」
深く頭を下げながら綾瀬は言った。
「でも、デートなんてどこに行けばいいんですかね」
「それを考えるのが男の仕事だぞ、鈴村」
と、ここで鈴村の持っていた『人生の選択肢』が光り輝く。
(……えっ、今!?)
しかしこの本は鈴村本人以外には見えない本である。もちろんこの光りも他人からは見えない。ここで変な行動を取ってしまうとまた変な誤解をされかねないと思った鈴村は、『人生の選択肢』の記載が終わるのを静かに待った。
(…………終わったか)
少しして、『人生の選択肢』の光は止まった。
鈴村は恐る恐る、このタイミングで記載された『人生の選択肢』を確認した。
【人生の選択肢】
A,綾瀬凛、琴原みどりと共に海へ行く。
B.綾瀬凛、琴原みどりと共にプールへ行く。
C.綾瀬凛、琴原みどりと共に山へ行く。
(……結局三人でどこかに行くのは変わらないのか)
提示された選択肢は、綾瀬、琴原、鈴村でどこに行くかというものであった。一見これだけではデート先をただ決めるだけのものである。
しかし、この選択肢はあくまでも『人生の選択肢』が提示した選択肢。その選択によって、その先の未来が大きく変わるものである。
(………………おーい。【選択の簡易的結果】はどこいったよ)
【人生の選択肢】が記載されると同時に記載されていた、選んだ場合に訪れる簡易的な未来。それを示したのが【選択の簡易的結果】である。
今まではその【選択の簡易的結果】に応じて鈴村は選択をしていたが、前回記載されたときからこの【選択の簡易的結果】がしっかり記載されないことに疑問を抱いていた。
(まさかとは思うけど、そう易々と未来は見せてくれない、ってことか?)
思えば、『在りし日の出来事』を思い出すCの選択をしたときも、Cを選んだ場合の【選択の結果】は記載されなかった。元よりCの選択に対する【選択の簡易的結果】も途中で記載が止まっていたのである。
この記載がされないのは最初はバグか何かだと思っていたが、鈴村は一つの仮説にたどり着く。
(……もしかして、この記載がされない部分、俺にその選択をする度胸があるかこの本に試されてるのか……?)
あくまで一つの仮説である。
今までは選択肢一つ一つにその選んだ先の未来が記載されており、言わば「正解」を 『人生の選択肢』から教えてもらっていた。しかし、その「正解」を教えてもらえていないということは、その未来がどんな形になっても受け入れる度胸があるかどうかを試されているのではないか、と鈴村は考えた。
それに、今回はどの選択肢にも【選択の簡易的結果】の記載がない。恐らく、どれを選んだとしても【選択の結果】は記載されないだろう。
(……綾瀬とは、やっぱり一緒にいたいけど、綾瀬を誰かに奪われたくないけど……。でも、綾瀬との未来は俺が自らの意思でつかみ取るものだ。本に正解を教えてもらってばかりじゃ、それじゃ意味ないんだよ)
鈴村は、意を決して言う。
「綾瀬、琴原先輩。俺と一緒に海行きましょう」
鈴村はAを選んだ。
Aを選んだことにより『人生の選択肢』には【選択の結果】が記載されたようだったが、鈴村はそれを読まないようにした。
鈴村の誘い、綾瀬と琴原は答えた。
『もちろん! 喜んで!』
二人はとても笑顔だった。
「あ、でも待って……! 私水着新しく買わないとだった」
「あ、私もです。なんだか最近また胸のあたりがキツくなってきてしまって……」
と、琴原は自分の胸を見ながら言った。
鈴村にはピシっ、と亀裂が走る音が聞こえた気がしたが、聞こえないふりをした。
「そ、そうなんですね、みどり先輩。じゃあ明日一緒に水着買いに行きましょうか」
「え? ああはい、もちろんです。……って、どうしたんですか凛ちゃん。顔が怖いですよ?」
「いいえ? 気のせいだと思いますよ? いやー成長期っていいですねー」
「? どうしたんでしょう、凛ちゃんってば」
察しは悪い琴原であった。
「…………俺らも行く?」
「ダメよ。海に行くのは構わないけど、私たちは別行動でいきましょう」
宮田は無意識に飯田の腕をつかみながら言っていた。
「……別に詩織以外のところになんて行かないよ」
その言葉を聞き、宮田は飯田の顔を見ることができず、ただ飯田の腕を掴む力は少し強まっていた。
少々痛かったのか飯田は宮田に手を放してもらおうとしたが、顔は見えないにしても後ろから見える耳の赤さが、宮田の今の気持ちを物語っていた。
こうして、綾瀬、琴原、鈴村の三人と、飯田、宮田の二人の海デートが約束されたのであった。




