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鈴村くんは間違えない  作者: シア
第1章 『人生の選択肢』

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第8話 再会

「はぁ? 買い物に付き合え?」


 緑ヶ丘市の夏の風物詩である「納涼祭のうりょうさい」が幕を閉じてから数日が経ったある日、鈴村徹すずむらとおるは姉の鈴村早紀すずむらさきから買い物の誘いを受けていた。


「そ。この前話してた最終面接受かったから、私にお祝い買ってくれるってお母さんから連絡来てたんだよ。ほんとはあたしとお母さんだけで行く話だったんだけど、徹にも会いたいって言いだして聞かなくてさぁ」


「なるほど、母さんがねぇ……。……って、え!? 姉ちゃん最終面接通ったの!?」


 鈴村早紀は手を前に出し、ピースをしながら言った。


「どやっ。あたしだってやるときゃできるのよ」


「それ早く言えよ……。受かってるなら俺もプレゼントの一つくらい用意したのに……」


「なら今日がちょうどいいタイミングじゃない? あたしに内定祝い買ってくれよ」


 催促されるとそれはそれで腹が立つ鈴村徹であった。


 鈴村早紀が受けた会社はゲーム開発をする中小企業。しかし中小企業とは名ばかりに、有名なタイトルを世に生み出している隠れた名企業であった。鈴村徹同様にゲームが好きな鈴村早紀はかねてからゲーム開発をする会社へ就職することを夢見ており、大学ではそれを専門とした知識を学べる科目を専攻していた。


(あー、そういや姉ちゃんあの会社入ったんだっけ。すっかり忘れてた。なんだかんだあの会社が作るゲームそれなりに人気出てたし、俺が大学入った時も姉ちゃんが携わってたゲーム発売されてたしな)


 鈴村徹が大学に入学してすぐに発売されたゲームが世界的にではないものの、ゲーマーの間では話題になるほどの人気を博していた。それの開発に鈴村早紀は携わっていた。


 鈴村徹はその未来を知っているため、鈴村早紀の肩に手を置いて言った。


「大丈夫だよ早紀姉ちゃん。姉ちゃんは将来必ずビッグになるから」


「は? なんだその偉そうな口の利き方。あたしの何を知ってんだあんたは」


 鈴村早紀の絶え間ない努力の成果により勝ち取った「内定」の二文字を、年下の鈴村徹はいとも簡単に取ったのだろうと勘違いされるような言い方をした。未来を知っている鈴村徹が放った勘違いされても仕方のない言葉であった。


(言葉選びには気を付けないとな……)


 伝え方にもいろいろあると学んだ鈴村徹であった。


「で、お母さんも来るけど、徹、いいよね?」


「え? ああ、うん。大丈夫。俺も母さんには久しぶりに会いたいし」


 と、ここで鈴村徹のスマホに着信がかかる。


「あれ、電話だ。……母さん? このタイミングで?」


 そう言って、鈴村徹は着信に対応した。


「もしもし、母さん。俺だけど、どうしたの?」


『やっほー徹! 元気にしてる?』


 とても明るく元気な声で話をする鈴村徹の母、鈴村香織すずむらかおり。キャビンアテンダントをしており、常に世界中を飛び回っている。そのためなかなか実家に帰ることができず、鈴村徹、早紀に会えることも少ないのである。


「お、俺は元気だよ。姉ちゃんから聞いたよ。買い物に行くって言ってたけど、母さん帰ってこれるの?」


『それなら大丈夫! 早紀の報告を聞いてちょっぱやで有給もらったから!』


「あ、そう……。それならいいんだけど」


 鈴村早紀の内定の報告を受けた鈴村香織は即座に休暇の申請をし、一週間の休暇を既に取得していた。


「で、もう日本にはいるの?」


『当たり前よ! もうすぐうちに着くわ』


「えっ、もう!? 早くない!?」


『言ったでしょ? ちょっぱやで有給貰ったって。その日のうちに向こうをったわ』


「ははは……、母さんのその行動力やっぱすごいわ」


 顔が少し引きつる鈴村徹であった。


『と、いうわけでー……』


 だんだんと鈴村香織の声が近づいてくるのがわかった。


「たっだいまー! わーーーがやーーーー!!!」


「…………おかえりお母さん。あと、近所迷惑だから騒がないで」


 鈴村香織、数年ぶりに実家に帰宅。




                 *




「来たわよー! 緑ヶ丘市最大のショッピングモール! その名も『ミドリモール』!」


「相変わらず名前そのまんまなのなんとかならないのかねこれ」


「それは無理だと思うよ、徹」


 鈴村一家は久しぶりの再会もほどほどに、緑ヶ丘市で最大の規模を誇るショッピングモール「ミドリモール」に来ていた。もちろん運営は綾瀬グループである。


「やっぱりここに来るといろいろ安心するわねー。仕事のストレスも一瞬で吹き飛んでいきそうだわ」


「母さん、普段世界中飛び回ってるもんな。お疲れ様」


「ほんともう正直辞めたいくらいよ。でも、私が子供の時からなりたかった職業だもん。そんなことで辞めたりはしないわ」


 母、娘共にしっかりと夢をかなえていた。


「……夢、ねぇ」


 一方、息子である鈴村徹は少し悩んでいた。


 鈴村徹はIT業界に興味があった。ただ、興味があるだけでその業界に強い執着心があるわけではなかった。しかし、意中の相手である綾瀬凛あやせりんが希望する業界がIT業界であり、綾瀬から離れる未来を想像できなかった鈴村徹はIT業界を目指そうと努力をし始める。


 結果的に綾瀬と同じ大学に合格したわけだが、鈴村徹はその大学一年の時代からタイムスリップをしてきている。自分が結果的にどの職業に就いたかはわからないのだ。


(俺にも心の底からやりたいことって、あったのかな)


 綾瀬を追いかけるついでにIT業界を志しただけで、鈴村徹本人が本当に就きたい職業は何なのかわからなくなってきた。


「ねえ、母さん」


「ん? なによ徹、改まって」


「母さんってさ、なんでキャビンアテンダントになりたかったの?」


 鈴村徹は素直な気持ちで聞いた。


「あれ? 言わなかったっけ」


 鈴村香織は息子に対して話し始めた。


「私ね、一度でいいからこの地球全ての景色を見てみたかったの。でも、それには大金が必要でしょ? 私の実家は貧乏だったからさ、そんなの夢のまた夢だなって思ったのよ。……でも、夢なら自分で叶えれば良くない? って思ったの」


「自分で、叶える……」


「そう考えたらなんか勇気出てきてさ。そこからは猛勉強の毎日よ。英語力鍛えたり、身だしなみにはその時から十分に気を付けてたりしたっけなー。女子高生だったからもっとかわいい服とか着て、友達とお出かけとかもしたかったんだけどね」


 鈴村香織は恥ずかしそうに話す。


「でも、それを蹴飛ばしてでも自分の夢を叶えたかった。そりゃ、息抜きに何度か友達と遊びには行ったわよ? それでも……、そうねぇ。徹が高校受験をしてた時くらいには勉強の毎日だったかな」


「……なるほどね」


 遺伝には逆らえないものなんだな、と思う鈴村徹であった。


「それで、その方面の大学に入学して、現役でキャビンアテンダントになることに見事成功! それ以降、今に至るまでとても楽しくキャビンアテンダントをやらせてもらってるわ」


 その言葉を聞き、鈴村早紀は尊敬の顔を見せた。


「お母さんのその生き方、本当に尊敬するよ。あたしもお母さんみたいになれるように、頑張るね」


「もー、何よ二人とも。私に久しぶりに会えてそんなに嬉しいの? ほら、早紀の内定祝い選びに行くわよ!」


(……そりゃ何年も会えていない母親に会えたら、誰だって嬉しいだろ)


 それもそのはずである。


 実の母が仕事とはいえしばらくいないのは、子供からすれば悲しいもの。その感情を持つのに年齢など関係ないのであある。


 二人は久しぶりの母との再会の時間を深く心に刻み込んでいた。


「で、早紀は何が欲しいの? やっぱり眼鏡?」


「な、なんで眼鏡?」


「だってゲーム会社なんでしょ? ゲーム会社と言えばパソコン作業じゃない? 目悪くするとダメだからそれを防止する眼鏡もいいかなって」


「パソコン仕事は今の時代どこでも同じでしょ……」


「そうかなぁ。少なくともそこら辺の会社以上にはパソコンと睨めっこな印象あるけど」


「まあそのイメージは否定できないけど……。この前見学しに行ったときも、社員皆眼鏡かけててパソコンと睨めっこしてたし……」


「姉ちゃん、その会社大丈夫?」


「あー、うん。ちょうどタイミング悪く次に出す大き目のゲームの開発中だったらしくてさ。しかもそのチーム、主にデバッグを担当するチームだったから、すんごいピリピリしてて……」


「さ、早紀はそこに配属されないといいわね」


 鈴村香織は母としてすごく不安であった。


「あたしが欲しいものかぁ……。そういえばあんまりほしいものとか考えたことなかったかも」


「えー、じゃあ私が日本に帰ってきたの意味なくなっちゃうじゃん」


『いや、それはない』


 子供二人、声を揃えて言う。


「な、何よ二人とも、息ピッタリじゃない」


「お母さんに会えるのどれだけ楽しみしてたと思ってるのよ」


「そうだよ母さん。あんまり会えないんだから、この時間を大事にしないと」


「二人とも……」


「んー、そうだなぁ。日用品とかそういうのは自分で買えるし、お母さんがあげたいって思ったものが欲しいかな」


「え、じゃあ眼鏡でいいじゃん」


「母さん、そういうことじゃないんだよ」


 ぽんっ、と肩を叩く鈴村徹であった。


 と、そんな三人の前に見覚えのある人物が現れた。


「あれ? 鈴村君じゃないですか」


「え? 琴原先輩?」


 緑ヶ丘学園高等部生徒会会計、琴原ことはらみどりであった。


「どうしたんですか? こんなところに……。この方たちは?」


「あ、はい。紹介しますね。こちらが俺の姉の……」


「鈴村早紀です。この前の納涼祭で徹と一緒にいたよね。浴衣、かわいかったよ」


「え!? あ、はい、ありがとうございます。覚えててくれたんですね」


「あたし人の顔覚えるのは結構得意でさー。確か焼きそば買いに行ったタイミングだったよね。あそこにいたのって皆生徒会の人たちなんでしょ?」


「ああ、そうだよ」


「今の生徒会の女子たち皆かわいくていいなぁ。あたしの時なんかあたし以外男子しかいなくてムサくるしいし、下心しかない男子もいてめちゃくちゃ辞めたかったわ」


「そういや姉ちゃん、そんなこと言ってたね」


 ふと過去を思い出す鈴村徹であった。


 鈴村早紀は高校二年に進学したタイミングで生徒会書記に任命され、卒業まで生徒会として活動をしていた。が、この二年間の生徒会メンバーは鈴村早紀以外全員男子であり、本人が言うように下心しかない男子もいたおかげでいい思い出がなかった。


 その愚痴を日常会話の中で鈴村徹は聞いていたため、鈴村早紀の苦労を理解していた。


「そんな生徒会にうちの徹が入るなんて……。お姉さんは涙が止まりません」


「姉ちゃんそんなキャラじゃないだろ」


 鋭いツッコミを入れる鈴村徹であった。


「すみません、琴原先輩。で、こちらが俺の母の……」


 と、鈴村徹が紹介し始めたところで、鈴村香織は突然琴原の胸を揉んだ。


「きゃああああああああああああ! な、なななな、何するんですかいきなり!!!!」


 当然のリアクションである。


「な、何このおっぱい……。え、ほんとに高校生……? ねえ、あなた本当に高校生なの?」


「あの、その、ちょ、ちょっと、公の場でそういうことはあの、しないで……んっ」


「おいこら母さんやめろ! 琴原さん困ってるだろ!」


 そう言って、鈴村徹は瞬間接着剤でくっついてしまったのかと思うほどがっしりと琴原を掴んでいた母を引き剝がした。


 なお、ここではあえてどこを掴んでいたかは言及しない。


「はぁっ、はぁっ、ご、ごめんなさい琴原先輩。改めて紹介します。変態の俺の母です」


「変態のって言わないでくれる? 興味本位で揉んだだけなのに」


「母さんキャラ変わりすぎだろ……」


 自分の知らない一面を見た鈴村徹であった。


「さっきは失礼なことしてごめんなさいね。改めまして、徹の母の香織です」


「よ、よろしくお願いします」


「……あーほら、言わんこっちゃない。母さんめっちゃ警戒されてるぞ」


「ご、ごめんってばー。学生時代かわいい女の子いなかったから、珍しくてつい……」


 ついで済まされることではなかった。その頃、鈴村早紀は他人のふりをしていた。この存在と同じ血を持つ人間だと思われたくなかったからである。


「母さんにも紹介するよ。こちら俺と同じ生徒会で二年生の琴原ことはらみどり先輩」


「改めてよろしくお願いします。琴原です。鈴村君にはお世話になっております」


「まあ! めちゃくちゃいい子じゃない! 私そういうの大好きよ!」


 鈴村香織の顔はとても笑顔だった。


「そっかぁ。しかし二年生かぁ。……二年生でこの胸かぁ……」


「お母さん、あたしそろそろ他人になりたいから帰ってもいい?」


「めちゃくちゃ酷いこと言われてる!? いやよ帰らないで早紀ぃ!」


 しかし鈴村早紀は心底嫌そうな顔をしていた。


 変な空気になりつつあるのを感じたのか、鈴村徹は琴原に話題を振った。


「そ、そういえば琴原先輩、一人で何してたんですか? 本屋ですかね?」


「はい、最近気になっている本があって、それを探しに来たんです。それに今日は一人じゃないんですよ」


「お友達ですか?」


「まあ、ふふっ、友達と言えば友達ですね。……あ、ほら来ましたよ」


 琴原が指をさした先には一人の女性が立っていた。


「もー、みどり歩くの早いって……。本屋行くのはわかってたけど、何もそんな一目散に走らなくても……」


 息を切らしながらその女性は琴原に文句を言っていた。


「これは走ってません。歩いてます」


「それを『歩き』と言えるならみどりは競歩で世界一狙えるよ……」


 そんな声に鈴村徹は聞き覚えがあった。


「あれ、もしかして、長谷川先輩ですか?」


「え? ……もしかして、鈴村?」


 琴原のことを小学生時代からいじめていた張本人であり、鈴村がその仲裁に入った相手、長谷川杏里はせがわあんりであった。


「うっわー久しぶり。中学のあの日……以来かな?」


「……ええ、そうですね。すっかり今では琴原先輩と仲良くなってるそうで何よりです」


「お、随分な言いようだね。君ら生徒会の出店を大成功に導いた本人だということを忘れてるな?」


「……そっちこそ、琴原先輩とのあの一件のこと忘れたんですか」


 睨みあう二人を見て、慌てて琴原は間に入った。


「ま、待ってください二人とも! 鈴村君、説明が遅くなってすみません。私たち、あの後ちゃんと仲直りして、今じゃ休みの日に出かける仲なんですよ」


「そうなんだよ。私としてはあの時の罪滅ぼしをしてるだけなんだけど、みどりと話してると楽しくってさ。いつの間にかめちゃくちゃ仲良くなってたんだ」


「そ、そうだったんですね。それなら早く言ってくれればよかったのに」


 鈴村徹は琴原と長谷川の仲裁に入った後のことを知らなかった。二人の仲裁に入り仲直りはさせたが、あの日鈴村徹はその後綾瀬を探しに行ってしまい、それから二人と関わる機会がほとんどなかったため、この事実は鈴村徹にとって驚きを隠せないものであった。


「でも、長谷川先輩は初めから琴原先輩と友達になりたかったんですよね?」


「ちょ、そういうこといちいち掘り返さないでいいから!」


「ふふっ、そういえばあの時そんなこと言ってくれてましたね」


「ちょっと、みどりまで……」


 少し恥ずかしそうな長谷川であった。


 そんな中、この三人のことを見ながらとある勘違いをしている人物がいた。


「…………これは、修羅場になるね」


 鈴村早紀であった。


 鈴村早紀は納涼祭で琴原に出会った際、その浴衣姿を見ている。そして、その直前に琴原が取っていた行動も見ていた。


(なるほど……。琴原さんはこれはどう見ても徹が好き……。これはあの時着てた浴衣の花見てわかってた。そして長谷川さん。この三人に昔何があったかは知らないけど、これだけは確実に言える……!)


 鈴村早紀は手を握りながら心の中で叫ぶ。


(琴原さんは徹のことが好き! そして、長谷川さんも徹のことが好き! 恋の大三角形が今ここにある!)


 とんでもない勘違いをしていた。


「お母さん! 二人を、いや、三人を平等に応援しようね!」


「え? えぇ、応援はいいけど、何を?」


 突然の誘いに戸惑う鈴村香織であった。




                 *




「なるほど、鈴村君はお姉さんの内定祝いを家族の皆さんと一緒に買いに来たと」


 ミドリモール内にある喫茶店で、琴原は鈴村徹に言った。


「そうなんですよ。姉ちゃんの内定祝いを買いたいんですけど、何だったら喜んでくれるかなと思って。……で、その肝心の姉ちゃんと母さんどこ行ったんですか?」


「それが、私もわからないんですよね。杏里ちゃん、何か知ってる?」


「さあ、私も知らないよ。急に二人して『じゃ、ごゆっくりー!』って言ってどっか行っちゃったのだけは覚えてるけど」


 そんな様子を、少し遠い席から鈴村早紀、香織ペアは見守っていた。


「ちょ、ちょっと早紀。さっきはノリであんなこと言ってあの場から去ったけど、結局追いかけちゃってるじゃない。これじゃストーカーと同じよ?」


「お母さん声大きい。それにこれはストーカーじゃないよ。見守っているだけよ」


「……それ、度が過ぎるとストーカーと変わらないから注意してね」


 少し困りながら言う鈴村香織であった。


 鈴村早紀はそんな鈍感な母に対し言う。


「だってさっきのあの三人見たでしょ!? 絶対あれ三角形だって!」


「え、三角形? 何が?」


「あのとき琴原さんが着てた浴衣の花……。そしてあの隠せてそうで隠せていない徹への照れ隠し……。さらにそこへ登場する中学からの知り合いである長谷川さん……。これは確実に三角形なんだよ!」


「……だから何が三角形なの?」


 重要な部分をかたくなに言わない鈴村早紀であった。


 鈍感すぎる母を見て鈴村早紀は「はぁ……」と言いながら軽く説明を始める。


「お母さん、花言葉ってわかる?」


「花言葉? まあ多少なら……」


「この前の納涼祭で偶然琴原さんたちに会ったんだけど、琴原さんたち浴衣着てたの。女子皆ね」


「あら、それは羨ましいわね」


 母の謎の回答に少し戸惑ったが鈴村早紀は続けた。


「それで、琴原さんの浴衣には『リナリア』の刺繍がされてたんだよ」


「リナリア? あまり聞かない花ね」


「リナリアの花言葉は『この恋に気づいて』。そして、琴原さんはその浴衣を徹に見てほしい、気づいてほしいという仕草を取っていたのをこの目でしっかり見たんだよ!」


「な、なんですって!?」


 鈴村香織に衝撃走る。


「つ、つまりみどりちゃ……、琴原さんは徹に気持ちを気づいてほしくてそんなことをしたと……?」


「そう……。そして長谷川さん」


「は、長谷川さんは、徹への気持ちをどう伝えようとしてるの……」


 少し間を空けて、鈴村早紀は言った。


「それはズバリ、女の勘!」


「……それが通じるなら私にもわかるわよ」


 呆れた表情で鈴村香織は言った。


 鈴村早紀は、「でもねでもね!」と抗議をする。


「あの三人、中学の時に何かあったのは間違いないと思うんだよ。そのことがきっかけで、長谷川さんも徹のことを……」


「えーっと、人生の先輩から一言アドバイスするわね。それだけで長谷川さんの気持ちを断定するのはダメだと思うわ」


 そんな言葉をかけられても、鈴村早紀は折れなかった。


「しかーし! 長谷川さんも徹のことが好きなのは絶対! この恋の三角形、私たちは遠くで暖かく見守らないといけないんだよ!」


「あ、三角形ってそういう意味ね」


 鈴村香織はそこだけ納得をした。


「あ、見て! お母さんあれ見て!」


「もう、徹たちのことはいいから買い物行きましょう……」


 少し呆れる鈴村香織だったが、そこから見えた景色はまさかの光景だった。


「な、なんですって……!? 長谷川さんが、泣いてる!?」


 修羅場であった。




 そんな修羅場と勘違いされている鈴村徹は、琴原と長谷川に話をする。


「それでですね長谷川先輩。何とか先輩のおかげで納涼祭を乗り切れました。感謝するにもしきれません」


「ぐすっ、やっぱり、やっぱり鈴村、いいやつじゃん……」


 納涼祭での出来事を心から感謝をしまくった鈴村徹の暑い心に、長谷川は痛く感動し涙を流していた。


「そんなに泣かなくても……。俺はただ単純に感謝の気持ちを述べただけで……」


「だって、あの時あんなことしてた私をそんな風に言ってくれるなんて、思わなくて……」


 長谷川も当時琴原にしてきたことは常に後悔していた。自分にも降りかかってきたらどうしよう、仲間外れにされたらどうしよう、そんな不安が常に長谷川を襲っていた。


 しかし、長谷川にとって鈴村は、その琴原との最悪な関係を破壊し、親友にまでなれるきっかけを作ってくれた神のような存在になっていた。


 そんな神からのお告げである。長谷川は涙が止まらなかった。


 表向きは意地を張ってばかりの性格だが、裏向きはとても臆病な性格であった。だからこそ、鈴村徹の言葉を心をぐっと掴んでいた。


「まあ、あの時鈴村君が仲裁に入ってくれなかったら、私も杏里ちゃんも今ごろどうなってたかわからないです。感謝を述べたいのはむしろこちらのほうなんですよ」


「そうだよ鈴村。君のおかげで私は変わることができた。君がいなければ、今もまだみどりのことをいじめて楽しんでたかもしれない」


「え、そうなの?」


 ちょっと怖くなる琴原であった。


「じょ、冗談だよ、冗談。……でも感謝しきれないのは確か。あの時をお礼をさせてほしいんだ。何かない?」


 長谷川は鈴村徹に向かって聞く。


「そんなこと急に言われてもなぁ……。……あ、じゃあこの前の納涼祭の時に協力してくれたのがお礼ってことで、どうですか?」


「うんまあ、鈴村がそれでいいならいいよ」


 長谷川は照れながら言った。


「ふと思ったんですけど、長谷川先輩、こんな目立つところにいていいんですか?」


「え? なんで?」


「琴原先輩に聞きました。長谷川先輩、有名なインフルエンサーなんですよね? だからこそ納涼祭であれだけお客さんが来てくれたんです。それなりに有名なのに、変装もしないで大丈夫なんですか?」


「ああ、そういう心配? ありがと。でも大丈夫。確かに周りから見たら私は『有名なインフルエンサー』って見えるかもだけど、実際はそこまでなんだ」


「え、でもあのツイートだけでトレンド入りするほどですよ? そこまでってほどじゃないんじゃ」


「まあ、インフルエンサーの中にも優劣があるわけよ。それこそ影響力はあると思ってるけど、上の人たちには敵わないわ」


「……そうなんですね」


「だから、少し有名なインフルエンサー、って思ってもらえればそれでOK。別に身バレしたところで行列ができるわけでもないし」


「そんなこと言って、この前原宿行ったら即バレして長蛇の列できてたじゃないですか」


「あー……、そんなこともあったねぇ。あの時はごめんね、みどり」


「いえいえ。今日がその埋め合わせみたいなものですから」


 琴原は笑顔で言った。


 この二人は本当に仲良くなったんだな、としみじみ思う鈴村徹であった。


「よし、じゃあ鈴村。私も君に聞きたいことがあるんだ」


「? なんですか?」


 長谷川はニヤりとしながら鈴村徹に問う。


「ぶっちゃけ、みどりのことどう思ってる?」


『え!?』


 二人は声を揃えて驚いた。


 鈴村徹は慌てながら答える。


「ど、どうって、そんな急に言われても……」


「この際だから言っておくけど、納涼祭のこと、みどりから聞いたよ」


 鈴村徹は口を開けてぽかんとした。その間、二秒。そして叫んだ。


「喋ったんですか!? 琴原先輩、あの時のこと喋ったんですか!?」


「……話しました。……んもう! なんで言っちゃうんですか杏里ちゃん!」


「だってはっきりさせたいじゃん! 鈴村が本当はどう思ってるか!」


「ど、どう思ってるかなんて、それは……」


 琴原は既に鈴村徹から答えを聞いていた。そして、そのことも長谷川は知っている。しかし、琴原の思いはあの納涼祭の日に途絶えたわけではない。まだチャンスは残っていた。


 琴原はあの日、綾瀬を正式の恋のライバルと認定し、綾瀬もまた、琴原を恋のライバルと認定していた。この日から、どちらが先に鈴村を自分のものにできるかの勝負が始まっていた。


 鈴村の本心はこの時に打ち明けられている。琴原が綾瀬に勝てる確率は低いと本人は考えていた。しかしながら、琴原は諦めていなかった。正式に付き合うと綾瀬からも、鈴村からも伝えられていないため、自分が努力すればチャンスをものにできると考えていたのだ。


 そして琴原は、納涼祭二日目が終わった後、その日あったことを包み隠さず全て長谷川に話していた。


「そ、それって今ここで言わなきゃダメですかねぇ」


「ダメでしょ! 今ここで! どっちが好きかはっきり答えて!」




『どっちが好きかはっきり答えて!』


 そんな叫び声が、この二人組にも聞こえていた。


「ほら、やっぱり修羅場だよお母さん!」


「ず、随分モテるようになったじゃん、徹。さすがは私の息子ね」


 ああは言っていたが、鈴村香織は内心すごく楽しんでいた。


「どっちが好きかはっきり答えて、だって! やばい! 私心臓バクバクしてきた! まるで恋愛ドラマ見てるみたいなんだけど!」


「お、落ち着きなさい早紀。落ち着いて、落ち着いて様子を見るのよ。バレちゃうわよ、近づいてると」


 鈴村早紀は「これが落ち着いていられますか!」と言わんばかりにだんだんと鈴村徹ら三人がいる席に近づいていた。


「あ、あのぉ、お客様……?」


「なんですか?」


「他のお客様のご迷惑になりますので、その、ストーカーまがいのことは……」


「いえ、お構いなく。これは私たち家族の問題なので」


「いえ、ですから、他のお客様のご迷惑になりますので……」


「放っておいてください。私はあの三人を見守りたいんです」


「……ストーカーとして通報しますね」


「あー違います! やめてください! 大人しくしてますからぁ!」


 鈴村早紀はストーカーとして通報されそうなところをすんでのところで止めた。


「言わんこっちゃない……。早紀、そこに大人しく座ってなさい。お祝い買ってあげないわよ」


「はい、ごめんなさい……」


 反省しながら席に戻る鈴村早紀であった。


「しかり徹もやるわね……。年頃とはいえ、目の前の女子二人のどちらかをここで選ばないといけないほどの修羅場になるほどなんて」


 勘違いもはなはだしかった。


「お母さん。徹はどっちを選ぶと思う?」


「え? そうねぇ、私は琴原さんかしら」


「なんで?」


「え、だってあのおっぱいよ? 誰だってあのおっぱい選ぶでしょ」


 鈴村香織は即答した。


「ダメだこのおっさん脳」


 呆れ顔で鈴村早紀は言った。


 そのおっさん脳は続ける。


「でも、実際のところ徹がどっちを選ぶかはわからないわ。私たちが決めていいことじゃないもの。決めるのは徹本人よ」


「それはそうだけど……。でもそれを予想するのも面白くない?」


「それはそう」


 二人はガシッと手を掴みあった。


「私は琴原さん選んでほしいなぁ。琴原さん、徹のこと好きだもん」


「それはさっきの話で分かったけど……。早紀は琴原さんが幸せになってほしいと思ってるってこと?」


「そりゃどっちも幸せになってほしいと思ってるけど……。でも、さっきの話の通り琴原さんは徹のことが好き。長谷川さんは徹のことが好きだけど、なんで好きなのかが私にもわからない。ってなったら、琴原さんを選ぶ未来しか見えなくない?」


「それもそうなんだけど……。うーん、長谷川さんが徹をどう思ってるかがわかればいいのよねぇ……」


 無駄に悩む勘違い親子であった。


「……ええい! もどかしい! 私が直接聞いてくる!」


「えっ、ちょっと早紀! 待ちなさい!」


 鈴村早紀は立ち上がり、そのまま鈴村徹らのいる席へ向かった。


「徹!」


「え、姉ちゃん!? え、何、どうしたの!?」


「琴原さんと長谷川さん、どっちにするかはっきりしなさいよ!」


『…………え?』


 琴原、長谷川、鈴村徹は三人できょとんをした顔をした。


「……え?」


「あーもうほら、早とちりするから……」


 後ろから鈴村香織が顔に手を当てながら言った。




                 *




「なーんだ、中学の時にそんなことがあったのか!」


 琴原、長谷川、鈴村徹の中学時代の事の顛末を聞き、鈴村早紀はすべてに納得をした。


「なーるほどね、だからあのとき長谷川さんは泣いてたんだ」


「な、泣いてたわけじゃ……!」


「泣いてましたよね」


「みどり……、いいのそういうの今は言わなくて」


 更に喋りそうな琴原の口を長谷川は抑えた。


「しかしなるほど。その中学の時の一件がきっかけで長谷川さんが徹を好きになったわけじゃないのね」


「……お母さまの前で言うのもあれですけど、私は鈴村のことを好きと思ったことも、男として思ったことも一度もないです」


「おっ、二連撃来たねぇ。琴原さんからは……、さすがに三連撃目は来ないかな」


「な、なんで決めつけるんですか!」


 鈴村早紀のその言葉は、琴原の気持ちを分かっているからこそ言える言葉であった。


「それで? この二人じゃないなら一体どの二人を徹は選ばないといけないの?」


「えーっと、それは……」


 言葉に詰まる鈴村徹。中学の一件は話したが、納涼祭であったことは話していない。


 鈴村早紀は選ぶ相手の一人が琴原だということは確信していたが、もう一人が誰か予想がつかなかった。


「なんだよ徹、もったいぶらないで言いなよ」


「そうよ徹。お母さんも気になるわ」


「こ、こんな公衆の面前で言えるか!」


 曲がりなりにもこの席には鈴村徹含めて五人が座っている。こんな場でそのような大事なことを言えるわけがなかった。


「そうかなるほど。じゃあ家だったら教えてくれるわけだな? そういうことでいいんだな?」


「あんた誰なんだよ……。姉ちゃんじゃないだろ」


「姉ちゃんだよ? 恋バナを聞くとテンション爆上がりする姉ちゃんだよ?」


「早紀、あまり面白がっちゃダメよ。これは列記とした徹の問題なんだから」


 かくいう鈴村香織も、この状況が楽しくて仕方なかった。遺伝には逆らえないのである。


 こうなっても埒が明かないと察したのか、そして余計な勘違いをさらにされたくないのか、長谷川が口を開いた。


「そ、そろそろ買い物行きませんか? ほら、みどりは本屋に行きたかったんですし、鈴村だってお姉さんにお祝い買ってあげるんだろ?」


「え? ああ、そうだな。まずは目的果たさないとここに来た意味がない」


『じゃあそれが終わったら教えてくれるのね!?』


「教えねえよ!」


 二人とも「ちぇー」と頬を膨らませていたが、長谷川の提案によりこの場はお開きになった。


「それじゃ、琴原先輩。また今度学校で。次は……、生徒会の活動がある金曜ですね」


「そうですね。それまでは少しばかりお別れです」


 少し寂しそうになる琴原であった。


 小声で長谷川は言う。


「みどり、たかが数日だよ。大丈夫。鈴村との接点が何もないなら諦めるしかないけど、今は生徒会の一員なんだ。出会う機会はいくらでもある。チャンスはどこにでもあるよ」


「杏里ちゃん……」


「あ、そうだ」


 長谷川は鈴村徹にある提案をした。


「鈴村、いい機会だし連絡先交換しない?」


「連絡先の!?」


「交換ですって!?」


 途端、勘違い親子に電撃走る。


 その様子を見て鈴村徹は頭を抱える。


「……バカ親子め」


 そう言いながら、鈴村徹は長谷川の提案を受け入れた。


「あ、あの……」


「あ、そういえばなんだかんだ琴原先輩の連絡先知りませんでしたね。はい、これ俺の連絡先です」


「あ、ありがとうございます」


 そう言いながら、琴原は鈴村徹の連絡先を登録する。


(そういえば生徒会メンバーで連絡先知らないの、飯田いいだ会長と宮田みやた先輩だけだな。綾瀬の連絡先は既に知ってるし……。今度聞くか)


 そう思う鈴村徹であったが、片や琴原は長谷川に感謝をしていた。


「杏里ちゃん……! ありがとう! 私ずっと鈴村君の連絡先知りたかったんです! でも勇気出なくって……」


「いいってことよ! これでじゃんじゃん鈴村にアピールしていくんだぞ! 頑張れ!」


「はい! ありがとうございます!」


 鈴村徹からは後ろ向きだったのでよく見えなかったが、琴原が喜んでいる顔だけは確認できた。


(……まあ、あれだけのこと言われたんだ。そういう反応されてもおかしくないか)


 納涼祭二日目の花火大会の時に琴原と綾瀬に言われたことを思い出す。


「一体この先、どうなることやら」


 そう呟く鈴村徹であった。




 その様子を、遠くから見る女子が一人いた。


「鈴村君、みどり先輩と一緒にいる……。それにあれは……、もしかして長谷川先輩? 珍しい組み合わせだなぁ。よく見たら鈴村君のお姉さんも、お母さんもいるし……。何してるんだろう」


 綾瀬凛あやせりんは、喫茶店から出てきた五人組を見ていた。そして、とても楽しそうに、嬉しそうにしている琴原を見ていた。


「……抜け駆けはダメだよ、みどり先輩」


 少し怪訝けげんな顔をして、綾瀬は琴原を睨みつけた。

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