第7話 花火
(くそっ、綾瀬のやつ、いつまでこうしてる気だ……!)
鈴村徹は納涼祭二日目のお昼前、生徒会室にて納涼祭の打合せをしに来た琴原みどりと遭遇した。
まだ集合時間まで少し早い時間ということもあり、生徒会室は鈴村と琴原の二人きりとなっていた。
そこで、鈴村は琴原から愛の告白を受けることとなる。
直接的な告白ではない。琴原は、「鈴村と二人きりで花火を見る」という誘いをし、それを告白とした。
緑ヶ丘学園主催の納涼祭には、学園の生徒の一部である噂が流行っていた。
それが、「納涼祭の花火大会を男女二人きりで見ると、その恋が片思いであっても必ず成就するもの」、というものである。
鈴村はその噂自体にあまり信憑性を感じていなかったが、しかし過去を思い出すと確かに夏休み明けにカップルが続々誕生していたのを覚えていた。
鈴村はその噂を琴原から聞き、そしてそのすぐあとに花火大会を見てほしいと誘われた。それは事実上の「告白」であった。
鈴村と琴原が知り合ったのはつい一週間前のことである。しかしなぜ、この短い期間で琴原が鈴村のことを好きになったのか。それは一目惚れではなく、琴原が中学時代に琴原をいじめていた女子生徒から守ったからであった。
結果として琴原に対するいじめはなくなり、琴原が望んだ「普通の学校生活を送る」という願いが叶えられ、鈴村に対する感謝が生まれ、それは次第に好意へと変わっていった。
しかし、琴原は鈴村が綾瀬のことを好きなのは知っていた。もともと鈴村と綾瀬はとても仲が良さそうに見え、おそらくそうなんだろうと思っていた琴原だったが、生徒会メンバー全員の目の前で事実上の公開告白を鈴村がしたことがきっかけでそれは確信に至った。
そして、綾瀬が鈴村のことを好いていることも気づいていた。納涼祭に浴衣を着て男子メンバーを驚かせようと提案したのは琴原であったが、その意味をすぐに汲み取ったのは綾瀬だった。
綾瀬、琴原、宮田の三人は各々花を選び、知り合いの業者に刺繍を頼んだ。そのとき綾瀬が選んだ花は「向日葵」。花言葉は、「あなただけを見つめる」である。
綾瀬がこの提案を受けたあとすぐさまこの花を選び、刺繍を頼んでいたのは琴原が一番最初に気づいていた。琴原は、綾瀬の鈴村に対する好意、覚悟をその行動で理解した。
だからこそ、琴原はその気持ちに負けまいと、その気持ちを上回る、しかし気づいてほしいという思いを込め、「この恋に気づいて」という花言葉を持つ「リナリア」を選んだ。
結局、鈴村は花言葉の知識がなかったためその意味を飯田から聞いて初めて知ることになったが、琴原がなぜその花を選んだか理解できないでいた。
そんな中でのあの琴原の告白である。鈴村は当然驚いた。
そして、今は琴原は生徒会室から離れ、綾瀬と入れ違いになった。
今、鈴村と綾瀬は不慮の事故により生徒会室の中で倒れこんでしまっている。すぐに退こうとした鈴村であったが、綾瀬は気持ちを抑えきれず、まだ少しこのままでいて、と鈴村にお願いをしていた。
鈴村はこの状況に心の中ではとても喜んでいたが、しかしそうも言っていられない状況にあった。
なぜなら、『人生の選択肢』に提示されている選択肢をすぐに選ばなければ、どんどん選択肢が変更され、最悪取り返しのつかないことになると考えていたからである。
【人生の選択肢】
A.納涼祭を綾瀬凛と共に過ごす。
B.飯田勝翔の言いつけを聞かず、出店の対応をする。
C.納涼祭を琴原みどりと共に過ごす。
【選択の簡易的結果】
Aを選んだ場合、鈴村徹は綾瀬凛を納涼祭へ誘うことに成功するが、納涼祭中に綾瀬凛と再開することができず、綾瀬凛と共に過ごす時間を失う。
Bを選んだ場合、飯田勝翔に酷く怒られ、生徒会長命令を破った報復として今後一切の生徒会室への出入りを禁じられる。
Cを選んだ場合、鈴村徹は琴原みどりを誘い、琴原みどりは大変喜んで快く承諾するが、綾瀬凛にその瞬間を見られ、その後鈴村徹は一切綾瀬凛と会話をすることができなくなる。
もともとはこれが『人生の選択肢』から提示されていた選択肢であったが、これを選ぶ前に琴原から鈴村へ「納涼祭への誘い」が行われてしまったため、Cの選択肢に矛盾する形になってしまった。結果、提示された『人生の選択肢』が書き換わった。
【人生の選択肢】
A.鈴村徹は琴原みどりの告白を受ける。
B.鈴村徹は琴原みどりの告白を断ることができず、綾瀬凛を花火大会に誘うこともできない。
C.鈴村徹は在りし日の出来事を思い出す。
【選択の簡易的結果】
Aを選んだ場合、琴原みどりは大変喜び鈴村徹と花火大会を見る。そしてその数年後、結婚をする。
Bを選んだ場合、どちらとも花火大会を見ることもなく、何事もなく納涼祭を終える。そして、綾瀬凛との関係が絶たれる。
Cを選んだ場合、
これが新たに鈴村に提示された選択肢。同時に選んだ場合にどうなるかを簡易的に記した【選択の簡易的結果】も記載されていたが、なぜかCのみ途中で記載が終わっていた。
鈴村はそろそろ我慢ができなくなり、綾瀬を退かそうとする。
「あ、綾瀬、そろそろ、退いてくれないか」
「……私とくっつくの、嫌? 鈴村君は、こうしてたくないの……?」
「い、いや、そういうわけじゃないけど……」
本当は嬉しい。ずっとこの時間が続けばいい。鈴村はそう思っていたが、そうも言ってられない。この本に提示された選択肢にもタイムリミットが存在し、それを過ぎるとそれは確定した過去となって変えることができなくなるのだ。
もし、他にもパラレルワールドがあるとして、今進んでいる世界が鈴村にとって正解の選択であった場合は問題ないだろう。しかし、それが間違った選択だと話が変わってくる。
鈴村は元より、綾瀬と繋がりたくて大学一年の時代から高校一年の時代にタイムスリップしたこの世界で必死に行動をしている。これまでは正解の選択をしたおかげでうまくいっていたように見えたが、過去があれば未来はあり、その未来は過去が確定したから訪れる。つまり、過去改変により訪れる未来が変わり、そのパラレルワールドも変わることとなる。これにより、本来琴原が直接鈴村に介入する未来はなかったが、鈴村の過去改変により琴原が介入する未来も現れてしまったのだ。
『人生の選択肢』はそのパラレルワールドに繋げるパイプのようなものであり、そのそれを選ぶかは鈴村本人が決めることである。
「な、なあ綾瀬」
「ん、どうしたの、鈴村君」
この状況を素直に堪能する綾瀬に鈴村は言う。
「ほら、そろそろ集合の時間だろ。こ、こんな状況皆に見られたらまずいんじゃないか?」
「えー? 私は別に見られてもいいよ? 鈴村君のあの公開告白を皆見てるわけだし。何より、琴原先輩に見せつけたいし」
「…………琴原先輩には負けたくない、っていうわけか」
「そりゃそうでしょ。まだ会って一週間しか経ってないんだよ? それに引き換え、私たちは小学生時代からの付き合い。幼馴染なの。このアドバンテージを持ってして、しかもあの公開告白を持ってしても鈴村君に告白したんだもの。ちゃんとライバルとして見てもらわないと意味ないじゃん」
「………………」
綾瀬の言うことは確かにその通りであった。鈴村とは小学生から知り合っている仲である。お互い大した接点はないにしても、お互いを思う気持ちは当時から変わっていなかった。
しかしながら、綾瀬の持つアドバンテージは琴原からすればそれほどの威力はない。琴原も中学時代から鈴村のことを知っており、その時から好意を抱いている。数年の差はあれど、鈴村の思う気持ちは琴原も負けていなかった。
……と、そんな中、綾瀬は突然黙り込む。
「…………おい、綾瀬、どうした?」
「……いる」
「……いる? 誰が?」
綾瀬は、恐る恐る目線の先に映る物体を指さして叫んだ。
「きゃあああああああああ!!!!!!! ゴキブリがいるううううううううう!!!!!!!!!」
「えっ、ゴキブリ!? ……うわほんとだどっから湧いてきた!」
突然現れた黒光りするあの虫を発見した綾瀬は、恐怖のあまり鈴村から離れ、一目散に生徒会室から走って逃げて行った。鈴村はゆっくりとゴキブリのほうへ足を進めたが、よく見るとそれは少し大きめの黒いゴミだった。綾瀬はこの黒いゴミをゴキブリと勘違いしたのである。
「……なーんだ、ただのゴミかよ。驚かせやがって」
かく言う鈴村もゴキブリは苦手であった。
「鈴村君、こんにちは。今綾瀬さんが勢いよく生徒会室から飛び出して行ったけど、何かあったの?」
集合時間十五分前。生徒会副会長の宮田詩織が生徒会室に到着した。
鈴村は宮田に説明をする。
「いやぁ、あの黒いゴミをゴキブリと見間違えて、走って逃げて行ったんですよ」
「ああ、なるほど、ゴキブリと間違えて驚いて出て行ってしまったのね。……なんですってゴキブリ!?」
「いやだからあれゴミですって。ゴキブリじゃないです」
宮田もゴキブリが苦手だった。
「……よー鈴村。今綾瀬が出て行ったってことは、ついさっきまでお前らはここで二人きりだったんだよな。ちゃんとやることやったか?」
「い、飯田会長……」
その言葉を聞き、宮田はとんでもない勘違いをし始める。
「あらあら、鈴村君、こんな真昼間から神聖な生徒会室でそんなことを……。いくら綾瀬さんのことが好きだからって、場所を選んでちょうだい」
「えっ!? あの、宮田先輩、もしかして勘違いされてません?」
「勘違い? 何のことかしら。私は鈴村君が大胆な人だなと思っただけよ」
「いやだからそれ勘違いですって! 何もしてないです!」
「へぇ……。じゃあ飯田君の言う『やること』って、いったい何かしら。私にはわからないから説明してほしいわ」
「せ、説明!?」
できないことはないが、鈴村は少し恥ずかしく言うことができなかった。
「ほら、やっぱりやましいことしてたんだわ。どう思う? 飯田君」
「詩織、今は鈴村をからかうな。こいつは今真剣なんだ」
宮田は普段の飯田を知っているため、飯田も鈴村をからかうだろう、と思っていた。しかし、予想外の返答が飯田からされることになり、宮田は目を大きくして驚いた。
飯田は続ける。
「鈴村。結局どうしたんだ。お前は、どうしたいんだよ」
鈴村は黙り込んでしまう。鈴村は綾瀬と一緒にいたい。しかし、勇気を出して告白してくれた琴原の気持ちを踏みにじりたくないという気持ちもあった。
「…………すみません、俺、どうすればいいかわからないです」
「だから言ってるだろ……。出店は俺と詩織、琴原でやるから、お前は綾瀬と二人でって……」
「それじゃダメな気がするんです!」
鈴村は叫ぶ。
「だ、ダメってどういう意味だ? ……まさか、お前……」
飯田は察したことを口にした。
「琴原に、告白されたのか?」
「……え?」
宮田はその言葉に驚きを隠せなかった。
「え、ちょっとどういうこと? みどりが鈴村君に告白って、え?」
困惑する宮田。宮田は花言葉の意味は理解していたが、どうしてリナリアの刺繍を浴衣にあしらったのかがわからなかった。理由もなくリナリアの刺繍をするわけがないとは思っていたが、「この恋に気づいて」と誰に伝えようとしていたのかがわからなかった。
しかし、飯田の言葉によりそれは確信に至った。
「鈴村君、そうなの?」
宮田は鈴村に問いかける。
鈴村は、静かに首を縦に振った。
「……そうか。いつだ? いつ告白された? ……あー、さっき真っ赤な顔して校庭を歩いている琴原を見かけたな。もしや俺と入れ違いで琴原がここに来たのか?」
鈴村は正直に答えた。
「……はい。飯田会長が出て行った数分後、琴原先輩が来ました。打合せがあるから、早めに来たと」
「早めに行動するのは琴原であればいつものことなんだけどな。そこで告白をされたと」
「直接的な告白ではないです。間接的です」
「はぁ? なんだそりゃ。間接的なら告白でも何でもねえだろ。……って痛った! な、何すんだよ詩織! 足を踏むな! 痛い痛い痛い痛い!!!!」
宮田は飯田の足をぐりぐりと踏みつけていた。
「告白に直接も間接もないわ。思いを伝えたならそれはどんな形であれ『告白』なのよ、飯田君。彼女持ちならもう少し女心は理解しないと、鈴村君に顔向けできないわよ」
「うっ……」
宮田は飯田に少しきつい言葉を発し、「それくらいわかりなさいよ」という顔を飯田に見せた。
「鈴村君、さっきあったことを全て話しなさい」
「す、全て!?」
「何よ、みどりとのやり取りを話すだけでいいわ。……それとも綾瀬さんとも何かあったのかしら?」
「え、えーっと……」
嘘をついてでも隠したい鈴村だったが、それは叶わなかった。
「じ、実は飯田会長がいなくなってから今に至るまでこんなことがありまして……」
鈴村は飯田、宮田にあったことを全て話した。
*
「俺がいなくなってからこの時間までの短い時間に、よくまあそんな濃い時間が生まれたもんだな」
「モテるのね、鈴村君」
「ははは、ちょっと複雑な気分です」
「しっかし、『恋が成就する話』がまさかあの花火大会に関係してたとはねぇ」
「飯田君知らなかったの? 私は知ってたわよ」
「え、そうなの?」
「俺も琴原先輩に言われるまでは知りませんでした。てっきり『恋が成就する話』はあの焼きそばだとしか思ってなくて」
「あー、俺もだわ」
二人して愛想笑いをした。
宮田は鈴村に近寄り言う。
「鈴村君。あなたはどうしたいの? 鈴村君が綾瀬さんを好きなのは皆知っているわ。同じ生徒会メンバーとして、友人としてあなたを応援したい。でも、みどりの気持ちも考えてあげてほしいの」
「宮田先輩……」
「みどりは知っての通り引っ込み思案な性格だから、何事もネガティブに考えてしまう。勇気も出せないから、あまりみどりがみどり自身の意思で動いたことを見たことがなかったわ。だけど、鈴村君はそんなみどりから告白をされた。花火を一緒に見ようと誘われた。鈴村君は、その誘いに、告白にしっかり答えるべきだわ」
勇気を出して自分の意志で動いた琴原のことを、宮田は未だに信じられないでいたが、しかし琴原の「変わりたい気持ち」はしっかり伝わっており、だからこそ鈴村には有耶無耶にしてほしくなかった。
鈴村は少し俯いて言う。
「……宮田先輩の言ってることは正しいです。確かに俺は琴原先輩の気持ちに答えを出さなきゃいけない。それはわかってるんです。わかってるんですけど……」
「わかってるけど、何?」
「俺は綾瀬が好きです。琴原先輩から花火の話を聞いた時も、飯田会長の提案通り綾瀬を花火に誘って、二人きりで見ようと考えました。でも、その直後に琴原先輩から告白されて、気持ちの整理がついてないんです」
「…………言いたいことがあるなら続けなさい」
宮田は鈴村の気持ちを真正面から受け止めるように聞いていた。
「宮田先輩の言った通り、琴原先輩は勇気を出して俺に告白をしてくれた。そんな琴原先輩の気持ちを、踏みにじりたくはないんです。悲しませたくないんですよ」
飯田は「モテる男はつらいねぇ」と言っていたが、それが宮田の癪に障ったらしく、また飯田の足を踏んでいた。
「……あの、飯田会長、めっちゃ痛そうですけど」
「いいの。今は飯田君はいないものとしてちょうだい」
酷い言われようであった。
宮田は飯田を踏みつけながら言った。
「いい? 誰しもみんな恋はするものよ。でも、同時に別の人から好意を向けられたとしても、ちゃんと男としてその気持ちに答えてあげないといけないの。それが女に対する礼儀ってものよ。みどりの気持ちを踏みにじるから答えに迷ってるなんて、それはわがままな考えだわ。しっかりと、綾瀬さんとみどり、それぞれに自分の気持ちを伝えて、答えを出しなさい」
鈴村は宮田の言葉は理解していても、それができないでいた。
鈴村が思い出さなければいけない『在りし日の出来事』。これが琴原に関することなのはだんだん気づいていた。しかし、その『在りし日の出来事』を未だに思い出せないでいる。
「まだ花火大会まで時間は少しある。遅くとも夕方三時くらいには答えを出さないといけないと思うけど、じっくり考えるといいわ。少し落ち着けば、自ずと答えも出るでしょう」
と、そう宮田が言ったタイミングで琴原と綾瀬が生徒会室に戻ってきた。
「あ、綾瀬に、琴原先輩……」
同時に綾瀬と琴原が戻ってきたことに少し驚いた鈴村だったが、二人のどこか不安そうな顔を見て気持ちを察した。
(……、ちゃんと、二人に俺の気持ちを伝えなくちゃダメだ。でないと、生徒会が、俺らの関係が崩壊する)
そんな中、飯田は表情をけろっと変えて二人に話しかける。
「お、綾瀬に琴原、お疲れさん。集合時間ピッタリだな。よし! んじゃ早速だが、納涼祭二日目の生徒会の打合せ始めますかね」
そう言って、飯田は普通の生徒会長として何事もなかったかのように打合せを始めた。
しかし、綾瀬と琴原、そして鈴村の表情はとても曇っていたのが飯田には見えた。
「……頼んだぞ、鈴村」
そう言って飯田は、打合せを進めた。
*
「よし。打合せはここまでにしよう。出店のノルマもすぐに終わるだろうし、終わったら出店はすぐ撤収して俺らも納涼祭を満喫しようぜ」
飯田はそう言っていたが、未だ綾瀬、宮田、鈴村の顔は曇ったままだった。
打合せこそ生徒会のメンバーとしての自覚を持っているため、しっかりと取り組んでいた三人であったが、しかし心の奥底にはもやもやとした気持ちが渦巻いていた。
(……全く、せっかくの楽しい夏祭りが台無しになるぞ、鈴村)
飯田は少し呆れていた。
そんな時、琴原のスマホに一本の電話が入る。
「ん、琴原。お前スマホ鳴ってるぞ」
「え? ……あ、ほんとですね。……あれ、杏里ちゃん? どうしたのかな、こんな時に」
「……杏里?」
鈴村にはこの名前に聞き覚えがあった。
そう、鈴村が中学のときに初めて出会った、琴原をいじめていた張本人である。
鈴村は中学の時にあったあの出来事をついに思い出した。
(杏里……、確か長谷川って名前だったな……。琴原先輩のことをずっと女子三人ぐるみでいじめていたうちのリーダーみたいなやつで、めちゃくちゃ性格が悪かったのを覚えてる)
徐々に、徐々にその時のことを思い出す。
(そうだ、俺は中学の時に琴原先輩と会ったことがある。あの体育祭の練習の日だ。琴原先輩のことをバカにしたあいつらがなんでかムカついて、割って入って、そして仲直りさせたんだった)
どんどん蘇ってくる、琴原を変えたあの出来事。
その出来事こそが、『人生の選択肢』が提示していたCの選択肢である『在りし日の出来事』である。
(……そっか、琴原先輩、あのあと長谷川先輩と仲良くなれたのか。よかった……)
鈴村は自分があの時取った行動が無意味ではなかったことに安心していた。
(……でも、このことを思い出して何になる? それが『人生の選択肢』とどう関係が……)
と、そこまで考えて、琴原の言っていたことを思い出した。
『思い出すことができたらその告白を断る権利を与えることにしましょうか』
いくつもの点が一つの線になる感覚がした。
「そうか、そういうことだったのか……!」
「? どうしたの? 鈴村君」
綾瀬は鈴村を心配しながら言う。
「……はい、わかりました。じゃあまた来週ね。……すみません皆さん。友達から来週遊ばないかっていうお誘いの電話でした。……あれ、鈴村君、どうしたんですか?」
飯田は何かを察したのか、宮田に向かって言った。
「よーし、んじゃとりあえずまだ準備とかもあるし、俺と詩織は先に会場に行ってるか」
「え? 私も? なんで?」
飯田は宮田に駆け寄り、耳元で囁く。
「ほら、さっき言っただろ。今日の出店は俺と詩織、琴原でやるって」
「でも、準備するならみどりと一緒じゃないと変じゃないかしら」
「事情があるんだよ。恋バナ好きなお前ならわかるだろ」
宮田は少し考え、そしてすぐに納得した。
「……いいわ、わかった。すぐに行きましょう飯田君」
「……ありがとうございます、飯田会長。宮田先輩」
「いいってことよ。しっかり伝えろよ、鈴村」
飯田は言う。
「でも、だからといって生徒会を壊すようなことはするなよ。せっかくお前が入ってくれて活気づいてきたんだ。すぐに脱退するようなことがあったら、俺が悲しい」
「私もそれは嫌だわ」
宮田も飯田の意見に同意した。
「じゃあ、また後でな」
そう言って、飯田と宮田は納涼祭会場へ向かった。
生徒会室に残される綾瀬、琴原、鈴村。
重い空気に押しつぶされそうな鈴村だったが、勇気を出して話し始める。
「あの、綾瀬、琴原先輩。話があります」
琴原は、覚悟を決めた顔をして鈴村を見た。綾瀬も同じく、覚悟を決めていた。
「飯田会長たち、気を使ってくれたんだよね。たぶんいろいろとバレてるんだろうなぁ」
綾瀬が言う。
「そうですね。でないと、あんな不自然に私たちだけ置いて先に行かないですもん」
打合せ中も比較的口を開かなかった琴原も話し始めた。
「飯田会長たちには感謝しないとですね。……それで、話なんだけど……」
と言いかけたところで、綾瀬は鈴村の話を遮った。
「ちょ、ちょっと待って! ……やっぱり、三人ここにいないとダメ? その、たぶん鈴村君は答えを出してくれたんだと思うんだけど、一人ずつに伝えるのじゃダメなのかな、って」
綾瀬は少し怖気づいていた。綾瀬は琴原に勝てると確信はしていたが、どことなく自信はなかった。それは琴原の行動力に由来する。
琴原は引っ込み思案でネガティブな性格な故に、あまり自ら行動をしない。しかし、自らの意思で行動し始めると結果が出るのはとても早く、さらにその結果は多くの人に賞賛されるものであった。「行動すればなんでもできてしまう、しかし行動するまでに勇気が必要」な女の子であることを知っていた。
そんな琴原が鈴村に告白をしたのである。そこまで接点の無かった琴原が、この短い期間でとても勇気のある行動を取って見せた。それは綾瀬にとって脅威であり、琴原にとっては十分すぎる武器であった。
綾瀬の提案を鈴村は拒否した。
「いや、申し訳ないんだけど、これは二人に聞いてほしいんだ」
そう言って、鈴村は二人に気持ちを伝え始めた。
「綾瀬、琴原先輩。俺のことを思ってくれてありがとう。琴原先輩から告白されたときは正直びっくりしましたけど、俺の中での気持ちの整理はつきました」
「いいんですか? 綾瀬さんの提案を断っちゃって」
「いいんです。だって考えてみてください。仮に一人ずつ、例えば綾瀬から順に俺の答えを聞いたとします。その時、琴原先輩は生徒会室の前で待っててもらいます。話が終わって綾瀬が出てきたとき、綾瀬が笑顔だったらどうしますか?」
「そ、それは……」
この場合、綾瀬が笑顔であるということは鈴村は綾瀬を選んだことと同義になる。そんな状況で、琴原は鈴村の気持ちを聞く勇気など出てこなかった。
「そうなったときに全部がダメになるとは限りません。ただ、琴原先輩のことです。綾瀬の顔を見て、諦めて生徒会室に入らずに帰るんじゃないですか?」
「…………そうかも、しれないですね」
まさしく琴原が考えていたことをズバリと鈴村は言い当てた。
「逆も然りです。俺が琴原先輩に気持ちを伝えて、琴原先輩が笑顔で出てきたら、綾瀬は苦しむだろ?」
「そうかもね……。うん、そうだと思う」
綾瀬は答えた。
「だから同時に俺の気持ちを聞いてほしいんです」
そう言って、鈴村は椅子から立ち上がり、綾瀬と琴原の目の前に移動して気持ちを伝えた。
「俺は、今日の花火大会を綾瀬と見ます。なので琴原先輩、ごめんなさい。俺は、琴原先輩の気持ちには答えられません」
「………………そう、ですか」
様々な思いがあふれ出し、琴原の目には涙が浮かび始めた。
「そうですよね。やっぱり、鈴村君は綾瀬ちゃんを選ぶって思ってました。だって、綾瀬ちゃんとは小学生からの仲なんですよね。でも、私が言ったこと忘れました? 私はちゃんと鈴村君に言いました。『思い出すことができたら私の告白を断る権利を与える』って。鈴村君は思い出せてないじゃないですか」
「いや、思い出しましたよ、琴原先輩」
「……え?」
思わず驚愕する琴原。
「さっきの電話、長谷川杏里先輩ですよね。同じ中学だった」
「は、はい、そうですけど……」
「その名前には聞き覚えがありました。中学の時に琴原先輩をいじめていた張本人ですよね」
「……そうです」
「え、琴原先輩いじめられてたの!?」
綾瀬はここで琴原がいじめられていた事実を知る。
「中学の体育祭で組体操の練習をした日、俺は外見だけで全てを決めるあの長谷川先輩の言い方とやり方が気にくわなかった。だから初対面だった琴原先輩を助けたんです。まさかその長谷川先輩と仲良くしているとは予想外でしたが、結果的に琴原先輩のやりたかったことがやれてたようで俺は安心しました」
「鈴村君……」
確かに、琴原がその後普通の学校生活を送れたのは鈴村のおかげだった。
「で、でもですよ! なんで杏里のことは覚えてて、私のことは覚えてないんですか!」
「あー、それなんですけど、確かに生徒会メンバーに会ったあの日に琴原先輩の名前を聞いてちょっと引っかかってはいたんですよ」
「そ、それってどういう……」
「中学の時に知り合った琴原先輩と、今の琴原先輩を比べたら一目瞭然です。今の琴原先輩は、心から学校生活を楽しめている普通の女の子です。僕から見れば、琴原先輩はとても輝いて見えます。だからかもしれないですけど、俺の中の琴原先輩と今の琴原先輩は外見も中身も違いすぎるので、人違いかなって」
琴原は「そ、そんな理由で気づけてもらえてなかったなんて……」とガッカリしていた。
「なので、俺は『在りし日の出来事』を思い出すことができました。これで琴原先輩の告白を断る権利を得たわけです」
「うぅっ、余計なこと言わなきゃよかった……」
大事なところでチャンスを失った琴原であった。
「でも、琴原先輩には悲しんでほしくないです。俺が告白を断ったら、普通の学校生活が送れないんじゃないかなってちょっと不安でした。でも、今の琴原先輩はとても楽しそうに学校生活を送っている。それを見て安心したんです」
「……それでも、私を選んでくれなかった事実は変わらないです。結局、苦しむことになります」
「それはごめんなさい。俺は、綾瀬と一緒にいたいと、直観的に思ったので」
涙をぼろぼろと流し、その場に座り込む琴原。その姿は、さすがに覚悟していたとはいえ鈴村にも応えるものがあった。
鈴村は綾瀬のほうを見て改めて言った。
「綾瀬、俺と一緒に花火を見てくれ。俺からのお願いだ。頼む」
綾瀬は隣で泣き崩れる琴原を見て、そして真剣な顔で告白の答えを伝えてくれた鈴村を見た。
そして、笑顔で答える。
「うん、喜んで! 私を選んでくれてありがとう!」
「……ああ」
「……あれ? でもおかしいところがありますよね」
「え、何ですか琴原先輩」
琴原はあることに気づく。
「確かに今私は鈴村君にフられました。これは拭い去ることのできない事実です。でも、一つだけ私にもチャンスが残っています」
『チャンス?』
綾瀬と鈴村は顔を見合わせて言う。
「いいですか。『恋が成就する話』は花火大会を男女二人きりで見ることで成立します。鈴村君、さっき綾瀬ちゃんになんて言いました?」
「え? ……『一緒に花火を見てください』?」
「そう! まさにそこです! 『一緒に花火を見る』というのは誰でもできます! 鈴村君は失態を犯しました!」
「……あっ」
鈴村は気づいた。
琴原はその顔を見て「ふっふっふー」と言いながら続けた。
「鈴村君は綾瀬ちゃんと花火を見てほしいと言いましたが、『二人きりで』とは言いませんでした! 綾瀬ちゃんに負けたのは認めますが、そのお誘いは『恋が成就する話』の条件を満たさないので、二人きりという約束はされていません!」
「え!? こ、琴原先輩、それはちょっと屁理屈じゃ……」
「屁理屈なんかではありません! 女の子はめんどくさい生き物なのです! 抜け道があるならそれをチャンスとして使う! 鈴村君、やらかしましたね!」
「あちゃー……」
綾瀬は頭を抱えていた。
しかし琴原の言うことは正しかった。この迷信にも近い『恋が成就する話』はあくまでも男女二人きりで見ることが条件である。鈴村の誘いでは二人きりで見るという条件が満たせないため、必然的に『恋が成就する話』は成立しないのである。
「その誘い方だと確かに二人きりで見るんだろうなと思いがちですが、それは私が入っても良いと言っているようなもの! ということで、私もお二人と一緒に花火見ます!」
「なんでそうなるんですか!」
思わずツッコミを入れた鈴村であった。
やいのやいのと言い合いをする琴原と鈴村であったが、綾瀬は不思議とその光景に嫌気を感じていなかった。
(……いいなぁ、琴原先輩。やっぱりなんでもできちゃう人だ。負けたと思った試合でも、チャンスをしっかり見逃さず、それをものにしようとする。尊敬します)
綾瀬は琴原の度胸ある行動、勇気ある行動に負けを認めていた。
「いいですよ、琴原先輩。私たちと一緒に花火見ましょう」
「え!? い、いいのかよ綾瀬」
「いいよ、私は。仮にも同じ生徒会メンバーだし、私はまだ皆と仲良く一緒に学校生活を送りたいと思ったの。琴原先輩と同じ考えですよ」
「あ、綾瀬ちゃん……」
綾瀬はしゃがみ込み、琴原を抱きしめた。
「確かに鈴村君は私を選んでくれました。私の勝ちです。でも、琴原先輩のその勇気にはとても及びません。私の負けです」
「……、綾瀬ちゃんは、こんなせこいやり方をする私を見てもまだ、友達だと思ってくれますか?」
「せこい? そんな風には思ってないです。むしろ、ちゃんと言い切らない鈴村君が悪いです」
「えっ!? 俺のせい!?」
鈴村のせいである。
「あ、あの、綾瀬ちゃん」
「なんですか? 琴原先輩」
「あの、私と友達でいてくれるなら、その、私のこと、名前で呼んでくれませんか?」
「名前、ですか。うーんそうですねぇ。でも一応恋のライバルではありますし……。みどりちゃん、はちょっとフランクすぎるなぁ……。……あ、じゃあみどり先輩でいいですか?」
「私としてはみどりちゃんで良かったんですけど……。それでもいいです。これからもよろしくお願いしますね、凛ちゃん」
琴原はにっこりと笑って言った。
そんなやり取りを、生徒会室前でこっそり聞いていた人物が二人いた。
「……結局こうなるのね」
「んだよ、鈴村のやつ肝心なところでやらかしやがって……」
「でも、いいんじゃないかしら。こっちのほうが面白みがあっていいわ」
「詩織、お前もしかして面白がってるだろ」
「いいえ? そんなこと微塵も思ってないわ。ただ、恋する乙女っていろんな考えをする生き物なのね、と思っただけよ」
「……一応お前も恋する乙女だとは思うんだけど……。あとそれ絶対面白がってるよな。絶対そうだよな」
「さあ? さ、会場に向かうわよ。そろそろ三人が出てくる頃だわ。ここにいたら盗み聞きしてたのがバレるわ」
「なんだかなぁ……」
飯田は困った顔をしながら宮田について行った。
「頑張ってね、二人とも。そして、鈴村君。二人を悲しませちゃダメよ」
宮田は、こっそりと呟いてその場を後にした。
*
その夜。
高等部生徒会の出店も驚くほど速く販売ノルマを達成することに成功した。結局二日目の出店担当は男子メンバーとなったが、鈴村と飯田はその快挙に喜び、即座に撤収を試みた。しかし、思っていた以上に高等部生徒会が出していた焼きそばの評判が良く、結果的にこれは緊急事態となり、理事長の命のもと女子メンバーも招集され、結局花火大会が始まる一時間前まで販売を続けていた。
「ふぅー、やっと終わりましたね……」
「まさか売り切れるとは思わなかったぜ……」
飯田と鈴村は椅子に座り込んで言う。
「ふむ。念にはと思って多めに食材を用意してたけど、まさかここまで売れるとは思ってなかったな。皆よくやってくれた」
「理事長、何を見越してあの量用意したんですか……」
飯田が理事長に文句を言い始めた。
「琴原が有名インフルエンサーに声をかけてSNSで宣伝してくれたっていう話を小耳に挟んでな。これはチャンスだと思って賭けに出たんだよ」
「結果的に全部売れたから良かったですけど、売れなかったらどうするつもりだったんですか」
「そりゃお前決まってるだろ。全部売り切るまで帰さないつもりだったぞ」
「ノルマ達成したら撤収していいって話はどこ行ったんですか!」
飯田に続き、鈴村も文句を言い始めた。
「まーまーいいじゃないの。結果的に大盛況で、お金もがっぽり稼げたし。お前らに少しやるから、あとは好きに使え。これで出店は終わりだ。中等部のほうも大盛況だったらしいし、今年も大成功で終わったな」
そう言って、理事長は売上金の中から一部を生徒会メンバー全員に山分ける。
「こ、こんなに頂いていいんですか?」
「ああ、もちろんだ徹。これはお前らの努力の結晶だ。よくやってくれた」
理事長は生徒会メンバー五人全員の頭を撫でる。
「特に徹。お前にはとても感謝している。正直なところお前にはあまり期待してなかったんだが、お前はしっかりと生徒会の初仕事をこなしてくれた。しかも結果はとてもいいものになった。この二日間のことを忘れずに、これからも生徒会活動に励んでくれよな」
「は、はい。わかりました」
「あ、でも凛のことは絶対にやらないからそこも忘れないようにな」
「ちょっとお父さん、余計なこと今言わなくていいから!」
綾瀬は慌てながら理事長を叱った。
飯田は理事長からの正式な撤収命令を受け、生徒会メンバー全員に指示をする。
「よし! これで出店も終わり! 俺らの仕事も終わりだ! あと一時間もすれば花火大会が始まっちまうから、必要な奴は浴衣なり甚平なりに着替えて各々納涼祭を満喫してくれ! では、解散!」
そう言って、飯田は宮田に引っ張られながらこの場を去っていった。
「……余程待ちきれなかったんだね、宮田先輩」
「飯田会長の『解散!』を聞いた瞬間に腕掴んで行っちゃったからな。緊急招集かかった時も不機嫌そうだったし」
理事長の緊急招集がかかった際、女子メンバーはそれぞれすぐに出店まで走って行ったが、宮田だけ「なんでよ……もう……」と言って怒りそうになりながら出店に向かって行っていた。
しかし、ポーカーフェイスを維持できる宮田の接客からはその不機嫌さはまるで感じられず、それを感じ取っていたのは飯田と綾瀬、琴原だけだった。鈴村は鈍感であった。
ずるずると引きずられながら連れていかれる飯田を横目に、鈴村は言う。
「……それじゃ、行きますか」
鈴村たちはそれぞれ甚平、浴衣に着替えて花火がよく見える波辺へ向かった。
*
「誰もいないですねー」
周りを見渡しながら琴原は言う。
「ほんとですね。ここってもしかして穴場なんですかね? 誰もいない」
「花火が良く見える場所って調べたらここが出てきたから人がいっぱいいるものだと思ってたけど、案外そうでもないのかもね」
鈴村の問いに綾瀬が答える。
と、綾瀬はここで人がいない理由を悟った。
(……そういえば、あの『恋が成就する話』は二人きりで見ないと効果を発揮しないんだっけ……。この場所、調べたら一番上に出てきたから、もしかして本当にその話を信じてる人はここが『二人きりでは見れない場所』だと思って避けてる、ってことになるよね……?)
その予想は当たっていた。
花火大会を見るうえで重要なのは「よく見える場所」である。普通の花火大会であれば、それは遮蔽物がなく、花火がとてもよく綺麗に見えればどこでも良いのである。
しかし、『恋が成就する話』を知っている人間からすれば話が変わってくる。いくら綺麗に花火が見えても、それを二人きりで見ることができなければ意味がない。
つまり、検索して一番上に出てくる観覧場所は『恋が成就する話』を知らない限り人が多く集まってしまう場所と認識され、必然的にそこは観覧場所として選ばれないのである。
それが功を奏したのか、結果的に人が誰もいない、二人きりの条件を満たすことができる観覧場所となっていた。
綾瀬は少し後悔していた。
(くっそー……っ、あの時は流れでみどり先輩も見ることをOKしちゃったけど、してなかったら今頃鈴村君と二人きりだったじゃん! あーもう何やってんだ私!)
片や琴原は少し安心していた。
(あのとき、凛ちゃんが私のことを快く受け入れてくれてなかったら、今ごろ鈴村君と二人きりでこの場にいたってことになりますよね。……ありがとう神様。私にまだチャンスをくれるんですね)
琴原は神に感謝を捧げるように、目を瞑り手を合わせた。
そして、鈴村はいうと。
(うーん。どうしてこうなった。俺綾瀬と二人きりで見れる絶好のチャンスだったじゃん。綾瀬何やってんの。いや、確かにあの時の流れで言っちゃったんだろうけどさ。まさか人っ子一人いないとは思わないじゃん。なんでこうなるのかな)
二人が仲良くしてくれるようになった嬉しさと、最大のチャンスを逃した悔しさが頭の中で入り混じっていた。
「でもまさか、本当に私と花火を見てくれるなんて思いもしなかったです」
琴原が言う。
「私、引っ込み思案な性格は治ってないので、こういう花火とか友達と見に来ることあまりなかったんですよ。いじめられていた時のトラウマもあるので、私から誘うこともできなかったですし。でも、凛ちゃんにOKをもらえて嬉しかったです。ありがとうございます」
「い、いやいや、何言ってるんですか! あの噂話があるとはいえ、友達からのお願いは断れないですって」
「とも、だち……」
琴原はその言葉にとても感動した。
「……やっぱり凛ちゃんはいい人です。私を恋のライバルとわかっているのに、私を受け入れてくれてる。とても優しい、いい人だと思います」
「な、何ですかみどり先輩。急にそんなこと言って、恥ずかしいじゃないですか」
と、ここで花火大会運営のアナウンスが流れる。
『それでは! もう間もなく第三十五回、緑ヶ丘学園主催納涼祭の最後を飾る花火大会が始まります! 皆さん、一斉にカウントダウンです! いきますよー! じゅー! きゅー!』
そのアナウンスが流れると同時に、花火打ち上げまでのカウントダウンが始まった。
その瞬間、綾瀬と琴原は鈴村に向かって言った。
『鈴村君。私たち、頑張ります。だから、鈴村君も私たちのこと、しっかり見ていてくださいね』
そう言い切ったと同時に、夜空一面に大きな打ち上げ花火が広がった。
二人は、にっこりと、そして覚悟を決めた顔で鈴村を見つめた。
鈴村はその二人の言葉に答える。
「……はい。俺も、しっかりと気持ちの整理をします。結局どっちかは選ばないといけないだろうけど、ちゃんと二人を見たうえで自分の中で答えを出します。だから、どうかこれからもよろしくお願いします」
鈴村はお辞儀をしながら言った。
綾瀬と琴原はその鈴村の答えに、『こちらこそ!』と元気に答えた。
これで鈴村の生徒会の初仕事が、すべて正式に終了した。
……そんな様子を遠くから眺めていた二人がいた。
「結局三人で見ることにしたのね。まあ、綾瀬さんがOKしちゃったんですもの。今さら断るわけにもいかないわね」
「そりゃそうだろ……。あんだけ気持ちをさらけ出して『やっぱダメ』は鬼畜すぎるって」
「でもまあ、結果的に楽しそうで良かったんじゃないかしら」
鈴村たちのいる波辺から少し離れたコテージから三人の様子を確認する飯田と宮田。二人はその場所に二人きりで花火を見ていた。
「しっかし毎年思うが綺麗だなぁ、この花火」
「そうね。理事長が買収しただけあって、規模だけはすごいと思うわ」
「世の中全て金ってことが目の前で証明されてるな」
飯田と宮田は誰もいないコテージの上で、美しい花火を静かに眺める。
「なあ、詩織はあの話、知ってるんだろ?」
「え? 『恋が成就する話』のことかしら。もちろんよ」
「じゃあわざわざ今さら俺ら二人きりで見る必要なくないか? だって俺らもうカップルなんだし……、っておい、なんで乗ってくるんだよ!」
宮田は飯田が話してる途中に飯田を椅子に座らせ、その上に乗った。
「あの話は『恋が成就する話』よ。そう。どんな片思いでも成就する話。じゃあ、既にカップルになった二人組がその効果を受けたらどうなると思う?」
「え、えっと、それは……」
飯田は察しがついていた。
「さすがは飯田君。察しがいいわね」
そう言うと、宮田は飯田に顔を近づけた。
「これからもよろしくね、勝翔君」
「……ああ、未来永劫ともにする所存だ。こちらこそよろしく」
こちらもこちらで、恋はさらに発展していた。




