表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鈴村くんは間違えない  作者: シア
第1章 『人生の選択肢』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/20

第6話 琴原の思い

 高校一年初の夏休み。苦難を乗り越え、鈴村徹すずむらとおるは無事に生徒会への加入が認められ、早々に生徒会としての初仕事を理事長に任された。


 緑ヶ丘市で毎年夏に開催されている夏祭りである「納涼祭のうりょうさい」で、緑ヶ丘学園の生徒会は中等部、高等部共に出店を開くことが義務付けられている。理事長の事実上の夏祭り私物化における弊害であったが、むしろこれが市としても、緑ヶ丘学園としてもデメリットが生まれない結果になっているため、これが恒例化されていた。


 理事長の取り決め上、出店の対応は男子生徒が必ずやる決まりとなっているため、二日間開催される納涼祭のどちらも鈴村と生徒会長の飯田勝翔いいだしょうとが務めることとなった。


 一方女子生徒は基本自由行動であり、緊急事態時にのみ対応するよう指示が出ている。


 そんな初日の納涼祭で、生徒会の女子メンバーである綾瀬凛あやせりん琴原ことはらみどり、宮田詩織みやたしおりは浴衣を身に纏って鈴村たちの前に現れた。


 それぞれの浴衣には花の刺繍があしらわれており、美しいものとなっていた。


 しかし、飯田はそれぞれの花が持つ「花言葉」を知っており、また、先日突如として行われた鈴村による間接的ではあるが綾瀬への公開告白があったことも重なって、花の刺繍をわざわざ浴衣に取り入れた理由を汲み取っていた。


 綾瀬は鈴村の思い人である。大学一年の夏に失恋をする未来を待ち受けている鈴村であるが、タイムスリップというチャンスを得て綾瀬と結ばれる未来を創ろうと奮闘している。


 鈴村は公開告白をしたとはいえ、まだ正式に綾瀬とカップルという関係になっているわけではない。しかし、綾瀬本人も鈴村と知り合ったときから一目惚れをしていたため、両想いであったのである。このタイムスリップがなければ、更に深い関係になるのも時間の問題であった。


 また、宮田は飯田の思い人である。こちらは既に公認のカップルであり、とても良い関係を築けている。周りの関係者も二人はとてもお似合いだと認識しており、それを邪魔する人間は一人としていなかった。


 琴原は、今まで誰かを本気で好きになったことは特になく、もともと引っ込み思案な性格なため好きになった人ができたとしてもその先へ足を踏み出そうと思うことはなかった。その先の関係になってしまうと、関係が崩れた後にまた仲の良い友達でいられる自信がなかったからである。


 しかし、そんな琴原にも転機が訪れる。


「…………鈴村君、本気で綾瀬ちゃんのことが好きなんですよね」


 納涼祭二日目のお昼前。自由行動とはいえ仕事がある可能性もなくはないため、事前に生徒会メンバーで当日の動きを確認するための打合せをする必要があった。琴原はこの打合せのため、生徒会室へ歩を進めていた。


 いつの間にか抱いていた、鈴村への気持ちを抱きながら。


「……なんで鈴村君のこと好きになっちゃったんでしょうか。まだ知り合って一週間ですよ? 特に何もイベントが起きたわけでもないですし、むしろ鈴村君の第一印象はそこまでよくなかったですし……」


 琴原が初めて鈴村と出会ったのは納涼祭一週間前のあの公開告白が起きた日である。


 飯田の突然の提案により、夏休みに入ってから毎日生徒会の加入希望者をただひたすら待っていた三日間。この三日目に、鈴村は琴原の目の前に現れた。正確には、鈴村は綾瀬に会うために現れたため、琴原や綾瀬を除いた生徒会メンバーに会いに来たわけではない。たまたま居合わせただけである。


「やっぱり、一目惚れ、なんですかね。それとも、綾瀬ちゃんへの公開告白をした鈴村君を見て、その、なんかこう、心が揺れ動いた……みたいな?」


 自分で言っていて恥ずかしくなる琴原であった。


 ただ、琴原自身、鈴村のことを「一目惚れ」という理由だけで気になり始めたわけではないことを自覚していた。


「うーん、なんででしょう……。…………ていうか、私の浴衣の花のこと、気づいてくれたでしょうか。鈴村君も飯田会長も私たちの浴衣の花のこと、気づいてくれてるかな」


 そもそもの話だが、花の刺繍が入った浴衣を着て納涼祭に行くことは琴原が提案したことだった。


 花言葉については綾瀬、琴原、宮田の三人とも理解があった。もともと恋バナが好きな琴原と宮田が恋バナの中でそんな話を時折していたため、綾瀬も自然と花言葉の知識が植え付けられていた。


 だからこそ、綾瀬たちは琴原の提案の意味をすぐに理解した。


「気づいてくれてるといいなぁ。綾瀬ちゃんが鈴村君のことを好きなのは知ってるし、詩織は飯田会長のこと離したくないだろうし。女の子なんだし、そういうやり方で思いを伝えても、いいですよね」


 そう言いながら、琴原は一人生徒会室に繋がる廊下を歩く。


 ……ふと、琴原にある思い出が蘇る。


「……あれ? もしかして私、鈴村君と一回会ったことある……?」


 それは琴原が中学二年になったころの記憶だった。




                  *




「はい、じゃあ二人組作ってねー」


 秋の体育祭。琴原が通う中学校では、全学年合同の組体操が毎年行われることになっていた。


 全校生徒が集まる校庭で、先生の声が響き渡る。


「今日は体育祭でやる組体操の練習をやります。みんな入学、進学して半年が経って同じクラスの人と仲良くなったと思うので、今日は全学年合同での練習を行います。そんなわけでまずは二人一組でやるものを練習するから、それぞれ二人一組になって待機しててね」


 女性の体育教師が言う。


(……組体操かぁ。しかも二人一組って……。私確実にハブられますね)


 この頃から引っ込み思案だった琴原は、この時点で誰かとペアを組むこと自体を諦めていた。


 自分からは行動しようとしなかったのである。


(いいです、私は余った人とやって、いなかったら先生とやればいいんですから)


 そう考えながら、徐々に声を掛け合い成立していくペアを羨ましく見ていた。


 そこに一人、困った顔をしながら歩き回る男子生徒が偶然現れた。


「ちっくしょー、綾瀬と一緒にやりたかったのに誘うタイミング逃した……。なんであそこで誘わなかったんだよ……」


「あや、せ?」


 突然現れた男子生徒が口にする名前に、琴原は聞き覚えがあった。


「それって、綾瀬凛ちゃん、ですか?」


「え? ああ、そうだよ」


 その男子生徒は琴原の隣に座りこむ。


 その行動に少し驚いた琴原だったが、琴原はそのまま話を進めた。


「やっぱり。綾瀬ちゃん人気ですよね。とても明るくて、人付き合いも良くて。誘おうとしてたのって、綾瀬ちゃんですか?」


「ああ、今年の体育祭は組体操やるって知った時からずっと誘おうと思ってたんだけどさぁ。なかなかタイミング掴めなくて……。で、気づいた時には既に仲のいい友達と組んでたんだよ」


「そうだったんですね」


 琴原は「くすっ」と笑った。


「お前は綾瀬と知り合いなのか?」


「はい、そうですよ。小さい時によく遊んでました。最近は……、学年も違うし色々あったのであまり遊べてないですけど」


「ふーん、そうなんだ」


 男子生徒はあまり興味の無さそうな顔をしていた。


「あれ、そういやお前、ペアはいないのか?」


「え? ああ、私はいいんです。どうせハブられ者なので。変に出しゃばっても気持ち悪がられるだけですし」


「なんだそりゃ。誰しもがお前のことを気持ち悪いって思ってるわけじゃないと思うぞ?」


「え?」


 琴原はその男子生徒が言った言葉が信じられなかった。


「そ、そんなわけないじゃないですか。ほ、ほら見てください。私、根暗で、陰キャで、オタクで、友達もいないんですよ。運動もあまり得意ではないのでこういうのもすごく苦手なんです。正直今日のこの集まりも休もうと思ってたんです」


「ふーん。でも休まなかったんだな」


「……私、いつかはあの子たちみたいに変われるのかなって思うときがたまにあるんです。今の自分を変えて、友達いっぱい作って、普通の女の子として過ごせる日が来るのかなって」


 琴原は言葉飲みながら言った。


「私、小学生のときいじめられてたんです。そのせいで人のことがあまり信じられなくなって、不登校とかにはならなかったんですけど、それ以来あまり人と関わることが嫌になっちゃったんですよね」


「…………そうなんだ」


 男子生徒は下を向き、暗い声色こわいろで言った。


「……ごめんなさい! 見ず知らずの初対面の私にそんなこと言われて気持ち悪かったですよね。でもなんでか相談に乗ってくれた感じがして、ちょっと気分が浮ついちゃってました。すみません。今の話は忘れてください」


 気づくと、周りの女子生徒が琴原のことを時折視界に入れながら話している声が聞こえた。


「ねえ、あれ琴原さんでしょ? 覚えてる?」


「あー、あのオタクの。うち確か同じクラスだったわ」


「琴原さんすごく暗くてさ、だんだんそれが気持ち悪くなってきて、今じゃ存在すら忘れてたわ」


 そんな話し声が、琴原の耳に入ってきた。


(…………やっぱり、いじめられてたせいもあるんだと思うけど、性格変わっちゃったな、私)


 惨めな思いでいっぱいだった。琴原も本当は普通の学校生活を送りたかった。仲の良い友達と勉強し、たまには学校帰りに寄り道して遊んだり。そんな学校生活を望んでいた。


 しかしながら、いじめられるという経験は本人の心を酷く傷つけてしまう。一度植え付けられてしまったトラウマは、時間が経過しても治ることはない。


「……なーに言ってんだか、あの勘違い野郎ども」


「……え?」


 突然、その男子生徒は立ち上がり、悪態をついた女子生徒のもとに歩み寄った。


「おうおうお前ら、いい年こいて人を外見だけで判断して楽しいかよ」


 琴原のことを悪く言っていた女子三人組はぽかんとしていた。


 そしてその数秒後、笑いだす。


「はははっ! え、君急にどうしたの? あ、もしかして盗み聞き?」


「私たちの話聞こえてたの? 聞こえないように話してたつもりなんだけどなぁ。……あ、でも琴原さんには聞こえるように言ったから君にも聞こえてたか」


「で、私たちに何の用? もしかして、琴原さんのこと悪く言ったの気に障った? ごめんねー。でもね、琴原さんが悪いんだよ?」


「なるほどな、あいつは琴原って名前なのか。実はな、俺も琴原とはついさっき初めて知り合ったんだ」


 そういえば私の名前言ってないなと思う琴原であった。しかし、琴原にはその男子生徒が取っている行動が理解できなかった。


(なんで? 君はなんでそんなことをしているの? なんであの人たちにつっかかっていったの?)


 不安でいっぱいになる琴原。


 そんな中、三人組の一人が口を開く。


「え、そんな初めて会った人のためにあんなこと言ったの? えー意外だなぁ。もしかして、君琴原さんのこと好きなの?」


「バカなんじゃねえのお前」


「バッ、バカって、なんで初対面の君にそんなこと言われないといけないのよ!」


「お前ら、小学生んときに琴原いじめてた張本人だろ」


「……え?」


 琴原はその言葉に驚いた。


 しかし、女子三人組はその言葉に反抗する。


「なんでそんな証拠もないことを初対面の君に言われないといけないの? 琴原さんをいじめてた証拠ってどこにあるのかなぁ?」


 女子三人組の一人は、不敵な笑みを浮かべながら男子生徒に問いかけた。


「お前さっき言ったよな。『琴原に聞こえるなら君にも聞こえる』って。しっかり聞いてたぜ、お前らの会話」


「な、なによ、気持ち悪いって言うことの何が悪いのよ」


「違う、そこじゃない」


「だからどこよ!」


 怒鳴りつける女子生徒。琴原もその男子生徒がどの部分のことを言っているのかがわからなかった。


「お前ら記憶力ニワトリかよ。さっき先生にペア組めって言われたときに言ってただろ。『琴原さんだけは誘わないようにしようね』、ってさ」


「……聞こえてたの……!?」


 思わず驚く女子三人組の一人。しかし琴原は、その言葉を言っていたのは知っていた。知っていて、且つ聞きたくない言葉だったため、その言葉は聞かなかったことにしていた。


 男子生徒は女子生徒の問いに答えた。


「聞こえてたよ。隣にいたんだし。お前ら周りすら見れないのか? ニワトリ以下だな」


「なっ……!」


「あのな、勘違いしてるようだけど言っておくぞ。琴原はお前らが思ってるほど弱い人間じゃない。俺も今日初めて琴原と知り合ったが、少なくとも俺は琴原のことをそんな風には思わなかった」


(……えっ)


 自分を肯定してくれる人がまだいた事実に、琴原は驚きを隠せなかった。


「な、何よそれ……。っていうか君、その体操服の色、一年生よね。私たちの色見て何年生かわかる?」


「あ? ああ、黄色だからお前ら先輩か。ちーっす。先輩ちーっす」


「な、ナメてるんじゃないわよ!」


「ナメてんのはどっちだよバーカ。年下に色々言われて恥ずかしくないのか?」


「な、何よ。私たちが何したって言うのよ」


 男子生徒は呆れた顔をして言った。




「人を外見だけで判断して、それでそいつの人物像を決めつけるなんてゴミカスのやることだ。さっき琴原……あそっか、お前らと同じ色の体操服だから先輩なのか。琴原先輩はめっちゃいい人だぞ。好きであんな風になったわけじゃない。お前らのせいだ」




 男子生徒は言い切った。


「は、はぁ!? 私たちのせい!? どういうことか説明してみなさいよ!」


「ふむ。やっぱりここまで言われても()()()()()()()()()()()()()は断固として否定しないんだな」


「え、えっと、それは……」


 女子生徒の一人が言葉に詰まる。


「オッケー。琴原先輩をいじめてたのはお前らで確定だな」


「だーかーらー! 先輩に対してその態度は何なのよ! 年上を敬いなさいよ!」


「お前らなんぞ敬うに値するか。いいか、俺はお前らを外見ではなくその汚い性格で判断して今お前らに文句を言ってるんだ。悔しいんだったらその腐った性格を直したうえで琴原先輩に謝ってこい」


「こ、この後輩……っ!」


「も、もういいよ、確かにこの子の言う通りだよ」


「……確かに言われててだんだん惨めになってきたわ」


「ちょ、ちょっとあんたたち!?」


 男子生徒の言葉に、一人、また一人と琴原に対する態度に反省をし始める。


 琴原はその光景が信じられなかった。


(どうしてさっき知り合ったばかりの私のためにそんなことをしてくれるの? 確かに私のことをいじめてたのはこの子たちだけど、悪いのは私なのに……)


 琴原は涙が出そうだったが、それをぐっと堪えていた。


 ふと男子生徒は、泣きそうな顔になっている琴原を見た。


「めんどくせえ先輩たちだなぁ……」


 そう言って、男子生徒は琴原の手を掴み立ち上がらせる。そして、背中を押して女子三人組のほうへ歩かせた。


「えっ!? えっ!? あの、何やってるんですか!?」


「……琴原先輩は悔しくないんですか。一方的にあんなに言われて。本当は楽しい普通の学校生活を送りたいんじゃないですか?」


「そ、それはそうですけど……」


「だったらちゃんと思ってることはちゃんと伝えないとダメです。自分はそういうことをされると嫌だって。思ってるだけじゃ相手に気持ちは伝わりません」


 男子生徒の行動に、女子三人組も驚いていた。


「ちょ、ちょっと、何する気なの?」


「はい、やっと到着。さ、ほら」


「え、何?」


「あんただよあんた。琴原先輩に言うことあるでしょ」


「い、言うことって何よ」


「謝れって言ってんの」


 男子生徒は真面目な顔で言った。


「あんたのせいで琴原先輩の人生が台無しになるところなんだ。あんたはその責任取れるのか? もし取り返しのつかないことになったらあんたはどう責任取るつもりなんだ?」


「と、取り返しって……、わ、悪口言ったくらいでそんな」


「あのなぁ!!!!」


 男子生徒は体育館に響き渡る大声を出した。


 その声に周りの生徒が一瞬にして静かになる。




「言葉ってのは力があるんだよ。誰かを動かす原動力にもなるし、誰かを傷つける殺傷力にもなるときがある。今あんたがやってることは殺傷力をつけた言葉をぶつけて、一方的に琴原先輩を傷つけてんだよ。悪口言ったくらいで? あんたはそうだろうが、琴原先輩はどう思う? あんたもさっき言ったよな。俺にバカって言われて、『なんでそんなこと言われなきゃいけないの』って」




「た、確かに言ったけど……」


「そりゃあんたにとっては些細なことだ。言われ慣れてる人、ノリで言い合ってる人にとっては何の力も持たない言葉だ。だけどな、全員が全員そうじゃないってことくらい分かれよ。中学生になってそんなこともわかんねえのか」


「………………」


 ついに黙り込んでしまう女子生徒。他の二人は既に下を向きながら泣いていた。


 そして、そのうちの一人が琴原に声をかける。


「……琴原さん、ごめんなさい。私たち、最初は琴原さんのことをいじめるつもりはなかったの。でも、次第に琴原さんへの悪口を言ってる間に、それがだんだんストレス発散になっていって、止まらなくなったの」


 もう一人が続けて言う。


「私からも謝ります。ごめんなさい。やってしまったことはもう取り消せない。でも、せめて罪滅ぼしだけはさせてほしい。面白がってやってた私がバカに見えてきたの。惨めに見えてきたの。こんなんじゃ、お父さんやお母さんに顔向けできないわ」


 二人とも、泣きながら琴原に直接謝罪をした。


 琴原は、そんな二人からの謝罪に涙が止まらなかった。


「……私、本当はあの日から学校に行きたくなくなりました。どうせまたいじめられるんだろうって。でも、それじゃ自分が弱くなるだけだから、頑張って卒業まで休みませんでした。あなたたちに負けたことになるから、それだけは避けたかったんです」


 琴原は続ける。


「でも、だからと言って聞こえる言葉が全て私にダメージを与えないわけじゃない。この人も言ってくれました。言葉には力があるって。私は毎日、あなたたちから受ける慈悲のない、そしてとても鋭利な言葉を聞き続けてました。そのせいだと思います。これだけ引っ込み思案になってしまったのは」


 謝罪をした女子生徒は再び黙り込む。


 しかし、琴原は笑顔で言った。


「でも……、謝ってくれて嬉しかったです。この人の言った通り、私は普通の学校生活が送りたい。私は常にそう願いながら生きてきました」


「じゃあ、それで罪滅ぼしをさせて。私があなたの友達になる。一緒にゲームしたり、寄り道したり、勉強したり。忘れられない思い出を私と作ってほしいな」


「わ、私も! 私も友達になっていい? ……許してくれる?」


 謝罪した女子生徒二人は琴原に問いかける。


 琴原は、快くそれを引き受けた。


「はい! もちろんです! 私は性格上そういう、きゃぴきゃぴ? したのがよくわからないので、ぜひ教えてください」


 二人は顔を合わせて言った。


『もちろん! 今までごめんなさい!』


「……で? あんたは?」


「…………悪かったわよ」


「あー? なんだって? 聞こえないですよせんぱーい」


「だーかーらー! 悪かったって言ってるでしょ!」


「そんな態度じゃ琴原先輩は許してくれないと思うなぁー」


「あ、あのねぇ……! 私だって罪悪感あるわよ! なんというか、琴原さんが気にくわなかったの! なんでか知らないけど! それで、いじわるしたくなって、結果的にいじめることに……」


「そんな理由でいじめてたんですねぇ、先輩。いじわるって、もしかして琴原先輩のことそういう目で見てるんですか?」


「からかうのもいい加減にしてよ! それに私たち女の子同士よ!?」


「えー? 知らないんですか先輩。世の中にはいろいろな恋愛の仕方があってですねぇ……」


「年下の男に恋愛を教えてもらいたくなんかないわ!」


 そう言うと、琴原は我慢ができずさらに笑ってしまう。


「な、何笑ってんのよ」


「……いえ、何でもありません。私は確かに傷つきました。でも、普通の生活が送れればそれで良いです。お二人もこうやって謝ってくれました。そして、あなたも罪悪感があると言っていた。悪いと思わないのなら本当の悪人ですが、悪いと思っているのならあなたもいい人のはずです」


「…………えぇ、あのことをしてしまったことは反省します。すみませんでした」


「ほー、あんだけツンツンしてた割に素直ですねぇ先輩」


「あんたさっきから私のことからかって楽しい?」


「あんたがやってたのはこれとほぼ同じことだろ。最初はからかいから始まり、それが面白くなって度合いが上がっていき、次第にいじめへと発展した。よくある話だ。当事者になった気分はどうですか?」


「……最悪な気分よ。私も、そういう風に言われる日が来るんじゃないかってびくびくしてたの。それを拭い去るために、それを回避するためにそれをする側にいつの間にかなっていたのね」


 最後の一人も、琴原に対して深く反省をした。


「琴原さん。あの日からずっと酷いことをしてごめんなさい。全ての責任は私にあります。元はと言えば私が始めたんだもの。どんな罰でも受けるつもりよ」


「そうですか。では、数年分受けた分の罪をここで償ってください」


 琴原はそう言いながら手を差し出した。


「今日の練習、一緒にやってくれませんか?」


「……そんなのでいいの?」


「はい。何度も言ってます。私は普通の学校生活が送りたいんです。それを叶えてくれさえすれば、私は大丈夫です」


「……わかったわ。よろしくね、琴原さん」


「はい、よろしくお願いします。長谷川杏里はせがわあんりさん」


「……まさかフルネーム知ってくれてるなんて思いもしなかったわ」


「自己紹介されてなくても、学校生活の中で名前を知るタイミングなんていくらでもありますし、それにあれだけのことをされたんです。覚えちゃいますよ」


「琴原さんとは最初から友達として知り合いたかったわ」


 こうして、琴原といじめっ子女子三人組は和解した。


「よしよし、意地っ張りな先輩も折れたことだし、俺はペア探しに行きますかねー。それじゃ、これからも皆さん仲良くお願いしますよ」


「あんたに言われなくてもそうするわよ! こんな思いするのは二度とごめんだわ!」


「後悔するならやらなきゃいいのに……。じゃ、俺はこれで」


 そう言って、男子生徒はペア探しの旅に出る。


 そこを、琴原が声をかけて止めた。


「あ、あの! 色々ありがとうございました。見ず知らずの、さっき知り合ったばかりの私のために……。名前だけでも教えてくれませんか?」


 男子生徒は足を止めて、琴原に答える。


「名乗る名などありませんよ。……なんてベタなこと言えないんですよね俺。鈴村です。鈴村徹すずむらとおる。先輩たちの一個下っす。それじゃ!」


 そう言って、当時中学一年だった鈴村はその場を後にした。


 長谷川は零れそうな涙を皆に見られないように急いで拭きながら言った。


「鈴村ねぇ。小生意気な後輩もいたものね。……あれ、琴原さんどうしたの?」


 琴原の顔はとてもにこやかで、安心した顔をしていた。


「いえ、何でもありません。鈴村君には感謝してもしきれないです」


 そうして、無事にペアの見つかった鈴村を最後に、体育祭の練習は始まった。




                  *




「……そんなこともありましたね」


 ふと思い出した記憶。鈴村が琴原を助けた、とても大事な記憶だった。


「なんでこんな大事なこと忘れてたんでしょうか。もしかして、あの時安心しちゃって、その後普通に生活できたから忘れちゃったとか?」


 命の恩人と言っても過言ではない相手の記憶を忘れていたことに、琴原は自分の未熟さを感じていた。


「あの時はありがとうございました、鈴村君。そしてこの気持ちは、たぶんその時から芽生えていたのでしょう」


 鈴村への琴原の気持ち。これは琴原と鈴村が緑ヶ丘学園で出会った日から抱いたものではなく、もっと昔の、中学の時から抱いていたものであった。


「思えば、一週間前初めて学校で鈴村君に会ってから違和感はあったんです。見覚えのある人だなって。何か大事なことを忘れている気がするって。でも、あの公開告白のときの鈴村君を見て記憶が蘇ったんだと思います」


 鈴村の、気持ちを相手に直接ぶつけられる勇気。公開告白のときに琴原は、これと似たようなことを昔にもあったなとうっすらと思い出してはいた。それが今、確信に至った。


「鈴村君は覚えているでしょうか。あの日のこと。……まあ、綾瀬ちゃん一筋だったっぽいですし、私は眼中になさそうですね」


 引っ込み思案な性格は未だ治せていない琴原である。


「さて、もう生徒会室です。誰かしらは来てますよね」


 そう言って、琴原は生徒会室の扉を開けた。


「うわっ! こ、琴原先輩!? は、早いですね、まだ集合時間に結構余裕ありますよ」


「す、鈴村君……」


 運命か恋のいたずらか。


 意中の男子生徒、琴原の人生を変えてくれた鈴村徹が一人、生徒会室にいた。




                  *




「す、鈴村君もだいぶ早い到着ですね。集合時間までまだ時間あるのに、ここで一人で何やってたんですか?」


「えっ!? えっとそうですね。受験勉強ですね」


「随分熱心なんですね」


 鈴村は見え透いた嘘をついた。しかし、琴原にはその嘘は届いておらず、自分の気持ちに気づいた琴原は鈴村のことをじっと見ていた。


「えっと、何ですか? 琴原先輩。俺の顔に何かついてます?」


「いえ、何もついてないですよ。ちょっと昔のことを思い出してただけです」


「む、昔のことですか。それ俺の顔見て思い出せるものですか?」


「ええ。もちろんです。大いに関係ありますからね」


 鈴村には琴原の言っている意味がわからなかった。


(この感じ、やっぱり鈴村君はあの日のことを覚えてなさそうですね)


 同時に、残念さも生まれる。


(……やっぱり、綾瀬ちゃんのことで頭がいっぱいなんだろうな)


 そう思う琴原であった。


 一方鈴村は、飯田とあの会話をした後、『人生の選択肢』から提示されたどれを選んでも自分の望む未来にならない選択肢を前に絶望していた。


(どうすりゃいいんだ本当に……。どれ選んでも綾瀬と接点を保てない。それどころか、琴原先輩の名前まで出てきて頭がパニックだ)


 鈴村は頭をぐしゃぐしゃをかき乱した。


 そのタイミングでの琴原の登場である。鈴村は驚き、慌てて受験勉強をしているという見え透いた嘘をついた。


(みんなの集合時間まであと一時間ちょっとある……。なのになんで琴原さんは今この時間に来たんだ? もしかして、さっきの飯田会長との会話聞かれてたか?)


 実際のところそうではなかった。偶然、たまたまである。


 琴原はもともと大事な用事があるときはしっかり前準備を行う性格だった。打合せであれば遅刻をしないように早めに現地に到着しておくことが前準備であった。


 そのため、この時間に生徒会室に到着することは琴原にとっては普通のことであった。……あの日のことを思い出し、あの日解決してくれた張本人が一人だけでいるとはつゆ知らず。


 琴原は鈴村に向かって話し始める。


「鈴村君。納涼祭の一番の目玉イベントって知ってますか?」


「え? ああ、花火大会ですよね。毎年大規模な打ち上げ花火上げてた記憶があります。俺もよく見てました」


 高校時代にまともに青春という経験をしたことがない鈴村でも、花火大会に行く機会はあった。それは姉、鈴村早紀すずむらさきに連れられていたからである。


(昔は早紀姉ちゃんと行くのが定番だった納涼祭。だけど、今回は違う。今回は生徒会の人たちと見れる……! 問題は、その花火を誰と見るかなんだけど……)


 そこで改めて『人生の選択肢』の提示した選択肢を見る。


(……どうすりゃいいんだよおおおおおマジでええええええええ)


 再び頭をかき乱す鈴村。その奇行に少し驚く琴原であった。


 琴原は、鈴村にある話を持ち掛ける。


「……鈴村君。ちょっといいですか?」


「? なんですか? 琴原先輩」


「こんな話知ってます? 恋が成就する話」


「恋が成就する話? ……ああ、あのうちの焼きそば食べるとっていうあれですか」


「えっと、あれは本当にただの迷信で、ただの客寄せのために知り合いに頼み込んであのツイートをするのお願いしただけなんです」


「あ、そうなんですか。……琴原先輩そんな影響力のあるインフルエンサーと仲いいんですか」


「えっと、はい。まあいろいろありまして」


 琴原の言うその知り合いは、今ではすっかり親友にまでなった長谷川杏里のことであった。


「へっくし。誰か私のこと噂してんなー?」


 琴原は理事長の「生徒会女子メンバーは緊急時以外は自由」というよくわからない命令に納得がいかず、自分も緊急時以外で生徒会の役に立ちたいと考えていた。その結果、長谷川にデマツイートを流してもらうように頼み込んでいたのである。


 有名インフルエンサーの出す情報は瞬く間に拡散され、それがトレンドにもなるほどの影響力であった。


「私も、生徒会のために何かお役に立てないかなと思ってたんです。でもあの理事長の命令聞いてちょっと怒りそうになりました。私たちのこと、生徒会の一員として見てないんじゃないかって」


「そ、それは違うと思いますよ。理事長もしっかり、平等に俺らのことを見てると思います。あの提案は……、理事長の変な性格のせいだと思いますよ」


「そうだといいんですけどね」


 琴原は、俯きながら本題に入った。


「鈴村君、それですね。恋が成就する話は本当にありまして」


「え、あるんですか?」


 鈴村は食い気味で琴原に詰め寄った。


(ち、近い……! 鈴村君が目の前にいる! 恥ずかしい! もっと近づいてほしい!)


 琴原はとても嬉しそうであった。


 しかし、その鈴村の行動の本心にも気づいていた。


(……でも、この話が綾瀬ちゃんと過ごすきっかけになると思ってるんだろうな。鈴村君のことですし、この話が気になるのも仕方ないです)


 琴原は少し諦めていた。


 鈴村はタイムスリップによって自分の行動、考えが少しずつ変わっていった。これも全ては綾瀬と結ばれる未来を手にするためである。


 ……しかしその行動は、他の人にも影響していた。


(私は引っ込み思案。臆病。でも、杏里ちゃんと仲良くなって、一緒に遊ぶようになって、今では親友にまでなれた。私は変われるんだ。そして、鈴村君も変われてる。そして、これからも変わろうとしている。……私も変わらないと、ダメなんだ。いつまでもこんな性格じゃ、後悔する)


 そう考え、琴原は言う。




「毎年行われる納涼祭の花火大会。あの花火を二人きりで見たカップルは、その恋が片思いであっても成就するそうなんです」




 鈴村はそれを聞いて「そういうのラブコメでよくあるやつー」と思っていたが、その信憑性は高いものになっていた。


(……そういや確か、毎年夏休みが明けるたびに新カップルが誕生してたな。直接話を聞いたわけじゃないけど、みんな揃って『一緒に花火を見た』って言ってたような……)


 その記憶は正しかった。


 知らず知らずのうちに鈴村の周りにいた様々なカップルは、納涼祭の花火大会を二人きりで見たあと見事恋が成就して誕生していた。そしてその中のいくつかは、鈴村が大学に入るころには結婚にまで至るほどのカップルもいた。


(え、ってことはあの話って、本物ってことか? ……しかもなんでその話を俺に……?)


 そこまで考えて、再び『人生の選択肢』が視界に入る。


 そして、琴原は意を決して鈴村に告げた。




「今日の花火大会、私と一緒に見てください。場所はここです。ここなら、誰も人が入ってこれないので二人きりで見ることができます」




「えっと、それって……」


 鈴村は琴原に渡された簡略化された地図を見て、そして顔を赤らめる琴原を見た。


「はい、そうです。まだ直接的ではないですが、この話をしたうえでのこの誘いです。鈴村君の考えてる予想通りですよ。私の、勇気を出した『告白』です」


「……琴原先輩。一つだけ聞いていいですか」


「はい、何ですか?」


「俺と琴原先輩は会ってまだ間もないです。一週間しか経ってません。なのに、俺のどこにそんなに魅力を感じたんですか? きっかけはなんですか?」


 琴原は「あちゃー」という顔をした。


「やっぱり、覚えてないんですね。鈴村君」


「え、覚えてないって何がですか?」


「んー、そうですねー。思い出すことができたらその告白を断る権利を与えることにしましょうか」


「な、なんですかその条件!」


「私も恋する乙女、というわけです」


 琴原は鈴村の口に指をつけながら言う。


「綾瀬ちゃんのこと、好きなんですよね」


「……ええ、そうです。あの公開告白をしたんだから琴原先輩もそれは知ってるはずです」


「はい、知ってます。あの公開告白をする前日から知ってました」


「えっ、そうなんですか?」


 鈴村は驚いていた。


 琴原は続ける。


「鈴村君の気持ちはわかっています。この私の勇気を出した告白も、叶うとは思っていません。引っ込み思案なのは治らないみたいなので、やっぱり何でもかんでもネガティブに考えちゃうんですよね」


「琴原先輩……」


「でも鈴村君は綾瀬ちゃんを射止めるために努力をしている。人生を変えようとしている。私はその鈴村君の『人生の選択肢』に入れてほしいなって思っただけです」


「ライバルがいるってわかったうえでやったってことですよね」


「そういうことですね。綾瀬ちゃんに適うとは思ってません。ただ、告白するだけなら、気持ちを伝えるだけなら、それは別に誰がいつやってもいいと思いませんか?」


「そ、それは確かにそうですが……」


「私も候補の一人として考えてもらえればそれでいいんです。いい答えが聞けることを切に願っていますね」


「…………琴原せんぱ」


「では、私はこれで。集合時間までまだ少し時間がありますので、ちょっと散歩でもしてきます」


 琴原は鈴村の発言を遮り、生徒会室から出ようとした。


「……あっ」


 生徒会室の扉を開くと、そこにはある人物が立っていた。


「あ、綾瀬……」


「綾瀬ちゃん……」


 そこにいたのは、綾瀬凛であった。


「い、今の聞こえてました? 綾瀬ちゃん」


「………………」


 琴原の問いに対し、無言になる綾瀬。


 鈴村は綾瀬の顔を見て、少し心配しながら言った。


「あ、綾瀬、聞いてたんならちゃんと言ってほしい。黙ってちゃ、何もわからないだろ」


 綾瀬は鈴村のほうを見た。


「……確かにそうだね。黙ってるだけじゃ気持ちは伝わらないよね」


 そして、綾瀬は琴原を見て言う。


「琴原先輩。今の話、全部聞いてました。随分堂々とした告白でしたね。いつから鈴村君のこと好きだったんですか? まだ出会って間もないですよね?」


「えーっと、その話を今ここで説明しちゃうと、鈴村君が私の告白を断れるようになっちゃうので説明しないでおきます」


「え!? な、なんですかそれずるいです! ちょっと鈴村君! 説明してよ!」


「は、ははは、俺も何がなんだか……。悪い」


「全く、いつまでも思い出さない鈴村君が悪いんですよ」


 そう言って、琴原は生徒会室を後にした。


 入れ替わりで、綾瀬が生徒会室に入ってくる。


「集合時間まで時間あるのに生徒会室から話し声が聞こえてくるなと思ったら……。一体琴原先輩と何話してたの? 告白されただけじゃないでしょ?」


「あー、うんまあ、それだけ話していたわけではないけど……」


 綾瀬は琴原の言っていた「恋が成就する話」を知っているのだろうか、と鈴村は疑問に思った。


 知っていても知らないにしても、いずれにしても提示されている『人生の選択肢』のどれを選んでも、鈴村にとっては綾瀬とこの先一緒に過ごすことができない未来が待ち受けてしまうことに変わりはなかった。


「で、何話してたの? 私に聞かせて」


「ちょ、ちょっと待ってくれよ、俺も色々と疲れてて、あんな話されて整理が……」


 そう言いかけたとき、綾瀬が思ったより鈴村に詰め寄ったおかげで鈴村はバランスを崩し、そのまま仰向けに倒れこんでしまった。


「いってて……、ってうわっ!」


 目の前には、一緒に倒れてしまった綾瀬の顔があった。


(ち、近い! 事故とはいえ、これはちょっとやばい! 見られたら色々まずい!)


 直観的に思う鈴村であった。


 鈴村は咄嗟に謝罪を始めた。


「ご、ごめん綾瀬! ちょっとバランス崩れちゃって……。ケガしてないか?」


「え、うん、大丈夫だよ。鈴村君こそ大丈夫? 椅子から落ちるほどだったから相当痛かったと思うけど……」


「お、俺は平気だよ。大丈夫大丈夫」


 実際のところ、背中や腰を強く打ち付けたため酷い痛みが鈴村を襲っていた。


「ごめん綾瀬! すぐ退くから!」


「……って」


「……え? なんか言ったか?」


 ぼそっと綾瀬が何かを言った。


「待って」


 真剣な面持ちで、綾瀬は言う。


「もう少し、このままでいさせて」


「あ、綾瀬……」


 そう言うと、綾瀬は鈴村に体を預けた。


 綾瀬の心臓の音が。鈴村の心臓の音が。お互いに直接伝わる。


 時計の針の音よりも大きい、お互いの心臓の鼓動。


(ああ、鈴村君めっちゃドキドキしてる。そりゃそうだよね、鈴村君の気持ちは知ってる。たぶん今もとても恥ずかしいし、嬉しいんだと思う。私もね、恥ずかしいし、嬉しいよ)


 綾瀬はそう思いながら、しかし顔は鈴村に見せないようにした。


 片や鈴村は、思いがけないハプニングに頭が混乱していた。


(なんだこの状況!? こんなイベント起きたこと一度もなかったぞ!? ……これがタイムスリップした結果か!?)


 理由は明白だった。


(でもやばい、綾瀬の心臓の音が直接聞こえてくる。綾瀬も緊張してるんだ。綾瀬も……。綾瀬も……?)


 鈴村はここで疑問ができた。


(なんで綾瀬も、この状況でドキドキしてるんだ?)


 鈴村はさらに混乱した。


 とここで、鈴村はあることに気が付く。


(……あれ? そういえば俺の未来って、こうなるって書いてあったか?)


 ふと、『人生の選択肢』が提示した選択肢と、その選択をした簡易的結果を思い出した。




【人生の選択肢】


 A.納涼祭を綾瀬凛と共に過ごす。


 B.飯田勝翔の言いつけを聞かず、出店の対応をする。


 C.納涼祭を琴原みどりと共に過ごす。




【選択の簡易的結果】


 Aを選んだ場合、鈴村徹は綾瀬凛を納涼祭へ誘うことに成功するが、納涼祭中に綾瀬凛と再開することができず、綾瀬凛と共に過ごす時間を失う。


 Bを選んだ場合、飯田勝翔に酷く怒られ、生徒会長命令を破った報復として今後一切の生徒会室への出入りを禁じられる。


 Cを選んだ場合、鈴村徹は琴原みどりを誘い、琴原みどりは大変喜んで快く承諾するが、綾瀬凛にその瞬間を見られ、その後鈴村徹は一切綾瀬凛と会話をすることができなくなる。




(……Cを選んだ場合の簡易的結果が今と少し違う)


 鈴村には違和感があった。


 Cを選んだ場合、鈴村は()()()()()()()()()()()()()()ということになっている。その後、綾瀬にその瞬間を見られるという未来になっている。


 しかし、今の時点で最初の()()()()()()()()()()()()()()という部分が矛盾してしまっていることに気づいた。


 今の状況は、鈴村ではなく琴原が納涼祭に誘っていることになっている。


(ちょっと待ってくれ、【選択の簡易的結果】が起こる前に現実が違うものになったらどうなるんだ?)


 鈴村は、綾瀬に体を預けられながら落ちてしまった『人生の選択肢』を再び読んだ。


「……マジか、記載が変わってやがる」


 それもそのはずである。【人生の選択肢】と【選択の簡易的結果】は提示されて本人が行動、もしくは選択してから行動しなければそれを選んだことにはならない。


 今はまだ()()()()()()()()()()()のままなのである。


 そして、その【選択の簡易的結果】を確認するタイミングが来る前に、琴原の行動により矛盾が生じてしまった。


 それにより、【人生の選択肢】と【選択の簡易的結果】は全く別のものになっていた。




【人生の選択肢】


 A.鈴村徹は琴原みどりの告白を受ける。


 B.鈴村徹は琴原みどりの告白を断ることができず、綾瀬凛を花火大会に誘うこともできない。


 C.鈴村徹は在りし日の出来事を思い出す。




【選択の簡易的結果】


 Aを選んだ場合、琴原みどりは大変喜び鈴村徹と花火大会を見る。そしてその数年後、結婚をする。


 Bを選んだ場合、どちらとも花火大会を見ることもなく、何事もなく納涼祭を終える。そして、綾瀬凛との関係が絶たれる。


 Cを選んだ場合、




 と、ここで記載は終わっていた。


(え、なんでこんな中途半端に終わってんの? バグか何かか? 大事なところなんだからちゃんとしてくれ!)


 鈴村は『人生の選択肢』を叩いて治そうとしたが、綾瀬のいる目の前でそんなことはできなかった。


(Cを選んだら、どうなるんだ……? 在りし日の出来事ってなんだ……?)


 鈴村には思い当たる節がなかった。そして思い出すためのきっかけも、存在していない。


(ダメだ、わからない。俺はどうすればいいんだ……)


 鈴村は目を閉じ、それを腕で隠した。


 手詰まりだ、と鈴村は思った。


(……在りし日か。在りし日ってことは、俺が過去に経験したことだろ……? 何かあったか……? 何か……)


 鈴村は過去を思い出そうとする。しかし、出てくるのは綾瀬を思う気持ちと、綾瀬と離れないようにするにはどうすればいいかを考えていた過去しか出てこなかった。


(たぶん、この感じだと綾瀬に関係することではない気がする。出てくる記憶は綾瀬に関することだらけだ。何か、大事なことを忘れてる気がする……)


 と、そこで【人生の選択肢】のAに目がいく。




(……もしかして、琴原先輩のことか……?)




 忘れかけていた記憶が、鈴村に蘇ろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ