第17話 『助言』
「突然お邪魔しちゃってすみません、柳先輩」
「いやいや、いいんスよ、咲良っち。はいどうぞ、お茶ッス」
ゴールデンウィーク初日、鈴村徹と綾瀬凛は、木下咲良の最近の行動に違和感を覚え、木下を良く知る柳美奈の実家を訪れていた。
同棲している遠坂湊も含めて木下に関する話をしていたが、その話の最中、当事者である木下本人が柳家を訪れたのである。
柳は一瞬戸惑ったが、木下を快く家の中へ招き入れた。
木下が着席するなり、柳はお茶の入った湯呑を木下の前に置き、自分の席に戻って話し始めた。
「それで、突然どうしたんスか? 今日うちに来るって約束してなかったッスよね?」
「あ、はい。ちょっと徹に用事がありまして」
「え、俺に?」
鈴村は自分を指さして驚く顔を見せた。
「最初は徹の家に行ったんですけど、徹のお姉さんが死んだような顔で出てきて……」
「……あー、そういや早紀姉ちゃん、今日は家でデバッグ作業やるとか言ってたな……」
鈴村は顔を引くつかせながら言った。
「それで、徹のお姉さんに聞いたら、柳先輩の家に行ったって教えてくれました」
「なるほど……。目的は鈴村っちだったんスね」
「用事ってなんだよ、咲良」
鈴村の問いに、木下は少し真剣な雰囲気を醸し出して答える。
「ねえ、徹。明後日、一緒にデートしてくれない?」
『……えっ!?』
木下の想像もできない言葉に、鈴村と綾瀬の驚く声が重なった。
「さ、咲良っち、度胸あるッスねぇ……。綾瀬っちがいる目の前でそんな大胆な……」
「ええ、私は度胸がある女です。……いえ、後悔しないと決めた女です」
(…………『後悔しない』か……)
鈴村は木下の言う言葉が引っかかった。
ここ最近の木下からは、『後悔しない人生』に繋がる言葉がいくつか出ていたと柳と遠坂が話していた。
多くの人間は歩む人生の中で『後悔をしたくない』と思うのは当然のことだが、そのことに強く執着する人間はあまりいない。
しかし、どんな分岐点に遭遇したとしても、明らかに『後悔する』とわかる選択肢を選ばないのは普通である。
鈴村には、木下のこの行動がただ『後悔したくない』だけなのかがわからなかった。
もしかしたら、何かしらの手段を使って鈴歩が木下に関与し、入れ知恵をしている可能性もある。
それこそ、鈴歩の言う『試練』を間接的に与えられているのだと、鈴村は考えていた。
鈴村は少し間を空けてから木下に言う。
「綾瀬のいる前でデートのお誘いをされるとは思わなかったよ。それに俺とデートがしたいか?」
鈴村の問いに、木下は即答する。
「うん、したい。デートして、徹へのこの気持ちが本物かを確かめたい」
「……本物かどうか確かめたい?」
「…………うん」
木下は顔を俯かせ、小さく頷いた。
鈴村はこの反応に違和感を覚えた。
(あれほど朱橙祭で作戦を企てていた咲良が、俺への気持ちが本物か確かめたい……? どういうことだ……?)
木下の発言に鈴村は困惑していた。
木下はそのまま話を続ける。
「私ね、最近変なんだ。徹のことはもう諦めたはずなのに、……新学期が始まってからかな。いきなり徹への気持ちが大きくなったんだよ」
「…………なんだか、傍から聞いてると恥ずかしくなる話ッスね」
話を横で聞いていた柳が言った。
「その気持ちはどんどん大きくなって、中学の時のあの時の気持ちまで戻っていった。でも、徹には凛さんがいる。それはわかってる。わかってるんだけど……」
「…………だけど?」
鈴村が聞き返すと、木下は涙を零しながら鈴村に言った。
「なんでかわからないけど、このままじゃダメな気がするんだ。このまま、徹が凛さんと付き合うのは私も嬉しい。嬉しいんだけど……、悔しいんだよ……!」
「それが、咲良さんの本音、ってことでいいですか?」
「……うん、私の本音です。凛さん」
綾瀬の問いに、木下は少し間を空けて答えた。
「つまり、私たちのことは応援したいけど、自分の気持ちにも嘘はつきたくないってことですね」
「……そういうことになります」
「だから、朱橙祭のクラス別対抗レースで私と決着をつけたかったわけですね」
「簡単にまとめるとそういうことなんですけど、少し違うところがあります」
「違うところ?」
綾瀬は首を傾げた。
「正直なところ、私はこの大きくなりすぎた気持ちをどうにかしたかったんです。また徹に告白して、フられるならそれを受け入れる覚悟でいるし、凛さんのことも応援するつもりでいました」
「じゃあ、何が違うんですか?」
綾瀬の問いに、木下は少し戸惑う様子を見せながら答えた。
「こう、なんていうんですかね、誰かに操られてる感じがするんです」
「…………操られてる?」
「気持ちが突然大きくなったのは事実です。それをどうにかしたいとも思ってました。その手段はもっと小さいもので良かったんです。……でも、なぜか急に頭に浮かんだんです。『もっと綾瀬凛を困らせたい』って」
「……私を、困らせる……?」
「信じられない話ですよね。凛さんは私の友達なのに。でも、急にその考えが頭を覆っていって、生徒会長権限を乱用してクラス別対抗レースの案を出しました」
「なんだか随分と現実味の無い話だなぁ……。確かに生徒会長のお前がそんな卑怯なことをするのかとは思ってたけど、操られてたってなると話が難しくなるぞ……」
話を聞いていた鈴村が頭を抱えながら言った。
「私も困ってるんだよ……。……ねえ、徹。これなんだと思う? 私の意思に背くような行動を実際に私がしてるんだよ……。二重人格なのかな……」
木下は困り顔で鈴村に問いかけた。
木下はそのまま続ける。
「徹……。徹はこんな私でも、受け入れてくれる? 幻滅しないでくれる? ……私に、チャンスをくれる?」
「…………っ」
木下の真剣な眼差しに、鈴村は返す言葉に詰まった。
仮に操られているのが本当だとしても、鈴村は木下の抱く自分への好意のことを知っている。
それでいて、鈴村は何度も木下のアタックを断っている。
それでもなお、木下は鈴村のことを諦めておらず、その気持ちは想像以上に肥大していた。
その本気さは、木下の表情が物語っていた。
鈴村は少し考え、口を開く。
「…………わかった。明後日、俺は咲良とデートをする」
「えっ!? ちょ、鈴村君!?」
鈴村の思いがけない言葉に、綾瀬は驚く声を出した。
鈴村は人差し指を一本立てて続けた。
「ただ、一つだけ条件がある」
「条件?」
「ああ。条件は一つ。このデートで、俺への告白を一切禁ずる」
「…………それだけ?」
「それだけだよ。ここでお前が俺に告白しちゃったら、俺が前に言った『正々堂々戦う』に背くだろ? それじゃわざわざ朱橙祭に騎馬戦を用意した意味がなくなるからな」
「そ、それはそうだね……。わかったよ」
「ちょ、ちょっと待って!」
鈴村と木下の会話に綾瀬が割って入る。
「す、鈴村君!? どういうことか説明してよ! なんで咲良さんとのデートを、私のいる前でOKしちゃうのさ!」
「大丈夫。後で説明するから。安心してくれ」
「あ、後でって……。大丈夫なんだよね!? 私、鈴村君のこと信じていいよね!?」
身を乗り出して迫りくる綾瀬を少し抱きかかえるようにして、鈴村は言う。
「ああ、大丈夫だから。俺にも考えがある」
「…………ならいいけどさ」
鈴村の優しい声を聞いて安心したのか、綾瀬はゆっくりと自分の席に戻った。
状況があまり飲み込めていない柳と遠坂であったが、話がまとまったのを確認し、柳はポンッと手を叩いてその場を締めくくった。
「と、とりあえず。話はまとまったみたいなので、今日はこれくらいにしておくッス。……正直うちは鈴村っちの選択に反対ッスけど」
「そうですか? それなら、柳先輩の『未来予知』でどうなるか見てくださいよ」
「そんな姑息な手は取りたくないッス。咲良っちだって真剣に自分の気持ちと向き合ってるんスから。そんなことしたら、うちは咲良っちの友達失格ッス」
「や、柳先輩……」
柳の言葉に木下は安心していた。
「皆、色々あって大変そうッスけど、とりあえず今はゴールデンウィークを満喫するッスよ。うちも湊くんとイチャイチャする予定ッスから!」
「……美奈さん、それここで堂々と言うことじゃないですよ」
「えー、いいじゃないッスかぁ。咲良っちのあの本気のデートのお誘い見たッスよね? うちもそれに感化されたッス」
「…………鈴村くん、ちょっと美奈さんのこと止めてもらっていい?」
「いや、悪い。そっちはそっちでどうにかしてくれ」
「鈴村くんには裏切られた気分だよ……」
遠坂の目は死んでいた。
「じゃあ、柳先輩。俺と綾瀬はこれで失礼します」
「あ、私も帰ります、柳先輩。突然お邪魔しちゃって本当にすみません」
「いやいや、いいんスよ! いろんな話ができてうちは楽しかったッス!」
「……重めの話しかしてない気がしますけどね」
鈴村は困り顔で言った。
鈴村、綾瀬、木下は玄関先まで移動し、柳と遠坂に別れの挨拶をした後にそれぞれ帰路についた。
「じゃあ、私こっちだから。二人とも気を付けてね」
木下が途中の分かれ道で指を差しながら言う。
「おう。咲良も気を付けてな。今日はこれから雨降るらしいから」
「心配ありがとう。凛さんも気を付けてくださいね」
「咲良さんもね。それじゃ」
木下は鈴村と綾瀬に一礼をし、そのまま歩き出した。
木下がある程度離れたところまで移動したのを確認した後、鈴村は綾瀬に言う。
「…………なあ、綾瀬。咲良が『操られてた』っていうあれ……」
「……うん、私も思い当たる節があるよ。ていうか、それしか考えられない」
鈴村と綾瀬は、顔を合わせて言った。
『たぶん、鈴歩のせいだ』
「やっぱり綾瀬もそう思うよな……。これはどう考えても鈴歩の『試練』としか思えない」
「でも、私の『人生の選択肢』には何も書かれてないんだよね。もちろん、鈴村君が咲良さんのデートをOKしたときも、『人生の選択肢』は何も反応しなかったよ」
「そこなんだよ。俺が気にしていたことは」
「え?」
綾瀬は首を傾げて言った。
「俺の予想だと、そもそも咲良からのデートの誘いが出た時点で、綾瀬の『人生の選択肢』に選択肢が提示されるものだと思ってた」
「でも、選択肢は出てこなかったね」
「ということは、あの場面は綾瀬にとっては人生の大きな分岐点ではなかったってことになる」
「確かにそうだね……。鈴村君がデートの誘いを受けても【人生の選択肢】が書かれる様子はなかったし、未来はどちらにしても変わらなかったのかな」
「そう考えて問題はなさそうだ。……ただやっぱり引っかかるのは……」
「……咲良さんの、操られてた、ってやつだね」
「…………ああ。これはどう考えてもおかしい。確かに咲良の今の俺への気持ちは、中学の時と殆ど変わらないんだよ。あそこまで断られていて、綾瀬もいるのにあの行動は確かにおかしい」
鈴村は顎に手を当てた。
「やっぱり、鈴歩さんが何かしたのかな」
綾瀬が小さ目の声で言った。
俯きながら言う綾瀬を見て、鈴村は綾瀬の頭を撫でながら言う。
「大丈夫。鈴歩が何かしでかそうと、これが鈴歩が出す『試練』なんだろうと、俺は綾瀬から離れないよ。咲良のこの現象も、何とかしてみせるさ」
「鈴村君……」
綾瀬は泣きそうな顔をしていた。
「さて、とりあえずデートの約束はしちゃったから、どう動くか考えないとな……」
「そうだね……。とりあえず、咲良さんの気持ちをどうにかさせないと、歯止めが利かなくなりそうだよね」
「だなぁ……。そもそも、咲良は鈴歩に操られてるって考えていいのか? それとも咲良自身の行動なのか? わかんないことが多いなぁ……」
鈴村は頭をくしゃくしゃをかき乱し悩んでいた。
その瞬間、鈴村の後ろから女性の声がかかった。
「教えてほしいかい? 鈴村徹君」
「…………出てくるなら『出てくる』って言ってから出てきてくれよ、鈴歩」
鈴村が振り向いた先には、綾瀬凛の母、綾瀬美春の姿をした鏑木鈴歩が立っていた。
「びっくりさせたみたいだね。でも、こうやって急に登場したほうが面白いと思わない?」
「心臓に悪いからやめてくれって言ってるんだよ。……あと、いちいち綾瀬のお母さんの姿で出てくるのもやめてくれ。話し方を真似されたら、綾瀬のお母さんと本当に間違えるから」
「そう? 綾瀬凛もこの姿はやめてほしいと思ってる?」
鈴歩は綾瀬に視線を向けて聞いた。
「どちらかと言えば、その姿はやめてほしいです……。鈴村君の言う通り、お母さんと勘違いするので……」
「ふむ……。ちょっとそこは考え物だね……。いいだろう。今後の参考にさせてもらうよ」
「できればこれまでもそれは考慮してほしかったわ……」
鈴歩の言葉に、鈴村は頭を抱えながら言った。
「……で、鈴村徹君。君の問いのことなんだけど……」
「なんだ、本人から直接教えてくれるなら話が早い。結局のところどうなんだよ。お前が咲良に何か入れ知恵したのか?」
「…………結論を言うとだね」
鈴歩は腕を組み、少し姿勢を崩して言った。
「私は木下咲良に助言をしただけだよ。『このままだと後悔するよ』って。その結果が、あの行動だよ」
鈴歩は不敵な笑みを浮かべながら、鈴村の質問に答えた。




