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鈴村くんは間違えない  作者: シア
第2部 第1章 『恋のライバル』

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第16話 予測できない『行動』

「おっ! 来たッスよ、湊《みなと》くん! おーい! 鈴村《すずむら》っちー! 綾瀬《あやせ》っちー! こっちッスー!」


「ちょ、危ないって美奈《みな》さん! そんなところから乗り出したら落ちるから!」


 ゴールデンウィーク初日。


 緑ヶ丘学園高等部生徒会長、鈴村徹《すずむらとおる》と、同じく副会長、綾瀬凛《あやせりん》は、青海学園高等部の元生徒会副会長、柳美奈《やなぎみな》の自宅を訪れていた。


「お久しぶりです、柳《やなぎ》先輩。少し到着が遅くなってしまって申し訳ないです」


 到着するなり、鈴村は玄関先で柳に頭を下げて謝罪をした。


「いいんスよぉ、たかが十分《じゅっぷん》なんスからぁ。そんなことより、迷わないで来れたッスか?」


「ええ、それは大丈夫です。なんせ……」


 鈴村はそう言いながら柳家の建物を見た。


「…………こんだけ目立つ建物があれば、迷うことは殆《ほとん》どないですよ」


「えへへー。褒められてるみたいで嬉しいッスねー」


 柳は照れながら言った。


 柳家は由緒正しき華道の名家である。


 華道を嗜《たしな》む者の中で「柳美奈」の名前を知らない者はなく、華道のセンス、実力、全てにおいて柳は華道の達人であった。


「しかし随分立派なお屋敷ですね。さすが、『華道の名家』と言われるだけあります」


「それも形だけみたいなもんスけどねー。……前までは、ッスけど」


「……? 前までは?」


 柳の言葉に鈴村は首を傾げた。


「あれ、言ってなかったッスか?」


「そもそも卒業式以来会ったの今日が初めてじゃないですか……」


「あー、そういえばそうッスね。とりあえず、細かい話は中でするッス。どうぞどうぞ、上がってくださいッスー」


「あ、はい。お邪魔します」


 柳の案内に連れられ、鈴村と綾瀬は柳家に足を踏み入れた。




                   *




「というわけで! ようこそ我が家へ! ッス!」


 応接間に案内されて間もなく、柳が立ち上がって鈴村と綾瀬に向かって言った。


「す、すごいお部屋ですね……。ここが応接間……、なんですか?」


「そうッスよ。この部屋はただの応接間じゃないんス。毎年お盆とか年末年始とかは親戚の人たちがここに集まって宴会するんスけど、それにも使われてるッス」


「あー、なるほど……。どおりで広いわけですね」


 鈴村たちが案内された応接間は、旅館に用意されたカラオケ付きの宴会場を彷彿とさせるほどの広さを持つ部屋だった。


「それで、さっきの話の続き、聞かせてもらってもいいですか? 遠坂《とおさか》君がいるのも気になるので」


 鈴村はそう言いながら遠坂に視線を向けた。


「あれ、湊くん言ってなかったんスか? 湊くんがうちに住んでること」


「言いましたよ。鈴村君、忘れたの? この前、朱橙祭《しゅとうさい》の一回目の会議をするときに話したと思ったんだけど」


「一回目の会議……? ……そういえばそんなこと言っていたような……」


 鈴村は顎に手を当て、天を仰いでその時のことを思い出そうとしていた。


「あー、確かにそんなこと言ってましたね、遠坂君が柳先輩の家に住んでるって」


 遠坂の言葉に、綾瀬が返した。


「でもあれってただの嘘じゃなかったんですか? 本当の話だったんですか?」


 綾瀬が遠坂に問いただす。


「嘘であんなこと言うわけないじゃないですか……。いろいろあって、美奈さんが青海《おうみ》学園を卒業した後に同棲することが決まったんですよ」


「えっ……」


 鈴村は信じられないような顔をして聞いた。


「……鈴村君。俺と美奈さんの関係はわかってるよね」


「う、うん。わかってはいるよ。……でもなんで? 話がいきなり進みすぎじゃない?」


「どの口が言うんだか……」


 鈴村の言葉に、遠坂は頭を抱えながら言った。


「はははっ……」


 鈴村は頭を掻きながら愛想笑いをした。


(確かに遠坂君の言う通りだわ)


 鈴村には思い当たる節がいくつもあった。


「美奈さんが青海学園を卒業する二か月前、俺は美奈さんから進路の相談を受けたんだ」


「柳先輩から? 遠坂君に?」


「そもそも俺と美奈さんが付き合うきっかけになったのはある出来事があったからなんだ。まあ、その話は必要になったらするとして……」


「いや、今その話めちゃくちゃしてほしいんだけど」


 鈴村は食い気味で遠坂に言った。


「……いや、悪いね、鈴村君。その話は少し話が長くなるから別の機会に。……それで、美奈さんが卒業してからの進路に悩んでたんだけど、自分にしたいことがなんなのかわからなくなったらしくてさ」


「それで遠坂君に進路相談をしたと? 親御さんじゃなく?」


「……鈴村君、ちょっと察しが悪すぎるんじゃないかな」


 鈴村の言葉に、綾瀬が苦言を呈した。


 少し頬を膨らませながら言う綾瀬を見て、鈴村は不満げな顔で言う。


「なんだよ、今の話で何を察せって言うんだよ」


「んー、手っ取り早くうちから説明したほうがいいッスかねー」


 柳は頭をポリポリと掻きながら言った。


「知っての通り、うちは華道を嗜んでるッス。一度柳家を継ぐための許嫁《いいなずけ》の話が出て、お見合いがあったんスよ」


「柳先輩と、遠坂君以外の男性とですか?」


「そうッス」


 柳は頷いて答えた。


「ただ、うちはこの家を継ぐつもりはなかったし、何より許嫁なんてものがあるなんて許せなかったんスよ」


「えっと、まさかとは思うけど、その許嫁の話が今ないってことは……」


 鈴村は遠坂に目を合わせた。


「鈴村っちの考える通りッス。許嫁の件は、湊くんのおかげで白紙になったんスよ」


「…………すげぇ」


 鈴村は心の中で遠坂に拍手をしていた。


「まあ、向こうも許嫁の件は白紙にしたかったみたいなんで、どっちに転んでも結果は変わらなかったッスけどね」


「でも、それだけだと遠坂君と柳先輩が付き合う理由にはならないですよね?」


 綾瀬が首を傾げながら柳に問う。


「ああ、それなら説明はつくッス。その時、湊くんに仮の彼氏を演じてもらったんスよ」


『………………えっ』


 鈴村と綾瀬は動きが止まった。


 と同時に、遠坂の顔はだんだんと赤らめていった。


「湊くんも恋愛面でかなり悩んでみたいだったんス。今までもいろんな人と付き合ったことがあるみたいだったッスけど、納得のいく恋愛はできなかったらしいッス」


「それはまあ、何となく聞いたことがありますけど」


「それでいい機会だと思って、湊くんに『本当の恋愛』を知ってもらうために仮初《かりそめ》の彼氏を演じてもらったってわけッス」


「…………それタイミング間違えてません?」


 鈴村のツッコミは至極真っ当であった。


 許嫁のお見合いの場に『本当の恋愛』などというものは存在しないからである。


「でもッス。向こうが断る前に、湊くんが身を挺して許嫁の件に反対したんス。うちのために。自分のために。相手のために」


「なるほど……。遠坂君も色々頑張っていたと……」


 話が進む中、遠坂は恥ずかしくなったのかどんどん顔を赤らめ、顔を俯かせていた。


「その仮の彼氏を演じていた湊くんがとてもかっこよく見えたんスよ。その話を持ち出す前からうちは湊くんが好きだったッスけど、この一件でその気持ちは大きくなったッス」


「ふむふむ、なるほど……。……って、ええええ!? 柳先輩、そのときから遠坂君のこと好きだったんですか!?」


「そうじゃなかったらこんな提案、湊くんにしないッスよー」


 驚きを隠せず叫ぶ鈴村だったが、柳はそれを気にすることなくお茶の入った湯呑を手に取った。


「だから、将来の旦那さんは湊くんって決めたッス。決めたのはいいんスけど、問題は進路だったんスよね」


「どういうことですか?」


 綾瀬が問う。


「うちはみやびっちと同じ大学に行こうと思ってたんスけど、この件をきっかけに華道についてもう一度考え直すようになったッス」


「その結果、大学進学をするか、柳家を継ぐかどっちがいいかを俺に相談してきたってわけです」


 柳に続いて、遠坂が綾瀬に答えた。


「でも柳先輩は、おうちを継ぐつもりはなかったんですよね?」


「なかったッスよ。……でもそれは、許嫁という存在があったからなかっただけッス。湊くんと同じ時間を過ごせるなら、どんな人生を歩んでも悔いはないって思ったんスよ」


「…………なるほど」


「お母さんに相談したときはめちゃくちゃびっくりされたッス。でも、湊くんが一緒なら大丈夫って言われて、あっさりOKしてくれたッス」


「遠坂君への信頼すごいですね……」


「…………まあ、あの日色々あったし、その後も色々あったんでね……」


 遠坂は照れながらも、鈴村に言葉を返した。


「遠坂君。差し支えなければその後の出来事も私たちに教えていただけると――」


「やめなさい、綾瀬。今の時点で話がだいぶ大きいんだ。これ以上大きい話が出てくるに違いないし、今日俺らが来た本題に入れなくなる」


「あ、そっか。そうだね、ごめん」


 食い気味で遠坂に問いかける綾瀬だったが、鈴村がそれを止めた。


「まあ、そんなことがあって、うちは柳家を継ぎ、湊くんと将来を共にするって決めたんス」


「なので、美奈さんは華道に関係する専門学校に急遽進学することになり、華道の手伝いを俺がやってる、ってわけですね」


「すごいなぁ。遠坂君、柳先輩のためにちゃんと努力してるんですね」


「……まあ、一応将来を誓おうと思ってる相手なんで、これは普通かなって」


 綾瀬の言葉に、遠坂は本音が口からこぼれた。


「ほうほう……。遠坂君は柳先輩と結婚する気満々だと……」


「なっ、改めて言わないでください、綾瀬さん。美奈さんも言ってたじゃないですか。そう改めて言われると、照れます」


 遠坂は顔を逸らしながら言った。


 この様子を見て、柳と綾瀬はある気持ちが芽生え、顔を見合わせた。




(遠坂君……、かわいい…………!)




 遠坂はわざとらしい咳ばらいをし、鈴村に言う。


「……こほん。とにかく、俺らの話はここまででいいだろ……。そろそろ鈴村君たちの本題に入らないと」


「ああ、そうだな」


 遠坂は気を取り直して鈴村に問いかける。


「それで、鈴村君。相談っていうのは……」


「ああ、俺からの相談は……」


「わかってる。木下《きのした》のことだよな」


「…………話が早くて何よりだ」


 鈴村の言葉に、遠坂は口角を上げた。


 青海学園高等部生徒会長、木下咲良《きのしたさくら》。


 青海学園の生徒代表たる彼女について、なぜ鈴村が青海学園の卒業生、そして現生徒会の二人に相談をするのか。


 これには大きな訳があった。




「単刀直入に聞くぞ、遠坂君。咲良、生徒会長になってから何かあったか?」




 遠坂湊、柳美奈は木下咲良と一年以上の付き合いがある。


 その共にいた時間は生徒会活動だけには留まらないため、木下の素性を知るには遠坂に聞くのが良いと考えた。


 木下は、一度は鈴村に好意を伝えている。


 さらに蒼碧祭《そうへきさい》後も何度か鈴村へ気持ちを伝えているが、悉《ことごと》くその気持ちは届かずにいた。


 まさしく鈴村からすれば諦めたのだろう、と思っていた矢先に綾瀬への無理難題な提案を木下がしたため、鈴村は木下の身に何かが起きたのだろうと考えたのだった。


 鈴村からの問いに、遠坂は包み隠さずに答える。


「いや、木下を庇《かば》うとかそういうつもりはないんだけど、ここのところの木下の行動に怪しいところはなかったかな」


「…………そうか」


 鈴村は残念そうに言った。


「じゃ、じゃあ、私からも一つ聞いていいですか?」


 綾瀬が挙手をする。


「はい、いいですよ。なんでも聞いてください」


 綾瀬は胸に手を当て、ぎゅっと握りしめて問う。




「最近の咲良さん、『後悔しない人生を』、みたいなことを言ってたりしませんか?」




「綾瀬……、それ……」


 綾瀬の問いを聞き、鈴村は少し目を見開く。


 綾瀬の言う『後悔しない人生』とは、まさしく『人生の選択肢』が綾瀬や鈴村に指示していた鈴歩《すずほ》の『意思』であった。


 普通の人間からその言葉が出てくるのは珍しいことではないが、綾瀬はこの言葉に少し過剰に反応していた。


 綾瀬の持つ『人生の選択肢』が【人生の選択肢】を提示したタイミングで、その言葉が木下から出たから尚の事である。


「『後悔しない人生を』、ねぇ……」


 遠坂は顎に手を当てて考える素振りを見せた。


 少しして、遠坂は口を開く。


「俺の記憶している限りだと、そんなことは言ってなかったですね」


「そうですか…………」


「あ、でも……」


「でも?」


 遠坂は何かを思い出したかのように言った。




「ここ数か月、『絶対に次は失敗しない』みたいなことをぶつぶつ呟いているのは見ましたね」




「…………鈴村君、これって…………、偶然かな」


「偶然、であってほしいけどな」


 人は皆、できることなら初めから『後悔しない人生』を歩みたいものである。


 どんな人生の分岐点が訪れても、自分が後悔しない人生がわかっているのであれば、その選択肢を取るのは当然である。


 鈴村や綾瀬の場合、『人生の選択肢』によってそれを半分可能にしているが、それも万能ではない。


 しかし、鈴村や綾瀬からしてみれば、木下の行動は『人生の選択肢』を所持している者と行動が似ているようにしか見えなかったのである。


「それって、どれくらいの頻度で言ってますか? いつぐらいからですか?」


 遠坂に綾瀬が問う。


「今年の頭、くらいですかね。桜庭《さくらば》先輩から次期生徒会長の推薦を受けた時期でもあったんで、その話かと思ったんですけど、話を聞いても関係ないって言うんです」


「まあ、『次は失敗しない』って言ってるくらいだし、生徒会長の推薦受けて驚いてるの咲良本人だったから、それが関係しないのは確かにそうかもしれないな」


 鈴村が遠坂に続けて言った。


「でもなんでそんなこと気にするんですか? しかもそんなピンポイントな」


「え!? え、えっとそれは……」


 遠坂の質問に思わず綾瀬は戸惑う。


「きょ、興味本位、ですかね? ほら、年頃の女の子ですし、そういうのも気にするかなーって」


「興味本位で随分変なこと聞くんですね……」


 誤魔化しきれていない綾瀬を見て、鈴村は頭を抱えていた。


(あまり悟られるとまずいぞ、綾瀬……)


 鈴村はヒヤヒヤしていた。


 と、そんな時だった。




 ピンポーン。




 柳家のインターホンが鳴る音が、応接間に響いた。


「あれ? 今日他に誰か来る予定あったッスかねぇ……」


 そう言って柳は立ち上がり、「はいはーい」と言ってインターホンに対応した。


「…………えっ」


 インターホンに映る人物を見るなり、柳は思わず動きが止まる。


「? どうしたんですか? 柳先輩」


 様子がおかしい柳を見て、鈴村も立ち上がってインターホンに映る人物を確認した。


「……えっ、なんでいるんだ……」


 その人物を見て、鈴村も動きが止まる。


 その人物は。




「柳先輩、こんにちは。私です。木下です」




「…………どういうタイミングで登場してるんだ、あいつ……」


 この件の相談の発端となった相手、木下咲良がインターホンに映っていた。

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