第10話 七倉わかなの『本気』
ゴールデンウィークを目前に迎えたある日の放課後。
緑ヶ丘学園高等部生徒会室では、六月に開催予定の体育祭の会議が行われていた。
生徒会長席に座り、書類を見ながら生徒会長の鈴村徹が会議を進行させる。
「さてと、それじゃあ今日は、今年開催の体育祭について会議をしたいんだけど……」
鈴村は書類から視線を生徒会メンバーのいる方向へ向けた。
「…………なんで俺と宮田先輩、七倉しかいないんですか」
この会議の場には、鈴村と生徒会書記の宮田詩織、生徒会広報の七倉わかなしか出席していなかった。
宮田は鈴村の言葉に、眼鏡の位置をクイッと整えてから言う。
「あら、皆から聞いていないのかしら。綾瀬さんは部活の助っ人。みどりは弟さんと用事があるって言って帰ったわ」
「初耳ですけど……」
鈴村は呆れ顔で言った。
「生徒会長に言ってくれないと無断欠席と変わらないですよそれ……」
「まあ、鈴村君の言うことは一理あるわね。ちゃんと鈴村君の口から注意してあげたほうがいいわよ」
「そうですね……。ちょっとグループLINEのほうでも注意しておきますわ……」
鈴村はそう言ってスマホを取り出し、グループLINEにメッセージを送った。
「……ふふっ。『会議を欠席する場合は俺に言うか、グループLINEで連絡をください』、ですって。鈴村君は会議があること、皆に伝えたのかしら?」
「伝えましたよ。………………口頭ですけど」
鈴村は自信ありげに答えたが、少し間を空けて自分が口頭のみでしか伝えていないことを思い出し、声を小さくして言った。
「ははは! これじゃ自分で自分の首を苦しめているだけね」
「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか……。これから気を付けますから……」
「ええ、そうして頂戴。仮にも鈴村君は飯田君の後継者なのだから。しっかりしてくれないと困るわ」
宮田はそう言って、鈴村の肩にポンと手を置いた。
鈴村は苦笑いであった。
「それで、徹君。体育祭の会議って何するの?」
鈴村たちのやり取りを楽しみながらも、七倉が鈴村に問いかける。
「さっき渡した書類に話し合いたいことは大体書いてるぞ。……ちゃんと読んでるか?」
「読んでるよ。でも、私はこっちより徹君の顔を見ていたいかな♪」
七倉の表情は純粋無垢な笑顔であった。
まるで、花見の出来事はなかったかのような振る舞いだった。
七倉の様子を見て、宮田は顔を少し引きつかせて鈴村に問う。
「……鈴村君、花見の日に何かあったかしら?」
「えーっと、まあ、あったにはありましたけど……」
「けど?」
鈴村は視線を少し逸らして言う。
「ちょっと、元気すぎますね」
「ということは、鈴村君は七倉さんに酷いことをしたということね」
「なんでそうなるんですか」
鈴村は真顔で宮田にツッコミを入れた。
「まあ、七倉さんは鈴村君のことをだいぶ慕っているみたいだし、どんなことされてもショックで立ち直れない、みたいなことはしなさそうね」
「……立ち直れてればいいんですけどね」
鈴村は花見の日、七倉から直接その心のこもった気持ちを聞くことになる。
しかし鈴村は、七倉にはっきりとこの気持ちに応えることはできないと伝えた。
このことがあったため、鈴村は七倉のことを気にかけていた。
(……あれは七倉が気持ちの切り替えをするのがうまいだけなのか……? そうであってほしいんだけどな……)
鈴村はそんなことを考えながら七倉に視線を送っていた。
七倉はその視線に気づき、笑顔で鈴村に手を振った。
「この書類に書いてあることを今日決めたかったけど、綾瀬さんも琴原先輩もいないから会議できないね」
「困ったな……。体育祭はゴールデンウィーク明けてから二週間後なのに……。ていうか、いつも思うんだけど、この学園の行事って準備までの期間いつも短くない……?」
「私はいつも通りだから、もう慣れたわ」
「宮田先輩は生徒会歴長いからいいじゃないですか……。俺なんてまだ二年目なんですよ……」
「あら、二年目で生徒会長を務めているのは素晴らしいことだと思うわよ?」
宮田はニヤリと笑っていた。
「すごいよねー、徹君。二年生なのに生徒会長やってるなんて。私も生徒会長になりたいなぁー」
「生徒会長になりたいなら、まずは鈴村君や綾瀬さんに学力テストで勝つしかないわね」
「そうでした……。そういえば次期生徒会役員が決まる一番の要因そこでしたね……」
宮田の言葉を聞き、七倉はがっかりしていた。
「仕方ない。今日は綾瀬も琴原先輩もいないし、体育祭についての会議は明日にしましょう。今日はこのまま解散で」
「いいのかしら? 少しくらいは進めたほうがいいと思うわよ」
鈴村の判断に対し、宮田が意見する。
「そうなんですけど、今日決めたことを結局綾瀬たちにももう一度話すことになるので、二度手間になるんですよ。明日なら特段遅れるわけでもないですし、会議は明日に回しましょう」
「生徒会長がそう判断するなら従うわ。七倉さんもそれでいいかしら?」
「はい! 徹君が言うなら何でもしますよ! もちろんこの場で脱ぐこともできます!」
「それはしなくていいから」
元気よく返事をして制服を脱ごうとする七倉であったが、鈴村はその行動を冷静に止めた。
「それじゃ、今日はお開きで。会議は明日行うとグループLINEで連絡入れておきますね」
「わかったわ。それじゃ二人とも、お疲れ様」
『お疲れ様です』
宮田はそう言って、生徒会室を後にした。
残ったのは、鈴村と七倉の二人のみとなった。
「よし、じゃあ俺らも帰ろうか――」
と、鈴村が言い切る前に、七倉は鈴村の目の前に立って言った。
「徹君! 今から徹君の家に行ってもいい?」
「……え?」
鈴村は突然の提案に動きが止まった。
「ほら、この前のお花見の日、徹君のおうちの料理を教えてくれる話をしてくれたでしょ? 今日この後予定なかったら、徹君の家にお邪魔させてほしいなーって」
「……あー、なるほど」
七倉の突然すぎる提案の理由に納得した鈴村であった。
同時に、七倉は花見の際にあった出来事を覚えており、それでもなおこの行動を取っていることが判明したのだった。
(……やっぱり、あのことがあってからのこれなのか。ある意味すごいな、七倉は)
鈴村は七倉のポジティブさ、そして自分の気持ちに対する本気度に少々ながら感服していた。
「それで、どう? 今日この後、徹君の家に行ってもいい?」
「え? あー、えーっと……」
「…………もしかして、今日も綾瀬さんとデートなの? 今部活の助っ人してるのに?」
七倉は鈴村を睨みつけながら問いただそうとした。
鈴村は手を前に出し、近寄る七倉を少しずつ押し返す形で言う。
「ほ、ほら、その話は綾瀬と一緒にやる約束だっただろ? 七倉だけに教えると不公平じゃないか?」
「……うーん、不公平かぁ。……それも確かにあるけど、綾瀬さんにリードできるならそれはそれでいいかなぁ」
(やっぱり引いてくれないか……!)
鈴村の予想通り、この程度では引くつもりが皆無な七倉であった。
「じゃあ、私の家に来るのはどう?」
「えっ、七倉の家に?」
鈴村、七倉の言葉に再び動きが止まる。
「私のことをもっと知ってほしいし、特に予定ないなら断る理由もないでしょ?」
「えーっと、まあ、それはそうなんだけど……」
七倉の問いに答える鈴村の脳裏には、綾瀬の顔が浮かんでいた。
「ちょ、ちょっと今日突然行くのはさすがに――」
と、断ろうとする鈴村であったが、その言葉を遮って七倉は言う。
「はい! それじゃ決定! 早速私の家に行きましょう!」
「…………はぁ」
自分の『意思』が弱いと実感する鈴村であった。
*
「じゃじゃーん! ここが私の家です!」
緑ヶ丘学園の最寄り駅から二十分ほどの駅より、さらに十分ほど歩いた場所に七倉の家が建っていた。
時刻は夕方六時過ぎである。
鈴村は少し疲れ気味に口を開いた。
「な、七倉の家って結構遠いんだな……」
「確かに遠いねー。でもそこまで嫌とは思ってないよ? 運動は得意だから歩くの苦じゃないし、電車は割と空いてるから通学に苦労はしてないかな」
「そっか……。七倉は強いな……」
鈴村は自分の体力の無さを悔いた。
「ささっ、どうぞどうぞ。ようこそ我が家へ!」
「お、お邪魔します」
そう言って、鈴村は二階建て一軒家の七倉の家へ足を踏み入れた。
鈴村はそのまま七倉の部屋に案内され、七倉に半ば強引に座らされた。
「何か飲みたいものある? ジュース、お茶、コーヒー、なんでもあるよ」
「そうだな……。それじゃ麦茶を頼む」
七倉は鈴村の回答を聞き、笑顔で「はーい♪」と答え台所に向かった。
(……割と普通の部屋だな)
七倉の部屋に一人となった鈴村は、さらっと部屋の中を確認した。
七倉の鈴村に対する気持ちは絶大なものとわかっていたため、自分を模した等身大パネルでもあるのではないか、と鈴村は謎の予想をしていたが、その予想に相反して七倉の部屋はとても普通の部屋であった。
ピンクを基調とした部屋にはドレッサーやクローゼットから見えるかわいらしい洋服、ベッドの上にはぬいぐるみが置かれていたりと、女の子らしさを十分感じ取ることができる部屋になっていた。
強引に座らされたクッションはふわふわで柔らかく、その前に置かれているテーブルもピンクが基調でウサギの模様が描かれていた。
「お待たせー! ……ってあれ、徹君もしかして私の部屋物色してた?」
「え!? い、いや、してないしてない!」
鈴村は慌てて七倉の言葉を否定する。
「怪しいなぁ……。心配しなくても、エッチな本は隠してないし持ってないよ」
「いや、そこは心配してないから」
「でもね! 徹君の等身大パネルならあるよ!」
そう言って七倉は、クローゼットの奥深くから鈴村の等身大パネルを取り出した。
「今すぐ捨てなさい」
「なんで!? これ、お金持ちの幼馴染に頼んで作ってもらったのに……」
「なんだその趣味の悪い友達は……」
泣く泣く等身大パネルをしまう七倉であったが、片や鈴村は頭を抱えて呆れていた。
「で、何する? せっかく来てくれたんだし、私のことを知ってほしいなー」
そう言って、七倉は麦茶の入ったコップを手に取った。
「知ってほしいって、七倉の話を聞くってことか?」
「そう! 徹君が知りたいことをなんでも質問して! 私はそれに正直に全部答えるから!」
七倉は笑顔で返した。
「知りたいこと、ねぇ……」
鈴村は顎に手を当てて考え始めた。
(俺が知りたい七倉のことかぁ……。一応俺のことを好きだと思ってくれているんだし、プライベートなことを聞いてほしいんだろうな)
鈴村はそんなことを考えていた。
「随分慎重に考えるんだね。やっぱり女の子の部屋に来るのは緊張する?」
「緊張はまあ、するかな。そんなに慣れるもんじゃないだろ」
「そっかぁ……。徹君は今、緊張してくれてるんだね」
鈴村の回答を聞き、七倉は嬉しそうに微笑んでいた。
その無垢な笑顔に少しドキッとする鈴村だったが、顔をブンブンと振って七倉に質問をする。
「じゃ、じゃあ、一つ目の質問。七倉の趣味ってなんだ?」
「趣味? うーん、ゲームかなぁ」
「え、七倉もゲームするのか?」
「そうだよ? 元からゲームが好きだったっていうのもあるけど、徹君がゲーム好きだって知ってからいろんなゲームに挑戦してるんだよね」
七倉はそう言って、テレビの下に置いてあるゲームソフトを取り出して鈴村の前に並べた。
「いろんなジャンルのゲームやってるんだな……」
ゲームの種類は様々で、アドベンチャーやRPG、FPSなど、色々なジャンルのゲームを網羅しているようだった。
「やっぱり好きな人と趣味は合わせたいからね! そのほうが徹君と話しているとき楽しいし!」
「そうか……。…………ん? これ……」
鈴村はテーブルの上に並べられたゲームのうち、一つのゲームに目が留まった。
「……これ、恋愛ゲームだよな」
「あっ。……こ、これはね! ちょっと興味本位で買ってみたんだ。いろんなゲームやったけど、ノベルゲームだけはやったことなくて……」
「それで恋愛ゲームに手を出したと」
「そ、そういうことだよ」
七倉は何かを誤魔化すような表情をしていた。
「クリアはできたのか?」
「それがクリアできなくってさ……。このゲームは女性向けのゲームだから主人公は女の子で、登場する男の子の好感度を上げてゴールまで導くのが目的なんだけど、どうしても最後の告白で失敗するんだよね……」
(なんか似たようなのをつい最近やった気がするな……)
鈴村は姉、鈴村早紀の開発していたギャルゲーのデバッグをした日のことを思い出した。
そして、紫苑寺というキャラの呪いのような演出も思い出し、鈴村は悪寒に襲われた。
「…………大丈夫? 徹君」
「え? あ、ああ。大丈夫。気にしないでくれ」
様子がおかしいことを悟られたのか、鈴村は七倉に心配されていた。
「で、告白するときの好感度ってどれくらいなんだ?」
「えっとねー……。…………六割?」
「良くそれで成功すると思ったな……」
鈴村は頭を抱えた。
「そうだ! 綾瀬さんと婚約している恋愛の大先輩である徹君なら、このゲームクリアできるんじゃないかな。ちょっとやってみてよ!」
七倉は手をポンと合わせて鈴村に提案する。
「いいけど……」
「……どうしたの? 顔色悪いよ?」
「あ、悪い。ちょっと嫌な思い出がフラッシュバックしてな……。気にしないでくれ」
鈴村にとって紫苑寺のイベントは相当ショックを受けたようだった。
「じゃあ、始めるぞ」
鈴村は気を取り直して、七倉がクリアできないという恋愛ゲームをスタートした。
*
ゲームが開始してから一時間も経たないうちに、鈴村は恋愛ゲームをクリアしていた。
「と、徹君すごい! こんなあっさりクリアできるなんて……!」
「七倉、非常に言いづらいんだけどな……」
「何?」
鈴村は七倉に衝撃的な事実を伝える。
「この恋愛ゲーム、超初心者向けのゲームなんだよ」
「えっ」
七倉はその言葉を聞き、目からハイライトが消えていった。
鈴村はそのまま続ける。
「これは恋愛ゲームの練習用ゲームと言われててさ、結構有名なんだよ。ちゃんと登場する男性キャラが好む選択肢を選べば、クリア率は九割を超えるものなんだ」
「そ、そんなのがクリアできないなんて……。私、恋愛のセンスがないのかな……」
鈴村から聞く衝撃的な事実に、七倉はショックを受けていた。
「……だから、綾瀬さんとの勝負にも負けるし、徹君の心を射止めることもできないのかな」
ショックを受け項垂れる七倉だったが、その状態のまま七倉の口から悩みがぽろっと零れ落ちた。
「……やっぱり気にしてないわけじゃなかったんだな。花見の時の事」
鈴村の言葉を聞き、七倉はうつ伏せになりながらも小さく頷いた。
「まあ、あの結果は七倉がどう頑張っても変えられない結果だ。このゲームがうまいどうこうの話じゃないよ」
「それでも……、私は徹君に振り向いてもらいたいと思ってるよ?」
七倉はそう言って、鈴村に覆いかぶさって言う。
「ねえ、徹君。私はどうすれば徹君に振り向いてもらえる? どうすれば、綾瀬さんと同じ、ううん、それ以上の気持ちを抱いてくれるの?」
七倉の目からは涙が溢れていた。
七倉は静かに鈴村の手を握り、そのまま自分の胸に手を当てさせた。
「ちょ、七倉!? 何して――」
「私の心臓、ドキドキしてるの、わかる? 実はね、私が徹君を家に連れて来てから、ずっとこうだったんだ」
「な、七倉……」
鈴村の手には、しっかりと七倉の高鳴る心臓の鼓動が伝わっていた。
「綾瀬さんほど胸は大きくないかもしれないけど……。それでも、私は綾瀬さんに負けるつもりはないんだ」
「………………」
「……あっ。そっか、琴原先輩とも付き合ってたんだっけ、徹君って」
「……!? なんでそれを知ってるんだ!?」
七倉の突然の言葉に、鈴村は思わず大きな声で驚く。
「ふふふっ、徹君のことは前からリサーチ済みなんだよ。好きな人のこと、調べないわけないじゃん?」
そう言って、七倉はかけていないメガネをクイッとする仕草をした。
「モテモテなんだね、徹君って」
「……あれは、その、俺の気持ちが中途半端だったから、というか……」
「中途半端かぁ。……でも、結果的に琴原先輩じゃなく、綾瀬さんを選んだんだね」
「まあ、昔から心に決めていたからな」
鈴村は少し照れながら答えた。
「私は小柄な体形だし、綾瀬さんや琴原先輩よりは胸も小さいし、そういった面で勝てる気はしてない。それでも、私は徹君にしっかりと振り向いてほしい」
「………………」
熱意のこもった七倉の言葉に、鈴村は黙り込む。
「……ねえ、徹君」
「な、なんだよ」
七倉は鈴村の手を離し、鈴村に覆いかぶさったまま顔を近づけて言う。
「明日から一週間、綾瀬さんに内緒で付き合ってみない?」
「………………はっ!?」
鈴村は耳を疑った。
(あ、綾瀬に内緒で、一週間も……!? 本気……、なのか……!?)
鈴村の覚悟が問われる提案が、七倉から出されたのだった。




