↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鈴村くんは間違えない  作者: シア
第2部 第1章 『恋のライバル』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
79/88

第8話 『努力』の賜物

「それで、英雄さんはどうやって因縁の相手を倒したんですか!?」


 春らしい暖かさの混じった風がリビングに流れ込む中、鈴村徹《すずむらとおる》を『英雄』と呼んでやまない琴原葵《ことはらあおい》が、目を輝かせながら質問を投げかけていた。


「だから、英雄じゃなくて、普通に『鈴村《すずむら》さん』とか『徹《とおる》さん』とか、名前で呼んでくれよ……」


「いえ! 僕は英雄さんを尊敬しています! そんな方の名前をおいそれと呼ぶなど、烏滸《おこ》がましいことなんて僕にはできません!」


「……あの、琴原先輩。本当にこの子、小学五年生なんですよね」


「はい、そうですよ」


 鈴村の問いに、琴原葵の姉、琴原みどりは紅茶の入ったティーカップを置きながら答えた。


「小五にしては随分と難しい言葉知ってますね……」


「あー……。たぶんそれは、私の影響かもしれないですね」


「琴原先輩のですか?」


 琴原は小さく頷いて続ける。


「私、読書が好きなんです。葵もその影響で漫画とかよりも活字の多い小説に手を出すことが多いんです。そのせいもあってか、いろんな言葉を覚えるようになりましたね」


「なるほど……。俺の中での小五のイメージはゲームしてやんちゃしてるイメージしかなかったので、なんか新鮮です」


「ふふっ。鈴村君はそういうやんちゃな男の子だったんですね」


 琴原は、嬉しそうに微笑んだ。


「まあ、実際間違ってはないですけど……。ゲーム好きなのは琴原先輩も知ってるでしょうし」


「ええ、そうですね。凛《りん》ちゃんも確かゲーム好きでしたよね?」


 琴原はそう言って、紅茶を飲む綾瀬凛《あやせりん》に視線を向けた。


「そうですねー。私も鈴村君と同じで、昔からゲームは好きでした。読書は……、あんまりしてこなかったですね」


「でも綾瀬、お前国語の点数めちゃくちゃいいよな」


「へへーん。私は勉強しなくてもテストでいい点数が取れる天才なんだよ。だから、ゲームをしている余裕はいくらでもあるのだ」


 綾瀬は腰に手を当て、鼻を伸ばしながら言った。


「でも、綾瀬のその理屈が正しいなら、俺も天才の一人になるってことだよな」


「え、なんで?」


 綾瀬は首を傾げる。


「だってほら、緑ヶ丘学園の入試試験、俺と綾瀬で同率トップだったろ?」


「………………あー」


 綾瀬は視線を上に向け少し考える仕草をし、何かを思い出したかのように声を出した。


「まあ、天才は私だけってことで!」


「おい。自分の言ったことには責任を持ちなさい」


 鈴村は綾瀬に冷静なツッコミを入れた。


 琴原みどりはそんな二人の様子を見て、「はははっ」と笑いながら口を開く。


「やっぱり、二人はお似合いですね」


「ど、どうしたんですか、琴原先輩」


 突拍子もない琴原みどりの発言に、鈴村は驚きながら言う。


「いえいえ、なんでもないです。それより鈴村君。葵の質問に答えてあげてください」


「あ、葵君の?」


 鈴村はそう言って、琴原葵に視線を向けた。


 琴原葵は依然として鈴村に期待のオーラを放っていた。


 鈴村は「はぁ……」と少し諦めた様子で話を始める。


「仕方ない、葵君が知りたいことを話してやるか」


「ほんと!? やったー!」


 琴原葵は両手を高く上げて喜んだ。


(……こういうところは普通の男の子なんだよなぁ)


 その様子を見て、鈴村は琴原葵の中身が『男の子』であることを再認識する。


 鈴村はそのまま、琴原葵が鈴村を『英雄』と呼ぶきっかけになった出来事を話し始めた。


「これは去年の話なんだけどな。俺の尊敬する先輩に――」




「飯田勝翔《いいだしょうと》さんがいたんですよね!!!」




「…………は?」


 鈴村が説明を始めようとした途端、鈴村の言葉をすぐに遮って琴原葵が話に割り込んできた。


「え、は?」


 鈴村は突然の出来事に理解が追い付かないでいた。


 琴原葵はそのままの勢いで続ける。


「飯田さんは去年の緑ヶ丘学園高等部生徒会長で、誰からも慕われる人望強い方だったとお聞きしています! そんな飯田さんの古くからの知り合いであり、因縁の相手でもある橘光《たちばなひかり》という人物が飯田さんを懲らしめるため、さらに緑ヶ丘学園と青海《おうみ》学園の合同文化祭である『蒼碧祭《そうへきさい》』を壊すために現れたと! そこで――」




「ちょっとストーップ!!!!!」




 鈴村は勢いの止まらない琴原葵の言葉を無理やり止めた。


 鈴村は少し息切れしながらも、琴原葵に問う。


「葵君。一つ聞いていいかな」


「なんでしょうか?」


 鈴村は、琴原葵の顔を見て問う。




「葵君、本当は俺が何をしたか、知ってるよね?」




「ギクッ」


 図星であった。


 琴原葵は鈴村に指摘され慌てて誤魔化そうとしたが、解決策が見つからず鈴村の言葉を肯定した。


「……はい、本当はお姉ちゃんから蒼碧祭での出来事は全て聞いてるので、鈴村さんがやったことは全部知ってます」


 琴原葵はそう言って顔を俯かせた。


「知ってたのにわざわざ聞いたのか……。しかも俺を『英雄』とまで呼んで」


 鈴村は頭をポリポリと掻きながら言った。


「で、でも! お姉ちゃんから聞いたときは本当に鈴村さんを『英雄』だと思いました! ただでさえ年上で何もかもを力で解決するような怖い相手を、まさかあんな方法で撃退するなんて、僕は感動しました!」


「そ、そうか。でもな、葵君。『英雄』は言い過ぎだぞ。俺は飯田先輩の力になりたくて、皆の力になりたくて行動したまでだから」


「そういうところが、葵君には『英雄』に映ったんじゃない?」


 そう言うのは綾瀬だった。


 綾瀬は鈴村の頭を撫でながら続ける。


「正直さ、去年の蒼碧祭、ちゃんとうまくいくのかすごく不安だったんだ。私だけじゃないよ。みどり先輩や、宮田《みやた》先輩。それに、飯田先輩だって、桜庭《さくらば》先輩たちも不安だったんだよ」


「そ、それはわかってるよ。俺だって不安だった」


「でも、鈴村君はそんな不安を抱きながらも、橘に立ち向かって行ったよね」


「俺は……、ただ緑ヶ丘学園、青海学園、そして、蒼碧祭を守りたい一心だったから……」


「そういう鈴村君の度胸と行動力が、葵君には『英雄』に見えたんだと思うよ」


 綾瀬はそう言って、琴原葵に視線を向けた。


 それに釣られて鈴村も琴原葵に視線を向けたが、琴原葵は綾瀬の言葉に大きく頷き、目を輝かせていた。


 琴原葵は綾瀬に続ける。


「綾瀬さんの言う通り、僕は鈴村さんの度胸、行動力にとても感動しました。僕はお姉ちゃんに似て引っ込み思案だったんですが、いつか誰かを助けられるヒーローになりたい、って思ってたんです」


「ヒーロー、ねぇ……」


「橘さんという方はとても恐ろしい方だったと聞いています。歯向かっただけで命が危険に曝《さら》されるような方だったと。そんな相手を恐れることなく立ち向かい、撃退に成功した鈴村さんの話を聞いて、僕は勇気をもらいました」


「…………そっか」


 まっすぐな目で語る琴原葵の言葉を聞き、鈴村は優しく微笑んだ。


「いつか鈴村さんのような人になりたい。いつか、友達、尊敬する人、恋人、いろんな人を守れるような、強い男になりたい。お姉ちゃんから話を聞いた時、僕の心にはそんな気持ちが芽生えてました」


「葵の言っていることは間違ってないですよ、鈴村君。実際、その話をした時の葵は、涙を流してスタンディングオベーションしてましたから」


「ちょ、お姉ちゃん! それは言わないって約束したじゃん!」


 琴原みどりに秘密を暴露され、琴原葵は慌てて立ち上がった。


 鈴村は「まあまあ」と言って琴原葵を宥《なだ》めた。


「俺をそんな風に思ってくれてありがとう、葵君。でも、あの時の行動は、俺の本心が起こした行動なんだ。狙ってやったわけじゃないし、評価をしてもらいたくてやったわけじゃない」


「それでも、未知数である恐怖に立ち向かうことはすごいことだと僕は思いました」


「ははっ。これを言ったら幻滅するかもしれないけど、俺もかなり怖かったんだよ。なんせ、あの飯田先輩が恐れる人だったからね」


「鈴村さんも、怖かったんですか?」


「もちろんだよ」


 鈴村は大きく頷いて続けた。


「初の試みだった合同文化祭『蒼碧祭』が成功するかどうかも不安だったのに、そこに橘が現れたんだ。何されるかわからないし、一歩間違えれば負傷者も出るだろう。今後の『蒼碧祭』にも関わる事態だったし、俺には不安しかなかったよ」


「でも、結果的に撃退に成功し、それ以降橘が何か事件を起こした、という話は出ていませんよね」


「そうだな。……でも、撃退は結果の話だよ。現に蒼碧祭は、三日の予定だったうちの一日を奪われてるからね」


「…………そうでしたね」


 橘光は蒼碧祭一日目に緑ヶ丘学園に現れ、各クラスの出し物を橘率いる不良集団が手あたり次第破壊していった。


 その被害は尋常であり、蒼碧祭二日目の開催は中止となった。


「でも、やっぱりやられっぱなしは嫌だったな。ね? 鈴村君」


 綾瀬は鈴村に微笑みながら言った。


 鈴村は綾瀬に微笑み返し、言葉を続ける。


「もちろん。せっかくの蒼碧祭を台無しにされかけそうになったし、飯田先輩は酷く傷ついた。放っておいたら、本当に蒼碧祭が無くなってしまう。……飯田先輩の、高校生活最後の文化祭が、残念な結果で終わってしまう。俺はそれが嫌だったんだよ」


「それで、橘撃退作戦が決行された、ということですか」


「うん。最初はうまくいくかわからなくてそこも不安だったけど、柳《やなぎ》先輩のおかげで自信は持てたから、あとは自分次第、って思ってたな」


 鈴村は流れゆく雲を見ながら言った。


「…………やっぱり、鈴村君はすごいですね」


「……え、どうしたんですか、琴原先輩」


 鈴村の話を聞き、琴原みどりは手を合わせて微笑みながら言った。


「鈴村君のその『人のために努力する姿勢』、私は大好きです。誰かを後悔させたくないという気持ちが、すごく伝わってきます」


「……まあ、飯田先輩もそうですけど、柳先輩や桜庭先輩も蒼碧祭を運営する側に立つのは去年が最初で最後でしたし、嫌な思い出で終わらせたくありませんでしたからね」


 鈴村は少し照れながら答えた。


 琴原はそんな鈴村の表情を見て、ぽろっと本音を口にする。




「だから、私はやっぱり、鈴村君のことが好きです」




「……え?」


 突然の告白に、鈴村は目を丸くした。


「ちょ、ちょっとみどり先輩!? なんで急にそんな――」


「凛ちゃん。私はさっき言いましたよね。『色々行動させてもらう』って」


「そ、それはそうですけど……」


 綾瀬は琴原みどりに言われた言葉を思い出していた。


 琴原みどりは綾瀬を横目に、鈴村に顔を向けて言う。


「私はやっぱり、鈴村君のその優しいところが好きです。勇敢なところが好きです。しっかり行動し、後悔のない未来に導いてくれるところが、とても好きです」


 琴原みどりは微笑んでいた。


 まるでそれは、琴原みどりが本心をやっと鈴村に伝えることができ、安心するような表情だった。


「わ、私だって、鈴村君のそういうところが好きだよ!」


 琴原みどりの言葉に、綾瀬は慌てながら鈴村の手を掴んで言った。


「え、ちょ、どうしたの綾瀬」


「どうしたもこうしたもないでしょ! 私はただ……」


「ただ?」


 綾瀬は少し耳を赤くして言った。




「……ただ、鈴村君への素直な気持ちを、伝えたいだけだよ」




 綾瀬は鈴村に視線を合わせなかった。


 合わせることができなかった。


(な、なんでこんなに恥ずかしいんだろう……。みどり先輩の言葉を聞いて、改めて鈴村君のことを考えるようになったから……? それとも……、焦ってる、のかな……)


 綾瀬は顔を赤らめながらそんなことを考えていた。


 綾瀬の様子を見て、琴原葵は「ちょんちょん」と鈴村をつつく。


「どうした? 葵君」


「鈴村さん。…………モテモテですね」


「なっ!? な、なんだよ急に」


「いやぁ、鈴村さんと綾瀬さんが婚約者なのは知ってるんですけど、お姉ちゃんも鈴村さんのことが好きなのも知ってるので……。こうやって見ると、鈴村さん、本当にモテモテだなって思って」


「別に狙ってないぞ……」


「狙ってなくても、鈴村さんの行いを見て綾瀬さんもお姉ちゃんも、鈴村さんのことが好きになったんだと思いますよ。素直に喜ぶべきだと僕は思いますけどね」


 琴原葵はそう言って、テーブルに置かれていたお菓子を頬張った。


(……まるで小五とは思えない言動だな……)


 片や鈴村は、琴原葵の大人な言動に少し驚いていた。


(でもまあ、確かに喜ぶべきなんだろうな、普通。タイムスリップする前じゃ、考えられなかったことだし)


 鈴村は、元は陰キャで根暗オタクであり、色恋沙汰《いろこいざた》とは無縁の人生を送っていた。


 しかし、琴原葵に言われたことにより、鈴村は自分の人生が大きく変わっていることを改めて実感する。


(…………俺、この人生で、色々と頑張ってきたんだな)


 自然と、鈴村の目からは涙が零れていた。


「ちょ、鈴村君!? なんで泣いてるの!?」


 それにいち早く気づいたのは綾瀬だった。


「あ、いや、なんでもないんだ。ちょっと考え事してただけで」


 鈴村は慌てて涙を拭い始める。


「ちょっと葵!? 鈴村君に何か酷いこと言ったの!?」


 その様子を見て、琴原みどりは琴原葵に叱責した。


「何も言ってないよ、お姉ちゃん。綾瀬さんも、心配しないでください。鈴村さんは……、僕の『英雄』は、とても強い人だっていうことを直接伝えただけですから」


 琴原葵は微笑みながら答えた。


「…………ありがとう、葵君」


「いいんです。鈴村さんは『英雄』になれています。綾瀬さんと結ばれたのも、その努力の賜物《たまもの》です。……って、こんなこと年下が何言ってんだって感じですよね。すみません」


「いや、大丈夫だよ、葵君。葵君のおかげで、勇気が出てきた。ありがとう」


 鈴村は涙を流しながらも、琴原葵の頭を撫でて言った。


「……ところで」


 琴原葵はそんな鈴村を見て言う。




「鈴村さんって、結局のところ、お姉ちゃんと綾瀬さん、どっちが好きなんですか?」




「……は?」


 それまで嬉しさでいっぱいだった鈴村の感情が一切消え失せるほど、琴原葵の質問は衝撃的だった。


「え、っと、どういう意味?」


 困惑しながらも、鈴村は琴原葵に質問をする。


「僕、色々と考えたんです。鈴村さんがお姉ちゃんと綾瀬さん、どちらを取るべきなのか」


 琴原葵は人差し指を立てて続ける。




「鈴村さんは、お姉ちゃんと付き合うべきだと僕は思うんですよ」




「…………一応聞いておくね。なんで?」


 突拍子もないことを言う琴原葵に、鈴村はジト目で問う。


 琴原葵は「ふふん」と言いながら答えた。


「だって、お姉ちゃんと付き合えばいつでも鈴村さんを会うことができますよね。ということは、『英雄』と会う回数も多くなれるわけですし、憧れの人と過ごす時間も増えるっていうわけで――」


「つまり。葵君は俺と一緒にいたいからそういうことを言った、でいいね?」


 鈴村は琴原葵の言葉を遮って、少し怒りを交えた声色で言った。


 琴原葵は表情の変わった鈴村を見て、少し慌てながら答える。


「え、えーっと。そうでもあったり、…………なかったり?」


 琴原葵の回答に、鈴村はため息をついて言う。


「……言ってくれれば葵君とはいつでも会えるよ。だけどね、葵君。俺は綾瀬とずっと一緒にいるって心に決めたんだ。これは、何があっても変わらないんだよ」


「そうですか……。それほどまでに、鈴村さんは綾瀬さんのことを思ってるんですね」


「ああ、もちろん。俺がずっと追いかけてきた好きな人だからな」


 鈴村は綾瀬の顔を見て答えた。


 綾瀬は鈴村の視線に気づき、笑顔で手を振った。


「……鈴村さん。今日はいろいろとありがとうございました。やっぱり鈴村さんはすごい人です。僕も、鈴村さんみたいになれるように頑張りますね」


「だから、俺は別にすごいことなんて何もしてないってば」


「鈴村さんがなんと言おうと、僕は鈴村さんを慕《した》いますよ」


 琴原葵は笑顔で鈴村に言った。


「じゃあお姉ちゃん! そろそろ帰ろうよ!」


「え、もういいの? まだ鈴村君と話したいんじゃなかったの?」


「まだ話したいことはあるけど、また今度にするよ」


「そっか……。葵がいいならいいけど……」


 琴原みどりは少し残念そうな表情をしていた。


 琴原みどり、琴原葵は玄関まで足を運び、振り返って鈴村に挨拶をした。


「それじゃあ鈴村君。お邪魔しました。また明日学校で」


「はい。琴原先輩も葵君も、気を付けて帰ってくださいね。葵君も、またいつでも遊びにおいで」


「はい! 『英雄』のお話、もっと聞きたいのでよろしくお願いします!」


 琴原葵はそう言って、深々とお辞儀をした。


「……だから英雄って言われるほどの事してないってば……」


 鈴村の言葉に、思わず綾瀬と琴原みどりは笑みをこぼした。


「…………なんで笑うんだよ、綾瀬。琴原先輩も」


「いやー? 別にー?」


 綾瀬は鈴村の言葉をはぐらかした。


「特に何もないですよ、鈴村君」


 琴原みどりも同様だった。


 綾瀬と琴原みどりは声を合わせた。




『これからも期待してますからね、『英雄』さん♪』




 二人の表情は、信頼が垣間見える笑顔であった。


「やっぱりモテモテですね、鈴村さん」


「年上をからかうのはいい加減にやめなさい」


 琴原葵の言葉に、鈴村は冷静にツッコミを入れた。


 琴原みどり、琴原葵はそのまま鈴村、綾瀬にお辞儀をし、鈴村家を後にした。


「しっかし、鈴村君が英雄かぁ。確かに、葵君の言う通り鈴村君は英雄だね」


「綾瀬までそういうのかよ……。ほんとに大したことしてないのに……」


「鈴村君は大したことしてないと思っていても、他の人からすればすごいことをしたんだよ」


 綾瀬はそう言って、リビングに戻ろうとした。


 ……が、数歩進んだところで綾瀬は足を止めた。


「どうした? 綾瀬。何かあったのか?」


「いや、そういえばさ……」


 綾瀬は振り返り、鈴村の顔を見て言う。




「そういえば今日って、鈴村君のお姉さんいるんだよね。今日一回も見てないけど、大丈夫かな」




「……あっ。そういえば、今日部屋から一度も出てるところ見てないな」


 鈴村はそう言って、鈴村徹の姉、鈴村早紀《すずむらさき》のいる二階の部屋に視線を向けた。


「ちょっと心配だ。様子見てくるよ」


「うん、そのほうがいいと思う」


 鈴村はそう言って、階段を駆け上がって鈴村早紀の扉を叩いた。


「おーい、姉ちゃん、大丈夫? 生きてる?」


「そんな怖いこと聞かなくても……」


 鈴村の問いに、綾瀬は少し引いていた。


 鈴村が声をかけて数分経過したが、鈴村早紀が部屋から出る気配はなかった。


「何してるんだろう、姉ちゃん」


 鈴村がそう口にした瞬間だった。


 ガチャッ、と扉が開いた。


「よかった、姉ちゃんいたのか――」


 と言いかけたと同時に、暗闇の中から手が現れた。


「きゃあああああああああああああああ!!!!!! お化けえええええええええええええ!!!!!」


 その様子を見て、綾瀬は叫びリビングへ一目散に駆けていった。


 暗闇から出てきた手はゆっくりと鈴村の肩を掴み、その力はどんどん増していった。


「痛った……。ちょ、姉ちゃん、だよな?」


 鈴村はそう言って、手探りで部屋の電気のスイッチを探した。


(……あった!)


 鈴村はスイッチらしきものが手に触れた瞬間、スイッチを入れた。


 明るくなり、鈴村の肩を掴んでいた正体が目の前に現れた。




「…………た、す、けて」




 顔が前髪で隠れてほぼ見えず、白い服を着たその人物を目の当たりにし、鈴村は言う。




「……またかよ姉ちゃん。何やってんだ」


「……え? そ(・)れ(・)、鈴村君のお姉さんなの?」


 リビングからこっそりと綾瀬が言う。


 その人物は、髪をかき上げ、鈴村に抱きついて叫んだ。




「助けて徹! このゲーム難しすぎる! 無理! 一緒にクリアするの手伝って!」




 暗闇から現れたのは、新社会人となって間もない鈴村徹の姉、鈴村早紀《すずむらさき》だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。