第5話 『決まった未来』は変えられる
「お花見楽しかったね、徹君!」
花見を終え後片付けをしながら、七倉わかなは鈴村徹に笑顔を振りまいて言った。
「ああ、そうだな。友達と花見なんてなかなか来ないから、俺も楽しかったよ」
七倉の言葉に対し、鈴村はまんざらでもない表情をして答えた。
そのやり取りを見て、綾瀬凛は怪訝な表情をする。
作業をしながらその表情が目に入った鈴村は、恐る恐る綾瀬に話しかける。
「あのぉー、綾瀬? 綾瀬は花見楽しかったか?」
無意識のうちに頬を膨らませた綾瀬だったが、気持ちを切り替えて鈴村の問いに応じた。
「うん、楽しかったよ! やっぱ春はお花見だよねー。桜は綺麗だったし、お弁当も美味しかったし!」
「喜んでもらえたようで何よりだよ。提案した甲斐があったな」
鈴村は満足そうに綾瀬に言った。
しかし、鈴村の言葉は綾瀬にとってはあまり嬉しいものではなかった。
(……結局、私はこの花見でやるべきことができたのかな)
綾瀬は悩んでいた。
元より、この花見は七倉が鈴村をお出かけ、もとい、デートに誘ったことから始まったものである。
綾瀬が割り込んだからこそ三人での花見をすることに決まったが、割り込まない選択を取っていればその未来は目に見えていた。
今ある全ては、綾瀬の持つ『人生の選択肢』に提示された選択肢から綾瀬が選んだ未来である。
努力して鈴村徹を死守しない限り、綾瀬凛に安心できる時間はできない。
『人生の選択肢』に最初に書かれたその文章は、鈴村との関係を簡単に維持することができないことを暗示していた。
現に、新しく提示された【人生の選択肢】の【選択の結果】からも、そのことは読み取れた。
綾瀬は鈴村の『鈴村家の料理を綾瀬と七倉に伝授する』という提案を受け入れ、それを用いて七倉と正々堂々戦う選択を取った。
この選択による【選択の結果】は、綾瀬にとって思いがけないものであった。
(…………この選択肢を選択したら、鈴村君が七倉さんを好きになるって、どういうことなんだろう)
【選択の結果】
綾瀬凛はAを選んだ。
七倉わかなは鈴村徹から料理を教わることなく、鈴村家の料理をマスターする。
そして、鈴村の好意は七倉わかなに傾く。
これが『人生の選択肢』が提示した【選択の結果】である。
綾瀬からすればAという選択肢は、鈴村との未来を約束する可能性が十分にある選択肢に見えていた。
しかし、【選択の結果】は綾瀬の意思とは相反する結果を示した。
(やっぱりこれは、鈴村君に相談するしかないのかも……)
綾瀬が暗い顔をしながら作業をする中、鈴村は綾瀬に小声で話しかけた。
「……なあ、何かあったのか? さっき『人生の選択肢』から選択肢が提示されたんだよな。そこからだいぶ様子がおかしいぞ?」
鈴村のこの心配してくれる声が、綾瀬にとって不安を浄化する一番の要素になり得た。
綾瀬には今にも泣きそうな顔をして鈴村に訴えかける。
「……ねえ、鈴村君。鈴村君は何があっても、私から離れないよね?」
「…………え……、っと、話がよく見えないんだけど、俺は綾瀬から離れるつもりは少しもないよ?」
鈴村は曇り一つない顔をして綾瀬に答えた。
真面目に答える鈴村の表情を見て、綾瀬は一瞬の安心感を得ていた。
「そんなことを聞くってことは、さっきの【人生の選択肢】、だいぶ綾瀬にとって重い選択肢だったのか?」
綾瀬は首を横に振って答える。
「んーん。【人生の選択肢】自体はそこまで重くなかったんだけど、【選択の結果】が不安しかない結果で……」
「そこまで出ちゃったならその未来は変えられないな……。……で、どんな選択肢で、綾瀬はどの選択肢を選んだんだ?」
「…………それがね」
綾瀬は『人生の選択肢』に提示された【人生の選択肢】と、綾瀬が選択したことによる【選択の結果】を鈴村に話した。
鈴村はその結果を聞いて、驚く顔をする。
「俺もその選択肢の中だったらAを選ぶな……。でも、その結果が……」
「……鈴村君が、七倉さんを好きになる……」
綾瀬も鈴村も、この【選択の結果】には理解ができなかった。
「鈴歩も花見に酔い痴れて変な結果出しちゃったんじゃないか? さすがにどれもデメリットしかない選択肢を鈴歩は出さないんじゃ……」
鈴村は綾瀬を元気づけるように冗談を交えて言った。
「それもそうなんだけど……。でも、これってあくまで私の『人生の選択肢』だよね。それなら、思いがけない未来が訪れてもおかしくないと思うんだよね」
「…………あー、確かにそれはそうかも」
鈴村はタイムスリップ後、それまでの高校生活で関わりのなかった琴原みどりと深く関わりを持つようになったことを思い出していた。
綾瀬の言う通り、正解だと思う選択肢を選んだとしても、その未来には思いがけない出来事が訪れてもおかしくはない。
鈴村は少し考えた後、手を合わせて綾瀬と七倉に声をかけた。
「……よし。とりあえず今日はこれでお開きにしよう。二人とも、忘れ物はしないようにな」
「はーい。ところで徹君、これから徹君の家に行ってもいい?」
『えっ』
綾瀬と鈴村は声を揃えた。
息のピッタリさに少し驚く七倉だったが、それに構わず話を続ける。
「徹君のおうちの料理、早めに知りたいんだよねー。だから、今日これから行って教わってもいいかな?」
七倉は少し目を輝かせて鈴村に問う。
その問いに、鈴村は間髪入れずに答えた。
「いや、ダメだ」
「えー!? なんでー!?」
七倉は即答されたことにショックを受けていた。
「今日のイベントはこれで終わりだ。また別の機会にしてくれ」
「……まあいいよ。その代わり、教わるときは綾瀬さんも一緒だからね! 抜け駆けとかなしだよ!」
七倉は頬を膨らませ、不満げに鈴村に言った。
鈴村は困り顔で七倉を宥め、綾瀬の元に歩み寄った。
「よし、帰るぞ、綾瀬」
鈴村はそう言って、綾瀬の手を引っ張って歩き出した。
「…………え?」
突然の出来事に、綾瀬は状況が理解できないまま鈴村の後をついていく。
「え、ちょっと、徹君!? 今抜け駆けはなしって言ったばっかり――」
と、七倉が言いかけたところで、鈴村は声を出す。
「悪いな、七倉。俺と綾瀬はこれからデートなんだ。抜け駆けでもなんでもないぞ」
「で、デートって……。そんな予定があるなら早く言ってよ!」
七倉はその場に立ち止まり、突然の鈴村の言葉に激怒した。
デートという約束をしていたのであれば、それは抜け駆けではない。
鈴村は七倉に対して追い打ちをする。
「勘違いしないでほしいんだけどさ。俺と綾瀬は付き合ってるんだよ。それは知ってるだろ?」
「そ、それはそうだけど……」
「じゃあ、デートをするのは当然のことだと思わないか?」
「……そう、だね」
七倉はだんだんと声を小さくし、鈴村の言葉を肯定した。
(……どういうこと? 鈴村君、何がしたいの?)
片や綾瀬は、鈴村の行動が理解できないでいた。
そもそも、この花見を予定していた日の終わりに、鈴村は綾瀬とデートをする約束はしていない。
綾瀬は小声で鈴村に話しかける。
「ちょっと鈴村君、どういうこと!?」
「ごめんな、綾瀬。ちょっと俺に話を合わせてくれ」
「……考えがあるの?」
「ああ。俺に任せてほしい」
「…………わかった」
綾瀬はそう言って、鈴村の話を合わせるように言った。
「そういうことだから、ごめんね、七倉さん! これは抜け駆けでも何でもなくて、初めから予定されていたことなんだよ」
「…………だから、そういう予定があるなら最初から言ってくださいよ!」
七倉は声を荒げて綾瀬に言った。
周りにはまだ花見をしている一般人もおり、七倉の叫び声で鈴村たちに少しばかり視線が集まっていた。
「悪い、七倉。俺と綾瀬の関係をわかってくれないのなら、俺はこれ以上七倉と生徒会以外で関わることはできない」
「……なんで、私をそこまで突き放すの?」
七倉は涙声になりながら鈴村に言う。
「突き放しているつもりはないんだ。ただ、俺はもう綾瀬と生涯を共にするって決めてるから。それが答えだよ」
「……………………」
鈴村の答えを聞き、七倉は黙り込んだ。
その様子を見ながらも、鈴村は構うことなく続けた。
「俺は七倉と仲良くしていきたい。生徒会メンバーとして、友達として。ただ……」
「……ただ?」
七倉は、覚悟を決めて鈴村の言葉を待った。
鈴村は、素直に七倉に気持ちを伝える。
「……俺は、七倉の気持ちに応えることはできない」
「………………っ」
七倉の予想していた答えが、鈴村の口から放たれた。
七倉は鈴村の言葉を聞くと同時に顔を俯かせ、涙を流し始めた。
「……周りの視線が痛い。少し離れようか」
「…………うん」
「わかったよ、鈴村君」
だんだんと一般人からの視線を集めていることに気づいた鈴村は、二人を連れて花見をしていた場所からある程度離れた場所に移動した。
綾瀬と鈴村が横に並び、そこに向かい合うように七倉が立つ。
七倉は、涙を拭いつつも口を開いた。
「……徹君。徹君にとって、私はどういう存在なの?」
「友達だよ」
「………………そっか」
鈴村の答えは、七倉に何度聞かれても変わらなかった。
「これから先、私がどれだけ徹君にアピールしても、綾瀬さんから乗り換える気はない?」
「ああ、ないよ」
鈴村は七倉の質問に全て即答した。
(…………鈴村君、変わったね)
綾瀬は鈴村の真面目な横顔を見て、そう考えていた。
鈴村は綾瀬を一番に考えている。
綾瀬はそのことを十分に理解していた。
だからこそ、【選択の結果】を確認したときはとても不安であった。
しかし、鈴村のとっている行動を見て、その不安は払拭されつつあった。
鈴村は、【選択の結果】を捻じ曲げようとしているのである。
綾瀬はこのことに気づいていた。
七倉はだんだんと自信を無くしていき、その場に座り込んだ。
「……徹君の気持ちはわかったよ。もう何をしても、徹君に私の気持ちは伝わらないんだね」
「…………悪い」
鈴村は七倉から視線を逸らして答えた。
「……わかった。もう徹君にアピールするのはやめるよ」
「……本当か?」
「うん。だって、徹君にはもうお嫁さんになる相手がいるんだもんね。私がそこに割り込んでも、邪魔なだけだよね」
七倉は鈴村に顔を見せずに言った。
「邪魔じゃないよ。七倉の気持ちは嬉しい。……ただ、俺には綾瀬がいる。そこはわかってほしいんだ」
「…………うん。わかった。徹君のことは諦めるよ」
そう言って、七倉は立ち上がった。
「幸せになってね、徹君。綾瀬さん」
「……ありがとう、七倉」
七倉は笑顔だった。
しかし、その表情は、鈴村からは悔しさも混じっているように見えた。
(……本当に俺のことが好きだったんだな、七倉)
鈴村はそんなことを考えていた。
「じゃあ、徹君。私帰るね! デート楽しんできてね!」
「え? いや、さすがに駅までは送るよ――」
「いいから! 二人は、二人っきりで帰るべきだよ」
鈴村は七倉を送ろうと提案するが、その提案を七倉は断った。
七倉は嘘の混じった笑顔を鈴村と綾瀬に見せ、その場を去った。
「……行っちゃったね、七倉さん」
綾瀬は少し可哀そうな感情を七倉に抱いていた。
「あまり余計なことを考えないほうがいいぞ、綾瀬。これは七倉のためでもあるし、俺らのためでもあるんだから」
「…………やっぱり、『人生の選択肢』に背こうとしてた、ってことだよね?」
「ああ、そうだよ」
鈴村は、涙を拭いながら走り去る七倉の後ろ姿を見ながら言った。
「でも、【選択の結果】が出ちゃったら、その未来は変えられないんだよね? 今ここで七倉さんの気持ちを否定しても、そのうちこの未来通りになっちゃうんじゃない?」
「ごめん、ちょっと試したかったことがあったんだよ」
「試したかったこと?」
「【選択の結果】をもう一度見てほしいんだ」
「…………? わかった、見てみる」
綾瀬はそう言って、『人生の選択肢』に書かれた【選択の結果】を再度確認した。
【選択の結果】
綾瀬凛はAを選んだ。
綾瀬凛と七倉わかなは鈴村徹から料理を教えてもらう。
これをきっかけに、綾瀬凛と七倉わかなは友達としての信頼関係を築く。
尚、綾瀬凛と鈴村徹の関係に変化は訪れない。
「……内容が変わってる!?」
「…………やっぱりな」
鈴村はほっとしていた。
「どういうこと? なんで変わってるの?」
「『人生の選択肢』は鈴歩の『意思』だって言ったよな」
「うん、確かにそう言ってたね」
「綾瀬のお父さん言ってたよね。鈴歩が俺らに『意思』を託すとき、『青い光』と『赤い光』が出てきたって」
「た、確かに言ってたけど……」
夕日に照らされる少女が描かれた絵が表紙の『人生の選択肢』を見て、綾瀬はあることに気づく。
「……そういえば、鈴村君が持ってた『人生の選択肢』って青系の表紙だったよね」
「ああ。わざわざ『青い光』と『赤い光』に分かれたってことは、同じ『意思』でもその伝え方が違うと思ったんだ」
「伝え方?」
綾瀬は首を傾げた。
「俺の『人生の選択肢』は、俺に『後悔しない人生』を素直に選ばせるような選択肢をいくつも出してきた。でも、綾瀬のはこう、俺以上に綾瀬を試すような選択肢を出してるだろ?」
「確かに……。【選択の結果】も、鈴村君のはこんな風じゃなかったんだね?」
「選択肢を選んだ後、俺にとって完全にデメリットになる【選択の結果】が出たことは一度もなかった。ということは、綾瀬の『人生の選択肢』は、俺の持っていたものとは毛色が違うものなのかもしれない」
鈴村が顎に手を当ててそう言った瞬間、綾瀬の持つ『人生の選択肢』が光り輝いた。
「うわっ、え、今!?」
「どうした?」
「わ、私の『人生の選択肢』が光ってるんだよ! このタイミングで【人生の選択肢】が提示されるってどういうこと!?」
「このタイミングで綾瀬の人生の分岐点か……。一体何だろう…………な…………?」
鈴村が綾瀬の言葉に答えていたが、鈴村は話すのと同時に目の前で起きていることに驚き、言葉が止まった。
鈴村と綾瀬の目の前に、別の光が現れたのである。
それは綾瀬の持つ『人生の選択肢』からあふれ出る光の粒を吸収し始め、だんだんと人の形を成し、鈴村と綾瀬の前に女性の姿として姿を現した。
女性が姿を現したのと同時に、綾瀬の『人生の選択肢』が綾瀬の手元から無くなった。
出現してから少しして、その女性はゆっくりと目を開けて口を開く。
「やあ、こんにちは。鈴村徹君。綾瀬凛さん」
軽く挨拶をする女性であったが、鈴村と綾瀬はその姿を見て開いた口が塞がらないでいた。
その様子を見て、女性は不満げな顔をする。
「……もしもし? 人が挨拶してるんだから、聞こえてるなら挨拶を返すのが普通だと思うんだけど?」
少し怒り顔をする女性であったが、鈴村と綾瀬は未だ言葉が出ないでいた。
「…………ダメだ、この人たち私の言葉が通じないみたい。英語で話せばいいかな」
女性は英語で挨拶を始めた。
「…………なあ、綾瀬。お前、『あれ』が見えるか?」
「鈴村君も、見える?」
「あ、やっと話してくれた。それで、挨拶のお返事はまだかな?」
やっと口を開いた鈴村と綾瀬を見て安心したのか、女性は耳に手を当て、挨拶の返答を待った。
しかし、鈴村と綾瀬は驚く表情のままであった。
綾瀬は、目の前で起きていることを信じられない状態のまま、その女性に問いかける。
「なんでここにいるの? …………『お母さん』」
「…………ふふっ。やっぱり綾瀬凛にはお母さんに見えるんだね。でもその質問には、まず挨拶をしてもらってから答えようかな」
その女性は、不敵な笑みを浮かべながら言った。




