第2話 『気持ち』に負けるな
(これ…………、どうしよう…………)
生徒会副会長、綾瀬凛は起きている現状を理解するのに時間がかかっていた。
綾瀬は生徒会広報、七倉わかなに『恋敵』として宣戦布告され、綾瀬の恋人である生徒会長、鈴村徹が奪われそうになる。
それを必死で止めようとしている最中、突如として綾瀬の手元に『人生の選択肢』という本が出現した。
綾瀬は手に持つ『人生の選択肢』を見て困惑顔になる。
(私、今人生の大きな分岐点にいるんだよね……。鈴村君もこういうのをずっと経験してきたんだろうな……)
『人生の選択肢』はその人の人生に大きく関わる分岐点に遭遇した場合、その人に対して選択肢を提示する。
今回綾瀬に提示された選択肢はこの通りであった。
【人生の選択肢】
A.綾瀬凛は七倉わかなからの宣戦布告を受ける。
B.綾瀬凛は鈴村徹との婚約を破棄する。
Aを選べば、綾瀬は七倉からの宣戦布告を受け、鈴村と婚約している仲でありながらも七倉と恋敵でいないといけない。
逆にBを選んだ場合は、婚約そのものがなかったことになり、七倉に鈴村を奪われる可能性が非常に高まる。
昨年のクリスマスイブ、綾瀬の誕生日とその翌日のクリスマスにあった鈴村との出来事が、全てなかったことになるのである。
(…………奪われるくらいなら…………、受けて立つよ…………! 七倉さん!)
綾瀬は決心をする顔を七倉に向けた。
七倉はそんな綾瀬の険しそうな表情をして、頭に「?」マークを浮かばせ首を傾げていた。
綾瀬からはその様子があからさまに白々しい態度を取っているように見えたが、今は自分のことに集中することにした。
(……私は『A』を選ぶ。……でも、選ぶ場合どうすればいいの? そのまま行動すればいいのかな)
綾瀬は初めての出来事に戸惑いながらも、提示された『A』の行動を取り始める。
「わ、わかったよ、七倉さん」
「ん? どうしたんですか? 綾瀬さん」
未だに白々しい態度を取る七倉に少々腹を立てる綾瀬であったが、綾瀬は意を決して七倉に言い放った。
「七倉さんのその宣戦布告、受けて立つよ。その代わり、覚悟をしておいてね」
「…………ふーん、そうですか。わかりました。こちらも本気でいかせていただきますね」
綾瀬と七倉の視線の間には稲妻が走っていた。
綾瀬が七倉にそう言い放った瞬間に、再び『人生の選択肢』が光り出した。
(えっ……、今度は何!?)
少し眩しそうな表情をする綾瀬は、次々に起こる超常現象に驚きを隠せなかった。
(これ、毎回鈴村君が見てたの……? 目眩がするくらい眩しいんだけど……)
『人生の選択肢』の光りのあまりの眩しさに、綾瀬は『人生の選択肢』との間に腕を挟み、眩しさを防いだ。
その様子を、鈴村はしっかりと見ていた。
鈴村は綾瀬が持つ『人生の選択肢』を視認することができていない。
しかし、それまで『人生の選択肢』を持っていた本人からすれば、綾瀬のこの行動は明らかにおかしいものだと判別できるものであった。
少しして、『人生の選択肢』の輝きが止まった。
(……眩しくないってことは、何か書かれたのかな)
そう考えながら、綾瀬は『人生の選択肢』に記載されている文字を読む。
【選択の結果】
綾瀬凛はAを選んだ。
綾瀬凛は七倉わかなからの宣戦布告を受けたことにより、七倉わかなから容赦ない攻撃を受けることになる。
(……容赦ない攻撃、ねぇ…………)
綾瀬はその文字を読んだ後、未だ鈴村にしがみつこうとする七倉を視界に入れながら考えていた。
(もうすでに容赦ない攻撃、されてるんだけどね)
七倉は再度鈴村にしがみつき、「今度の休日、デートしようよ!」と言ってデートの誘いをしていた。
鈴村は綾瀬の顔を見ながら焦り顔で断りの言葉を言っていたが、綾瀬ははっきりと断れない鈴村を見て呆れ顔をしていた。
(……ん、あれ? まだ続きが書いてあった)
綾瀬が再度『人生の選択肢』に目をやると、【選択の結果】に続きが記載されていることに気づいた。
(『努力して鈴村徹を死守しない限り、綾瀬凛に安心できる時間はできない』、か……)
『人生の選択肢』にはそう記されていた。
綾瀬は鈴村が七倉に奪われないと思い込んでおり、自信満々で立ち向かおうとしていたが、それが簡単なことではないことを『人生の選択肢』が物語っていた。
綾瀬の行動次第では、今後の未来が変わってしまう。
綾瀬は『人生の選択肢』の存在意義と、【人生の選択肢】を出す理由を理解した。
(……やってやろうじゃん、鈴村君死守作戦! 私ならできる! 絶対に!)
綾瀬は手をグーにし天高く上げて、そう志した。
「……綾瀬、さっきから何やってんの?」
「えっ!?」
そんな様子を見て、鈴村が心配そうな顔をして綾瀬に声をかける。
「綾瀬、お前さっきから変な行動してばっかだぞ? 急に眩しそうな顔したり、何かに驚いた顔したり……。今みたいに変な行動するし」
「ご、ごめんごめん! ちょっと考え事してて!」
「? 具合悪いんなら保健室連れて行くぞ?」
綾瀬は笑いながらその場を誤魔化した。
同時に、綾瀬にはある日の出来事がフラッシュバックしていた。
(……ああ、そっか。これがいつも見てきた鈴村君の景色なんだね)
綾瀬は昨年の夏休み、鈴村が一年A組の教室に突然現れた日のことを思い出していた。
鈴村はその日、まさしく綾瀬がつい先ほどまでしていた行動と変わらない行動をしていた。
綾瀬はそれを見て「おかしなことをする人」と捉えていたが、今はその鈴村の気持ちを理解していた。
(大変だったね、鈴村君……)
鈴村は綾瀬と結ばれるため、『人生の選択肢』を頼りに様々な選択肢を乗り越えてきた。
その理想の未来を得るために、鈴村がこの一年間どれほどの努力をしてきたのかをひしひしと感じる綾瀬であった。
(……よし。頑張りますか!)
そう意気込み、綾瀬は七倉に言う。
「ねえ、七倉さん。私もそのデート……、じゃなくて、お出かけに一緒についてってもいい?」
「……え? 綾瀬さんもですか?」
七倉の回答には少し間があった。
綾瀬はその間に意図を感じつつも続けた。
「うん! 七倉さんとはもっと仲良くなって色々知りたいし、ちょうどいい機会かなと思って!」
「……それ、別に生徒会でも学園内でもできますよね」
「うぐっ」
的を射た回答をされ、綾瀬は返す言葉が出なかった。
「その目的って、私と徹君を二人きりにさせたくないからですよね?」
「え、えーっと……」
「さっきの言葉、まさか自分から言っておいて忘れたんですか?」
「…………忘れてなんかないよ」
綾瀬ははぐらかすのをやめた。
七倉は怖気づく表情をする綾瀬を見て、そのまま続ける。
「私の宣戦布告を受けたんですよね? であれば、綾瀬さんのその言動の意図はすぐにわかります」
「ま、まあ確かに、それもそうだね……」
七倉に正論を投げられ、綾瀬は同意するしかなかった。
「……でもまあ、私も正々堂々綾瀬さんと戦うと決めました。いいですよ。三人で行きましょう」
「え、いいの?」
七倉の回答に、綾瀬の表情は一気に明るくなった。
「もちろんです。私も綾瀬さんのこともっと知りたいですし、ちょうど誘おうと思ってたところです」
「そ、そうだったんだね! じゃあ決まりだ!」
綾瀬は笑顔で返したが、七倉の言葉の嘘に気づくことはできなかった。
七倉は綾瀬のことを誘おうとはしていない。
七倉は本当に、鈴村と二人きりでデートをするつもりだったのである。
綾瀬のことをもっと知りたいという言葉は、ただ話を合わせるための謳い文句のようなものである。
「…………あのっ」
その会話に、生徒会会計、琴原みどりが割り入ろうとする。
しかし、それを生徒会書記、宮田詩織が止めた。
「ダメよ、みどり」
「な、なんですか! 私まだ何も言ってないですよ!」
何も言わずに止められたことに、琴原は怒った。
「言わなくてもわかるわよ……。みどり、そのお出かけに一緒に行くつもりよね」
「そうですよ。何がダメなんですか」
琴原は憤る表情を宮田に見せた。
宮田は少し間を空けて、琴原に言う。
「……みどりの気持ちはわかっているわ。わかっているからこそ、今みどりがここで割って入ったらダメだと思うの」
「だから、それがなんでかを聞いてるんですよ」
琴原は憤る一方だった。
「綾瀬さんは今、七倉さんと正々堂々勝負をしているわ。まずはここで勝敗を決めさせないといけないのよ」
「…………どういうことですか?」
琴原は状況を呑み込めないでいた。
「綾瀬さんはそれに同行して、七倉さんがどんな人なのか調査したいのよ」
「調査、ですか?」
「そう。綾瀬さんは七倉さんからの宣戦布告を受けてしまったわ。そうなってしまった以上、綾瀬さんも生半可な気持ちで七倉さんの行動を阻止することができないはずよ」
「で、でも、凛ちゃんなら簡単に阻止できるんじゃ……」
「それができないとわかっているから、綾瀬さんも同行したいって提案したんじゃない」
宮田はそう言って綾瀬の顔を見た。
「綾瀬さんの顔を見て。今の自分に自信がない顔をしているわ」
「…………確かに」
綾瀬は絶対に鈴村を奪われないという決心をして宣戦布告を受けたが、綾瀬は鈴村を本当に死守できるか不安であった。
鈴村は綾瀬のことを本当の恋人だと認識している。
それは綾瀬にもわかることであった。
その現実が目の前にありながらも、七倉は綾瀬に鈴村を奪うと宣戦布告をした。
綾瀬は、七倉のその『度胸』と『行動力』に怖気づいているのである。
「恐らく綾瀬さんは、綾瀬さんなりに敵情視察をしたいのよ。相手がどんな方法で、どんな出方をして攻撃をしてくるか。それを知るために、綾瀬さんはあの提案をしたんだと思うわ」
「ま、まあ確かに、相手の出方を知るにはもってこいの機会ですし、その選択は間違っていないかもしれませんね」
そう言いながら、琴原は必死にメモを取り始めていた。
「今一番危ないのは綾瀬さんよ。ここで七倉さんに負けてしまっては、鈴村君に顔向けができなくなるわ」
「…………それもそうですね」
「まずは綾瀬さんと七倉さんの中ではっきりと白黒つけるべきなのよ。だから、みどりが割り入りたい気持ちもわかるけれど、もう少し我慢したほうがいいわ」
「…………詩織は優しいですね」
琴原はメモをし終え、微笑みながら言う。
「そうかしら? 私は友達としてみどりを心配しただけよ」
白を切るような表情で宮田は言った。
「……ていうか、本当にまだ鈴村君のこと諦めていなかったのね」
「そう簡単に消えないですよ! 『好き』って気持ちは! 詩織はそういう経験をしたことないからわからないんですよ!」
そう言って琴原は頬を膨らませた。
が、宮田は顔を俯かせて言った。
「…………私だって、色々努力して飯田君との関係を継続できているわ。今の関係が当たり前のようにあるとは、私は微塵も思っていないわよ」
そういう宮田の脳裏には青海学園前生徒会長、桜庭みやびの顔が過っていた。
その様子を見て、琴原は申し訳なさそうな顔をする。
「……ごめんなさい。無神経でしたね、私」
「いいのよ。誰だって恋愛には苦労するものだわ。今は、綾瀬さんを応援することだけ考えましょう」
「…………そうですね」
琴原は微笑みながら答えた。
そんなやり取りをしている一方で、綾瀬と七倉は鈴村と出かける場所で揉めていた。
「だーかーらー! 私は桜が見に行きたいの!」
「嫌です! 私は遊園地に行きたいです!」
「まあまあ、二人とも……。出かけられればどこでもいい――」
『よくない!』
「…………えぇ……」
声を揃えて否定をされ、鈴村は少し悲しい気持ちになっていた。
「そもそも! なんで桜を見に行きたいんですか!」
「なんでって、今が春だからに決まってるでしょ! この時期にするお花見は最高なんだよ?」
「確かに季節は大事ですが、今回は徹君とのデートのはずです!」
「……いや、デートするなんて言ってないぞ、俺」
鈴村はどんどん話が飛躍していることに戸惑っていた。
「じゃあ、どこに行きたいか鈴村君に聞いてみようよ」
「いいですね、そうしましょう」
そう言って、綾瀬と七倉は鈴村の元に歩み寄った。
「鈴村君! 鈴村君はお花見、したいよね?」
「徹君はどこでデートしたいですか? 私は遊園地がいいなと思ってるんですけど、どうですか?」
綾瀬は鈴村に上目遣いをして言い、片や七倉は笑顔で鈴村に提案をしていた。
「……うーん……」
鈴村は少し考えた。
その間、約五分。
鈴村は考えた末、二人に答えを出す。
「俺は花見がしたいかな。去年してないし」
鈴村は花見を選んだ。
「やったー!!!!!!」
その選択を聞き、綾瀬は両手を上げて大喜びする。
七倉は反対にとても残念そうな顔をしていた。
「……徹君、なんで花見を選んだんですか? 綾瀬さんへの贔屓ですか?」
七倉は鈴村にジト目で問う。
「いやいや、贔屓じゃないよ。さっきも言っただろ? 去年花見してないって」
「そ、そんな理由で綾瀬さんの提案を取るんですか!?」
七倉はただただ驚くばかりだった。
「俺も色々人生を経験したいんだよ……。今回は花見ってことにしてくれないか?」
そういう鈴村の表情は、七倉からはとてもかっこよく、自分のことを大事に思ってくれているように見えていた。
七倉は少し照れながら言う。
「もう、わかりましたよ……! 今度の週末、お花見にしましょう!」
「やったー!!!!!!!」
綾瀬は再度両手を上げて喜んでいた。
「…………綾瀬、大丈夫かな……」
そんな綾瀬の様子を見て、鈴村は少し綾瀬を心配していた。
宮田は鈴村の肩にポンと手を置いて言う。
「大丈夫、心配いらないわ。鈴村君の選択は正しいもの」
「なんでそう言い切れるんですか?」
「綾瀬さんの『気持ち』を一番に考えているからよ」
「……無意識でした?」
「完全に無意識ね。まあ、それだけ綾瀬さんのことを理解している証拠にもなるでしょうし、その判断は悪くはないと思うわ」
宮田は笑顔であった。
「さすがに一回限りでは勝敗はつかないでしょうから、鈴村君、頑張って頂戴ね」
「そんな他人事みたいに……」
「他人事だと思っていないわよ。私だって同じような境遇なのだから」
「そうなんですか?」
「…………まあ、その時が来たらもしかしたら鈴村君に相談するかもしれないわね」
そう言って、宮田は自分の席に戻り、生徒会の仕事を再開した。
鈴村の視界には同時に琴原も映ったが、琴原は慌てながら鈴村から視線を逸らし、宮田同様に生徒会の仕事を再開した。
(よーし、お花見で絶対に七倉さんに負けないよう頑張るぞ……!)
綾瀬は一人、心の中で意気込むのであった。
そんな様子を見て、七倉はぽつりを呟く。
「……絶対に負けないからね、綾瀬さん」
七倉の表情は、とても真剣であった。
かくして、綾瀬と七倉の鈴村争奪戦の火蓋が切って落とされた。




