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鈴村くんは間違えない  作者: シア
第2部 第1章 『恋のライバル』

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第1話 波乱の幕開け

「鈴村くんは間違えない」、第2部第1章開幕です。

第2部は鈴村が二年生になり、新メンバーを迎えたところから物語が始まります。

ここから始まる鈴村、そして綾瀬の物語を、どうか楽しんでいただけたらと思います。

 二千十二年、四月。


 新年度を迎えて数週間。


 緑ヶ丘学園の生徒は期待に胸を膨らませ、新年度の学生生活を満喫していた。


 そして、緑ヶ丘学園高等部生徒会室では、頬を膨らませている生徒が一人いた。


「……鈴村すずむら君。さっきからなんで七倉ななくらさんがずっとくっついてるのかな」


 頬を膨らませている生徒、それは緑ヶ丘学園高等部生徒会副会長、綾瀬凛あやせりんであった。


 綾瀬は生徒会室に戻るなり、緑ヶ丘学園高等部生徒会長、鈴村徹すずむらとおるの様子を見て、鈴村の顔を睨みつけながら言った。


「お、おかえり綾瀬。……いい加減に離れてくれよ七倉……。色々と困るんだって、そういうことされると」


 鈴村はそう言って右腕にしがみつく緑ヶ丘学園高等部生徒会広報、七倉わかなを引き剥がそうとした。


 しかし、七倉は必死に抵抗をする。


「えー、いいじゃん同じ生徒会なんだからー。徹君だってまんざらじゃない顔してたじゃん?」


「……七倉さん。私と鈴村君の関係は知っているよね?」


「うん、知ってるよ? カップルなんでしょ?」


「…………じゃあなんでそんなことしてるのかなぁ?」


 綾瀬は鬼の形相をしていた。


「ま、まあ、とりあえず落ち着けって。綾瀬も理事長と打合せしてて疲れただろ? 話は休んでからでも――」


「説明して」


「いや、だから休んでからでも――」


「いいから、説明して」


「…………はい」


 綾瀬は鈴村の言葉を遮り、圧をかけるように言った。


 その言葉に、鈴村は萎縮いしゅくしてしまう。


「ふふふっ、やっぱり面白いわね、この人たち」


 不敵な笑みを浮かべて言うのは、緑ヶ丘学園高等部生徒会書記、宮田詩織みやたしおりであった。


「あまり面白がらないでもらえます……? これでも命の危機に瀕してるんですよ……?」


「あら、こうなってしまったのは鈴村君のせいだと思うけれど? 私は一部始終を見ていたのだし。みどりもそうよね?」


「はい。今回は鈴村君が悪いと思います」


「琴原先輩までそういうこと言うんですか……」


 宮田の言葉に、緑ヶ丘学園高等部生徒会会計、琴原ことはらみどりも賛成意見を出していた。


「それで? 一体何があったのか、しっかりと私が納得するまで説明してもらえる?」


 そんなやり取りをしている中、痺れを切らしたのか綾瀬が話に割って入ってきた。


 その表情はもう鬼ではない。


 悪魔であった。


「わかった、わかったから怒らないで……!」


 あまりの怒りように、鈴村は怯えるばかりであった。


「……こんなんで将来やっていけるのかしらね」


 鈴村の様子を見て、宮田は鈴村と綾瀬の将来を心配した。


 事の発端は、三十分前に遡る。




                 ~~~




「それじゃ、皆集まったことだし、早速仕事に取り掛かりましょうか」


 遡ること三十分前。


 鈴村は生徒会メンバーが全員集まったことを確認した後、早速この日の仕事に取り掛かろうとしていた。


「これは……、宮田先輩ですかね。お願いします」


「わかったわ。まとめておくわね」


 鈴村は宮田に書類を手渡した。


「これは琴原先輩で…………。これは、七倉かな……」


 そう言って、鈴村は琴原、七倉にそれぞれ書類を渡した。


「やっと本格的に鈴村君の仕事が始まりますね!」


「とは言っても、今までやってたことを淡々とこなすだけですけどね。まあ、責任感はだいぶ違いますけど」


 鈴村は少し照れくさそうにしながら笑顔で琴原に言った。


 鈴村は一年次の活躍を理事長、そして前生徒会長、飯田勝翔いいだしょうとに認められ、推薦を受ける形で次期生徒会長に任命された。


 それから飯田の仕事を支える形で仕事をこなしていたため、生徒会長の仕事を片付けるのはそこまで苦ではなかった。


 しかし、生徒会長という肩書を持つようになってから鈴村を襲ったのは、『責任感』である。


 鈴村はその責任感に耐えられるかが不安であった。


「私は何をすればいい? 鈴村君」


「お、そうだね。綾瀬には……、この資料を片付けてもらおうかな」


「はーい。わかりましたー!」


 その支えになっていたのが、生徒会副会長であり、鈴村の恋人である綾瀬凛であった。


 緑ヶ丘学園高等部生徒会の副会長という役職は、年度末試験の結果をもとに、理事長及び学園長からの推薦を受けて任命される。


 しかし特別枠も存在しており、次期生徒会長の推薦により任命されることもある。


 鈴村は自分の不安を取り除いてもらうため、そして、綾瀬と共に過ごす時間を確保するために、綾瀬を副会長に推薦した。


 鈴村にとって、綾瀬は心の支えだったのである。


「……あれ、鈴村君、この資料片付けるのはいいけど、印刷用の紙がないみたいだよ」


 綾瀬はそう言って、生徒会室内にある印刷機を指さした。


「うげっ、マジか……。えっとコピー用紙は、っと……」


 鈴村がコピー用紙を探しているその時であった。




 ピンポンパンポーン




 校内に放送が流れた。


『えーっと、マイクテストー、マイクテストー。……これ音入ってんのか?』


『ちょっと理事長! それマイクテストのボタンじゃなくて放送ボタンです! この声全部聞こえちゃってますよ!』


 声の主は緑ヶ丘学園の理事長であった。


 理事長が操作を間違えて全校舎に放送が入ってしまっていることに気づき、放送委員の女子生徒が慌てて放送を切ろうとしていた。


『あー、そうなのか。まあいいや』


 理事長はそのまま続けた。


『えー、二年B組、綾瀬凛。至急、理事長室に来てくれ。以上だ』


 「ブツッ」という音と共に、生徒を呼び出すアナウンスは終わった。


「……お父さんってそこまで機械音痴じゃないと思うんだけどなぁ」


 綾瀬は、理事長であり実の父である綾瀬忠一あやせただかずに対し呆れる顔をしながら言った。


「ごめんね鈴村君! お父さんに呼ばれちゃったから、理事長室言ってくる!」


「うん、気をつけてな。仕事は俺のほうで進めておくよ」


「ありがと!」


 そう言って、綾瀬は生徒会室から出て行った。


 鈴村と綾瀬の仲睦まじい様子を見て、七倉が言う。


「あの、鈴村会長。綾瀬さんとは仲が良いんですね」


「ああ、付き合ってるからな」


「あー、そうなんですね。どうりで距離感近いなと思ってました」


 七倉は少し羨ましそうな顔をしていた。


「ていうか、同い年なんだし、普通に『鈴村』でいいぞ? 敬語じゃなくてもいいし」


「い、いやいや! そんな滅相もない!」


 七倉は慌てながら鈴村の提案を拒んだ。


 七倉は鈴村、綾瀬との面識がほとんどない。


 同学年ではあるが、一年次には別クラスだったため、学年での集会や合同授業で度々見かける程度のものであった。


 それ故に、七倉は鈴村、綾瀬とほぼ初対面のようなものであり、七倉には二人に対し心の壁ができていた。


「とは言ってもなぁ……」


 鈴村は困り顔をしていた。


 鈴村自身、生徒会長として生徒会メンバーとは仲良くしたいと考えていた。


 それが同い年であれば尚の事である。


 鈴村はなるべく自分を『友達』と思ってもらえるよう、七倉に接した。


「七倉、俺はなるべくこの学園に通う生徒との壁を作りたくないんだ」


「え、それどういうことですか?」


 七倉は鈴村の言葉に興味を示した。


「俺は生徒会長だ。たぶん、その肩書きを背負ってるおかげで、他の生徒は俺に気軽に話しかけてくれないと思うんだ」


「……まあ、実際私がそうですからね」


 七倉はあまり鈴村を信用していなかった。


「でも、俺は飯田会長みたいになりたい。この学園から信頼され、人望のある憧れの生徒会長になりたいんだよ」


「それって飯田君そのままよね。しかもそれ、飯田君はなろうとしてなったものじゃないわよ」


 鈴村の演説に近い言葉を聞き、宮田は横やりを入れた。


 鈴村は「うぐっ」とダメージを受けながらも、話を続けた。


「お、俺の憧れが飯田会長なんだからいいじゃないですか……。俺もああいう風な人間になりたいんですよ」


「まあ、目指すのはいいかもしれないけれど、飯田君にはなれないわよ」


 宮田は鈴村に現実を突きつける。


「わかってますよ。それでも、俺は飯田会長を目指します。そのためにも、まずはこの学園に通う生徒全員と仲良くなる必要があるんですよ!」


「…………なんだか、飯田君にバカさをプラスした感じになったわね、鈴村君」


 宮田は鈴村の変わった様子を見て顔がひくついていた。


「わ、私は応援しますよ! 鈴村君のこと! 私は鈴村君がとても優しくて、いい人だってこと知ってますから!」


 琴原はそんな宮田の意見とは裏腹に、鈴村を讃える言葉を向けた。


「ありがとうございます、琴原先輩」


 琴原は鈴村の無垢な笑顔に、思わず卒倒しそうになっていた。


「だ、大丈夫ですか!? 琴原先輩!」


 ふらつく琴原を抱きかかえ、鈴村は心配の声をかけた。


「は、はい……。大丈夫です……」


 琴原は顔を赤くしていた。


(やっぱり鈴村君かっこいいです! やっぱり鈴村君へのこの気持ちは、そう簡単には捨てられません……!)


 琴原は修学旅行時に抱いた決心をその場に捨てていた。


 そんな様子を見て、七倉は思う。


(こ、この一瞬で琴原先輩を虜にした……!? す、鈴村会長、すごい……!)


 鈴村の行動に七倉は感動していた。


「……鈴村君。そろそろみどりから手を離したらどうかしら」


「え? ……あ、すみません! 琴原先輩が倒れそうだったのでつい……!」


 そう言って、鈴村は琴原の体を起こした。


「い、いえいえ、危うく怪我をするところでした! ありがとうございます、鈴村君」


 片や琴原は、顔を赤らめて恥ずかしそうに立ち上がった。


 そんな様子を見て、七倉は作業を再開する。


「じゃ、じゃあ仕事再開しますね。……えーっと、この資料は……。……、あ、これファイリングする資料だ……。えっと、クリアファイル、っと……」


 そう言って、七倉は席から立ち上がり、棚に置いてある空のクリアファイルを取ろうとした。


 その瞬間、七倉は一瞬ふらついてしまい、足がもつれて倒れそうになった。




「危ないっ!!!!」




 咄嗟の出来事に、七倉の頭は追い付いていなかった。


 仰向けに倒れ、床に体を打ち付けたと思っていた七倉であったが、その体は鈴村に守られていた。


「大丈夫か? 七倉。足元気を付けてな」


「あ、ありがとうございます……」


 鈴村は七倉が倒れそうになる瞬間を目にしており、咄嗟に体が動いていた。


 すんでのところで鈴村は七倉の体をキャッチし、倒れるのを防いでいた。


「ほら、欲しいのこれだろ? 七倉小さいんだし、言ってくれれば取ったのに」


 鈴村はそう言って、七倉が取ろうとしていたクリアファイルを手渡した。


 鈴村の言う通り、そのクリアファイルが置いてある棚は小柄な七倉では届かない場所にあった。


「な、なんで私が欲しいのがこれってわかったんですか?」


「いや、俺がさっき七倉にお願いした資料、もともとクリアファイルにまとめるやつだったからな。クリアファイルが無いのに俺も気づいてたんだよ」


 鈴村は微笑みながら言った。


「すみません、色々と……」


「気にすんな。七倉は俺とあまり関わりがないけど、同じ生徒会メンバー同士、仲良くしていこう」


 そう言って、鈴村は七倉に手を差し伸べた。


「あ、…………あ、ありがとう、ございます……」


 七倉の声はだんだんと小さくなっていった。


 手を差し伸べられた七倉は、心臓の鼓動が早くなっていることに気づいた。


(え、何……? なんなの、この気持ち……)


 七倉がそれまでの人生で経験したことのない気持ち。


 他人に対する気持ちでもなく、友達に対する気持ちでもない。


 七倉は、この瞬間に抱いたこの気持ちが、()()()()()()()()に対して抱く気持ちだと直感で気づいた。


 そして、思わずその気持ちは声に出てしまう。




「……徹君、好き…………!」




『…………え?』


 その言葉は、鈴村だけでなく、宮田、琴原にも聞こえていた。


 七倉の両目にはハートマークが浮かんでいた。


「えっと、七倉? 今、なんて言った?」


 鈴村は恐る恐る七倉に何を言ったのか確認をした。


 鈴村だけでなく、宮田、琴原が息をのむ中、七倉は笑顔で答える。




「私……、徹君のことが好きになっちゃった!」




『えええええええ!?!?!?!?』


 鈴村たち三人に衝撃走る。


「ちょ、七倉さん? あなた何言ってるかわかってる?」


「そ、そうですよ七倉さん! 抜け駆けなんてずるいです!」


「……みどり、あなたもちょっとおかしいわよ」


 宮田は琴原にツッコミを入れた。


「な、七倉、どういうことだ……?」


「咄嗟に人を助けられる行動力……。生徒会長という自覚を持ち、しっかり生徒会メンバーを支える手段を瞬時に見つけられる判断力……。そして、私を助けてくれたというこの事実!」


 七倉は呟き、そして言う。




「鈴村会長! いいえ、徹君! 私はあなたのことが好きになったみたい! 付き合ってください!」




 そう言って、七倉は鈴村の右腕にしがみつき、頬をすりすりと擦りつけていた。


 その様子はさながら主人に懐く猫のようであった。


「ちょ、落ち着けって七倉! 気持ちは嬉しいけど――」


「嬉しいんですね」


 琴原が途中割り入るが、鈴村は続ける。


「気持ちは嬉しいけど、俺には綾瀬という心に決めた恋人がいるんだよ!」


「……なんですって…………!?」


 七倉は鈴村の言葉にショックを受けていた。


「……なんだか、さっきまで見ていた七倉さんとは全く印象が違うわね」


「そうですね……。鈴村君にだけ話し方が変わったというか……」


 七倉の変わりぶりを見て、宮田と琴原は遠目で分析をし始めた。


 一方七倉は、鈴村の言う言葉が信じられないでいた。


「う、嘘だよね、徹君……? 徹君に恋人なんて……」


「いるわ! 最初に自己紹介した時にも言っただろ!」


「…………言ったっけ?」


「言ったわ!」


 鈴村は叫んだ。


 鈴村は新年度を迎え、鈴村率いる新生徒会が発足した日に、それぞれに自己紹介をする時間を設けた。


 その時に、鈴村は綾瀬と付き合っていることを告白している。


 宮田、琴原は事の顛末を知っているため驚いてはいなかったが、七倉は少し驚いていた。


 が、この時の七倉は鈴村に恋人がいることについて、何も思うことはなかった。


 しかし、自分の気持ちに気づいた今の七倉は別である。


「でも気持ちは嬉しいんだよね? じゃあこういうことされても嬉しいんじゃない?」


 そう言って、七倉は鈴村の右腕をぎゅっと抱きしめ、足を鈴村の足に絡めた。


「ちょ、何やってんだ七倉!」


 突然の行動に、慌てて止めようとする鈴村。


 しかし、七倉は止まらなかった。


「やっぱり、嬉しいんだね。私のこの純粋な気持ちを受け取って……!」


「だ、だからやめろって言ってるだろ……!」


 綾瀬が理事長室から戻ってきたのは、このやり取りが始まって五分ほど経った後であった。




                 ~~~




「……以上が、綾瀬が理事長室に行ってから帰ってくるまでにあった出来事です……」


 ようやく七倉から解放された鈴村であったが、鈴村は正座をして綾瀬にあったことを全て話した。


「よくまあこの数十分の間にそんな濃いことができるね……。尊敬するよ……」


「あ、ありがと――」


「褒めてないから」


 鈴村の言葉を遮り、綾瀬は怒りを交えた言葉を発した。


 鈴村は正座をさせられたまま萎縮していた。


「まあ、これは自業自得よね」


 宮田が言う。


「……私は、七倉さんの気持ち、わかるなぁ」


 七倉の行動を見て、琴原は七倉に味方をするような言い方をしていた。


「琴原先輩は俺の味方じゃないんですか……」


 琴原の言動に、鈴村は少しがっかりしていた。


「七倉さん! 私と鈴村君の関係、知ってるよね?」


 ダンッ! と強く机をたたき、綾瀬は七倉に問いかける。


「もちろん知ってます。綾瀬さんは徹君と付き合ってるんですよね」


 七倉は、接する態度をいつも通りに戻して答えた。


「随分と度胸のあることするんだね、七倉さん」


「だって、こんな気持ち、初めてなんですもん……」


 七倉は頬を赤らめ、両手を顔に当てて照れながら言った。


「……はぁ。鈴村君からも何か言ってやってよ……」


 綾瀬はそう言って、正座する鈴村に視線を向けた。


「あ、ああ。……あのな、七倉。俺と綾瀬は付き合ってるんだ。だからその、気持ちは嬉しいんだけど、七倉の気持ちに応えることはできない」


「…………わかってます」


『え?』


 綾瀬と鈴村が声を揃えて驚く中、七倉はその場に立って言う。




「徹君が綾瀬さんと付き合ってるのは百も承知です! でも、この気持ちを抑えることはできません! 私は、何が何でも徹君を私のものにしてみせます!」




 拳を握って言う七倉からは、とてつもない量の熱意が溢れ出ていた。


「ふーん……? ということは、私に対しての宣戦布告ってことで、いいかな?」


「はい、それで構いません。私は綾瀬さんに、宣戦布告をします!」


 そう言って、七倉は綾瀬に指を差した。


「おいおい、とりあえず落ち着けって二人とも……」


『鈴村君(徹君)は黙ってて!』


「…………はい」


 付け入る隙がない鈴村であった。


「はいはい、茶番はそこまでにして頂戴」


 パンパンと手を叩き、宮田は鈴村たちに歩み寄った。


 宮田の言い分に少し腹を立てたのか、七倉は怒りながら言う。


「ちゃ、茶番とはどういう意味ですか! 私は本気なんです――」


「七倉さんの気持ちはわかったわ。でも、二人は婚約しているのよ。そこに七倉さんが割り込む場所はないわ」


「こ、婚約……? 徹君は綾瀬さんと付き合ってるだけじゃないんですか……?」


 七倉は知らない情報を聞き、思わずたじろいでしまう。


 鈴村がその話に割って入る。


「悪いな、七倉。俺はもう綾瀬と婚約を済ませてるんだ」


 そう言って鈴村は、綾瀬にプレゼントした婚約指輪のついたネックレスを七倉に見せた。


「…………本物の、婚約指輪……」


 七倉はネックレスをまじまじと見る。


 だんだんと、七倉は威勢を失っていった。


「これで信じてもらえたか? 七倉の気持ちは嬉しいけど、俺と綾瀬は婚約してるんだよ。だから、いくら七倉が綾瀬に立ち向かおうと、俺は七倉の気持ちに応えられない」


「……………………」


 七倉はその場に座り、黙り込んでしまった。


 七倉からすれば、この突きつけられた現実はとても辛いものであった。


 七倉が鈴村に対して抱いた好意が、一瞬にして崩れた瞬間だった。


「…………ない」


「え?」


 俯き黙り込んでいた七倉であったが、少しして、大きな声で叫んだ。




「……私は、諦めない!」




「…………え?」


 七倉は立ち上がり、綾瀬に歩み寄った。


「綾瀬さん。私は諦めません」


「あ、諦めないって、この現状で何を……」


「綾瀬さんは『婚約』をしただけですよね。まだ『結婚』には至っていません」


「ま、まあ、それはそうだけど……」


 綾瀬は戸惑いながら答える。


 七倉は、「なので!」と言って続ける。




「私が努力して徹君を振り向かせて、その婚約を私のものにすればいいだけの話です!」




「………えぇ…………」


 綾瀬はドン引きしていた。


「覚悟しておいてくださいね、綾瀬さん! 私はどんな手を使ってでも、徹君を私のものにしてみせます!」


 収拾がつかないと判断したのか、鈴村がそこに割って入った。


「だ、だからな、七倉。俺は七倉と友達でいられればそれで……」


「じゃあまずは友達からで! よろしくね♪ 徹君♪」


「………………はぁ」


 割って入ったのが無意味になったと実感した瞬間であった。


(……またとんでもない子が入ってきちゃったなぁ……)


 片や綾瀬は、七倉の恋愛に対する信じられない行動力を見て圧倒されていた。


(このままだと本当に私と鈴村君の関係に影響が出ちゃう……。どうすればいいんだろう……)


 その時であった。




 綾瀬のポケットが、突然光り始めたのである。




(……えっ!? 何、これ……!? 眩しい……!)


 その輝きが消えた瞬間、綾瀬はそれまで軽かったブレザーに重みを感じていた。


 光り輝いていたポケットに、『何か』が入っていたのである。


(え、何? 何が起きたの……? ていうか、これって……)


 綾瀬は恐る恐る、ポケットに入っていた物を手に取る。


 それは、夕日に照らされる少女が描かれた絵が表紙となった『本』であった。


 その本のタイトルは。




(…………『人生の選択肢』………………)




 鈴村が持っており、役目を終えて消えたはずの『人生の選択肢』が、綾瀬の手元に現れたのである。


 綾瀬は慌てて鈴村に駆け寄り、鈴村の目の前に『人生の選択肢』を出して見せた。


「す、鈴村君……。これ見て……!」


 しかし、鈴村は意外なことを言った。




「……どうしたんだよ、綾瀬。これって、どれを見ればいいんだ?」




「…………え?」


 『人生の選択肢』は、鈴村が持っていた本であり、『後悔のない人生』を歩んでほしいという鏑木鈴歩かぶらぎすずほの『意思』そのものである。


 鈴村が持っていたという事実は変わらないため、綾瀬は鈴村にもこれが視認できると予想していた。


 しかし、現実は違った。


 鈴村は綾瀬の持つ『人生の選択肢』が視認できていなかったのである。


「え、鈴村君、これが見えないの?」


「だから……、これってどれだよ……。綾瀬までおかしくなったか?」


 綾瀬は必死に『人生の選択肢』を鈴村の視線の先に持ってくるが、鈴村の視線は『人生の選択肢』に合っていなかった。


(…………どういうこと……? 鈴村君は『人生の選択肢』を持ってたから、これは鈴歩さんの『意思』なんじゃないの? もしかして、鈴歩さんのとは別物……?)


 綾瀬は混乱していた。


(そ、そうだ! これが光ったってことは、何かしらの『選択肢』が出たってことだよね……)


 そうして、綾瀬は鈴村から距離を取り、周りに見られないように『人生の選択肢』を開いた。




【人生の選択肢】


 A.綾瀬凛は七倉わかなからの宣戦布告を受ける。


 B.綾瀬凛は鈴村徹との婚約を破棄する。




(……えっ、これだけ……!?)


 綾瀬に提示された初めての【人生の選択肢】は、どちらも綾瀬にとって選びたくない選択肢であった。


(ていうか、これが私にだけしか見えないってことは……)


 『人生の選択肢』は、その人の人生の大きな分岐点に遭遇した時に選択肢を提示する。


 綾瀬は初めて『人生の選択肢』の存在を知った日、『人生の選択肢』が選択肢を提示する条件を鈴村から聞いていた。


 だからこそ、綾瀬は焦っていた。




(今、私って人生の大きな分岐点にいるってこと……!?)




 綾瀬の波乱の学園生活が、幕を開けたのだった。

続きを読みたいと思ってくださったら、よろしければ評価、★をいただけたらと思います!

続きを書く最大のモチベとなりますので、よろしくお願いいたします。

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