番外編⑦ 鈴村徹と鈴歩のある日の会話
「ついに明日、か」
鈴村徹は自室のベッドに転がり、窓から見える夜空を見ながら呟いていた。
「ずっと待ってた。俺のタイムスリップの成果を見せるときが、やっと来たんだ」
そう言いながら、鈴村は机の上に置いてある『人生の選択肢』を見た。
鈴村は、失恋をきっかけに大学一年の年から高校一年の年にタイムスリップをした。
タイムスリップと同時に出現した『人生の選択肢』という謎の本と共に、鈴村は二度目の高校生活を『後悔のない人生』にするために努力してきた。
全ては、鈴村が片思いをしていた綾瀬凛と結ばれる未来を手に入れるためであった。
鈴村は自分の人生を『人生の選択肢』と共に見つめなおし、綾瀬と結ばれる未来を手に入れるために様々な選択肢を取ってきた。
その選択肢の中には、自分にとってメリットのある選択肢、デメリットのある選択肢、他人が不幸になる選択肢と、様々な種類の選択肢が挙げられた。
鈴村はその選択肢を『人生の選択肢』に提示され悩み、決断し、人生は自分の思い通りには簡単にならないことを痛感する。
しかし、その中でも鈴村は綾瀬に自分の気持ちを伝え、見事に綾瀬と付き合うことに成功した。
そして、十二月二十四日、クリスマスイブ。
綾瀬の誕生日でもあるこの日に、鈴村は綾瀬にプロポーズをしようと考えていた。
これは鈴村がタイムスリップをし、『蒼碧祭』を経て自分の気持ちに整理がついたときから決めていたことである。
もちろん、この選択は『人生の選択肢』に提示されたから取る行動ではない。
正真正銘、鈴村の意思によって決断したことである。
「……ついに明日だ。絶対に失敗は、許されない」
そう言って、鈴村は『人生の選択肢』に手を差し伸べた。
鈴村が『人生の選択肢』に手を触れる前に、『人生の選択肢』は目の前から消えた。
「あれっ、消えた。……ということは…………」
鈴村は視線を机ではなく、自分の目の前に向けた。
「やっほ、鈴村徹君。元気そうだね」
そこには、『人生の選択肢』が具現化した存在、鏑木鈴歩が、笑みを浮かべ手を振りながら鈴村の目の前に立っていた。
「……やっぱりお前かよ、鈴歩」
「久しぶりだね。修学旅行以来かな?」
そう言って、鈴歩は鈴村のベッドに座った。
ギシッ、という音を立てて座った鈴歩に、鈴村は驚く。
「す、鈴歩……、お前そこまで現実に干渉できるようになったのか?」
「ふふーん、そうだよ? すごいでしょ」
鈴歩はどや顔で言った。
「あれだけ現実世界に干渉できなかったうえに、俺にしか見えないし、会話できなかったのに、いつの間にそんなことできるようになったんだよ」
「うーん……。正直私もなんでなのかわからないんだよね。いつの間にかできるようになってた、みたいな」
「なんの説明にもなってないんだけど……」
鈴村は困惑する顔で言った。
「だって仕方ないじゃん。私自身がわからないんだから。徹君がタイムスリップした頃は、私の声を届かせることすらできなかったんだよ」
「そうなのか?」
「そうだよ。ほんとに、赤ちゃんの頃から今に至るまで、ハラハラドキドキの毎日だったんだから」
「……え、どういうこと?」
突拍子もないことを言う鈴歩に、鈴村はさらに困惑していた。
「赤ちゃんの頃からって……、え? 鈴歩って俺が生まれた時から俺の中で生き続けてたの?」
「まあまあ! 細かいことは気にしないの!」
「いや、気にするでしょ。タイムスリップするまでずーっと俺の私生活を黙って俺の中で見てたってことだよな」
鈴歩は話をはぐらかそうとした。
しかし、鈴村は自分が置かれている状況と、鈴村が知らず知らずのうちに私生活を鈴歩に見られていたことを言及した。
鈴歩は視線を逸らし少し慌てながら言う。
「ま、まあほら、私が徹君に『人生の選択肢』で選択肢を提示したり、こうやって話せるのも、徹君のことを見守っていたからこそできたことだよ?」
「だから、生まれてから今までの人生、もっと言えば、タイムスリップする前の人生もずっと見てきたわけだよな。俺の私生活を」
鈴歩は汗をだらだらとかきながら、未だに鈴村に視線を合わせることなく言った。
「ごめん♪」
「許すか」
「いてっ」
両手を合わせ、ウィンクをしながら謝る鈴歩の頭を、鈴村は少し強めに叩いた。
「お前、それプライバシーの侵害だって思わないのか?」
「不可抗力でしょ! どうしようもないよ! 私の『意思』が徹君の中で目覚めたんだから!」
鈴歩は頭を押さえて涙目で叫んだ。
「目覚めた結果、お前はお前の『意思』自身だから、俺の中で『鏑木鈴歩』として生きることができたわけか」
「うん、そうだよ。タイムスリップする前からした後、そしてそれから今に至るまで、私は徹君に私の『意思』を伝えようとずっと訴えかけてたんだ」
「俺の中でか?」
「うん。でも、声を張って叫んでも、壁や天井に向かって叫んでも、映し出される映像に叫んでも、私の声は届かなかった」
「…………壁? 天井? 何の話だよ」
「あ、ごめん。気にしないで」
鈴村は鈴歩がはぐらかす話の内容が気になり、頭に「?」マークが浮かんだ。
「タイムスリップする前、私はずっと徹君に『意思』を伝え続けてた。でも、それは現実を生きる徹君には伝わらなかった。そして、徹君は……」
「綾瀬にフラれて、タイムスリップしたと」
「そういうこと」
鈴歩は頷きながら答えた。
鈴歩はそのまま続ける。
「タイムスリップすることができたのは、たぶん徹君の気持ちが大きかったせいだと思うよ」
「俺の気持ち?」
「そう。綾瀬凛……、凛ちゃんにフラれたとき、徹君はどんな気持ちだった?」
「……あまり思い出したくないんだけど」
「まあまあ、そう言わずに。それがちゃんとしたヒントだから」
そう鈴歩に言われ、鈴村は顎に手を当てて考える。
「…………『後悔した』?」
「……うーん、合ってるけど合ってない」
「どっちだよ」
鈴村は冷静なツッコミを入れた。
「確かに徹君はそう思ってた。でも、その後に重要なことを思っていたはずだよ」
「重要なこと……?」
鈴村はそう言って、再度考え始めた。
数分考え、鈴村は口を開く。
「…………『やり直したい』……、か?」
「正解! よくできました!」
鈴歩は拍手をしながら言う。
「徹君は何を『やり直したい』とあの時思った?」
「人生、かな」
「まさしくそれだよ。その徹君の気持ちの大きさが影響し、『後悔のない人生』を求めたが故に徹君はタイムスリップすることができたんだよ」
「……そんな漫画みたいなこと――」
「できたから今、君がいて私がいると思うんだけどな」
鈴村が話す言葉を遮り、鈴歩は現実を告げる。
鈴村が言葉を発することなく鈴歩を見つめる中、鈴歩は空を見上げて言う。
「……綺麗な星空だね」
「ああ、そうだな」
「徹君がタイムスリップしてから、いろんなことがあったよね」
「……ああ、そうだな」
二言目の鈴村の返事には、少し間があった。
「タイムスリップする前の徹君は、それはほんとにヘタレで陰キャで、オタクで、友達という友達もいない孤独な人生を送ってたよね」
「そ、それでもちゃんと綾瀬とは接してたし、琴原先輩とも話したぞ」
「でも、それも一瞬だったよね」
「…………っ」
鈴村は言葉を返すことができなかった。
「無垢な徹君は中学に入るまで凛ちゃんと遊んでたのに、いっちょまえに大人ぶって中学に入ってからは関わらなくなった。中学卒業前、木下咲良に思いを伝えられても、徹君の気持ちは変わらないからその思いを断った」
「……何か悪いかよ」
「悪いなんて一言も言ってないよ。それが徹君が選んだ選択だもん。……でもまあ、ちょっと凛ちゃんと接点がなさすぎたとは思うかな」
鈴歩は懐から取り出した『人生の選択肢』を開いた。
「あれ、それ……」
「ああ、これ? そうだよ。君が持ってた『人生の選択肢』。私が出てくるときはこの本がないと出てこれないんだけど、出てきた後はちゃんと元に戻るよ」
「……今までもそうだったか?」
「さあ? どうだっただろうね」
鈴歩は『人生の選択肢』のページを捲りながら言った。
「……でも、タイムスリップしてから徹君はいろんな経験をしたね」
「まあな。鈴歩のおかげだわ」
「やっぱり最初に凛ちゃんのところへ向かわせたのは正解だったかもね」
「なんで?」
「そりゃ、私だってタイムスリップした直後は慌ててたからね。でも、タイムスリップしたからには徹君には『後悔のない人生』を送ってほしいって思ったから」
「……だから、まずは綾瀬との接点を得るために一年A組の教室に向かわせたのか」
「そういうこと。善は急げってよく言うからね」
鈴歩が出した選択肢は、鈴村の未来を大きく変える第一歩であった。
この選択肢を鈴歩が出さなければ鈴村の未来は変わることがなく、いずれ出していたにしてもこの現実を手に入れることはできなかったであろう。
鈴歩の取った選択は、結果的に鈴村の人生を良い意味で大きく変えることになっていた。
「そして、納涼祭での告白。まさか琴原みどりが出てくるとは思わなかったけど……。……あの選択は徹君なりの優しさなんだよね」
「まあ、そういうことになるな。鈴歩に言われた後だから少し言うのも嫌なんだけど、俺はタイムスリップ前に碌な人生送ってなかったからな。二回目の人生だし、少し欲を出したんだよ」
「ふふっ。正直だね」
鈴歩は笑顔だった。
「徹君のその人の気持ちを大事にする姿勢、とてもいいと思うよ」
「え、ありがとう。……なんで褒めたの?」
「だって、それがあったから琴原さんは幸せを得たんでしょ? 期間は短かったけど」
「……そうだな」
鈴歩の言葉が心臓にグサリと刺さる音が鈴村には聞こえていた。
「まあ、徹君の選択は悪くなかったと思うよ。二人を幸せにしたいというその気持ちと度胸は、賞賛に値するからね」
「どうも。……まあ、俺は二人を悲しませたくなかったし、苦しませたくなかったし、その性分のせいで取った選択肢になるけどな」
「でも、結果的にその中途半端な優しさで、凛ちゃんと琴原さんを困らせたよね」
「……ああ、そうだな」
鈴歩の言う通りである。
鈴村は綾瀬、琴原に好意を寄せられ、二人を悲しませたくない、苦しませたくないという気持ちが高まり、二人と付き合うことになった。
一見すると問題解決したかのように見えるが、綾瀬ら二人からすればそうではない。
むしろこの選択は、逆効果である。
「で、蒼碧祭の後に催された後夜祭で君は――」
「…………綾瀬を選んだ」
鈴村の中途半端な優しさで始まった関係は、綾瀬と琴原からすれば複雑なものであった。
二人も純粋な乙女である。
もちろん、好きな人には自分を選んでほしいと考えていた。
鈴村の気持ちは汲み取ったうえで、綾瀬と二人はそう考えていたのである。
そして迎えた後夜祭。
綾瀬と琴原はここで、鈴村の気持ちをはっきりさせたいと考えていた。
鈴村は自分が行った過ちを理解し、自分が本当はどちらが大事なのか、どちらと未来を共にしたいかを再確認した。
結果、鈴村は綾瀬を選んだ。
「もともとこの『人生の選択肢』で取ってきた選択も、凛ちゃんと結ばれるために取ってきたんだもんね。徹君のその選択は、当初の目的を達成させるのであれば正しいものだと思うよ」
鈴歩は鈴村の顔を見て言った。
「でも、結局琴原先輩を傷つけた」
「あのねぇ……。徹君は自分でその選択をしたんだよ? 今さらそこで後悔してどうするのさ」
「……鈴歩は言ったよな。俺に『後悔のない人生』を歩んでほしいって」
「言ったね」
「俺は綾瀬と付き合うことができて嬉しい。明日を迎えて、あの日のリベンジをできるのを心待ちにしていたんだ」
「……それで?」
鈴歩は神妙な顔で鈴村に問いかける。
「でも、やっぱり俺の中で、まだ琴原先輩が顔を見せるんだ。後夜祭のあの時、綾瀬を選んだあの瞬間の琴原先輩の顔が、今でも忘れられない」
「それが後悔しているって言いたいの?」
「…………ああ」
鈴村は俯きながら、顔を暗くして言う。
鈴村にとって、その選択は苦痛そのものだった。
鈴村の理想は半分叶っていたが、自分の取った生半可な行動により、思いがけない人を傷つけることになった。
鈴村はこの時点で、既に間違った選択肢を選択していたのだった。
「……これだけは言っておくね、徹君」
「……なんだよ」
鈴歩は鈴村に視線を合わせて言う。
「『後悔のない人生』を歩んでほしいと私は言ったけど、その人生を必ず歩める人なんていないんだよ。だから、そこまで気負う必要はないと私は思うよ」
「……『後悔のない人生』を歩めとか言っておきながら、よくそんなことが言えたな」
「まあ、私が言っても説得力はないだろうね。……でもさ、『後悔を経験しない人生』なんて存在しないし、世の中に生きる誰もが一度は『後悔』を経験してるんだよ」
「そりゃまあ、そうだろうな」
「後悔を経験しない人生があるなら、皆こぞってその人生を目指すだろうね。でもそれをすることはできない。なんでだと思う?」
「…………わからん」
「少しは考えなよ……」
鈴歩は呆れ顔で鈴村に言った。
「それはね、『人間は失敗をする生き物』だからだよ」
「なんだそれ。ありきたりな答えじゃんか」
鈴村は予想通りの答えを聞き、真面目に話を聞いていた自分がアホらしくなっていた。
しかし、鈴歩はそれを否定するように言う。
「いや、ありきたりじゃない。むしろこれが当たり前だよ。『後悔のない人生』は失敗から得るものだよ」
「でも、俺は鈴歩から正解を教えてもらってただろ」
「いいや? 私は正解を教えたつもりは一度もないよ?」
「え?」
「なんで『選択肢』になってるか、まだわからない?」
鈴歩は鈴村に問いかけた。
「私は徹君に『後悔のない人生』を歩んでほしかった。でも、正解を教えちゃったら徹君の成長には全く繋がらない。だから、『選択肢』として今まで提示してきたんだよ」
「あの中に、失敗を経験する選択肢もあったってわけか」
「そういうこと。『死ぬ未来』が来る選択肢もあったでしょ?」
そう言って、鈴歩は『死』が来る選択肢が記載されているページを指さした。
「確かにあったけど……。……あれ、本当に選んだら死んでたのか?」
「そうだよ? 徹君もこの本を手にして色々試してたよね。この本のルールが何なのかを」
「そりゃまあ……。こんな魔法みたいな本が急に現れたんだから、色々試したくはなるだろ」
「まあ、男の子だもんね。好奇心旺盛なのはいいことだと思うよ」
鈴歩は鈴村の頭を撫でながら言った。
鈴村は少し小恥ずかしそうに、鈴歩の手を振り払う。
「琴原さんのことは残念だけど、徹君はこれで『失敗』を経験した。これで、徹君はより一層『後悔のない人生』に近づけたわけだよ」
「……なんか聞こえが悪いなぁ。琴原先輩を利用したように聞こえるぞ」
「選んだのは君だよ? 私のせいにしないでほしいな」
鈴歩は不敵な笑みを浮かべていた。
「ま、結果的に凛ちゃんと正式に付き合うことになったんだし、明日デートなんだし、結果オーライなんじゃない?」
「ああ。一番大事なのは明日だから、今までの選択が報われればいいんだけど」
「大丈夫だよ。プロポーズする気なんでしょ? 徹君の気持ちは、しっかりと凛ちゃんにも伝わるよ」
「なんでプロポーズするってわかるんだよ」
「忘れたの? 徹君の私生活は全部見てたって言ったじゃん。凛ちゃんへのプレゼント買ってるのも見たよ」
「……あぁ、そうだったわ」
鈴村は頭を抱えていた。
自分のプライバシーが侵されていることを通報しようと考える鈴村であったが、相手が鈴歩である。
普通の警察がこんな話をまともに聞いてくれるはずがなかった。
鈴村は諦めた。
「大丈夫、心配しなくても、徹君の気持ちはちゃんと伝わるよ。それに、いい結果も得られると思うよ」
「なんでそんなこと言えんだよ。『人生の選択肢』の力でも使ったのか?」
「そんなわけないじゃん。これは、……うーん、そうだなぁ。私の直感、かな」
「なんだそれ」
鈴村は説得力のない鈴歩の答えを聞き、少し笑みがこぼれていた。
「大丈夫。君ならできるから」
鈴歩は両手で鈴村の手を包んだ。
「……何のつもりだよ」
「私のパワーを分けてあげるよ」
そう言って、鈴歩はそのまま目を瞑った。
「なんだよ、鈴歩の力が使えるようになるのか?」
「……徹君、いい加減そのファンタジーな考えやめたほうがいいよ。そういうマンガ読みすぎてるんじゃない?」
「ファンタジー要素満載なお前が言うなよ……」
鈴村はジト目で言った。
「そうじゃなくて、私からのエールを送ってるんだよ。……頑張ってね、徹君」
「……ああ。ありがとう」
鈴村はツッコミをしながらも、鈴歩の意図は汲み取っていた。
「あ、もうこんな時間か」
鈴村が時計を見ると、時刻は深夜十一時になっていた。
「そっか、明日早いんだもんね。早く寝ないとせっかく準備してきたのが水の泡になっちゃうね」
そう言って、鈴歩は鈴村から手を離した。
「あ、そうだ。徹君、これだけは言っておかないといけないんだけど」
「ん? なんだよ、改まって」
鈴歩は立ち上がって、鈴村に言う。
「私、たぶんだけど、もう徹君とは会えないと思う」
「…………え?」
鈴歩の言葉に、鈴村は耳を疑った。
「え、それどういうことだよ。柳副会長の『未来予知』でも使ったか?」
「だからなんでいちいちそっちに考えがいくの……」
鈴歩は呆れ気味で言った。
鈴歩はそのまま話を続ける。
「こうやって現実世界に干渉できるのも、徹君のおかげなんだよ」
「え、俺のおかげ?」
鈴村は驚く顔を見せた。
「徹君が『人生の選択肢』と共にこの人生を歩んできてくれたから、徹君は人間として成長できたと私は思ってるんだ」
「別にそんな大それたことしてないと思うけど……」
「してるよ。私が徹君の中で見ていることしかできなかったのが、いつの間にか徹君と話せるようになり、姿も見せることができ、今となっては物理的に障ることもできる。これは徹君が成長したと言っても過言じゃないんだよ」
「にわかに信じがたいけどな。ただ時間経過でそういうことができるようになったとしか思えないぞ」
「そう思うのにも根拠があるんだよ」
「根拠?」
鈴歩は頷いて続ける。
「私はタイムスリップをする前から徹君の生活を見ていたって、さっき言ったよね」
「言ったな」
「そして、私の声を何度も届けようともしたとも言ったよね」
「言ってたな」
「でも、それは届かなかった。結果、君はタイムスリップすることになった」
「………………」
鈴村は黙り込んだ。
「そして、タイムスリップ後、『人生の選択肢』と共に徹君は今までとは違う人生を歩んだ。様々な経験をした。その結果、私にもいろいろできることが増えてきたんだよ」
「経験値を得てレベルアップしたみたいな感じか?」
「……違うけどそれでいいや。わかりやすいし」
「違うなら肯定しちゃダメだと思うんだけど」
鈴歩は少し呆れ顔で肯定していたが、鈴村は冷静にそれを拒もうとした。
「私が思うに、私は私の『意思』として今徹君と生活を共にしている。それは、目的を果たすまで続くものだと思ってるんだよ」
「……その目的が果たせるから、鈴歩はお役御免でさよならってわけか」
「そういうことだね」
鈴歩はそう言って両手の指先を合わせた。
「あくまでこれは私の予想だよ。でも、なんか、そんな気がする」
「俺としては、できれば鈴歩にはまだ俺と一緒にいてほしいけどな」
「なーにー? 凛ちゃんという人がいながら私に告白ですか?」
「そ、そんなわけねえだろ!」
鈴村は顔を赤らめながら鈴歩に叫んだ。
その様子を見て鈴歩は笑っていた。
「ははは! 冗談だよ、冗談! 徹君もまだまだ初だなぁ」
「う、うるせえ」
鈴村は視線を逸らして照れていた。
「……でも、まだお前と一緒にいてほしいのは確かだ。タイムスリップしてから、俺は鈴歩に助けてもらってばかりだった。たぶん、鈴歩がいなければこんな現実は来なかったと思う」
「それで、これからも私に助けてほしいと?」
「ああ、そうだよ」
「その必要はもうないんだよ、徹君」
「え?」
鈴歩は後ろを振り返り、鈴村に背を向けた状態で言う。
「私の存在意義はあくまで『後悔のない人生』を歩んでほしいっていう、私の『意思』があるから。でも、もうその『意思』は十分徹君に伝わってると思うんだ」
「……俺からすればまだ足りないけどな」
「そうでもないよ。徹君は、私がいなくても十分にやっていけるよ」
そう言って、鈴歩は鈴村に顔を向け、笑顔を見せた。
「ありがとうね、鈴村徹君。私の『意思』を理解してくれて。私は徹君が今生きていてくれてるだけで、とても幸せだよ」
鈴歩の笑顔の中には、少し寂しさの感じる表情も見えていた。
鈴歩も、鈴村と話すこと、合うことができるなくなるのが寂しいのである。
鈴歩はそれを必死に隠そうとしていた。
「いや、こちらこそ礼を言わないといけない。鈴歩がいなかったら、俺はいない。綾瀬とも付き合えなかったし、鈴歩には感謝をしてもしきれないよ」
「ふふっ、ありがと。でも、半分くらいは自分の判断で手に入れた未来だってことを忘れないでね」
そう言って、鈴歩は鈴村に優しく抱きついた。
「えっ、ちょ、何してんの!?」
鈴歩の突然の行動に、鈴村は顔を赤くして慌てていた。
「なに照れてんのさ。私に抱きつかれるくらいで取り乱すなんて……。……あ、そっか。徹君、女性経験少なかったもんね。無理もないか」
「バ、バカにすんな! こっちは綾瀬や琴原先輩と混浴までしてるんだぞ!」
鈴村は必死の抵抗で言ったが、だんだんと恥ずかしくなり余計に顔が赤くなっていた。
少し鈴村は落ち着きを取り戻し、その体勢のまま鈴歩に問う。
「……なあ、本当に鈴歩がいなくなったら、お前も、『人生の選択肢』もなくなるのか?」
「……それはわからない。そうなる未来が来ないかもしれないし、私からは何も言えないよ」
「…………そうか」
鈴村の言葉には寂しさが混じっていた。
「でも大丈夫。徹君ならやれるから」
「俺をそこまで信じる理由って、何なんだよ」
「そりゃ、タイムスリップしてからの徹君の活躍を見てきたからだよ。『人生の選択肢』に選択肢を提示されたからとはいえ、行動したのは徹君だよ。全ては徹君が選んだ未来なんだから。自信持って」
耳元で聞く鈴歩の言葉は、鈴村の体の中に素直に入っていった。
鈴歩はしばらくその体勢でいた後、ゆっくりと鈴村から離れた。
「……それじゃ、明日頑張ってね。応援してるから」
「ああ、色々ありがとうな、鈴歩」
鈴村の言葉に、鈴歩は言葉を返さず、ただ笑顔を見せて手を振っていた。
その数秒後、鈴歩の姿は消え、『人生の選択肢』が机の上にコトンと置かれた。
「…………さよなら、かぁ」
鈴村は鈴歩の言葉がとても気にかかっていた。
曲がりなりにも今までお世話になった相手である。
鈴村の感謝の気持ちはそう簡単に表せるほどのものではなかった。
「……これは俺の人生だ。大丈夫、俺ならいける」
鈴村は両手で頬を叩き、気合を入れなおす。
「ありがとう、鈴歩。俺は明日、しっかりと結果を出してみせるよ」
そう言って、鈴村は床に伏した。
『頑張ってね、鈴村徹君』
微かに、鈴歩の声が聞こえたような気がした。
鈴村には、幻聴にも聞こえるその声がしっかり耳に届いていた。
その言葉を聞き、鈴村は笑顔になった。
そして、運命の十二月二十四日を迎えたのであった。
ここまで「鈴村くんは間違えない」を読んでいただき、誠にありがとうございます。
この番外編⑦を持ちまして、第1部は完結となります。
番外編は第1部本編の補填のような位置づけで執筆しましたが、楽しんでいただけましたでしょうか。
本編にちょっとした補填をした要素も散りばめられているので、本編をより楽しめるようにはなっているかなと思います。
ここからは第2部に突入します。
どうぞこれからも、「鈴村くんは間違えない」をよろしくお願いいたします。




