番外編⑥ 『本当の恋愛』を知るには
「遠坂君。今日はようこそおいでくださいました」
「は、はぁ。えっと、お招きいただき、ありがとうございます。柳副会長のお母さん」
十二月二十四日、クリスマスイブ。
青海学園生徒会会計、遠坂湊はこのクリスマスイブの朝、同じく生徒会副会長、柳美奈の実家に呼び出されていた。
遠坂を呼び出した本人である柳の母は遠坂が家を訪れるなり、無礼のないように、丁寧に遠坂をもてなしていた。
「あ、あの、柳副会長のお母さん。今日はどういったご用件で……?」
「私のことは『お義母さん』と呼んでいただいて構いませんよ、遠坂君。……いえ、湊君」
柳の母は笑顔で遠坂に言った。
遠坂は、想像より遥か上の行動を取る柳の母に戸惑っていた。
その様子を見て、柳の母は言う。
「戸惑っていらっしゃいますね。無理もありません。状況を説明しますね」
「お、お願いします」
遠坂は戸惑うままであった。
「先日の美奈の件では大変ご無礼をおかけしました。今回はそのお詫びも兼ねてお呼び立てした次第です」
「お、お詫びだなんて……。俺詫びられるようなことしていませんよ?」
柳の母を聞きながらもなお、遠坂は戸惑っていた。
柳の母は遠坂の言葉を程よく否定しながら言う。
「いえいえ、私たち柳家と出井家からすれば詫びて当然のことです。私たち親同士が勝手に決めた許嫁の件で、湊君を巻き込んでしまいましたから」
「あー……。まあ、あれは柳副会長にお願いされたからやったようなもので……」
遠坂は少し視線を逸らしながら言う。
「私たち柳家は、長男であれば長男が、長女であればその長女と結婚する『許嫁』が跡を継ぐ仕来りでした」
「それが、出井和彦さんだったんですよね」
遠坂は柳の許嫁、出井和彦との顔合わせの日を思い出しながら言った。
「はい、そうです。私はあの日まで、後継ぎは仕来り通りで行うものと信じていました。しかし、今はその考えが変わっています。その理由がわかりますか?」
「……はい」
遠坂は少し悩んだが、柳の母の問いに肯定した。
「俺が俺の思いを、柳副会長のお母さんにぶつけたから、ですかね」
「ですから『お義母さん』でよろしいのに……。まあ恥ずかしくて呼べないのも無理ないです。徐々に慣れていきましょう」
柳の母は遠坂の話を聞きながらも、『お義母さん』と呼んでくれないことに不満を抱いていた。
柳の母はそのまま続ける。
「湊君の仰る通り、湊君の口から美奈への気持ちを聞いた瞬間、見ている世界が変わる感じがしました。『恋愛の自由』を奪うな、なんて言われたのは初めてです」
「そうなんですね……」
「全て跡取りは私たち親が決めていましたから。子供たちの恋愛を蔑ろにしていたのは間違いありません」
柳の母はそう言って、お茶を一口飲んだ。
「夫は美奈が中学に入る年に亡くなりました。以降、美奈、美久、美恵は私と使用人で一生懸命育ててきました。私にとって娘たちは、かけがえのない存在です」
柳の母は外を見ながら話す。
「人生は一度きりです。後悔のある人生を歩ませたいとは思いません。しかし、柳家の仕来りは守らなければいけないと、今までの私は信じてやまなかったんです」
「それが、俺の言葉一つで変わったと……?」
遠坂は少し冗談交じりで言った。
「ええ、そうです。あの日の湊君の言葉で、私の考えが全て変わりました。同時に、私はなぜこんなに愚かなことをしてしまったのだろうと、後悔していました」
「そ、そこまで影響ありましたかね」
遠坂は、今にも泣き崩れそうな柳の母を見て慌てていた。
「ありました。私は美奈にちゃんとした人生を送ってほしい。後悔をしない人生を送ってほしい。そう思ったんです。今回お呼び立てしたのは、その気持ちに気づかせてくれたお礼も兼ねています」
「…………俺は別に……、ただ、柳副会長を助けたかったからやっただけで……」
遠坂は柳の母に視線を合わせることなく言う。
しかし、柳の母はそれでも笑顔であった。
「その湊君の気持ちが、全てを変えてくれました。湊君が美奈のことを本気で考えてくれているからこそ、今の美奈があり、今の私がいると思っています。そのこと気づかせてくださり、誠にありがとうございます」
柳の母はそう言って、正座をして手を揃え、頭を下げた。
「……まあ、悪い気はしないですね」
少し照れながらも遠坂は言った。
柳の母はその様子を見て微笑み、「さて」と話題を変える。
「今日はクリスマスイブです。今日は美奈とお出かけする予定ですね?」
「えっ、なんでそれ知ってるんですか」
遠坂は柳の母に予定を知られていることに驚いた。
「なんでって、美奈がとても嬉しそうに言っていたからですよ。『イブは湊っちとデート♪』って、何度も連呼していましたよ?」
「……あの人どんだけ楽しみなんだよ……」
遠坂は呆れ顔で言った。
「本日お呼び立てしたのは他でもありません」
「さっき聞きましたよ……。お礼とお詫びがしたかったんですよね?」
「はい。お礼は先ほどいたしました。ですが、お詫びがまだです」
「ですから、お詫びされるほどのことはしてないって――」
そう言いかけた遠坂の声を遮り、柳の母は言う。
「湊君は、『本当の恋愛』をしたことがないそうですね」
「…………え?」
遠坂は耳を疑った。
今まで一部の人間にしか話したことがない自分の過去を、柳ではなく、柳の母が知っているのである。
遠坂は困惑しながら問う。
「え……っと、なんでそれを知ってるんですか?」
「美奈から聞きました」
(…………あのお喋り副会長め……!)
口が軽いのだと察した遠坂であった。
「ふふっ、今、美奈のことを恨むような顔をしましたね」
「えっ!? い、いや、そんなことは……!」
「いえいえ、いいんです。むしろそう思われて当然です。湊君からすれば、このことはあまり話したくはないことなんですよね」
「……ええ、まあ」
遠坂は少し間を空けて回答した。
「私が美奈から問いただしたわけではないんです。美奈が、私に相談しに来たんですよ」
「柳副会長が、相談……?」
遠坂は首を傾げた。
「美奈は湊君のことをとても大事に思っているみたいです。出井さんの件で感謝を伝えたいとも言っていましたし、湊君の力になりたいと言っていました」
「…………そうなんですか」
「その話の中で出たのが、湊君の『本当の恋愛』です」
「……どこまで聞きました?」
「全部ですね」
「…………失礼を承知で言いますね。娘さんの口縫い合わせてもいいですか」
遠坂は怒りのあまり思わぬことを口にした。
しかし、その言葉を聞いて柳の母は高らかに笑っていた。
「はっはっはっは! まさか付き合っている相手の親に向かってそんな言葉が出るなんて、思いもしませんでしたよ!」
柳の母は腹を抱えて笑っていた。
ツボに入ったのか、五分程度笑いが治まらず、治まっても時折思い出し笑いをする程度にはツボに入っていた。
柳の母はようやく落ち着きを取り戻し、遠坂に話を続ける。
「私は湊君の『本当の恋愛』を全力で応援したいと考えています。ですが、『本当の恋愛』が何なのか、どこからが『本当の恋愛』なのか、それは人それぞれ捉え方が違うと私は考えます」
「……まあ、それは一理あります」
「今ここで聞きます。湊君はなぜ、今まで女性と付き合ったことが何度もあるのに、すぐその関係が崩れたと思いますか?」
「…………それはっ……」
遠坂は返す言葉がなかった。
それは、遠坂が一番理解していることである。
相手のことを考えていないから。
今までの遠坂は、モテる自分に優越感を得ていた。
女子生徒から告白されることはそれなりにあったため、他の生徒に比べれば遠坂はモテるほうであった。
遠坂はそんな自分に特別な価値があると勘違いしていたのである。
遠坂は天狗になっていたのだった。
その結果、遠坂はそれを何度か繰り返していくうちに、『告白されるのが当たり前』、『付き合えるのが当たり前』と考えるようになり、恋愛について軽薄な考えを持つようになった。
遠坂が何度もカップルごっこを繰り返し始めたのは、その頃からであった。
しかし、遠坂は柳の件がきっかけで考えを改めることになる。
遠坂に一方的に好意を寄せ、猛烈なアタックを繰り返す行動力。
遠坂が嫌そうな態度を取っても、それをポジティブに捉え、むしろそれを逆手に取って意識してもらおうとする姿勢。
初めは鬱陶しく思っていた柳の行動が、だんだんと心地よいものに変わりつつあった。
付き合う相手と真摯に向き合うこと。
遠坂にはこれがいつの間にか抜け去っていた。
それを、柳が思い出させていたのであった。
遠坂が何かに気づいた様子を見て、柳の母は微笑みながら言う。
「ようやく気付かれましたか? 『本当の恋愛』とは何か」
「…………はい、わかりました。ありがとうございます。お義母さん」
「あらっ……! やっとお義母さんって呼んでくださいましたね! 嬉しいです!」
柳の母は笑顔で言った。
「一つ確認なんですけど」
「なんでしょうか?」
そんな喜びの顔を見せる柳の母に、遠坂は一つ質問を投げかける。
「なんで、俺にこの話をしたんですか?」
「……そんなの、決まってるじゃないですか」
柳の母は微笑んで言う。
「私は湊君に、美奈をお任せしたいと考えています。なので、湊君にはしっかりと美奈に、『本当の恋愛』に向き合ってほしいんです」
「…………それって……」
「はい、言ってしまえば『許嫁』みたいなものですね」
柳の母は表情を変えず、しかし真面目な声色で遠坂に言った。
「そこでその言葉使っちゃったら本末転倒じゃないですか……」
遠坂は呆れ顔で言う。
「ふふっ。それもそうですね。ですが、私は湊君を許しています。……美奈のことを、よろしく頼みます」
そう言って、柳の母は深く頭を下げた。
「…………はい!」
遠坂は覚悟を決めた顔をした。
そんなやり取りをしている遠坂のいる部屋に、柳美奈が顔を出した。
「ふぁーあ……。おはようッスー、おかあさ……ん!? な、なんで湊っちがいるッスか!?」
時刻は午前九時半。
柳はこの時間で起床したのであった。
「お、お邪魔してます、柳副会長」
「え、なんで!? 今日デートの約束してたッスよね!?」
柳は驚きを隠せないでいた。
「ごめんなさいね、美奈。今日は湊君とデートの日だったのは知っています。ちょっと今後のことを話していたんですよ」
「だ、だからってデート当日に話さなくてもいいじゃないッスか!」
柳はタイミングを弁えない実の母に憤怒していた。
片や遠坂は、柳の実家での立ち振る舞いを見て考える。
(…………柳副会長って、家でもこの口調変わらないんだ)
顔合わせの日で見た柳の姿は、あくまで正式な場で見せた取り繕った柳の姿であった。
そのギャップに少し心を揺れ動かされた遠坂であったが、素がこれであることに少し安心感を覚えていた。
「ていうか、今後のことってなんスか!? お母さん説明してくださいッス! 湊っちも、お母さんと何話してたんスか!?」
柳は未だに遠坂がいることに驚いていた。
柳の母は驚く実の娘を横目に、遠坂に小声で話す。
「本番はこれからです。美奈のこと、頼みましたよ」
「……意味深な言い方するのやめてください」
遠坂は少し照れながら返した。
「ちょっとー! 何話してるッスかー!」
片や柳は憤る気持ちが抑えきれないでいた。
「ほら、今日は湊君とお出かけするんでしょう? 早く支度しなさい。早くしないと日が暮れますよ?」
「わかってるッスよ! ……湊っち! 説明は後でちゃんとしてもらうッスからね!」
柳はそう言って、出かける準備をしに部屋に戻った。
「…………本当にこれでよかったんですか?」
「ええ、いいんです。何があったかは話さなくていいですよ。美奈が帰ってきたら、私から話しますから」
「そ、そうですか」
遠坂は柳の母が何を考えているか理解できず困惑していた。
「ほら、湊君も出かける準備をしてください。目的地まで送りますよ」
「いろいろしてもらってありがとうございます」
「いえいえ。美奈の未来を救ってくれた恩人ですから、これくらいはしないといけません」
柳の母はそう言って、使用人に車を用意するよう指示をした。
しばらくして、着替えを終え、身支度を整えた柳が姿を現した。
「…………おぉっ……」
「ど、どうッスか? 湊っち。ちょ、ちょっと頑張ってみたッス」
柳は体を一周させ、少し照れながら自分の姿を遠坂に見せた。
ジーンズ生地のホットパンツに黒タイツを合わせ、縦セーターに厚手の上着を羽織った柳の姿は、遠坂には少し刺激が強かった。
遠坂の持っていた柳へのイメージを覆す、いわば『ギャップ』を感じるその姿に、遠坂は言葉が出なかった。
「……湊っち、黙ってないで感想を言ってほしいッス」
「えっ!? あ、えっと、その、めちゃくちゃ似合ってます」
遠坂は柳を見て直感的に思った感想を述べるのが恥ずかしかったのか、視線を柳に合わせられないでいた。
「にっひひー。作成大成功ッスね!」
そんな様子を見て、柳はガッツポーズを取る。
「さ、作戦?」
「そうッス! 蒼碧祭の日、ことちゃんと綾瀬っちが話しているのを聞いたッス。好きな男の子には『ギャップ萌え』が一番だって!」
「……なんですかそれ」
自信満々に話す柳だったが、遠坂は少し呆れ顔で言った。
「珍しい服を着るんですね、美奈」
「どうッスか? 今日は張り切っちゃったッス」
「いいと思いますよ。どんな姿の美奈も、私には美しく見えますから」
柳の母は柳を見て微笑みながら言った。
(……ちゃんと柳副会長の『自由な恋愛』を尊重してるんだな)
遠坂は、柳の母が言ったことが嘘ではないことを理解した。
親から見て、実の娘というものは大事なものである。
それが赤の他人である異性と付き合うと知った日には、当然否定意見を投げかけてくるものである。
しかし、柳の母は考えが変わった。
柳には、しっかりと『自由な恋愛』をしてほしい。
その恋愛をする相手に、遠坂が一番相応しいと柳の母は判断したのである。
「ほら、行ってきなさい。時間が迫っていますよ」
「はいッス! じゃあ、行ってくるッスー!」
「いろいろとありがとうございます。お邪魔しました」
二人はそう言って、家を後にした。
*
「んー! 楽しかったッスねー、恋愛モノの映画!」
「クリスマスイブに恋愛映画見るなんてベタですね、柳副会長」
満足げな顔をする柳を横目に、遠坂は少し夢のない言葉を言う。
クリスマスイブ、午後五時。
遠坂は柳の提案で恋愛モノの映画を見に来ていた。
遠坂の言葉を聞き、柳は少し怒り気味で言う。
「何言ってるんスか、湊っち! 今日はクリスマスイブ! クリスマスイブといえばデート! デートと言えば映画館ッスよ!」
「いやまあ気持ちはわかるんですけど……。柳副会長はこれでよかったんですか?」
「何がッスか?」
柳は首を傾げて問う。
「いや、だってイブですよ? 普通遊園地とかそういうワイワイするところに行くもんなんじゃ……」
「…………はぁ」
柳はため息をついた。
「………………あっ」
その柳の行動を見て、遠坂は後悔した。
この行動こそが、遠坂が無意識にやっている、『本当の恋愛』をするうえでやってはいけないことであることだと。
遠坂はこの瞬間になってそのことに気づいたのだった。
「……すみません」
「……湊っち。話があるッス。あそこのベンチに座るッスよ」
「あ、はい」
遠坂は柳に言われるまま、近くにあるベンチに腰掛けた。
柳は遠坂の隣には座らず、遠坂の目の前に立って腰に手を当て、少し怒る様子で言う。
「湊っち。湊っちにとってうちってどういう存在ッスか?」
「どういう存在……?」
「湊っちはあの日言ってくれたッスよね。『うちを幸せにしてくれる』って」
「あ、あれは柳副会長のお願いを叶えるために言っただけで……」
「本当にそうッスか?」
「…………っ」
圧がありながらも、遠坂の真意を問いただすような柳の姿勢に、遠坂は思わず黙り込んでしまった。
「柳を幸せにする」という言葉は、あくまで柳の許嫁の一件を白紙にするために遠坂が口にした言葉である。
しかし、それは偽りの言葉ではないことを遠坂自身が理解していた。
(……あの言葉は、俺の本心だ)
一週間とはいえ、柳と過ごした時間は遠坂にとってかけがえのないものになっていた。
たかだか柳の願いを叶えるために付き合っただけ。
遠坂の中で、柳に対する気持ちはそこの範疇には既に収まっていなかった。
「……俺は、俺の気持ちに嘘をつきたくはありません」
「わかってるッス」
「軽い恋愛をしたいとも微塵も思っていません」
「知ってるッス」
「俺は……、『本当の恋愛』を、ちゃんと経験したいです」
「わかってるッスよ。だから、そういう態度を取られて、うちは怒ってるんス」
「…………え?」
柳はそう言って、遠坂の頭を軽く叩いた。
柳はそのまま続ける。
「クリスマスイブだからあそこに行かなきゃいけないとか、何かしなきゃいけないとか、そういうのはどうでもいいんスよ」
「そういうものですか?」
「そういうものッス。『本当の恋愛』を知る方法、それは誰にもわからないッス」
「……それじゃあ、俺の悩みは解決しないじゃないですか」
遠坂はそっぽを向いて言う。
「そうッス。そういうもんなんスよ、恋愛っていうのは」
「……なんでそうやって言い切れるんですか?」
「今がまさにそうだからッス」
「…………?」
遠坂は柳の言う言葉が理解できないでいた。
「別にうちは、湊っちに恋愛のことを知ってもらいたくて恋愛モノの映画を見に来たわけじゃないッス」
「じゃあ、何のために……?」
柳は遠坂の目をしっかりと見て言った。
「湊っちとの時間を大事に思えれば、うちはそれでいいんスよ。だから、デートの行き先も、やることも、なんでもいいんス。一緒に過ごしてて楽しいと思えれば、それでいいんスよ」
言い終わった柳の顔は笑顔であった。
柳はそのまま続ける。
「湊っち、女の子とデートするとき、必ずこうじゃなきゃいけないっていう固定概念に囚われてないッスか?」
「固定概念……?」
「さっきも言ってたッスよね。『イブだからワイワイしたところに行くべきだ』って。でももし、デートしている相手がそういう場所が苦手だったとしても、湊っちは無理強いさせるんスか?」
「…………それは……」
遠坂は思わずその言葉に肯定意見を出しそうになった。
しかし、すんでのところで柳に問われている意図を理解した。
「好きな人と一緒にいるだけで幸せと思えれば、それでいいとうちは思うッス。それを他の人がどう捉えるかは個人差があるッスけど、少なくともうちはそれを『本当の恋愛』だと思ってるッス」
「……一緒にいるだけで幸せと感じる……、ですか」
「湊っちは、今日うちと一緒にいれて楽しかったッスか? 今日だけじゃないッス。うちと付き合い始めてから今に至るまで、うちといる時間を『いい思い出』と言い切れるッスか?」
柳は真剣な顔で遠坂に問う。
その表情は、遠坂の本心を聞き出そうとする表情であった。
「……俺は、柳副会長と一緒にいる時間は楽しいと思ってます。今日も、生徒会で活動しているときも、学園ですれ違うその一瞬ですら、俺にとっては貴重な人生の一ページになっています」
遠坂は俯きながら続ける。
「何をしているときでも、友達と会話をしているときにも、柳副会長の顔が頭にちらつきます。この話は柳副会長にもしたら話が弾むだろうなとか、これを渡したら柳副会長は喜ぶだろうなとか、そういう考えがよく浮かぶようになりました」
「…………それで?」
柳は回答を求めた。
遠坂は柳から視線を逸らして答える。
……しかし、柳は遠坂の顔を両手で挟み、自分に顔を無理やり向き合わせた。
強制的に視線が合い、少したじろぐ遠坂だったが、そのまま続けた。
「俺は……、柳副会長と過ごす時間全てが楽しいです。嬉しいし、いつでも思い返せる思い出になっているし……。柳副会長がいない世界が、想像できないくらいには、俺は柳副会長を意識してます」
遠坂はだんだんと顔が赤くなっていった。
「顔真っ赤ッスよ、湊っち」
それを柳はからかうように指摘する。
「し、仕方ないじゃないですか。無理やり面と向かって言わせるんですから。……恥ずかしいんですよ」
「わかってるッスよ。わかっててやったッス」
「……意地悪ですね、柳副会長は」
「これがうちのやり方ッスよ」
柳は笑顔で言った。
これが柳なりの優しさなのだと、遠坂は理解していた。
「柳副会長」
「なんスか?」
遠坂はその場に立ち上がって、柳の顔を見て言う。
「こんな俺を好きになってくれてありがとうございます。……俺の知りたい『本当の恋愛』を、もっと、これからも教えてくれませんか」
遠坂は真剣な顔をしていた。
遠坂の本心。
それは、柳とは離れたくない、その一心であった。
柳と離れると遠坂が見る世界が崩壊する。
柳と離れる未来が想像できない。
遠坂はそう考えていた。
柳は遠坂の言葉に対して答える。
「もちろん、言われなくてもそのつもりッスよ。まだまだ湊っちには『本当の恋愛』をちゃんと理解してもらないといけないッスからねー」
「あ、ありがとうございま――」
「ただ、甘いッスよ、湊っち」
「え?」
柳は少し冷たい声で言った。
態度の豹変の仕方に、遠坂は思わず驚く。
「今湊っちが抱いている感情は確かにいいものッス。だけど、その中に『依存』が紛れてないッスか?」
「……依存?」
「そうッス」
そう言って、柳は遠坂の隣に座って続けた。
「自分の人生の中でその人がいないとやっていけない。その人がいない人生なんて考えられない。そう思ってないッスか?」
「…………『未来予知』でも使ったんですか?」
「そんな姑息なこと、こんなタイミングで使わないッスよ」
遠坂は自分の考えていることを的確に当てられて困惑していたが、柳は遠坂の言う言葉を否定した。
「もちろん、そういう風に考えるのもダメとは言わないッス。好きな人と一緒に入れる時間は長いほうがいいし、それがなくなる未来なんて想像したくないのが普通ッスからね」
「でも、柳副会長の言い方だと、それは『ダメ』と言っているように聞こえますよ」
遠坂は手に持っていた飲み物を飲んで言った。
「そう考えるのも限度があるっていうことッス。そう考えてもいいッスけど、度が過ぎるとそれは『執着』になり、『依存』になり、やがて大きな問題を引き起こすッス」
「……じゃあ、どうすればいいんですか」
遠坂は答えが見つからないでいた。
自分の考えを見透かされ、しかしその解決策を自分で見つけることはできない。
遠坂は自分の未熟さを悔いた。
そして、その未熟さは今までの人生で恋愛を軽んじていた自分のせいであると、改めて理解した。
柳は遠坂を見ず、イルミネーションが輝く外を見て言う。
「その人が、一緒にいて当たり前と思うようになったとき。それが、自分の人生の分岐点ッス」
「……分岐点、ですか」
柳は、「そうッス」と言って続ける。
「そこまで思うということは、相手のことをしっかり理解している証拠ッス。同時に、その存在を自分の人生の一部に受け入れる覚悟ができている証拠にもなるッス」
「それはまあ、確かにそうかもしれないです」
「でも、それが相手になかったら、それは単なる片思いと一緒ッス。だからこそ、自分の思いをしっかり伝えるんスよ」
柳はそう言って、自分の手を遠坂の手に重ねた。
「ちょ、柳副会長!? 何して――」
柳は遠坂の言葉を遮って言う。
「湊っちの言葉を聞いて確信したッス。もう湊っちの中で、うちは一緒にいて当たり前の存在になっていたんスね」
「……そう思いますか?」
「思うッスよ。だって、うちもそうッスから」
「………………っ!」
柳の思わぬ発言に、遠坂は驚く顔を見せた。
「湊っちは『本当の恋愛』をもうすでに理解してるんスよ。でも、まだ足りないッス。それをうちが教えてあげるッスよ」
「え? あの、ちょっと、近いって――」
「ダメッス。ここまで来たんだから、……覚悟はしてほしいッス」
顔を合わせ、だんだんと距離を詰める柳を抑え込もうとする遠坂だったが、それは叶わなかった。
気づけば、遠坂は柳と唇を交わしていた。
街を彩り、暗い街中を煌びやかに照らすイルミネーションが、この瞬間だけは、柳と遠坂を照らしていた。
唇が触れ合っているのを感じた遠坂は、自分の心臓の鼓動が早くなっているのを感じていた。
目を瞑りその唇を離さない柳を見て、遠坂は改めて理解する。
(…………これが、『本当の恋愛』、か)
遠坂はそうして、ゆっくりと目を瞑り、その瞬間を『かけがえのない時間』にした。




