番外編④ 『蒼碧祭』を経て
「皆さーん! グラスは持ちましたかー?」
緑ヶ丘学園、青海学園の合同文化祭『蒼碧祭』が無事に幕を閉じた後の休日。
緑ヶ丘学園高等部生徒会、青海学園高等部生徒会のメンバーは、青海学園高等部の生徒会室に集まっていた。
生徒会室の中央には大きな丸テーブルが設置され、多種多様の料理が用意されていた。
その丸テーブルを囲むように椅子が設置され、メンバーはそれぞれの席に着席していた。
そんな中、緑ヶ丘学園高等部生徒会書記、綾瀬凛が音頭を取る。
「準備OKみたいですね。それでは皆さん! せーのでいきますよー!」
元気よく綾瀬が言うと、声を揃えて生徒会メンバーたちは叫ぶ。
『蒼碧祭お疲れ様でしたー! かんぱーい!』
蒼碧祭の無事終了を祝す、『打ち上げ会』の開幕である。
「桜庭生徒会長、今回はお招きいただきありがとうございます」
緑ヶ丘学園高等部生徒会長、飯田勝翔は青海学園高等部生徒会長、桜庭みやびの横に立って挨拶をする。
桜庭は笑顔で答えた。
「いえいえ、いつも緑ヶ丘学園に集まることが多いので、たまにはうちで開くのも良いなと思ったんです。喜んでいただけて何よりですわ」
「前にお邪魔させていただいたときにも思ったんですが、やっぱりこちらの生徒会室は豪華でいいですね。内装は豪華だし、備品も立派なものを使われていて、まるでホテルのスイートルームに宿泊している気分です」
「あらあら。そんなに褒めなくてもよろしいんですよ? むしろこれは行き過ぎた設備だと私は思っていますので」
「そうなんですか?」
飯田は不思議そうな顔をした。
「この設備は学園長の性格が入り混じっているんです」
「学園長……? 水嶋学園長ですか?」
「はい。私が言うとただの悪口に聞こえるかもしれませんが、水嶋学園長、ああ見えて結構見栄っ張りなんです。その影響が生徒会室にも出ているといったところですわね……」
桜庭は困り顔で言った。
「でも見栄っ張りでこうなりますかね……」
飯田も飯田で反応に困っていた。
青海学園高等部の生徒会室の天井にはシャンデリアが下がっており、生徒会長の机は横に広く、万年筆と品質がとても良いメモ帳が置かれていた。
その椅子は革製でクッション性にも長けており、さしずめ学園長や理事長が座る席と言われても差し支えないものになっていた。
他にも、生徒会室の真正面には歴代生徒会長の写真が飾られていたり、出される紅茶は一級品であったりと、桜庭の言う水嶋の見栄っ張りさが十分に伝わるものになっていた。
緑ヶ丘学園高等部の生徒会室はこれと比べるととても質素であり、生徒会長席はあるにしても青海学園とは比べ物にはならなかった。
唯一戦えるものとすれば精々ソファがある程度で、綾瀬たち生徒会役員が作業をする座席は普通の生徒が使う座席と変わらなかった。
学園を束ねる人物の性格が違うだけでここまで内装に差が出るのかと、飯田は顔を引きつかせながら考えていたのだった。
「で、これが行き過ぎた設備だと考える理由は何ですか?」
そんな飯田は桜庭に素朴な疑問を投げかける。
桜庭は「くすっ」と笑って答える。
「もう少し自由にやらせてほしい、と思ったのが理由ですわ」
「自由……?」
「もちろん、私も私以外も、この設備に特にこれといった意見や文句はありませんわ。ですが、少しそういった規律について厳しいところがありまして、あまり自由に学園生活が送れていないのが事実です」
桜庭は真面目な顔をして続ける。
「水嶋学園長の教育方針だというのは重々承知していますが、だからといって私たち学生の自由が奪われるのは違う気がしました。なので、それに対抗するために提案をしたんですよ。『蒼碧祭』の開催を」
「…………なるほど」
飯田は複雑な顔をして返事をした。
そこに、話を聞いていた生徒会長補佐、鈴村徹が横から話に割って入る。
「あれ、でも咲良が言ってましたけど、もともと合同文化祭は青海学園の集客率を上げるためのものだったんじゃないんですか?」
鈴村は用意された食事を食べながら問う。
「おい鈴村……。飯食いながら話すもんじゃないぞ……。こっちは客人なんだから失礼なことはするな」
「あ、すみません」
鈴村は悪びれる顔をして口元を拭いた。
「鈴村君の言う通り、合同文化祭を提案した理由は青海学園への集客率を上げるためです。ですが、この文化祭を経て青海学園をもっと『自由』にできたらいいなと思ったのが、提案をした一番の理由ですわ」
「『自由』、ねぇ……」
飯田は桜庭の言う言葉を理解した。
水嶋の見栄っ張りな性格、そして緑ヶ丘学園理事長、綾瀬忠一のなんでも手に入れようとする欲張りな性格が相反してしまい、結果として緑ヶ丘市に存在する名門校で緑ヶ丘学園の知名度のほうが高くなってしまっていた。
さらに、青海学園に通う生徒たちの自由をも奪って学園を運営しているため、青海学園の周りからの印象はそこまで良いものではなかった。
それらを知っていた桜庭だからこそ、合同文化祭の提案を持ち掛けたのであった。
「反対とかされなかったんですか?」
鈴村が問う。
「もちろん反対はされましたわ。それこそ、最初に提案したときはあまりのショックで持っていたティーカップを落として割るほどでした」
「どんだけショックだったんだよ……」
飯田は困惑した。
桜庭はそのまま続ける。
「最初に提案したときは『忠一の力なぞ借りるか』と一蹴されました。ですが、何度もお願いをするうちに、その提案を承諾してくれたんです」
「数打ちゃ当たる精神ですかね?」
飯田の問いに、青海学園高等部生徒会書記、木下咲良が答える。
「それもあるかもしれませんが、桜庭会長の思いがちゃんと伝わったんだと思います。実際、うちが経営難だったのは遠坂の作る資料を見ててわかってましたし、色々と現実味が増したんだと思いますよ」
そう言って、木下は青海学園高等部生徒会会計、遠坂湊に視線を向けた。
遠坂は口を開く。
「桜庭会長がその提案をしてから、ここ数年の文化祭の集客率、受験時の出願率をデータ化させて水島学園長に見せてみたんです。それが効果を成したのか、桜庭会長の提案を承諾したって感じですね」
「いろいろ苦労されたんですね」
飯田は察するように桜庭に言った。
「はい……。でも、結果として蒼碧祭は無事に開催され、トラブルこそ起こりましたが、鈴村君や飯田生徒会長のおかげで事なきを得ました。それに、無事に終わっただけじゃないんですのよ」
「そうなんですか?」
桜庭は笑顔で続ける。
「蒼碧祭三日目のあの日、橘が現れたあの事件を水島学園長はしっかり見ていたそうです」
「あぁ……、あれ見てたんですね……」
飯田は少し申し訳なさそうにしていた。
蒼碧祭二日目が開催できなくなったのは橘とその取り巻きのせいだが、そのきっかけを作り出したのは飯田である。
飯田は責任感を感じていた。
「蒼碧祭二日目が開催不可能となり、三日目が開催できることにはなりましたが、この状況下で生徒たちはどう行動するのか。水島学園長はとても興味があったそうです」
「興味ですか?」
絢瀬が問う。
「綾瀬理事長が作り上げた『自由』のある緑ヶ丘学園は、この問題に対しどう対応するのか。それを直接目で見たかったそうなんです」
「それで、三日目に体育館にいたんですか?」
「はい。いつ頃来るかについても柳さんから伝えてもらっていました」
柳は名前を呼ばれ、視線を桜庭に向けてブイサインをしてから食事に戻った。
「結果、橘は飯田生徒会長、……いいえ、鈴村君のおかげで撃退することに成功。以降、橘が緑ヶ丘学園に現れることはなく、青海学園にも現れていないと聞いています」
「まあ、警察に連れて行かれたんです。しばらくはうちに近づくことはできないですよ」
飯田は笑顔で言った。
「この結果を見て、水嶋学園長の考えは変わりました。『これが自由を与えた結果か』と呟いていたのを覚えていますわ」
「そうなんですね」
「その翌日から、青海学園では様々な校則に変更が入り、その変更は総じて『自由』を実感できるものばかりになっていました。これも緑ヶ丘学園生徒会の皆さんのおかげです。誠にありがとうございます」
そう言って、桜庭は深々と頭を下げた。
飯田は慌てて顔を上げるように言う。
「いやいや、顔を上げてください、桜庭生徒会長。俺らはただムカついたあいつを懲らしめたかっただけですよ」
「青海学園ではそれすらも許されません。青海学園の場合、やられたら法的措置を取って終わりです。ですが、皆さんは自ら先頭に立って悪と向き合いました。これが、水嶋学園長の考えを変えた大きなきっかけです」
「……そんなにすごいことしてますかね、俺たち」
「それが普通だから実感が湧かないだけですわ。たぶんですが、他の方に聞いても同じ意見を述べると思います」
桜庭は微笑みながら言う。
桜庭はそう言った後、他の青海学園生徒会メンバーに視線を向け、飯田たちの前に横一列に並んだ。
「え、ちょ、どうしたんですか?」
飯田は桜庭たちの突然の行動に驚いた。
「飯田生徒会長。緑ヶ丘学園高等部生徒会の皆さん。改めてにはなりますが」
桜庭はそう言って、青海学園高等部生徒会メンバーが全員頭を下げるのと同時に言った。
「私たち青海学園を救ってくださり、本当にありがとうございました」
それまで楽しんでいた雰囲気とは打って変わり、真剣な面持ちで礼をする青海学園高等部生徒会の面々を前に、飯田は少し戸惑う。
「ま、まあ、終わりよければ全て良しって言うじゃないですか。そんな畏まらなくてもいいんですよ」
「いえ、これは私たちにとってのけじめです。皆さんから学ぶことはまだまだたくさんありますわ。この蒼碧祭を提案して良かったと、心から思っております」
桜庭は再度、深々と頭を下げた。
飯田はその様子を見て頭をポリポリと掻きながら言う。
「…………困ったな」
「まあいいんじゃないですか? お礼を言われるのは気分いいですし♪」
片や綾瀬は、飯田に反して上機嫌だった。
「お礼をされたら真摯に受け止めるものよ、飯田君。困ってる場合じゃないわよ」
「それはそうだけどさぁ……」
未だに困り顔をする飯田を見て、緑ヶ丘学園高等部生徒会副会長、宮田詩織が飯田に釘を刺す。
同じく生徒会会計、琴原みどりも微笑みながら言う。
「お礼をされるくらい私たちはすごいことをしたんですよ、飯田会長。素直に気持ちをもらっておきましょう」
「…………それもそうだな」
琴原の言葉に、飯田は気持ちを切り替え、笑顔で言った。
「こちらこそ、皆さんのお役に立てて光栄です。今後とも良い関係を築けて頂けると嬉しいです」
その言葉を聞き、桜庭たちは顔を上げ、声を揃えて笑顔で返す。
『はい! よろしくお願いします!』
桜庭たち青海学園が得たものは、自分たちを成長させるエネルギーであった。
その規模は膨大なものであり、この蒼碧祭での出来事は桜庭たちにとってとても良い経験となった。
「……来年の蒼碧祭も楽しみですね、桜庭会長」
木下がぽつりと桜庭に呟く。
「そうですわね。……まあ、私と柳さんは卒業してしまうので、参加するだけになりますけど」
「ちゃんと来てくれますよね? 蒼碧祭」
「もちろんですわ。連絡、忘れないでくださいね。次期生徒会長の木下さん」
「はい! ……え? 今なんて言いました?」
木下は桜庭の言葉に元気よく返事をしたが、最後の言葉を聞いて思わず聞き返した。
「さあ? なんでしょうか?」
そんな桜庭は、微笑みながら木下に言った言葉をはぐらかした。
「え、ちょっと、今絶対にはぐらかしちゃいけないこと言いましたよね!? 桜庭会長!? 説明してもらえますか!?」
「ふふふっ。いずれちゃんと説明しますわ。それまでのお楽しみです」
「お楽しみになんでできませんよ!」
木下は頬を膨らませて怒っていた。
「さあ! 皆さん、まだまだ料理は残っています! 時間もまだまだたっぷりありますし、存分に楽しんでくださいませ!」
桜庭はそう言って、『感謝』を交えた打ち上げ会を続けたのだった。




