第60話 そのキスはチョコの味
二月のイベント、バレンタイン。
男性に好意を抱く女性がチョコレートを渡し、自分の気持ちをチョコに乗せて伝えるという、現代日本では当たり前になった文化である。
それは学校という学び舎だけでなく世間一般的に行われているもので、その時期が近付けばそこら中でバレンタインを売りにした商品が店頭に出回るようになる。
しかし、女性にとってこれを買うか否かは大変大きな問題であった。
好意を抱く異性に思いを伝えるということは、どんな形であれとても勇気がいるものである。
バレンタインに限って言えば、その伝えようとしている気持ちは、渡す時間や場所で大きく変わることもあり、渡すチョコも既製品を渡すか、自作のチョコを渡すかで大きく変わってくる。
そして、ここにも一人、バレンタイン当日になって愛する人へ渡すチョコをどうするか悩む女性がいた。
「うーん…………。鈴村君ってどういうチョコが好きかなぁ……」
緑ヶ丘学園生徒会書記、綾瀬凛であった。
綾瀬は既に生徒会補佐、鈴村徹と婚約をしている。
鈴村が年齢を満たせば、即結婚ができるというこの状態で、綾瀬はとても悩んでいた。
綾瀬は必要以上に鈴村に渡すチョコについて拘りを入れようとしていた。
「なんか違うんだよねぇ……。ありきたりなものじゃつまらないし……、だからといって変なのも渡せないし……」
綾瀬は放課後の緑ヶ丘学園の調理室でぶつぶつと呟きながら、チョコを湯煎していた。
「……あら、珍しいわね。綾瀬さんがこんなところにいるなんて」
「あ、宮田先輩。どうしたんですか?」
そこに、生徒会副会長、宮田詩織が入ってきた。
宮田は綾瀬が作業をしている様子を見て言った。
「それ、鈴村君へ渡すチョコを作ってるのかしら?」
「はい、そうなんですけど……、どういうチョコを渡そうか悩んでて……」
「……渡すチョコを悩んでる……?」
宮田は綾瀬の言う言葉が理解できなかった。
「綾瀬さん、鈴村君と婚約しているのよね」
「ええ、まあ。そうですけど」
「なら、普通に作って渡すでいいんじゃないかしら?」
「うーん、本当はそれでもいいかなって思ったんですけど、それじゃ私の気持ちが十分伝わらないなと思って……」
「気持ちなら十分伝わってるじゃない……。婚約って意味わかってるかしら?」
「わかってますよ。私もそこまでバカじゃないです」
綾瀬は頬を膨らませながら言った。
「そうじゃなくて、鈴村君への気持ちは伝わってるし、伝えられてるのも理解してます。でも、だからといってありきたりなもの渡しても、鈴村君喜んでくれるのかなって……」
「…………なるほど、綾瀬さんは鈴村君に喜んでもらいたいのね」
「もちろんですよ。仮にも私からのバレンタインチョコですよ? 鈴村君すごいの期待してるんじゃないかなと思うんです」
綾瀬は自信ありげに言った。
「それはちょっと鈴村君のことを大きく見すぎだと思うわ……」
その綾瀬の言葉に、宮田は困惑する様子で答えた。
しかし、宮田には綾瀬が心底困っているのが伝わっていた。
仮にも婚約しているとはいえ、相手は昔から好意を抱いていた男性である。
そんな相手に、中途半端なものは渡せないと思うのは、宮田も同じであった。
宮田は綾瀬を励ますかのように話す。
「私は、鈴村君が喜んでくれると思えるようなものを渡せばいいと思うわ」
「宮田先輩もそう思いますか?」
「当たり前よ。私だって飯田君に喜んでほしいもの。何を渡すかは毎年悩んでるのだけど、その中でも変わらないのが一つだけあるわ」
「なんですか?」
「その人の事を思う『気持ち』よ」
「『気持ち』、ですか」
「綾瀬さんがつけているそのシュシュ、鈴村君からもらったものよね」
「え? ああ、はい。誕生日プレゼントに鈴村君からもらいました」
「その時、鈴村君はなんて言ってたか覚えてるかしら?」
「…………『普段使ってくれるものがないか考えてた』って言ってました」
「……うーん…………。全く参考にならないわね」
宮田は、鈴村が綾瀬に特別な思いを込めてそのプレゼントを渡したのだと思って聞いたが、理由は自重性があるかどうかだけであったため落胆していた。
綾瀬は「でも」と言って続ける。
「鈴村君は私のことを考えてこのシュシュを選んでくれました。実際これをつけた姿を見て『かわいい』って言ってくれましたし、大事なのは気持ちの問題なんですね」
「そうよ。好きな人に何を渡すにしても、まず大事なのはその人に対する気持ちがちゃんと伝わるかどうか。確かに渡すものにもそれは左右されるけど、気持ちのこもってないものを渡されても白けるだけよ」
「そうは言いますけどね……。今回渡すのはバレンタインチョコですよ? もうこれを渡す時点で『気持ち』がこもってると思うんですけど……」
「それは固定概念から抜け出せてないわね」
「……固定概念?」
綾瀬は宮田が言いたいことが理解できていなかった。
宮田は綾瀬にわかりやすく説明をする。
「確かに綾瀬さんの言う通り、バレンタインにチョコを渡すという行為をするだけで自分の気持ちを伝えているようなものだわ。でも、それ以外にも工夫する点があると思わない?」
「例えば、なんですか?」
綾瀬は宮田に真剣な顔で問う。
「これは工夫する点の一種でもあるけど、当然ありきたりなものを渡してもそれは『普通』で終わるわ。そこに、苦労して作った、という思いを乗せるだけでだいぶ印象は変わるものよ」
「おぉ……、なるほど…………。……例えば?」
「……なんでこの子成績トップなのかしら」
宮田は綾瀬の鈍感さに、成績がトップなことを疑い始めた。
しかしながら、この鈍感さと学業がイコールで結びつくことはないと宮田はわかっていたため、考えるのをやめた。
「綾瀬さん。料理は得意?」
「はい! 綾瀬家の人間は皆料理が得意です。このクリスマスにも、鈴村君に料理を振る舞いました」
「なるほど。じゃあ鈴村君は綾瀬さんが料理が得意だということを知っているのね」
「はい!」
綾瀬は元気に答える。
そのうえで、宮田は綾瀬に問う。
「じゃあ、今まで綾瀬さんが作ったことのないスイーツってあるかしら?」
「……スイーツ? お菓子とかそういう系ですか?」
「ええ。つまり、綾瀬さんがここで今まで作ったことのないスイーツに初挑戦することで、鈴村君に『頑張って作った』という気持ちを伝えるのよ」
「……おぉ……。それが工夫の一つですか」
「私の言いたいこと、理解できたかしら?」
「はい! 参考になります!」
綾瀬は元気いっぱいに返事をした。
「そうかぁ……。作ったことのないスイーツかぁ……」
そう言いながら、綾瀬はそれまで見ていたバレンタイン向けに作られた雑誌をぱらぱらと捲って読んでいった。
「…………あっ。これ作ったことないです」
綾瀬は雑誌に載っているスイーツの写真を指さしながら言った。
「……マカロンね。いいじゃない。バレンタインに最適だわ」
「最適? なんでですか?」
「一説によれば、バレンタインにマカロンを渡すことには別の意味が込められるらしいの」
「別の意味?」
「ええ。『あなたは特別な存在』という意味よ」
「……なんかバレンタインにピッタリですね」
「その意味が込められているから、チョコの代わりにマカロンを渡す人も少なくないらしいわ。鈴村君への思いをちゃんと伝えるためにも、それを作るといいかもしれないわね」
宮田は微笑みながら綾瀬に言う。
「……私、これ作ります!」
宮田のその言葉に、綾瀬は意気込みながら作るものを決めた。
「それで、宮田先輩は何を作るんですか? 飯田会長に渡すんですよね?」
「ええ、そうよ。私はクッキーを作るの」
「え、クッキー? チョコじゃないんですか?」
「飯田君、チョコが苦手なのよ。別に食べられないわけじゃないみたいなのだけど、好き好んで食べたいとは思わないって言ってたわ」
「へー……。なんか意外ですね」
「そうかしら。食べ物の好みは人それぞれだから、特に何も思わなかったわ」
宮田はそう言いながら、持参した調理グッズを調理台に並べ始める。
「それに、さっきも言った通り、渡すものはなんであれ、『気持ち』がこもっているかどうかが大事よ。チョコが苦手だから渡さないなんて、それはその人のことを思っていない証拠だわ」
「確かに、それは宮田先輩の言う通りですね。……そういう人がいるんですか?」
「ええ。とても身近に。今は関わりたくもないけどね」
「そうなんですね……。彼氏さんもお気の毒に……」
綾瀬は彼氏と思わしき人物に同情していた。
「……あれをあの人は彼氏とは言わないわよ」
「え、何か言いました?」
「いえ、何も言ってないわ。さ、作りましょうか」
宮田はぽつりと呟いたが、何もなかったかのようにクッキー作りを始めた。
「わ、わかりました。さーて、頑張るぞー!」
少し疑問を抱く綾瀬であったが、気を取り直してマカロン作りに励んだ。
*
綾瀬と宮田が話していた同時刻。
生徒会室では、飯田と鈴村が黙々と生徒会の作業をしていた。
「あれ、今日琴原先輩いないんですね」
作業の最中、鈴村が飯田に声をかける。
「ああ、琴原ならもう帰ったぞ。習い事があるとかで」
「へぇー。そうなんですね」
そこで一つの会話が終わった。
再び黙々と作業を続ける二人。
次に口を開いたのは飯田だった。
「そ、そういえば、今度理事長が、正式に次期生徒会長の推薦状を渡しに来るってよ」
「え、正式に? 蒼碧祭のときに推薦状もらいましたよね?」
「お前ついこの前の話聞き流してただろ……。冬休み前に理事長が推薦状書いてたって」
「なんで二回も書くんですか?」
「あ、そうか。言ってなかったっけ」
飯田は作業を止めて鈴村の顔を見て言った。
「蒼碧祭の時に渡したあの推薦状、あれ下書きなんだよ」
「……え、そうなんですか?」
鈴村は驚く顔を見せた。
「理事長が下書きでも見せれば信じるだろって言ってあれを渡したんだけど、あれは下書きだ。正式なものじゃないんだよ」
「……え、何ですかその思わせぶり」
「まだその時にもらったやつ、持ってるか?」
「はい、ずっとカバンに入ってますよ」
「よく見てみろ。学園長と理事長の押印欄にハンコ押されてないだろ」
「…………ほんとだ」
確かに飯田の言う通り、鈴村が既に受け取っていた推薦状には学園長、理事長の押印がされていなかった。
よくよく確認すると紙も薄くペラペラで、とても大事な書類とは思えないものであった。
「その清書を冬休み入る前に理事長がしてたんだよ。たぶん時期的にそろそろ清書されたものを渡しに来ると思うんだが……。まだもらってないのか?」
「……はい。……もしかしてですけど、理事長それ忘れてないですよね?」
「忘れてないと思うぞ。…………たぶん」
飯田はうすら笑いをしながら言った。
「……悪い、念のため確認しておくわ」
「お願いします」
とても不安になったのか、飯田はその場で理事長に確認メッセージを送った。
そして、再び静かになる生徒会室。
飯田と鈴村は、どこかソワソワしていた。
「……な、なあ、鈴村」
「なんですか?」
「…………なんでそんなソワソワしてんだよ」
「別にしてないですよ。……飯田会長だって、ソワソワしてるじゃないですか」
「ど、どこがだよ。俺はほら、この仕事早く終わらせないと理事長に怒られるから、ソワソワしてるだけだよ」
「それだと怒られるのを楽しみにしてる人にしか聞こえないですよ」
「……間違えた」
飯田は嘘が下手だった。
飯田は照れながらも、鈴村に問う。
「敢えて聞くぞ。鈴村、お前バレンタインに綾瀬から何もらえるか気になってるだろ」
「なっ……、なぜそれを……!?」
「話聞いてたのかよ。だからなんでソワソワしてんのか聞いてたんだけど」
「あ、なるほど」
今になって鈴村は飯田の言ったことを理解した。
鈴村は作業を止めて飯田に言う。
「……正直なところ、絢瀬から何をもらえるか気にしているというよりかは、本当に何かしらもらえるのかな、という不安があります」
「……婚約してるのに?」
「はい……。綾瀬も俺に何渡すか悩んでるはずです。その悩みがどんどんネガティブな方向に向かっていって、いっそ渡さないほうがいいっていう結論になって、渡さない未来が来るんじゃないかって……」
「なんでお前がネガティブなんだよ。意味わからんわ」
鈴村のネガティブ思考に、ただただ疑問が残る飯田であった。
飯田は鈴村を励ますかのように言う。
「あの綾瀬が鈴村に何も渡さないなんてことないだろ」
「そう言い切れますか?」
「ああ、言い切れるね。綾瀬は鈴村の気持ちを受け止めてくれたんだろ? ちゃんと綾瀬も、鈴村にしっかり気持ちを込めたものを渡したいと思ってるはずだよ」
「そうですかね……」
「綾瀬からの誕生日プレゼントだって、鈴村のことをしっかり考えて選んでくれただろ? そんなことまでしてくれる相手が、恋愛の代名詞ともいえるバレンタインデーに何も渡さないなんてことするか?」
「……まあ、それはないとは思いますが……」
「だろ? だから自信持てよ。大丈夫、綾瀬はちゃんとお前のことを思って今も何かしら作ってるはずだ」
「……だといいんですけど」
そう言って鈴村は、多少の不安が取り除かれながらも作業を再開した。
「それで、飯田会長はなんでソワソワしてたんですか?」
「ああ、俺か? 俺は詩織が何くれるのか気になってたんだ」
「……チョコじゃないんですか?」
「あー、俺実はチョコ苦手なんだよね」
「え、そうなんですか?」
鈴村は驚く顔を見せた。
「厳密には食えないわけじゃないんだけど、なんかこう、好き好んで食いたいとは思わないっていうか……。何個か食ってると気持ち悪くなってくるんだよ」
「……あー、たまにいますよね、そういう人。俺は大丈夫なんですけど、チョコ食べすぎて気持ち悪くなったっていう話はちょくちょく聞きます」
「別にもらっても食えなくはないんだけどな。バレンタインにもらうならチョコ以外にしてくれって詩織に言ってあるんだ」
「それで、毎年違うものをくれるんですか?」
「ああ。去年は……スフレだったかな。毎年チョコの入っていないスイーツを作ってくれるから、実は毎年の楽しみなんだよ」
飯田は笑顔で鈴村に答えた。
「ラブラブですね、飯田会長」
「からかうなよ。お前も似たようなもんだろ」
そんな他愛もない男子の会話をする中、鈴村に一本の電話が入る。
「……電話? 遠坂君だ」
電話の相手は青海学園生徒会会計、遠坂湊であった。
鈴村と遠坂はクリスマスプレゼントを共に選んだ日以来、より深く友情が深まり、お互いに相談事をよくする仲になっていた。
「すみません、遠坂君から電話来たので出ますね」
「おう、いいぞー」
そう言って、鈴村は生徒会室から出て電話に応答した。
「もしもし? 遠坂君?」
『あ、鈴村くん? 今電話大丈夫だったか?』
「今生徒会の仕事中なんだけど、大丈夫。どうした?」
『あー、仕事中だったか。邪魔しちゃ悪いから後でかけなおすよ』
「いや、いいよ。もうすぐ終わるところだったし。で、要件は何?」
『それなら……。ちょっと相談に乗ってほしくて……。あ、飯田生徒会長はいる?』
「飯田会長なら生徒会室にいるよ。ちょっと待ってて」
鈴村はそう言って、生徒会室に入りなおした。
「あれ、戻るの早いな鈴村。もう話終わったのか?」
「いや、遠坂君、飯田会長とも話したいらしいんですよ。なので戻ってきました」
鈴村はそう言いながら、スピーカーにして飯田も会話に参加できるようにした。
「よう、遠坂君。何か俺に用か?」
『お久しぶりです。飯田生徒会長。ちょっとお二人に相談に乗ってほしいんですけど……』
「おう、なんでも聞いてやるぜ。どうした?」
飯田は胸を張って遠坂の悩みを聞いた。
『実はですね……、ちょっと悩むことがあって……』
遠坂は少し間を空けて言う。
『女子に渡すバレンタインって、何渡せばいいと思います……?』
「…………は?」
飯田は遠坂の言う言葉が理解できないでいた。
鈴村もそれは同じであった。
「ちょ、遠坂君、どういうこと?」
『いや、それがですね、柳副会長とバレンタインの話をしてて、柳副会長は俺にチョコを渡してくれるつもりでいるらしいんですけど、俺からもバレンタインに何か欲しいと言われまして……』
「……なんだそりゃ。そんなのチョコ渡して終わりでいいじゃねえか」
「飯田会長、それじゃ俺らに相談してきた意味がないですよ。それで終わるならこんなこと相談しませんって」
「あ、そうか。そりゃそうだわな」
飯田は冷静になった。
遠坂はそのまま続ける。
『飯田生徒会長の言う通りチョコ渡すだけでいいかなと思ったんですけど、なんかそれだけだと物足りなさがありまして……』
「というと?」
飯田が遠坂に問う。
『ただチョコ渡すだけなら誰でもできるじゃないですか。でも、柳副会長の思いにはちゃんと応えてあげたいんですよ。だから、何かチョコ以外でいいのないかなぁ、って』
遠坂の声色は電話越しに照れているのがわかるほどであった。
「…………乙女か」
飯田は思わずツッコミを入れた。
『それは言わないでください。自分が一番そう思ってるので。……まさかこんなことで悩む日が来るなんで思いませんでしたよ』
「遠坂君は柳副会長のことが好きなんでしょ? なら、その思いが伝わるものを作って渡せばいいんじゃない?」
『……やっぱり既製品はダメですよね』
『そりゃそうだよ』
遠坂の言葉に、鈴村と飯田は声を揃えて答えた。
「手作りだからこそ相手に思いが伝わるってもんだぞ、遠坂君。柳副会長が喜んでくれそうで、且つ遠坂君の気持ちが伝わるものを作ればいいんだよ」
『……それが思いつかないから相談してるんじゃないですか』
「まあ、そりゃそうだよね」
鈴村は遠坂が本気で悩んでいることを改めて理解した。
「でも、飯田会長の言う通りだと思うよ。何渡すかは大事だけど、少なくとも手作りなら遠坂君の気持ちがしっかり伝わるんじゃないかな」
『ですよねぇ……』
しかしながら、遠坂の悩みは消え去らなかった。
その様子を見て、飯田は言う。
「……遠坂君。いくら悩んでもお前が抱えてるその悩みは消えないぞ」
『……なんでですか?』
「だってそうだろ。いくら悩んだところで、結局気持ちが伝わるかどうかは自分の努力次第なんだから。何を渡すかより、気持ちがどう伝わるかをまずは考えればいいと俺は思う」
『そういうもんですかね』
「その人の事をしっかり思ってるなら、何をあげるかよりどうしたら気持ちが伝わるかが勝つと思うけどな。何をあげるかはその次に考えるもんだ」
『……なるほど、参考になります』
その飯田の言葉に鈴村も続ける。
「俺も同じ意見だよ。気持ちを伝えることを一番に考えて、それを踏まえたうえで何を上げるか考えたらいいんじゃないかな」
『なるほど……。ありがとう、鈴村くん。飯田生徒会長もありがとうございました。参考になりました』
「いや、いいんだよ。頑張って後悔のないもの渡してやれよ」
『はい!』
飯田のその言葉に、遠坂は覚悟を決めて返事をした。
『ちょっと湊っちー? 誰と話してるんスかー?』
電話口から、柳の声が聞こえた。
「……あれ、お前ら今同じ場所にいるのか?」
『そりゃ平日ですからね……。俺らも生徒会室で仕事中ですよ。そんな最中に柳副会長からその話が飛んできたんで、悩んじゃって仕事に集中できなかったんです』
「あー……。なるほどね」
『お忙しい中時間取ってもらってありがとうございました。お二人の意見、参考にさせてもらいますね。それじゃ鈴村くん、また今度』
「え? あ、うん。じゃあ、切るね」
そう言って、鈴村は電話を切った。
「……最後の言葉、何か意味あったのか? 遠坂君と約束してたりするのか?」
「……いえ、特に覚えがないです。何の話ですかね……」
鈴村は遠坂が最後に言った言葉が少し引っかかっていた。
特に約束をした覚えがない鈴村だったが、遠坂のその言い方は約束をしているような言い方であった。
しかし、考えても仕方がなかったため、今はそれを考えるのをやめた。
「さ、仕事に戻るか。もうすぐ仕事も終わりだし、やること済ませたら帰っていいぞ」
「あ、はい。ありがとうございます」
そう言って、鈴村と飯田は作業に戻った。
*
その日の夕方。
夕日に染まる空を見ながら、綾瀬と鈴村は横並びで歩いていた。
「生徒会の仕事任せちゃってごめんね、鈴村君」
「気にしなくていいよ。そんなに量多いわけじゃなかったし、飯田会長と協力してやったからすぐ終わったよ」
「そっか。ならよかった」
綾瀬は笑顔で鈴村に言う。
片や鈴村は、綾瀬が持っているカバンに視線がいきながらも、綾瀬に話題を振る。
「そ、そういえば、用事は済んだのか?」
「え? ああ、うん。おかげさまで済んだよ」
綾瀬はその手に持つカバンを自分の後ろに隠しながら答えた。
「……なんでカバン後ろに隠すの?」
「ギクッ」
鈴村の問いに、綾瀬は思わず体をビクッとさせて戸惑う様子を見せる。
「い、いやー、何の事かなー」
「なんの事って……。めちゃくちゃ怪しいじゃん、その隠し方。カバンの中に何が入ってるんだよ」
そう言って、鈴村は綾瀬の持つカバンを取り上げようとした。
「ちょ、ダメだって鈴村君! 形が崩れちゃうから!」
「……なんの形が崩れるの?」
「…………あっ」
綾瀬はまんまと鈴村の罠にかかってしまった。
これこそ、鈴村の体を張った誘導尋問である。
綾瀬は顔を赤らめながらも鈴村の問いに答える。
「か、カバンの形って大事じゃない? こう、カクッとしたところとか美しいし……、中になんでも入れられるのも奥が深いし……」
「綾瀬。諦めて何が入ってるのか白状しなさい」
「…………はい」
綾瀬の誤魔化し作戦は失敗に終わった。
綾瀬はカバンを開け、ゆっくりと中から少し小さ目の箱を取り出す。
「か、形が崩れると思ってたのはこれだよ。この箱」
「……箱ねぇ」
「……もう、鈴村君絶対わかっててやってるでしょ!」
綾瀬は恥ずかしそうに鈴村に向かって叫ぶ。
その様子を見て、鈴村は思わず笑ってしまう。
「ははは! ごめん、ちょっとからかいたくなった」
「もう……。恥ずかしいんだからやめてほしいんだけど」
綾瀬はそう言いながらも、夕日を背にして鈴村の前に立った。
そして綾瀬は、その手に持つ箱をゆっくりと鈴村に差し出して言う。
「…………はい。私からの初めてのバレンタインだよ。……受け取ってほしいな」
夕日の影に隠れながらも、綾瀬は顔をさらに赤らめていた。
綾瀬は鈴村から視線を逸らしていたが、思わず目が合ってしまい、咄嗟に視線を逸らした。
「……やっぱり。今日はバレンタインだからさ。綾瀬が何くれるのか楽しみにしてたんだよ。ありがと」
鈴村はそう言って、綾瀬の頭を撫でながらバレンタインの箱を受け取った。
鈴村は綾瀬の顔をしっかり見ていたが、綾瀬は未だ視線を合わせられないでいた。
「開けていい?」
鈴村のその言葉に、綾瀬は小さく頷いた。
「…………おお、マカロンだ」
「ど、どうかな。初めて作ったんだよ、それ」
中に入っていたのは、綾瀬が初めて作ったチョコのマカロンであった。
しかし、初めて作ったにしては完成度が高いことに驚き、鈴村は賞賛の声をあげる。
「……これ、本当に初めて作ったの? 練習もなしに一回で?」
「い、一回目は失敗しちゃったよ。それは二回目に作ったものです」
綾瀬は鈴村と視線を合わせることなく言う。
「……やっぱすごいな、綾瀬は。料理の天才なんじゃないか?」
「そこまで褒められるほどすごいことはしてないと思うけどな……」
そう言う綾瀬であったが、鈴村は心底嬉しそうな顔をしていた。
「…………食べていい?」
「……どうぞ」
綾瀬は恥ずかしそうにしながら、鈴村に言う。
「じゃあ、いただきます」
そう言って、鈴村はチョコのマカロンを口にした。
「…………うまい。綾瀬の味がする」
「へ、変なこと言わないでよ! なんかいかがわしく聞こえるじゃん!」
綾瀬は左右に下す髪をそれぞれの手でくるくると回しながら言った。
「これ、本当に綾瀬が初めて作ったんだよな?」
「だから、そうだって言ってるじゃん」
「……だからかな。やっぱり、綾瀬が頑張ったのがしっかりと伝わってくるよ」
「……どういうこと?」
綾瀬は鈴村に問う。
「だって、綾瀬が作ったことがないってことは、それがちゃんと美味しく作れるか保証がないわけでしょ?」
「そ、それはそうだけど……」
「でも、俺がどんな感想を持つかわからないものを、綾瀬は勇気を出して作ってくれた。出来栄えは最高だし、味も美味しい。綾瀬がしっかり俺のことを考えて作ってくれてるのがちゃんと伝わってくるよ」
そう言いながら、鈴村は二口目を食した。
「そ、そこまで褒められると照れるなぁ」
「初めて作ったものをたった一回失敗しただけでここまで作れるんだから、綾瀬はすごいよ。……ありがと、綾瀬」
「……うん。鈴村君が喜んでくれて、私も嬉しいよ」
綾瀬は安堵する表情を見せた後、笑顔で言った。
「ところで……。これなんで二個入ってるの?」
「ああ、それはね……」
鈴村の問いに対し、綾瀬はその場で小さく口を開ける。
「…………何?」
鈴村は綾瀬の取った行動があまり理解できなかった。
綾瀬は口を開けたまま、「ん!」と言って口を指さす。
「……もしかして、『あーん』してほしいってことか……?」
「ん!」
綾瀬は笑顔で答えた。
「……仕方ないなぁ」
鈴村はそう言って、綾瀬の作ったマカロンを綾瀬の口に運んだ。
「…………うん、美味しい! ちゃんと私の想像してた味になってる!」
綾瀬は自分の作ったマカロンを口にし、その味に思わず声を出した。
「だろ? やっぱり綾瀬は料理の天才だと思う。そういう仕事についたほうがいいんじゃないか?」
「うーん、いや、私の将来の夢は決めてるから、料理のお仕事には就かないよ」
「そっか。まあ、綾瀬の人生だからな。自分が就きたい仕事に就きなよ。俺は応援するから」
「ふふっ。ありがと♪」
綾瀬はそう言って、さりげなく鈴村の唇にキスをした。
一瞬の出来事に、鈴村は動きが止まった。
「……鈴村君の唇、チョコの味がするね」
そう言いながら、綾瀬は自分の唇に人差し指を当てた。
「……マジでそういう不意打ちやめてくれ……。心臓に悪い」
「ごめんね。でも、今したいって思ったんだから、しょうがないじゃん」
「いいけど……。心臓がもたないからマジでやめてくれ」
鈴村は自分の心臓の鼓動が早くなるのを感じていた。
「……帰ろっか。鈴村君」
「……ああ、そうだな」
そう言って、鈴村と綾瀬は手を繋いだ。
「綾瀬」
「何?」
「マカロン、めちゃくちゃ美味しかった。ありがとう」
「……どういたしまして」
「来年はまた別のお菓子作ってくれるか? 綾瀬の作る料理もうまいけど、お菓子も色々と食べてみたくなった」
「…………料理もお菓子も、これからいくらでも作ってあげるよ」
その鈴村の言葉に、綾瀬は微笑みながら返した。
そうして、二人は夕日に向かって歩き出すのだった。




