第56話 『大事な気持ち』と『覚悟』
「…………、ん、ふぁーあ…………」
綾瀬凛の誕生日から一夜明けた朝。
綾瀬は目をこすりながら、むくりと体を起こした。
「んー……! おはよう、鈴村君。いい天気だ…………ね?」
体を伸ばしながら隣で寝ているはずの鈴村徹に声をかけた綾瀬であったが、声をかけた先に鈴村の姿がなく、綾瀬は困惑していた。
「……えっ、鈴村君!? どこ行ったの!?」
綾瀬は慌てて鈴村を探そうとする。
この日の前日は綾瀬の誕生日であり、クリスマスイブでもある。
鈴村は綾瀬と水族館デートをし、無事にそのデートは成功に終わる。
タイムスリップ前の悲劇を繰り返すことなくその日を終えようとしていたが、綾瀬に泊まるように言われ、鈴村は邪な気持ちを抱きながらも綾瀬の家に向かった。
案の定、鈴村は綾瀬からいろいろなアタックをされたが、付き合うにしても順序が大事と考え、なんとか理性を保って何事もなく一夜を過ごしたのだった。
……が、その翌朝、肝心の鈴村は綾瀬の隣にはいなかった。
「え、鈴村君どこ……!? もしかして、やっぱり私に幻滅した!? 聖夜なのにすることしなかったから!?」
綾瀬は顔を両手で覆い、自分が勇気を出して鈴村に対して『それ』をしなかったことを後悔していた。
綾瀬は急いで鈴村を探そうとベッドから降りる。
綾瀬が床に足をつけた、その瞬間。
むぎゅっ
「いってええええええええええええ!!!!!!!!!!!!」
「わっ! 鈴村君そんなところにいたの!?」
鈴村は自分の太ももの内側を綾瀬に思い切り踏まれ、床をゴロゴロと転がりながら痛がっていた。
「ご、ごめんね鈴村君! まさかそんなところにいるなんて思わなくて!」
「いや、いいんだ。……いってぇ…………」
鈴村は、地味につねられるととても痛む太ももの内側をさすりながら言った。
綾瀬は不思議そうな顔で鈴村に問う。
「…………なんで床で寝てるの?」
「綾瀬の寝相が悪いからだよ!」
鈴村は怒り気味で綾瀬に言った。
「……あー、ごめんね。私寝相悪いんだった。でもなんで床に? まさかベッドから落ちたの?」
「綾瀬のその寝相のせいでな……。あとはまあ、俺も男だし、イブの夜だし、平常心を保って綾瀬の隣で寝れる自信がなかった、っていうか……」
鈴村は照れながら言った。
「……ふーん? 私のことを心配してくれたんだ。間違いがないようにって」
「そ、そういうのは段階を踏んでからって言ったのは俺だしな。そんな俺が綾瀬を襲うようなことしたら、説得力ないだろ」
「…………別に襲ってくれても良かったのに」
綾瀬は鈴村の言葉に、少し小さめの声で言った。
「え? 何?」
「何でもない! このヘタレ!」
「いたっ! なんで蹴るの!?」
綾瀬は頬を膨らませながら、鈴村の脇腹に蹴りを入れた。
鈴村は蹴られた脇腹をさすりながら、部屋を出ようとする。
「リビングに行こうぜ、綾瀬。朝ごはん作るよ」
「う、うん。わかった」
そう言って綾瀬は鈴村の後を追った。
*
「それで、今日は何をするの?」
綾瀬は鈴村が作ったサンドイッチを食べながら聞く。
「あー、それなんだけどな。今日は出かけないで、家で過ごそうと思うんだ」
「…………家で? クリスマスなのに?」
鈴村はサンドイッチを食べながら頷いた。
鈴村のその回答に、綾瀬は不満そうな顔をして言う。
「えー、どっか行こうよー。私遊園地行きたーい」
「綾瀬、これにはしっかりとした理由があるんだ」
「理由?」
綾瀬は首を傾げる。
「昨日水族館に行って疲れただろ? 俺も外出はしたいし遊園地にも行きたいのは山々なんだけど……、今日は家でのんびりしようと思ってさ。俗にいう『おうちデート』ってやつだ」
「……おうちデート……!」
綾瀬はその言葉の響きがとても心地よく感じ、目をキラキラと輝かせていた。
「いいねそれ! おうちデート!」
「別に綾瀬が遊園地に行きたいのであればそれでもいいけど、どうする? 結構元気そうだし」
「いや、それでいいよ! 昨日外でのデートは楽しんだし、今日は二人きりのデートの時間にしよう!」
綾瀬は笑顔で言った。
「よし、じゃあ決まりだな。……と言っても、問題は場所なんだ。綾瀬、今日綾瀬のお母さんや理事長……じゃなかった、お父さんが帰ってくる予定あるか?」
「え? えーっと……、ちょっと待ってね」
そう言って、綾瀬はスケジュール帳を開いてそれぞれの予定を確認する。
「…………うん、今日は夜まで帰ってこないっぽい」
「そっか。じゃあうちに移動する必要はないな」
「なんで?」
「今日はおうちデートも兼ねてあることをしたくてさ」
「あること?」
鈴村はその場に立ち上がって、綾瀬を見て言う。
「綾瀬、同棲ごっこをしてみないか」
「…………同棲、ごっこ…………?」
綾瀬は鈴村の提案したことより、その提案したことの言い方が引っかかり、一瞬眉がピクッと動いた。
鈴村はその様子をしっかりと見逃し、そのまま続ける。
「俺はいずれ綾瀬と結婚するつもりだ」
「…………はい」
綾瀬の表情は一瞬で綻んだ。
「結婚したら、いずれ同棲するだろ? そのイメージトレーニングみたいなことをしたくなってさ。実際に綾瀬と暮らしたらどうなるんだろうって思ってたんだよ」
「な、なるほど。試しに一緒に一日生活してみて、同棲するに値するかどうか、しないなら改善点を探し出そうってことだね?」
綾瀬は人差し指を立て、自分の綻んでしまう表情を必死に抑えながら言う。
「そういうことだ。家に一日一緒にいるだけでも、相手がどんな人か大体わかるものだしな」
「そういうものなの?」
「ただでさえここは綾瀬の家だ。いずれは寛ぎ始めるだろうし、そのうち自分の『素の姿』が出るはずだ」
「…………もしかして鈴村君、そこを狙ってエッチなことを……」
「しねえよ! 俺のことをなんだと思ってるんだ!」
綾瀬の良くわからない言動に、思わず鈴村は大声でツッコミを入れた。
鈴村は気を取り直して綾瀬に言う。
「俺はな、同棲をするうえで一番大事なのは、好きだと思っていた人の『素の姿』を見たときにどう思うかだと思ってるんだ」
「どう思うか?」
綾瀬は首を傾げる。
「世の中のカップルってのは、その人の第一印象や、その人と関わり始めてから気づいたいいところに惹かれて気持ちを抱き成立するだろ? でも今見ているその姿は、もしかしたら本当の姿じゃないかもしれない」
「……なるほど、ぼろが出た相手を見たうえで、それを許容できるかどうかを試したいってわけだね……?」
「さすが綾瀬、察しがいいな」
「…………一つだけ、鈴村君に言っておくね」
「何?」
鈴村は無垢な表情で綾瀬を見た。
綾瀬は鈴村に近づき、……頬を両手で力強くつねりながら言った。
「鈴村君私の事ほんとに好きなの!? その言い方だと、今日過ごしてみて自分に合わないと思ったら捨てるっていう風に聞こえるよ!?」
「痛い痛い痛い! 違うよそう言う意味じゃなくって!」
鈴村の大事なところで思いがしっかり伝えられない不器用さが、綾瀬の怒りゲージをマックスにさせた。
綾瀬は鈴村の頬をつねりながら続ける。
「確かにそういうのは大事だと思うよ! でも、今までの鈴村君見ててわかるもん! 同棲の練習みたいなことしなくたって、鈴村君とは素敵な家庭を築けるって!」
「えっ…………」
綾瀬のその言葉に、鈴村は痛く感動していた。
「あ、綾瀬……、俺のことをそんな風に思ってくれてたんだな……!」
思わず鈴村は涙を流した。
綾瀬はその鈴村の行動に少し引いていたが、綾瀬は思っていたことを口にした。
「鈴村君の言うことは正しいと思うよ。……でもね、私はそんなことしなくても、鈴村君とは安心して一緒に過ごせると思うし、どんな壁があっても乗り越えられると思うんだ」
「……敢えて聞くけど、根拠は?」
鈴村の問いに、綾瀬はまっすぐ鈴村を見て言う。
「今までの鈴村君の活躍を見てきたからかなぁ。そんな同棲の練習みたいなことしなくたって、生徒会を通して鈴村君とはかなり長い時間過ごしてきたでしょ? 未来の私にフラれて、タイムスリップして、私と付き合うためにたくさん努力して鈴村君は今ここにいるんだから、もうそれだけで十分証明になるんじゃないかな」
「……そっか。もうすでに証明されてたんだな」
鈴村は涙を拭きながら言った。
綾瀬は鈴村の頭を撫でながら続けた。
「でもまあ、それっぽいことをしてみてもいいかもねー。こうやって二人きりの時間を作れることあまりなかったし、鈴村君のこともっと知りたいからさ」
「……ありがとう、綾瀬。じゃあやってみますか。同棲ごっこ!」
「…………さっきも気になったんだけどそのごっこって言うのやめない? 子供遊びみたいに聞こえてなんかヤダ」
「あ、ごめん」
綾瀬は鈴村のことを真剣に思っているが故に、『ごっこ』と名付けられたことが気になっていた。
鈴村は気を取り直して同棲について語り始める。
「じゃあまあ、とりあえずまずは家事とかだな。どっちが何を担当するか決めないと」
「……え、そういう感じ?」
「え? なんで?」
鈴村はなぜ綾瀬がそのような問いを投げかけてくるのかわからなかった。
「私はてっきり、私が家事を担当して、鈴村君が仕事に専念すると思ってたんだけど……」
「そんなことできないだろ。綾瀬だって家事ばかりしてたら大変だろ? 俺だって手伝うよ。それに、育児もしなきゃいけないんだから、俺が家のこと何も手伝わないのは間違ってるよ」
「い、育児……!?」
綾瀬は鈴村の言う言葉の中で、その部分だけが耳に残った。
(……やっぱり鈴村君、私との子供欲しいんだ……!)
綾瀬はそんな反応をしていたが、好きな人との子がほしいと考えるのは普通の事である。
(てことはやっぱり、鈴村君とはそのうちそういうことを…………)
鈴村より綾瀬のほうが邪なことを考えていることが証明された瞬間であった。
「……綾瀬? 聞いてる?」
「え? あ、うん、聞いてるよ! 子供何人欲しい?」
「……何も聞いてないじゃん」
鈴村は呆れ顔で言った。
「ともかく! 一緒に暮らすなら家事分担は必須! 適材適所ってのがあるし、それぞれが得意なことを割り振っていこう」
「そ、そうだね。じゃあまずは料理だけど……」
「それは綾瀬だな」
「じゃあ洗濯は……」
「俺ができる」
「……掃除は」
「どっちもできるだろうな」
「…………鈴村君さ」
「何?」
綾瀬は、わかったうえで鈴村に言う。
「もしかして私たち、分担するほど家事に困ってないんじゃない?」
「……確かに、何を頼まれても俺はできるし、その辺で困らないかもしれない……」
鈴村は顎に手を当て、綾瀬の言うことに納得していた。
「ふふっ、ははは!」
「な、なんだよ綾瀬、急に笑い出して」
鈴村の様子を見て、綾瀬は思わず笑いだしてしまった。
「いや、ごめんね! 鈴村君すごく真剣に私たちの将来のことを考えてくれてたみたいだけど、鈴村君が心配するほどのことじゃないってわかったら、面白くなっちゃって」
「……バカにしてる?」
「んーん、全然。そこまで考えてくれてることを感謝してるくらいだよ。ありがと」
綾瀬は微笑みながら言った。
「じゃあとりあえず、食器片づけて掃除でもするか」
「そうだね。……あ、洗い物は私がやるから鈴村君は寛いでてよ」
そう言って、綾瀬は洗い物を始めた。
*
「とりゃ! そりゃ!」
「ふっ、そんな攻撃じゃ俺を倒すことはできないぞ」
「ずるいよ鈴村君! ゲーム得意なの知ってるけど私に手加減くらいしてよ!」
「お前も十分うまいだろ。小さい時どんだけ一緒にやってたと思ってるんだ」
時刻もお昼を過ぎ、昼食を取った鈴村と綾瀬は綾瀬の自室でテレビゲームをしていた。
鈴村と綾瀬はお互いにゲームが大好きである。
綾瀬は鈴村と幼いころからゲームで対決をしていたが、鈴村に適うことはなかった。
その頃から既に鈴村と綾瀬にはゲームでの力の差が生じており、その差はこの瞬間になっても埋まることはなかった。
鈴村は昔のことを思い出しながら言う。
「……そういえば、俺らが出会ったあの施設、ゲームとか禁止だったよな」
「そうだねぇ……。お父さんが言うには、綾瀬家の人間は自宅以外で娯楽しちゃダメなんだってさ。堅い人だよね」
「……今の綾瀬のお父さんを見てると全く印象違うけどな」
鈴村はタイムスリップしてすぐの綾瀬凛への公開告白や、蒼碧祭での出来事、修学旅行での出来事を思い出して、綾瀬忠一に対し今と全く違う印象を受けていた。
綾瀬はそのまま話を続ける。
「あの施設でたくさんゲームしてたの、覚えてる?」
「ああ、覚えてるよ。なんで綾瀬以外の子供たちは一緒に遊ぼうとしないのか不思議だったわ」
「まあ、そういうルールがあるからね……」
「でも綾瀬は、俺と毎日ゲームしてたよな」
「お父さんにバレないようにお母さんが黙ってたんだよ。しばらくはずっと続けられてたけど、ある日私がお父さんにそのこと話しちゃって、めちゃくちゃ怒られたんだよね」
「…………そうだったのか」
綾瀬はコントローラーを床に置いた。
「でも、それでも鈴村君とゲームをするのはとても楽しかったんだよ。……周りにゲームを一緒にやってくれる人なんていなかったから、余計に嬉しかったんだと思う」
「……そうか」
鈴村もコントローラーを置き、綾瀬の話を真摯に聞いた。
「楽しかったなぁ、あの施設でゲームしてたの。……そうだ、今もあの施設あるのかな」
「……どういうこと?」
鈴村の頭の上には「?」マークが浮かんでいた。
「私が中学を卒業するくらいの時かな。お父さんがその施設のことを話してたんだよ」
「へぇ、なんて?」
「なんか、取り壊すとかなんとかって言ってたような……」
「取り壊す、ねえ」
鈴村にとっては思い出の場所だったため、その言葉は少しばかり鈴村の心を傷つけた。
「……わからなかったら調べてみましょう。というわけで、検索してみるね」
綾瀬はそう言って、スマホを取り出して通っていた施設のことを調べた。
数分後、綾瀬は目を見開いて鈴村に言う。
「……あった、あったよ鈴村君」
「あ、取り壊してなかったのか。よかったー、まだあったんだな」
「それだけじゃないよ……。ほら、ここ見て」
「え?」
綾瀬は鈴村に、施設の公式サイトの注意書きを見せた。
「この施設は、どなたでも立ち入ることができる『憩いの場』です。皆さま、お気軽にこの施設にお立ち寄りください」
鈴村は書かれている文章をそのまま読み上げた。
「…………どういうこと? あの施設、『憩いの場』になったのか?」
「そうみたいだね……。お父さん、どういうつもりだったんだろう……」
鈴村と綾瀬の中には疑問が残るだけであった。
「……考えても仕方ないね。今日お父さんが帰ってきたら聞いてみるよ」
「あ、ああ。俺も気になるから聞いといてくれ」
そう言って、鈴村と綾瀬は再びゲームを始めようとしていた。
その時であった。
「なーにが気になるって?」
「…………え?」
ゲームを再開し始めた鈴村と綾瀬の後ろから、聞き覚えのある声が聞こえた。
「……お父さん!? いつの間に帰ってたの!?」
「ついさっきだよ。ただいまっつっただろ」
綾瀬凛の父、綾瀬忠一であった。
綾瀬忠一は綾瀬凛の部屋に一歩入り、壁に寄りかかって言う。
「さっきまでの話、悪いが聞いちまった。別に盗み聞きしようと思ってたわけじゃないんだ」
「そ、そうなんだね。帰ってきてたの気づかなかったよ」
「自分の部屋の扉が開いたことに気づかないくらい、徹とイチャイチャしてたみたいだからなぁ。無理もないか」
綾瀬忠一はニヤニヤしながら言った。
「べ、別にイチャイチャなんかしてないよ! ゲームしてただけだし!」
「そんなこと言って、昨日はお楽しみだったんだろ?」
「お父さん! からかうのはいい加減にして!」
そういう綾瀬凛であったが、綾瀬忠一は楽しそうな顔をして自分の娘を煽った。
そんな様子を静かに見ていた鈴村の視線に気づいたのか、綾瀬忠一は真面目な表情になって鈴村に言う。
「よう、徹。二人だけのクリスマスイブは楽しかったか?」
「はい。今まで過ごしてきた人生の中で一番楽しかったです」
鈴村は真剣な眼差しで綾瀬忠一に言った。
「そりゃ結構。お前にはいろいろと恩があるからな。それだけは許してやろう。……だが昨晩お前がやらかしたことだけは許さん!」
「え、ちょ、お父さん待ってよ!」
綾瀬忠一はそう言って、どこからともなく金属バットを取り出し、鈴村に思いっきり振りかざそうとしていた。
綾瀬凛は非力ながらも、自分の父の行動を必死に止めた。
「お、お父さん、何か勘違いしてない!?」
「勘違いだあ? 昨日はクリスマスイブで凛の誕生日だ! そんな日に徹と二人きりでお泊りなんて、することは一つしかねえだろ! 許さんぞ徹!」
綾瀬忠一は一歩も引く様子を見せなかった。
しかし、鈴村はそれに臆することなく、綾瀬忠一に言う。
「お父さん。安心してください。俺は昨晩、綾瀬には何もしてません」
「…………え、そうなの?」
鈴村の言葉に綾瀬忠一は目が点になり、そのまま視線を綾瀬凛に送る。
綾瀬凛は激しく何回も頷いて鈴村の潔白を証明しようとした。
その二人の様子を見て、綾瀬忠一は拍子抜けした。
「な、なあ徹、一つ聞いていいか?」
「な、何ですか」
綾瀬忠一は綾瀬凛が掴む腕を振り払い、鈴村に近寄って小声で話す。
「……お前、本当に昨晩何もしてないのか?」
「え、はい」
「……ほんとに?」
「ほんとに」
「クリスマスイブだぞ?」
「はい」
「凛の誕生日だぞ?」
「はい」
「…………二人きりで親も誰もいなかったんだぞ?」
「何回言わせるんですか……。俺は綾瀬に何もしてませんよ。一緒にクリスマスパーティーして、一緒に夕食食べて、一緒に寝ただけです」
「だから、その寝たときに、その、そういうことしたんじゃないかって聞いてんだよ」
「……察してくださいお父さん。俺だって男です。綾瀬を好きな一人の人間です。俺にだってそういうことをしたい気持ちはあります」
「あるんじゃねえか」
「いてっ」
綾瀬忠一は鈴村に真顔でツッコミを入れた。
鈴村はそれに怯むことなく話す。
「でも、俺の中でそういうことはもっとこう、順序立ててというか、少なくとも何もかもすっ飛ばしてするものじゃないと思ったんですよ」
「……まさかお前、その状況で自分の理性を保ったのか…………!?」
「ようやくわかってくれましたか……。大変だったんですからね……」
鈴村のその言葉に、綾瀬忠一は耳を疑った。
あまりのショックに腰を抜かすほどであった。
綾瀬忠一はそのまま立ち上がり、身なりを正して鈴村に言う。
「……悪かった、徹。お前のことだから後先考えず凛を傷物にするもんだと……」
「俺の事なんだと思ってるんですか……。修学旅行であんな話までしておきながら……」
鈴村は綾瀬忠一の性格がいまいちよく理解できないでいた。
「そうか、お前はこの状況下でも自我を保ったんだな。すげえもんだ」
「……なんかその言い方だと、お父さんは自我が保てなかったように聞こえるんですけど」
「き、気のせいだ、気にすんな」
綾瀬忠一は誤魔化した。
「ちょっと、お父さんも鈴村君も、いつまでそこでこそこそ話してるの?」
「あ、ごめん綾瀬。すぐ戻るから」
鈴村は綾瀬凛に軽く嘘をついた。
「……とりあえず、俺の潔白は証明できたってことでいいですよね?」
「ああ……。悪かったな徹」
綾瀬忠一はそう言って鈴村に軽く頭を下げた。
その様子を見て、綾瀬凛は驚く。
「え、鈴村君、お父さんに何したの?」
「別に……、色々と勘違いされてたから潔白を証明しただけだよ」
「そ、そっか。平和的に終わったならそれでいいんだけど」
綾瀬凛は少し焦りながら言った。
綾瀬忠一は自分がしていた勘違いを恥じ、そのまま部屋を後にしようとした。
「じゃあ、今日はゆっくりしてけよ。今日は美春も帰ってくるんだ。今日は家族で凛の誕生日を祝おうとしてたんだが、徹も一緒にやるか?」
「いいんですか?」
「ああ、お前には本当に世話になったからな。ぜひ一緒に祝ってやってほしい」
「……でも、俺昨日思う存分綾瀬のこと祝いましたよ」
「……なるほど、お前の中での凛への気持ちはその程度ってことか」
「悦んで同席させていただきます」
鈴村は慌てながら綾瀬忠一に頭を下げた。
その様子を見て、綾瀬凛は笑いだす。
「ふふっ、なんか最初に生徒会室で会った時とは思えないほど仲良くなったよね、二人とも」
「…………そうか?」
鈴村は綾瀬凛に問い返す。
「うん。もう見違えるほどだよ。動画撮ってたら比較動画作りたいくらいだもん」
「凛がそう言うってことは、それくらい俺もお前に心を許したってことだな。光栄に思えよ、徹」
「……はい」
「じゃ、今日は夕飯俺が作るから。後で呼びに来る」
そう言って、綾瀬忠一は部屋から出た。
「……びっくりしたね」
綾瀬凛は突然の出来事に思わず口にする。
「帰ってくるのもっと遅いんじゃなかったのか?」
「そのはずだったんだけどね……。お父さん神出鬼没だから……」
「正直俺もびっくりしたけど……。でもまあ、綾瀬のお父さんにあれだけ認めてもらえてるなら嬉しい限りだわ」
「だね。余計な心配はしなくてもいいかもね」
そう言って二人は笑い合い、遊んでいたゲームを再開した。
*
「一日遅れになっちまったが……。凛! 誕生日おめでとう!」
『おめでとーう!』
綾瀬忠一の掛け声とともに、綾瀬凛に祝いの言葉が投げかけられる。
「えへへー、やっぱり誕生日っていいよねぇー。ありがとう、みんな!」
綾瀬凛は照れながら言った。
綾瀬凛の母、綾瀬美春も帰宅した夕食時。
リビングでは綾瀬凛、忠一、美春と、鈴村徹がテーブルを囲んで綾瀬凛の誕生日を祝っていた。
「久しぶりね鈴村君。元気だった?」
「はい、お母さんもお元気そうで何よりです」
鈴村は久しぶりの再会を果たした綾瀬美春と挨拶をしていた。
「そうか、美春と徹は会うの久しぶりか。あの施設に来たときしか会ってなかったもんな」
綾瀬忠一はそう言いながら、綾瀬凛の目の前にオムライスを置いた。
「わー! 美味しそうなオムライス!」
「本当はクリスマスらしくチキンとかにしたかったんだけどな。昨日徹とクリスマスパーティーをしたって聞いたから、今日は普通の夕飯だ」
「それでも嬉しいよ。ありがと、お父さん!」
綾瀬凛は笑顔で言った。
鈴村は綾瀬凛の嬉しそうな顔を見た後、あることに気づく。
「あれ、そういえば信彦さんは来れなかったんですか?」
「ああ、あいつは今仕事中だよ」
「クリスマスなのに大変ですね……」
鈴村は綾瀬凛の兄、綾瀬信彦に同情をする顔をして見せた。
「信彦から話は聞いてるぞ。お前、信彦相手に凛の気持ちを伝えたんだってな」
「……やっぱり話聞いてるんですね。すごい伝達力だなぁ」
「綾瀬家の情報伝達力をナメてもらっちゃ困るぜ、徹」
綾瀬忠一は人差し指を振りながら言った。
「信彦さんとは直接お話をしました。俺の話を聞いて、信彦さんも俺の気持ちを理解してくれたみたいです」
「そりゃよかった。これで徹は綾瀬家公認の凛の彼氏になれたわけだな」
「……なんか改めて言われると恥ずかしいですね」
鈴村は照れながら言う。
「そういえば、徹と凛が付き合ってることは徹の母さん、香織には言ってるのか?」
「ああ、一応連絡はしましたよ。LINEで伝えたんですけど、いつもなら仕事で殆ど連絡取れないのに、この瞬間だけ即既読ついて、すぐ返事が来ました」
「なんて返事来たんだ?」
「『え、ほんと!? やったー! 今度お祝いしに行くからね! それまでに別れちゃダメよ!』ってメッセージが来てました」
鈴村はスマホの画面を見せながら綾瀬忠一に言った。
「香織らしいわ……。そういや香織とも久しく会ってないな。久しぶりに会いたいもんだ」
「あ、ならもうすぐ年末だし、それも兼ねて挨拶しに行くのはどうかしら?」
その言葉に、絢瀬美春が言う。
「あー、それもいいな。そうするか。徹、香織に予定聞いておいてくれ。もし都合が合うようなら、年末にお前んちに挨拶しに行くわ」
「あ、はい。わかりました。伝えておきますね」
鈴村は綾瀬忠一の言葉を聞いてスマホを操作し、鈴村香織にLINEでメッセージを送った。
「よし。じゃあ皆、料理はまだまだあるからどんどん食べてくれ。ケーキもあるぞ」
「わーいやったー! ケーキだー!」
(この数日間で何個ケーキ食う気なんだ……)
鈴村はそんなことを考えていた。
その時、『人生の選択肢』が光り輝くのが見えた。
(……え、なんで今? このタイミングで?)
いつも訳の分からないタイミングで光り輝く『人生の選択肢』に少し不満を覚えながらも、鈴村は『人生の選択肢』を開く。
【人生の選択肢】
A.綾瀬凛にクリスマスプレゼントを渡す。
B.綾瀬凛にこの場でクリスマスプレゼントを渡さず、こっそり別の機会に渡す。
(……? なんで今ここで渡すか渡さないかの選択肢が出てくるんだ?)
鈴村は『人生の選択肢』の意図がわからないでいた。
そして今回も例に漏れず、【選択の簡易的結果】が表示されないため、鈴村は迷うことなくAを選んだ。
「なあ、綾瀬。クリスマスプレゼントを今ここで渡したいんだけど、いいか?」
「え? うん、いいよ?」
綾瀬凛は美味しそうにオムライスを食べる手を止め、鈴村の元へ歩み寄る。
鈴村は用意していたクリスマスプレゼントの箱を二つカバンから取り出した。
「え、二個あるの?」
綾瀬凛はプレゼントが二つあることに驚く。
しかし鈴村はそれを否定した。
「いや、一個は俺のだ。開けてみてくれ」
「……? うん、わかった」
綾瀬凛は渡されたクリスマスプレゼントの箱を開ける。
その中には、指輪ほどの大きさのリングがついたネックレスが入っていた。
「……わぁっ、綺麗……」
「クリスマスプレゼント、何にしようか悩んだんだけど、ペアで身に着けられるものがいいかなと思って、ネックレスにした。どう?」
「すっごくいいと思う! めちゃくちゃ綺麗だし! ……でも、なんでこれ指輪みたいなリングついてるの? 鈴村君のにも同じのがついてる」
「よく見てほしい」
「…………?」
綾瀬凛は渡されたネックレスについているリングをよくよく見た。
「…………あっ」
そこには、
R & T
という三文字が刻印されていた。
「……これ、私と鈴村君のイニシャル?」
「そうだ。これが何を意味するかわかるか?」
「…………? わかんない」
「……お父さん、あなたならわかりますよね」
鈴村に問われ、綾瀬忠一は躊躇うことなく答える。
「婚約指輪だろ、それ」
「…………え!? 婚約指輪!?」
綾瀬凛は驚く顔を見せた。
「こ、これが婚約指輪……」とまじまじと見る綾瀬凛を横目に、綾瀬忠一は言う。
「お前が必死こいてアルバイトして稼いだ金で買ったのか」
「はい。学業に専念し、生徒会の仕事も全うしたうえでアルバイトの時間を確保し、なんとかこれを買うことができました。……一部は修学旅行のおかげでもありますが」
鈴村は少し綾瀬忠一から視線を逸らして言う。
片や綾瀬凛は、自分が置かれている状況を理解できないでいた。
「えっと、鈴村君。これがクリスマスプレゼントって、どういうこと?」
「……本当はこれは別の機会に綾瀬に渡すつもりだったんだけど、綾瀬のお父さん、お母さんがいるこの場で渡すのがいいと思ったんだよ」
「…………なんで?」
綾瀬凛のその問いに対し、鈴村は綾瀬忠一、美春の前に立って言う。
「綾瀬のお父さん、お母さん。俺は綾瀬のことが好きです。愛してます。この先の未来、絢瀬を悲しませたり、苦しませたりしないことをここに誓います。ですから、絢瀬を、俺にください」
鈴村はそう言って、二人に対し頭を下げた。
綾瀬凛はそこまで聞いてようやく理解した。
渡されたのは婚約指輪。そして、正式に付き合うことで意識し始めた『結婚』や『同棲』というキーワード。
鈴村は、綾瀬凛と結婚を前提に付き合うことを認めてもらうよう、綾瀬凛の両親にお願いするために準備していたのだった。
綾瀬忠一、美春はお互いの顔を見る。
突然の鈴村の言葉に困惑する二人であったが、綾瀬忠一は間を空けて口を開いた。
「……徹。顔を上げてくれ」
「…………はい」
鈴村は言われた通り、顔を上げて綾瀬忠一の顔を見る。
「お前に聞きたいことは山ほどある。ただ一つだけ、今ここで確認したいことがある」
「なんですか」
綾瀬忠一は鈴村に神妙な顔で言う。
「お前は軽々しく『結婚』と言ったが、お前の覚悟がどこまであるのか、俺達には一切伝わってこない」
「……え?」
さらに綾瀬美春が続ける。
「鈴村君が凛のことを思ってくれているのは知ってるわ。でも、急にそんなこと言われても、はいそうですかと許せるわけがないと思うの」
「……それは、確かにそうですが……」
「もちろん、鈴村君は幼い頃から凛と仲良くしてくれて、いい子だったのを覚えてるわ。凛への気持ちも理解してるつもりよ。……でもね、『結婚』ってそんな甘いものじゃないのよ」
「…………それは十分理解してます」
その鈴村の言葉に、綾瀬忠一はさらに続けた。
「いいか、徹。『結婚』っていうのは美春の言う通り甘いものじゃないんだ。自分のその先の人生をその人と共にすると誓うということは、どんな壁にぶち当たっても、二人で乗り越えていかないといけない。もし凛が悲しんだら、徹が支えてやらないといけない。逆も然りだ。お前らに、その『覚悟』はあるのか?」
綾瀬忠一が言った言葉。
それは、鈴村が一番気にしていた『結婚をするうえで大事なこと』であった。
密に過ごしてきた期間は短いながらも、鈴村と綾瀬凛の覚悟は既に決まっていた。
鈴村は、しっかりと綾瀬忠一の目を見て言った。
「俺はこの先どんな未来が来ようとも、どんな試練が待ち受けていようとも、綾瀬と共に乗り越えていくつもりです。苦しいことがあっても悲しいことがあっても、それを思い出話にできるほどの覚悟はあります」
そう言って、鈴村は綾瀬凛の顔を見た。
「……綾瀬も、同じ気持ちなはずです」
その言葉に、綾瀬凛も応じる。
「お父さん。私は鈴村君のことを信じてる。鈴村君のことを支えてあげたい。どんな未来が待っていても、私たちは絶対に挫けないよ!」
綾瀬凛は自信満々でそう言った。
綾瀬忠一は頭をポリポリと掻き、少し困った様子を見せて言った。
「……徹。この先、結婚してからも凛のこと泣かせるようなことがあったら、承知しねえからな」
「…………! ってことは…………!」
綾瀬忠一は少し照れながらも、鈴村に言う。
「認めてやるよ、お前らの事」
綾瀬忠一のその言葉を聞き、絢瀬美春は鈴村に対し笑顔を見せた。
鈴村は綾瀬凛と顔を合わせ、声を上げる。
『やったー!!!!!』
二人はとても嬉しそうに手を合わせ、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「……全く、先が思いやられるわ」
そう言いながらも、綾瀬忠一は嬉しそうな顔をしていた。
こうして、鈴村は両親公認の綾瀬凛の彼氏となることができた。
「……ところで、徹。喜んでるところ悪いんだが、一つ聞かせてくれ」
「……? なんですか?」
未だに飛び跳ねて喜ぶ綾瀬凛から手を離し、鈴村は綾瀬忠一からある質問をされる。
「さっき何か光ったよな。そしてお前は、今なぜかその『本』みたいのを持ってる。それ……、何だ?」
「………………え?」
その綾瀬忠一の言葉に、思わず言葉が出なくなる鈴村。
鈴村にしか視認することができない『人生の選択肢』という本。
それを視認できる人間がいることに、鈴村は驚きを隠せないでいた。




