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鈴村くんは間違えない  作者: シア
第4章 『気持ち』を大事に

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第54話 特別な日を

「おはよう、綾瀬あやせ


「おはよう、鈴村すずむら君。今日も寒いねー」


 十二月二十四日、クリスマスイブ。


 鈴村徹すずむらとおるは水族館の入り口付近で綾瀬凛あやせりんと合流していた。


「待たせちゃったか? こんな寒い中悪いな」


「ううん、大丈夫。さっき来たばかりだから」


 鈴村は水族館に到着してすぐ、集合場所である水族館の入り口周辺を探したが、その時点で綾瀬が先に到着しているのを発見して心配の声をかけた。


 綾瀬は鈴村を心配させまいと、笑顔で鈴村に対し答えた。


「ついに来ましたねー、クリスマスイブ」


 綾瀬は水族館に飾られたクリスマスツリーを見ながら言う。


「ああ、そうだな。そして、綾瀬の誕生日も来た。誕生日おめでとう、綾瀬」


「うん、ありがと」


 鈴村はそう言って、綾瀬にあるものを手渡した。


「……勿体ぶってもあれだから、今のうちに渡しておくわ。これ、俺から誕生日プレゼント。……兼、クリスマスプレゼント」


「……えー、誕生日プレゼントとクリスマスプレゼント一緒にしちゃったの? 分けてほしかったなー」


 綾瀬は頬を膨らませ、少し不満そうに言った。


「わかってるよ! そう言うと思ってプレゼントは二つ用意してるから! ……とりあえず、誕生日プレゼントはそれだからさ。開けてみてよ」


「……変なのじゃないよね?」


「なんでそこで疑うの……?」


 鈴村は困惑する顔を見せた。


 綾瀬はその様子を見て「ふふっ」と笑い、渡された誕生日プレゼントの箱を開ける。


「…………シュシュ?」


「ああ。綾瀬、髪長いだろ? 綾瀬が普段使ってくれそうなものはないかと思って考えてたんだけど、シュシュだったら髪を纏めるのにいいかなって。……変だった?」


 綾瀬は箱から取り出したシュシュをまじまじと見て、少し考える。


 そして、それから少し悩んでから綾瀬は答えた。


「うーん…………、七十点かな」


「また微妙な評価で……」


 鈴村は百点ではないことに内心傷ついていた。


 そんな様子を見て、綾瀬は少し笑っていた。


「ははは! 鈴村君が百点満点のプレゼント用意してくれてるなんて思ってないから大丈夫だよ」


「……なんだその言い方」


 鈴村は内外共に傷ついた。


「ごめんごめん! 悪気があったわけじゃないんだよ」


 綾瀬は鈴村の顔を見て続ける。


「誰しもその人が完璧に喜ぶプレゼントが渡せるわけないんだよ。自分は嬉しいと思っても、相手がどう思うかなんてわからないじゃん? それができたら超能力者と同じだよね」


やなぎ副会長ならしそうだけどな」


「だねー。……でもさ、私からすればプレゼントは、中身も大事かもしれないけど、相手のことをどれだけ思って選んでくれたかが重要だと思うんだよね」


 綾瀬のその言葉に、鈴村はやなぎが言っていたことを思い出していた。


「……そうか、気持ちの問題か」


「そういうこと! そのプレゼント、鈴村君が私のことを考えて選んでくれたんでしょ? その気持ちが十分に伝わってくるし、私はそれだけで満足だよ」


「……でも七十点なんだな」


「んー、その点数は……、たまたま思いついた数字を言っただけかな」


「信憑性皆無じゃねえか!」


 鈴村は綾瀬にツッコミを入れた。


「ははは! ねえ、これつけてもいい?」


「ああ、いいよ。ぜひそうしてくれ」


 綾瀬は後ろで縛っていたゴムを取って髪を下ろし、鈴村から受け取ったシュシュを使ってポニーテールを作って見せた。


「どう? 似合ってる?」


「うん、似合ってる。かわいいよ、綾瀬」


 綾瀬は鈴村の言葉に「えへへー、ありがと」と照れていた。


(……さすがにシュシュの柄については言及しなかったか)


 鈴村はそんなことを心の中で考えていた。


 鈴村が綾瀬に渡したシュシュは、少し薄めの赤の生地にピンクの胡蝶蘭こちょうらんの柄が入ったものであった。


 ピンクの胡蝶蘭の花言葉は、「あなたを愛しています」。


 納涼祭のうりょうさい以来、鈴村は花言葉について少し知識を得たため、これをヒントに綾瀬への誕生日プレゼントを選んでいた。


「さ、そろそろ行こっか、鈴村君」


「え? ああ、そうだな」


 鈴村はそう言って、綾瀬と共に水族館のエントランスをくぐった。


「しかし、鈴村君も粋なことをしますなぁ」


「粋なこと?」


「このくれたシュシュに入ってるお花、胡蝶蘭でしょ」


「えっ……、知ってたの?」


「私が納涼祭のとき、何も考えず浴衣着てたと思った?」


「……いや、思ってないけど……」


 綾瀬は不敵な笑みを浮かべ、「ちっちっち」と指を振りながら言う。


「私の花言葉の知識をナメてもらっちゃ困るよ、鈴村君」


「じゃあ、そのシュシュの意味もわかって……」


 その鈴村の言葉に、綾瀬は笑顔で返す。




「もちろんだよ。ありがとね、鈴村君! 私も大好き!」




 そう言って、綾瀬は鈴村の手を繋いだ。


 それもただの手繋ぎではなく、『恋人繋ぎ』であった。


 鈴村は突然のことに驚きなら言う。


「ちょ、綾瀬! なんで急に……!」


「えー? 恋人同士なんだから別にいいじゃん。嫌だった?」


「い、いや、別にそういうわけじゃないんだけど……」


「だけど?」


 鈴村は綾瀬から視線を逸らして言う。


「……ちょっと、恥ずかしいっていうか」


「…………鈴村君ってやるときはやるくせに、こういうときだけウブだよね」


「からかってる?」


「少しだけね」


 鈴村と綾瀬は少しだけ間を空け、同時に笑い出した。


 そして、綾瀬は言う。


「まずはどこに行こっか。やっぱりメインの水族館? 一応他にも小さ目の水族館があるみたいだけど、どこから行くか悩むね」


「いや、まずはメインの水族館から行こう。色々プランを考えてるんだ。今日は綾瀬を楽しませたいからさ」


「……ふーん? じゃあお手並み拝見といきましょうかね」


 綾瀬はそう言って、スキップをしながら歩き出した。


 鈴村は綾瀬のその様子を見て、ある出来事を思い出していた。


(……この水族館は、俺がタイムスリップする前に綾瀬と初デートに来た、あの水族館だ。嫌な思い出が蘇るけど……、ここでしっかりとリベンジをしなきゃいけないんだ)


 鈴村の覚悟はとても強かった。


 一度経験した鈴村の人生での大きな失敗。


 鈴村はこのタイムスリップで、もう一度綾瀬と水族館デートをし、そのリベンジを果たそうと考えていた。




『私の出番はなさそうかな?』




 ふと、鈴村の脳内に鈴歩すずほの声が響く。


 鈴村は鈴歩との対話を試みるが、口に出すと綾瀬から見ればおかしい人間だと思われてしまうため、心の中で対話することにした。


(大丈夫、今回はお前には頼らないつもりだから)


『そっか。……でもまさか綾瀬凛とのデート先にここを選ぶなんてねぇ。君も懲りてないわけだね』


(懲りてないんじゃない。諦めてないだけだ)


『……それを懲りてないって言うんだけど……』


 鈴歩は少し呆れるような声で言った。


『思ったんだけど、タイムスリップしてから、綾瀬凛と二人きりでデートするのって初めてじゃない?』


(……そういえば、そうだな。こうやって綾瀬と二人きりでデートしたのは、タイムスリップしてからは初めてかもしれない)


『大丈夫? うまくやれる?』


(やれるかどうかは……、正直俺の腕次第だとは思ってる。けど、あの時と同じようなことには、少なくともならないんじゃないかな)


『……それもそうだね。君はタイムスリップしてから綾瀬凛に対してとても積極的に頑張ってきたし』


 鈴村が綾瀬にタイムスリップする前にフラれた原因は、綾瀬が鈴村のことを良く知らないためであった。


 そのため、鈴村はタイムスリップしてから、できるだけ綾瀬との接点を増やし、綾瀬と共に過ごす時間をできるだけ多く確保するようにした。


 途中、琴原ことはら木下きのしたの乱入もあったが、それを押しのけて鈴村は綾瀬と付き合うことを選んだ。


 これは鈴村が綾瀬に固執しているわけではなく、ただ単純に綾瀬のことが好きで、綾瀬と共にいたい、綾瀬と共に将来を過ごしたいという一心で行っていたことである。


 タイムスリップする前と今では、鈴村の置かれている現状は全く異なっている。


 鈴村が心配していることは、考えうる中では存在しなかった。


「……おーい、鈴村君? どうしたの?」


「……え!? あ、ごめん、どうした綾瀬」


「それはこっちのセリフだよ。ずーっとなんか考え事してるように見えて……。あ、もしかして今日のプラン忘れたとか?」


「そ、そんなわけないだろ! さ、行くぞ」


「ふーん……? まあいいけど」


 綾瀬は少し疑う視線を鈴村に送っていたが、今は気にすることではないと考え、先を歩く鈴村を追いかけた。




                   *




「見てよ鈴村君。カクレクマノミがいる」


「ほんとだ。ちゃんとイソギンチャクの中に隠れるんだな……。綾瀬ってイソギンチャク触ったことあるか?」


「あるわけないよ。イソギンチャクって毒持ってるんでしょ? その中に隠れられるってすごいよね……」


 綾瀬はカクレクマノミを尊敬しながら観察していた。


「カクレクマノミはそういう習性があるからな。イソギンチャクに協力してもらって、自分の子孫を残していくっていう習性。自然界じゃいつ死ぬかわからないし、カクレクマノミにとってイソギンチャクはいいパートナーなのかもな」


「そうだねぇ。……恋愛もいつ誰に自分の好きな人を取られるかわからないから、敢えて取られない状況を作り出すってのもありかもね」


「…………何の話してんの?」


「いや、何も?」


 綾瀬は鈴村というパートナーを手にしながら、未だに琴原や木下がアタックしてくるのではないかと危惧していた。


 が、琴原の修学旅行でのあの言葉を思い出し、綾瀬は考えるのをやめた。


咲良さくらさんは……、まだ鈴村君に思いを寄せてるんだよね。この前のクリスマスパーティーの時もあんなことしてたし……)


 綾瀬は木下がクリスマスパーティーの時に鈴村に取った行動を思い出し、不安に駆られていた。


 さらに、修学旅行で『自分の気持ちは置いていく』と言っていた琴原ですが同じことをしていたため、綾瀬の肩にはさらに不安がのしかかった。


 綾瀬はその不安が重なり、鈴村の袖を優しく掴む。


「……? 綾瀬、どうした?」


「…………鈴村君はさ」


 綾瀬は、鈴村の目を見て言う。




「鈴村君は、この先どんなことがあっても、私の傍から離れないって誓ってくれる?」




「…………え?」


 それは、鈴村からすれば綾瀬からの結婚のプロポーズのようにも聞こえていた。


 その真意は鈴村が完全に理解することはできない。


 しかし、その言葉を発した綾瀬の照れている顔、少し赤らめている顔を見て鈴村は察する。


 鈴村は、自信を持って綾瀬に言った。




「もちろん、この先何があっても、俺は綾瀬のことを離さないよ」




 その言葉に、綾瀬の表情はパァッと明るくなった。


 と同時に、「にひひっ」と笑顔になった。


「よかった。安心したよ鈴村君」


「……何が?」


「何でもないよ。ただ、ちょっと不安に思ったことがあっただけ」


「……そっか。その不安が少しでも取り除けたんなら、俺は嬉しいよ」


「うん!」


 綾瀬は笑顔で返した。


(…………もう、タイムスリップ前のあの心配は必要なさそうだな)


 そのやり取りをして、鈴村はそう考えていた。


 タイムスリップする前の綾瀬との水族館デートは、それこそ普通のカップルがする普通のデートであった。


 普通に待ち合わせをし、普通に館内を周り、出口を出たら解散。


 鈴村の場合、解散をする前に綾瀬にフラれることになってしまったが、今の状況はそれとは全く真逆の状況であった。


「…………ところで」


「何?」


 綾瀬は鈴村に問う。


「さっきの私の言葉、プロポーズみたいだったでしょ」


 綾瀬は不敵な笑みを浮かべていた。


「なっ……! べ、別にそういう風には思って……」


「思って?」


 綾瀬は鈴村の様子を伺うように顔を見て問いただした。


「……思わないほうが難しいと思います」


「ふふっ♪ やっぱそういう風に聞こえてたよね」


「な、なんだよそれ」


「まあ、意味合い的にはそういう風に捉えられてもいいんだけど……。プロポーズは鈴村君からしてほしいかなぁー」


「……なんだそれ」


「男としてのけじめだよ。期待してるね♪ 鈴村君♪」


 そう言って、綾瀬はスキップしながらルンルンで館内を進んでいった。


「…………なんだか俺の心を弄ぶのが得意になったな、あいつ」


 そんなことを言いながら、鈴村は綾瀬を追いかけた。




                   *




『それでは! まもなくイルカショーのスタートです! 前方中央の座席はびしょ濡れ席になりますので、ご了承の上お座りください!』


「…………行く?」


「風邪引くからやめなさい」


 鈴村と綾瀬はイルカショーが開催されるステージまで来ていた。


 会場内でのアナウンスを聞き、綾瀬は興味津々で鈴村にびしょ濡れエリアに座るか聞いたが、季節も季節であり風邪を引く恐れがあるため、綾瀬を全力で止めた。


 鈴村の対応に、綾瀬は不満そうに頬を膨らませた。


(……そういえば、タイムスリップする前はここでびしょ濡れ席に座ったな)


 タイムスリップ前に鈴村がここに来た時は夏だったため、びしょ濡れ席に座ることに抵抗はなかった。


 むしろその時の鈴村には下心があったため、率先してそこに座っていた。


 だが、今は違う。


 鈴村は綾瀬のことを心配してその席に座るのをやめた。


 鈴村は、安全に、且つ見晴らしのいい席を選び、綾瀬と共にそこに座った。


「うん、ここなら濡れる心配もないし、ショーも見やすくていいだろ」


「鈴村君、後悔しないような場所選びに必死だったね」


「せ、せっかく来たんだし、見れるものはちゃんと見たいと思うのが普通だろ」


「ふふっ、そうかもね」


 綾瀬は笑顔で言った。


「あっ、始まるよ!」


 綾瀬のその言葉と同時に、イルカショーはスタートした。


 美しく水槽を泳ぎ回り、爽快なジャンプを披露するイルカを見て、綾瀬は楽しそうに拍手をしていた。


 鈴村はその顔を見てとても嬉しそうに、安心した顔を見せた。


(よかった……。楽しんでくれてるみたいだ)


「見てみて! イルカさんすごい飛んでる! あんなにジャンプできるってすごいね!」


 綾瀬ははしゃぎながらイルカショーを楽しんでいた。


「……? どうしたの? 鈴村君。イルカショーつまんない?」


 イルカショーより綾瀬のことを見ている鈴村に、綾瀬は頭を傾げながら問う。


「え!? いや、楽しいよ! イルカすごいな!」


「……? なんか変だね、今日の鈴村君」


「……そう?」


 綾瀬はその鈴村に対し、こんなことを言う。




「なんか、今日の鈴村君、昔の出来事と比べてる感じがする」




「えっ」


 綾瀬の言葉は、鈴村からすれば間違っていることではなかった。


 鈴村は無意識のうちに、今のデートをタイムスリップ前のデートと比べながら過ごしてしまっていた。


 これは綾瀬に心配されてもおかしくないものであった。


「……もしかしてさ」


「ん?」


 綾瀬は鈴村に目を合わせて言う。




「その昔の出来事って、鈴村君がタイムスリップする前に私がフったっていう、あれのこと……?」




「…………そういえば、綾瀬には話してたな。タイムスリップのこと」


「……やっぱり、そうなんだね。そっかぁ、私、鈴村君とこの水族館でデートして、その日にフったのかぁ」


 綾瀬は鈴村をフった真相を知り、イルカショーではなく天井を見ていた。


「ごめん、綾瀬」


「なんで謝るの?」


「……俺、綾瀬のことが諦められなかったんだ。偶然にもタイムスリップできた俺は、綾瀬のことを諦められず、綾瀬との時間を多く過ごすことに徹底してきた」


「うん、その鈴村君の頑張りは知ってるよ。前にタイムスリップのことを話してくれたときも、そんなことを言ってたよね」


「……あぁ」


 鈴村は、敢えて綾瀬の問いただす。




「綾瀬はさ、今の俺をフりたいって、思うか?」




「………………それは…………」


 綾瀬は少し黙り込んでしまった。


 綾瀬のその行動を見て、鈴村は思わず驚く。


(……なんでこのタイミングで黙るんだ……? 思いが固まってるなら、答えがどっちであっても黙る必要はないのに……)


 鈴村は嫌な予感がしていた。


(……まさか、また俺、ここでフられるのか……?)


 鈴村は冷や汗をかいていた。


 鈴村は恐怖のあまり綾瀬から視線を逸らしてしまったが、それを見た綾瀬は無理やり鈴村の顔を掴み、自分のほうへと向ける。


 それでも、鈴村は怖くて綾瀬の目を見ることができなかった。


「…………鈴村君、こっち見て」


「…………はい」


 鈴村は言われるがまま、綾瀬に視線を向けた。


 そして、綾瀬は言う。




「鈴村君。君の努力はそんな簡単に崩れ去るものじゃないよ。今までいろんな壁を越えてきたじゃん。みどり先輩からも、咲良さんからもアタックされたうえで、鈴村君は私を選んでくれた。鈴村君は、私を必要としてくれた。それでも鈴村君は、私にフられると思ってるの?」




「…………いくら人が努力しても、変わらない未来があるかもしれないだろ」


「……じれったいなぁ。鈴村君、こっち来て」


「えっ、ちょ、綾瀬、どこ行くんだよ!」


 綾瀬はイルカショーの真っ最中に、鈴村の手を掴んで人気のないところへと向かった。


「ハァッ、ハァッ、あ、綾瀬……、どういうつもりだよ、こんなところまで連れてきて……」


 少し薄暗い館内に走って連れてこられ、膝に手を置きながら聞く鈴村。


 綾瀬は、鈴村の前に立って言った。


「鈴村君、顔を上げて」


「え?」


 その言葉に、鈴村は顔を上げる。


 と同時に。




 綾瀬は、鈴村の唇にキスをした。




「…………っ!?」


 綾瀬は数秒間後、ゆっくりと鈴村から顔を離して言う。




「……これが答えだよ、鈴村君。私は鈴村君をフるなんてこと、一度も思ってないよ」




「あ、綾瀬……」


 綾瀬は顔を真っ赤にして鈴村に言った。


「鈴村君がタイムスリップする前の私がどんな理由で鈴村君をフったのかはわからないけど、少なくとも今の私は、鈴村君にそんな悲しい思いをさせるつもりはないよ」


「………………ほんとか?」


「当たり前じゃん。私だって鈴村君のこと好きなんだよ? あれだけライバルがいる中ずっと鈴村君を死守してきたのに、今更フるなんてことしないよ」


「…………そっか」


 鈴村は安堵のあまり腰が抜けてしまい、壁に寄りかかって座り込んでしまった。


 綾瀬は鈴村のその様子を見て鈴村の不安が消えたと察し、声をかける。


「安心した?」


「……うん、まあ。説明するより行動するほうが説得力あるって、よくわかったよ」


 鈴村は恥ずかしそうに言った。


「へへっ、鈴村君照れてる」


「綾瀬だって、顔真っ赤だぞ」


「え、ほんと? そんなにわかりやすい?」


 綾瀬はカバンから鏡を取り出し、自分の顔を確認しながら鈴村に聞いた。


 その様子を見て、鈴村は思わず笑いだす。


「もー、今笑うところじゃないでしょ」


「ごめん、ちょっと面白くって。……ありがとな、綾瀬」


「いいんだよ。私の気持ちがわかってくれれば、私はそれで充分だから」


「そっか……」


 綾瀬は微笑みながら答えた。


「イルカショーまだやってるみたいだけど、戻るか?」


「うーん……、戻りたいところだけど……、人があまり多くないこの時間も悪くないし、私は鈴村君と一緒の時間を過ごしたいかな」


「……わかった。それじゃ先に進みますかね」


「はーい」


 鈴村はそう言って、綾瀬の手を繋いで先に進んだ。


『……良かったね、鈴村徹君』


(……ああ)


 突如聞こえた鈴歩の声に、鈴村は心の中で答えた。




                   *




「たーのしかったー!」


「それは何よりだわ」


 水族館の閉館時間。


 鈴村たちは水族館を後にし、エントランスから出て帰路についていた。


「ねえ、鈴村君。一つ聞いてもいい?」


「何?」


 綾瀬は素朴な疑問を鈴村に問いかける。


「タイムスリップする前の私って、どのタイミングで鈴村君のことをフったの?」


「……なんでそれを今ここで聞く?」


「いや、単純に気になっただけだよ」


 綾瀬の無垢な表示に、鈴村は少し頭を抱えて答えた。


「……今まさにこのタイミングだよ」


「えっ!? デートが終わったこのタイミングでフられたの!? いや私そのタイミングでフったの!?」


 綾瀬は驚きを隠しきれなかった。


「びっくりだよな。あの時の俺も、綾瀬を楽しませようと必死にプランを考えてきてて、全てそれ通りにこなしてきたんだよ。でも、デートが終わったちょうどこのタイミングで、俺は綾瀬にフられた」


「…………そうなんだね」


 綾瀬は少し悲しそうな顔をした。


「めちゃくちゃショックだったよ。全てがうまくいったと思った瞬間にフられたからさ。もう死んでもいいって思ったくらいにはショックを受けてたな」


「そっか……。でも、偶然が重なってタイムスリップできたと」


「それほど綾瀬に対する気持ちが強かったってことだな」


「……それができるなら、今ごろ未練を持った人たちがうじゃうじゃいて、ストーカー事件とか頻繁に起こってそうだけどね」


「……確かに」


 鈴村の言うタイムスリップができる条件が正しいのであれば、今ごろ日本中では失恋して未練を残した人によるストーカー事件が相次ぐことになる。


 それが起きないのは、鏑木かぶらぎ鈴歩が鈴村に残した『意思』があるためであると、鈴村は考えていた。


 鈴村はその時、ふと気になっていたことを思い出し、綾瀬に問う。


「そういえばさ、綾瀬の今まで生きてきた人生の中で、その、『誰かの声が聞こえる』とか、そういう経験なかったか?」


「…………心霊現象のこと言ってる?」


「いや、そうじゃなくてね」


 鈴村は真面目な顔で再度言う。


「こう、なんていうのかな、『自分の未来を教えてくれる何か』が目の前に現れたりしなかった?」


「…………? そんなことは一度もなかったかな」


「……そっか」


 鈴村は、鈴歩が残した『意思』が鈴村と綾瀬に宿っていることを、綾瀬の父、綾瀬忠一あやせただかずから聞いている。


 この『意思』があるおかげで、鈴村はタイムスリップすることに成功し、そのタイムスリップ後に『人生の選択肢』が現れ、自分の人生を大きく変えるチャンスを得た。


 その『意思』が綾瀬にもあるのなら、綾瀬も同じく『人生の選択肢』を持っていることになるし、鈴歩とも会話をしたことがあると鈴村は考えていた。


「あ、でも一つだけ覚えがあるよ」


「え、ほんとか!?」


 鈴村は食い気味で綾瀬に言う。


 綾瀬は少し慌てながら答える。




「う、うん。『鈴歩』って人と、姿を見たことはないんだけど、脳内で会話はしたことがあったかな」




「…………マジか」


 綾瀬のこの言葉に、鈴村は綾瀬の中に鈴歩の『意思』が宿っていることを確信した。


「なんか前に少しだけ話したんだけどちゃんと話せなくて、『すぐまた会える』って言われてそれ以来声が聞こえなくなっちゃったんだよね」


「……なるほど」


「鈴村君は、『鈴歩』って人が誰か知ってるの?」


「………………」


 鈴村は黙り込んだ。


 ここで真実を伝えるべきかどうか、悩んでしまったのである。


 既にタイムスリップの話をしているため、そういった現実味のないことを言っても理解してくれると鈴村は考えていたが、鈴歩の正体が何かを説明するには、あまりにもタイミングが悪かったためである。


(こんな時に、『人生の選択肢』が選択肢を出してくれればいいんだけど)


 そんなことを鈴村は考えていたが、そううまくいくわけもなく、『人生の選択肢』は微動だにしなかった。


 綾瀬は鈴村が黙り込んでしまったことに何かを察したのか、そのまま続ける。


「……鈴村君は何か知ってそうだけど、今は話せなさそうだね」


「……ごめん」


「いいんだよ。誰にだって話しづらいこともあるからね。また機会があったら教えてよ」


 綾瀬は鈴村を心配するような顔で言った。


「……わかった」


 鈴村はその綾瀬の言葉に、少し不安を抱きながら答えた。


 少しの静寂が包む中、二人の歩く足音だけが響いていた。


 そんな中、綾瀬がゆっくりと口を開いて言う。


「……ところでさ、鈴村君」


「何?」


 綾瀬は鈴村の前に立ち、指で髪をくるくるといじりながら言う。




「今日さ、うち誰もいないんだ。だからその、今日、泊まっていかない?」




「………………へ?」


 綾瀬は顔を赤らめながら言った。


 鈴村は綾瀬の言った言葉が信じられず、思わず聞き返してしまう。


 綾瀬は恥ずかしそうにしながらも、声を少し大きくして再度問う。


「それで、泊まるの? 泊まらないの?」


「え、えっと……」


 鈴村はここでなぜか怖気づいてしまった。


 覚悟はしていたが、実際にその提案を綾瀬からされるとは思っていなかったからである。


 突如として、鈴村の持つ『人生の選択肢』が光り輝いた。


(今!? 鈴歩お前、狙ってやってるだろ……!)


 鈴村は心の中でそう言うが、鈴歩からの反応はなかった。


 『人生の選択肢』に記載された選択肢はこうであった。




【人生の選択肢】


 A.綾瀬凛の家に泊まる。


 B.綾瀬凛の家に泊まらず、それぞれの家に帰宅する。




(……この選択肢、今出す必要あったのか?)


 見るからに正解と不正解がわかるような選択肢を見て、鈴村は困惑していた。


(だけど、『人生の選択肢』に出してくる内容だから、どっちの選択を選んでも俺の人生に大きく関わるってことだよな……)


 曲がりなりにもこれは『人生の選択肢』から提示されたものである。


 少なくとも、鈴村の人生に大きく関わる分岐点であることはわかりきっていた。


 鈴村は、綾瀬に向き合って言う。




「……一回家に着替えとか取りに帰っていいか?」




「……! じゃあ泊まってくれるんだね! やったー!」


 綾瀬はその場でぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねながら言った。


「じゃあ、家で待ってるね、鈴村君! ちゃんと来てね!」


「あ、ああ。また後でな」


 そう言って、綾瀬は足早に自宅へと向かった。


「…………偉いこっちゃ」


 かくいう鈴村も、心臓の鼓動が大きくなっていくのを感じながら、自宅へ向かっていった。


 その後、鈴村はその精神状態のまま、綾瀬の自宅に到着した。


「いらっしゃい鈴村君! さ、上がって!」


「お、お邪魔しまーす……」


 綾瀬は平然としていたが、鈴村は未だ心臓の鼓動が治まりきっていなかった。


(…………イブに、誕生日に親も誰もいない家に招くってことは、そういうことだよな……?)


 鈴村は少しよこしまなことを考え、玄関から動き出せないでいた。


 少し待っても現れない鈴村を心配し、綾瀬が再び声をかける。


「鈴村君どうしたの? 早くおいでよー」


「あ、うん、ごめん! お邪魔します!」


「それさっき聞いたよ。緊張しすぎじゃない?」


「き、気のせいだよ、気のせい」


「……? それならいいんだけど」


 綾瀬は上機嫌でそのままリビングへと入っていった。


(……俺、今夜まともに寝れるのか……?)




 かくして、鈴村の運命の一夜が突如として訪れたのであった。

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