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鈴村くんは間違えない  作者: シア
第4章 『気持ち』を大事に

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第49話 いい『思い出』に

「み、皆さん、おはようございます!」


 緑ヶ丘学園高等部二年の修学旅行も三日目を迎えた。


 修学旅行生が集まるホテルのロビーにて、二年B組担任、二階堂彩芽にかいどうあやめが緊張しながらも話を始める。


「ほ、本日は修学旅行三日目です! 今日は自由行動となっています! 事前に皆さんは三日目で行動するメンバーを決めていると思うので、皆さんくれぐれも怪我のないよう、注意して行動してください!」


『はーい』


 その二階堂の言葉に、生徒全員が声を揃えて返事をした。


 二階堂はそのまま続けて言う。


「再集合時間は栞に記載している通りです。それでは、解散です!」


 その言葉と同時に、生徒たちは立ち上がり、各々自由行動に向けての準備をしていた。


「お疲れさん、二階堂先生」


「あ、ありがとうございます。理事長」


 理事長、綾瀬忠一あやせただかずは二階堂にねぎらいの言葉をかけた。


「新人教師になって半年も経つし、色々と経験させたほうがいいと思って二階堂先生に挨拶を任せたが……。割と何とかなったな」


「き、緊張はしましたけどね。なんとか終わって良かったです」


 二階堂は安堵の顔を見せた。


 理事長はその顔を見てほっとした顔をし、生徒会メンバーに告げる。


「よし、今日はお前らも自由行動だ。三日目の引率者は基本的に俺と二階堂先生だ」


「あれ、俺らは今日引率しなくていいんですか?」


 生徒会長、飯田勝翔いいだしょうとが問う。


「今日の引率の仕事は帰りだけだ。それ以外は普通に修学旅行を満喫してくれていいぞ。何か緊急事態があったら飯田ととおるを招集することになると思うが、それ以外は自由だ」


「その言い方、フラグになるのでやめたほうがいいですよ」


 生徒会長補佐、鈴村徹すずむらとおるは理事長に言う。


「そうやってフラグとか言うから本当にフラグが立つんだよ。お前らは一応自由ではあるが、そのフラグをへし折る意識はしておけよ」


『はーい』


 飯田と鈴村は軽い返事をした。


 理事長はその反応に少しイラっとしたが、その感情を抑えて二人に言った。


「今回はあくまで生徒会長の仕事を学ぶために来てもらった。それももう終わりに近づいてるんだ。お前らも遊びたいだろ? ちゃんと楽しんで来いよ」


 理事長はそう言って、他の教師が集まる場所へと向かい、それぞれに指示を出していた。


「あれも理事長なりの気遣いなんですかね」


 鈴村は飯田に問いかけかける。


「だと思うぜ。…………にしては不器用だとは思うけどな」


「それ、飯田会長が言うんですか」


「え、なんで?」


「いえ、なんでもないです」


 鈴村は、その不器用さは飯田も変わらないだろう、と少し思っていた。


 そんな中、鈴村と飯田はそれぞれ腕を掴まれる。


「えっ、何!?」


 鈴村は思わず驚く声を出した。


「なんだ!? 急に掴まれたぞ!?」


 飯田も同じ反応をしていた。


「やっとここまで来れました……!」


「こ、琴原先輩。あの人混みの中よくここまで来れましたね……」


 鈴村の腕を掴んだのは生徒会会計、琴原ことはらみどりであった。


「私と詩織以外の生徒会の皆さんだけずるいです。みんなして前にいるなんて」


「す、すみません。仕事なもので……」


 琴原は頬を膨らませた。


 その横で、飯田の手を掴む女子生徒は言う。


「全く……、生徒会の仕事とはいえ、私から目を逸らすなんて許さないわよ」


「わ、悪い、詩織」


 飯田の腕を掴んでいたのは生徒会副会長、宮田詩織みやたしおりであった。


 宮田はすごく不満そうな顔をしていた。


「……どうしたんだよ詩織、そんな顔して」


「……別に、なんでもないわ。気にしないで頂戴」


「気にしないでって……、そんな仏頂面ぶっちょうづらで気にしないわけにはいかないだろ」


「じゃあ問題。なんで私は今飯田君の腕を掴んでいるでしょうか」


 それに合わせ、琴原も鈴村に問う。


「私からも鈴村君に問題です。なんで私は鈴村君の腕を掴んでいるでしょうか」


『な、なんでって……』


 鈴村と飯田は回答に困った。


 特に鈴村は飯田以上に回答に困っていた。


(琴原先輩、昨日の今日でこの行動ってどういう神経してるんだ……!? あんなことがあって、綾瀬がこれを見たら……)


 鈴村は恐る恐る綾瀬の顔を見た。


 その顔は、笑顔ながらも怒りのオーラが溢れる顔であった。


(ほらやっぱり! 綾瀬怒ってるじゃん!)


 鈴村は慌てて琴原を引き剥がそうとした。


「こ、琴原先輩! あまりくっつくのはその、よくないんじゃないかなって!」


「なんでですか? 私は鈴村君()()を正式に誘いに来ただけですよ?」


「……俺()()?」


 鈴村が聞き返すと同時に、綾瀬も琴原の隣に来て言う。


「今日の自由行動、生徒会メンバー全員で行きましょう!」


『……え?』


 鈴村と飯田は声を揃えた。


 鈴村は戸惑いながらも綾瀬に問う。


「えっと、綾瀬……? 怒ってたんじゃないのか……?」


「怒る? なんで?」


 綾瀬はそう言いながら鈴村の腕を掴む琴原を見る。


「あー、そういうこと。大丈夫だよ、鈴村君。これはね、こっそり私たち女子メンバーで話し合ったことだから」


「話し合ったこと……?」


 思いがけない言葉をかけられ、鈴村は困惑していた。


「ま、話し合ったっていうか、これを提案してくれたのは宮田先輩なんだけどね」


「え、そうなんですか?」


 鈴村はそう言って宮田の顔を見る。


 宮田は少し恥ずかしそうに、顔を少しだけ逸らして言う。


「ほ、ほら。飯田君、去年修学旅行来れなかったじゃない。生徒会の仕事とはいえこのチャンスを得たんだから、飯田君には修学旅行をちゃんと楽しんでもらって、いい思い出を作ってほしいと思っただけよ」


「し、詩織……!」


 飯田は宮田の言葉に感動し、その恥ずかしそうに話す宮田を見て思わず抱きしめた。


「ちょ、飯田君!? 人前ではそういうのはちょっと……!」


 宮田は顔を赤らめながら言うが、飯田は宮田を離そうとしなかった。


「詩織、お前が彼女で本当に良かった! ありがとうな、詩織!」


「……そ、そこまで喜んでくれるなんて思ってなかったわ。予想外よ」


「喜ばないわけないだろ! 俺がどれだけ修学旅行を楽しみにしてたと思ってるんだ……!」


 飯田は感動のあまり涙を流していた。


 その様子を見て、宮田は「全く……」と言いながら飯田の頭を撫でた。


 飯田は昨年、修学旅行の三日前に少し重めの風邪を引き、修学旅行が終わる日に治るという、本人にとって屈辱な経験をした。


 飯田は生徒会長になったあと、修学旅行の引率をするという話を理事長からされたときは悦んで引き受けていたが、飯田のその本心は『修学旅行を思う存分楽しみたい』であった。


 しかし、引率の仕事は思っていた以上に激務であった。二階堂を補助しながら引率をしたり、二日目に発生した綾瀬、琴原の行方不明事件の影響により自分の時間を取ることができなかった。


 宮田からのこの提案は、飯田にとって思いがけないサプライズであった。


「飯田会長、喜んでくれてよかったですね!」


 綾瀬は宮田に笑顔で言う。


「……えぇ。本当によかったわ。この二日間、二階堂先生の補助にとても忙しそうで、修学旅行に本当に仕事をしに来ただけで終わりそうな気がしたのよ。飯田君のこの笑顔が見れて、私は嬉しい」


 宮田は飯田の顔を見ながら言った。


「……でも、飯田君。そろそろ話してくれないかしら。体勢がきついわ」


「え? ああ、悪い。あまりに嬉しくてな」


 宮田は飯田に抱き寄せられ嬉しそうにしていたが、宮田は仰け反るような体勢でいたため、背中に手を当てて痛そうな仕草を見せた。


「さ、それじゃ行きますか! いざ、自由行動!」


 綾瀬は元気よく外を指さして言った。


「…………で、どこに行くんだ?」


 鈴村は綾瀬に問う。


 綾瀬はそれまでの勢いはどこかへ置いてきたかのように鈴村に答えた。


「……考えてないや」


「そこまで張り切ってて考えてないのかよ」


 鈴村は冷静なツッコミをした。


「いやぁ、飯田会長が喜ぶと思ってこの提案を飲んだんだけど、実際行く場所決まってないんだよねー」


 綾瀬は頭を掻きながら言う。


 飯田はその無鉄砲さに思わず笑ってしまう。


「わ、笑うなんて酷いですよ、飯田会長!」


「いや、悪い悪い。そんなつもりはないんだ。……皆、俺のためにありがとう」


「……何言ってるのよ。皆と思い出作れるのもこれが最後みたいなものなのよ? 楽しまないと損だわ」


「それもそうだな」


 飯田は宮田の頭を撫でながら言った。


「で、飯田会長はどこに行きたいですか?」


 琴原が飯田に問う。


「うーん……。どこかねぇ……。…………どこでもいいんじゃね?」


「え、なんですかそれ」


 琴原は飯田の意外な回答に思わず聞き返してしまう。


「俺が楽しめればどこでもいいんだろ? 俺はお前らと適当に食べ歩きでもしながら、談笑してるのがいいよ」


「何よそれ、そんなのどこでもできるじゃない」


 宮田は飯田に言う。


「修学旅行なんだからそういうのも楽しみの一つだろ。あまり来ないような場所で、みんなで話しながら街中を歩く。風情があっていいじゃねえか」


「それもそうですね。俺はそれに賛成です」


 飯田の提案に鈴村は賛成した。


「まあ、飯田君がそれでいいならいいわ。今日は飯田君がやりたいことをやることにしましょう」


「ありがとな、皆。それじゃ行きますかねー」


 そう言って、飯田率いる緑ヶ丘学園高等部生徒会メンバーはホテルを後にした。


 飯田の、高校生活最後の修学旅行が幕を開けたのである。




                  *




「わぁー! これ美味しそうです! 凛ちゃん、鈴村君、一緒に食べませんか?」


「…………どこにでも売ってるような肉まん……」


 京都駅から少し離れた商店街を散策する生徒会メンバー。


 琴原はその中で、とても美味しそうに蒸された肉まんを発見し、綾瀬と鈴村に一緒に食べるよう要求していた。


 片や鈴村は、その肉まんがコンビニで買えるようなものと判断して、買うのを渋っていた。


 綾瀬は琴原と一緒に肉まんを食べながら鈴村に問う。


「鈴村君、肉まん買わないの? これめちゃくちゃ美味しいよ?」


「……いや、これコンビニで買ったほうが安いし……。ここで買う必要ないし……」


 鈴村はぶつぶつと呟いた。


「こんなところでケチケチしない! バイトのお給料三倍分お父さんからもらうんでしょ?」


「……ハッ! そうだった! よく思い出させてくれた綾瀬! おじさん、俺にも肉まん一つ!」


 綾瀬のその言葉に鈴村の表情は一変し、肉まんを一つ購入した。


 その様子の変わりように、飯田は困惑する。


「……何がどうしてこうなった?」


「あー、飯田会長には言ってませんでしたね」


 綾瀬は改めて飯田に説明する。


「もう生徒会の仕事も一息ついたじゃないですか。このタイミングで鈴村君、放課後にアルバイトびっしり入れてたんですって。でも、この修学旅行に呼ばれたことで全部キャンセルになったらしいんです」


「そりゃお気の毒に……」


 飯田は鈴村に同情の顔を見せた。


「鈴村君めちゃくちゃ落ち込んでたんですけど、お父さんが私に元気づけろって言うから、咄嗟に嘘ついたんですよ……」


「え? 嘘なの?」


「まあ、結果的にお父さんはそれを約束してくれたので、鈴村君は元気になって今に至るわけです」


「なるほどな……。それを約束するってことは、理事長にも罪悪感はあるってことだな」


「そうみたいですね……。……まあ、正直なんでお父さんがそれを約束したのか、私にはわからないんですけどね」


「…………そうか」


 飯田はそう答えて、鈴村の顔を見た。


「……大体答えは見えてるけどな」


「え、何ですか?」


「いや、なんでもない」


 飯田は誤魔化しながら、鈴村たちの食べる肉まんを一つ購入して頬張った。


「お、うまいなこれ。どうだ? 詩織も食わないか?」


「あら、いいの? じゃあ遠慮なく」


 そう言って、宮田は躊躇うことなく飯田が口にした肉まんを食べた。


「…………確かに、美味しいわね」


「だろ?」


 飯田は笑顔で言った。


「俺はこういう感じで、仲間で食べ歩きしながら他愛もない話をするのが好きなんだ。生徒会長という肩書を忘れるくらい話して、笑って、楽しめる時間が欲しいなって思ってたんだよ」


「飯田君……」


「だから詩織。この提案をしてくれてありがとう。さすが、長いこと一緒にいるだけあるな」


「やめてよ、こんなところで恥ずかしいわ」


 そう言いながらも、宮田の顔は赤くなっていた。


「ヒューヒュー、お熱いですねぇ」


「冷やかすなよ綾瀬」


 そんな冷やかしをする綾瀬を鈴村が止めた。


「さて、次は何食べます?」


「……琴原先輩、食べることしか考えてません?」


「ぎくっ。い、いや、そんなことないですよ」


 琴原は吹けていない口笛を吹きながら誤魔化した。


 琴原は誤魔化しながら辺りを見渡し、遠くにたい焼き屋があることに気づいた。


「あっ! あっちにたい焼き屋さんありますよ! あれ食べましょう!」


 そう言って、琴原は一目散にたい焼き屋へ走って行った。


「やれやれ……。あんだけ食ってるから琴原の栄養は胸に行ってるんだろうなぁ」


「…………みどりの栄養が何ですって?」


「あっ」


 飯田はうっかり失言をしてしまった。


 飯田の言葉を聞き逃さなかった宮田は、飯田を鋭い目つきで睨みつけていた。


「いや、その、悪いな詩織。そういう意味で言ったんじゃないんだ」


「……じゃあどういう意味で言ったのよ!」


「いった!!!!」


 宮田は飯田の背中を力強く蹴り飛ばした。


 その様子を見て、思わず綾瀬と鈴村は爆笑する。


「わ、笑うなよお前ら! ……いってぇ……」


「はははっ、自業自得ですよ、飯田会長」


「お前だってそう思ってたんじゃないのかよ鈴村……」


「俺がそんなこと思うわけ……、あの、綾瀬? どうした?」


 鈴村はそれまで笑顔であったが、飯田の言葉を聞いた綾瀬は鈴村を睨みつけていた。


「ふーん。やっぱり鈴村君もそう言う風に思ってたんだ。ふーん? へぇ? やっぱり男の子だもんねぇー?」


「あの、綾瀬? 勘違いしてない?」


「うるさい! 問答無用!」


「痛いっ!」


 鈴村も綾瀬に一発お見舞いされていた。


「ふふっ、ははははっ!」


 飯田は思わず笑いだす。


「な、何ですか飯田会長……。冷やかしですか……」


「いや、悪いな。平和でいいなって思っただけだよ」


 飯田は背中をさすりながら立ち上がる。


 そして、鈴村に向かって言う。




「やっぱりお前が生徒会に来なかったら、こんな未来は来なかっただろうな。ありがとう、鈴村」




「な、何ですか急に……。お礼なら蒼碧祭そうへきさいの時に散々聞きましたよ」


「いや、それだけじゃ物足りないくらいお前には感謝してる。ありがとう」


「……なんか調子狂うな」


 鈴村は照れながら言った。


「見てください! チョコが入ったたい焼きがありましたよ! チリソースが入ったのもありました!」


 そう言いながら、琴原は嬉しそうに買ってきたたい焼きを全員に見せた。


「……お前もお前で楽しそうで何よりだわ」


「え? なんですか?」


 琴原はきょとんとした顔をしていた。


「じゃあ、そのチリソースが入ったたい焼きは飯田君に渡して頂戴、みどり」


「はーい」


「えっ!? いや、俺辛いのあんまり得意じゃ……」


「知ってるわよ? だから食べなさい」


「いやだから得意じゃないってむぐっ!」


 飯田は無理やりチリソース入りのたい焼きを宮田に食べさせられていた。


「かっら! ちょ、誰か水持ってないか! 無理だこれ!」


「ここにあるわよ、ほら」


「詩織が持ってんのかよ! 策士だなお前!」


 そう言いながら、飯田は水をがぶ飲みした。


 その様子を見て、鈴村たちは笑っていた。


 鈴村が生徒会に来てから、様々な出来事があった。


 鈴村の生徒会加入に際し、理事長に直接行われた綾瀬凛への公開告白。


 納涼祭で鈴村と共に完遂させた焼きそばの出店。


 たちばなを撃退することに成功した蒼碧祭。


 青海おうみ学園生徒会長、桜庭さくらばみやび主催の親睦会。


 そして、この修学旅行の引率係。


 飯田はこの約半年の中で鈴村と共に起きた出来事を思い出していた。


 飯田にとって、どの思い出もかけがえのないものであった。


 飯田はこの瞬間をとても大事に、決して忘れることのないように楽しんだ。




                  *




「あっという間ですねー。予定が決められていない日の一日というものは」


 琴原は店で買ったたこ焼きを食べながらそう言った。


「……琴原先輩、よくあんなに食べてたのにまだ食べれますね」


「え? こんなのまだまだですよ?」


(…………やっぱり全部栄養が胸に行ってるのか……?)


 鈴村は飯田が言っていたことが本当のように思えてきていた。


「さ、もう少しですよ皆さん」


 先頭を歩いていた綾瀬は、次の目的地である清水寺がすぐ近くであることを知り、皆にそれを知らせる。


「綾瀬、なんでまた清水寺に来たいなんて言い出したんだ?」


 飯田は綾瀬に問う。


「だって、一日目は怖くてちゃんと景色見れなかったんですもん。最後くらいちゃんと景色堪能したかったんです」


「まあ気持ちもわからなくはないが……。俺は二度目だからあまり……」


「飯田会長。こういう時は後輩のわがままを聞いてあげるものですよ」


「……お前はなんでそんな偉そうなんだ」


 飯田は鈴村が偉そうに言ったことに疑問を抱いた。


「…………あっ」


 そんな中、綾瀬は信号待ちをしている最中にあるものを見つける。


 それを琴原、宮田も発見した。


「珍しいわね、こんなところに黒猫なんて」


「きゃー! 猫ちゃんです! かわいいー!」


 猫を見つけて喜ぶ三人を見て、鈴村は「平和だなぁ」と呟いた。


 しかしここで、鈴村は理事長が話していた『鈴歩すずほ』のことを思い出す。


(…………そういえば、理事長が話していたあの話って、清水寺の近くじゃなかったか……? しかもそこに黒猫が現れて……)


 鈴村はそこまで考えて、咄嗟に周りを見渡した。


 周りには鈴村たちと同じく観光を楽しむ一般人が多くおり、一般車や観光バスもそれなりに通る車通りの多い道にいた。


(……もしかして、鈴歩が事故に遭った場所って、ここか……!?)


 鈴村は思いがけないところで、鈴歩の運命を、綾瀬忠一の運命を変えた場所に辿り着いてしまっていた。


(しかもこのタイミングで黒猫…………、それって…………!)


 そう思っていたのも束の間、綾瀬、琴原、宮田が見つけた黒猫は突然車の通る道を横切ろうとした。


「あっ、猫ちゃんが……!」


 そう言いながら、琴原は黒猫を助けようと車道に出る。


 それを見て、慌てて綾瀬、宮田も琴原を追いかけてしまう。


 まさに、鈴歩の事故が再現される瞬間であった。


 …………しかし。




『危ない!!!!!!!!!』




 二人の男により、それは阻止された。


「ハァッ、ハァッ、何やってんだ詩織! 死にたいのか!」


「ハァッ………………、ハァッ………………、何やってるんですか二人とも! 死にたいんですか!」


 飯田は咄嗟に走り出し、宮田と猫を掴んで向かいの歩道へ転がった。


 立ち上がるなり、飯田は宮田に怒鳴りつけた。


 片や鈴村は、飯田と同時に動き出し、綾瀬と琴原の腕をそれぞれ掴んで一目散に向かいの歩道へ走り抜けた。


「ご、ごめんなさい! 猫ちゃんが飛び出したので助けようと……」


「それで琴原先輩が事故ったら意味ないじゃないですか! 綾瀬も! 事故ったらどうするつもりだったんだよ!」


「わ、私は、みどり先輩を助けようと……」


 その様子を見て、飯田は再度宮田に問う。


「……詩織も琴原を助けようとしたのか」


「え、ええ。そうよ……。ごめんなさい、私、自分のことは考えられてなかったわ」


 宮田は飯田から視線を逸らした。


 綾瀬、琴原も、鈴村から視線を逸らす。


 鈴村は、だんだんと怒る表情が緩やかになり、微笑んだ。


「…………皆、無事でよかった」


 鈴村はそう言って、歩道に横たわった。


「ほんと、無事でよかったよ。この猫もな」


 飯田はそう言って、鈴村と共に歩道に横たわりながら助けた黒猫を撫でた。


 黒猫は、「にゃあ」と一言だけ鳴いたあとどこかに去って行ってしまった。


「……行っちゃいましたね、あの猫」


「ああ。さっきの鳴き声は、お礼のつもりだったのかね」


 飯田は鈴村にそう言いながら笑っていた。


 鈴村はそんな飯田を見て、つられて笑った。


「ほら、いつまでそこに転がってるのさ。周りの人に心配そうな目で見られてるよ?」


「え?」


 よく見ると、道行く人が鈴村、飯田を見て心配そうな顔をしていた。


「ほら、飯田君、立って」


「お、おう、ありがとう」


 飯田は、宮田に差し伸べられた手を掴んで立ち上がった。


「ほら、鈴村君も」


「立ってください」


 鈴村も、綾瀬、琴原に差し伸べられた手を掴んで立ち上がった。


「はい、二人ともここに立つ!」


「……え?」


 鈴村と飯田は立ち上がるなり、綾瀬たちに横並びにされた。


「え、何? 何が始まるの?」


 飯田は綾瀬たちの行動に恐怖していたが、それは勘違いだとすぐにわかる。


 綾瀬、琴原、宮田は鈴村、飯田に向かい合い、頭を下げながら言う。




『助けてくれて、ありがとうございました』




 そう言い終えて、三人は二人に笑顔を見せた。


 飯田はその笑顔を見て言う。


「……あぁ。皆が無事でよかった」


「ほんとです。皆が無事でよかったよ」


 鈴村も飯田に続けて言った。


「さ、それでは気を取り直して! 清水寺にしゅっぱーつ!」


「……さっきのことがあったのに切り替え早いな……」


 鈴村は若干困惑していたが、綾瀬の後ろにそのままついて行った。


 こうして一難ありながらも、一行は清水寺に到着した。


「た、高い場所はやっぱり怖いけど……、ここから見る景色は綺麗だね……!」


「……それを言いたいならもっとこっち側に来てから言えよ」


 『清水の舞台』に到着した鈴村たちは、改めてそこから見える景色を堪能していた。


 しかし、やはり高いところが苦手な綾瀬、琴原、宮田は柵の近くまで近づけないでいた。


「まあまあ、いいじゃねえか。高所恐怖症がそう簡単に治るわけないんだから」


「それはそうですけど……」


 飯田の宥める言葉に対し、鈴村は何かを言いたそうな顔をしていた。


 綾瀬は恐怖心から気を紛らわせるように、あることを提案する。


「あ、写真撮りましょうよ! 写真!」


「写真?」


 飯田は綾瀬に問い返す。


「そうです! せっかく生徒会メンバーで来たんですから、思い出に写真撮りましょう!」


「それはいいけど……。お前らこっち来れるのか……?」


『……手握ってほしいです……』


「……はぁ」


 飯田はため息をつきながら宮田の手を掴んだ。


「ほら、鈴村も」


「え?」


 飯田は鈴村の顔を見て、綾瀬たちのほうに視線を送る。


「……仕方ないですね」


 鈴村はそう言って、綾瀬、琴原の手を掴んだ。


「ほら、これなら怖くないでしょ? 綾瀬。琴原先輩も」


「……うん。ありがと」


「ありがとうございます」


 綾瀬と琴原は嬉しそうにお礼を言った。


「詩織の高所恐怖症はいつになったら治るかねぇ。ジェットコースターにはあんなに乗れるのに」


「そ、それとこれとは話が違うのよ……。ジェットコースターはもう慣れたけど、こっちは慣れるに慣れないの……」




「じゃ、それが慣れるように、一緒にいろんなところに行かないとな」




「…………へ?」


「……あらまぁ」


 飯田はぽろっと、宮田に対しプロポーズまがいのことをしていた。


 その言葉を聞き逃していなかった綾瀬は、ニヤニヤと笑っていた。


「え、俺なんか変なこと言ったか?」


「いや? 何も言ってないんじゃないですか? ねー? 宮田先輩?」


「え、ええ。そうね。何も言ってないわ。気のせいよ」


「…………? 絶対何か言ったよな」


「はいはい、細かいことは気にしない! さ、写真撮りますよ!」


「……腑に落ちん」


 飯田は少し不満げな顔をした。


「はい撮りますよー! はい、チーズ!」


 その綾瀬の掛け声とともに、一つの思い出の証拠となる写真が、一枚残されたのであった。




                  *




「よし、今回は全員いますね。理事長、二年B組、一班、二班共に全員揃ってます」


「おう、ご苦労。お疲れさん」


 修学旅行三日目も終わりを迎え、修学旅行生一同はバスに乗り込む準備をしていた。


 A組も全員いることを確認し、理事長は前に立って話を始める。


「お前ら、修学旅行は楽しかったか? かけがえのない思い出になったか? この思い出が近い将来、いい思い出話になってくれたら俺は嬉しい。この三日間、お疲れ様」


 理事長は柄にもないことを口にしていた。


「……綾瀬のお父さんもああいうこと言うんだな」


「お父さんも一人の親だからね。子供にはいい思い出を作ってほしいものなんだよ」


「……そっか」


 鈴村は、改めて理事長が一人の父親であることを実感した。


「では、ここで、生徒会長の飯田から挨拶をしてもらいます」


「……え? 俺そんなこと聞いてない……」


「ほら、いいから。来いよ」


 理事長は笑顔で飯田を呼び寄せた。


 無理やり前に立たされて困惑する飯田であったが、ふと振り返ると、鈴村たちは笑顔であった。


 その笑顔に押し負けたのか、飯田は「……しょうがねえなぁ」と呟いて集まっている生徒たちに話し始める。


「生徒会長、飯田です。皆、修学旅行は楽しめたでしょうか。俺は生徒会長の仕事で、引率者としてこの修学旅行に同行しました。鈴村へ仕事を教えたり、二階堂先生を支えたりと様々な大役を任されて正直とても疲れましたが、俺にとってはいい思い出になりました。……仲間たちとも思い出を作れましたし、俺の修学旅行に悔いはないです」


 そう言いながら、飯田は鈴村たちの顔を見た。


「皆、ありがとう。そして理事長。この機会を設けてくださり、ありがとうございました」


 そう言って、飯田は理事長に深々とお礼をする。


「……やめろよ、そういうしんみりしたことすんの」


 理事長は視線を逸らして言った。


「俺のこの三日間は、自分を大きく成長させてくれた三日間になったと思います。皆も、この修学旅行がいい思い出で終わってくれたら、俺は嬉しいです」


 飯田は少しの間、生徒たちの顔を見つめた。


 生徒たちに、不満そうな顔は一切なかった。


 パチパチと、一か所、もう一か所、と、だんだんと生徒たちから拍手が沸き上がる。


「え、何?」


 いきなりの出来事に困惑する飯田であったが、理事長が再び真横に立ち、飯田に言う。




「飯田。生徒会長の仕事、お疲れ様。お前は立派な生徒会長だ。自信を持って、未来に向かって羽ばたいてくれ」




「……理事長」


 その理事長の言葉と共に、生徒全員が飯田に向かって拍手を送っていた。


 飯田は思わず涙を流す。


「……皆、ありがとう……! ありがとう……! 俺を支えてくれて、ありがとう……!」


 飯田は、心からの感謝を伝えた。


 理事長は静かに飯田の頭を撫でて、その場を締めくくる。


「さ、もう時間だ。これからバスに乗って京都駅に向かい、そのまま新幹線で東京に戻る。東京に着いたらその後は現地解散だ。各々忘れ物には注意しろよー」


 そう言って、理事長は二年の両クラスの担任に全員バスに乗るよう指示を出した。


「…………終わりましたね。修学旅行」


 ぽつりと、琴原はそんなことを呟く。


「ええ。みどりは楽しかった?」


「楽しかったですよ。……色々ありましたけど、後悔はない修学旅行になりました」


「私も楽しかったわ。ほんとに、いろんなことがあったわね」


「間接的ですが生徒会メンバー全員での旅行にもなりましたからね! 食べ歩き、楽しかったなぁー」


「……みどりの記憶にはそれしか残ってないのね」


 宮田は少し呆れていた。


「……まあ、でも。それくらい楽しかったのなら、よかったわ」


 呆れつつも、宮田は琴原が嬉しそうな笑顔を見せているのを見て、軽く微笑んだ。




 こうして、宮田、琴原の二年としての修学旅行、及び、鈴村、綾瀬、飯田の生徒会としての修学旅行は幕を閉じたのであった。

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