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鈴村くんは間違えない  作者: シア
第4章 『気持ち』を大事に

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第44話 『鈴歩』を知る者

 緑ヶ丘学園高等部生徒会の次期生徒会長としての仕事を学ぶため、鈴村徹すずむらとおるは同じく生徒会長、飯田勝翔いいだしょうとと、生徒会会計、綾瀬凛あやせりんと共に緑ヶ丘学園高等部二年の修学旅行に同行していた。


 鈴村たちは新任教師、二階堂彩芽にかいどうあやめが受け持つ二年B組の引率を二つの班に分かれて対応することになり、第一班は二階堂、飯田のペア、第二班は鈴村、綾瀬、理事長の三人で担当することとなった。


 一日目最初の目的地である清水寺に到着し、各々少数のグループに分かれて行動を始めたが、鈴村は理事長が乗っていたバスから降りていないことに気づいた。


 理事長は未だバスの中で寝ていたが、その寝言で鈴村は目が見開いた。




「ごめん……、鈴歩すずほ…………」




「………………え?」


 鈴村は理事長の口からはっきりと「鈴歩」の名前を呼んでいたのを聞いた。


(な、なんで理事長が鈴歩の名前を……!? もしかして、鈴歩って理事長と関係があるのか……!?)


 鈴歩は、鈴村がタイムスリップ時に手にした『人生の選択肢』という本が具現化した、女性の姿をした人物である。


 鈴歩は鈴村の潜在意識であるため、鈴歩の存在を鈴村以外が認識することはできず、見ることも、会話をすることもできない。


 鈴村はそう思っていたが、理事長のこの言葉に頭が困惑していた。


(なあ鈴歩! お前のことを知ってる人がいるのはなんでだ!? 説明してくれ!)


 鈴村は心の中で鈴歩に対して会話を試みるが、鈴歩からの応答はなかった。


(くそっ……、やっぱりダメか……。鈴歩と話せる条件は何なんだよ……)


 鈴村は頭を抱えた。


「……ん、ふあーぁ……。着いたか……。…………なんだよ徹、頭抑えながらそんなところに突っ立って。頭でも痛いのか?」


 鈴村が頭を抱えて悩んでいる中、理事長は目を覚ました。


 理事長は鈴村の様子を見て「ただ頭痛に襲われている」ようにしか見えていなかったのだ。


「い、いえ、頭痛とかそういうんじゃなくて……。もうみんな観光してますよ。いつまでも寝てる理事長を起こしに来たんです」


「いやぁ悪いな。こんな短い距離でも車とかバスに乗るとすぐ眠くなるんだよ。それに、昨日は遅くまで仕事してたからな」


 理事長はあくびをし、眠そうな顔をしながら言った。


 鈴村は理事長にそれとなく質問をする。


「……理事長、さっき何の夢見てたんですか?」


「……夢? なんでそんな話すんだよ」


「理事長を起こしに来た時、寝言を言ってたんですよ。どんな夢を見てたのかなって」


「俺が寝言……? ……あぁ、それほど疲れてたってことか。でも悪いな。夢は見てたと思うが、忘れた」


「忘れたぁ!?」


「な、なんだよ。お前もそれまで見てた夢を起きた瞬間忘れるときだってあるだろ」


「あ、いやまあ、それはそうですけど……」


 鈴村はその寝言の真相を知るために聞いたが、生憎あいにく理事長は見ていた夢を忘れていたようだった。


 鈴村は少しがっかりしていた。


 理事長はその様子を見て不思議そうに思っていたが、自分の職務を全うするために椅子から立ち上がった。


「ほら、二班のやつら皆行っちゃったんだろ? お前も引率者なんだからしっかり管理しないと」


「……さっきまで爆睡してた人がよく言いますよ」


 鈴村は少し呆れていた。


「大人をからかうもんじゃないぞ。ほら、降りろよ。俺もすぐ行くから」


「わかりましたよ……。二度寝しないでくださいね」


「うるせっ」


 鈴村は理事長を少しからかうように言った。


 鈴村がバスから降りたのを確認した後、理事長はぽつりと呟いた。


「…………未だに見るな、この夢。やっぱ忘れられやしないよな」


 理事長は鈴村たちとは反対側の窓の外を見ていた。


 そして、そのまま天井を見上げ、顔をその場にあったタオルで隠した。




「今でも天国で元気にしてるかな、鈴歩」




 そんな言葉を、またぽつりと呟いていた。


「場所も場所だし、そんな夢も見るか」


 理事長は遠くを見るような目で言った。


 と、そんなとき、ドタドタと男子生徒が理事長のいるバスに入り込んできた。


「おわっ!? な、なんだ!?」


 理事長は突然の大きな音に驚く。ただでさえあまり聞かれたくないことを呟いていたため、余計に驚いていた。


「す、すみません理事長! 俺ですよ! 飯田です!」


「…………なんだ飯田かぁ……。びっくりさせんなよ……」


「なんですかその酷い反応……。……じゃなくて! いつまでここにいるんですか!」


「あぁ、悪いな。ちょっとうたた寝してた。さっき徹に起こされたんだよ。すぐ行くから」


「理事長が何やってるんですか……。一班も二班も、既に出発してますからね。理事長も二班の引率者なんですから、鈴村に丸投げしないでくださいね」


「親かよ……。わかってるよ、安心しろ」


「安心できないんだよなぁ……。まあいいです。すぐ降りてくださいね」


 そう言って、飯田はバスから降りた。


「……焦った…………」


 理事長は心臓が張り裂けそうだった。


「そんなに俺がいないとダメかねぇ。飯田も心配性になったんじゃねえか?」


 飯田は鈴村のことをとても心配していた。


 理事長を二班の引率者に加入させたと聞いた飯田はとても安堵していたが、一向に理事長がバスから降りてこないことに違和感を覚え、急いで様子を見に来たのだった。


「さて、降りますかね」


 そう言って、何事もなかったかのように理事長がバスから降りた。




                  *




「うわぁ……。高いですね……」


 琴原は清水寺の有名スポット、『清水の舞台』から下を見下ろしながら少々怯えていた。


「みどり先輩、本来ここに来たら見るのは景色じゃないですか? 足元見たって観光にならないですよ」


 そんな琴原の行動に、綾瀬が釘を刺す。


「じ、実は私、高いところ苦手で……」


「……だからそんなにがっつりと鈴村君の腕にしがみついてるんですね」


 綾瀬は琴原を睨みつけて言った。


 琴原は、高いところが怖いということを理由に、鈴村の左腕が動かせないほどがっつりとしがみついていた。


(…………琴原の、柔らかい感覚が、腕に伝わってくる……)


 鈴村は理性を保つので精一杯であった。


 鈴村の鼻の下が少し伸びているように見えた綾瀬は、今度は鈴村を睨んで言う。


「なーに鼻の下伸ばしてんのさ、鈴村君。みどり先輩のおっぱいがそんなにいい? 柔らかくて嬉しい?」


「なっ!? お、俺は別にそんなこと一切考えてないぞ!?」


「その反応で否定されても説得力ないよ、鈴村君」


 綾瀬は呆れながら鈴村に言った。


 片や琴原は、ニヤニヤとしながら鈴村に言った。


「すみません鈴村君。私高いところ苦手なんです……」


「それはさっき聞きました」


 綾瀬が横やりを入れる。


 琴原はそれを無視して続けた。


「ここにいる間はずっとこうしてていいですか? いいですよね?」


「え? あ、まあ、怖がらせるのは良くないですからね。いいですよ」


「……へー。いいんだ」


 綾瀬は鈴村を睨みつけながら言った。


 その視線に恐怖を抱いたのか、鈴村は必死で弁解する。


「ご、誤解するなよ、綾瀬。琴原先輩は怖がってるんだよ。困ってる人を助けるのが生徒会の役目だろ?」


「……なるほど。鈴村君はそう言い訳をするんだね。わかった」


「い、言い訳じゃなくって……。…………あの、綾瀬……? 何してんの?」


 鈴村の言葉に何かが吹っ切れたのか、綾瀬は鈴村に近づき、鈴村の右腕にしがみついて言った。




「…………みどり先輩がいいなら、私もくっついていいよね」




「えっ!?」


 綾瀬は顔を赤くしながらも、さらにぎゅっと力を入れて鈴村にしがみついた。


 一般の男子生徒からすれば両手に華である。


 美女二人にしがみつかれた鈴村は、周りの男子から恨みの視線が送られていた。


(なんでこうなったんだ……。琴原先輩はなんでこんなに積極的なんだ……。綾瀬もそれに対抗してくるし……。対抗してくるのは当たり前か。俺の彼女だもんな。どっちの腕からも柔らかい感覚がする。いい匂いが両方からする。ダメだ。理性が飛びそうだ。平常心が保てないわ)


 鈴村の頭の中はこの現状を処理しきれなくなり、ショート寸前になっていた。


(……ダメだ! 平常心だ! 平常心! 落ち着け、落ち着け俺……)


 鈴村は深呼吸をし、だんだん冷静になってショートを免れた。


「と、とりあえず二人とも離れてくれないかな」


「えー、なんでですか? 照れてるんですか?」


 琴原はニヤニヤしたまま言う。


「みどり先輩は良くて私はダメってこと? そんなの許せないよ? 離さないからね?」


 一方綾瀬は、自分が取った行動を否定された気分になり、さらに強く鈴村にしがみついた。


(……ダメだ、どっちも全く離れる気配がない)


 鈴村は冷静さを取り戻しはしたが、二人が離れる気配が全くなく、諦めていた。


 そんなところに、一班の面々が合流する。


「おーおー。随分モテモテだなぁ、鈴村」


「い、飯田会長……。助けてくださいよぉ……。動けなくなりました」


「いいんじゃねえの? お前はそうしてるほうがお似合いだよ」


 飯田の後ろを歩いていた理事長が、鈴村をからかうようにして言った。


「お似合いってどういう意味ですか……。理事長は誰の味方なんですか……」


「もちろん、凛の味方だが?」


「じゃあ琴原先輩引き剥がすの手伝ってくださいよ」


 鈴村は冷静なツッコミを理事長に向けて言った。


 しかし理事長は、その言葉に対し飯田を見ながら言った。


「こっちも見てやってくれ。飯田が大変そうだ」


「……飯田会長が?」


 鈴村が飯田をよく見ると、飯田の両腕には二人の女性がしがみついていた。


「い、飯田君……。私怖いところ無理なの……。絶対に離さないから支えててね……」


 片方の腕にしがみついていたのは、緑ヶ丘学園生徒会副会長であり飯田の恋人である宮田詩織みやたしおりであった。


 そして、もう片方にしがみついていたのは。




「ご、ごめんなさいね、飯田君……。私も高いところ苦手なんですよ……。少しの間だけでいいので……。宮田さんもごめんなさい……!」




 二階堂彩芽であった。


「……飯田会長もモテモテですね」


 鈴村は少し冷ややかな顔で飯田に言った。


「これがモテモテに見えるか? 詩織が高いところ苦手なのは知ってたからこうなるのは予想ついてたが、まさか二階堂先生までこうなるなんてな……」


 飯田は呆れながら言った。


 二階堂は飯田のその発言にさらに申し訳なくなり手を離そうとするが、しかし高所恐怖症には打ち勝つことができず、さらにしがみつく力を加えていた。


「二階堂先生……。無理ならバスで休んでても良かったんですよ? なんで来たんですか」


 飯田は冷静に二階堂に問う。


「わ、私は二年B組の担任です。このクラスを引率する大事な仕事があります。そんな私がバスに一人残るなんてありえないじゃないですか」


「……その言葉は俺から離れることができたら言いましょうね」


 飯田はさらに呆れていた。


 理事長はこの二人の様子を見て笑いながら言う。


「ま、こっちもこっちでこんな感じだ。引率とはいえ皆楽しそうで良かったわ」


『他人事のように……』


 鈴村と飯田は理事長に向かってとても低い声で言った。


「しかしまあ、ここは毎年来ても飽きないな。いいところだ」


 そんな中、理事長は『清水の舞台』から見える景色を堪能しながらそんなことを言う。


「……俺らの事もしかして無視してます?」


 鈴村は理事長のことを睨みつけて言った。


「いや? 無視はしてないぞ? 大変そうだなぁ、頑張れよって思ってる」


「他人事だ……」


 鈴村はこの現状を諦めて受け入れることにした。


 その間、綾瀬と琴原は鈴村から離れることはなかった。


 飯田は理事長の言葉に反応する。


「理事長、ここ好きなんですか?」


「好きというより、思い入れのある場所だな。昔女友達と一緒に来たんだよ」


「へぇ……。それって誰なんですか?」


 鈴村は少し興味のある顔をして理事長に問う。


「あぁ、それはな……」


 理事長は鈴村の質問に答えようとしたが、それをすんでのところでやめた。


「……いや、この話はこれで終わりだ。今ここでするような話じゃないしな」


「え、何ですかそれ」


 鈴村は理事長の意外な過去を知れるかと内心ワクワクしていたが、答えを聞けず仕舞いに終わり不満そうな顔をした。


 鈴村以外の面々も理事長の過去に興味津々であったが、理事長の言葉を聞いてその場はそっとしておくことにした。


「ほら、ここに滞在する時間もそこまで長くないだろ。そろそろ行かないとスケジュールズレるぞ」


「……すみません、俺今こんな状態ですし、飯田会長もあんな風になってるんで時計見れないんですよ」


「…………大事なところで何やってんだかお前らは」


 理事長は鈴村と飯田の様子を改めて見て、頭を抱えて呆れていた。


「とりあえず綾瀬、琴原は鈴村から離れろ。怖いんだったらその辺の柱にでも捕まっておけ。宮田もだ。二階堂先生も、もう少しで終わりなんで頑張ってくれ」


『…………はーい……』


 理事長のその言葉に、鈴村と飯田にしがみついていた綾瀬、琴原、宮田、二階堂は恐る恐る二人から離れて柱にしがみついた。


「……あの、お父さん」


「なんだよ」


「私ここから動けないんだけど」


「………………はぁ……」


 結局、理事長の指示のもと、綾瀬、琴原は鈴村に、宮田、二階堂は飯田に手を引いてもらうようにしてこの場を後にした。




                  *




 修学旅行一日目の夜。


 修学旅行生一同は宿泊先のホテルに到着していた。


 ホテルに着くなり、清水寺の高所にギリギリ耐えていた綾瀬、琴原、宮田、二階堂は息を荒げてロビーのソファに横たわっていた。


 その様子を見て、理事長は苦言を呈す。


「俺らは修学旅行でここに来てるんだ。あまり周りに迷惑かけるようなことはしないでくれ。……二階堂先生も、そんな状態だとこの先担任受け持つのやめてもらうからな」


「えっ!? そ、それは困ります! 私頑張りますからぁー」


 二階堂は涙目になりながら理事長に祈るように手を合わせていた。


 しかしながら、清水寺で体験した高所に対する恐怖症がそう簡単に抜けることはなく、且つ他にも高所がダメでダウンしていた生徒もいたようで、皆ぐったりしていた。


「はぁ……。よーし、お前ら一旦集合」


 理事長はこの様子を見て、鈴村、飯田を呼び寄せる。


「今日はこれから夕食を挟んで風呂の予定だ。それが終わった午後十時には消灯。とりあえず今は休息時間だから、それぞれの部屋に移動するように全員に伝えてくれ」


『わかりました』


 理事長の指示を受け、鈴村と飯田はそれぞれ一班、二班の生徒たちにこれからの予定を伝え、今は割り振られた部屋で休息するように伝えた。


「ほら、綾瀬も行くぞ。琴原先輩と同じ部屋なんだろ? 連れてってやるよ」


「え、いいの? ごめんね、私もう腰が抜けて動けないんだよ……」


 余程高所が怖かったのか、綾瀬はその場から立ち上がることすらできなくなっていた。


 鈴村は少し照れながらも、綾瀬に手を差し出す。


 綾瀬は差し出された手を見て改めて恥ずかしくなったのか顔を赤らめていたが、そっとその手を取った。


 と同時に、横から琴原もその手を掴んだ。


「わ、私も連れてってください……!」


「え、琴原先輩も?」


「私も動けないんです……。凛ちゃんと一緒に連れてってくださーい」


「…………今すごいスピードで飛びついてきたように見えましたけど」


 綾瀬はそう言うが、琴原は口笛を吹いて誤魔化していた。


 鈴村はため息をつきながら二人に手を差し出す。


「さ、二人とも行きますよ」


『……はい♪』


 綾瀬と琴原は笑顔でその手を取った。


 その様子を見ていた宮田は、羨ましそうな顔をして飯田の手を掴む。


「……お、どうした? 動けるようになったか?」


「……私も、連れてってほしい」


「は?」


 宮田は小声でそう言ったが、飯田は聞き取れていなかった。


 宮田は少し小恥ずかしそうに、先ほどよりも大きめの声で言う。


「だからぁ……! わ、私もみどりたちみたいに、連れてってほしい……」


「……そっか。大変だったな、詩織。よく頑張った」


 そう言いながら、飯田は宮田の頭を撫でた。


「ほら、行くぞ」


「…………うん」


 今の宮田には珍しく、そのクールさが消え去っていた。


 演じることのない、素の宮田が現れていたのである。


「……青春だねぇ」


 その二人を見ていた理事長は、そんなことを呟いていた。


「やっぱ、鈴村にはあれを伝えるべきなんだろうな」


 理事長はそう言いながら、スマホを取り出して鈴村に電話をかけた。


『……あ、もしもし。理事長ですか? どうしました?』


「おう、徹。凛と琴原は部屋に連れて行けたか?」


『もう少しで部屋に着くところですよ。送り届けたら、俺は引率者用の部屋に行くつもりです』


「そっか。そういや俺ら同じ部屋だったな。ちょうどいいや。ちょっと後で話がある。部屋で待っててくれないか」


『え? いいですけど、何の話ですか? ……まさか今になって綾瀬と付き合うななんて言わないですよね』


「そんなこと……言ってもいいけど」


『え、じゃあ待たないです。それじゃ』


「待て待て、冗談だって!」


 理事長は冗談を言ったが、鈴村はそれを真に受けて電話を切りそうになっていた。


 理事長は慌ててそれを止める。


「大事な話だ。たぶん、お前は知っておかないといけないことだと思ってな」


『…………? なんか理事長らしくないですね。さっきの清水寺のときといい、なんかあったんですか?』


「…………後で話す。じゃあな」


『……? わかりました。じゃあまた後で』


 そう言って、理事長は電話を切った。


 一方、鈴村は少し困惑する顔で理事長との電話を終えていた。


「何? お父さんから何言われたの?」


 綾瀬はその鈴村の表情を見て心配の声をかけた。


「いや、泊まる部屋は一緒だから部屋で待ってろって言われた」


「何それ……。引率者の部屋なんだから必然的に待つじゃんね」


「そうなんだよなぁ……。綾瀬たちを部屋に連れて行ったら自分の部屋に行けって言われたけど、そんなに急いで伝えたいことなのか?」


 鈴村の頭の上には「?」が浮かんでいた。


「え、鈴村君もう行っちゃうんですか?」


 琴原は、鈴村の『綾瀬たちを部屋に連れて行ったら自分の部屋に行け』という言葉に過剰に反応していた。


「はい、琴原先輩たち部屋に連れて行ったら俺は戻りますよ。何か用ですか?」


「…………もっと一緒にいれると思ったんですけど」


 琴原は口を尖らせて言った。


 その様子を見ていた綾瀬は琴原が過剰に反応する理由を理解していた。


 綾瀬は部屋が近づいてきたのを確認し、鈴村から手を離して言う。


「私たちの部屋はもうすぐ着くから、鈴村君はここまででいいよ! ……ほら、みどり先輩も手離して!」


「あぁ……、鈴村君の温もりが……」


 琴原は悲しい顔をしながら手をこすり合わせていた。


「いいのか? もう歩けるか?」


 鈴村は綾瀬と琴原に心配の声をかける。


「ここまで来れば大丈夫だよ。ありがとね、鈴村君」


「そっか。大丈夫ならいいんだ。夕食までは少し時間あるから、それまでゆっくり休んでてくれ。琴原先輩も無理はしないでくださいね」


「……はーい」


 琴原は再び口を尖らせていた。


「じゃあ、俺行くから。なんかあったら連絡してくれ」


「わかったよ。じゃ、また後でね」


 鈴村は綾瀬と言葉を交わし、自分の部屋に戻った。


 鈴村がその場から離れたことを確認し、綾瀬は琴原に問い詰める。


「……みどり先輩、今日の今までの行動はどういうことなんですか……?」


「り、凛ちゃん? 少し落ち着いてほしい……です……」


 その圧に、琴原は怯えてしまっていた。


「ちょーっと彼女として見過ごせない行動が多かった気がしますねぇ……。完全に鈴村君のことを諦めたわけじゃなさそうに見えましたけど……?」


「せ、説明しますから! 説明しますから許してくださーい!」


 琴原は綾瀬の圧に耐え切れず、泣き叫びながら部屋に連れ去られた。




                  *




「おう、戻って来たか、徹。遅かったな」


「むしろ理事長が早いんじゃないですかね」


 綾瀬、琴原を送り届けた鈴村は、引率者用の部屋に戻ってきていた。


 もちろん、引率者用と言えど男女は別になっており、二階堂は他の女性教師と同じ部屋に泊まっていた。


「で、話ってなんですか?」


 鈴村は早速本題に入る。


「お、いきなり来たな。お前のことだから自分からは話を切り出さないと思ってたぜ」


「理事長が言ったからですよ。『大事な話』って。理事長がそんな言葉使うのなんて珍しいんで、余程の事なんだろうと思いまして」


「……なるほどな。人の行動をよく見てる証拠だ」


 理事長は鈴村の洞察力を賞賛していた。


「よし、んじゃあ話すか。いいか徹。今から話すことはお前に関係するとても重要なことだ。心して聞けよ」


「え、はい。なんかそう言われると緊張します」


「だろうな。まあでもそのくらいの緊張感は持ってほしい」


 理事長はそう言って、鈴村を椅子に座らた。


 理事長はその向かいの椅子に座り、鈴村の目を見て言う。




「お前、『鈴歩』について知りたいだろ」




「…………へ?」


 鈴村は理事長からその名前が出たことに驚いていた。


 しかも今回は寝言ではなく、意識がある状態でその名前が出た。


 鈴村は最初はただの偶然かと思っていたが、ここで確信に至った。


「……理事長は、鈴歩について知ってるんですね」


「そういう反応をするってことは、やっぱり鈴歩の存在は知ってるんだな」


「教えてください! 鈴歩って何者なんですか! 俺とどういう関係が……!」


 鈴村は思わず理事長の両肩を力強く掴んで問いただした。


 と同時に、『人生の選択肢』が光り輝くのが見えた。


 少し眩しそうな顔をする鈴村を見て、理事長は不思議そうな顔をする。


「……どうした? なんか眩しいものでも見たか?」


「……いえ、なんでもないです。すみません、力強く肩掴んじゃって」


「いや、大丈夫だ。お前こそ大丈夫か? 目眩をしてるようにも見えたが……」


「俺も大丈夫です。気にしないでください」


 鈴村は冷静になって理事長の心配に感謝を述べた。


「すみません、話をする前にちょっとトイレに」


「お、おう。早めに済ませろよ。夕食まで時間があると言っても、そこまで猶予があるわけじゃないからな」


「はい。すぐ済みます」


 そう言って、鈴村はトイレに駆け込んだ。


「…………このタイミングで光るっていうことは……、そういうことだよな」


 鈴村は懐に入れていた『人生の選択肢』を取り出す。


 ページを捲っていくと、今まさに記載されたであろう【人生の選択肢】がそこに記載されていた。




【人生の選択肢】


 A.綾瀬忠一の過去を聞く。


 B.綾瀬忠一の過去を聞かないでおく。




「……二択か。しかも今回は【選択の簡易的結果】は出ないんだな」


 しかし、鈴村は今回に限っては、【選択の簡易的結果】が記載されない理由がわかっていた。


 『人生の選択肢』が提示した選択肢は、いずれもこれから離されるであろう理事長からの話に関することである。


 これを聞くか聞かないかの選択を迫られている時点で、【選択の簡易的結果】の記載が不要なことを鈴村は理解していた。


「要はこれを聞いたら理事長の過去と、鈴歩のことがわかるんだろ? それに、聞かなかったらそれで話は終わりだ。だから記載されなかった」


 その瞬間、『人生の選択肢』は再び光り輝く。




【人生の選択肢】


 A.綾瀬忠一の過去を聞く。


 B.綾瀬忠一の過去を聞かないでおく。


 ※その通り。




「……その注意書き書くためにわざわざ光るなよ。眩しいんだよお前」


 鈴村は冷静なツッコミを入れた。


(どうせなら鈴歩本人が出てきて話してくれてもよかったんだけどなぁ……。理事長が話すと決めた以上、鈴歩はそれをやめたのか)


 鈴村は冷静に鈴歩の取った行動を分析していた。


(ま、どっちを選ぶかなんて決まってるだろ)


 鈴村はそう考え、わざとトイレの水を流してトイレから出てきた。


「おう、早かったな。トイレに篭られると思ったぜ」


「そういう冗談は後で聞きますよ、綾瀬のお父さん」


「…………そうだな」


 そして、鈴村は理事長に言う。




「じゃあ、教えてください。『鈴歩』のことを。……綾瀬のお父さんの、過去を」




「…………俺はそこまで言った覚えはないけどな。ま、いっか。結局その話をすることになるし」




 理事長、綾瀬忠一は鈴村の顔をしっかりと見て、自分の過去を語り始めた。

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