第43話 前途多難
「どうかお願いします! 理事長!」
「だーかーらー。なんで俺がお前の班の引率に協力しなきゃなんねえんだよ」
緑ヶ丘学園高等部生徒会の次期生徒会長候補である鈴村徹は、生徒会長としての仕事を学ぶため、緑ヶ丘学園高等部二年の修学旅行に同席していた。
新任教師、二階堂彩芽が担任をする二年B組を二つの班に分け、第一班の引率を二階堂と緑ヶ丘学園高等部生徒会長、飯田勝翔が担当し、第二班の引率を鈴村と生徒会書記、綾瀬凛が担当することになった。
バスの出発時間までもう少しというところで、鈴村は理事長に自分の班の引率を協力してほしいと直談判していた。
その理由は、突如『人生の選択肢』に提示された選択肢によるものであった。
【人生の選択肢】
A.指定された引率者の割り振りで修学旅行を行動する。
B.引率者の割り振りのうち、飯田勝翔と鈴村徹を入れ替える提案をする。
C.鈴村徹の引率者に綾瀬忠一を加入させるよう提案する。
これに対する【選択の簡易的結果】は次の通りであった。
【選択の簡易的結果】
Aを選んだ場合、鈴村徹は自分の未熟さを思い知り、第二班の修学旅行は壊滅状態に陥る。鈴村徹は引率者から降ろされ、次期生徒会長の推薦も取り消される。
Bを選んだ場合、鈴村徹は二階堂彩芽のほとんどを補助することになり、心身が疲弊し、修学旅行中に事故に遭って死に至る。
Cを選んだ場合、第一班は飯田勝翔の助力により引率に成功し、第二班は綾瀬忠一の助力により引率に成功する。ただし、これは一日目のみである。
鈴村はA、Bの選択は外れと判断し、Cを選択して、すぐさま理事長のところへと向かったのだった。
小さいテーブルを挟んで鈴村と理事長は椅子に座り、かれこれ三十分ほど鈴村はお願いをしていたが、理事長は一向に首を縦に振ることがなかった。
鈴村は理事長から何度も問われた質問に対し、同じ回答をする。
「だから、言ってるじゃないですか。俺がここにいるのって生徒会長の仕事を学ぶためなんですよね。それなのに、いきなり俺と綾瀬だけで引率っておかしくないですか? 飯田会長とならまだ話はわかりますが、飯田会長、二階堂先生と一緒じゃないですか」
「おかしいか? 二階堂先生は新人さんだ。飯田の補助があれば緊張しながらでもしっかりやれるだろ」
「俺らのことは無視ってことですか?」
理事長は組んでいた足を戻し、正面を向いて鈴村に言う。
「そんなわけないだろ。俺も意地悪でその名簿を作ったわけじゃないんだ。一日目からお前には凛と第二班の引率をしてもらい、その力量を測るためにそうしたんだよ」
「でもこれじゃ本来の意味を成さないと思います。俺に何を学んでほしいんですか?」
「もちろん、生徒会長としての役目だが」
「それなら俺と飯田会長を一緒にしてください。そのほうが納得できます」
「何度も言うけどな、飯田は二階堂先生と一緒に行動させるほうがいい。お前は凛とのほうがいいんだよ」
お互い言い合うだけで、一歩も譲ることはなかった。
鈴村は下を向いて、ある言葉を言う。
「……ここで俺がヘマをして、生徒に何かあったら、理事長は責任を取ってくれますか?」
「……どういうことだよ」
鈴村は理事長に視線を合わせて言った。
「この振り分けは理事長が作ったものです。どんな形であれ、責任は理事長にあります。この場合、理事長は俺に臨機応変に対応しろ、とでも言いたいんでしょうが、さすがにこれは無理があります」
「そうか? お前なら何でもやってのけると思ったんだけどな」
「敢えて言わせていただきますね。今の俺にこの重荷を背負う覚悟はないです」
「……ほう」
理事長の目線は鈴村を睨みつけるような目線に変わった。
「なるほど? お前は俺に次期生徒会長として推薦されはしたけど、今のお前は修学旅行の引率もできないほど未熟だから俺に引率手伝ってほしいと」
「言ってしまえばそうです。俺には自信がありません」
「……割と素直じゃねえか」
理事長は少し困っていた。
「理事長の言う通りです。俺は理事長と飯田会長に次期生徒会長に推薦していただいて、浮ついていたのかもしれません。しかし、いざこういう場に立ってみると、場数が少ないのもあると思いますが、不安でいっぱいです」
鈴村はそのまま続けた。
「綾瀬となら少しは気楽にできるかと思ってましたが、やっぱりそれでも不安です。なので、こうやって一番信頼してる理事長にお願いしています」
「……なるほどね」
理事長は腕を後ろに組み、伸びをしながら言う。
「お前の言いたいことはわかった。ま、俺も少し無理強いをさせたなと思うところはあるんだ。いきなり頼れる相手もいないのに引率なんて、普通やりたいと思わないしな」
「……じゃあなんであの割り振りにしたんですか」
「わかってるだろ? お前の反応を見たかったんだよ」
「やっぱり意地悪じゃないですか!」
鈴村のその叫びを聞いて、思わず理事長は笑いだしてしまった。
予想通り、理事長の意地悪だったことが判明し、鈴村は頭を抱えていた。
「いやぁ、悪いな。元から第二班には俺もついていくつもりだったんだ。ただ、その名簿を見て徹がどういう行動を取るか見定めたかったんだよ」
「と、言うと?」
鈴村は首を傾げながら問う。
「お前の蒼碧祭での活躍ぶりは見てたさ。お前の人を導く力は、一年が持つには有り余る力だ。だが、あの結果はお前だけじゃなく、飯田や綾瀬、青海学園の生徒がいたから成し遂げられたことだ。だから俺は、お前が天狗になってないか確認したかったんだ」
「……俺が天狗になるわけないじゃないですか。蒼碧祭のあの結果は、皆がいてくれたから成し遂げられたんです。俺だけじゃ何もできませんでしたよ」
「その通り。だからお前が今、俺に協力を求めているのは正解の行動だ。さすがだな、徹」
理事長はそう言って、鈴村の頭を撫でた。
「まあ安心しろ。一日目はちゃんと一緒にいてやるよ。……ただし、二日目以降はお前と凛でやるんだな」
「…………えっ」
鈴村は驚いていた。
「俺だって理事長だ。三日間全部つきっきりでお前の面倒なんか見れねえよ。それに、凛はあくまでお前のメンタルケア役だ。むしろ二日目以降はお前一人でやることになると思うぜ」
「…………やっぱりそうなるんですね」
「……やっぱり? こうなることわかってたのか?」
「あ! いえ、なんでもないです。気にしないでください」
「…………? 変な奴だな」
理事長は不思議そうな顔をしていた。
片や鈴村は、『人生の選択肢』に記載されていた【選択の結果】の意味を少し理解していた。
【選択の結果】
鈴村徹はCを選んだ。
修学旅行一日目は綾瀬忠一の助力により成功する。
しかし、二日目は鈴村徹のみで引率をすることを強いられる。
心せよ。
この「鈴村徹のみで引率することを強いられる」という記載が妙に引っかかっていた鈴村であったが、理事長との会話でその意味を理解した。
「ほら、そろそろ移動時間だ。班のやつら集めて点呼取ってこい」
「あ、はい。わかりました」
鈴村は理事長にお辞儀をしてその場を去った。
「……よろしく頼んだぜ。次期生徒会長さん」
理事長はそう言って、コーヒーの入ったカップに口をつけた。
*
「というわけで。皆さんは栞に書いている通り、これからこのバスに乗って清水寺に向かいます。所要時間はそれほどでもないですが、各々お手洗いを済ませておいてください。もうすぐ出発します」
鈴村は二年B組、第二班を乗せたバスの先頭に立ち、マイクを使ってこれからのことを話していた。
「……なんかバスガイドみたいだな」
「しっ。いらないこと言わないの、お父さん」
その様子を一番前の窓際の席に座る理事長が見て小声でからかっていたが、その隣に座る綾瀬が理事長の口を軽く抑えるように封じた。
鈴村は理事長を少し睨んだ後、説明を続ける。
「バスに酔いやすい方は酔い止めもありますので、随時言ってください。その他困ったことがありましたら、鈴村、綾瀬、理事長の三人の誰でも良いので声をかけてください。俺からは以上です」
鈴村はペコっとお辞儀をしてマイクを理事長に渡す。
理事長はそのままマイクを通して話し始めた。
「と、いうわけだ。今鈴村からもあった通り、特にトイレとか行くやついないのならすぐに出発するぞー。いいなー」
その理事長の言葉に、『はーい』と声の揃った返事が返って来た。
「よし、問題なさそうだな。それじゃ運転手さん、お願いします」
理事長はそう言って着席した。
鈴村も一仕事を終えて一安心し、そのまま綾瀬たちと通路を挟んだ向かいの席に座った。
「お疲れさまでした、鈴村君♪」
「あ、ありがとうございます」
その隣には琴原みどりが座っていた。
綾瀬は琴原が鈴村の隣に座っているのを確認して少しムッとした顔をしていたが、これは偶然であったため琴原を咎めようとはしなかった。
(なんでみどり先輩が鈴村君の隣に座ってるのよ……!)
咎めるのも時間の問題であった。
一方琴原は、とても気分良さそうに移動するバスの中で鼻歌を歌っていた。
その様子を見て、鈴村は声をかける。
「随分と機嫌良さそうですね、琴原先輩」
琴原は「ふっふーん」と言いながら答えた。
「そりゃそうですよ。私の好きな人が偶然ながらも隣にいるんですから、そりゃ機嫌良くならないわけないです」
「す、好きな人って……。俺のことは諦めてって話したじゃないですか……」
「あー、そのことなんですけどね」
琴原は窓の外から視線を逸らし、鈴村に視線を合わせて言う。
「確かに鈴村君のあのお話は理解しました。なので、鈴村君に対して今後一切、告白だとか、デートだとか、そういったことはしないようにします。……でも、好きな気持ちが消えることはありません。節度を弁えてこれからは行動しますね♪」
「……なんかすごく自分の中で丸く解決したかのように言ってますけど、それトラブルになりません? 大丈夫ですか?」
鈴村は心配する表情を見せた。
片や琴原は、笑顔だった。
「大丈夫です。トラブルにはなりません。私は凛ちゃんと鈴村君を応援してます。その仲を引き裂くようなことはしないですよ」
「ならいいんですけど……」
「ですが……」
「…………ですが?」
鈴村は嫌な予感がしていた。
「もし私の行動の度が過ぎそうになったら、鈴村君が止めてくださいね♪」
琴原は笑顔でそう言った。
「…………ほんとに大丈夫なのかなぁ……」
鈴村は不安が一つ増えてしまい、胃がキリキリしていた。
ふと、琴原は綾瀬と目が合う。
「凛ちゃーん! 凛ちゃんはこの修学旅行どうするつもりなんですか?」
琴原は綾瀬に手を振りながら問いかける。
「私は鈴村君のメンタルケア役らしいんですよ。だから、それ以外は基本自由みたいなんです」
「そうなんですか。……じゃあ、私と一緒に修学旅行一緒に周りませんか?」
「いいですね! 行きましょ行きましょ!」
鈴村が不安を抱える中、それを無視するかのように琴原と綾瀬は和気あいあいと会話していた。
(……ま、この様子なら大丈夫でしょ)
鈴村はそんなことを考えていた。
「あ、そうだ」
琴原は何かを思い出したかのような顔をして鈴村に問いかける。
「鈴村君、一つ聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「え、何ですか?」
琴原は鈴村に顔を近づけて質問した。
「『鈴歩』、って、誰ですか?」
『…………え?』
鈴村と綾瀬は声を揃えて驚いた。
琴原は鈴村だけでなく綾瀬まで驚いた様子を見せたことに戸惑っていたが、そのまま話を進めた。
「ちょっと前にですね、凛ちゃんと青海学園の木下さんが言ってたんですよ。『鈴歩』って言う人が鈴村君と関係のある人だって」
その言葉に、鈴村は即座に綾瀬の顔を見た。
綾瀬は少し戸惑ったが、琴原に続けた。
「あー、話しましたね、そんなこと。でも、私もその『鈴歩』って人が誰なのかわからないんですよ」
「そうなんですか……」
琴原は少し残念そうな顔をしていた。
「……でも、鈴村君のタイムスリップと何か関係があるんですかね」
「えっ」
鈴村は真相に迫られた感覚に陥り、思わず声が出てしまった。
(え、バレた……? 俺はタイムスリップの話しかしてないぞ……?)
鈴村の心臓の鼓動は早くなっていた。
「おや、その反応、もしかして関係あるんですね?」
「い、いや、俺は知らないぞ、そんな人。初めて聞く名前だな」
「えー、そうなんですか? なんか知ってそうな……」
ぐいぐいと詰め寄る琴原に、思わずたじろぐ鈴村。
鈴村は思わず手を出して琴原を止めた。
「こ、琴原先輩……、度が過ぎてますよ……」
「あ、ごめんなさい。わからないのに聞いても困りますよね。すみませ…………ん?」
「……あっ」
鈴村は度が過ぎた琴原の行動を止めようと手を前に出したが、その手にはとても大きく柔らかいものが掴まれていた。
琴原は自分のその大きく柔らかいものが掴まれていることを自覚し、少し俯いて黙り込んでしまう。
「ご、ごめんなさい! わざとじゃなくて! その、琴原先輩を止めようと……!」
鈴村は必死に弁解するが、しかし琴原は怒っていなかった。
「こ、琴原先輩……?」
琴原はゆっくりと顔を上げ、再び鈴村に近づき耳元で囁いた。
「もっと、触ってもいいんですよ?」
「…………っ!?」
その言葉に、鈴村の顔はどんどん赤くなっていった。
琴原は「ふふふっ」と笑いながら言う。
「これは『度が過ぎた行動』として止めないんですね。鈴村君のボーダーラインはどこなんでしょうか……♪」
「…………まずいことになってきた」
琴原があの一件以来、鈴村に対してはぐいぐい来るようになることが判明してしまった。
(これが、引っ込み思案だった琴原先輩……!? は、破壊力が……!)
鈴村の心拍数は上がる一方であった。
「ちょっとー、鈴村君どうしたの? 顔赤いよ?」
「え!? あ、いや、なんでもないぞ綾瀬。大丈夫だから」
「……? そう……。それならいいんだけど」
綾瀬はこの一瞬の出来事が鈴村の背中で見えていなかったのか、素直に鈴村に心配する声をかけた。
鈴村はその場を誤魔化すかのように時計を見て、もう少しで目的地に到着する時刻だということを知る。
鈴村は慌ててマイクを手に取り、アナウンスを始めた。
「み、皆さん。もうすぐ清水寺に着きます。バスが到着次第、皆さんは事前に決めたグループで行動してもらいますので、それぞれで決めてもらったリーダーに従って行動してください」
その鈴村の言葉に、『はーい』と元気のいい返事が聞こえてくる。
そうこうしているうちに、目的地である清水寺に到着した。
鈴村たち一行はバスから降りて、鈴村の指示を聞く。
「では、ここからはグループごとの行動です。再集合時間は午後三時となっていますので、その時間になったらここに皆さん集まってください。集まり次第、ホテルへ向かいます。では、解散!」
その鈴村の号令と同時に、第二班は少人数のグループに分かれて移動し始めた。
鈴村は生徒会の仕事とはいえ、上級生を従わせている感覚に陥り、なぜか優越感に浸っていた。
そんな鈴村のことを気にすることなく、綾瀬が鈴村に声をかける。
「じゃ、私たちも行こっか、鈴村君」
「え、俺も? 綾瀬と琴原先輩の二人で行けばいいじゃん」
鈴村は綾瀬と琴原が二人で行動するものと思っていたが、突然綾瀬に誘われて困惑していた。
「せっかく修学旅行来たんだよ? 私たちは来年も来るけど、みどり先輩とはこれっきりじゃん? せっかくだし楽しもうよ!」
「……うん、まあそれは確かに……」
鈴村は綾瀬の言うことに納得し、行動を共にすることにした。
と、ここで理事長がバスから降りていないことに鈴村は気づく。
「悪い二人とも、ちょっと待っててくれ。理事長起こしてくる」
「え? ……あー、お父さんこの短い距離でも寝れるからね……。今ごろ爆睡してるんじゃないかな」
「さすがに引率者がバスで爆睡はまずいからな……。行ってくるわ」
「うん、お願い」
そう言って、鈴村はバスに乗り込む。
「おーい理事長。起きてくださーい。着きましたよー」
「………………」
「……この短い移動時間でよくまあ爆睡できるな……」
鈴村は少し呆れていた。
「理事長。起きてください。置いていきますよ」
「………めん………ほ…………」
「……え?」
理事長は何か言葉を走っているようだったが、鈴村には良く聞こえていなかった。
「寝ぼけてないで、ほらっ、起きてくださ――」
その鈴村の言葉を遮るように、理事長はある言葉を口にした。
「ごめん……、鈴歩…………」
「………………え?」
理事長はそう言いながら涙を流していた。
「……なんで、理事長がその名前を……?」
理事長の口から、鈴村にしか認知できない、『人生の選択肢』の具現化した『鈴歩』の名前が、突如として出てきたのだった。




