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鈴村くんは間違えない  作者: シア
第4章 『気持ち』を大事に

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第42話 修学旅行と『選択肢』

 『修学旅行』。


 それは高校生にとって一大イベントであり、決して欠かすことのできない人生の一つの山場である。


 それを楽しみにしている学生は数知れず、この修学旅行で様々な期待を抱く生徒は少なくない。


 緑ヶ丘学園高等部の二年生は、毎年十一月中旬から下旬にかけて修学旅行を開催することになっており、この年も例に漏れず開催することが決定した。


 緑ヶ丘学園高等部生徒会副会長、宮田詩織みやたしおりと同じく生徒会会計、琴原ことはらみどりは二年生のため、既に修学旅行先である京都駅に到着していた。


「じゃあ点呼取るぞー。それぞれ周りの人に迷惑にならないように気を配って整列しろー」


 高等部二年の学年主任はそう言って、二年生の整列を始めた。


 各々その指示に従うも、どこに行くか、何をするかの話で盛り上がっていた。


 そんな中、不満そうな顔をする男子生徒が一人いた。


「……なーんで生徒会長だからって俺が引率担当しなきゃならないんだか」


 緑ヶ丘学園高等部生徒会長、飯田勝翔いいだしょうとであった。


「いやー、悪いな飯田。これもとおるのためなんだ。我慢してくれ」


 理事長は不満げな顔をする飯田をなだめるように言った。


鈴村すずむらのためって……。そりゃあいつも次期生徒会長だから言い分はわかりますけど……。見てくださいよ、鈴村の顔」


「え、徹今どこにいんの?」


「あそこですよ……」


 飯田は少し離れたところに座り込む鈴村を指さした。


「…………あれが次期生徒会長ねぇ……」


 緑ヶ丘学園高等部生徒会長補佐であり、次期生徒会長に推薦された鈴村徹すずむらとおるは、京都駅の集合場所の端のほうでぶつぶつと呟きながら座っていた。


 その横に、緑ヶ丘学園高等部生徒会書記、綾瀬凛あやせりんが鈴村を心配する様子で座っていた。


 理事長は頭をポリポリと掻きながら鈴村のほうへ歩み寄る。


「よう、徹。どうしたよ、元気無さそうじゃんか」


「…………バイト………………、お金…………、バイト…………」


「……凛、徹のやつ頭大丈夫か?」


 その理事長の言葉に、綾瀬はため息をつきながら言う。


「こうなったのもお父さんのせいでしょ……。お父さんの気まぐれで鈴村君、バイト全部休むことになったんだって。時間数もそれなりにあったからその分のお給料全部消えることになって、ショックでこうなったんだってさ。ちゃんと謝ってね」


「お、おう。悪かったな、徹」


「……いえ、大丈夫です。それなりの理由があって呼ばれたと思ってるので……」


 そうは言っていたが、鈴村の気が晴れるわけではなかった。


「ああ、もちろん、ちゃんとした理由があって徹を呼んだんだ。凛は徹の付き添いって感じだな」


「……どういうこと?」


 綾瀬は理事長に疑問を投げかける。


 理事長は飯田を見ながら説明を始めた。


「見ての通り、飯田は今日二年の修学旅行の引率を勤めるために来てもらった。うちの生徒会長は数年に一回、こうやって下級生の修学旅行の引率係を担当することになっててな。飯田は運悪くその年に生徒会長になったわけだ」


「お気の毒に……」


「おい、その言い方はないだろ」


 綾瀬の飯田を思う言葉に、理事長は心のない言葉を発した。


「ま、飯田は去年の修学旅行には体調不良で来れなかったしな。ちょうどいいと思ったんだよ」


「え、そうだったの?」


 綾瀬は驚きの顔を見せる。


「修学旅行の三日前に高熱出してなぁ。意地でも治すって言ってたんだが、現実はそう甘くなかったんだよ。結局、修学旅行終わったタイミングで治ったから途中合流とかもできなくて、悔しがってたんだ」


「そうだったんだね……」


「せっかくの修学旅行だぜ? それを風邪の一つでお預けされちゃたまったもんじゃないからな。引率という形にはなったが、あいつは下級生からも慕われてるし、それなりに楽しめるだろ」


「…………お父さんなりの優しさだったんだね」


「そうでもなかったら無理強いなんてしないさ。……まあ、当の本人は少し不満そうだけどな」


 理事長には飯田の真意が読めていなかった。


 理事長はそのまま鈴村の顔を見て話を続ける。


「で、徹に来てもらったのは他でもない。お前は次期生徒会長だ。お前にはこの修学旅行で、生徒会長としての大変さを学んでもらう」


「……大変さ?」


 鈴村は視線を逸らしながら話を聞いていたが、だんだんと理事長と視線を合わせながら話すようになった。


「俺も飯田もお前のその人を思う気持ち、人のためになんでも努力するその姿勢を見込んで次期生徒会長に推薦するつもりだ。だがな、一言に『生徒会長』と言ってもその仕事は半端なく大変だ。お前も生徒会長補佐をやってて実感してるだろ?」


「……まあ、飯田会長の仕事の手伝いを何度かしたことはありますけど、楽だと思った仕事は一つもないですね」


「今飯田がやっているあれも生徒会長としての仕事の一つだ。お前はしっかり飯田から緑ヶ丘学園高等部生徒会長としての考え方、やり方を学んでほしい。今回はその一環として呼んだんだよ」


「……理由はわかりました。でも一ついいですか」


「なんだよ、言ってみろ。俺が何でも悩みを聞いてやる」


 そう言いながら胸を張り、ドンッと自分の胸を叩く理事長に鈴村は言う。




「休んだ分のバイトの給料、払ってください」




「…………は?」


 鈴村はこの瞬間、感情が爆発した。


 鈴村はその場に立ち上がり、座ったままの理事長を見下すような形で怒鳴りつけた。


「俺がこの平日どれだけバイト入ってるか知らないでしょ! 生徒会の仕事も落ち着いたから放課後フルで働こうと思ってたのに! まさか修学旅行に連れてこられるなんて! そりゃ次期生徒会長になるならその話はわかりますけど! それとお金は話が別! 失われた時間もお金も返ってこないんです!!!」


「お、落ち着けって徹。皆が見てる」


「これが落ち着いていられますか!!!!!!」


 感情が爆発した鈴村を止められる者はいなかった。


 一人を除いて。


「……ほら、凛、お前の役目が来たぞ」


「……あー、お父さんの言ってる意味がわかったよ」


 こそこそと、小さい声で理事長と綾瀬は話す。


 綾瀬はそのまま鈴村を座らせ、優しく頭を撫でた。


「よ、よしよーし。大変だったね鈴村君。お父さんの身勝手な行動で大事な時間を奪っちゃってごめんねー。お父さんからは本来支払われる給料の倍、いや、三倍のお金をもらえるように言ったから。お金の心配はしなくていいよー」


「ちょ、おま、凛……!」


「……元はと言えばお父さんのせいでしょ。それくらいしてあげなさい」


「……仕方ねえなぁ……」


 理事長は頭を掻きながら言った。


 鈴村はその綾瀬の言葉を聞き安心を取り戻したのか、一気に機嫌が元に戻って理事長に話し始めた。


「で、理事長。俺は何をすればいいんですか」


 あまりの機嫌の変わりように理事長は呆れていた。


「現金なやつだなぁ……。まあいいや。飯田が担当するクラスの担任は新任教師だからちょっと危なっかしくてな。飯田はそのクラスを半分に分けたうちの一つのグループを引率してもらうことにしてるんだが、徹はその飯田の補助を受け持ってもらう」


「そのクラスの半分は先生、もう半分は俺と飯田会長で担当する、ってことですか?」


「いや、あくまで引率の主体は教師だ。飯田はその補助をしてもらい、徹にはその飯田の補助をしてもらう」


「……なんか回りくどくないですか、それ」


「役回り的にはそれでいいんだよ。これで新人の教育もできるし、飯田の修学旅行もできるし、お前を学ばせる場もできる。一石三鳥いっせきさんちょうだ」


「俺思いっきり足手まといになる気しかしないんですけど……」


 鈴村は自信がなくなっていった。


「そんな気構えだと生徒会長なんて勤まんねえぞ? ま、しっかり仕事すれば大丈夫だから。後は頼んだぜ」


「え、理事長はどこに?」


「俺はお前らの様子を見ながら全体を指揮するよ。曲がりなりにも理事長だからな」


「頼りがいがあるんだかないんだか……」


 鈴村は理事長のその立ち振る舞いに余計不安を感じていた。


「で、凛は修学旅行を二年と共に楽しみつつ、徹のケアをしてほしい」


「…………えっ!? 私遊んでいいの!?」


「いいか、もう一度言うぞ。凛の役目は『徹のケア』だ」


「あ、鈴村君のケアね。…………なんで?」


 綾瀬は一瞬目を輝かせたが、改めて理事長に言われたことに疑問を抱いた。


「今まで徹は生徒会長補佐として飯田の仕事の手伝いをしてきた。今回もそれに準ずるものだが、今回はそう簡単に遂行できるもんじゃない。徹は絶対にどこかで限界が来るはずだ。凛にはそのメンタルケアを頼みたい」


「…………なんで私が?」


「徹の彼女だろ? それくらいやれないと、いいお嫁さんにはなれねえぜ」


「……お父さん」


 らしくもない父の言葉に、綾瀬は少し感動していた。


 理事長であり綾瀬凛の父である綾瀬忠一は、鈴村と自分の娘の関係をしっかりと応援しているのであった。


 その言葉に、鈴村はしっかりと感謝を述べる。


「ありがとうございます、綾瀬のお父さん」


「お、しっかり聞いてやがったな。ま、そういうことだ。この修学旅行で学べることはたくさんあるだろうから、しっかりやれよ」


「……はい!」


 理事長は期待を抱く顔を見せながら鈴村たちから離れ、修学旅行生の元へ戻った。


 綾瀬は嬉しそうに言う。


「……私たち、お父さん公認だったね」


「……ああ。ちょっと安心した」


 鈴村はここで、自分の努力が無駄になっていないことを実感していた。


「よし、行くか。俺らも飯田会長の話聞いておかないと置いてかれる」


「誰のせいでここにいたんだか……。まあ、鈴村君が元気になってくれてよかったよ」


 一時的とは言え、暗い顔をしていた鈴村であったが、気を取り戻して飯田の元へと向かった。




                   *




「と、いうわけで。こちらが二年B組に今年から着任された――」


「に、二階堂彩芽にかいどうあやめです……! よ、よろしくお願いします!」


『よ、よろしくお願いします……』


 飯田の話も終わり、最初の移動時間まで自由行動となった一同は、各々修学旅行の始まりに希望を抱いていた。


 そんな中、鈴村と綾瀬は理事長から、今回担当するクラスの担任を紹介してもらっていた。


 胸のあたりまで伸びた綺麗でストレートな黒髪が印象付けるクールなイメージとは裏腹に、その緊張しきった声で二階堂は理事長の言葉を遮って鈴村たちに自己紹介をした。


 言葉を交わす前に抱いていた第一印象とは全く違う印象を受けた鈴村と綾瀬は、少し二階堂に動揺してしまう。


 理事長はその鈴村たちの不安そうな顔を見て二階堂に心配かけまいと声をかける。


「そんな顔すんなよお前ら。二階堂先生は教師になってまだ一年目なんだ。あまり不安がらせるようなことはしないでくれよ」


「す、すみません。そんなつもりじゃなかったんです」


 鈴村は少し二階堂から目線を逸らして言う。


 二階堂は生徒に心配させまいと、必死に弁解する。


「ご、ごめんなさい! 私緊張しやすいタイプで……、人前に立つときも初対面の人と話すときも、いつもこんな感じなんです……」


「ま、こんな人も教師になれるんだ。お前らも自身持てよ」


「いや、俺ら別に教師になるつもりないですよ」


 飯田は理事長の言葉をきっぱり否定した。


 一方二階堂は、「こ、こんな人も……」と理事長にさらっと言われた言葉に傷ついていた。


 理事長はそれを構うことなく話を続ける。


「二階堂先生はすごい人なんだ。なんたってうちの学園を主席で卒業して、そのまま東大に入学したからな」


『えっ……、そうなんですか!?』


 驚きの事実に、鈴村、綾瀬、飯田は目が飛び出そうになっていた。


 二階堂は照れながら「えへへー、そうなんですよー」と頭に手を当てていた。


「二階堂先生はお前らとほとんど年齢変わらないから、気楽に話もできるだろ。教師一年目はかなり大変だからな。ちゃんと支えてやってやれよー」


 そう言いながら、理事長は背を向けて手を振りながら別のところに行ってしまった。


「……そういう面で支えるのは理事長の役目でしょ……」


 飯田は至極真っ当なことを呟いていた。


 その意見に、綾瀬、鈴村も同意見であった。


 飯田は「とりあえず」と、役割分担の話を切り出す。


「二階堂先生も理事長からお話があったかと思いますが、B組は二つの班に分かれ、俺らも二手に分かれてB組の引率をします。で、問題の割り振りなんですけど……」


「…………どうしたんですか? 飯田会長」


 話の途中で黙り込む飯田に心配の声をかける鈴村。


 飯田は少し間を空けて、鈴村に声をかけた。


「……悪い鈴村、ちょっと相談いいか?」


「え? いいですけど、どこ行くんですか?」


「すみません、綾瀬、二階堂先生。ちょっとここで待っててもらえますか?」


「あ、はい、大丈夫ですよ。お手洗いですか?」


「まあそんなところです」


 二階堂の言葉に、飯田は雑な嘘をついて鈴村を連れてその場を離れる。


「……何ですかね、飯田会長」


「……さぁ……?」


 片や二階堂と綾瀬の頭には「?」が浮かんでいた。




                   *




「鈴村、相談があるんだ」


「わかってますよ……。なんでわざわざこんな離れた場所に来る必要あったんですか……」


 綾瀬たちがいる場所から少し離れた場所に連れてこられた鈴村は、少し不満そうな顔をして飯田に言った。


「……これを見てくれ」


「……なんですかこれ」


「俺らが担当する班の名簿だ」


「あー、なるほど。…………あれ? もう割り振り決まってるじゃないですか」


「そうなんだよ。もう決まってるんだ。……お前はこれを誰の仕業しわざと見る?」


「仕業? なんでそんなこと言うんですか?」


「……よく見てみろ……」


 そう言われて、鈴村は飯田に見せられた名簿をしっかりと確認した。


「…………あっ」


「気づいたか……」


 鈴村はある点に気づいた。


 その名簿には、引率者がこう記されていた。




【二年B組 第一班】

  引率者 二階堂彩芽

      飯田 勝翔


【二年B組 第二班】

  引率者 鈴村 徹

      綾瀬 凛




「俺と綾瀬が、同じ班……?」


 この割り振りに、鈴村は理事長が言っていた言葉と矛盾することに気が付いた。


「こ、これじゃ生徒会長の仕事の補助も何も、俺が引率することになってるじゃないですか!」


「そうなんだよ……。これじゃ何のために、お前と綾瀬が連れてこられたかわかったもんじゃない……。それにだ、生徒の名前を見てくれ」


「生徒の名前?」


 鈴村は改めて名簿を確認する。


「……えぇ……」


 名簿の()()()()()()()()()()が、()()()()()()()()()()が記載されていた。


 飯田は鈴村の表情を確認したうえで言う。


「これ、絶対に理事長が作ってるよな。しかも確実に狙ってるよな」


「……そうとしか思えないですね。というより、面白がってるようにしか見えないです……」


 鈴村は呆れ顔で言った。


 飯田は鈴村の肩を強く掴んで言う。


「俺はお前と綾瀬のことを理解してるつもりだ。これは確実に仕組まれた罠だ。絶対に、気持ちを揺れ動かしたらダメだぞ」


 その言葉に鈴村は少し戸惑いながらも、しっかりと返答する。


「わかってますよ……。琴原先輩も色々とわかってくれてるはずです。大丈夫ですよ」


「……だといいんだけど」


 飯田は理事長が明らかに面白がっていることに少し腹を立てていた。


 が、その感情に振り回されると修学旅行が台無しになると考え、表に出さないでいた。


 そんな二人の後ろから、女子生徒が近づいてくる。


「……鈴村君も飯田会長も、ここはお手洗いに見えるんですかねぇ?」


「あ、綾瀬……」


 綾瀬凛であった。


 トイレとは全く別方向に歩く飯田と鈴村を怪しく思ったのか、綾瀬は二人を尾行していたのだった。


「二人して何話してるんですか? まさか隠し事?」


「いや、別に隠してるわけじゃないんだけど……」


 鈴村は怪しさ満載で綾瀬に答える。


「……それ見せてください」


「あっ、ちょ!」


 綾瀬は無理やり飯田が持っていた名簿を取り上げた。


「…………ふーん。なるほどねぇ。もうすでに割り振りは決まってたんですね」


「そ、そうみたいだな」


 飯田は頬をポリポリと搔きながら答えた。


「で? これを隠す理由はなんですか?」


 綾瀬は飯田に問いただす。


「……見ての通り、理事長はあんなこと言っておきながら俺と鈴村を同じ班にしなかった。しかも一班には詩織の名前、二班には琴原の名前がある。明らかに理事長が面白がってるとしか思えない」


「そうですかね? 単なる偶然だと思いますよ」


 飯田が心配する反面、綾瀬は落ち着いて会話を続けた。


「それに、二階堂先生のあの様子じゃ鈴村君は何の支えにもならないでしょうし、飯田会長が一緒にいたほうがいいですよ」


「……俺の事信頼してない?」


「そうじゃなくて……。お父さんも言ってたでしょ。今回の仕事はいつものとは比が違うって。あの二階堂先生を支えるんだよ? ……第一印象で判断するのはよくないけど、飯田会長が一緒にいたほうがいいと私は思うな」


「そうかなぁ……」


 飯田は悩みつつも、綾瀬の意見には少し同意していた。


「ま、私たちの班にみどり先輩がいるのはびっくりしましたけど、私はみどり先輩と修学旅行周りたかったんでいいんです。何も心配はいらないですよ」


「だといいけどな」


 飯田は未だ不安が残っていた。


 と、ここで突然『人生の選択肢』が光り輝く。


「うわっ!」


「え、どうした鈴村」


「い、いや、なんでもないです!」


 突然光り出した『人生の選択肢』に思わず大声を出してしまう鈴村であった。


 その様子を見て、綾瀬は怪しがる。


(…………またあの時と同じだ。急に胸元を見てびっくりしてる……)


 綾瀬は『人生の選択肢』という、鈴村しか知らない本のことを認知している。


 しかし、これは鈴村にしか視認することができないものである。鈴村に問いただしたこともあったが、本人はそれをはぐらかしたため、真相は闇に包まれたままであった。


 鈴村は自分がタイムスリップしたことは綾瀬と琴原に明かしているが、『人生の選択肢』と『鈴歩すずほ』の存在については明かしていない。


 綾瀬はこれをチャンスだと捉え、こっそりと鈴村の様子を伺っていた。


 が、鈴村は怪しまれまいと綾瀬と飯田に言う。


「ふ、二人は先に戻っててください! 俺トイレ行ってきます!」


「お、おう? 早めに戻って来いよー。そろそろ移動時間だからなー」


 鈴村は「はーい!」と大きな声で返事をし、本当のトイレがある場所へ走って行った。


「……まさか追いかけるのか? 綾瀬」


「え!? い、いやぁ、そんなわけないじゃないですかー」


「……なんか思いっきりついていきそうな感じがしたんだが……。まあいいや、先に俺らは戻ってようぜ」


「……はい」


 一方綾瀬は、そのチャンスを飯田に逃され、泣く泣く持ち場へと戻った。




                   *




「全く、なんで急に光るんだよ……! しかも今回は鈴歩いないし!」


 男性用トイレの個室にて、鈴村は独り言を言う。


 いつもならこの独り言をしているときでも鈴歩は姿を現していたが、今回は姿を現さなかった。


「なんなんだよ全く……。とりあえず、光ったってことは【人生の選択肢】が出たってことだよな……。確認しないと移動時間に遅れる……」


 そう言いながら鈴村は、恐る恐る『人生の選択肢』を開いた。




【人生の選択肢】


 A.指定された引率者の割り振りで修学旅行を行動する。


 B.引率者の割り振りのうち、飯田勝翔と鈴村徹を入れ替える提案をする。


 C.鈴村徹の引率者に綾瀬忠一を加入させるよう提案する。




「……は? なんだこれ」


 提示された選択肢は、二年B組を引率するメンバーに関するものであった。


 同時に、【選択の簡易的結果】も記されていた。


「あれ、珍しいな。ここんところ全く書かれてなかった【選択の簡易的結果】が書かれてる」


 『人生の選択肢』が提示する【選択の簡易的結果】は、【人生の選択肢】に提示された選択肢を選んだ場合に起こる未来が簡易的にわかるものである。


 しばらくの間この記載はされなかったが、今回は珍しく記載されていたことに鈴村は少し驚いていた。


 鈴村はそのまま【選択の簡易的結果】を確認した。




【選択の簡易的結果】


 Aを選んだ場合、鈴村徹は自分の未熟さを思い知り、第二班の修学旅行は壊滅状態に陥る。鈴村徹は引率者から降ろされ、次期生徒会長の推薦も取り消される。


 Bを選んだ場合、鈴村徹は二階堂彩芽のほとんどを補助することになり、心身が疲弊し、修学旅行中に事故に遭って死に至る。


 Cを選んだ場合、第一班は飯田勝翔の助力により引率に成功し、第二班は綾瀬忠一の助力により引率に成功する。ただし、これは一日目のみである。




「……思いっきりAとBが外れなんだけど……。なんで定期的にこいつは俺を死なせようとするんだよ」


 しかし、更に鈴村は引っかかるものがあった。


「Cしか消去法で選択するしかないんだけど……、この『一日目のみ』である、ってのが気になるな……」


 この修学旅行は三日間を予定していた。


 だからこそこの『一日目のみ』という記載が引っかかっていたが、少し考えて鈴村は納得した。


「……あ、なるほど。そういうことか。AもBも、一日目に起こることなのか」


 鈴村にとってこの大仕事は今まで経験したことのないものである。


 Aを選んだ場合、経験がない状態で生徒を引率しないといけないため、何が正しいかを判断することができない。そのため、自分の未熟さを知ることとなり、結果的に失敗に陥って何もかもが崩れ去る結果となる。


 Bを選んだ場合、二階堂と行動を共にすることが想像以上に身体的に、精神的にダメージを追うものであり、これに疲弊して危機感知能力が低下して交通事故に遭う、という仮説に至った。


 これにより、AとBには()()()()()()の記載がされていなかったのであった。


「となるとCなんだが……。二日目以降はどうなるんだ……?」


 鈴村はタイムスリップ前の高校二年の修学旅行の記憶を頑張って掘り返そうとしていたが、タイムスリップ後にいろいろなことがありすぎてはっきりと思い出すことができなかった。


 ただ、一つだけ思い出すことができたことがあった。


「……確か、二日目に神社で女の子と話してたような……」


 そのうっすらとした記憶は曖昧で、確実性はどこにもなかったが、ヒントとなり得るものがそれしかなかった鈴村はCを選ぶことを決意した。


「……考えてても仕方ない……。ここはCにしよう」


 そう言って、鈴村は小声で「俺はCを選ぶ」と口にした。


 途端、『人生の選択肢』は再び光り輝き始め、【選択の結果】を記した。


「……マジか」


 鈴村は記載された【選択の結果】を見て唖然とする。




【選択の結果】


 鈴村徹はCを選んだ。


 修学旅行一日目は綾瀬忠一の助力により成功する。


 しかし、二日目は鈴村徹のみで引率をすることを強いられる。


 心せよ。




「……心せよ、ねぇ……」


 様々な不安が過る鈴村であったが、Cを選んだ鈴村は理事長の元へと直談判をしに向かった。


 鈴村が立ち去ったのを確認し、その様子をこっそり見ていた綾瀬がぽつりと呟く。


「ずっとぶつぶつ言ってたけど……。やっぱりあれが前に少しだけ聞いた『人生の選択肢』なのかなぁ……。本のページを捲るような仕草……。間違いないと思うんだけど……」


 綾瀬は鈴村が取っていた行動を全て見ていた。


 しかしながら、『人生の選択肢』を視認することはできず、透明な何かを触る仕草だけが見えていた。


「……やっぱり気になる。『人生の選択肢』が何なのか。どうせ誤魔化されるだろうけど、ちゃんと話せば答えてくれるよね!」


 そう言って綾瀬はその場から立ち去ろうとした。


 その時である。




『知りたい?』




「…………え?」


 ふと、綾瀬の後ろから女性の声が聞こえた。


 綾瀬にとって、とても聞き覚えのある声であった。


「……鈴村君のお母さんの声がしたような……、気のせい……?」


 綾瀬は辺りを見渡すが、それらしき人物は見当たらない。




『こっちだよ、こっち』




「……どこ!? どこにいるの!?」


 再びその声は綾瀬に届いた。


 しかし、再度見渡してもその声の主を確認することはできなかった。


 綾瀬は思い切って質問をその声の主に投げかける。


「あなたが、鈴村君が言う『鈴歩すずほ』さん……なの……?」


 誰もいない空間に向かって、綾瀬は言う。


 少しの間、その場は静寂に包まれる。




『ふふっ、いずれわかるよ。ほら、みんなが待ってる。行ってあげないと』




「ちょ、ちょっと待って! 私は鈴歩さんと話が……!」


『少しすればまた会えるから。今は自分の仕事に集中しなきゃダメだよ』


 その言葉を最後に、その聞き覚えのある声は聞こえなくなった。


 突然の出来事に戸惑う綾瀬であったが、その後何度も声の主を呼び掛けても返事が聞こえなくなったため、綾瀬はそれをやめた。


「……やっと、会えると思ったんだけどな」


 綾瀬はぽつりと呟く。


「『少しすれば』かぁ……。またすぐに会えたらいいな……」


 そう言って、綾瀬は飯田達の元へと戻った。

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