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鈴村くんは間違えない  作者: シア
第4章 『気持ち』を大事に

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第41話 『決断』

 北風が冷たく体に突き刺さる冬の放課後。


 鈴村徹すずむらとおるは、綾瀬凛あやせりんと共に綾瀬の自宅へ到着していた。


 本来なら綾瀬が学校から帰宅しただけであるため、綾瀬が家に入り、そこについていく形で鈴村が家へ入るのだが、今回に限っては訳が違う。


 鈴村は、インターホンを鳴らして応答を待った。


「やあ、こんばんは、鈴村君。待ってたよ。勝手ながら予定を一日早めさせてもらった。問題はなかったかな?」


「はい、大丈夫です。もう琴原ことはら先輩とは話をつけてきたので」


「…………そうか。では上がってくれ。そして君の気持ちを教えてくれないかな」


「…………はい」


 綾瀬凛の兄、綾瀬信彦あやせのぶひこはインターホン越しに話をすると、そのまま上がるよう鈴村に言った。


 鈴村は綾瀬凛と目を合わせ、小さく頷きながら家へと入る。


「お邪魔します」


 リビングへ入るなり、綾瀬信彦は椅子に座って鈴村に声をかけた。


「やあやあ。放課後に来てくれると凛から聞いていたが、少し遅かったようだね。何か用事でもあったのかな?」


「生徒会の仕事がありましたので。これでも早々に片付けて、急いで来たほうです」


「なるほど。確かに生徒会の仕事を放置することはできないね。それは仕方がない。さ、座ってくれ」


 綾瀬信彦はそう言うと、鈴村に椅子に座るように命じた。


「……あの、お兄ちゃん。私も一緒にいていい?」


「いや、凛は部屋にいてくれ。まずは鈴村君と一対一で話がしたい」


「……わかった。鈴村君、私、部屋にいるからね」


「……ああ」


 綾瀬凛は鈴村が困った時の助け船を出そうと考えて鈴村と同席しようとしていたが、綾瀬信彦にそれを拒まれてしまった。


 しかし、綾瀬信彦は鈴村本人と話をしたかったため、この綾瀬信彦の判断は正しいものであった。


()()()、ね。お兄ちゃん、何もしないといいけど……)


 綾瀬凛は不安な顔をし、綾瀬信彦の目の前に座った鈴村の表情を少し確認した後、静かに自室へと向かった。


(……やっぱり、緊張してるな、鈴村君)


 一瞬見えた鈴村の顔は、不安からくる緊張で引きつっていた。


 いくら琴原と会話を済ませたとは言え、鈴村は綾瀬凛との今後について、自分の兄と、鈴村が一対一で話し合っているのである。


 鈴村が緊張しないわけがなかった。


(頑張ってね、鈴村君……!)


 綾瀬凛は手を合わせ、鈴村の健闘を祈った。




                  *




「さて。この前は凛が夕飯を作ってくれたが、今日は僕が作ってみたんだ。よかったら食べていってくれないかな」


「え……、いいんですか? 夕飯ご馳走になっちゃって」


「もちろんだとも。鈴村君にはお礼をしなきゃならないからね。遠慮せずに食べてくれ」


「あ、ありがとうございます。いただきます」


 鈴村は戸惑いながらも綾瀬信彦が提供したハンバーグを食した。


「……おいしい……!」


「ははっ、それは良かった。僕は社長ながら家事をすることが多くてね。夕飯も僕が作ることが多いんだよ」


「そうなんですね。社長の仕事をしながら家事をされてるなんて、お忙しそうなのにすごいです」


 鈴村の中での社長とは、会社に毎日出社して常に会議、部下への指示、トラブルへの対応、といったように、毎日がとても忙しいというイメージがあった。


 そんなイメージを持った鈴村にとって、綾瀬信彦のこの働き方と生き方はとても自由度があり、且つ家族のことを大事に思っていると実感し、感激していた。


「僕は基本在宅で仕事をしているからね。空き時間ができたら家事をするようにしてるんだ。その分、妻は外で働いていてね。お互いに働きやすい環境で仕事をしてるんだよ。だからこそ、今でも夫婦円満で過ごすことができるんだ」


「なるほど……」


 鈴村はハンバーグを少し食した後、綾瀬信彦に質問をする。


「こんなことを言うのはどうかと思うんですが、日程を一日早めたのは理由があるんですか?」


「もちろんだよ。僕はいち早く君の答えが聞きたくてね。凛から話を聞く限り、君は問題にぶつかったとき、誠心誠意、即時解決をしようとするそうじゃないか」


「そういう風に言ったんですか、綾瀬は」


「おや、違うのかな?」


「うーん……。特にそんなこと意識したことなかったので、俺自身どうかもわからないんですよね。第三者から見たらそう見えるのかもしれません」


「はははっ、なるほど。君は無意識のうちに動くタイプなんだね。いいじゃないか。ただ、後先考えずに動くのは未来の自分の首を絞めるだけだから、そこは注意しないといけないよ」


「はい……。気を付けます」


 鈴村は指摘されたことが今自分に置かれている状況に繋がっていると理解し、反省の顔をしながら綾瀬信彦に返答した。


 綾瀬信彦は自分の作ったハンバーグを食しながら、鈴村に話を切り出す。


「それで、琴原さんとは話をしたのかな?」


「……はい、しました」


「やはり。君はこの話を僕から持ち掛けられた時から、すぐに琴原さんと会話すると思っていたよ。その結論が出るのもすぐだろうと思ったから、予定を一日早めたんだ」


「……もしそれができていなかったら、俺は今ごろここにはいなかったんですね」


「ああ。君はこの家に立ち入ることができなくなるし、もちろん、凛との関係も絶ってもらうことになっていただろうね」


 鈴村は自分の行動力に助けられた気分でいた。


「で、どうだったかな?」


 綾瀬信彦は、肘をテーブルにつき、自分の両手を握り合わせて鈴村に問う。


 鈴村は、しっかり、正直にあったことを話した。




「琴原先輩には、俺のことを諦めてもらいました。もちろん、俺から直接お願いをしています」




「……なるほど。君には相当の覚悟があったと見える。その行動力は素晴らしいよ。凛を思う気持ちが十分に伝わってくる」


「………………」


 笑顔で話す綾瀬信彦に、鈴村はどこか違和感を覚えていた。


「……? どうしたんだい? 鈴村君」


「……いえ。綾瀬のお兄さんにそう言っていただけて光栄です。ありがとうございます」


「そんな、礼を言われるようなことはしてないよ」


 綾瀬信彦は、「はっはっは」と笑いながら鈴村に返した。


「ではこれで正式に、鈴村君と凛は付き合うことができるというわけだね。良かったじゃないか。これで一件落着だ。僕は君たちのことを――」


「待ってください」


「……何かな?」


 鈴村は綾瀬信彦の言う言葉を遮った。


「……琴原先輩のことについては、それで話は終わりですか」


「終わりも何も、僕は言ったはずだよ。君自身の気持ちをはっきり教えてほしいと。その結論をついさっき聞いた。これで終わりのはずだと思うけどね」


「確かに結論は伝えました。……でも、この結果になって、お兄さんは琴原先輩に対して何も思わないんですか」


「…………君は何か勘違いをしているようだ」


「勘違い……?」


 鈴村には、綾瀬信彦の表情が冷たくなったのが感じ取れていた。


「君は確かに琴原さんに、自分のことは諦めるように伝えたんだよね。それを琴原さんは受け入れた」


「はい、そうです」


「それであるならば、もう琴原さんがこの話に出る幕はないだろう? 後は君と凛との問題だ。これ以上語る必要があるのかな?」


「……お兄さんは、琴原先輩の気持ちは何も考えないんですね」


「それが勘違いしていると言ってるんだ」


「…………っ」


 綾瀬信彦の冷たい言葉に、思わず鈴村は黙り込んでしまう。


 綾瀬信彦は天井を見上げながら言った。


「これは僕の経験談だが、昔、そうだな、君と同じくらいの年の時に、君とほぼ変わらない境遇に直面した時があったんだよ」


「え、そうだったんですか?」


 鈴村は驚く顔を見せた。


もっとも、僕の時は君のような感じではなく、文化祭の最終日に女子生徒二人から同時に告白をされたんだけどね」


「も、モテモテですね……」


「やめてくれ、おだてても何も出ないよ」


 綾瀬信彦は笑いながら続ける。


「告白をしてきた一人は僕が片思いをしていた女子生徒だった。そしてもう一人は、学校行事で少しだけ話をしただけの、僕にとってはほぼ初対面と言ってもいい女子生徒だったんだ」


「その片思いしてた人って……」


「ああ、今の妻だよ。僕はとても嬉しくてね。僕は妻に片思いをしていたわけだが、特段自分をアピールしたり、それこそデートに誘ったりなんてことはしなかったんだ」


「そ、それで片思いの相手から告白されたんですか?」


「後から聞いたら、妻も片思いをしていたそうでね。結果的に両想いだったわけなんだ」


「それはいい話じゃないですか」


 鈴村は少し興味津々で話を聞いていた。


「だから、僕は躊躇ためらうことなく妻からの告白を受けた。……しかしね、告白をしてきたもう一人の女子生徒は、僕がその気持ちを断って、どうなったと思う?」


「……失恋して元気がなくなった、とか?」


 鈴村の回答に綾瀬信彦は横に首を振り、はっきりと言った。




「いや、違う。不登校になったんだ。卒業式までずっと」




「…………え?」


「だいぶショックだったみたいでね。文化祭が終わって二週間くらいは登校していたんだが、とても顔が暗かった。それから卒業するまで、不登校になってしまったんだ」


「そう、だったんですか……」


「僕はこれが僕のせいだとすぐに分かった。幸い、彼女は学校に登校しなかっただけで、担任の先生と親御さんとの話し合いの結果、学校に来ずとも授業を受けることができたみたいで、卒業することに問題はなかったそうなんだ。ただ……」


「ただ?」


 綾瀬信彦は顔を俯かせて言う。


「僕のその言葉一つだけでそうなってしまったことに、僕は罪悪感を覚えた。人を好きになるということはいいことだ。しかし、それを相手に伝えることはとても勇気のあることであり、一つのギャンブルでもある」


「な、何が言いたいんですか?」




「わからないかな。この過去があるからこそ、僕は君が取った()()()()()()()()()()()()()()という選択に腹が立ったんだよ」




「…………っ!」


 鈴村はここまで言われて綾瀬信彦の言うことを理解した。


 人の気持ちを弄ぶということが何を差していたのか、ここでようやく理解したのである。


 綾瀬も琴原も、勇気を出して鈴村に告白をした。そして、鈴村はその二人の気持ちを同時に受け入れた。


 これは鈴村の考えによるものであったが、最終的にこの行動はそれぞれの気持ちを弄んでいることに過ぎなかったのである。


「いいかい。人に好かれるということはすごいことだ。人を好きになるということはすごいことだ。自分の人生を華やかに、豊かにしてくれる」


 綾瀬信彦は鈴村の目を見てそのまま続ける。


「しかしね、その思いを伝えてどうなるかは自分にはわからないんだよ。気持ちが届くかもしれないし、届かないかもしれない。僕は届かせてあげられなかったその子に今でも罪悪感を覚えてるんだ。だからこそ、君には同じ人生を歩んでほしくないんだ。……僕の言いたいことは、伝わったかな?」


「………………はい」


 鈴村の回答には少し間があった。


 綾瀬信彦はその間に少し疑問を抱いたが、今はここでは問いたださないことにした。


「だからこそ、君の考えや行動は『甘え』だと言ったんだよ。……でも、君はしっかりと琴原さんと会話をし、お互いに決断をした。その勇気と度胸は賞賛に値するよ。素晴らしいことだ」


「……ありがとうございます」


「僕も意地悪で言ってるわけじゃないんだ。もちろん、琴原さんの気持ちは尊重するべきだと思う。……でもね、鈴村君。君の一番の思い人は誰かな?」


「……綾瀬です」


「そうだろう。その君の素直な気持ちがありながら、琴原さんも受け入れるなんていうのはその場凌ぎみたいなものだ。今は幸せでも、楽しくても、いずれ悲しい未来がやってくる。凛のことを心から思っているのなら、今の君の選択は正しいものだよ」


「…………俺からも、一ついいですか」


「……言ってみなさい」


 鈴村は綾瀬信彦を見て言った。


「俺は昔から根暗で陰キャで、好きな人はできても、好かれるということは一度もありませんでした。だからこそ、琴原先輩からの告白はとても嬉しかったんです」


「それで?」


「だから、俺は綾瀬と琴原先輩の二人を幸せにしたいと考えてました。……でも、二人と過ごしてきてわかったことがあります。それはそう簡単にできるものじゃないって。お兄さんの話を聞いて、それが現実であると思い知らされました」


「…………ふむ」


「だからこそ、お兄さんから言われた『甘え』というのは、とても胸に刺さる言葉でした。自分が無意識のうちに取っていた行動は、琴原先輩も、綾瀬も傷つけることになるってことに、全く気付かなかったんです」


「なるほど」


「だから、お兄さんには感謝しています。自分の気持ちに気づかせてくれて、決断させる勇気をくれて、ありがとうございます」


「……僕はそんな大それたことはしてないんだけどね。感謝の気持ちはありがたくいただいておくよ」


 綾瀬信彦は少し微笑みながらハンバーグを食べ始めた。


「お兄さん」


「なんだい?」


 鈴村は立ち上がり、綾瀬信彦と視線を合わせ、試験な面持ちで言った。




「俺は綾瀬凛さんを絶対に幸せにします。ですからどうか、俺と綾瀬の交際を認めてはくれないでしょうか。よろしくお願いします」




 そう言って、鈴村は頭を下げた。


 綾瀬信彦はナプキンで口元を拭き、少し水を飲んでから口を開く。


「僕は凛の兄だ。そういうことは父に言ってほしいが……。もうすでにそれは伝えてあるんだったね。それであるなら、兄である僕の許可が必要なのも当然か」


「ええ、まあ、……一応お兄さんなので、許可は必要かなと思いまして……」


「はっはっは! 実に面白いね、鈴村君」


 綾瀬信彦はそう言いながら立ち上がった。




「もちろんだとも、鈴村君。うちの凛を、よろしく頼むよ」




 そう言って、綾瀬信彦は手を差し出した。


「…………! あ、ありがとうございます!」


 鈴村はとても嬉しそうに、そして泣きそうになりながら綾瀬信彦の手を握った。


 その話をこっそり聞いていた綾瀬凛は、部屋の外で静かにガッツポーズをしていた。


「……で、凛はいつまでそこで聞いてるつもりだい?」


「……え!? 気づかれてたの!?」


「当たり前だよ。凛の部屋は二階だ。なのに階段を登る音が聞こえなかった。どうせそこで聞いてるもんだと思っていたよ」


「……お兄ちゃんのいじわる。わかってたなら一緒にいさせてくれても良かったじゃん」


「言ったはずだよ。僕は鈴村君と話をしたかったんだ。どうせ凛のことだ。何か鈴村君にあったら助け船でも出すつもりだったんだろう」


「…………うげー、バレてたんだ」


「仮にも凛の兄だからね。それくらいはわかるよ。……さ、凛もハンバーグを食べなさい。久しぶりに僕の手料理を味わってくれ」


「わーい! いただきまーす!」


 綾瀬凛はそう言いながら、嬉しそうに着席をし、兄の作るハンバーグを堪能した。


 鈴村は安心したのか、それまで喉の通りが悪かったハンバーグをとても美味しそうに食した。




                  *




 綾瀬信彦との会話があった翌日の放課後。


 緑ヶ丘学園生徒会室にて、生徒会メンバーは日課の仕事を対応していた。


詩織しおり、この書類理事長に渡してきてくれないか」


「わかったわ。他にはあるかしら?」


「えーっと……。あ、これもだわ。お前ら二年の修学旅行の書類」


 そう言いながら、緑ヶ丘学園生徒会長、飯田勝翔いいだしょうとは同じく副会長、宮田詩織みやたしおりに大量の書類を手渡す。


 その書類の量は女子が持つにはとても多すぎるように見えたのか、鈴村が手助けに入る。


「宮田先輩、半分持ちますよ」


「あら、悪いわね。これだけの量を一気に持って行くのは無理があると思ってたの。助かるわ」


 そう言って宮田は、持っていた書類の八割を鈴村に渡した。


「…………半分じゃないんですね」


「あくまでも鈴村君は生徒会長補佐で、次期生徒会長なんだから、今のうちに生徒会長の仕事に慣れておくべきよ。こんなんでへばってたら、来年度の生徒会なんてすぐに崩壊するわよ」


「まぁ、確かに……」


 鈴村は納得していた。


「じゃあ飯田会長。俺らは理事長室に行ってきます」


「おう、頼んだ」


「あ、私お手洗いに行ってきますね」


「え? お、おう、行ってらっしゃい」


 そう言って、鈴村と宮田、綾瀬は生徒会室を後にした。


 その瞬間から、生徒会室にヒリついた空気が漂い始める。


 この空気を作り出した主たる人物、それは琴原であった。


 琴原は静かに口を開く。


「……飯田会長」


「な、なんだよ琴原。どうした?」


 琴原は作業の手を止め、飯田に歩み寄って言う。




「…………修学旅行のお土産に、お詫びの品ってどう思います?」




「…………は?」


 飯田は突拍子もない質問を投げかけられ、思わず体勢が崩れる。


 琴原は声を少し小さめにして飯田に相談をした。


「今回の鈴村君と凛ちゃんへの件について、私自身もすごく悪いなと思ってまして、何かお詫びの品を渡したいなと思っていて……。でもどうすればいいかわからないし、修学旅行も来週に控えてるのでその際にお詫びの品を買おうかと思いまして……」


「ま、まあ落ち着けよ、琴原。お前の気持ちはよーくわかる。とりあえず落ち着いて、座って話そうか」


 飯田は琴原に座るよう促した。


 琴原はなぜか椅子を飯田の横に持ってきて、そのまま隣に座った。


「これでいいですか?」


「……よくないけどまあいいや」


 飯田は少し呆れていた。


「で、話の続きだけど、お詫びの品を買うならどこでもいいんじゃないか? 要は自分の気持ちが言葉で伝わればいいんだ。お詫びの品なんて、その気持ちに添付したものに過ぎないんだから」


「で、でもそれじゃ鈴村君たちに示しが……」


「琴原が責任を感じてるのはわかる。だけど、それは向こうも同じなはずだ。……今回の件は残念だが、それでも責任を感じることができるのは自分が成長してる証拠だ」


「そう、でしょうか……」


 琴原は俯いてしまう。


 飯田は少し頭を掻いて言う。


「鈴村に諦めろって言われたんだよな」


「……その話、飯田会長にはしてないのによくわかりましたね」


「鈴村たちを追いかけて戻って来た後のあの様子を見たら大体察しはつくだろ……。むしろあれでわからないほうがどうかしてるぞ」


「…………そうですか」


 琴原は暗い顔をした。


「鈴村にそうは言われても、やっぱり諦めきれないんだよな」


「……当然です。私の鈴村君に対するこの気持ちは、そう簡単に消えるものじゃないです。あの時は凛ちゃんのことも思ってああいう風に言いましたが、今もなお私の頭の中は鈴村君でいっぱいです」


「ま、そうなるのが当然だわな。……だけどな、琴原。受け入れないといけない現実もあるんだよ。いつまでも夢見心地じゃダメなんだ」


「…………」


 黙る琴原の表情を伺いながら、飯田は続ける。


「その経験を経て、どう立ち直れるかが自分が成長できるかのカギになる。これでまた鈴村に話を持ち掛けたら、せっかくの覚悟が台無しになるぞ?」


「それは、わかってます……。わかってますけど……」


 そう言いながら、琴原は泣き出してしまった。


「ちょ、泣くなって! ほら、ハンカチやるから」


 そう言って、飯田は琴原にハンカチを手渡した。


「ありがとうございます……。……私、これでも結構我慢してるんです。自分の感情が溢れ出ないように、必死に我慢してるんですよ。でも、何か小さいことがきっかけで、この感情は溢れ出そうになります。決壊しそうなダムみたいな感じです」


「だろうな。でなけりゃ、今みたいに止めどなく泣くわけないしな」


「じゃあもう、ダムは決壊したんですね」


 琴原は笑いながら言う。


 飯田はその表情に同情の顔を見せた。


「……琴原。お前は強い。この壁を必ず乗り越えられる」


「え、どうしたんですか急に」


「いいから聞けって」


 飯田はそう言って、琴原の肩に手を置いて言った。




「琴原、お前は十分頑張った。十分考えて、勇気を振り絞って行動した。結果はそぐわなかったが、この経験はいずれお前を大きく動かす原動力になるだろう。お前は十分成長したと言ってもいい。誇っていいんだよ、琴原」




「い、飯田会長……」


 琴原はさらに泣き出してしまった。


「……こりゃ決壊したダムが直ることはなさそうだな」


 飯田は困り顔で言った。


 と、そんな中、生徒会室の扉が開く。


「あー! 飯田会長がみどり先輩泣かしてるー!」


「あ、綾瀬!?」


 綾瀬は飯田を指さしながら大声で言った。


「ち、違うぞ!? 俺は琴原から相談を受けてだな……!」


「飯田会長、しっ」


「ちょ、え、んんんんん!!!!」


 琴原はそのまま話を続けようとする飯田の口を手でふさいだ。


「すみません、凛ちゃん。飯田会長の武勇伝を聞いていたら、思わず泣いちゃったんです」


「な、泣き出すほど感動する武勇伝って何なんですか……?」


 綾瀬は飯田に問いかけた。


「んんんんんんんん!!!!!!」


「……何言ってるかわからないです」


 綾瀬は困り顔をしてみせた。


 途端、理事長室から鈴村と宮田が走って生徒会室に戻って来た。


「飯田会長! これ見てください! 大変ですよ!」


「んんんんん!!!!!」


 一方飯田は未だに口を塞がれたままで、言いたいことが言えていないでいた。


「…………なんでこうなってるの? 綾瀬」


「わかんない。私がお手洗いから戻ってきたらみどり先輩が泣いてて、それを飯田会長に問いただそうとしたらこうなった」


「なんだそれ……」


 その様子を見て、宮田は言う。


「まさかとは思うけど、飯田君。みどりに手を出したりなんかしてないわよね?」


「んんんんんんん!!!!!!!!!」


「…………話にならないから手を離してあげて、みどり」


「あ、はい」


 そう言って琴原はようやく飯田から手を退けた。


「はぁ、はぁ……。お前ら、誤解するのは本当にやめてくれ……。……説明は琴原のことを考えて省くが、まあ色々あったんだよ。で? 何が大変だって?」


「……そこはちゃんと説明してほしいものね」


「後でちゃんと説明するよ……」


 宮田は飯田に冷ややかな視線を送っていた。


「それでですね、飯田会長! これ見てください!」


 鈴村は飯田に一枚の紙を見せる。


「さっき理事長室に行って理事長に書類を渡したら、この紙を渡してほしいと言われまして……」


「…………理事長の気まぐれもいい加減にしてほしいもんだわ」


 飯田は呆れ顔で言った。


 その紙には、こう記載されていた。




『十一月に実施予定の高等部二年生の修学旅行は、高等部生徒会メンバー全員も同席すること。異論は認めないものとする』




「と、いうわけでして……」


 鈴村は改めて飯田に言った。


「俺と綾瀬、飯田会長も、修学旅行に参加するみたいです……」


「……………………はぁ」


 飯田は頭を抱えた。


「カッカッカ! 今ごろあいつら困ってるだろうなぁ」


 理事長は理事長室で、笑いながらそんなことを呟いていた。




 かくして、鈴村たち生徒会メンバーを含めた二年生の修学旅行の開催が決定したのであった。

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