第4話 「未来」を消さない努力
「さあどうする徹! あの根暗だったあの鈴村徹がわざわざこの夏休みに生徒会室にいる! 昔じゃ取れるわけがない行動をお前は取った! そんなお前がこの生徒会に拘る理由は何だ! お前の望む未来は何だ! 俺にそれをぶつけてみろ!」
「くっ……」
高校一年、夏休みが始まって三日。大学一年の時代からタイムスリップしてきた鈴村は、緑ヶ丘学園高等部生徒会会長の飯田勝翔の直接的推薦により、生徒会への加入が決まった。……はずだった。
正式に加入手続きを行っていない鈴村は飯田と共に手続きを済ますはずだったが、そこに緑ヶ丘学園の理事長であり、鈴村の意中の相手、綾瀬凛の実の父である綾瀬忠一に選択肢を提示される。
そして、奇しくもその選択肢は、鈴村の人生の分岐点を示す本『人生の選択肢』に記載されたものと同じだった。
【人生の選択肢】
A.緑ヶ丘学園高等部生徒会に入りたい理由を一万文字以上、二万文字未満で説明せよ。ただし、文面に書くのはNGとする。説明時間は十五分。
B.もう一度緑ヶ丘学園高等部の入試問題を解き、全教科百点を取れ。
C.綾瀬凛に対する思いを自分の言葉で綾瀬忠一に伝えろ。
これが、『人生の選択肢』が鈴村に提示した選択肢であり、綾瀬忠一が鈴村に示した選択肢だった。
「ちょっとお父さん! 前にも言ってたじゃん! 鈴村君なら生徒会に入れてもいいって! 本人の希望さえあればいつでも入って大丈夫だって言ってたじゃん!」
綾瀬凛は実父に向かって叫ぶ。
「ああ、言ったさ。俺は仕事柄あまり家に帰れなかったからな。そりゃもちろん、幼い頃の徹のことは知っている。小学生から中学、そして今のこともしっかりな」
「…………」
鈴村は黙り込んでしまった。
*
綾瀬凛と鈴村が初めて会ったのは小学三年生の冬。もう二か月もすれば桜が咲き始める時期のことである。
鈴村徹の姉、鈴村早紀の受験からのストレスによる家出により鈴村の両親が鈴村徹の面倒を見ることがさらに難しくなり、隣町の施設に預けられることとなった。
この施設が選ばれた理由は、鈴村の母の職場が近かったことにある。鈴村の母は、仕事が終わればすぐに迎えに行けるよう、職場近くの施設に鈴村を預けていたのであった。
その施設で、鈴村と綾瀬凛は出会った。
鈴村は初めて女の子の友達ができて嬉しかった。綾瀬凛とは趣味も合うため、ゲームの話や漫画の話、ゲームの話を毎日していた。鈴村にとって、その時間は幸せそのものだった。
しばらくして、鈴村の母と綾瀬凛の母も意気投合するようになり、次第に施設に預ける日以外にも、土日休日にお互いの家に母を連れて遊びに行く仲になっていた。
鈴村が中学校に進学してからは小恥ずかしくなり、次第に綾瀬凛と遊ぶ機会がなくなっていった。それでも通う学校は同じだったため、いくらでも遊ぶ機会はあったが、そこから鈴村は綾瀬凛を遊びに誘うことができなくなっていた。
綾瀬凛は鈴村と遊ぶのがとても楽しかった。綾瀬凛の周りの女子生徒は皆かわいいものや流行りのものが好きで、ゲームや漫画なんてものは眼中になかった。綾瀬凛が好きだったものは一般的に男子生徒が好きなものであった。偏見に見えるが、実際そうである。
そんな中、突然施設に現れた鈴村と出会った。綾瀬凛はその出会いを直観的に運命だと感じた。
「なんか……、キラキラしてる……」
当時の綾瀬凛は鈴村を見てそう思った。
その顔を見た鈴村は、綾瀬凛に声をかけ、友人という関係になったのである。
結果、趣味はドンピシャで全て合い、考えることも一緒、行動も同じ。一挙手一投足が意気投合しており、綾瀬凛は鈴村に運命を感じていた。
当然、綾瀬凛はそれが嬉しくてたまらず、綾瀬凛の母に鈴村のことを延々と話した。
「それでねそれでね! 徹くんとは今日は格ゲーで遊んだんだ! 徹くんすっごい強いんだよ! 私今日何連敗したのかなぁ」
「ふふっ、凛たちは仲良くていいわね。羨ましいわ」
綾瀬凛の母、綾瀬美春は頬杖をつき、笑いながら綾瀬凛に応える。
綾瀬美春は夫、綾瀬忠一と仲が少し悪かった。綾瀬忠一は緑ヶ丘学園の理事長であり、また大手IT企業「綾瀬グループ」の社長でもある。綾瀬美春は周りから見れば勝ち組の女性であり、綾瀬凛もまた、大手企業のご令嬢である。二人とも、周りから見れば羨ましがられるいわばお嬢様とその母、という存在であった。
……そう、周りから見ればそう見えるだけである。中身は違う。
綾瀬忠一は理事長、社長の二面を持つ人物である。そのため仕事が多忙であり、家に帰宅することは殆どなかった。綾瀬凛が生まれるまではどんなに仕事が忙しくても帰宅し、家族の時間を大切にしていたが、その幸せな時間も時間が経つにつれて少しずつ少なくなっていった。
綾瀬凛が鈴村と出会う頃には、週に一回帰ってくればいいほうだった。
「お父さんは今日もお仕事忙しいの? 今日も帰ってこない?」
「そうねぇ……、そうだと思うわ」
夫が帰宅する時間も把握しない。そんな仲にまでなってしまったのである。
「お父さんは今日も帰ってこないわ。お仕事だからね」
「なーんだ。今日こそお父さんに徹くんのこと話そうと思ってたのにぃー」
綾瀬凛は頬を膨らませながら言った。
その無邪気な行動に、思わず綾瀬美春はクスッと笑った。
「あっ! お母さん笑った!」
「えっ? あ、ああ、凛がかわいかったからよ」
「えー? 私かわいい?」
「ええ、かわいいわ」
「やったー! ……徹くんも、私のことかわいいって、言ってくれるかな」
「……どうかしらね」
綾瀬美春は実の娘の気持ちを理解していた。
綾瀬家は綾瀬忠一の取り決めにより、ゲームや漫画、その他娯楽を禁止されていた。綾瀬家のイメージを守るためである。綾瀬忠一にとって、娯楽は人生には無駄なものだと判断されたのだった。
しかし、綾瀬凛はそんなゲームや漫画を始めとした娯楽が大好きだった。生まれてからその娯楽を知らなかったが、それを教えてくれたのは綾瀬凛が入った施設であり、そしてそれをさらに大きいものにした張本人こそ、鈴村徹だったのである。
綾瀬凛にとって、鈴村徹は運命の人であった。
綾瀬美春がその実の娘の気持ちをしっかりとくみ取った夜。突如玄関の扉が開く音が聞こえた。
「……えっ!? まさか……」
綾瀬美春は驚いた。それもそのはずである。
「たっだいまぁー。俺、帰宅」
綾瀬忠一が帰宅したのである。
綾瀬忠一にとって帰宅することはなんらおかしいことではなかった。当然である。自分の家なのだから。
しかし、綾瀬忠一は理事長であり社長。仕事の効率化を図るため、職場に近いタワーマンションに住んでいた。
そんな綾瀬忠一が、翌日もまだ平日だというその日に、職場から離れている家に帰宅をしたのである。
「どうしたよ美春。愛しの旦那様がお帰りだぜ?」
「え、ええ、あなた。お帰りなさい。帰ってくるなら連絡くらいくれればよかったのに」
「なーに、お前らをびっくりさせたかったんだ。今日は珍しく仕事が早く終わってなー。秘書に『たまには帰宅なさっては? ご家族も心配されているでしょう』って言われて、無理やり帰らされたんだよ」
「な、なるほどね、そういうことだったの。……あ、夕食は食べた? まだ残ってるのがあるけど食べる?」
「ん-、そうだなぁ。久しぶりに美春の手料理は食べたいところだし、いただくかな」
綾瀬忠一は話し方がフランクすぎるが故に何を考えているかわからない。それは綾瀬美春だけでなく、綾瀬凛も同じだった。
だから、なぜこの日に帰ってきたのかがわからない。
「おいおい、どうしたんだよお前ら。俺が帰ってきたんだぜ? しかも今日が何の日かわかってて帰ってきてるんだ」
「お、お父さん……」
そう。この日は綾瀬凛の誕生日であった。
「おー愛しの我が娘よ! ただいま帰ったぞ! あまり会えないから顔忘れたか? あ、俺のこと『お父さん』って言ってたな。そう! 俺だ! 父さんだ!」
綾瀬忠一は綾瀬凛を抱きかかえながら言った。
「ちょ、お父さん! 持ち上げないで! 最近太ってきたの!」
「そんな乙女なこと言うなよなー。お父さん悲しくなっちまうぜ」
そう言いながら、抱えた小学五年生になる綾瀬凛をゆっくりと床に下ろした。
綾瀬忠一は、久々に帰ったもう一つの家を見渡して言った。
「おいおい、今日は凛の誕生日だろ? ハッピーバースデーの一つもしてないのか?」
「したわよ、ついさっき。あなたが帰ってくるってわかってたら待ってたわ」
「そうか、そりゃ悪いことしちゃったな。ほいよ凛。お誕生日プレゼントだ」
綾瀬凛の目は輝いた。
「プレゼント!? やったー! ねえ開けていい? 開けていい?」
「いいぞー。絶対に喜ぶはずだ」
綾瀬凛は受け取った少し大きめのプレゼント箱を開けた。
中には、当時入手が困難だった最新ゲーム機が入っていた。
「えっ! お、お父さんこれどうしたの!?」
「いやー、今日会社の打合せで娘が誕生日だって言ったらさ、部下がプレゼントしてくれって渡してくれたんだよ。娘さんに、ってな」
「すごい! やったー! お父さんありがとう!」
ニコニコしながら綾瀬忠一は綾瀬凛の頭を撫でた。
しかし、綾瀬凛は勘違いをしていた。このプレゼントは綾瀬忠一が選んだ、綾瀬忠一からのプレゼントではないのである。
綾瀬忠一からの家族としてのプレゼントは、今まで一度たりとも綾瀬凛に渡ったことはなかった。
「……あなた、今年もまたそうやって凛にプレゼントをあげないのね」
「……何か変か? 凛には好きなものをなんでも買ってやれる。うちが誰のおかげで金持ちやれてると思ってるんだ? ん?」
ガシッ、と綾瀬忠一は妻の後ろ髪を掴んだ。
「いいか。お前らはうちの家に来れたことを感謝するべきだ。この家を自由に使わせてやってるのも幸せだと思え。それに、綾瀬家は本来そういった娯楽は禁止としている。しかしここでならそれが許されている。そのルールが適用されない場所だからな」
「……わかってるわ。わかってるから、その手を放して。痛い」
「……おっと悪い悪い。最近つい手が出ちまう。悪い癖だな。直さないとまずいなぁ」
このプレゼントも本当は部下から事実上奪ったものだと綾瀬美春は考えていた。
表向きは学園理事長と社長を兼任する人柄のいい男。しかしその裏は、とても腹黒く、そして自分のルールを決めてその通りに周りを支配する独裁者であった。
だからこそ、娘の誕生日を祝ったことがほぼないこの男が、このタイミングで帰宅することが二人には理解できなかった。
「凛にはしっかり伝えてるんだろうな? 娯楽はこの家以外でやってはいけないと」
「もちろん、伝えてるわ」
「ならよろしい。お前も忙しいながらよく凛を教育できているな」
「……ええ、そうね」
綾瀬美春は嘘をついた。綾瀬凛はこの家の敷地以外でも娯楽を楽しんでいる。
綾瀬凛が通っている施設である。しかも、同年代の男子と一緒に。誕生日を迎えたこの日にも、綾瀬凛は綾瀬家の禁忌を犯していた。
(お願い、特に用がないのならもう帰ってちょうだい……!)
綾瀬美春は切に願った。しかし、その願いは綾瀬凛によって叶うことはなかった。
「あのねお父さん聞いて! 私ね、今日施設でゲームしてきたの!」
「…………あ?」
綾瀬忠一の表情が変わった。
「あっ……」
綾瀬凛はその鬼のような形相を見て失言したことにすぐ気づいた。
「凛! その話はしちゃダメって……!」
「……おいおい凛、美春。こりゃどういうことだ」
綾瀬忠一はルールにとても厳しい男だった。決められたルールは必ず守り、必ず守らせる。そういう男だった。
そのルールを、綾瀬家の一員である実の娘に破られたことを知った。
「あ、あの、ごめんなさい、えっと、その、……あの……っ」
綾瀬凛は言い訳を考える。恐怖に耐えながらも、綾瀬忠一が悪いことをしないような言い訳を必死に考えていた。
「……凛。お前はうちのルール、知ってるよな?」
「う、うん。知ってるよ」
その言葉に綾瀬忠一は怒る。
「じゃあなぜそのルールを破った! 娯楽をしていいのはこの家の中のみだと教えたはずだ! お前の通う施設はこの敷地の範囲外だ! つまりお前はルールを破った!」
「ごめんなさい! ごめんなさい! 悪気はないの! ただっ……」
「ただ?」
綾瀬凛は、泣きそうな顔をしながら言った。
「私は、好きな男の子とゲームをするのが楽しかったってことを、お父さんに伝えたかっただけなの……!」
もうすぐ小学五年生になる女の子である。そろそろ大人びた行動を取ってもおかしくない。ただ、このような性格になってしまったのは紛れもなく、綾瀬忠一のせいであった。
「……そうか、男の子と、『好きな』男の子ととゲームするのが楽しかったのか」
「うん、そうだよ。うん、……あっ」
綾瀬凛は男の子と遊んでいたこともこの場で初めて話した。
「なるほどな、お前はそっちも破ったのか」
「ご、ごめんなさい……」
「んー、謝って許されることでもないが……。まあ、お前の人生だ。俺も悪魔じゃない。俺は人々の考えを尊重する人間だ。別に凛がそういう行動を取っても、ダメと言えるほど偉くはないさ」
「お父さん……」
綾瀬凛は少し顔が綻んだ。
しかし、綾瀬忠一は鬼のような顔をして言った。
「だがな、いいか凛。今後一切、お前はその男と遊ぶのを禁止とする。ゲームとか娯楽はまあ、この家の中でなら問題ないが、次にこの家以外の場所でやったら、お前と美春にはこの家から出て行ってもらうからな」
「ちょ、ちょっとあなた! いくら何でもそれは凛のためを思ってないわ!」
「うるさいぞ美春。じゃあなんだ、お前はうちのルールをしっかり守らせてやってたっていうのか? 凛のこと、知らないわけないんだろ?」
「……っ、そう、だけど……」
鈴村徹、そして鈴村の母と共に過ごした日々が突如として綾瀬美春の頭に浮かんでくる。
綾瀬美春は、深々と頭を下げながら言った。
「この度は大変申し訳ありませんでした。凛には強く言っておきますので、このことはどうか許してください」
涙ぐんだ顔を隠すように深く頭をさらに下げた。
「……よし。美春がそこまで言うなら許そう。しかしな、凛。次は絶対にないからな。気をつけろよ?」
「……はい、お父さん」
綾瀬凛にとって、この綾瀬家の生活は楽しくもあり、そしてとても、居心地の悪い場所であった。
「ところでだ。その男って誰なんだ?」
綾瀬忠一は綾瀬美春に問いかける。
「隣町に住む『鈴村徹』君っていう子よ。凛と同じ学年で、施設で数年前に出会ってからすごく仲がいいの」
「……ふーん。鈴村徹ねぇ」
綾瀬忠一は綾瀬美春が見せた写真を見ながら言った。
「凛が好きな男かぁ。こりゃお父さんとして見過ごせないな。よし、美春。こいつのこと調べておけ」
「し、調べてって、私そんなのできないわよ?」
「お前自分の仕事忘れたのか?」
「ま、まさか……。それじゃ職権乱用よ!」
「いいから、やれ。これは命令だ」
「……わかりました」
綾瀬美春は警察庁に勤めていた。
そう。綾瀬忠一は鈴村徹のことを、警察の力を使って調べようとしているのである。
「俺の娘を簡単に取れると思うなよ? 小僧が」
そう言って、綾瀬凛にとって最悪な誕生日は幕を閉じた。
*
「お前のことは調べがついてる! さあ、どうするか選べ!」
(くそっ、なんでこんなことになってんだよ……!)
鈴村は綾瀬忠一を目の前にし、そして『人生の選択肢』に提示された選択肢を前にし、頭を抱えていた。
(落ち着け、落ち着くんだ。これは『人生の選択肢』。どれを選ぶかは俺の自由で、どれを選ぼうとしても必ずその先の未来がわかる。まずはこの本に選択したことを伝えて、どんな未来が来るのかを確認するのが最優先だ)
他人には見えない、鈴村本人にしか見えない『人生の選択肢』を机に置いた。
(この中じゃ成功率が高いのはBだろう。まずはBを選んだ場合の未来を確認するぞ)
そして鈴村は、Bを選択したことを『人生の選択肢』に告げる。
するといつものように『人生の選択肢』は光り輝き、Bを選択した場合の簡易的結果を追記した。
【Bを選択した場合の簡易的結果】
Bを選択した鈴村徹は、この年から十年後に実施された緑ヶ丘学園高等部の入試試験を解く。しかし、大学まで得た知識や努力して得た学力では手に負えず、全て満点を取ることが叶わずこの場を去る。
「……マジか」
簡易的な結果にしては随分細かいことを書くな、と鈴村は思ったが、これは鈴村がBを選択した場合の結果である。
常に『人生の選択肢』は、鈴村に選択肢を提示した後、一定時間が過ぎた後にそれぞれの選択肢を選んだ場合の【選択の簡易的結果】を提示していた。しかし、鈴村はその提示がされる前にBの選択肢を選んでいる。
つまり、ここに記載されているものは【選択の簡易的結果】ではなく、事実上の【選択の結果】であった。
(この場を去るってことは、つまり俺は生徒会に入れずに、そして綾瀬のお父さんにも嫌われたまま綾瀬と仲良くできるチャンスを逃すってことになる)
その通りであった。
鈴村の人生を変えるには綾瀬凛との接点を保つことが最優先事項である。今ここでこの場を去るということは、確認せずとも訪れる未来はわかっていた。
(今俺はBを選んだことになってる。一旦取り消して、Aを選んだことにするか)
そう考えた鈴村は、小さな声で「Bはキャンセル。Aを選ぶ」と囁いた。
再び『人生の選択肢』は光り輝き,【Aを選択した場合の簡易的結果】が追記される。
【Aを選択した場合の簡易的結果】
鈴村徹はAを選んだ。緑ヶ丘学園高等部生徒会に入りたい理由を述べようとしたが、口頭で一万文字以上、二万文字以内で伝えないといけない難しさに気づかず、結果、一万文字に達しないまま理由を述べてこの場を去る。
(……なんでこんな時になってまで俺は本心を一万文字以上話せないんだよ……)
鈴村は自分のヘタれさに呆れていた。生徒会に入りたい理由など本人が一番理解している。綾瀬凛と離れたくないからである。
ずっと片思いしていた相手である。タイムスリップする前は接点がほぼなく、ただ片思いをしていただけの毎日を過ごし、大学に入る手前になって焦って行動し、大学に入学して彼女として綾瀬凛を手に入れたはいいが、早々に失恋を迎えることとなる。そんな未来がわかっている鈴村だからこそ、タイムスリップした今なら生徒会に入りたい理由なんて簡単に話せると思っていた。
しかし、それが不可能だと『人生の選択肢』は物語る。
『人生の選択肢』が提示した選択肢を選んだ場合に記載された未来は必ず起こる。それは先ほどまでのやり取りで本人が一番理解していた。この選択肢を選んだ場合の未来は、必ず起きるものだと確信していた。
今の鈴村は、Aを選ぼうがBを選ぼうが、いずれにしてもこの場から去り、綾瀬凛との接点を断ち切る運命から逃れられないことを伝えられているのだった。
そうなると、残る選択肢は一つ。
(……C、か)
鈴村が抱える、綾瀬凛に対する思いを鈴村自身の言葉で綾瀬忠一に伝える。これが残された三つ目の選択肢。
鈴村が綾瀬凛を思う気持ちは特大である。それを綾瀬凛の実の父に伝えるのはそこまで難しい話ではなかった。
ただ、ここは生徒会室である。緑ヶ丘学園高等部の生徒会メンバーが揃い、そして、綾瀬凛本人がいるこの場所で、自分の気持ちを伝えねばならない。
言ってしまえばこれは公開告白である。
(とりあえず、今はAを選んだことになってるから、今度はCを選んだことにしてその先の未来を見よう)
そう考えると、先ほどと同じく小さな声で『人生の選択肢』に囁いた。
机に置かれた『人生の選択肢』は光り輝く。
「……さっきから鈴村君、何してるんですかね」
「さあ、何かしらね。机に向かって何か話してるように見えるけど」
琴原と宮田は鈴村のことを心配しながら言った。
「あれだけ怖い理事長にとんでもない選択肢投げかけられてるんだ。ああもなるだろ。言ってしまえばほら、今の鈴村はエヴァ〇ゲリオンのシ〇ジ君みたいな感じだろ」
「なんでそんな例えするんですか、飯田会長。しかもそれ鈴村君のお父さんが理事長だったら成り立つ例えですよ」
琴原は珍しくツッコミを入れた。
「……鈴村君、さっきまで何か手に持ってませんでした?」
綾瀬凛はぽつりと呟いた。
「手に? そんなの持ってたか?」
「は、はい。飯田会長は、見えませんでした?」
「何が?」
綾瀬凛は飯田に向かって言う。
「鈴村君、なんかとても綺麗な表紙の本を持っているように見えたんです」
「……綾瀬、今なんて言った?」
鈴村にとってそれは聞き捨てならない言葉であった。
「い、いや、何でもないの! ほら、鈴村君さっきから机に向かって何か話してるから、何してるのかなって!」
「そ、そうか。……本当に何も見てないんだな?」
「え? うん、見てないよ。っていうか、何を見るのさ」
「それもそうだな」
『人生の選択肢』は鈴村本人にしか見えない本である。この日、鈴村早紀と会話した時も、一年A組に来た時も、生徒会室に来た時も、誰一人としてこの目立つ本のことを言及する者はいなかった。
しかし、このタイミングでの綾瀬凛のあの発言である。当然鈴村にとっては聞き捨てならない言葉だった。
(さて、気を取り直して『人生の選択肢』にCを選んだ結果が追記された頃だろ。もう光ってないし)
そう考えながら鈴村は『人生の選択肢』に視線を向ける。
そこには驚くべき光景が広がっていた。
「……え?」
輝きを終えた『人生の選択肢』には、【Cを選んだ場合の簡易的結果】が記載されていなかった。
(な、なんで書かれてないんだ!? Cを選んだ場合の未来はどうなるんだ!?)
困惑する鈴村。Cを選択したうえで追記される【Cを選んだ場合の簡易的結果】とは、即ち【Cを選んだ場合に訪れる絶対的未来】である。しかしながら、その「絶対的未来」を『人生の選択肢』が記すことはなかった。
「おいおいどうしたよ徹くん。あまりに難しすぎて言葉が出ないか?」
綾瀬忠一は不敵に笑う。
「この際だからはっきり言わせてもらうぜ、徹」
綾瀬忠一は机を強く叩いて言った。
「いいか! お前に凛をよこすつもりは微塵もない! お前が生徒会に入りたい理由、それは凛と接点を持ちたいからだろ! 凛とさらに仲良くなり、その先の未来を共にしたいという俺にとっては虫唾の走る考えがあるから生徒会に入りたいんだろう! 違うか?」
琴原は「えっ!? 何これそういう展開になるんですか!?」とソワソワしていた。
一方、綾瀬凛はというと。
(あーもう、なんで言っちゃうかなぁ……。恥ずかしいよ、もう)
顔を真っ赤にして照れていた。
鈴村にとってはどの選択肢を選んだところで、今の時点で公開告白が行われている事実に変わりはなかった。
(……決めるしかねえか)
鈴村は覚悟を決めて綾瀬忠一に言う。
「……綾瀬のお父さん。その通りです。俺は綾瀬に近づきたくて今日この日、高一の夏休みに生徒会室に来た。本来なら用事もないこの生徒会室にだ。このクソ暑い日になんでここにいるんだろうって今でも思いますよ」
鈴村は緊張のあまり、外で練習している野球部の声が大きく聞こえてくる。
その大きく聞こえる声に負けないくらい、真剣な顔で続けた。
「でもその理由は単純明快。俺は綾瀬と一緒にいたい。仲良くなりたい。友達として、この学校で思い出を作りたい。俺は今まで何もしてこなかった。だからこそあんな惨めな思いをしたんだ。でも、それはもうごめんだ。これは俺の人生。俺のやりたいようにやる。だから俺は、生徒会に入って、後悔のない人生を歩みたいんだ」
「……ほう、それがお前の答えでいいな?」
「……はい。これが俺の、生徒会に入りたい理由であり、綾瀬に対する思いです」
「なるほどなぁ……」
綾瀬忠一は鈴村の答えを真摯に受け止め、そして答えた。
「うーん、やっぱ不合格だな」
『えっ!?!?』
生徒会メンバー全員と鈴村は声を揃えて驚いた。
「ちょっ、えっ!? 鈴村君あんなに頑張って綾瀬ちゃんへの思いを実の父親にぶつけたのに!?」
琴原は驚きのあまりパニックになっていた。
「……もはや公開告白みたいなものなのに、綾瀬さんのお父さん、随分酷いこと言うわね」
「……ちょっとお父さん、それはないんじゃないかな」
鈴村の答えを聞き、その対応を見た綾瀬凛は、鈴村と綾瀬忠一の間に立って言った。
「鈴村君は私のことを考えてくれてる! 私は小学生のころから鈴村君を見てきたからわかる! 鈴村君はとっても努力家で、やると決めたらそれが叶うまでしっかりとやり遂げる人なの! この学校の受験を決めたときだって、正直私はびっくりしたよ。その成績じゃ絶対に無理だって」
「でも、徹は見事合格したな」
「そう! しかもトップの成績で! これが何を意味するか分かる?」
「……ああ、わかってるよ。あんだけの思いを俺にぶつけてきたんだ。正直俺も徹の入学が決まった時にびっくりしたさ。あれだけ酷い中学の成績を持ったガキんちょが、まさか一年足らずでうちの入試試験を突破しちまうんだから」
「お父さん、わかるでしょ? 鈴村君の本当の気持ち」
「……ああ、もちろん。わかってるつもりだ」
「……じゃあ、なんで不合格なの?」
「え? そりゃお前決まってるだろ」
綾瀬忠一は鈴村を指さし、笑いながら言った。
「だってお前、凛とは『友人』止まりでいいんだろ? そりゃ不合格だって! ハッハッハッハ!」
『…………え?』
全員唖然としていた。
そして、当の鈴村本人は机に顔を向けて、後悔していた。
(やっべえええええ! 確かに俺さっき「友達として」って言っちまったあああ!)
鈴村、肝心な時に大失態を犯す。
(なんでもっと親密な関係とかそういうの言わなかったんだ俺! 綾瀬のお父さんに認めてもらう絶好のチャンスだったじゃねえか! 何やってんだ俺! 馬鹿か! あほか! 童貞か!)
童貞である。
「あっちゃー、やらかしましたね、鈴村君。綾瀬ちゃんゲットチャレンジ失敗です」
「そう? 案外そうでもないかもしれないわよ」
「え、そうなんですか?」
「ああ、そうでもないと俺も思うぞ」
琴原の問いに、宮田と飯田は笑顔で言う。
飯田は続けた。
「理事長結構意地悪なところあるからなぁー。ちゃんと鈴村の気持ちは理事長に伝わってると思うぜ。思うに、今回は鈴村を試したんじゃねえかな」
「試す?」
琴原は首を傾げた。
「少しは察してやれよ、琴原」
琴原は何を察すればよいかわからないでいた。変なところで鈍感である。
綾瀬忠一は、鈴村に向かって言う。
「でもまあ、お前の気持ちはよーくわかった。お前の生徒会入りを認めてやろう」
「……えっ!? な、なんでですか? 不合格だったんじゃ……」
「いやー、お前みたいなやつみてると遊び甲斐があってなー。ほら、俺理事長やってるけど社長でしょ? 堅苦しい仕事ばかり任されてストレス溜まってるんだよね」
「……それってつまり」
鈴村は嫌な予感がした。
「つまりだ。お前は俺のサンドバックになる、ってことだ」
(やっぱりだああああああああああああ!)
鈴村の嫌な予感、的中。
「まあそれは半分冗談だ」
(半分は本当なんだ……)
安心する反面、複雑な気持ちになる鈴村であった。
「お前の生徒会入りは認めてやる。正直、俺はお前のことをもともと生徒会に入れるつもりだったしな」
「え、そうだったんですか?」
「そりゃそうだろ。お前は凛が言った通りとんでもない努力家だ。これは俺の憶測だが、たぶんお前は何にでもなれる。なんでもやれる。言ってしまえばスーパーマンみたいなもんだ」
「そんなアメコミ要素取り入れられても……」
「意味をくみ取れよ徹。お前の努力次第で、自分の未来はどんな形にでも変えることができるんだよ。今、それをお前の口が証明した」
「……あぁ、そういうことか」
鈴村は妙に納得した。
「と、いうわけだ。正直な話、生徒会長の推薦で生徒会に加入させるの本当に面倒なんだよ。それに引き換え、俺や学園長の推薦があればいつでも生徒会に加入させることができる」
「でも、どのみち手続きが必要なんじゃ……」
「鈍いなぁ徹。忘れたか? さっき話したルール」
「……あ」
鈴村は思い出した。
緑ヶ丘学園の生徒会に入るためのルール。その中の一つを、既に鈴村はこなしていた。
「そう、学園長か理事長との面談だ。今のこれがその面談ってことでいいだろう」
「そ、そんな適当でいいんですか!?」
鈴村は戸惑う。
「ああ、いいんだよ。これがルールだからな。俺が面談と言えば面談になる。わかりやすい話だ」
もっと堅苦しい面接のようなものを鈴村はイメージしていたため、正直拍子抜けしていた。
「いいか? もともと俺はお前を生徒会に入れるつもりでいた。そして面談も今済ませた。お互いに合意は取れている。この時点でお前は既に生徒会の一員だ」
綾瀬忠一の言葉に、思わず鈴村は涙を流した。
「……少し頼りない生徒に見えたかと思いますが、俺の綾瀬への気持ち、生徒会への気持ちは伝えました。お気遣い感謝します。そして一年間、よろしくお願いいたします」
鈴村は、涙を流しながら深く頭を下げて礼を言った。
綾瀬忠一はその姿を見て、嫌な顔することなく生徒会室の扉へ向かった。
「おうよ、せいぜい頑張ってくれよ生徒会庶務くん。あと、いくら凛への気持ちを伝えられたところで、お前に凛はやらないから覚悟しておけよ」
言い終えたと同時に、生徒会室の扉が閉まった。
「はい、わかりました。……って、え? 俺、綾瀬のお父さんに認めてもらったわけじゃないの……?」
飯田が鈴村の肩を叩きながら言った。
「察しが悪いなぁ鈴村。あれじゃ本当にただの『友達』止まりの関係だ。本当にその先に行きたいのなら、お前の得意な努力で理事長を説得してみせろってことだ」
「……はい! 俺、頑張ります!」
かくして、突如として現れた緑ヶ丘学園理事長であり綾瀬凛の実父である綾瀬忠一との実質的な面談を終え、鈴村徹は正式に緑ヶ丘学園高等部生徒会への加入が決定した。
「……で、俺の役職って庶務なんすね」
「あー、たぶんあの人何も考えないで役職与えてるだけだと思うから、今はあまり気にしなくていいと思うぞ」
「気にしなくて、いいんですかね」
綾瀬忠一のあの言い方だととてもそうは見えない鈴村であった。
*
午後五時。
夏休み期間中の緑ヶ丘学園はこの時間が下校時刻となっている。
部活動で登校している生徒たちはこの時間がタイムリミットであった。
生徒会もそれは例に漏れず適用される。
「よーし、お前ら忘れ物ないかー。鍵閉めるぞー」
飯田はそう言って、生徒会メンバー全員が外に出たことを確認した後に生徒会室の扉の鍵を閉めた。
「いやー、しかし今日はどうなるかと思ったなー」
飯田は腕を組みながら言った。
「ほんとですよ、急に鈴村君が生徒会に入る話になったかと思ったら、今度は理事長が来て、それで、その、こ、公開告白みたいなことしちゃって……!」
琴原はここで声が詰まった。
綾瀬は改めてそこを掘り下げられ、恥ずかしさでたまらなかった。
(……やっぱりあれって告白だよね? え、絶対そうだよね? だってお父さんに提示された選択肢とは言っても、仮にもそうだとしても、それを伝えないと生徒会に入れなかったわけだし……、私と鈴村君の関係もあそこで終わるところだったし……!)
悶々とする綾瀬の頭の中。しかし、それは徐々に嬉しさへと変わっていった。
(そっかぁ。鈴村君、私のこと思ってくれてるんだ。ちょっと嬉しいな。中学卒業するまでほとんど話さなかったから鈴村君の細かいことよく知らなかったけど、一目惚れって怖いなぁ)
綾瀬の表情が緩んでいく。
そして、思わず綾瀬は声に出してしまう。
「鈴村君が、いなくならなくてよかった」
夏の時期には珍しい涼しい風が、下校中の生徒たちに吹いた。
「ん? 綾瀬、なんか言ったか?」
「ん-ん、何でもない」
鈴村に聞かれていないか一瞬ドキッとした綾瀬だったが、風のせいで聞こえていないことがわかり安堵していた。
そんな先頭を歩く二人を、後ろから恋バナ大好き二人組が見ていた。
「詩織。やはりこの二人やっぱり両想いだったね」
「ええ、そうねみどり。あの公開告白も立派なものだったわ」
「この恋、成就してくれるといいなぁー。私そんなことが起きたらこの経験談を基にした小説が書けそうな気がします」
ふんすっ、と琴原は気合を入れていた。
「やめてちょうだい。みどりが書く小説とんでもなく長いんだから。もう読まないからね、ああいうの」
「えー、いいじゃん読んでよー。今度は傑作だよ? なんたって目の前で起きている恋事情が元ネタなんだし」
「それじゃ結末わかっちゃうから面白みないでしょ……」
少々呆れる宮田であった。
飯田はというと、鈴村の姿を見て言う。
「いいな、鈴村。俺はやっぱりああいうやつが大好きだ」
「え、飯田君もしかして男好きなの?」
「なんでこの流れでそうなるんだよ、恋バナ好きなんじゃねえのかお前」
「いいえ? それとこれとは話が別よ。人はどんな理由で他人を好きになっていい生き物なの。それが性別という壁に阻まれていたとしても、その恋に口出ししていい人間はいてはいけないわ」
「……お前本当に俺の彼女でいいんだよな?」
「ええ、飯田君の彼女よ。私は飯田君のどんな一面でも受け入れてみせるわ」
「……ちょっと距離置くか悩むわ」
その言葉に宮田は少し焦りを見せた。
「で、でもね、飯田君。私は鈴村君の印象がだいぶ変わったの」
「お、奇遇だね。俺もそうだ」
「私服で学校に来た彼を見たときは『こんな学園にもこういう生徒がいるのね』と思ったけど、そうじゃなかったわ」
「ああ。あいつは誠実な男だ。とてもいい。この先の生徒会の未来をあいつに委ねてもいいくらいだ」
「それはさすがに言いすぎなんじゃないかしら? 飯田君に勝てる人はいないでしょうに」
「それもそうか。……ただな、あいつより劣ってるところを俺は自覚してるぜ」
「ふーん、それはどこかしらね」
「あいつの未来を潰さないほどの努力だよ」
「……なるほどね。それは確かに飯田君のほうが負けてるわね」
飯田は改めて鈴村を見ながら言う。
「あいつはこの学園の生徒会に初めから必要な存在だったんだ。来てくれてありがとうな、鈴村」
飯田には、そのキラキラと輝く鈴村の笑顔がとても眩しく見えた。




