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鈴村くんは間違えない  作者: シア
第1章 『人生の選択肢』

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第3話 「本」に導かれる「壁」

「さて! 鈴村すずむらの正式加入手続きは明日行うとして! 今日は何をするかね!」


 緑ヶ丘学園高等部生徒会会長、飯田勝翔いいだしょうとは生徒会室にある生徒会長のみが座ることを許された生徒会長席に座りながら言った。


 生徒会副会長であり飯田のパートナーである宮田詩織みやたしおりは、飯田の顔を反発するような目で見ながら言った。


「鈴村君の加入手続きは今日しなくていいの? 学園長も理事長もいるのに」


「なんだよ詩織、忘れたのか? 生徒会長による直接的な推薦での生徒会への加入は、ちょっとだけ手続き面倒なんだよ」


「そうだったかしら? 私からしてみれば、そんなに面倒だとは思わなかったわ」


「そりゃお前は俺に推薦される側だったからだろ……。それに、お前も手続きでいろいろ作業しただろうが」


「そんなに手続きって時間かかるんですか?」


 鈴村は興味本位で聞いた。


「もちろんだとも。では説明してやろう」


 そういうと、飯田はどこからともなく祭りの法被はっぴを取り出し、バサッと羽織った。頭にはハチマキを巻き、これから太鼓でも叩き出すかのような風貌を見せた。


「……宮田先輩、今から何が始まるんですか?」


「……鈴村君、余計なことしてくれたわね。すぐにわかるわ。飯田君が何かを説明するとき、たまに面倒になることを」


「……面倒?」


 宮田は眉をひくつかせながら鈴村に言った。


 飯田は天才である。緑ヶ丘学園高等部で全生徒のトップの成績を持ち、人望に溢れている天才である。


 しかし、その飯田にも弱点があった。


「前にも言ったと思うけど、飯田君、本当になぜか変なところで不器用なのよ」


 飯田は不器用なのである。


 ただ普通に生徒会加入の細かい手続きの手順を説明すればいいだけのことだが、飯田はそれを無駄に大胆に、そして派手に執り行おうとしているのである。


「飯田会長って、なんでこんなに不器用なんですかね」


「不器用っていうより、頭のネジが外れてる感じするよね」


 琴原の問いに対し、生徒会書記、綾瀬凛あやせりんは少しトゲのある回答をした。


「それじゃあ詩織。これ頼むわ」


「……やっぱりそうなるのね」


 飯田が宮田に渡したのは、太鼓のバチだった。


「……飯田会長?」


 飯田は、またもどこからともなく太鼓を運び、宮田の前に置いた。


 そして、飯田は大きく叫ぶ。




「今から!(ドンッ) 緑ヶ丘学園高等部生徒会への!(ドンッ) 加入手順を!(ドドンッ) 説明する!!!(ドドドンッ)」




「…………なんじゃこりゃ」


 飯田は、宮田が間に挟む太鼓の音に合わせながら説明会を開始を宣言した。鈴村はもちろんドン引きである。


 宮田自身はこんな役目など性格上やりたくはないが、意中の相手からの頼みである。断れるはずもなかった。


「……私、なんでこんなことやってるんだろう」


「宮田先輩、恥ずかしいならそれやめたほうがいいですよ」


 鈴村から宮田に同情の声がかかった。


 飯田の無駄で大胆な説明開始宣言が終わった後、飯田はすぐさま取り出した太鼓、ハチマキ、法被を片付けた。


(本当になんでこんなに不器用なんだこの人は。もはやバカにしか見えないんだけど)


 そう思う鈴村であった。他の生徒会メンバーも同じことを考えていた。


 ふと、飯田からの説明が始まる前に、鈴村はあることを尋ねた。


「あの、始まる前に一ついいですか?」


「ん? どうした鈴村」


「この学校、『教育理念』が公式サイトに掲載されてるじゃないですか」


「ああ、そうだな」


「あの教育理念、もしかして飯田会長が考えたものですか?」


 鈴村は気になっていた。この緑ヶ丘学園は曲がりなりにも名門校。偏差値も高く、鈴村が死に物狂いで合格することができた学園である。これは鈴村の偏見であるが、名門校にはそれなりに印象の良い教育理念があると考えていた。


 綾瀬と同じ高校に通うと決めたときに知った緑ヶ丘学園の教育理念。




【なりたい自分になれないはずがない。努力をすれば必ず努力は報われる】




 鈴村はこの教育理念に強く感動し、綾瀬と離れたくない思いもありながらこの学園への入学を志望した。


 しかしながら、この教育理念の()()()()に鈴村は疑問を抱いていた。


 一見すると普通に見えるこの教育理念だが、飯田を目の前にすると合点がいった。


 鈴村はこの教育理念を飯田が考えたものだと推測したのである。


 飯田と出会ったときの第一印象から今に至るまでの話し方、行動を見るからに、この謎の熱血さ、『やればできる』を疑うことなく言い切りそうな飯田の考え方と理念の導き出され方が一致するからだ。


 飯田は鈴村の質問に快く答えた。


「ああ、あれは俺が考えたものだ。そうだな、ちょうど去年の春くらいだったか? 俺が一学期末の試験でトップを取った時に既に翌年の生徒会長になることは決まってたんだが、その時に学園長にこの学校の『教育理念』を考えてほしいって頼まれたんだよ」


 えっ、そんな前から会長になること決まってたの? と鈴村は一瞬戸惑ったが、飯田はその反応を気にせずに続けた。


「うちの学園長さ、やけに俺のこと気に入ってくれてよ。まあ、なんたって入学してからずっと期末試験トップだったし、諸々認めてくれてたんだと思うんだ」


「な、なるほど。そんな未来ある飯田会長に学園長が頼んだ結果、あの教育理念が生まれたんですね」


「そうだ。まあ正直面倒だったんだけどなぁ。しかし、曲がりなりにも生徒会長に任命されちゃったわけだ。俺はこの学園の生徒代表となるわけだし、下手に変な理念掲げさせるわけにもいかないだろ?」


「まあ、それは確かに」


「ただ俺も学生だ。教育理念なんて普通教師陣、それこそ学園長や理事長が決めることだろ。なんで俺に頼んできてんだ、って最初は思ったよ」


 飯田は、その時のことを思い出しながら言った。


「でも、そんなことを押しのけてまで俺に頼んできたってことは、生徒の代表として、この学園がどういう学園かってのを自分の言葉で表現してほしかったんだろうな。俺はその考えに乗ったわけだ。それでできたのが、公式サイトにも載ってるあの教育理念ってわけだ」


「変な熱血高校だって思われてないといいけどね」


「詩織、変なことは言わないほうがいいぞ」


 少し怒りそうな飯田であった。


 鈴村は、飯田に向かって言った。


「飯田会長。俺はこの学校に、いろんな理由を持って入学しました。その一つの中に、この学校の教育理念があります。俺はこの学校が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というその教育理念に、強く感動しました」


「お、おお、そこまで思ってくれてるとは思わなかったぜ」


 飯田は内心少し困っていたが、鈴村は止まらなかった。


「俺はそうやって自分の行動を理解し、評価してくれる場所が大好きです。その教育理念に惹かれたからこそ、今俺がこの場にいると言っても過言ではありません。飯田会長、ありがとうございます」


「う、うーん、ありがとう。本当にありがとうな。……なんだかやりづらくなったなぁ」


 少し照れ臭くなる飯田であった。しかしながら、教育理念を真面目に考えて作り上げたのは飯田である。そして、それを許可し、掲載したのは紛れもなく学園長である。つまりは、この教育理念はあながち間違っておらず、むしろ飯田に頼んで正解だったのである。


「そうか、鈴村は評価される場が好きなのか。それは本当に場所だけか? 空間の話か? 組織の話か?」


 鈴村は少し悩む。


「えっと、そうですね、どちらでもある、っていうのが一番正しい答えかもしれません」


 鈴村は続けた。


「俺は高校受験の時期が近づくまで、『評価』というものをあまり気にしたことがありませんでした。俺のことを他人がどう思ってるかなんて、どうでもよかったので。でも、今のままだと何か大事なものを失うかもしれない、後悔するかもしれないと思ったんです」


「ほう」


「一度きりの人生です。やっぱり俺は後悔のないように生きたい。学生時代を無駄な時間だったと思いたくないって思ったんです」


「なるほど。それで自分の行動をしっかりと評価してくれるうちを選んだと」


「はい、そういうことになります。まあ入学したのはいいんですが、結局その後自堕落な生活をして適当に高二の冬まで過ごして、高三の春になって進路決めたんですけどね」


「ふーむ、なるほどな。……なんだって? 高二の冬? 高三の春?」


「あっ! いやちがっ、えっとそうじゃなくて!」


 咄嗟に出てしまった言葉だった。鈴村は大学一年の年から高校一年の年にタイムスリップをしている最中である。記憶はそのまま引き継がれているとはいえ、今は周りから見れば男子高校生。もちろん綾瀬に失恋した事実は誰も知らないし、綾瀬自身も鈴村のことをフるなんという未来どころか、カップルになる未来すら見えていないのである。


 鈴村は酷く焦った。


(やっちまったぁあああ! そういや俺タイムスリップしてるんじゃん! 記憶そのままで! 何やってんだ俺! 思わず口が滑っちゃったじゃねえか!)


 飯田を含め、生徒会メンバー全員が不思議そうな顔で鈴村を見る。一方鈴村は、頭を抱えながら地団太じだんだを踏んでいた。


(くそっ、どうする……。一応言い間違えた感は出せるが、果たしてどうやって切り抜けるべきか……)


 すると、手に持っていた全ての元凶である本、『人生の選択肢』が一瞬光った。


「うおまぶしっ」


「なんだお前、大丈夫か? 急に暴れだしたかと思えば眩しいとか言うし。今何か光ったか?」


「いえ、光ってないわね」


「私も、見てないです」


「私も見てないですねー。鈴村君、何か光った?」


「え? あ、いやいや、光ってないよ光ってない。……あーほら、窓に太陽光が反射して、目に当たって眩しかっただけですよ、はははっ……」


 苦し紛れの言い訳である。


 しかし太陽光はしっかりと生徒会室の窓に当たっており、ちょうどいい角度で鈴村に反射をしていた。


「なんだ、太陽が眩しかったのか。変な奴め」


 飯田は笑った。


 鈴村はなんとか誤魔化せたものの、この本に対する一つの仮説が浮かんできた。




 『人生の選択肢』は、鈴村本人以外には視認することができない。




 鈴村がタイムスリップしてきてから少し頭に引っかかっていた、そもそもの疑問でもあった。


 鈴村の持つ『人生の選択肢』は、タイムスリップ後、自室に突然現れた本である。表紙、背表紙ともに美しい星空と流れ星が描かれている、とても目立つ本である。


 しかしながら、最初に提示された【人生の選択肢】の中にはこれがあった。




【人生の選択肢】


 A.この本を鈴村早紀すずむらさきに見せる。




 一見何の変哲もない選択肢に見えるが、鈴村には違和感があった。


 確かに見せるのであれば見せればいい。ただの本なのだから。後にただの本ではないことに気づくわけだが、本を実姉に見せることは特別変なことではない。


 しかしながら、この選択肢を選んだ結果には、最終的には鈴村がタイムスリップするきっかけにもなった、大学一年の夏休みに綾瀬凛と失恋をする未来が待ち受けているとこの本に記載がされていた。


 つまり、()()()()()()()()()()()()()()が問題なのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()そのものが、この鈴村の人生を変える大きな選択肢になっていたのである。


(でも早紀姉ちゃんにこの本を見せて存在を知られたところで、本当にそこまで未来が変わるのか……? いやまあ、実際今俺はこの本に提示された新しい選択肢を選んで今ここにいて、生徒会に入ることまで決まったわけだからこの本が()()であることは認めないといけないんだろうけど……)


 この本を見せること自体があの地獄の未来を呼び寄せるのであれば、それを回避すれば良い。鈴村はそう思った。


 思えば、夏休みの明るい時間からこんなに目立つ本を片手に私服で学園に登校し、綾瀬のいる一年A組の教室に足を運んでいるこの状況の中で、誰一人として一度もこの本に対して触れることがなかった。


 今いる生徒会室の中でもなお、誰一人この本に言及する者はいなかった。


(……本当に視認できているのは俺だけなのか)


 つくづく本当の魔法のような本だなと鈴村は思った。


 そして、鈴村はつい先ほどこの本が光り輝いたことも思い出した。


 この本は常に白紙である。選択肢が提示され、所有者が選択をして未来が決まったときにのみ数ページに渡り所有者の未来が記載され、次の【人生の選択肢】を迎えるまでその本は動かない。どこを開いても記載されているページ以外は白紙である。


 自分で文字をこの本に記載することはできない。逆に消すこともできない。つまり、今光り輝いたということは、鈴村の人生を変える分岐点が今訪れていることを意味する。


(一体今度は何の選択肢が出てくるんだ……?)


 鈴村は後ろを振り向き、隠れながら光ったページを開いた。




【人生の選択肢】


 A.緑ヶ丘学園高等部生徒会に入るのをやめる。


 B.緑ヶ丘学園高等部を中退する。


 C.綾瀬凛に告白をする。




「…………は?」


 提示された三つの選択肢。今までは一つは鈴村の「死」に直結するもの、もう一つは何も起こらないもの。そして最後の一つは、今後の人生に大きく関係する、いわば鈴村にとって「正解」のもの。


 この「正解」がこの本も理解したうえでの「正解」なのか、何に対しての「正解」なのかは不明だが、いずれにしても、今まで提示された二回の選択肢はどれも鈴村にとって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が明白になった選択肢だった。


 しかし、今回は様子が違う。


 今回は全て、直観で選んでいいものではない選択肢が提示されている。


「生徒会に入るのをやめる……? 学校を中退……?」


 鈴村は提示された選択肢を順に目で追いながら読み上げる。そして、最後の一つ。


「俺が、綾瀬に告白……?」


 究極の三つの選択肢であった。


 鈴村は落ち着きながら、しかし少し焦りながら考えていた。


(え、これどれ選んでもやばくない? 自分の人生にどれも大きく関わるのしかなくね? あれ、今まで死ぬ選択肢があったのは遊びだったのか? 何も起こらない選択肢があったのはいたずらだったのか?)


 この本を作った魔女がいれば直接文句を言いに行きたい鈴村であった。


(なんだ……どれを選べばいい……? A……はないだろ、綾瀬との接点がなくなる。Bなんてもってのほかだ。何のためにこの学校受験したんだよ)


 鈴村は葛藤していた。


(消去法でいくとCを選ぶしかないんだが……。……告白かぁ。……え、ここで?)


 当然の疑問であった。


 生徒会室という場所の中で提示された選択肢である。ここで選択しないということは、自分の選択を放棄するのと同義である。


 つまり、消去法とはいえ、今この場所で、片思い中である綾瀬に告白をすることしか鈴村には選択肢が残っていないのである。


(くそっ、覚悟決めるしかないのか……っ! ……あれ、そういえば)


 鈴村は大事なことを思い出した。


 そう。この本が提示する選択肢を選んだ場合に追記される、【選択の簡易的結果】である。


 この【選択の簡易的結果】は、鈴村本人が選択した未来がどうなるかを簡単に説明したものである。その選択をしたことによって変わる他の細かい結果については選択した後に追記される【選択の結果】を確認しないとわからないが、今の段階ではその選択をしたことでどうなるかまではわかる。それがこの本のルールだと鈴村は考えているからだ。


(くそ、悩んでても仕方ない……。だんだんみんなの心配する声が大きくなってきた)


 それもそのはずである。突然変なことを言い出し、挙句の果てに怪しさ満々の言い訳をした後に生徒会メンバーに背を向け、何も持っていないように見える本に対してぶつぶつ呟いているのである。生徒会メンバーから見てみれば、それは変質者のようにしか見えなかった。


 琴原が鈴村に声をかける。


「え、えーっと、鈴村、くん? ど、どうしました? さっきから様子がおかしいですよ?」


 続けて宮田も声をかける。


「何かを隠すようなその動き……。鈴村君。隠し事してるわね。さっきの変な誤魔化し方といい、明らかにおかしいわ」


「うぐっ」


 鈴村は言い逃れのできない状況にいた。


「どうしたんだ鈴村。まだ生徒会加入の手続きの説明終わってないぞ? あ、もしかしてお前まさか今になって生徒会に入るの怖くなったか? 怖気おじけづくなよなぁ」


 飯田の呆れた顔が、鈴村には申し訳なく思えた。


 鈴村は苦し紛れの言い訳を重ねて言った。


「あっ、えーっと、すみません! ちょっと急にお腹痛くなったんで、トイレ行ってきてもいいですか?」


 きょとんとする生徒会メンバーの面々。


 お互いに顔を合わせ、そして。


 鈴村は笑われた。


「ハッハッハッハ! なーんだ鈴村腹痛か! それならさっさと言ってしまえばよかったじゃないか! どうした、家で大量にアイスでも食ったか?」


「ふふふっ、あ、もしかして生徒会室の冷房下げすぎたかしら。私ちょっと確認するわね」


「おう、悪いな詩織。琴原、お前も体調大丈夫か? お前も確か寒いの苦手だっただろう」


「え? あ、はい、私は大丈夫です。そこまで寒くないですし。アイスも食べてないです」


「いやアイスを食べたかどうかは気にしてないぞ」


 思いがけない未来に鈴村は困惑していた。


(……あれ? 疑われてない? むしろ自然に話せている? あんだけ怪しかったのに何でだ?)


 ふと、『人生の選択肢』に文字が追記されていくのが見えた。


「じゃ、じゃあトイレ行ってくるので! 飯田会長、手順の説明はその後お願いします!」


「おう! あんま長いことこもるなよ! 悪魔が出てくるぞ!」


「あ、悪魔って……。それじゃ一旦、失礼します!」


 鈴村はそう言って、生徒会室から退室した。


(…………あっっっっぶなかったあああああああ!!!)


 鈴村は生徒会室の前で、心の中で大音量で叫んでいた。


「さすがに大丈夫だったのか……? この本のこと、バレてないでいいんだよな……?」


 トイレに向かいながら鈴村は『人生の選択肢』を開く。


「……あれ?」


 そこには、先ほどまで書かれていなかった()()()()()()()が記載されていた。




【人生の選択肢】


 A.緑ヶ丘学園高等部生徒会に入るのをやめる。


 B.緑ヶ丘学園高等部を中退する。


 C.綾瀬凛に告白をする。


 D.鈴村徹の力で、この場をやり過ごす。




「……なんでもありかよ、これ」


 なんと、この本は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でもあった。




                 *




「しっかしまあ、命拾いしたなぁ」


 死に関する選択肢はなかったものの、実質提示された三つの選択肢は様々な意味で鈴村に「死」を与えるものだった。ただ、鈴村はそのどの選択肢も選ばず、自ら新しい選択肢を作り出した。


「なるほど。この本のルールが大体わかったぞ」


 ただの魔法の本にも見える『人生の選択肢』。ただ、魔法ではなく、これは鈴村自身の人生を左右する本であった。提示された選択肢によって鈴村の人生が大きく変化し、訪れる未来が変わる。その訪れる未来はこの本に記載され、選んだ通りの未来になる。


 それは近しい未来までしか記載されないこともあり、はたまた数年後までの未来まで記載されることもある。最初に提示された選択肢のように。


 鈴村は整理し始めた。


「まず、この本は俺の人生そのものだ。まだ白紙のページがあるのは、俺がまだ高校一年だから。既に記載されてるなら、俺はその記載された人生をそのまま歩むことになる。だけど、俺はタイムスリップしてきた。ということはだ」


 鈴村は大便器の上で叫ぶ。


「俺の選択次第では、本当にこの先の未来で綾瀬と結ばれる未来を選ぶことができるってことだ」


 一つ不可解だったのは、鈴村に人生の選択をしてほしい割には、その選択した場合の簡易的結果をご丁寧に提示してくれることだった。


 もし、神様が俺に人生のチャンスを与えてくれていて、それを試すためなのであれば、わざわざ親切に簡易的結果を提示するわけがない。


 人生は波乱の連続だ。大きな壁には何度もぶち当たるものである。そんな人生の中で、鈴村本人が得をする回避策を提示してくれている。もし本当に神様がチャンスを鈴村に与えているのであれば、それは神様が今この時間軸を生きている鈴村に、綾瀬凛と結ばれる未来へ導いているということにもなりうる。


 と、鈴村は不敵な笑みを浮かべながら考えていた。


「なるほどなぁ。そうか、これは神様がくれた人生の大チャンス。これに従って入れば人生バラ色ってことか!」


 でもなぜタイムスリップさせてまでそんなことをさせるんだろう、と鈴村は一瞬考えたが、細かいことは気にしないことにした。


「さてさて。まさかの四つ目の選択肢を自分で作り出しちゃったわけだが、この選択をした未来はどうなるんだ?」


 鈴村は再度、選択肢が追記されていたページを開いた。


 ……しかし、そこに続きは記載されていなかった。


「……あれ? 何も書かれてない。なんでだ? 俺が勝手に作ったから?」


 鈴村は一つの仮説を立てた。


 『人生の選択肢』が提示するのはあくまで神様が提示してくれた選択肢。だが、鈴村本人が選んだ選択肢にない選択を選んだ場合、それに対する未来を予知はしてくれないシステムなのだと、鈴村は考えた。


 思えば、この本は選択肢が提示された場合、選択肢を声に出して選んで行動するか、選択肢に記載されていることを先に行動するかのどちらかで選択が決まる。そして、決めた選択は取り消すことができない。


 取り消すことができるのは、【選択の簡易的結果】が追記され、【選択の結果】が追記されるまでの間、実際に鈴村が選択肢を選び行動するまでの間である。


 このシステムは、プログラムで言ってしまえばA、B、Cの三つのルートがあって、そのルートを選択したらその先にある結果が画面に表示される。この本はその結果が絶対に訪れる未来として追記する。


 しかし、鈴村はその三つのルートのいずれにも該当しない四つ目のルートを選択した。その場合、システム側は四つ目のルートなど存在しないと判断するため、追記する決められた未来を追記することができない。


 つまり、この()()()()()()()()()()というものは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()に他ならないのである。


「わかってきたぜ、この本のルールが。……なんだか敷かれたレールを走らされてる感が拭えないけど、綾瀬と結ばれる未来が訪れる可能性があるならそんなことは言ってられない。俺はとことん使ってやるぜ、この『人生の選択肢』をな!」




 と、ここで悪魔が訪れた。




「どうしたの、鈴村君? 人生の選択肢がどうしたの?」


「えっ、こ、この声……」


 明らかに聞き覚えのある女子生徒の声である。


「綾瀬か……!?」


 鈴村にとっては常に天使だが、今の状況では確かに悪魔だった。




                 *




「お腹の調子大丈夫? あまりに長いから心配で様子見に来たんだよ」


「あ、ああ、悪いな綾瀬。俺は大丈夫だから。あと、ここ男子トイレだから。お前今、個室の前にいるだろ。俺の入ってる」


「え? うん、そうだよ?」


(そうだよじゃねえよ! 何を平然と当たり前のように言ってるんだ綾瀬! 曲がりなりにもお前は女子! 俺は男子! そしてここは男子トイレ! いくら夏休みで部活やってる生徒しかいないとはいえ、女子が男子トイレ入っちゃまずいだろ!)


 綾瀬に直接言うべきことのはずだが、鈴村は声が出せないでいた。


 場所が場所とはいえ、意中の相手と二人きりである。鈴村はその事実で頭がいっぱいだった。


(やべえ……、あ、綾瀬と二人きりだ……。な、何話そうか……、えっと、この本のことを、ってああ、そうだ、この本のことは言っちゃいけないんだった)


 綾瀬が男子トイレにいること、そして腹痛を装って男子トイレに篭っていることを忘れている鈴村だった。


「で、人生の選択肢がどうかしたの?」


「いぎゃっ!?」


 思わず変な声を出す鈴村。


「え!? だ、大丈夫!? 鈴村君!」


「だ、大丈夫、大丈夫。お、思った以上に腹痛が酷くてさ」


「保健室に先生いるから呼んでこようか? ベッドで休んだほうがいいよ」


「べ、ベッド!?」


 年頃の男女が保健室に足を運ぶイベントなど、鈴村にとっては当然恋愛の特大イベントの一つに過ぎなかった。この時の鈴村は相当に頭が回っておらず、綾瀬の「保健室に先生がいる」という言葉を丸々と聞き逃しているため、綾瀬と鈴村の二人で保健室に行くと勘違いしているのである。


(まずい……、べ、ベッドだって? 綾瀬も大胆な……。…………っていやいやそうじゃなくて! そういうよこしまなことは考えてないから! 大丈夫だから!)


 誰に対する言い訳なのか、鈴村自身もわかっていなかった。


 繰り返すが、鈴村は高校時代は非モテで陰キャだった。それ故にそういった方面のイベントに耐久力がなく、もちろん鈴村の頭の中は邪なことで頭がいっぱいになっていた。鈴村は絶え間ない経験したことのないイベントの連続の影響で冷静な考えができなくなっており、既に鈴村は、綾瀬と今日これから一緒の時間を過ごすことしか考えていなかった。


「い、いやぁ、男女で保健室に行くのはちょっと、ねぇ~」


「? いやいや、男女で保健室行くなんて普通じゃない?」


(普通だと!?)


 鈴村に電撃走る。


(えっ!? 俺が知らないだけで今どきの高校生ってそんなに大胆なの!? ていうか、綾瀬もそういうこと普通にするの!? 相手が俺でも!? するの!?)


 周りから見るとただのバカであった。


「大丈夫だって、ベッドで横になればスッキリするからさ」


「ベッドで横になればスッキリする!?」


 再び鈴村に電撃走る。


(マジで!? あ、綾瀬ってそんなに積極的だったのか!? し、しかもこんな真昼間から!?)


 夏の暑さのせいなのか、鈴村の体温は上昇していった。


「鈴村君、本当に大丈夫? なんか息荒いよ? さっきから私の言うこと復唱してくるし」


「だ、大丈夫だから。うん、ダイジョブだから」


「なんで急にカタコトなの?」


 徐々に、徐々にだが鈴村は冷静さを取り戻していった。


(大丈夫、大丈夫。綾瀬はそんなことをしない女の子だ。今まで陰ながら綾瀬のことを見てきたんだ。綾瀬のことは俺が一番理解しているはずだ)


 まともに話したことも無い人間から発せられるその自信は、まさにストーカーだからこそ成せるものだった。


「と、とりあえず、先に生徒会室に戻っててくれないか。まだ腹痛が治らないんだ」


「……そっか、わかった。保健室に腹痛治すための薬あったはずだから、それ貰ってから生徒会室戻るね」


「ああ、悪いな」


 そう言って、綾瀬は男子トイレから出ていった。


「…………マジでなんなんだ本当に」


 綾瀬の突然の大胆すぎる行動に、鈴村は戸惑いを隠せなかった。


 しかしふと、鈴村はわかりきっていたこと自覚した。冷静になった結果である。


 綾瀬凛も周りから見れば普通の女子高生であった。年頃の女の子が、恋の一つや二つしないわけがない。何より綾瀬は昔からモテていた。綾瀬が告白されているのも鈴村は何度も見ていた。だから、綾瀬は男子生徒に対する抵抗力や恐怖心がない。飯田に平気な顔で接しているのと同時に、綾瀬は鈴村のことを()()として接し、心配してくれたのであった。


「同じ人生歩んできたはずなのに、なんでこんなに差が出るんだろうなぁ」


 学力は鈴村の努力により綾瀬から遅れを取らない状態ではいるが、それ以外のことでは鈴村はほぼ未経験である。故に、女子に対する抵抗力、恐怖心はとても大きかった。


 正直なところ、琴原や宮田が平気で話しかけてきたときも、もっと言えば一年A組の教室にたどり着いた時も、鈴村は逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。


 しかしそれをしなかったのは、鈴村のとても大きい覚悟にあった。


 ()()()()()()。今鈴村がここに生きる意味は、そこに一点集中していた。それ故に、緊張しながらも一年A組の戸を開け、生徒会メンバーと出会い、そして加入まで話が進んだ。


 これは紛れもなく鈴村本人が手にした未来であり、その選択をしなければ手に入らなかった未来である。


「人生って、本当に何が起こるかわかんねえなぁ」


 そう言いながら、鈴村は生徒会室に戻った。




                 *




「ただいま戻りました」


「おう、鈴村。大丈夫だったか? 綾瀬がすごい心配してたぞ」


「ちょっ、飯田会長、なんで言うんですか!」


「いやだってお前すぐに探しに行っちゃったじゃんか」


「あのね飯田会長? 世の中には言っていいことと悪いことがあることをご存じですか?」


「え? ああ、そのくらいの区別くらいはつくだろ……って、どうした綾瀬、そんな怖い顔して」


「飯田会長が言おうとしているのは、言ったら今後一切その口が開けなくなることが確定することなんですよ」


 綾瀬は悪魔の笑顔を飯田に向けながら言った。


 その手には裁縫セットの縫い針があり、その縫い針にはよくその小さい穴に入ったと言わんばかりの太い糸が繋がっていた。


「お、落ち着け綾瀬。俺は別に余計なことは……」


「言おうとしてたでしょっ!!!!」


 綾瀬は赤い顔をしながら飯田を追いかけた。


「飯田君、綾瀬さん。埃が舞うので生徒会室で走り回るのはやめてちょうだい」


 白い目を向けながら宮田は言った。


「す、鈴村君、大丈夫ですか? お腹の調子は」


「え? ああ、はい。大丈夫です。心配かけてすみません、琴原先輩」


「えっ!? いや、えっと、大丈夫ならよかったです! ……あっ、これ! 綾瀬ちゃ……じゃなかった、綾瀬さんが持ってきた腹痛用のお薬です。これ飲んで少し休んでてくださいね」


「あー、本当に取りに行ってくれてたのかぁ……。すみません、ありがとうございます。後で綾瀬にもお礼言っておきます」


 嬉しくなる鈴村であった。


「でも、一体いつになったら説明始めるんですかね、飯田会長」


「飯田君が説明し始める前に鈴村君が変なこと言い始めたから長引いたんでしょ。鈴村君、飯田君に謝ったほうがいいと思うわよ」


「そうですね、本題からだいぶ離れちゃいましたし、謝ってきます」


 鈴村はそう言うと、走り回る飯田を呼び止める。


「あの、飯田会長! 話の本題に入る前に余計なことしてすみませんでした。僕のせいで大変申し訳ないんですが、生徒会加入への手続きの手順の説明、お願いできますか?」


「ちょ、こっちに来るなって綾瀬! おい鈴村! 綾瀬を止めてくれ! こいつ顔がマジだ!」


(そうでしょうね……)


 鈴村は綾瀬の顔を見て思った。


「いい加減止まってください飯田会長! あなたの口を封じないと私の気が済まないんです!」


「だから何も言ってないし言おうともしてないだろ!」


「……綾瀬と飯田会長っていつもあんな感じなんですか?」


 鈴村は琴原、宮田に尋ねた。


「んー、どうだったかしらね。飯田君は生徒の面倒見はいいけど、まあ見ての通り何かをするときはたまに頭のネジが外れたかのようにバカみたいなことし始めるから、それが空ぶってああいう風な結果になることも少なくないわね」


「そ、そうなんですね」


 愛想笑いしかできない鈴村だった。


 琴原は宮田に続けて言う。


「でも、前と比べるとだいぶ明るくなった気がします」


「ええ、そうね」


「え、飯田会長がですか?」


「本当に鈍感ですね、鈴村君は。少しは女心をわかったほうがいいと思いますっ」


「私からも同じセリフをあなたにプレゼントするわ」


「えぇ……、何ですかそれ」


 そう。言わずもがなである。




 明るくなったのは綾瀬凛に他ならないのであった。




 鈴村はそのことに気づけない。『人生の選択肢』で提示されなかった選択肢を選んだ結果、その【選択の結果】が追記されないことに違和感はあったものの、今の鈴村にはそのことは頭から抜けていた。


 『人生の選択肢』には、既に追記がされていた。




【選択の結果】


 Dを選んだ場合、鈴村徹は腹痛を装い男子トイレに向かう。綾瀬凛と会話をし、生徒会室で飯田勝翔に自分の秘密をバラされそうになる。


 そして、綾瀬凛は少しずつ、鈴村徹への気持ちが本物であると自覚し始める。




 この記載は、追記されたあと鈴村の視界に入ることはなかった。


「あれ、そういえばあの本って続き書いてなかったよな……。今もまだ光ってないってことはまだ人生の選択肢は出てこないのか……、ってあれ?」


 この本のルールはもう一つある。


「おかしいな、俺はDを選んだはずなのにやっぱり【選択の結果】は追記されないのか」


 この本の隠されたルール。




「提示された選択肢を選ばず自分で選択肢を作り上げた場合、【選択の結果】はすぐには追記されず、自分でその結末を目で確認することで追記される。そして、確認した瞬間、追記された【選択の結果】は消され、選んでも何事もなかったことになる」




 これが、鈴村徹が手にする『人生の選択肢』の隠されたルールである。


 もちろん、これを鈴村本人が知ることはない。


「うーん、結局あの選択は正解だったのかなぁ。わかんねえなぁ」


 そう言いながら、鈴村は追いかけっこを未だに続ける綾瀬と飯田を見ていた。




                 *




「ハァッ、ハァッ、よ、ようやく解放された……」


 ふんっ、と綾瀬はそっぽを向いて怒っていたが、ようやく飯田は綾瀬から解放された。


「随分走り回ってましたね、会長と綾瀬さん」


「まさか三十分弱も生徒会室を走り回るなんて……。そこら中に埃が舞って……、へっくちゅん」


 かわいらしいくしゃみが生徒会室に響いた。


「……えっ」


 鈴村が思わず反応する。


「な、なんすか宮田先輩、そのかわいいくしゃみ!」


「ちょ、えっ!? や、やめてちょうだい。デリカシーというものがないの?」


「あ、いやすみません。クールな宮田先輩から出るくしゃみだとは思えず、つい」


「ほう、鈴村。俺という存在を認識して尚且つ俺と詩織の関係をわかったうえで、さらには俺の目の前でその発言をするとはいい度胸だ」


「うわっ! い、飯田会長、疲れてたんじゃ……」


「それとこれとは話が違う! 俺の詩織を取ろうとするやつは容赦しない! 覚悟しろ鈴村!」


「ご、誤解ですって飯田会長! だ、誰か助けてくれ!」


「……飯田会長って、宮田先輩のことになると必死になりますよね」


「まあ詩織の彼氏ですしね……。しょうがないとは思います」


 先ほどまであれほど走り回っていた人間とは思えないほどの体力を鈴村に見せつけていた。


「い、飯田会長! ほ、ほら、とりあえず生徒会加入の手順説明を……」


「問答無用! まずは詩織から離れてもらうために生徒会から出て行って……ってそうか。そもそもまだ生徒会に正式加入したわけじゃなかったな」


 そういうと、飯田は落ち着きを取り戻し生徒会長席に座った。


「いやー、久しぶりにいい運動したなぁ」


 涼しげな顔をしているが、先ほどまで三十分も走り回っていた男である。さすがに体力は限界に達していた。それでいて先ほどの鈴村への追跡が重なり、さらに体力がすり減っていった。


 まるで小さくなった岩塩を無理やり削られているようである。


「でも、ここまで疲れちゃうと説明どころの話じゃなくなるんじゃ……」


 琴原が言う。確かに、飯田に先ほどまでの元気を保ったまま説明をする体力など残っていなかった。


「まあ、明日でもいいんじゃないかしら。別に正式加入の手続きをしたところで、受領されるのはどうせ夏休み明けでしょうし」


「そうでもないぞ?」


 鈴村の耳に、とても聞き覚えのある声が聞こえた。


「そ、その声は……」


 鈴村は生徒会室の扉の前にいる男の声に反応した。


「あ、もしかして理事長ですか? ちょうどよかった! 今ですね……」


「わかってるよ、とおるがいるんだろ? 生徒会に入りたいんだってな。全く、飯田も説明するのにどれだけ時間かかってるんだか」


「も、申し訳ありません、理事長。色々あったもので……」


(あんなに話しやすく頼れる飯田会長が頭を深く下げてる……。やっぱりあの人は理事長だったのか……)


 鈴村はこの声に聞き覚えがあった。


 生徒会室の扉の前にいる男は、静かに扉を開けて生徒会室に入った。


「ドタバタドタバタと生徒会室で何やってるかと思えば……。盛り場ですか?」


「違うわ!」


 思わず飯田がツッコミを入れる。


「おーおー、ほんとにさっきまで走り回ってたやつとは思えない元気さだな。そんだけ元気があればどんなスポーツでも最高のポテンシャルで挑めるだろうな」


「お、恐れ入ります」


「で、やっぱり声がすると思ったら、やっぱりいたのか、徹」


 緑ヶ丘学園理事長の男は、ゆっくりと鈴村に近づいた。


「……直接会うのは初めてですね、理事長。いや……」


 鈴村は声と声の主の顔を見て確信に至った。




「綾瀬の、お父さん」




 そう。


 緑ヶ丘学園の理事長、それは綾瀬凛の実の父、綾瀬忠一あやせただかずだった。




「直接会うじゃなくて、話すのが初めてだろ? 昔はよく会ってたじゃねえか。あまり話してくれなかったけどな」


「そ、その節はお世話になりました」


「話せなかった理由はなんだ? ん? 言ってみろよ」


「え、えっと、それは……」


 昔から鈴村は押しに弱い。というより、自分より様々な方面で『強い』と感じる相手には何もできない性格でいた。


 まさに蛇に睨まれた蛙である。


「お、お父さん、今日はこちらにいらしてたんですね! 私びっくりしました」


 助け船を出すかのように、綾瀬凛は綾瀬忠一と鈴村の間に割って入った。


「おう、ちょっと仕事があってな。ったく夏休みだってのになんで打合せなんてしなきゃいけねえんだか」


「なんの打合せだったんですか?」


「夏休み明けに行われる文化祭の件だよ。結局取り仕切るのはお前ら生徒会だが、大枠やそれに伴う少し細かいところは俺ら上のやつらが決めるからな。このリモートワークが主流の時代に対面で打合せしないといけないとか、うちの学園もしかして昭和のまま時が止まってるんじゃねえか?」


「ははは、ま、まあ確かにそういう学校もたまーにありますよねー」


 綾瀬凛は適当に相槌を打った。


「で、その打合せの終わりに見回りしてたら、生徒会室があまりにも騒がしいもんだから見に来たわけだ」


 飯田が三十分追いかけまわされていたのをずっと黙って見ていたのか、と一瞬思う鈴村だった。


「で? 結局説明してないんだろ? 飯田よ」


「あ、はい。説明しようと思ったんですが、いろいろありまして話ができず……。これから説明しようっていうタイミングだったんですが、そこで理事長がいらしたという感じです」


「なるほどね。つまり俺はタイミング悪く生徒会室に来ちゃったわけだ」


「でも先ほど、『そうでもない』と仰っていましたよね」


 宮田が口をはさむ。


「詩織ちゃん可愛くなったねー。どう? 飯田とはうまくやれてるか?」


「おかげさまで。飯田君とはいい関係を築けています」


「それはいいことだ。このまま飯田と詩織ちゃんは結婚ストレートだろうなぁ」


「ちょ、理事長!」


「なんだよ、別に間違ってないだろ」


 珍しく飯田は照れた。


「……かわいいな、飯田君」


 ボソッと宮田は言った。


「それで、タイミングが悪くないって、どういうことなんですか? お父さん」


「ああ、それなんだがな。徹、お前生徒会に入りたくて今ここにいるんだろ?」


「え? あ、はい、そうです。既に飯田会長からは加入する許可は得ていますが、正式に加入する手続きを踏まないと生徒会の一員としては扱われないと聞いており、その手続きの手順を説明いただこうとしていました」


 飯田は「ん? 俺そんなことまで言ったか?」と宮田に聞いていたが、宮田は横に首を振った。


「そう。それがいいタイミングなんだよ。俺から説明してもいいだろ? 飯田」


「はい、理事長から説明いただけるのであれば俺から説明しても時間がかかるでしょうし、ぜひお願いしたいです」


 綾瀬忠一は「うんうん」と頷き、鈴村に説明を始めた。


「まずは生徒会に入るための条件だ。お前もうちの生徒だ。それくらいは知ってるよな?」


「はい、もちろんです」


 鈴村は知っている情報を綾瀬忠一に伝えた。




                 *




 緑ヶ丘学園の生徒会は中等部、高等部共に発足から解散までを一年とし、毎年メンバーを変えるようにしている。


 その一番の基準が「前年度の学年末試験の結果」である。


 この試験でトップ5に入れた生徒のみ、生徒会に入る候補者となる権利が与えられる。


 候補者となった生徒は次に、学園長、または理事長、または両名との面談を行う。この面談への参加は強制参加ではない。この学園は生徒を一番に考える学園である。いくらトップの成績を得ても、全員が全員生徒会に加入したいというわけではないからである。


 これは学園長と理事長なりの気配りであり、生徒に対する公平さを見せる目的でもあった。


 生徒本人の希望、学年末試験の結果、内申点、その他ボランティアなど評価に値する要素を全て判断基準とし、緑ヶ丘学園の生徒会会長が任命される。中等部、高等部共にこの制度は変わらない。


 しかし、一つだけ大きな違いがあるのはここからである。


 中等部には生徒会長による「()()()()()()」をもって生徒会役員を任命する制度がない。そのため、中等部の場合は生徒会に入るためには学年末試験でトップ5に入ることが絶対条件なのである。


 対して高等部は生徒会長による「直接的な推薦」が認められているため、学園長、もしくは理事長が推薦し任命するか、生徒会長が任命するかのいずれかが認められている。


 しかしながら例外もある。


 綾瀬凛のように、中学は別の学校だったが、高校から緑ヶ丘学園に入学する生徒も少なくはない。


 つまり、中等部側から見た場合、高等部に進学して一年生のうちから生徒会に入るためには、中等部最後の学年末試験でトップ5に入ることが大前提であり、且つ高校受験を合格したトップ3と争う必要があるのである。高校受験で合格したトップ3の生徒の中に生徒会加入希望者がいた場合、ここで初めて生徒会選挙が行われる。


 三月頭から四月頭の入学式までの短い一カ月間という期間だが、この期間の中で生徒会選挙が行われ、入学式と同時に新年度の生徒会が正式に発足する。


 綾瀬凛はこの生徒会選挙を見事に勝ち取り、生徒会書記の座にいる。


 これが、緑ヶ丘学園生徒会加入への大まかなルールである。




                 *




「とまあこんな感じだ。わかったか、徹?」


「はい、大丈夫です。例外の件は綾瀬……、綾瀬さんから聞いています」


「そりゃそうか! 幼馴染だもんな!」


「ははっ」


 実際のところ、綾瀬凛が鈴村に高等部の生徒会に入ることを相談したことはなかった。つまり鈴村は初耳である。


(……俺にはそんなこと教えてくれなかったんだな)


 少し悲しむ鈴村であった。


「というわけで、だ。今回徹は高等部生徒会加入希望で、飯田の生徒会長の推薦で加入することを希望している、でよかったな?」


「はい、その通りです。その手続きに必要な書類と、前年度の学年末試験の結果を用意せねばならず、それを鈴村に依頼しようとしていたところです」


「だからな、それが必要ないんだってば」


「え? ……どういうことでしょうか?」


 飯田は戸惑った。


「つまりだな」


 そう綾瀬忠一が言った瞬間、鈴村の足の上に置いていた『人生の選択肢』が光った。


「うわっ!」


「え、なんだよ徹。俺が立ったことにびっくりしたか? 俺そんなに足腰悪いわけじゃないぞ?」


「あ、いえ、ごめんなさい。ハエがいたもので」


「? 変な奴だな。じゃあ続けるぞ」


(なんで光った? 光ったってことは、もしかして【人生の選択肢】が目前に迫ってるのか?)


 その通りであった。


 綾瀬忠一が話を続ける間、『人生の選択肢』は輝きをやめなかった。


「つまりだな徹、俺が言いたいのはこういうことだ」


 ……『人生の選択肢』は、輝き続ける。


「俺はお前に選択肢をやる。確かにお前は成績が優秀だ。そんなの書類なんかなくても知っている。俺は理事長だからな。この学園にもよく入学できたもんだ。そこでだ。緑ヶ丘学園高等部生徒会のメンバーにふさわしいか、俺が選択肢をやるから選んでみろ。その回答如何でお前を加入させるかどうか決める」


 綾瀬忠一は、そのまま選択肢を告げた。


 同時に、鈴村は輝き続ける『人生の選択肢』を開いた。




【人生の選択肢】


 A.緑ヶ丘学園高等部生徒会に入りたい理由を一万文字以上、二万文字未満で説明せよ。ただし、文面に書くのはNGとする。説明時間は十五分。


 B.もう一度緑ヶ丘学園高等部の入試問題を解き、全教科百点を取れ。


 C.綾瀬凛に対する思いを自分の言葉で綾瀬忠一に伝えろ。




「……以上が俺がお前にさずける選択肢だ。どうだ? 面白いだろ?」


「そう、ですね……」


 さすがに一筋縄にはいかないか、と鈴村は思った。


(…………選択肢が一致してる……、理事長に、綾瀬のお父さんに出された選択肢と、『人生の選択肢』に出された選択肢が、そのまんま同じだ)


 綾瀬忠一が口にした選択肢と、『人生の選択肢』に記載された選択肢が全く一緒だった。


 鈴村は今まで様々な壁を乗り越えてきた。綾瀬凛と出会ってから、綾瀬凛と一緒にいることだけを考えていた。一時期は離れていた時もあったが、それでも中学、高校とその姿を追い続けてきた。


 しかし、今回の壁はそれとは比にならないほど高い壁であった。


 鈴村は綾瀬忠一の顔と『人生の選択肢』を交互に見て、頭を抱える。


(……どうすりゃいいんだ)




 鈴村の目の前に、超えられない壁が、立ちはだかった。

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