第2話 生徒会
「ほ、本当に綾瀬がいる……。それに……、生徒会のメンバー、でいいんだよな」
高校一年の夏休み。本来であれば大学一年の夏休みのはずだが、意中の相手で彼女でもあった幼馴染の綾瀬凛とのデート後、鈴村徹は突然の別れを告げられショックで意識を失った。
気が付くと鈴村は三年前の実家のベッドの上で寝ており、ありえない話だがタイムスリップをした。
そして、『人生の選択肢』という何も書かれていない白紙の本を見つける。
その本は所持している本人が今後の人生を大きく変える「人生の選択肢」に直面した際、白紙だった本に選択肢が記載され、本人に選択を促す。選んだ選択肢に応じて訪れる未来が追記され、さらにその結末までも教えてくれる、まるで魔法のような本であった。
鈴村はタイムスリップしたという現実は既に受け入れたようで、まずはこの本の提示した選択肢による結果が本当に現実に起こるのかを確認したかった。
【人生の選択肢】
A.今から学校へ行き、一年A組の教室へ向かう。
B.高層ビルから飛び降りる。
C.この本を見なかったことにする。
これが鈴村が先ほど本に提示された選択肢である。
鈴村はこの提示された選択肢を選んだ先にある未来が、本当に本に記載された未来になるのか疑問であった。
鈴村の姉、鈴村早紀に本を見せた場合、結果的に大学一年の夏休みに綾瀬とのデート後に失恋をする未来が本に記載されたが、この記載も本当に起こるのか半信半疑であった。
(結局さっきまで提示された選択肢を全てちゃんと選んだことがないから、この本に書かれている未来が本当かどうかがわからない……。実際、選んだところで本当にそうなるとは限らなかったから……)
試そうにも先ほどまで提示されていた選択肢の中では、どのみち鈴村の人生が様々な意味で終了することは確定であった。
だが、今鈴村が見ている光景が、この本が「本物」であることを裏付けていた。
【選択の結果】
Aを選んだ鈴村徹は、一年A組の教室で綾瀬凛と会う。そして、綾瀬凛と同室にいた生徒会メンバーの押しに負け、生徒会に入ることを決意する。
鈴村が選択した結果はこうだった。
その続きの記載はない。
続きの記載がないということは、提示された選択肢から一つを選び、そのルートの人生を選んで生きることが確定しているということである。
選び行動した選択肢の未来からは逃れることができない。これは先ほど鈴村が身をもって確認した。
そして今度は現実かどうかを確かめる番になったわけである。
「鈴村君、珍しいね! ここで何してるの?」
綾瀬から鈴村に声がかかる。綾瀬はとても不思議そうな顔をしていた。
「い、いやぁ、家にいても暑いだけだからさ、涼みに来たんだよ」
「ふーん、わざわざ学校に? まあ鈴村君の家近いもんね」
さすが幼馴染である。家の位置くらいはお互いに知っている仲ではあった。大学に入るまでは殆ど話したことがなかったが。
綾瀬の家から緑ヶ丘学園までは電車で十五分ほどである。対して鈴村は家から徒歩十分ほどであった。小学生の時に施設に預けられた際に出会って以来、鈴村と綾瀬はそれは仲良く遊んでいた。鈴村は時折母と共に綾瀬の家に足を運び、それは無邪気に遊んでいた。それも中学までの話である。
中学に入ってからは鈴村は綾瀬の家に行くのが小恥ずかしくなり、次第に母についていくのをやめた。そう、思春期である。その頃から綾瀬も何かを感じ取ったのか、鈴村と遊ぶことはなくなり、会話も次第になくなっていった。
今となっては鈴村はこの行動にとても後悔しており、だからこそ同じ大学へ進学することを高校三年の時に志したのである。遅すぎる行動である。
「い、一緒にいるのは誰? もしかして、生徒会の人?」
鈴村は内心、「かわいいいいい! え、高一の綾瀬ってこんなにかわいかったっけ!? 大学生の綾瀬も良かったけど、やっぱ高校生の綾瀬もかわいい! 初々しい!」などとテンションを上げていたが、それを必死に隠して話題を切り出した。
この本が本物かどうかを確かめるためである。
「うん、そだよ! あ、そっか、鈴村君にはまだ紹介してなかったね」
当然のことである。高校に入学してすぐに生徒会にスカウトされた綾瀬は、そのまま流れるように生徒会に入り、書記という座を手にした。その間、鈴村は間に入る隙も無く、また陰キャでもあったためコミュニケーション能力も欠けており、中学時代以上に綾瀬とコンタクトを取る機会がなかったのである。
(そういや高一の夏は、宿題もやらずだらだら家でゲームばっかしてたな)
そんな過去が鈴村の頭に蘇った。
(でも、今は違う。今俺は、高一の夏に取らなかった行動を取ってる。この時点で大きく未来は変わってるはずだ)
目の前にいる綾瀬以外のメンバーが生徒会のメンバーだとわかった時点で、鈴村の持っている『人生の選択肢』が本物であることは確信に至った。既にこの時点で鈴村が過ごした過去からはかけ離れていた。
「紹介するね! まずはこちら!」
そういうと、綾瀬は一緒にいた生徒会メンバーを鈴村の前に横一列に並べた。
「まずは緑ヶ丘学園高等部生徒会会計! 琴原みどり先輩!」
綾瀬はすぐ隣にいた生徒会会計、琴原みどりを前に押し出した。
「こ、琴原みどり、です。よろしくお願いします」
「琴原先輩はうちの学校の二年生! 二年生の中では学力が一番で、この前の期末試験なんて断トツの一位だったんだって!」
「ちょ、ちょっと綾瀬さん……、そんな風にハードル上げるような紹介の仕方されると困ります……」
「えー、ハードルは別に上げてないと思いますよ? だって事実なんですもん」
(綾瀬、かわいいなぁ。大学生の綾瀬もそうだけど、やっぱり無邪気な綾瀬もいいよなぁ)
そんなことを考えながら鈴村は生徒会メンバーの紹介を聞いていた。
緑ヶ丘学園高等部生徒会会計、琴原みどり。綾瀬の紹介の通り二年生の中では学力はトップであり、一年最後の学年末試験の結果が認められ琴原はこの春から生徒会会計を勤めることとなった。
緑ヶ丘学園の生徒会は会長、副会長も含め全役職で前年度の年度末試験の結果や内申点、その他本人の成績を基準に学園長と理事長からの推薦を受けて決定するルールとなっている。琴原は一年の学年末試験の結果と本人の情報処理能力が認められ、学園長と理事長から推薦を受けることとなったのである。
「私なんかが生徒会やってていいのかなって今でも思うんですけど、本当にいいんですかね……」
消極的な考え方なのは琴原の性格のせいである。
「何言ってんだ琴原。お前のそのパソコン力がなかったら、今ごろうちの生徒会は崩壊してたぞ?」
「それ会長が余計な買い物するからでしょ……」
綾瀬は生徒会会長に呆れた顔を向ける。
「ではでは~、次! 生徒会書記! 私でーす!」
「うん、お前は知ってる」
「えー、何その反応。私も一応この学校の生徒会なんですけど?」
綾瀬凛。緑ヶ丘学園高等部生徒会書記を勤める一年生であり、鈴村の初恋相手である。
緑ヶ丘学園はもともと中高一貫の学校であるが、綾瀬は高校受験に合格して緑ヶ丘学園高等部に入学した。
緑ヶ丘学園は『なりたい自分になれないはずがない。努力をすれば必ず努力は報われる』という熱血系満載の理念を掲げていた。
鈴村は高校受験の際にも綾瀬と同じ高校を受験することを決意してはいたが、当時は「こんな体育系の理念掲げた高校で大丈夫なのか……?」と不安だった。
しかし実際のところそんなことはなく、緑ヶ丘学園は中等部、高等部共に在籍する生徒たちの「未来」を重んじて教育する機関であった。努力というのは大事だが、この理念は「なりたい自分に何もしないでなれるわけがない。自分から行動しなければ未来は何も変わらない」というメッセージでもあった。
鈴村はその理念に強く感動をし、綾瀬と共にこの学園の受験に臨んだ。
もちろん、この時の鈴村の成績では到底この学園に合格できる見込みはなかったが、鈴村の底なしの努力の成果により無事に合格。綾瀬との高校生活を共に過ごすことが約束されたのであった。
(まあ、それも行動しなかったから高三までほとんど話さなかったんだけどな)
受験する大学がどこかを高校三年の年に聞くほどである。鈴村は理念に感動して入学したものの、理念に掲げられていた「行動」を全くしなかった。
そんな綾瀬だが、トップの成績で受験に合格したため、生徒会メンバー加入の候補者になった。生徒会加入の一番大きいきっかけになったのは、中学時代の活躍であった。
「やっぱり綾瀬は中学の時から変わらないな、そのコミュ力」
「すごいでしょー。これのおかげで一年生から生徒会に入れたと言っても過言ではないからね」
綾瀬はどや顔で腰に手を当てて言った。
しかし実際間違ってはなく、緑ヶ丘学園受験時の面接で中学時代を掘り下げられたとき、綾瀬は自前のコミュニケーション能力、話を纏める力が評価され、緑ヶ丘学園高等部生徒会の書記に抜擢された。
「さてさて、お次は副会長! 宮田詩織先輩です!」
「初めまして。えっと、鈴村君、だったかな?」
「あ、はい、初めまして。鈴村徹と言います」
「よろしくね鈴村君。私は緑ヶ丘学園高等部生徒会副会長の宮田詩織。琴原さんと同じ二年生よ」
宮田詩織。緑ヶ丘学園高等部二年生の生徒の中では琴原に次ぐ学力の持ち主である。しかしなぜ琴原が副会長ではなく宮田が副会長になったのか。これはこの生徒会の会長、副会長を任命する上でさらなるルールが存在するからであった。
「で、最後がこちら! うちの生徒会の会長の……」
と、綾瀬が言いかけたところで、生徒会会長のその男は、目の前にあった机に足を力強く乗せた。
「おいガキィ!」
「は、はいっ!」
威嚇である。
「お前うちの詩織によくもまあ平気な顔して話せたなぁ。あ?」
「ご、ごごごごごめんなさい! で、でも一応挨拶はしないとですし……」
「ごちゃごちゃ言うなぁぁあああ!」
生徒会会長の怒号が一年A組の教室に響き渡る。
(え、なんでこの人こんな怒ってんの!? 生徒会会長ってこんな怖い人だったっけ!? 確かに俺の記憶の中では生徒会会長って怖いイメージしかなかったけど……)
殆ど他人との接点がなかった鈴村は、人の性格を第一印象で決めるしかなかった。普通の人間はその第一印象を持ちながら徐々に仲が良くなり打ち解けあい、実際はこんな人だった、と意外な一面を知ることになる。
しかし、鈴村はそんな行動を取ったことなど一度もなく、生徒会会長は「ただの怖い先輩」という印象しかなかった。鈴村の中で印象の良い人物は、高校時代に仲の良かった友人一人くらいだった。
「と、とりあえずごめんなさい! 許してください!」
「問答無用だ新入生……、お前が詩織と会話するなど百年早いわああああ!」
「ひいいいい!! ごめんなさい!」
まるで昭和のやり取りである。
「いつまでやってるんですか会長、鈴村君脅してないでちゃんと挨拶してください」
なんと、一番後輩であり新参者である綾瀬が生徒会会長に言葉を発した。
(えっ、綾瀬、なんで俺のこと守って……? い、いやいやそうじゃなくて! こんな怖い人にそんなこと言ったら怒鳴られるんじゃ……)
嫌な空気を感じ取る鈴村。
ふと琴原、宮田に目を向けると、不思議な光景が広がっていた。
(あれ、笑顔……?)
こんな状況になっていながら、琴原と宮田はなぜかニッコリと笑っていた。
(もしかしていじめか!? 俺今日ここで殺される!?)
あの本にも書かれていない「死」が目前となった気がしたが、それは気のせいだった。
生徒会会長は、表情をコロっと変え、爽やかな笑顔で話した。
「いやー悪い悪い! 新入生とちゃんと会話できることなんて滅多にないからな! ほら、俺こんな顔だろ? いろんな生徒にめちゃくちゃ怖がられるんだよ」
自分の第一印象が怖いという自覚はあったのか、と鈴村は思った。
「すまんな新入生! 俺は緑ヶ丘学園高等部生徒会会長の飯田勝翔だ! よろしくな!」
「よ、よろしくお願いします、飯田生徒会長」
差し出された手を恐る恐る握り、挨拶をする鈴村であった。
飯田勝翔。緑ヶ丘学園高等部生徒会会長であり、全校生徒で学力トップの天才。それでいて運動神経は抜群、礼儀も正しく、全校生徒から大きな支持を受けている緑ヶ丘学園の憧れの存在であった。
鈴村に対するこの対応は一種のいたずらであり、飯田ならではの配慮でもあった。飯田の唯一の弱点は不器用なところである。
「ごめんなさいね、鈴村君。怖がらせちゃって」
「い、いえ、大丈夫です。心配ありがとうございます、宮田先輩」
「飯田君いつもこうなのよ。本当は鈴村君のその緊張をほぐすためにやってるんだろうけど、彼、不器用だから」
「あ、ああ、なるほど……」
鈴村は「ハハハッ」と飯田を見ながら苦笑いをした。
「以上! これがうちの生徒会です! どう? 気に入った?」
「しょ、紹介ありがとう、綾瀬。でも気に入ったってどういうことだ?」
「え? 何言ってるのさ」
綾瀬はきょとんとした顔で鈴村に言う。
「だって鈴村君、あの張り紙見てこの教室に来てくれたんでしょ?」
「え?」
鈴村は綾瀬が指さす方向を見た。
そこには生徒会が掲載したであろう張り紙があった。
記載されていた内容はこうだった。
「生徒会新規メンバー大募集!
今年の夏休み、一年A組の教室にて加入希望の君を待つ!
毎日待ってるから絶対に来てくれよな!待ってるぜ!」
「……何あれ」
「飯田会長が作った張り紙だよ」
綾瀬は真顔で鈴村に言った。
(…………いやいやなんだあれ!? いや確かに気づいてたけども! 確かに当時、『なんだこれダッセ、こんなんで生徒会に入りたいって思うやついるのか?』って思ってたけども! 確かにあったけども! ……そうか、この本のせいでこの張り紙のこと忘れてたのか!)
無理もない話である。
もともと鈴村がこの瞬間この教室にいるのは紛れもない、鈴村が手に持つこの本のせいだからである。
この本の選択に従わなければ、そもそも鈴村はタイムスリップしても家から出ることはなかっただろう。ましてやあの未来を経験したうえでのタイムスリップである。未来を変えるためには行動しなければならないのはわかっていた。
しかし、未来を変えるにも壁は様々なところから立ちはだかる。その壁の一つが、今目の前にあった。
「……一応念のため聞くけど、お前らまさかこの夏休み毎日全員でこの教室で新規メンバー待ってるのか?」
「……そのまさかだよ。飯田会長ってすごく頭いいし要領とてもいいから何でもできるはずなのに、いきなり突拍子もないこと言い始めるの。で、夏休み直前になって、『よし! 生徒会にもう一人メンバーが欲しくなった。募集するか!」って言い始めて、あの張り紙一週間足らずで作り上げて高等部の校舎全域に貼ってたのよね」
脳筋バカなのか? と鈴村は呆れた顔をした。
「飯田会長って自分の願いを叶えるためなら何でもする人なのか?」
鈴村は綾瀬に問いただす。
「ん-、まだ生徒会に入って間もないけどそんな感じではないかなぁ。……あの張り紙があっちゃ説得力ないけど、飯田会長はやるときはしっかりやってくれるいい人だし、ちょっとやり方が強引なだけで叶えようとしていることはたぶん私たちのためでもあると思うんだ」
「え?」
鈴村はその綾瀬の言葉が不思議に思えた。
同時に、飯田の弱点を理解した。
「なるほどね……そういうことか」
「? どうしたの? 鈴村君」
「いや、何でもない。飯田会長っていい人なんだなって思っただけだよ」
飯田は見た目こそ第一印象で恐怖を覚えさせてしまう人物だが、他人のことを一番に思う人間だった。だからこそ、人付き合いにあまり慣れていない琴原、新入生で入って間もない綾瀬のこと考え、よりよい生徒会にしようと考えていたのだった。
鈴村はそんな飯田に声をかける。
「改めてですが飯田会長。俺は鈴村徹です。高等部一年で、綾瀬と同じクラスです」
「おー、綾瀬と同じクラスなのか! ……ああ、そういえば綾瀬から聞いたぞ。お前ら幼馴染なんだってな」
「ちょっ、飯田会長、私のことはあまり話さないでって……」
(……綾瀬が、俺のことを他人に話している……だと!?)
鈴村に電撃が走る。
中学から大学に至るまでほとんど会話をしてこなかった二人だが、そんな過去があってさえも綾瀬は赤の他人に鈴村のことを話しているのである。幼馴染がいることを話すことはあるだろうが、鈴村にとってこの事実はこの上ない幸福となった。
「そうかそうかお前が鈴村か! 綾瀬とは小学生からの幼馴染だそうだが、それからほとんど話したことないんだってな!」
「は、ははっ、そ、そうなんですよー」
棒読みで返答するしかない鈴村だった。しかし、だからと言って強気に出れるわけでもなかった。なぜなら事実だからである。
(……でもなんでそんなことまで知ってるんだ?)
ふと、鈴村に疑問が生まれた。
確かに綾瀬は飯田に鈴村と綾瀬は幼馴染であるということを伝えているが、それから全く会話をしていないという接点の無さを伝えた覚えはない。
鈴村と飯田はタイムスリップしたとはいえ、顔を認識して会話をするのはこれが初めてである。学園を卒業するというイベントを経験した鈴村の記憶の中に、飯田の姿はなかった。
そう、これが初の会話なのである。
初対面の人間がそこまで深いことを知るはずがない。……綾瀬が飯田に伝えていなければの話である。
「いやなに、綾瀬からお前のことはいろいろ話を聞いてな。小学生の時はあんなに仲良かったのに今となっては全く会話をすることがなく、むしろ同じクラスなのに接点すらない。鈴村は綾瀬のことをどう思ってるのか相談を……」
「ちょっと飯田会長! もういいでしょうその話は!」
綾瀬が飯田の話に割って入ってきた。
「うわっ、びっくりした……。急に大きな声出すなよ」
「だって飯田会長が! 会長が、いろいろと、その、よ、余計なことを!」
(…………なんだこの反応)
鈴村は再度混乱した。
(え、何この反応。今までほぼ会話してこなかったのにこの反応ってどういうことだ? 接点持てなかったのに何でこんな反応するんだ? ……それに何で……)
鈴村は綾瀬の顔をしっかりと見て思った。
(なんでそんなに、照れた顔をしてるんだ?)
不思議と変なところで鈍感な鈴村は、この時の綾瀬の気持ちをしっかりとくみ取れなかった。
そんな会話を横目で見ていた琴原と宮田はとても複雑な気持ちでいた。
「ね、ねぇ副会長。ううん、詩織っ」
「うん、わかってるよみどり。あれって絶対にさ……」
琴原と宮田は他のメンバーから少し離れたところで、顔を合わせて同時に言った。
『絶対綾瀬さんと鈴村君、両想いだよね』
「やっぱりそう思う!? そう思うよね!」
琴原はとても嬉しそうに、そしてニヤニヤしながら言った。
「み、みどり、口角上がってる。もっと隠さないとダメよ」
「だってだって! あの綾瀬さんの反応絶対そうじゃん! もうあれ好きじゃん! 確かに私たちも会長から綾瀬さんのこと聞いてたけど、あの反応もう確定じゃん!」
「落ち着きなさいみどり。あれは彼女なりの照れ隠しなのよ」
「その照れ隠しを以てしても誤魔化せるわけないよね!? あれほぼ100%そうだよね!?」
「……もういいから、なんか私まで恥ずかしくなってきたわ」
琴原は根っからの恋バナ好きである。それが同学年であろうと、他学年であろうと、ましてや中等部であろうと。恋バナある所に琴原あり、なのである。
「片や将来の夢を叶えるためにわざわざこの難関である緑ヶ丘学園を受験し、見事主席合格した綾瀬凛さん! いいえ、もうこの際綾瀬ちゃんと呼ばせてもらうわ! そして片やその綾瀬ちゃんのことを恋焦がれ、必死に努力して同じくこの学園を受験し見事合格した鈴村君! これは運命よ! 素晴らしいわ! 甘酸っぱいわ!」
「もういいから黙っててちょうだい……」
呆れながら、しかし照れながら宮田は琴原に言った。
*
「そういえば飯田会長、ちょっと気になったんですけど」
「ん? どうした新入生」
「鈴村です……。あの、うちの学校の生徒会って年度末試験の結果とその生徒の内申点、他に学園長や理事長の推薦があって生徒会役員に任命されますよね」
「そうだが、それがどうした?」
「あの、後輩の俺が言うのもなんですが、確か琴原先輩と宮田先輩って前年度末の試験、琴原先輩のほうが上でしたよね。どうして宮田先輩が副会長なんですか?」
「ちょっと鈴村君、それは琴原先輩たちに失礼なんじゃない?」
「いや、ごめん、そんなつもりはないんだけど、素朴に思った疑問なんだ」
鈴村の言う通り、緑ヶ丘学園の生徒会は前年度の年度末試験の結果を基準とし、内申点、その他成績を以て、学園長、理事長の推薦により生徒会役員へ任命される。
このルール通りにいけば、鈴村は琴原と宮田の試験結果を知っていたため、なぜ琴原が副会長でないのか不思議だった。
もちろん鈴村が琴原がトップの成績を取っていることを知っている理由は、未来を知っているうえでタイムスリップしているからである。
「なるほどな、新入生からすれば実力主義みたいなルール掲げておきながら、琴原が副会長なのが不満なわけだ」
「い、いえ、そういうつもりではなく……」
ふと琴原に視線を向けると、琴原は鈴村から視線を逸らした。
(……やっちまったか?)
そう直感的に思ってしまった。
「よろしい! ならばなぜ琴原ではなく宮田が生徒会副会長をやってるのか説明してやろう!」
なぜか飯田は嬉しそうに、話したそうに鈴村に言った。
「……なんか嫌な予感するね、綾瀬さん」
「……そうですね、宮田先輩」
察する綾瀬と宮田であった。
「いいか! うちの生徒会は鈴村が言った通り、成績と学園長、理事長の推薦で生徒会への加入が決まる。役職もその時に決まるんだ。ここで重要なのは決まる役職の順番だ」
「役職の順番?」
「そうだ。まず学園長と理事長の推薦があって生徒会が発足する場合、一番最初に生徒会長を決定する。その後副会長、書記、会計を決めるんだが、副会長を決める場合のみ生徒会長の直接的な推薦が許されているんだ」
「直接的な、推薦?」
「ああ。これは生徒会長に任命されて初の生徒会の仕事と言っても過言ではない。生徒会長を隣で支える重要な役職である副会長だ。生徒会長を決めることも大事だが、副会長を決めることはその後の生徒会を壊さない、柱を決めることと同義なんだ」
(それって生徒会長が柱じゃダメなのか?)
鈴村は少し疑問に思ったが飯田は続けた。
「そこで、俺は学園長や理事長の推薦よりも、俺を支えてくれるパートナーが必要だと考えた。生徒会を安心して一年間活動させることができる、重要な支えが必要になると考えたんだ」
「あー、なるほど」
鈴村は納得した。
飯田はただ飯田の言う「柱」を他人に任せるわけではなく、自分が「柱」になる器であると認められてはいるものの、それを壊さない自信がなかったのだ。
だからこそ、自分を支えてくれるさらなる「柱」を、自分が一番信頼できる人材を「柱」を自ら決めることにしたのだった。
「で、宮田は実は俺の彼女なんだが、宮田が隣にいてくれると安心してなぁ。副会長決めるときに即座に俺が宮田の名前を出したわけだ」
「なるほど、そういうことだったんですね。……って、ええええええ!?!?!?」
鈴村、本日何度目かわからない混乱に陥る。
(え、彼女!? え、神聖なる生徒会という場に私情!? あいや、直接的な推薦だから別に私情は許されるか。…………許されるか!? いいの? そんな理由で副会長決まっていいのか!?)
鈴村はさらに混乱した。生徒会というポジションはいわばその学園、学校の生徒を代表する組織である。イメージとしては教師陣の次に偉い存在だ。故に生徒会という組織はいつ何時でも憧れの存在であり、オタクであった鈴村も生徒会というものは憧れていた。
そんな生徒会が、副会長の座が生徒会長、飯田勝翔の私情により決まったことに、鈴村は困惑を隠せないでいた。
「困らせちゃってごめんね、鈴村君。でも飯田君の言っていることは本当よ。この学園のルールがそうなんだもの。そして、私は飯田君のパートナー。恋人よ」
「おっ、『彼女』じゃなく『恋人』って言ってくれるのか。嬉しいねぇ」
「ほ、本当のことでしょ、別に……。そんな呼び方なんて気にしてないわ」
照れながら話す宮田と、それを見て笑顔を絶やさない飯田であった。
(な、なんて羨ましいんだ……!)
鈴村はその様子を見て思ってしまった。なんと初々しく、なんと美しいのだと。
学力はともにトップレベル。人望もともに厚い。そんな二人が彼氏彼女の関係で、しかもその二人がこの学園を支える生徒会を担っていることに、鈴村は感動すら覚えた。
「素晴らしいです飯田会長! 俺、俺感動しました!」
「わかってくれたか新入生! そう、これが俺の生徒会だ。わかってくれたか?」
「はい! あと俺鈴村です。いい加減覚えてください」
天才なのかそうじゃないのか未だ疑問に残る鈴村だった。
綾瀬はというと、この茶番のような会話に頭を抱えていた。
(副会長の任命が生徒会長の直接的推薦でも問題なしって聞いたときは驚いたけど、この二人じゃ納得できちゃうよね)
綾瀬はそんなことを考えていた。
綾瀬も鈴村と同じく、生徒会を憧れの場所だと捉えていた。もはや聖域である。
最初こそ飯田と宮田の関係、そして琴原がなぜ副会長でないのか疑問であったが、理由を聞いてしまえば、飯田の立ち振る舞いを見てしまえば納得できるものだった。
自分より人のことを大事に思う飯田。それを支える宮田。綾瀬には、それが羨ましく、憧れの存在に見えた。綾瀬の恋愛面での憧れである。
「私にも、そんな人、いたらなぁ」
ボソッと、綾瀬は呟いた。
「ん? 綾瀬どうした? なんか言ったか?」
「えっ!? い、いや、何でもないよ! 空耳なんじゃないかな?」
「なんだそれ、変なの」
綾瀬は今の呟きが鈴村に聞かれていないか不安になりながらも、その場を誤魔化した。その様子を見て、飯田はさらにニヤりと笑った。
飯田は自己紹介を諸々済ませたことを確認し、鈴村へ本題に入る。
「で? 鈴村、お前は生徒会に興味があってここに来たんだろ?」
「え? あ、いや、実はそうではなくてですね……。ていうか会長たち、本当に毎日ここにいるんですか? 夏休み中ずっと」
「そうだぞ? 何か変か?」
変どころの騒ぎではなかった。
「た、ただでさえみんな夏休みを満喫してるでしょうに、わざわざ休みの日に学校なんて来ますかね」
鈴村は恐る恐る尋ねる。
「何言ってんだ、外見てみろよ」
「外?」
そう言われて鈴村は校庭に目を向ける。
そこには、練習中の野球部の姿があった。
「どの生徒も夏休みだからって家に引きこもってるわけじゃないぞ? 運動部はこのくそ暑い中外で練習してるし、ほら、よく聞いてみろよ」
「……吹奏楽部、ですかね」
「ああ。吹奏楽部もコンクールに向けて日々練習に励んでいる。学生の仕事は勉強だ。夏休みはそんな仕事から解放される素晴らしい休暇だ。だからこそ、みんなそれぞれ自分の夢に向かって必死に行動してるんだよ」
「……なるほど」
「だから夏休みに学校に来ない奴なんていない! ……っていうのは半分嘘になるな。帰宅部とかいるわけだし」
鈴村は「ドキッ」と自分のことを言われている気がした。
飯田は続ける。
「鈴村は何か部活とか入ってるのか? ……その様子だと、帰宅部ってところか? 文化部でもなさそうだな」
鈴村はあの本、『人生の選択肢』に提示された選択肢を選んだことでここにいる。ここにいる目的は綾瀬に会うことだった。
故に、服装は私服。タイムスリップしてきた直後のことである。着替えるなんて微塵も頭になかったのだ。髪は切ったのに。
「学校に私服で来るのはちょっとなぁ」
「でもいいんじゃないですか、飯田会長。鈴村君だって気分転換でここに来たんですよ」
琴原が言う。
「それに今年は特に暑いですし。あ、鈴村君の家って冷房ありますか? 学校っていいですよね、空調万全だから不快感ないですし、落ち着けます」
「そ、そうですね、琴原先輩。うちは冷房ありますけど、それでも暑いので涼みに来た……、って感じです」
鈴村は嘘をついた。しかし、嘘をつかなければ鈴村が綾瀬に会いに来たことがバレてしまうため、やむを得ない選択なのである。
(……ここの選択は別に「人生の選択肢」ではないんだな)
思えば、家を出てから今に至るまで、この手に持つ本が光り輝くことはなかった。つまり、鈴村にとっての『人生の選択肢』、つまり『分岐点』が生まれていないことになる。それは逆に、どんな選択をとっても人生を変える、未来を変える重要な選択肢にはなりえないことを意味していた。
「やっぱりそうなんですねー。でも、落ち着けるとは言いましたがようやくこれでこの教室に来ることもなくなりますね」
「えっ、それってどういう……」
琴原は続けた。
「鈴村君。……いや、これは飯田会長が言うべきだと思います」
「そうね、飯田君が言うべきだわ」
「えっ、どういうことですか?」
鈴村は困った顔をしたが、飯田はもうその気満々な顔をしていた。
「鈴村よ。生徒会長命令だ」
飯田は、鈴村を指さして言った。
「生徒会に加入することを命ずる!!」
「え。……え?」
瞬間、綾瀬と目が合う。
「……まああの張り紙貼ってあるし、今ここに鈴村君いるし。そうなるのは、当然の流れなんじゃないかなって、私は思うよ」
「えぇ……。……あっ、そうか」
ふと、鈴村は『人生の選択肢』に記載されていた内容を思い出した。
【選択の結果】
Aを選んだ鈴村徹は、一年A組の教室で綾瀬凛と会う。そして、綾瀬凛と同室にいた生徒会メンバーの押しに負け、生徒会に入ることを決意する。
そう。『人生の選択肢』に記載された、逃れられない運命。
鈴村はそのことを思い出しながらも、そして正直嫌な気持ちを抑えながらも、飯田に向かって言った。
「わかりました。どうせ一度きりしかない人生です。俺も楽しく学校生活を送りたいです。ぜひやらせてください」
まっすぐな目で、鈴村は飯田に言った。
「よく言った新入生! いや、鈴村! お前の生徒会加入を心より歓迎するぞ!」
命じられたよな、と鈴村は一瞬思ったが考えないことにした。
「しかしなぁ、なんだかお前には思うところが一つある」
「なんですか?」
飯田は鈴村の顔、体、足、全てを嘗め回すように見てから言った。
「お前、もしかして人生二回目か?」
「……は?」
タイムスリップが、バレた。
「……なわけないか! ハハハ!」
「は、ははは、そ、そんなわけないじゃないですか、ははは」
鈴村の心臓は破裂しそうなくらいバクバクと鼓動していた。そんなドンピシャに、まさかこのタイミングでその話を持ち掛けられるなど、ましてや飯田から話が出るなど想定もしていなかったからだ。
鈴村は動揺を隠しきれていなかったが、そんな中でも飯田は続けた。
「んじゃあ鈴村の生徒会加入も決まったことだし、この生徒会新メンバー加入活動も今日で終わりだな」
「意外と早かったわね」
「んー、そうだなぁ。詩織、何かやったか?」
「私が何かしたように見えるの?」
「いや、気にしないでくれ。……あの張り紙貼ったの、夏休み入る直前だったよな」
「ええ、そうね」
飯田は眉間に皺を寄せて言った。
「まだ夏休み始まって三日しか経ってないぞ。それでいてこの早さで新メンバーの加入が決定した。これってつまり、鈴村がそもそも生徒会に入ることを望んでいて、しかし生徒会加入のためには条件が必要だろ? それに新入生だから入る方法もわからなかった。そこであの張り紙を見て即座に来てくれたと考えても差し支えないんじゃないか!?」
「……そうだとしたらいいわね」
宮田は少しどうでもいい顔をして答えた。
「そうだとするなら、鈴村君は夏休み初日から既にこの教室に来ていたはずだわ。でも夏休み始まってもう三日も経ってる。ということは、冷静に考えて飯田君が考えるほど熱意を持って加入を希望したわけではないことになるわね」
「……なるほど、そうか。言われてみればそうだな」
妙に納得する飯田だった。
しかし、宮田の言い分は的を射ていた。
熱意のある生徒であれば、緑ヶ丘学園の生徒会への加入方法がわかっているはず。それでいて、学園長、理助長からの推薦もなくこの夏休みを迎えている。ということは、そもそも鈴村自身に加入を希望する気持ちはなかったことになる。
ではなぜ、鈴村はあっさりと加入命令を受け入れたのか。
それは、鈴村の思いが決めたことであった。
「……飯田会長」
「なんだ鈴村」
「俺、高校はいるまで根暗だったんです。非モテで、陰キャで、友人なんて一人しかいませんでした」
「……第一印象でボッチだと断定してたが、友達はいたんだな」
少し安堵する飯田であった。
鈴村は続けた。
「正直、このまま高校生活続けてても、ずっと一人のままで」
「友達いるじゃん」
「そのまま卒業して、進学も就職もせず、ニートになって孤独死するんだろうなって思ってました」
飯田は鈴村の話に割って入ろうとしたが、鈴村は気にせず続けた。
「でも、俺決めたんです。人生変えようって。過去が変われば、未来は変わるんです。俺が動けば、行動すれば、未来はどんな形にでも変えられるって。そう思ったんです」
「……それがお前が加入を決めた一番の理由か」
「……はい」
鈴村の言うことに嘘はなかった。
ただ、一つだけ伝えていない本心があった。
生徒会に入り、綾瀬と一緒にいれば、あの大学一年の夏休みに破局という地獄のような未来を捻じ曲げられるのではないか。鈴村は、そう考えていた。
事の発端は「接点の無さ」である。
タイムスリップ前、鈴村は綾瀬に「あなたはよくわからない」と言われた。さらに、綾瀬はその時の勢いで鈴村の告白をOKしたと言っていた。
ならば、その接点を増やせばいい。
高校一年までタイムスリップしたこのチャンスを、鈴村が逃すはずがなかった。
「飯田会長。俺、どんな仕事でもやります。会長は全校生徒のことを第一に考えて生徒会長をやってる。今日出会ってからの会話でそれが伝わってきました」
「鈴村……」
「俺、頑張ります。これから一年間、よろしくお願いします」
鈴村は、深く頭を下げながら手を前に差し出した。
飯田は少し笑いながら、差し出された手を握った。
「おう! これからよろしく頼むな! 新入生!」
「……さっき名前で呼んでくれたのになんで今それなんですか」
こうして、鈴村の破局の未来改変作戦がスタートした。




