第39話 間違えた選択
第4章 『気持ち』を大事に
ついに開幕です。
物語も終盤に近付いてきました。
この章は、あまり触れられなかったある人物の真相と、
それぞれが抱く『気持ち』にどう向き合うかに焦点を当てています。
どうか、鈴村の行く末を、温かく見守ってあげてください。
では、第4章。開幕です。
「いらっしゃいませー。何名様でしょう……か……?」
「えっ……、鈴村君……?」
「あ、綾瀬……っ!? と、誰?」
青海学園生徒会長、桜庭みやび主催の『親睦会』が幕を閉じてから数週間。
緑ヶ丘学園生徒会長補佐、鈴村徹は同じく緑ヶ丘学園生徒会書記、綾瀬凛の誕生日まで残り一か月ということもあり、誕生日プレゼントを渡すために日々アルバイトに励んでいた。
そんな鈴村がファミレスでアルバイトをしていたある日曜の夕方。これから夕食時となり忙しくなるであろうこのタイミングで、綾瀬が知らない男性を連れて鈴村の前に現れた。
綾瀬は鈴村にこのことを見られたことにより、「あちゃー」と言いながら頭を抱えていた。
(え、あちゃーって何? え? 誰この人? 背めっちゃ高いんですけど。イケメンなんですけど!?)
鈴村は綾瀬たちを店員として接客することを忘れ、綾瀬の反応と綾瀬の横に立つ男性に現実を受け入れられないでいた。
鈴村は大学一年の夏休みに綾瀬凛とデートをし、即失恋するという未来を経験しており、そのショックから高校一年の年までタイムスリップしてしまう。
綾瀬に失恋するという未来を改変するため、タイムスリップしてからいつの間にか手にしていた『人生の選択肢』という本から提示される選択肢を頼りに、未来を変えるための過去改変に奮闘していた。
鈴村はタイムスリップする前までは綾瀬とほとんど接点がなかったため、タイムスリップした過去で綾瀬との接点を保とうと努力する。
その結果、『人生の選択肢』の力のおかげもあってか、『生徒会への加入』、緑ヶ丘市で行われた『納涼祭』、緑ヶ丘学園と青海学園の合同文化祭『蒼碧祭』、蒼碧祭の後に開催された『後夜祭』、桜庭が開催した『親睦会』を経て、見事鈴村は綾瀬への恋心を成就させることに成功。
タイムスリップした鈴村は無事に過去を改変し、綾瀬と交際をすることに成功したのである。
だがしかし、鈴村のその努力の成果は、今目の前で崩れかけようとしていた。
鈴村は少し動揺しながら綾瀬に声をかける。
「えっと、綾瀬……? そちらの方は……?」
「え、えーっと、うーん……」
綾瀬は回答に困っていた。
その反応に、鈴村も困惑していた。
(え、困るの? もしかして浮気現場を目撃されたことに動揺してる……!?)
鈴村は一つの仮説を立てる。
その仮説は、綾瀬は鈴村という相手がいながらも、鈴村とは別の男性と同時に付き合っている、というもの。
俗にいう『浮気』である。
鈴村は、考えたくもないその仮説が今目の前で起きていることにショックで倒れそうになっていた。
綾瀬は困り顔で頬を指でポリポリと掻きながら言う。
「えーっと、こ、この人についてはまた今度紹介するね」
「え、今じゃダメなのか?」
鈴村は食い気味で聞く。
「だ、だって鈴村君、今バイト中でしょ? ちゃんと時間があるときにこの状況を説明しないとダメかな、って」
「ま、まあ確かにこれから忙しくなる時間だし、綾瀬の言ってることは正しいけど……」
鈴村は少し俯きながら言う。
その様子を見て、綾瀬の隣に立つ男性が声をかける。
「あー、僕やっぱり邪魔だった? 帰ったほうがいいかな?」
その言葉に、綾瀬はその男性の手を掴んで言った。
「ダメ! 帰っちゃダメ! 今はここにいてほしいの!」
(……今は…………、ここに…………、いてほしい…………!?)
鈴村は目眩で倒れそうになっていた。
鈴村はそのまま現実を受け入れようとし、アルバイトとしての対応を始める。
「に、二名様ですね……。こちらのお席をご利用ください」
「ど、どうも」
綾瀬たち二人は鈴村に案内された席に座る。
「ご注文がお決まりになりましたら、そちらのベルでお呼びください。水、お手拭きはセルフサービスにございます。それでは、失礼します」
「あ、ありがとう」
それなりの期間接客をこなしてきた鈴村は、いつの間にかその陰キャで根暗であった性格が変わっており、サービス業に必須な接客スキルをしっかりと身に着けていた。
こんな現実が目の前にありながらも、特大なショックを受けながらも、鈴村は気持ちを切り替えて綾瀬たちに接客をした。
「あれ、あの綺麗な女の子、鈴村君の知り合い?」
そう言いながら、バックヤードから店長が姿を現した。
「……すみません店長。俺裏で休憩します」
「えっ!? 今さっき出勤したばっかだよね!? ちょ、鈴村君!?」
鈴村は顔を俯かせてバックヤードに向かった。
バックヤードに置いてある椅子に腰をかけて、鈴村は叫んだ。
「受け入れられるわけねえだろおおおおおお!!!!!! 誰なんだよあれ!!!!!! 誰なんだよおおおおおおおおお!!!!!!」
その声は綾瀬たちのいる席にまで聞こえる勢いであったが、幸いにも綾瀬たちにこの声は聞こえないでいた。
「え、マジで誰? 綾瀬の彼氏? 俺がいながら? 確かに俺のバイト先は綾瀬に教えてないから鉢合わせるのは仕方ないにしても、こんなことある?」
鈴村は葛藤し悶えていた。
そしてだんだんと悔し涙が目から出ていた。
「俺……、そんなに頼りないかなぁ……」
鈴村の中から『自信』の二文字が消えかかっていた。
「そうだよなぁ……。よくよく考えたら、綾瀬のことを好きって言っておきながら、琴原先輩に好きって言われただけで二人と付き合うような人間だもんなぁ……。綾瀬に一途でないって言ってるようなもんだし、だんだんそういう風になってもおかしくないんだろうなぁ……」
鈴村からは負のオーラが溢れ出ていた。
綾瀬も普通の恋する女性である。
鈴村と綾瀬は両想いであったことが判明したが、それでも冷静に考えてみれば、いきなり好意を向けられただけで琴原とも付き合うと決めた鈴村の行動は、綾瀬からしてみれば異常ともいえる行動であった。
鈴村は今になって、自分の選んだ選択を後悔していた。
「……『人生の選択肢』は俺の望む未来に連れてってくれるんじゃないのかよ……」
「それは違うよ、鈴村徹」
突然、聞き覚えのある声が鈴村の後ろから聞こえた。
自分の人生を変えるきっかけになった『人生の選択肢』が具現化した女性、鈴歩であった。
「急に出てくるなよ……。びっくりするだろ」
「ごめんごめん」
そう言いながら鈴歩は手を合わせて悪びれた顔をする。
「そういや話すの久しぶりだな。蒼碧祭のあの件以来か?」
「そうだねぇ。あの時は随分大変な思いをしたみたいだったけど、一件落着したみたいで良かったよ」
鈴歩は安心するような顔で言った。
「まさかあの陰キャで根暗だった君が、この時代にタイムスリップしただけでこうも成長するなんて思いもしなかったよ」
「それもこれもお前のおかげでもあるけどな」
「私のおかげ?」
鈴歩は首を傾げた。
「俺はお前がいなかったら、『人生の選択肢』がなかったら、綾瀬との今の関係はなかったも同然なんだ。お前のおかげで成長できたと言っても過言じゃないぞ」
「うーん、そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、それには少し間違いが混ざってるかなぁ」
「間違い?」
「言ったはずだよ。私は君だって。『人生の選択肢』は君自身だって」
「…………どういうこと?」
今度は鈴村が首を傾げる。
「今君が掴んでいるこの綾瀬凛との関係は、紛れもなく自分の力で手に入れたものだよ。私は君の手助けをしただけに過ぎないんだ。そこは勘違いしないでほしいな」
「俺の力で、ねぇ……」
が、しかし。鈴村は鈴歩にしがみついて叫ぶ。
「それが本当なら! あれは何! あの男は誰! なんで俺がいながら綾瀬は他の男と一緒にファミレスに来たんだよ! あれ浮気だろ! どう見てもそうだろ!」
「ちょ、落ち着いてくれ……。そう質問攻めされても回答に困る」
鈴歩は近づいてくる鈴村の顔を押しのけながら言った。
「わ、悪い……。でもお前ならあれが誰かわかるんだろ!?」
「なんでそう思うの?」
「お前は俺の未来がわかる。ということは、あれが誰なのかもわかるはずだ」
そう言いながら、鈴村は鈴歩に手を合わせ、祈るように言う。
「頼む! あいつが誰なのか教えてくれ! あいつと綾瀬の関係性を教えてくれ!」
「…………ごめんね、やっぱりさっきに言った『成長した』ってやつ、撤回させてもらうね」
「なんで!?」
鈴村は信じられないような顔をしてツッコミを入れた。
鈴歩は、「わからないかなぁ」と言いながら鈴村に言う。
「私にわかるなら君にもわかるはずだよ? 私は君なんだから」
「じゃ、じゃあ『人生の選択肢』に出てくるあの選択肢はどうやって出してるんだよ。その選んだ先の未来がわかるのはなんでなんだよ。俺がお前なら、その力は超能力みたいなもんだ。俺が超能力者って言ってるようなもんだぞ」
鈴村は鈴歩と出会ってからずっと考えていたことがあった。
それは、『人生の選択肢』、及び鈴歩が鈴村自身と謳うのであれば、『人生の選択肢』が提示する選択肢や、その選択肢を選んだ結果がわかるのは一体なぜなのか、というものである。
このことについては鈴村はいずれ鈴歩に問いただそうと思っていたことだが、様々なことがあったおかげでそのタイミングを見出せないでいた。
そのタイミングが、ついに来たのであった。
「…………うーん、そうだなぁ。いずれその話をするだろうなとは思ってたよ。このタイミングで教えてもいいかもしれないね」
鈴歩は鈴村の目を見て言った。
「実はね、私も私自身がよくわからないんだ」
「…………へ?」
突拍子もない回答を聞き、鈴村は唖然としていた。
「え、お前もわからないってどういうこと?」
「なんて説明したらいいのかな……。気づいたら私という存在ができていた、みたいな?」
「それじゃ説明になってないと思うんだけど……」
鈴村は困り顔で言う。
「そんな困った顔しないでほしいな。私もわからないんだから、仕方ないじゃん」
「まあそれはそうだけど……。……あれ、でもお前って、俺がタイムスリップする前から存在してたんだよな。俺がフられた時のことを知ってたし」
「ああ、それについては説明できるよ」
鈴歩は椅子に座って説明をした。
「私という存在は、君が失恋をするその瞬間までは存在しなかったんだよ。でも、君が失恋を経験したことにより、私が生まれたんだ」
「…………どういうこと?」
「ま、そんなこと言われてもわからないよね」
鈴歩はわかりきっていたような顔で言った。
「私は君が失恋という経験をしたから生まれた。そしてその時から、『人生の選択肢』の力を使えてたんだよ。だからタイムスリップしてすぐに、君の前に『人生の選択肢』として現れた」
「その時にその姿で現れなかったのはなぜだ?」
「私にもタイムスリップの負担がかかってたみたいで、私自身を君に見せる余裕がなかったんだ。でも、このまま同じ人生を歩ませてしまったら、君は同じ未来を再度経験することになる。それを避けるために、『人生の選択肢』だけを具現化させて君に見せたんだよ」
「……ってことは、やっぱり『人生の選択肢』が他の人からは視認できないのって……」
「そ。それは『人生の選択肢』が私だから。他人の潜在意識なんて、普通見れるものじゃないでしょ?」
「確かにそれはそうだけど……」
鈴村は鈴歩に説明されたことを聞いてはいたが、その内容がすんなりと頭に入ってきているわけではなかった。
話の内容が現実味を帯びておらず、言ってしまえば魔法のような内容だからである。
鈴村は一つの疑問を投げかけた。
「一つ聞きたい。お前は、俺にどうしてほしくて生まれたんだ? どうしてほしくて、『人生の選択肢』を渡してきたんだ?」
「質問の意図がわからないね」
鈴歩は鈴村に顔を向けずに言った。
「今までの説明だと、鈴歩は俺に同じ人生を歩んでほしくないと言っているようなもんだ。それじゃまるで、お前は俺の潜在意識じゃなくて、俺の中に芽生えたもう一つの人格、ってことにならないか?」
「…………私もそれは思ってた。でもね、私は一つの結論に辿り着いたんだよ」
「結論?」
鈴歩はそう言って、鈴村の顔を再び見て言った。
「私という存在は、おそらく鈴村徹、君が二度とあの思いをしたくないと強く願ったから生まれたんだと思うんだ。君のその強い意志がタイムスリップを引き起こし、私という『人生の選択肢』を生み出したんだよ」
「……じゃあ、これは全部自分がやったって言いたいのか」
「それが一番しっくりくる理由かなって思っただけだよ。正解は私にもわからない」
「………………」
鈴村は黙る。しかしながら、鈴歩の言い分には納得できるものがあった。
鈴歩は鈴村自身である。そして、『人生の選択肢』も鈴村自身である。
好意を抱いていた相手に失恋をした鈴村は、その瞬間、その経験を二度としたくないと誓った。そして、綾瀬と離れたくないと強く願った。
その結果、偶然にもタイムスリップが引き起こされ、鈴村が望む未来を手にするにはどうすればいいかが提示される『人生の選択肢』が鈴村の前に現れた。
これは、鈴村が綾瀬と共にいる未来を手に入れたいと強く願ったことにより生まれた『偶然』であり、『チャンス』でもあった。
つまり、『人生の選択肢』で提示された選択肢というものは、タイムスリップする以前から鈴村の人生の中にあった『考えうる人生の選択肢』であり、鈴村はその選択肢から目を背けていただけに過ぎないのである。
綾瀬への好意は抱いているものの、そこから発展させようとはせず、綾瀬とも接点を持たず、しかし綾瀬の姿だけは追いかけたい。
その身勝手な『選択』が、鈴村が悲惨な未来を経験することになっていた。
「…………俺も、ちゃんと行動していれば、選択していれば、綾瀬にフられるなんて経験はしなかったんだろうな」
「そういうことだね。君は自分の人生を蔑ろにしてたんだよ。それで綾瀬凛に振り向いてほしいって、それはちょっと虫がいい話じゃないかな?」
「確かに、それはそうだな」
鈴村は鈴歩の言い分に納得した。
納得しながらも、鈴村は今おかれている現状を受け入れられないでいた。
「でも、今の状況は少し納得がいかない」
「まあそうだろうねぇ。やっと綾瀬凛と交際することになったのに、浮気みたいなことを目の前でされちゃったら納得できないよね」
「本当にお前はあいつのことを知らないんだよな?」
鈴村はそう言いながらバックヤードから少しだけ顔を出し、綾瀬と共に座る男性に視線を送った。
「だからわからないってば……。そんなに気になるなら、直接聞けば?」
「え、直接? 俺今バイト中……」
「ほらほら! 直接聞かないとわからないこともあるでしょ! ほら、行ってきな!」
そう言うと、鈴歩は鈴村の背中をトンと押した。
「えっ、お前俺に触れるの……?」
鈴村は振り返りながら鈴歩に言うが、鈴歩は笑顔で手を振ったまま姿を消した。
「…………あいつ、現実世界に干渉までできんのかよ」
確かに鈴村は鈴歩に背中を押された感覚があった。
しかし、後ろを見ても、バックヤードの中を見ても、人は誰もいない。
鈴村は鈴歩が実は幽霊なのではないかと疑ったが、まずは目の前の問題を解決することに集中した。
「あ、戻ってきた! 鈴村君やばいよ! まだこの時間なのにお客さん凄い入ってくる! もう休憩いいでしょ? ヘルプ入って!」
「あ、はい。わかりました」
そう言って、鈴村は作業に取り掛かろうとする。
通りすがら、店長は鈴村に小さな声で話しかけられる。
「……バックヤードで誰と話してたの? なんか女の人の声が聞こえたけど」
「……え?」
鈴村は耳を疑った。
鈴歩は鈴村の潜在意識。他人が認識できる存在ではない。本来であれば、鈴歩の声は鈴村以外には聞こえないのである。
しかし、店長は女性の声を聞いたと言った。
これは鈴村にとっては由々しき事態であった。
「ま、たぶん気のせいだと思うけどね。うちの店、女性の幽霊出るって有名なんだよ」
「あー、ははは、そうなんですか」
鈴村は店長のその言葉に愛想笑いで返した。
(あいつ……、どこまで現実に干渉できるんだ……? もしかしてもうバレてるのか?)
そんな考えが鈴村の頭に浮かんだが、実際のところ店長の言う通り仕事がとても忙しくなりそうなこともあり、鈴村はそのことは後回しにして作業に取り掛かった。
*
「ふぅ……。やっと終わった……」
「鈴村君、お疲れ様。お腹空いたでしょ。これ賄いだから食べていいよ」
「あ、ありがとうございます」
夕食時のピークも終わり、鈴村はバックヤードでぐったりしていた。
その様子を見かねたのか、店長は鈴村に賄いを作り提供していた。
結局、この日のピーク時は後から出勤したアルバイト三名の合計五名で回すことになったが、無事にこのピークを乗り越えることができた。
しかしながらその反動は凄まじく、閉店後のバックヤードでは店長含め出勤していたメンバー全員がぐったりしていた。
「もうみんなは上がっちゃっていいよ。後始末は僕のほうでやっておくから」
『はーい。ありがとうございまーす』
その言葉に、鈴村以外のメンバーはそのまま帰る準備をし、『お疲れ様でしたー』と声を揃えてその場を後にした。
バックヤードには、店長と鈴村の二人のみが残された。
「鈴村君はまだ帰らないの?」
「これ店長がさっき持って来たんじゃないですか……。これ食べたら帰りますよ」
「あ、そうだっけ。ちゃんと彼女さん家に送ってから帰るんだよ」
「……え? 彼女さん?」
「ほら、店の外でずっと立ってるあの人、鈴村君の彼女さんでしょ」
「え?」
鈴村はバックヤードから店の外を見る。
そこには、入り口の前に立つ綾瀬の姿が見えた。
鈴村はもう夜の十一時だというこの時間に綾瀬がいることに驚き、急いで賄いを食べて帰る準備をした。
「すみません店長! 俺帰ります!」
「はーい。気を付けてねー。彼女さんと……、男の人にもよろしく言っておいてね」
「……? なんで男の人にも……?」
「あれ、見えなかった? さっき一緒にいた男の人もまだ一緒にいるよ」
「え!?」
鈴村は再度入口に立つ綾瀬を見る。
そこには確かに、綾瀬と共に入店してきた男性の姿があった。
(暗くてよく見えなかったけどまだいたのかあいつ……! 一体綾瀬の何なんだよ……!)
鈴村は血相を変えてバックヤードに戻った。
「では店長! あとお願いします! お疲れさまでした!」
「はーい、お疲れ様ー。ケガしないようにねー」
その店長の言葉を聞くこともせず、鈴村は一目散にバックヤードから出て綾瀬を迎えに行った。
「…………そんなに血相変えなくても、あの人は鈴村君が考えてる人じゃないよ」
そんな中、ぽつりと店長は呟いていた。
一方、鈴村は店の裏口のドアを思い切り開け、そのまま店の入り口へと走って行った。
「あっ! やっと来た! 鈴村君お仕事お疲れ様!」
綾瀬は鈴村の姿を確認すると、元気よく手を振りながら鈴村に声をかけた。
鈴村は走ったため息を切らしていたが、少し落ち着いてから綾瀬に返した。
「ありがとう、綾瀬。なんでこんな時間にここにいるんだ?」
「鈴村君がここで働いてるなんて知らなくてさー。どうせだから一緒に帰りたいなって思ってたんだけど、思っていた以上に上がる時間遅くてびっくりしちゃったよ」
「ま、待たせてごめん……。今日は特段忙しかったんだ……。後始末は今店長がやってくれてるけど、これでも片付けたほうなんだよ……」
鈴村は申し訳なさそうな顔をして言う。
「そうなんだね。でも退屈してないから大丈夫だよ! この人とずっと話してたから」
「…………この人、ねぇ」
そう言って鈴村は謎の男性に目を向けた。
鈴村は目を向けたまま、綾瀬に確認を取る。
「……綾瀬、一応確認するけど、浮気はしてないでいいんだよな?」
「…………浮気? …………はははははは!」
「え? 何?」
突然笑いだす綾瀬に、思わず鈴村は驚いてしまう。
「浮気だって! 私たちそういう風に見える?」
「み、見えるも何も……。俺に内緒で男と食事しに来るなんて、それくらいしか考えられないだろ……」
「そんなんだから彼女できなかったんじゃない?」
「いらんこと言うな」
鈴村はそう言いながら綾瀬に軽く片手でチョップした。
綾瀬は痛そうにしながらも、未だに笑っていた。その様子が鈴村には奇妙に見えた。
「いやー、私たちそういう風に見えるんだね! お兄ちゃん!」
「……お兄ちゃん?」
鈴村は綾瀬の言う言葉に耳を疑った。
「綾瀬の…………、お兄さん!?!?!?!?」
「ははは、どうも、初めまして」
綾瀬の兄は少し困った顔をしながら鈴村に挨拶をした。
鈴村にとって、これは衝撃的事実であった。
鈴村は綾瀬と幼いころからの知り合いであるが、綾瀬に兄がいるというのはこの瞬間初めて知った。
タイムスリップする前もした後も、鈴村は綾瀬の兄と面識を持ったことは一度もなかったからである。
「とりあえず、今日はこの時間だし、明日も学校あるから、明日の放課後に改めて紹介するね。それでいいよね? お兄ちゃん」
「ああ、明日は仕事を早く切り上げられそうだからね。そうすることにするよ」
「と、いうわけで! 明日は生徒会活動もないので、放課後うちに来てね!」
「お、おう……」
鈴村は戸惑いながらも綾瀬の言葉に応じた。
綾瀬の兄は鈴村をまじまじと見ながら言った。
「ほう……、君があの鈴村君ねぇ……。よし、わかった。僕はこのまま帰るから、鈴村君は凛を家まで送っていってほしい」
「え、あ、はい。それは構わないんですが、お、お兄さんも同居されてるんじゃないですか? 一緒に帰らないんですか?」
鈴村の言葉に、綾瀬は間に入って説明する。
「あー、違うんだよ鈴村君。確かにこの人は私のお兄ちゃんなんだけど、お兄ちゃん結婚しててお嫁さんと別の家に住んでるから、今は私と一緒には住んでないの」
「あ、そうなの」
「私は本当は一人で鈴村君のことを待つつもりだったんだけど、私のことが心配だからって一緒に待っててくれたんだ」
「そういうことだ、鈴村君。君は仕事熱心なんだね。感心するよ」
「い、いえ、とんでもないです。ありがとうございます」
そう言いながら鈴村は慌ててお礼を言った。
「詳しい話はまた明日話そうか。では凛、鈴村君。また明日」
「うん! また明日ねー」
綾瀬の兄は鈴村に頭を下げ、そのまま自宅へと向かった。
「それじゃ、私のこと送るのもよろしくね」
「…………この時間電車動いてんのかな……」
「大丈夫だよ。終電遅いからそれは安心して。それじゃ帰ろっか」
「…………ああ」
鈴村はそう言って綾瀬を自宅へ送り届け、自分も自宅へ帰宅した。
*
翌日。放課後、綾瀬家にて。
鈴村、綾瀬、綾瀬兄はテーブルを囲んで座っていた。
「それでは改めて紹介します! 私のお兄ちゃんで綾瀬グループのうちの一つの会社の社長をやってる、綾瀬信彦お兄ちゃんです!」
綾瀬凛は紙吹雪を天井から振りながら自分の兄を紹介した。
「そんな変な紹介の仕方しなくても……。凛は相変わらず変なところで行動が大胆になるな」
「へへへー。それが私ですから」
綾瀬凛は、「えっへん」と言わんばかりの顔をして腰に手を当てながら言った。
綾瀬信彦は鈴村に視線を向け、ネクタイをきゅっと締めなおして自己紹介をした。
「改めまして。綾瀬信彦と申します。会うのはたぶん……、初めてかな? 凛から君のことはよく聞いてるよ。どうぞよろしく」
そう言って、綾瀬信彦は鈴村に手を差し出した。
「は、初めまして。緑ヶ丘学園生徒会長補佐をしています。鈴村徹です。お会いするのは初めてですね。よろしくお願いします」
鈴村は挨拶を返しながら綾瀬信彦とを握手を交わした。
綾瀬信彦は鈴村の肩書きを聞いて驚く。
「ほう! 生徒会長補佐なのか! それはすごい。ということは、緑ヶ丘学園の次期生徒会長になるのかな?」
「まだ決定はしていないですが、理事長と飯田会長からはそうなるだろうと聞いています」
「いいねぇ。君のような人が生徒会長なら緑ヶ丘学園も安泰だろうね」
「は、ははは……」
鈴村は綾瀬信彦のそのノリについていけていないでいた。
(…………ノリが完全に理事長そっくりだ……)
鈴村は目の前にいる人物のイメージと理事長のイメージががっつり合うことを認識していた。
テンション、話し方、性格に差はあれど、根本的な部分については理事長そっくりであった。
綾瀬凛は台所から料理を持ってきてテーブルに置いた。
「ささっ! お兄ちゃんも久しぶりに帰ってきたことだし、今日はご馳走だよ! 私が頑張って作りました!」
「悪いね、凛。色々と気を遣わせてしまったみたいで」
「気にしないで! 私、お兄ちゃんが帰ってきたのが嬉しくってさー。つい頑張っちゃいました」
「エビチリかぁ……。これはまた難しい料理に挑戦したものだ。では、頂くとしようか」
「うん! おかわりもあるからね!」
そう言って、綾瀬信彦は「いただきます」と言ってから綾瀬凛の手料理を食べた。
一方、鈴村も緊張しながら、「いただきます」と言って食べ始めた。
(…………思ったけど、綾瀬の手料理食べたの、初めてじゃね……?)
ふと鈴村はそんなことを考えていた。
鈴村は幼い頃から綾瀬と知り合いであり、お互いの家にも遊びに行く仲ではあった。
しかし、鈴村は綾瀬の手料理を食べたことはない。
それもそのはずである。鈴村は自分の選択により中学のころから綾瀬と関わるのをやめていたからである。
それから接点がなかったのだから、手料理を食べたことがないのは当然であった。
(これも、タイムスリップして過去を変えた結果なんだろうな)
そんなことを考えながら鈴村は黙々と綾瀬凛の手料理を食べていた。
綾瀬凛は黙々と食べ続ける鈴村のことをじっと見ていた。
「…………何?」
「何? じゃないでしょ鈴村君。仮にも鈴村君の彼女が作った手料理だよ? 感想の一つは欲しいなぁ。振る舞ったのも初なのに」
「ご、ごめん! めちゃくちゃ美味しいよ! 綾瀬って料理がうまいんだな!」
「へっへーん。すごいでしょー。私の自慢の特技だよ」
綾瀬は嬉しそうに言った。
その様子を見て、綾瀬信彦は驚いた顔をする。
「おや、君たちは幼い頃からの付き合いだと聞いていたが、まだ凛の手料理は食べたことがなかったのか」
「ええ、まあ、色々ありまして……」
「あ、そこはぐらかすんだ」
綾瀬は少し不満そうな顔をした。
色々あったのは鈴村のせいなのは綾瀬もわかっていたため、そこはしっかりと説明してほしいと考えていた。
綾瀬信彦はナプキンで口元を拭いて鈴村に話しかける。
「どうかな、鈴村君。凛との日々は。一緒にいて楽しいかい?」
「え? ああ、はい。とても楽しいです。綾瀬と過ごす時間は、どんなものであっても全部楽しいですよ。全てがかけがえのない時間です」
「ははっ、そうかそうか。いい回答だな。さすが、父に面と向かって気持ちを伝えただけはある」
「……その話、ご存じなんですか」
「ご存じも何も、父本人から直接聞いたからね」
(……あのお喋り理事長め…………)
鈴村は理事長の口を物理的に封じようと考えた。
「…………時に」
「……? なんですか?」
綾瀬信彦は鈴村に言う。
「君の凛に対する思いというものは、その程度のものなのかな?」
「…………は?」
綾瀬信彦はそのまま続けた。
「納涼祭、蒼碧祭、後夜祭、親睦会を経て君は見事凛と交際することに成功したと聞いている。君は自らの努力でこの結果を手に入れた。それは素晴らしいことだ」
「はぁ、ありがとうございます」
「だが、君は凛への気持ちを抱きながらも、同じ生徒会の琴原みどりさんからも好意を抱かれ、君は凛と琴原さん、二人と付き合うことにしたそうじゃないか」
「な、なんでそれを……」
「全て凛から聞いているよ」
「……話したのか?」
鈴村は綾瀬凛の顔を見て問う。綾瀬凛は、小さく頷いた。
「君のその選択は、凛を一途に思うという気持ちに反している。君の気持ちは理解できなくもないが、それは結果的に人を悲しませるとなぜその時にわからなかったんだい?」
「…………それは……」
鈴村は後夜祭での出来事を思い出していた。
一度は綾瀬、琴原の二人と付き合うと決めた鈴村。しかしそれは、綾瀬と琴原の気持ちを踏みにじりたくないからこそ取った行動であった。
自分に好意を抱く相手を悲しませたくない、苦しませたくないという気持ちで鈴村は行動し、結果、琴原を悲しませることになった。
綾瀬も琴原の気持ちは汲み取っており、色々と考えている様子ではあったが、実のところ、綾瀬のその心は優しいものではなかった。
「いろいろな出来事があって君は今、綾瀬凛という女性をしっかり見つめて交際をしている。しかしながら、君が取った行動は君の中で後悔の残る行動だったんじゃないかな?」
「…………そう、かもしれないです……」
「それに、君は青海学園の木下咲良という女子生徒からも好意を抱かれていたようだね。こちらに関してはきっぱり断ったようだが、その理由ははっきりしてるのかな?」
「……何が言いたいんですか」
鈴村は綾瀬信彦の目をしっかりと見て問う。
「……単刀直入に言おう」
綾瀬信彦は、鈴村を睨みつけるような顔をして言った。
「今の君に、凛を渡すつもりはない。そんな中途半端な気持ちの男に凛を任せられるとは到底思えない。なので、今この場で、きっぱりと凛のことは諦めてくれ」
『…………えっ?』
その言葉に、鈴村だけでなく綾瀬凛も驚く。
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん、何言ってるの? 鈴村君は私のことを、みどり先輩のことをしっかりと考えて答えを出してくれたんだよ?」
「ああ、知ってるよ」
「みどり先輩は結果的に悲しい気持ちを背負うことになったけど、私はみどり先輩にも幸せになってほしいの。だからいろいろと条件を付けて……」
「それが『甘い』と言っているのがまだわからないのかな」
「…………っ」
綾瀬凛は言葉に詰まる。
「いいかい。恋愛というものはそう単純なものではない。君らのやっているそれは子供遊びにしか過ぎないんだよ」
「お兄ちゃん、その言い方は鈴村君に失礼だよ。謝って」
綾瀬凛は実の兄にきつめの口調で言う。
「失礼、か。では凛。納涼祭の日、鈴村君が凛だけでなく、琴原さんも選んだことに本当に不満はないのかな?」
「…………それは……」
「あ、綾瀬、もしかして……、嫌だったのか?」
鈴村は恐る恐る綾瀬凛に問いかける。
「…………うん。本当は不満だった。というより、そういう選択をするんだ、って思った」
「…………そう、か」
鈴村は二人のことを考えて、理解して取ったつもりの自分の行動が、裏目に出ていることを今さら知った。
「君が凛のことを大事に思っているのはよく伝わっている。でも、君が取った行動は凛に一途であることを証明できていない」
その言葉に、鈴村は声を荒げて言う。
「で、でも! 俺は後夜祭のあの時、綾瀬を選びました!」
「それは情けではないのかな?」
「情けなんかじゃありません! 俺だって必死に考えました! 覚悟を決めて、俺は綾瀬を選びました! お兄さんの中で何が不満なんですか!?」
綾瀬信彦はバンッとテーブルを叩き、立ち上がって言った。
「では、なぜそのことがありながら、親睦会で凛が琴原さんに提案したことを拒否しなかったんだ」
琴原は鈴村に対する好意を諦めることにしたが、そう簡単に好意がなくなることはないと綾瀬凛は考えた。
そこで綾瀬凛が琴原に提案したのが、『鈴村を独占、キス、その他彼女としてできる行為は綾瀬凛がともにいればOKとする』というものであった。
鈴村は慌てて弁解しようとする。
「そ、それは、綾瀬がOKを出したことだからで……」
「それが『甘い』と言っているんだ」
「…………っ」
鈴村はその圧に再び言葉が詰まった。
「凛がOKしたからなんだ。そこで琴原さんに、言ってしまえば『チャンス』のようなものを与えたところで、結局その気持ちは鈴村君に届かせることはできないんだよ」
「そ、それはそうですが……」
「いいかい? 君がやってることは人の気持ちを弄んでいるに過ぎないんだ。人の気持ちを持ち上げて、そのままどん底まで落とす気持ちはさぞ心地いいものなのかい?」
「いえ、そんなことはないです」
鈴村はその質問に間を空けずに回答した。
綾瀬信彦は少し驚いた顔をしたが、そのまま続ける。
「ふむ。いずれにしても、今の君のその中途半端な気持ちでは、凛のことを安心して預けることはできない。まだその子供遊びのような恋愛をしたいと思うのであれば、今にでも凛に別れの言葉を告げてくれ」
「お、お兄ちゃん、もうそれくらいにしてよ! 鈴村君だって頑張って考えてくれてるんだよ! お兄ちゃんもわかるでしょ?」
「なら凛もわかるはずだ。いい加減に気持ちをはっきりさせてほしいと」
「……それは……」
綾瀬凛も、そのまま黙り込んでしまった。
「僕の言いたいことは以上だ。そうだな、鈴村君からの回答は三日後にでも聞こうか」
「み、三日後!? お兄ちゃんそれじゃあまりにも早すぎるって……!」
「結果を聞くのは早いほうがいいだろう。しかし、決断をするうえで鈴村君は琴原さんと会話をしないといけない。そんなすぐに結論付けられてしまっては、この話をした意味がなくなるからね」
「だ、だからって……」
「久しぶりの凛の手料理、美味しかったよ。……それじゃ鈴村君。また三日後に会おう。この件を、凛のことを、しっかりと考えてほしい。僕が言いたいのは、それだけだよ」
そう言って、綾瀬信彦は家から出て行った。
「…………ごめんね鈴村君。楽しく食事をしようと思ってたんだけど、あんな話になっちゃって……」
「いや、いいんだ。元はと言えば俺が本来ありえない選択を取ったのが原因なんだ。……いずれ、この問題には向き合わないといけないと思ってた」
「……やっぱり、私がみどり先輩に提案したアレ、普通に考えたらアウトだよね」
「まあ、綾瀬のお兄さんが言うんだからそうなんだと思う。……綾瀬のお兄さんが言う通り、俺の選択した未来は、子供遊びの恋愛に過ぎなかったのかもな」
鈴村は、結果的にこの恋愛が今だけのみ感じることができる幸せであることに今さら気づいた。
いくら好きな人と交際ができていたとしても、それが未来永劫続くとは限らない。
何かをきっかけにトラブルに発展し、そのまま別れたり、離婚をする例も少なくはない。それは小さなことがきっかけであったり、手を付けられないような大問題に発展することもある。
綾瀬信彦は、鈴村の取った行動が軽薄であり、綾瀬凛を本当に幸せにできる保証がどこにもないが故にこのような提案をしてきたのであった。
「……ごめん、俺もう帰る。……考える時間が欲しい」
「う、うん。わかったよ。送らなくて大丈夫?」
「大丈夫。一人で帰れるから。……エビチリご馳走様。すごくおいしかったよ」
そう言って、鈴村は綾瀬家を後にした。
「…………ごめんね、鈴村君」
一人部屋に残された綾瀬は、泣きながら鈴村に謝罪をしていた。
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