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鈴村くんは間違えない  作者: シア
第3章 『親睦会』

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第37話 柳の悩み

「うちと、許嫁いいなずけになってほしいッス」


「…………は?」


 緑ヶ丘学園、青海おうみ学園の今後を見据えて開催された『親睦会』の帰り道。


 青海学園生徒会会計、遠坂湊とおさかみなとは、同じく青海学園生徒会副会長、柳美奈やなぎみなに信じられないお願いをされていた。


「あの、柳副会長、自分が何言ってるかわかってます?」


「わかってるッスよ。うちもバカじゃないッス」


「ならなんでそんなこと急に言い始めるんですか……」


 遠坂は困惑しながらも、少し照れながら言った。


「うーん、説明するとすごく長くなるんで手短に話すッスよ。心して聞いてくださいッス」


「そこはちゃんと説明してほしいところですけど……」


 遠坂はさらに困った顔をした。


 柳は夜道を歩き、綺麗に輝く夜空を見ながら言った。


「うちの実家、『華道の名家』なのは、湊っちも知ってるッスよね」


「まあ、それは知ってます。柳副会長も華道をたしなんでるんですもんね」


「嗜んでるというより、強制的にやらされてる、が正しいッスね」


「そうなんですか?」


 柳は困り顔で言った。


「うち、柳家の長女なんスよ。うちの実家は二百年の歴史を持つ華道の名家で、小さい頃からずっと華道をやらされてきたッス」


「それは、自分からやりたいって言ってやり始めたんですか?」


「さっきも言ったッス。強制的にやらされてるって。うち、華道なんてどうでもいいんスよ」


「…………それと許嫁の件に何の関係が?」


 遠坂は柳を見ながら言った。


 柳は、その場に立ち止まり、再び夜空を見ながら言った。




「うち、許嫁がいるんスよ。誰とも知らない男を婿入りさせて、うちの実家の後を継がせるつもりらしいんス」




「…………え?」


 遠坂には柳の言っている意味がわからなかった。


 と同時に、今の時代に『許嫁』というものが存在することに驚きを覚えた。


 柳は遠坂の反応を見て面白がる。


「やっぱりびっくりしたッスか? いやぁ、うちもびっくりしたッスよ」


 柳は再び歩き始めて話を続ける。


「連絡が来たのは……、そうッスね、ちょうど親睦会が始まる前日だったッス。直接お母さんから言われたんスよ。『許嫁と顔合わせがあるから、親睦会それが終わったら準備しなさい』って」


「……それはまた、随分と急なお話ですね」


「昔からお母さん、そういう大事なことは急に言うんスよねぇ」


「なんでですか?」


 遠坂は素朴な疑問を投げかけた。


 柳は俯きながら答える。


「……お母さんは、実家に関する話をうちにしたら即拒否するってわかってるからッス」


「…………ということは、柳副会長は実家を継ぐつもりはない、ということですか?」


「平たく言えばそうッスね。お母さんはお母さんの代で実家の歴史を終わらせるつもりはないらしいッス。だから、うちの許可なく勝手に許嫁を作った、って感じッスね」


「なんか、ラブコメ漫画によくあるようなお話ですね」


「今どき許嫁なんてありえないッスけどねー」


 そう言いながら、柳は頭の後ろで腕組みをし、ストレッチを始めた。


 柳はそのまま続けた。


「つまりッス。まとめると、うちのお母さんは実家の歴史を終わらせたくない。そのために勝手にうちの許嫁を作って結婚させようとしている。うちは継ぐつもりがゼロなのでそれには猛反対したいってことッスね」


「……まあそこまではお話を聞いていて理解しましたが……。なんで俺に許嫁になれなんてこと言ったんですか?」


 柳は遠坂の言葉に真剣な面持ちで答えた。




「それは、湊っちがうちにとっての運命の相手だからッスよ」




「…………は?」


 遠坂はさらに耳を疑った。


 遠坂はその場を誤魔化すかのように、軽く笑いながら言う。


「じょ、冗談はやめてください、柳副会長」


「冗談じゃないッスよ」


「………………」


 柳の表情は変わらなかった。


「うちだってこんなこと、冗談半分で言ったりしないッス。……覚えてるッスか? 『相性占い』を一緒にやった時の事」


「……あぁ、あの『相性めちゃくちゃピッタリ』っていう結果が出たあれですか。結局あれ、出してくる結果はランダムだって証明されたじゃないですか」


「それはそうかもしんないッス。鈴村っちたちの見てたらそうなのかもって、少し思ったッス。……だけどッスね」


 柳は微笑みながら遠坂に言った。




「なぜだかわからないんスけど、湊っちといる時間は、とっても心地がいいんス。なんて言うんスかね……。『隣にいて安心する人』、って言えば伝わるッスか?」




「…………っ」


 遠坂は柳から発せられる本気の言葉を、真正面から受け止められないでいた。


 遠坂は他の女性と交際経験がないわけではない。何度か異性と付き合ったことはあったが、長続きしたことは殆どなかった。


 長続きしなかった一番の理由は、女性側が抱いた『遠坂といてもつまらないから』という一方的な気持ちであった。


 遠坂が告白しようと、遠坂が告白されようと、その恋の結果は常に『つまらない』と言われて終わりであった。


 そんな()()()()を何度も経験してきたからこそ、柳の()()()()()()を受け止めるのが怖かったのである。


 柳は遠坂が黙り続ける中、返答を待つことなく話を続ける。


「湊っちと初めて会ったときは、普通の男の子だなぁと思ってたッス。でも、うちは見てたんスよ。たぶんこれは片思いなんだろうなって思ってたッス」


「か、片思い……?」


 遠坂は思わず口を開いた。


「そう、片思いッス。……で、今回の『相性占い』をお試しで湊っちと一緒にやって確信したッス。うちの運命の人は、湊っちなんだって」


「だ、だからあれはランダムで結果を出してるだけで……」


 遠坂は必死に柳の言葉を否定しようとするが、柳は無理やりそれを止めた。


「……うちの気持ち、無駄にする気ッスか?」


「そ、そういうわけでは……」


 遠坂は正直に話し始めた。


「……正直、柳副会長に急にそんなこと言われて、俺もどうしたらよくわからないです。だって、今までずっとそういう素振り見せなかったじゃないですか」


「そりゃそうッスよ。うちは綾瀬っちやことちゃんとは違うんス。『好意』はあまり表に出さないタイプなんスよ」


「なんの拘りなんですかそれ……」


 遠坂は困り顔で言った。


「俺も、告白されたことは今までに何回もありました。彼女ができたことは何回もありましたけど、それも長続きしなかったんです」


「なんでッスか?」


 柳は問う。


「決まって最後に言われるんです。『遠坂といてもつまらない』、『湊君といてもつまらない』って」


 遠坂は暗い顔をしながら続ける。


「いつもそれで俺の交際は終わります。だからいつも思うんですよ。『なんで俺は告白されたんだろう』、『なんで俺は告白したんだろう』って。後夜祭の時の鈴村くんのこと、知ってますよね?」


「……当然ッス」


「鈴村くんは自分で覚悟を決めて綾瀬さんを選んだ。あの度胸はすごいと思ってます。……それを見て、『じゃあ、俺の経験してきたあの恋愛は、何だったんだろう』って思ってしまうのは、おかしいですかね」


「………………」


 柳は黙り込む。


「鈴村くんはしっかりとした恋愛をしている。琴原さんのことも考えながらも、綾瀬さんのことを一途に考えて動いてる。……それを見てると、だんだん自分が惨めになって来たんですよ」


「……だから、うちの言っていることが信じられない、って言いたいんスね?」


「……はい。本当は怖いんですよ。恋愛というものが。だから、柳副会長の気持ちは嬉しいんですけど、その気持ちには答えられないです。……答えては、いけない気がするんです」


 遠坂は目じりに僅かながら涙を浮かべていた。


「……はぁ」


 柳はその遠坂の言葉を聞いて溜息をついた。


「……うちが湊っちにあのお願いをしたことには二つの理由があるッス」


「二つの理由?」


 柳は遠坂に指を一つずつ立てながら言う。


「理由その一。うちの結婚相手は自分で決めたいッス。恋愛だって、自分の自由にやりたいんスよ」


「それはまあ、普通の考えだと思います」


「そして理由その二。うちは実家を継ぎたくない。そんな知らない男と結婚する気なんて絶対に嫌ッス」


 遠坂はその言葉を聞き、一つの仮説を柳に言った。


「……まさかとは思いますけど、柳副会長は実家を継ぎたくないからその許嫁の話を断る理由が欲しかったんですか?」


「ピンポーン! その通りっす!」


 そう言いながら柳は指で丸マークを作った。


「うちは絶対に実家は継がないッス。でもこのままいけばうちは自由に恋愛ができない……。そんなときに現れたのが、君ッスよ。湊っち」


「…………っ!?」


 柳はそう言うと、遠坂の手を指を絡めるようにしてつなぎ始めた。


「うちは本気ッス。湊っちに抱くこの気持ちは、信じてもらえないかもしれないッスけど、湊っちが思ってる以上に大きくなってるッスよ」


「そ、そう言って、どうせ『つまらない』って別れるのがオチですよ」


「うちの覚悟、そんなに軽く見えたッスか?」


「………………それは…………」


 遠坂は柳が言ったこと、取っている行動を見てそれが『嘘』とは到底思えなかった。


 少なくとも、遠坂が今まで付き合った女性の中では一番相手からの思いが伝わっていた。


 だが、やはり遠坂の抱く感情は変わらない。


 怖い。


 もう惨めな思いはしたくない。


 その思いが、柳からの気持ちに答えるまでの壁になっていた。


 柳は戸惑っている遠坂の様子を見て言う。


「やっぱここまで言っても困ってるッスねー。それほど湊っちにとって、『恋愛』ってものは軽薄で遊び半分なものだったんスね」


「……そんなわけ、ないじゃないですか!」


 思わず遠坂は大きな声で柳に反論してしまう。


「あ、すみません、急に大声出しちゃって」


「いいんスよ。思わず声に出るほどってことは、湊っちもしっかり恋愛に向き合っていきたいんスよね」


「……当たり前じゃないですか。俺だって一人の男なんですよ。あんな遊び半分な恋愛は、二度とごめんです」


 柳はその遠坂の言葉に微笑んだ。


 柳は「だからこそ!」と遠坂を指さして言う。




「湊っちにはうちの許嫁になってもらって、うちの問題を解決してもらう。湊っちはうちと付き合うことで、『本当の恋愛』が何かを理解する。どちらもWin-Winな結果で終われるってわけッスよ!」




「……それ、俺と付き合って終わりになってますけど、大丈夫ですか?」


「……ハッ! それじゃダメッス! ちゃんとその後も付き合っててくれないと困るッス!」


 柳は慌てていた。


 その様子を見て、思わず遠坂は笑いが堪えられず吹き出してしまう。


「もー、なんで笑うんスか!」


「いや、あんだけ言う割にはそこで終わらせちゃうなんて、柳副会長にしては珍しいなって思いまして」


「う、うちの気持ちは本物ッス! 実家の件は二の次ッス!」


「二の次で許嫁の件断ろうとは普通しないですけどね」


「そ、それもそうッスけど……」


 柳はだんだんと自分が言っていることに自信がなくなっていった。


「…………許嫁の件が解決するまでです」


「……え?」


 遠坂は柳の目を見て言う。


「柳副会長の許嫁の件が解決するまででしたら、お付き合いします。ですが、俺はまだ柳副会長のことをよく知りません。許嫁の件を断るんですから、お互いのことはしっかりと知っておくべきです。だから、それまで付き合う形にしましょう」


「…………いいんスか?」


「はい。俺も恋愛について勉強したいので」


 遠坂の言葉に、柳は思わず笑みがこぼれた。


「……それで、柳副会長の許嫁との顔合わせっていつなんですか?」


「えーっと、確か……」


 柳はそう言ってスマホを取り出し、自分のスケジュールを確認した。


 少しして、柳の顔は青ざめた。


「……柳副会長? どうしたんですか?」


「……まずいッス……。湊っち……」


「え、何がです?」


 遠坂は柳の表情を見て嫌な予感がしていた。


 柳はその青ざめた表情で言う。




「許嫁との顔合わせ、ちょうど一週間後ッス……」




「………………え?」


 柳のことを知るにはあまりにも時間が足りていないことが明らかになった瞬間であった。




                   *




「これから短い間ですがお世話になります。柳副会長」


「こちらこそよろしくお願いするッス。……けど、ここどこなんスか? 誰の家ッスか?」


 柳からの突然の告白があった翌日。


 青海学園での生徒会活動を終えた柳と遠坂は、お互いの家ではない別の家に足を踏み入れていた。


 遠坂はリビングに入って、状況を説明する。


「柳副会長の顔合わせまでもう一週間もありません。そんな中、柳副会長のことをもっと効率的に知るにはどうすればいいか考えたんです」


「……で、考えた結果がこれッスか?」


「はい。()()()()()()をするのが一番効率が良いと考えました」


 柳は少し恥ずかしそうにしていた。


「い、一応うちらも年頃の男女ッスよ……? それが一つ屋根の下で、い、一週間とはいえともに過ごすなんて……。その、色々大丈夫なんスか?」


「何を心配してるんですか? 俺は柳副会長のことをもっと知らないとダメなんですよ。そうでないと、許嫁の件断れなくなるじゃないですか」


「……あー、これ素でやってるんスね」


 柳は少し悔しい顔をしていた。


(これじゃ湊っちの目的が『許嫁の件を解決するため』になってるッス……。好きな人と短いながらも同棲できるのは嬉しいんスけど……。なんかこう、うーん、モヤモヤするッス……)


 柳は自分が置かれている今の状況を素直に喜んでいいのか悩んでいた。


 実際のところ、遠坂は柳の置かれている今の問題を解決することだけに必死であった。


 その心に、柳の気持ちに答えようとする感情はなかったのである。


(『付き合う』ってそういう意味だったんスね。……なんか、これだとうちが惨めじゃないッスか。そんなだから今までもすぐに別れたんスよ)


 柳は遠坂がすぐに別れる理由を理解した。


(……でも、その未来をうちなら捻じ曲げられるはずッス)


 しかしながら、柳は自信に満ち溢れていた。


 自分の気持ちが遠坂に必ず届くと信じているからであった。


 いくら自分のわがままに付き合わせてもらっているとはいえ、これは自分の気持ちを遠坂にもっと知ってもらう絶好のチャンスである。


 柳はこのチャンスを逃すまいと必死であった。


「で、ここどうしたんスか? まさか湊っちの家じゃないッスよね」


「俺の家じゃないですよ。ここは桜庭さくらば会長が持つ別荘の一つです。桜庭会長にお願いして、この別荘での一週間の同棲許可を得ました」


「み、みやびっちに頼んだんスか!? ど、どこまで話したんスか!?」


「心配しないでください。桜庭会長にはこう伝えています」


 遠坂は少し間を空けてから言った。




「『俺は青海学園生徒会に入って間もないです。俺は皆さんとも親睦を深めて、生徒会をよりよくしたいと考えています。まずは、柳副会長と同棲させてくれないでしょうか』、と伝えました」




「…………それ、一瞬聞こえはいいッスけど、冷静になって考えると下心丸出しの言い方にしか聞こえないッスよ」


「……え、そうですか?」


「絶対勘違いされてるッス。親睦を深めるだけならうちだけじゃなく青海学園生徒会全員でお泊り会でもすればいいだけの話ッスよ」


「……やってしまった…………」


 遠坂は頭を抱えていた。


 自分にとってこれが最善の策だと思っていたが、よくよく考えれば年頃の男女が、『親睦を深めたい』という理由だけで一つ屋根の下で一週間の同棲を要求するなど、下心丸出しであることを吐露とろしているようなものであった。


 柳は遠坂のその様子を見て思わず笑いだす。


「……なんで笑うんですか」


 遠坂は不満そうに言った。


「いや、ごめんなさいッス。勘違いされても仕方ないッスけど、湊っちなりにしっかり考えてくれたんスよね。……許嫁の件も引き受けてくれるってことは、それなりの覚悟で来てくれたはずッス。ありがとッス」


「……いえ、抱えている問題が問題ですし、その、柳副会長にはちゃんと恋愛してほしいですから」


「えー、なんスかそれー。もしかしてプロポーズッスか?」


「ち、違いますよ! からかわないでください!」


 遠坂はからかう柳を追いかけた。


「ははは! ごめんなさいッスー!」


 そして柳は、嬉しそうに、幸せそうに遠坂から逃げていた。




 こうして、柳による遠坂協力の「許嫁断固拒否作戦」と、柳の「遠坂湊ゲット作戦」が幕を開けた。

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