第26話 蒼碧祭~その2 遭遇~
「飯田君が、いつ私に『別れる』と言うのか、教えて」
「……え?」
緑ヶ丘学園、青海学園の合同文化祭『蒼碧祭』がついに幕を開け、訪れた人々が意気揚々と校舎内に入り一日目のメインイベント『出し物』を満喫していた。
緑ヶ丘学園、青海学園の一クラスずつで一つのペアとなって出し物を行うこのイベントは三日間に渡って続き、主に緑ヶ丘学園、青海学園の生徒の交流を目的に執り行われるものであった。
そんな蒼碧祭一日目が開幕されたと同時に、緑ヶ丘学園高等部生徒会副会長であり二年生の宮田詩織は、『恋占い』をやっている同じく生徒会会長の飯田勝翔の教室を訪れていた。
宮田はここで、『未来予知』が使える特異体質を持つ青海学園高等部生徒会副会長の柳美奈に、耳を疑うような内容を占うよう依頼していた。
「えーっと、宮田副会長さん、何言ってるわかって言ってるッスか……?」
思いがけない占い内容に、思わず柳は宮田の行動を再確認する。
「ええ、わかっています。私の占ってもらいたい内容に何かおかしいものでもあったかしら」
「……念のため確認するッス。宮田さんは飯田生徒会長の彼女さんのはずッスよね」
「ええ、そうです。そのうえでこの占いをしてほしいと頼んでいます」
「……なんでッスか?」
「占ってほしい理由を聞くんですか? そんなことしたら、相手のその反応や仕草も含めて考えた結果、『相手がこう答えてほしいんだ』という大体の予測ができてしまいますよね。言ってしまえばイカサマです」
「そういうわけじゃないッス! うちはイカサマなんてしてないッス! するはずもない! 『未来予知が使える』のを公にしたくないので、少しでも普通に振舞おうとしている結果ッス!」
「なるほどね。確かに柳副会長のそれは超能力に近しいものがあります。その手元にある水晶玉も、それっぽさを演出するためですよね?」
「そうッスよ……。うちら三姉妹の特異体質を知ってるのはみやびっちと、飯田生徒会長の事件があった時にあの場にいた人たちだけッス。他の人の中で、このことを知ってる人はいないッス。公にしたら、それこそ大問題になっていろんな人に迷惑がかかるッス。それは絶対に阻止しないとダメなんスよ」
そう言いながら、柳は唇を噛みしめた。
「でも、やっぱり宮田副会長のそれはちゃんと理由を聞かないと納得がいかないッス。うちたち、知り合って間もないですが、飯田生徒会長も宮田副会長も、とてもお似合いに見えるッス。なのになんで、そんなことを占ってほしいんスか?」
「そんなの……、決まってるじゃない」
宮田は真面目な眼差しで言った。。
「私がいつ飯田君に愛想をつかされるのか、怖いからよ」
「……どういうことッスか?」
「……私と飯田君が出会った時の事、この前話しましたよね」
「それは聞いたッス。あんなロマンチックなこと、飯田生徒会長がやるなんて思いもしなかったッスけど」
「私もあの時はそう感じました。なんで見ず知らずの私のことを助けてくれたんだろうって。考えていく中で、一つの結論に至りました」
「結論?」
柳は宮田の言葉にハテナマークが出ていた。
「飯田君はきっと、あいつの、……橘のやり方が気にくわなかったんです。飯田君はそんなあいつから引き離そうと頑張ってくれました。私はその気持ちに応えようとしたんです」
「……それで付き合うことに?」
「いや、最初は断られたんです」
「断られた!? み、宮田副会長のその美貌がありながら!?」
思いがけない事実に柳は驚きを隠せなかった。
「ああ、そうでしたね。飯田君全部話したつもりでしたけど、ところどころ抜けているところがありましたね」
「えっ、宮田副会長の告白を!? 断ったんスか!?」
「そ、そんな驚かなくても……。……というか、声をもう少し小さくしてくれないかしら……」
「あ、ごめんなさいッス」
そう言いながら柳は頭を掻いた。
「飯田君は私を嫌ったうえで告白を断ったわけじゃなかった。ちゃんと私のことを知って、理解したうえで、交際するかどうかを決めたかった、そう言われました」
「か、かっけー……」
柳の目は輝いていた。
「じゃあ、私は飯田君に見てもらうために努力しよう。あの日そう決めました。そして、飯田君の好みの女子のタイプを聞いたんです」
「うんうん、それはなんだったんスか!?」
柳の目は未だ興味津々で輝きに満ち溢れていた。
「今の私のような、クールビューティで感情を表に出さない人がタイプだって、言ってました」
「おー! すごい! すごいじゃないッスか! まさに飯田生徒会長の理想の相手だったってことッスね!」
宮田の言葉に、柳は拍手をした。
「でも、今の私は偽物なんです」
「偽物?」
「飯田君と初めて会ったときの私は、今とは全く真逆の性格でした。どんなことにも好奇心旺盛で、活発な性格でした。……その性格のせいで、橘と付き合うことにもなったんですけど」
「……そうだったんスね」
「私は飯田君に常に見てもらいたい、ずっと一緒でいてほしい。……でも、飯田君が見ている今の私は、飯田君の理想像を演じている女性に過ぎないんです。その化けの皮はいつ剥がれてもおかしくないし、それに幻滅して飯田君が離れていく未来が容易に想像できます」
「………………」
「だから、柳副会長にお願いしているんです。『飯田君が私に幻滅するのはいつか』を」
宮田は恐れていた。いつ本物の自分が浮き彫りになってしまうのか、いつ飯田から別れの言葉を伝えられるか。
宮田は怖くなりながらもその真相が知りたく、柳に依頼をしたのであった。
「……宮田副会長の言い分はわかったッス。うちの『未来予知』は、見えたら最後、何が介入したとしてもその未来を変えることはできないッス」
「ええ、それは知ってます。それを知ったうえでお願いしてます」
「……本当にいいんスね」
「はい、お願いします」
「…………わかったッス」
そう言って柳は、演出用の水晶玉には手を置かず、宮田の両手を握った。
「ちょ、柳副会長!?」
「しーっ。少し我慢してくださいッス。うちの『未来予知』、使うだけで結構体力使うんスけど、それはその人のことを一度頭で認識したうえで予知するからが原因ッス。コピー機に原本入れてスイッチ入れたら、まず初めに原本のデータを読み込むッスよね。あれと同じ感覚ッス」
「そ、それとこれにどういう関係が……」
宮田は少し慌てていた。
「ところがッス。その人の体の一部に触れてさえいれば、そのスキャンに当たる部分がスキップされるので、体への負担が減るんスよ。本当は頭に触れるのがいいんスけど、宮田副会長のその髪型、出し物のためにセットしたやつッスよね。それを崩さないために、『手』を選ばせてもらったッス」
「あぁ、なるほど……、そういうことでしたか……」
しかし、宮田の焦りは収まらなかった。
柳はそんな顔を見ながら、『未来予知』を始める。
「じゃあ、始めるッスよ。……覚悟はいいッスね?」
「……ええ。お願いします」
宮田がそう言うと、柳は「コクッ」と頭を縦に振って目を瞑った。
柳の言う通り、体への負担はあまりかからなかったのか、『未来予知』は数分で終わった。
ゆっくりと目を開けた柳に対し、宮田は食い気味で問いかける。
「ど、どうでしたか?」
少し焦りを感じるその表情を見た柳は、宮田を安心させるような顔で言った。
「大丈夫ッスよ、宮田副会長さん。飯田生徒会長は、あなたに別れ話をすることはないッス」
「…………えっ、どういうことですか?」
思いがけない占い結果に、宮田は驚愕していた。
「もともと飯田生徒会長も、自分が行った理想像に宮田副会長が合わせているのは知っているッス。だって実際にその性格を演じる前に会ってるんスから、そこから真逆の性格で接されたら、誰だって違和感は持つものッスよ」
「た、確かにそれはそうですが……」
「で、ここでびっくり情報ッス。飯田生徒会長の理想像は宮田副会長に言ったものとは違うんスよ」
「……え? ……嘘をついていた、ってことですか?」
柳は人差し指を振りながら、「ノンノン」と言って答えた。
「飯田生徒会長はもともとの宮田副会長が本当の理想像だったんスよ。でも、それを正直に言うと恥ずかしかったから、あえて嘘の理想像を伝えたんス」
「…………そう、だったんですね」
思わぬ飯田の取った行動に宮田は驚きを隠せないでいたが、しかし次第にその顔が笑顔になっていった。
「……つまり、演じていても演じていなくても、私は飯田君と一緒になる未来は変わらなかった、ということですね」
柳も笑顔で言う。
「その通りッス。どっちに転んでも、お二人は繋がる運命だったんスよ。お似合いで良かったじゃないッスか。これこそ真のハッピーエンド、ってものッス」
「……よかった」
宮田は占いの結果に安堵した。
と、そんな時間も束の間、柳と宮田が座るエリアに飯田が入り込んできた。
「おい、お前ら時間かかりすぎだぞ。思ったよりお客さん多くて閊えてるんだ。もう終わっただろ?」
飯田の顔は焦りの顔だった。慣れない接客を頑張って行っているのが見て取れた。
宮田はその顔を見てより安心したのか、笑みが消えないでいた。
「ええ、ちょうど今終わったところよ。柳副会長の占い、すごいわね。この未来が本当に当たると断言してくれたもの」
「ま、まあ、間違ったことは言ってないッスね……」
柳は目を逸らした。
「飯田君」
「ん? どうした? 出口はあっちだぞ……」
と、言いかける飯田に、宮田は口づけをした。
『恋占い』をしている以上、教室はその雰囲気を出すために外から入る光を遮断しているため、少し暗くなっていた。
そのおかげか、宮田と飯田のその瞬間は周りからはよく見えなかったが、柳からはしっかり見えていた。
「ちょ、詩織……!? なんだよ急に……!」
「ふふっ、びっくりしたかしら。私からのプレゼントよ」
「何も今こんなところでしなくても……」
「大丈夫よ。この暗さだもの。柳副会長からくらいしか見えないわ。……ね? 柳副会長」
急に話を振られる柳は慌てながら答えた。
「ま、まあそうッスけど……。……宮田副会長、思ったより大胆なことするんスね」
「柳副会長のおかげかもしれないですね。私を安心させてくれて、ありがとうございます」
そう言って宮田は柳に頭を下げた。
「うちは仕事しただけなんスけどね……」
「そうですね。ちゃんと仕事をしてくれました。……じゃあ、飯田君。また後で、休憩時間に会いましょ」
「お、おう。暗いから足元には気をつけてな」
飯田のその言葉に、宮田はにっこりと笑って教室から出て行った。
「……柳副会長、詩織のやつ何を占うように言ってきたんですか?」
「……えーっと、プライバシー保護のため今は言わないでおくッス」
「えっ、そんなルールありました?」
柳は今の時点で真相を飯田に告げるのはやめておいた。
飯田は宮田の行動や柳が占った内容を教えてくれないこの状況に少し戸惑ったが、後になればわかると考えたのか、仕事に戻ることにした。
「じゃあ柳副会長、次案内しますね」
「はいッスー。どんどんお願いするッスよー」
そう言って、飯田は次の客を案内した。
*
『いらっしゃいませー! 『メイド・執事喫茶』へようこそ!』
鈴村徹、綾瀬凛の所属する緑ヶ丘学園高等部一年A組は青海学園高等部一年A組と共に『メイド・執事喫茶』を運営していた。
「うんうん、やっぱり美男美女が集まる空間は目の保養になっていいよねぇ」
「……綾瀬、言い方がおっさんくさいからやめてくれ」
「え、そんなおっさんくさかった?」
綾瀬は自分の発言を反省していた。
「でも、そのおかげで今や喫茶店は大盛況だよ! 入店待ち列も気づけば一時間半待ちになってるし、これはかなりいい出だしだよ!」
「まあ、それなりに人気の出し物だしな。これくらいは予想の範疇だろ」
「……なんか鈴村君って、変なところで夢がないっていうか、現実しか見ないっていうか、……つまんないよね」
「そこまで言う!?」
綾瀬の酷い言葉の数々に思わずツッコミを入れる鈴村であった。
「……で、そのメイド役もちゃんとお前がやるんだな」
「当たり前じゃん! 鈴村君が執事やってるのに私がメイドやらないなんて不公平じゃない?」
「どこ目線?」
鈴村から再びツッコミが入る。
綾瀬はそんな鈴村の顔をガシッと掴み、自分の姿を改めて見せるようにして言った。
「で、どうかな。私のメイド姿。かわいい?」
「お、おう……。かわいいぞ、似合ってる」
「……うーん、零点」
「なんで!?」
「熱海の時となんも変わってないじゃん……。いい? 女の子の衣装を褒めるときはまずその仕草、着ている衣装を細かくまで見て、さらにそれを着た人がどれだけ美しく見えてるかを見てから答えを言うもんなんだよ」
「わ、わからん……。綾瀬が何を言ってるのか全くわからん……」
鈴村は綾瀬から発せられる聞き覚えのない言葉に頭を抱えた。
「ま、普通に褒められるのも素直に嬉しいけどね」
「じゃあそんな小難しいこと考えなくていいんじゃん……」
「それより問題は、みどり先輩と比べてどっちが似合ってるかが重要かなぁ」
「こ、琴原先輩? なんで?」
「……だって、さっきみどり先輩のことめっちゃくちゃ凝視してたじゃん」
「……あー」
鈴村はボーイッシュ好きである。綾瀬は鈴村の好みを知っていたため熱海旅行の際にボーイッシュスタイルで旅行に来たが、琴原は今回のコスプレでそれを流用した姿で登場。本人曰くそれは「コスプレ」であった。
その姿を見た鈴村はしばらく凝視してしまうほどに心打たれていた。
「そ、そりゃもちろん……」
と、答えかけたところで、鈴村は答えに詰まった。
鈴村は綾瀬に好意を抱き、その気持ちを直接伝えている。そして、同時に琴原にも好意を抱くようになり、琴原にも気持ちを伝えている。
この事実は綾瀬、琴原双方も理解しており、鈴村は二人公認の彼氏となっている。
故に、鈴村は二人のことを優劣つけることはないのである。
しかしながら、鈴村は、自分の心の奥底では、綾瀬と琴原に対する感情に優劣があることを自覚していた。
それは綾瀬と琴原が鈴村と過ごしてきた時間に差があるわけではない。意識してもらおうと行動した回数が違うわけでもない。
ただ、鈴村の本能が、綾瀬と琴原に対する感情に優劣をつけてしまっていた。
だが、それでも鈴村は綾瀬と琴原に苦しい思いをしてほしくないと考え、二人の好意を受け入れ、二人と付き合う選択をした。
それが仇となったのか、鈴村はだんだんとその自分がついている『嘘』に罪悪感を感じ始めていた。
「? もちろん、何?」
綾瀬は言いかけた鈴村に心配する顔を向ける。
「もちろん……」
鈴村は悩んだ末、答えた。
「もちろん、二人とも似合ってたよ。綾瀬はいつも活発な性格からは想像できないほどのギャップを感じられていいし、琴原先輩もそういう格好するんだ、って感じがした」
「なるほど。つまり私たち二人に対して『ギャップ萌え』を感じたと。そういうことだね?」
「う、うん。そういうことになるね」
綾瀬はその回答に思わず笑ってしまった。
「ははは! やっぱそういう回答になるかぁ。……鈴村君、気遣ったでしょ」
「え!? つ、遣ってないよ」
「そうかなぁ……。ま、そう答えると思ったけどさ」
綾瀬はそう言って、少し鈴村から体の向きを変えて呟いた。
「……やっぱりどちらがいいって、まだはっきり答えてはくれないんだね」
「え? 何か言った?」
「いや? 何も? 鈴村君ってヘタレだなって思っただけだよ」
「え、何そのシンプルな悪口。普通にへこむからやめてほしいんだけど」
だんだんと鈴村のツッコむ回数が増えていった。
と、そんな様子を見ていた男子生徒が後ろから話しかけた。
「ほらほらー、お似合いカップルさんたち、突っ立ってないで接客してくれ。綾瀬さんはこれをあの席に、鈴村くんはこの方たちを席に案内してあげて」
「あ、ごめんなさい。すぐ持っていきますね」
綾瀬はそう言って男子生徒からティーセットを受け取り、言われた席へと運んだ。
「お似合いカップルさんって、からかうようなことは言わないでください……。あ、お二人ですね。ようこそ、『メイド・執事喫茶』へ。こちらへご案内します」
そう言って鈴村も訪れた客を席へ案内した。
「……ま、あんだけのことをしたんだから、うちの学園でも話題になって当然だよな」
そう言う男子生徒は、青海学園高等部生徒会会計、遠坂湊であった。
遠坂は有名レストランを経営する会社の子息であり、幼い頃から接客のマナー、知識、そして様々な料理に対する知識を身に着けていた。
これが周りから評価され、遠坂は『メイド・執事喫茶』を取り仕切る店長として抜擢された。
「いいなぁ。俺もあんな美人とお付き合いしてみたいもんだわ」
遠坂は女性経験があまりなく、彼女という存在ができたことが一度もなかった。境遇としてはタイムスリップする前の鈴村と同等である。
しかしながら、遠坂には接客もでき、料理もできるというレストラン経営者としての素質を持ち合わせている。遠坂がこの店の店長として抜擢されたのは偶然であったが、それが決まったと同時に遠坂はあることを決めていた。
(俺はこの蒼碧祭で、この力を使って絶対に彼女を作る……!)
その目的は彼女作りであった。
そのあまりにも真剣な眼差しは、本人にとっては大真面目なものであったが、周りから見るとあまり直視できないものであった。
「まーたあのやばい目してるよ、遠坂のやつ……」
一人の男子生徒が遠坂の目を見てうんざりしながら言った。
*
『いらっしゃいませ! 『コスプレ喫茶』へようこそ!』
その掛け声とともに、各々が自由にコスプレした生徒が訪れた客をもてなした。
琴原みどり、宮田詩織、長谷川杏里の教室である。
「お姉ちゃん、その恰好寒くない? 大丈夫?」
「だ、大丈夫です! ささっ、こちらの席へどうぞ」
季節に似合わない生足を見せる琴原を心配したのか、客として来た一人の女性客が言った。
「まだ十月入ったばっかだけど、その足じゃ寒いでしょ。ほら、これあげるから、寒かったら使ってね」
「す、すみません……。ありがとうございます」
その姿を見た女性客は心配のあまり、持参していた黒タイツを琴原に手渡した。
琴原は一般客から渡されたものを親切で拒もうとしたが、思っていた以上に寒かったので思わず受け取ってしまった。
「ご注文は何になさいますか?」
「そうねぇ……。じゃあ、このブラックコーヒーをいただこうかしら」
「かしこまりました! 彼氏さんは何になさいますか?」
琴原は女性客の注文のメモを取りながら、同行していた男性客にも注文を問う。
女性客はその言われ方に思わず笑ってしまう。
「ははは! 彼氏だって! 私たちそう見える?」
「え、はい。もしかして違いました? でしたら謝ります! ごめんなさい!」
そう言って琴原は頭を下げた。
「だってさ、私の彼氏さん?」
女性客は同行した男性客を少し煽るような言い方をした。
「そうか、お前の彼氏ねぇ……。まあ、それでもいいかな」
そう言いながら、男性客は被っていた帽子とかけていたサングラスを外した。
「えっと、それで、ご注文は?」
「……あ、そっか。君は俺の顔を知らないのか。じゃあこれ取る必要なかったね」
女性客はその言葉に笑いを堪えていた。
白い無地の長袖服の上にベージュのカーディガンを羽織り、少し暖かめの長ズボンを身に纏った男性客は、サングラスをかけなおして言った。
「じゃあ、俺も同じものをもらおうかな。……あ、ミルクはほしい」
「かしこまりました! 少々お待ちください!」
そう言って、注文を受けた琴原はバックヤードへ向かって行った。
女性客は男性客に対して言う。
「そっか、あんた素顔見られてるのって飯田と鈴村ってやつだけだっけ」
「あー、そういえばそうだわ。その鈴村ってやつがこの前すれ違ったやつかはわからないけど……、たぶんそうなんじゃないかな」
「直接関わってないもんね、あんた。まあそれも今となっては好都合でしょ」
「……かもしんないねぇ」
琴原の『コスプレ喫茶』に来た男性客。その正体は。
「ちゃんと壊しに来たよ。……この蒼碧祭をね」
蒼碧祭三日目に来ると予想されていた、鈴村たちが立ち向かう男、橘光であった。




