第25話 蒼碧祭~その1 開幕~
「ようやくこの日が来ましたなぁー」
「ですねー」
緑ヶ丘学園高等部生徒会室にて、書記の綾瀬凛と会計の琴原みどりは和ましい雰囲気で会話していた。
「緑ヶ丘学園と青海学園の合同文化祭、その名も『蒼碧祭』! この前の飯田会長の件があって本当に中止になりそうだったけど、鈴村君の説得でなんとか開催されることになってよかった……」
綾瀬は安堵の顔を見せた。
琴原もそれは同じであった。
「あの時、鈴村君がああやって言ってくれなかったら、今ごろ私たち、何してたんですかね。ただ後悔して、普通に授業受けてたんでしょうか」
そう言って琴原は窓の外を見た。
「確かに私たちが立ち向かおうとしている敵は強大ですけど、鈴村君は覚悟を決めてあの決断をしてくれたんです。まずは感謝しないとですね。ありがとうございます、鈴村君」
琴原はそう言いながら、生徒会長席の机の前に立つ鈴村に感謝の気持ちを述べた。
その横に立つ生徒会長、飯田勝翔も同様に、感謝の気持ちを述べる。
「ありがとな、鈴村。今日という日を迎えられたのは、紛れもなくお前のおかげだ。この問題は俺の問題でもあるが、それに立ち向かうと決断してくれたお前の姿、かっこよかったぞ」
そう言って飯田は鈴村の頭を撫でた。
「やめてください……。俺はただ、そんな自己中心的な考えしか持っていないバカみたいな橘に、うちの文化祭を台無しにされるのが嫌だったんですよ。それに俺、結構『思い出』を大事にするほうなんで」
「ほう? つまりはあれか? この文化祭が俺にとって高校生活最後の文化祭だから、それをいい思い出で終わらせて笑顔で卒業してほしいって考えたのか?」
「え、いや、まあそうですけど……」
鈴村は少し照れながら答えた。
「はっはっは! いやー、やっぱお前すげえわ。その度胸はどこから出てくるんだか。やっぱりお前には生徒会長になる器があるな。俺が直接理事長にかけあって、お前のこと推薦してやろうか」
飯田は少しからかう表情で鈴村に言った。
「変なこと言わないでください……。俺にそんな器はないですし、飯田会長が推薦したところで生徒会長になれるわけじゃないですか。生徒会長になれるのは学園長、理事長が任命しないとなれないんですよ? しかもそれなりの成績取らないといけないですし」
「だーかーらー、それぐらいお前にはできるってことだよ」
「なんですかそれ……」
「期待してるぜ、鈴村生徒会長」
そう言って飯田は、ポンポンと鈴村の肩を叩いた。
鈴村は困惑した顔をしていたが、内心は嬉しかった。
これまでの鈴村の人生の中で、『誰かに感謝してもらった経験』は殆どなかった。
日々を平然と過ごし、ただ綾瀬のことだけを考えて行動してきた。
しかし、タイムスリップしてから鈴村の考えは変わった。
それまでの人生の中で『友人』と呼べる存在がいなかった鈴村だが、『人生の選択肢』によって綾瀬と直接的な再会を果たすことができ、さらに飯田を含めた生徒会メンバーに出会うこともできた。
鈴村は様々な人と接することによって、自分の中にある根本的な考え方が変わっていた。
「とまあ意気込んだはいいが、奴が来るのは三日目だ! 今日は初日! 一応理事長にも言って警備は去年以上に手厚いものにしてもらってはいるが、柳副会長の『未来予知』が万が一外れてしまう可能性もある。皆には気を引き締めて警備をしながら蒼碧祭を運営してほしい」
飯田は皆の前に立って言う。
「そういえば、青海学園の生徒会メンバーさんたちはどうしたんですか? てっきりうちの生徒会室に集合かと思ってましたが」
琴原が手を挙げて言う。
「そこも難しいところでなぁ。本当はそのつもりだったんだけど、あいつは何をしてくるかまるで予想ができない。念には念をってことで、生徒会メンバーはそれぞれの校舎の警備を担当することになった」
「でもそうすると、自クラスの手伝いが難しくなるんじゃ?」
「綾瀬、その通りだ。確かに警備しながら蒼碧祭の運営をするのは難しい。ただ、合同文化祭にしたことが功を奏したんだろうな。確かに手伝いが必要な部分は出てくるだろうが、それはお互いの生徒たちで協力しあって解決してもらう。もちろん、お前らが出し物の手伝いをできる余裕くらいはあるさ」
「そうですか……。今の飯田会長の話だと、完全に出し物は任せっきりで、私たちはあの人の警備をしながら全体の運営をするものだと……」
綾瀬は少し不安そうな顔で言った。
「それを青海学園と合わせて九人だけでできるはずないだろ……。さっきも言ったはずだ。『警備を手厚くした』って。できる限り生徒会メンバーが警備に時間を割かれないように手は打ってある。だからお前らは、安心して出し物に注力してくれていい。その傍ら、警備と運営をするって感じで大丈夫だ」
そう言いながら飯田は皆に向かってグーサインをした。
「なんか全体的に難しそうな気がしてますけど……。とりあえず、柳副会長の言う通りならこの二日間は出し物に集中しましょう。俺らの大仕事は、三日目ですからね」
鈴村はそう言いながら、ホワイトボードに書かれたスケジュール表を見た。
「……ん、そろそろ時間か。よし、俺らは放送室に行くぞ」
「え、放送室ですか? ていうか宮田先輩は?」
「あぁ、詩織なら少しだけ遅れるってさっき連絡あった。寝坊でもしたんだろうな。こんな大事な日に何やってんだか……」
飯田は頭を抱えていた。
「とりあえず、これから蒼碧祭が始まる。その開会の挨拶をするんだよ。お前らも同行することになってる」
「……なら初めから生徒会室ではなく、放送室に集合で良かったのでは……?」
鈴村は飯田に様子を伺うような顔をしながら言った。
「……確かに。ここにいるの無駄じゃん」
(……やっぱ大事なところで頭のネジが外れるなぁこの人……)
鈴村は改めて飯田の短所を実感した。
「ま、別にいいだろ、どっちでも。ほら、みんな行くぞ」
そう言って、飯田は宮田以外を率いて放送室に向かった。
「…………宮田先輩、本当に寝坊したのかな……」
そんな中、鈴村は宮田が珍しく寝坊したことが気がかりになっていた。
*
『さーさー! ついにこの日がやってきました!』
『皆さんお待ちかね! 緑ヶ丘学園文化祭当日がぁ…………』
『来たああああああああああああああああ!!!!!!!!』
放送室にて、二人の女子生徒がマイクに向かって叫んでいた。
「……これ、何です?」
綾瀬は戸惑いながら飯田に問う。
「見てわかんないか? この放送、緑ヶ丘学園全校舎にかかってるだけでなく、青海学園全校舎にもかかってるんだよ。蒼碧祭開幕の宣言をしてもらうように放送委員に頼んだんだ」
「あぁ、これ蒼碧祭開幕の宣言だったんですね。変な女子生徒二人がマイクに向かって叫んでるだけかと思ってました。……この音量で放送されてるんですか? 青海学園にまで? 騒音でクレームとか入らないですよね?」
「そこは心配ない。ちゃんとこれがあることは周辺住民に周知済みだ」
「そこまでしてこれやりたかったんですね……」
綾瀬は呆れていた。
一方その同時刻、青海学園生徒会室では。
「……うるさいッスね……、大丈夫なんスかこれ。近所迷惑でクレーム入りそうッスけど」
青海学園生徒会副会長、柳美奈は耳をふさぎながら言った。
「大丈夫、……なはずですわ。諸々の準備や近隣に住んでいる方々への周知は済ませてあると、飯田生徒会長が仰ってましたので」
しかし、そういう青海学園生徒会長、桜庭みやびも少し顔をひくつかせていた。
「まあそれならいいんスけど……。……咲良っち、どうしたんスか? 考え事ッスか?」
「え!? あ、いえ、なんでもないです。大丈夫ですよ」
「? ならいいんスけど」
そんな中、生徒会書記、木下咲良は少し下を見ながら考えていた。
(……桜庭会長からはいろいろ聞いたけど、私がいない間にそんなことがあったなんて……。飯田生徒会長、大変だったろうな……)
木下は、飯田に事件が起きた際、既に帰宅していたため、その時あったことを知らなかった。
飯田の事件が起きた翌日、桜庭から直接話を聞き、木下は驚きのあまり口元を抑えた。
(世の中いろんな人間がいるけど……、そんなクズみたいな人間まだいるんだ……。なんとしてでも、私たちで、緑ヶ丘学園の生徒会たちで、この蒼碧祭を成功に導かないと……!)
木下は覚悟を決めていた。
緑ヶ丘学園放送委員の二人はそのまま蒼碧祭の説明を始めた。
『さーてさーて! 早速ですが今年の文化祭は一味違います』
『これまでは緑ヶ丘学園だけで行ってきた文化祭ですが……。今年はなんと! 青海学園との合同文化祭を開催することとなりました!』
その声に、校舎内から様々な声援が送られる。
『緑ヶ丘学園と青海学園の合同文化祭。その名も『蒼碧祭』! お互いの校舎全体が会場になっており、それぞれのクラスが学年ごと、一クラスずつペアになって出し物を行ってもらいます! まずはこれが一日目!』
『一日目の主役は出し物ですからね! 皆さん、お忘れなきよう!』
『ペアになっているとはいえ、それぞれのクラスで同じことをしてても意味がありません! ということで、ペアになったクラスはどちらかがもう片方の校舎にて出し物を行います。当然そうすると空き教室ができますので、その分を残ったクラスの出し物に使えるというものになっております』
『これでスペースは十分にとれるので、お店系の出し物をしていれば回転率は上がり、お化け屋敷などの出し物をやっていればスペースが広いので様々な演出を施すことができます!』
「これ、俺の提案なんだ」
飯田はニヤニヤしながら言った。
「いいと思いますよ。ただでさえ二クラスで一つの出し物やるんですから。空き教室そのままにしてたら、出し物の作業してる生徒だけで教室パンパンになりますよ」
その様子は容易に想像できた。
『一日目は出し物が主役なので、各々自由に楽しんでください! しかし、青海学園様のほうも合わせて一日で回るのは厳しい……。それもご心配なく! 出し物は三日間継続で行う予定です!』
『この三日間のうちで在庫切れ等の理由で運営不可になったクラスはそこで運営終了となりますが、基本的には三日間継続ですので、二日目、三日目は回り切れなかったクラスの出し物に参加してみてくださいね!』
『そして! 二日目は……、緑ヶ丘学園と青海学園、それぞれのトレンドマークや有名スポットを巡る『スタンプラリー』を開催予定!』
『ここが有名な告白スポット! ここは勉強するにはもってこいの集中できる場所! などなど、それぞれの学園で自慢したいところをスタンプの設置場所としましたので、お互いの学園をスタンプラリーを通じて知って、感じてみてくださいね!』
『もちろん、出し物同様、このスタンプラリーは一般のお客様も参加可能です! スタンプラリーのカードはそれぞれの学園の校門に置いてありますので、お一人様一枚取ってご参加ください!』
「これ、作るの大変でしたね……」
鈴村はスタンプラリーの準備をしていた時のことを思い出した。
「そうですね……。スタンプを置く場所、スタンプラリーに使う紙の作成、印刷。何より、押すスタンプを手作りでやらないといけないと知った時は、終わりの見えない地獄を想像しました……」
琴原はそう言いながら、体を震わせていた。
『さて! そして最終日となる三日目は……、緑ヶ丘学園、青海学園をもっとよりよく知ってもらう『演目』が体育館にて開催予定です!』
「あ、そんな名前になったんですね」
鈴村が言う。
その言葉に飯田が答えた。
「これなぁ、結局お互いの学園のことを知ってもらうわけだろ?」
「まあ、そうですね」
「生徒にもそうだけど、一番伝えたいのは一般のお客さんだ。そもそもこの蒼碧祭は、青海学園の知名度が下がってきたことが原因だ。それをどうにかするためのものなんだが、お互いの学園の良いところ、行っている部活動、委員会の紹介をすることになるから、それでいいかなって」
「……まあ、それでいいんじゃないですかね」
かく言う鈴村も特にいい案が浮かんでいなかったので、これはこれで良しとした。
『こちらの『演目』では、緑ヶ丘学園、青海学園がそれぞれ何を校風にしているのか、どんな部活動、委員会があるのか、授業はどんな風景なのか、などなど、双方の学園の中身をしっかりと皆さまに知ってもらうものとなっております!』
『一般のお客様が対象となる演目ですので、ぜひともご参加お待ちしております!』
『ちなみに、青海学園の紹介は緑ヶ丘学園で、緑ヶ丘学園の紹介は青海学園の体育館で行う予定ですので、皆さま気になったほうの体育館にお集まりいただければと思います!』
そう言って、放送委員の二人は顔を合わせ、声を合わせて言った。
『蒼碧祭の全体的な説明は以上です! それでは! 蒼碧祭ぃぃぃぃぃぃ…………』
『スタァァァァトォォォォォオオオオオオオ!!!!!!』
その掛け声とともに、緑ヶ丘学園、青海学園合同の文化祭、『蒼碧祭』が開幕した。
「……あれ、俺の挨拶は?」
「あ、ごめんなさい。白熱しちゃってて忘れちゃいました」
「……俺来た意味ねえじゃん」
飯田は少しがっかりしていた。
そんな時、放送室の扉が勢いよく開いた。
「ごめんなさい! 遅くなりました!」
宮田であった。
「おー、遅かったな詩織。どこ行ってたんだよ」
「どこも何も……、寝坊したって言ったじゃない……。LINE見てないの?」
「見たぞ? お前が寝坊なんて珍しいなと思って。……もしかして今日が楽しみすぎて眠れなかったとか?」
「ば、バカにしないで頂戴。私もいい年齢よ。それに、誰でも寝坊はするものよ。ミスは誰にだってあるもの」
「寝坊した奴がなんか言ってるわ」
飯田は宮田のことを少しからかった。
「始まったのね。蒼碧祭」
「ああ。今の放送聞いてただろ? ……ほら、入り口からお客さんがめっちゃ入ってきてる」
そう言って、飯田は校門のほうを指さした。
「うわほんとだ、思っていた以上の盛況ですね」
鈴村は人がなだれ込む校門を見て驚く顔を見せた。
緑ヶ丘学園初の試みとあってか、蒼碧祭の噂は決定した瞬間から瞬く間に広がっていった。
新しいもの見たさで集まった者、興味本位で集まった者、純粋に文化祭というイベントを楽しもうとしている者、様々な客人が緑ヶ丘学園に集っていた。
「きっと青海学園も同じなんでしょうね」
鈴村は言う。
「そうだといいな。元は向こうの知名度を上げるためのものだ。そうでないと困る」
「わ、わわっ! 見てくださいッス! 人が! すごい! ゾンビ映画見てる気分ッスよ!」
「変なこと言わないでくださいな……」
ちょうど開幕の合図が始まったころ、青海学園でも大勢の客が校門から入ってくるのが生徒会室から見えた。
「去年はあんなにまばらだったのに……。何事も提案してみるもんスね……!」
感動のあまり柳は涙を流していた。
「これもあの日、木下さんが提案しに行ってくださったおかげです。ありがとうございます、木下さん」
「い、いえ! 私も皆さんに喜んでもらえて嬉しいです!」
木下は二人に向かって笑顔を見せた。
その横で、青海学園学園長、水嶋宗一郎は拍手をしていた。
「いやぁ、見事なものだ。ここまで盛況になるとは思っていなかったよ。忠一の協力あってこそのものだと思うが、蒼碧祭を開催できてよかった」
「いやですわ、学園長。蒼碧祭はまだ始まったばかりです。これからが勝負どころですわ」
「そうだな。……さて、蒼碧祭も始まった。例の件について、我々も気を引き締めて取り組まなければならん。柳君の話によれば、例の男、『橘光』は蒼碧祭三日目で事件を起こすそうだな」
「そうッス。蒼碧祭の三日目、緑ヶ丘学園高等部の体育館に姿を現して、何か事件を起こすつもりッス」
「それは何時ごろかはわからないのか?」
水嶋の問いに、柳は少し困った顔で答えた。
「それが……、あの事件の後、何度か『未来予知』をしてみたんスけど、橘が現れるということしかわからなくて、時刻までははっきりとわからなかったんスよね……」
「なるほど……。だが、柳君。しっかり思い出してほしい。私も正直君がその『未来予知』という特異体質を持っていることには驚いたが、その『未来予知』をしたとき、周りの様子も見えるのだろう? 外が明るいとか、暗いとか、そういった情報もヒントになり得ると思うが」
その言葉に、桜庭は反応した。
「た、確かにそうですわ。もし明るいなら日が昇っている時間。午前中やお昼時でしょうか。オレンジ色の空であれば夕暮れ時。三日目の演目も佳境に入る頃です。暗ければ夜ですから、その情報で大体の時間は予測できるのではないでしょうか」
柳は桜庭の言葉を聞き、顎に手を当てて言う。
「そうッスね……。それで言うと、鈴村っちの予測も踏まえたうえで答えますが、時間帯はお昼時と考えていいと思うッス。この時間帯は一般のお客さんも多いし、大人数が演目を見に来ているはずッス。橘の思惑が本当に蒼碧祭を壊すことなら、人が集まるこの時間帯が一番有力かもしれないッス」
柳の言葉に、水嶋は納得して言った。
「ふむ。では三日目の正午から午後三時にかけて、さらに警備を厚くするものとする。このことは私のほうから忠一へ伝えておくから、皆はまずは初日の運営を頼む」
『はい!』
こうして、緑ヶ丘学園、青海学園共に、蒼碧祭一日目がスタートした。
*
「きゃー!!!!!!! 鈴村君かっこいいいいいいいいいい!!!!!!!」
「そ、そうかな……」
そんな蒼碧祭が開幕した初日。
『メイド・執事喫茶』を運営する鈴村と綾瀬は、教室に戻って執事の衣装、メイドの衣装を着て見せた。
鈴村のスラっとしたスタイルにピッタリの執事姿に、綾瀬は悩殺されていた。
「……ダメ、鈴村君かっこよすぎ……」
「あ、綾瀬、心の声駄々洩れだぞ……」
綾瀬は周囲に構わずその場で叫んだ。
「心の声じゃない! これは私の本心! 鈴村君かっこいい! やばい! 好き!」
「お、おい、やめろって、恥ずかしいだろ……」
鈴村がそう言って周りを見渡すと、男子生徒、女子生徒がニヤニヤしながら鈴村と綾瀬を見ていた。
一人の男子生徒が鈴村に言う。
「ひゅーひゅー、お似合いだねお二人さん。鈴村は『ザ・イケメン』って感じ。綾瀬は綺麗でとても似合ってる。まさに理想のカップルだね」
「えへへ、ありがと!」
綾瀬は大層嬉しそうにしていた。
「……へー、理想のカップルねぇ」
「あっ、その声は……」
少し恨みを持ったような声で、後ろから一人の女子生徒が声をかけてきた。
「よ、よう咲良、元気そうで」
木下咲良であった。
「あの会議から会ったのは久しぶりだね」
「え? 久しぶりじゃな――」
「ひ・さ・し・ぶ・り・だ・ね?」
「そ、そうですね、久しぶりですね」
木下は鈴村に圧をかけながら言った。
(……これは何かあったな、この二人)
綾瀬は妙に察しだけは良かった。
鈴村は蒼碧祭の提案をした日の帰り、木下に呼び止められ、木下の家に上がることになる。
そこで鈴村は木下から、再度昔からの鈴村への気持ちがなくなっておらず、まだ諦めていないことを伝えた。
しかし鈴村は、その木下の気持ちを拒んだ。
その日以来、蒼碧祭の準備や生徒会の会議などで顔を合わせることはあったものの、二人はまともに会話をしていなかった。
ペアになるクラスも違うため、自ずと接触する機会は少なくなっていた。
「確かにお似合いのカップルだね、綾瀬さんと徹」
「そ、そうですかね?」
綾瀬は照れながら言う。
「私も徹と同じがよかったなー。うちのクラス何やってるか知ってる?」
「そっちは何やってるんだ?」
鈴村が聞いた。
「『ラーメン食べ比べ祭り』だよ……。うちのクラス委員長がほぼ独断で出し物決めちゃってさ……。女子からも男子からも大ブーイングだったの。まあ、実際蓋を開けてみたら委員長の実力は結構凄くて、中身も本格的だったから今は楽しそうでいいんだけどね」
「そ、そうだったんだ。色々大変だな」
「それにひきかえこっちはいいなぁ。かっこいい執事姿に、かわいすぎるメイド姿が拝める喫茶店。……はぁ……、今からでも学園長にかけあってクラス変えてもらえないかな」
木下は目にハイライトが入っていないような状態で言った。
「ま、まあ、楽しそうならいいんじゃないか? 文化祭なんだし、楽しまないと損だぞ」
「……私は徹と一緒に楽しみたかったけどね」
「え、木下さん、それって……」
綾瀬は木下のその発言に思わず反応してしまった。
「あれ、私は綾瀬さんにも、琴原先輩にも気持ちを伝えたはずですよ? これの意味、分かってると思ってましたけど」
「…………まあ、わかってはいますが」
「ま、実際楽しいのは変わらないし、別にいいですかね! 来年またチャンスあるし! ……なんなら、別にペアである必要性なんてどこにもないですからね」
「……それ深い意味で言ってます?」
「……当たり前でしょ」
綾瀬と木下は目をバチバチと睨みあわせていた。
「ちょ、ちょっと、喧嘩はやめて……二人とも落ち着いて……」
鈴村はそう言うが、綾瀬と木下はお互いに引き下がらなかった。
「わー! 鈴村君すごいです! かっこいい!」
「え?」
鈴村はその声がするほうに振り返った。
「……うわっ、まさかそれで来るとは……」
そこには、その性格には珍しく、ボーイッシュスタイルの恰好をした琴原が立っていた。
綾瀬は琴原の衣装を見て思わず驚愕した。
「こ、琴原先輩。なんでここに?」
「そりゃもちろん、鈴村君の執事姿を見るためですよ。この日をどれだけ待ちわびたことか……。あ、写真撮っていいですか? 動画でもいいんですけど」
そう言って、琴原はスマホを取り出したが、その間に綾瀬が割って入った。
「はいはい、みどり先輩と言えど、そういうのはお客様への対応に含まれるので、お望みならばお客様として来てくださいねー。……友人として、恋人の誼と言えど、それは許されないですよ」
「ぶー。凛ちゃんのケチー」
琴原は頬を膨らませながらスマホをポケットにしまった。
綾瀬はそんな琴原の姿をまじまじと見つめる。
「……みどり先輩。一応聞きますね。それコスプレですか?」
その言葉に、琴原は自信満々に答えた。
「もちろん! これはコスプレです! 『ボーイッシュ』のコスプレをしてみました! どうですか?」
「……それはもはやコスプレではなくただの私服なんじゃ……」
綾瀬は困った顔で言った。
琴原は開き直るように言う。
「そうなんです。実はこれコスプレじゃないんですよ。私、地味な印象が強いので、これを『コスプレ』とすることで合法的にこれを着る度胸を得ました。……そして、真の目的は鈴村君にあります」
「え、俺ですか?」
そう言って鈴村は自分のことを指さした。
「はい! ズバリ、『ギャップ萌え』作戦です!」
「あー、やっぱりねー」
綾瀬はちゃんとわかっていた。
「熱海旅行のときに凛ちゃんが着ていたあの服を見て、鈴村君が釘付けになっていたのは知っています。だからこそ今回、私はボーイッシュスタイルを選びました!」
琴原はどや顔で言った。
「……でもそれ、私が熱海旅行に着てた服とあんま変わらないですよね。……もう十月ですよ? 寒くないですか?」
「……正直寒いです。頃合い見てタイツ履いてきます」
琴原は夏休み中に決行された綾瀬、鈴村との熱海旅行の際に綾瀬が着ていた服をそのまま流用していたため、完全にその服装は夏仕様であった。
しかし、蒼碧祭の開催時期は十月上旬。
季節的にも冬を間近にしているため、肌寒い日が続く時期である。この時期に生足は、琴原にとってはキツいものがあった。
「じゃ、じゃあまた、今度はお客さんとして来ますね。鈴村君! 絶対に私に接客してくださいね!」
「あ、ああ、はい。タイミングが空いてたら接客できると思いますよ」
「ではなくて! これは予約です! 凛ちゃん、鈴村君の予約、お願いできますね!」
「そんな無理難題押し付けなくても……。みどり先輩の来れるタイミングがわかったら連絡ください。鈴村君の予定空けておくんで」
綾瀬のその言葉に、琴原は目を輝かせていた。
「ありがとうございます! それじゃ鈴村君、凛ちゃん! また後で!」
琴原は嬉しそうに手を振りながらその場を去った。
「……鈴村君、みどり先輩のこと凝視しすぎ」
「え、あ、ごめん」
綾瀬は鈴村が琴原のことをがっつり見ていることに腹を立てていた。
一方、その様子を見ていた木下は考えてしまった。
(……私、完全に蚊帳の外だったな……)
鈴村からはフられ、蒼碧祭でペアのクラスになることもできず、準備期間中も接するのは生徒会の仕事などの短い時間のみ。
鈴村への思いを諦めていない木下にとって、ここまでの綾瀬と琴原、そして鈴村の三人のやり取りは、とても心に傷をつけるものであった。
(こんなに苦しい思いするなら、いっそのこと諦めたほうがいいのかも……)
そんな考えが木下の頭に浮かんでいた。
この未だに残る鈴村に対する恋心さえ諦めてしまえば、今木下が身をもって感じている苦しさから解放される。
そうすれば、自分は楽になれると考えた。
木下は悩む。自宅に連れ込み、体を使ってアピールしても堕とせなかった相手である。
諦めないとは言ったものの、鈴村たち三人のやり取りを見ていた木下は、その自信がどんどんなくなっていった。
(……でも、本当にそれでいいのかな。本当にそれで、自分の気持ちに正直になれるんだろうか)
様々な考えが木下の頭を駆け巡った。
だが、これだけは確実に言えた。
(……今の私には、綾瀬さんにも、琴原先輩にも、敵わない)
どうしても超えられない、超えようとすらできない壁が、木下にはあった。
「じゃ、じゃあ私も自分の教室に戻るね」
「あ、はい! 木下さんも頑張ってくださいね!」
「……ありがとうございます」
綾瀬のその無垢な応援に、自分の考えていることが虚しくなる木下であった。
*
場所は変わって飯田のクラス。
蒼碧祭での出し物は『恋占い』である。
柳の占いは青海学園では結構当たると評判があり、それを聞きつけた生徒がそれなりに長い列を作っていた。
「うっわー、思ったより列できてんなぁ」
その様子を見て、飯田は少し驚く。
「うちの占い、青海学園ではちょっと有名なんスよ。それになんたって、今回のテーマは『恋占い』ッス。恋する乙女がたっくさん並んでるのが見えるッスね~」
「それはいいんですけど、ちょっと気になったことがありまして」
「ん? なんスか?」
飯田は柳に問う。
「柳副会長。この『恋占い』は柳副会長の『未来予知』があるからこそ実現したものです。でも、この人数をこの三日間、まさか柳副会長だけで捌くわけじゃないですよね」
「あー、それならご安心くだされッス」
そう言って、柳は二人の女子生徒を紹介した。
「紹介するッス。うち、実は三つ子なんスけど、うちが長女。そして、こっちが次女の美久。そして、こっちが三女の美恵ッス」
『よろしくお願いします』
「……柳副会長が三人いる……」
全く瓜二つな顔を持つ人間が三人も目の前にいる状況に、飯田は開いた口が塞がらなかった。
「飯田生徒会長、落ち着いてください。柳さんは三つ子って今言ってたじゃないですか」
完全に瓜二つな柳美奈、美久、美恵がそこに立っていた。
「うちら、三つ子だからなのかわからないッスけど、全員『未来予知』が使えるんスよね。なので、うちだけ過労する心配はないッスよ」
「そ、そうなんですね。であれば大丈夫です。ていうか、それなら早く言ってくれればよかったのに……」
「いやー、いろんなことがあったッスからねー。説明するの忘れてたッス」
そう言いながら柳美奈は頭を掻いた。
柳美奈はそのまま、自分のクラスの出し物の運営について説明し始める。
「基本的にうちら三人で『恋占い』の対応をしていくッス。もちろん普通の占いもできるので、それはうちのクラスの生徒や、飯田生徒会長のクラスの生徒さんにも占いのやり方をマスターしてもらって、ある程度の占いができるようにはしてもらったッス。これでどれだけ人が来ても問題はないッスよ」
「さすが柳副会長……。行動力すごいですね」
「そうでしょう。これがうちの柳さんなんです。私が生徒会に引き入れた甲斐があったものですわ」
桜庭は自分のおかげと言わんばかりの顔をした。
「では早速案内始めるッスよ。うちのレクチャーを受けてもマスターできなかった生徒さんは基本接客を対応してもらうことにしたッス。飯田生徒会長も接客担当なんで、しっかり頼みますよ」
「……面目ないです」
飯田は自分の不甲斐なさを謝罪した。
柳三姉妹と桜庭は教室に入り、早速飯田は接客を始めた。
「では、これから三年B組、及び青海学園三年B組の『恋占い』の案内を始めます。最初の方、どうぞ」
その飯田の言葉を聞き、先頭に立っていた女子生徒が飯田の前に立った。
「ではお名前と、学生であれば学校名、一般のお客様であれば『一般』とお書きくださ……い?」
飯田はそう女子生徒に説明しながらゆっくりと顔を見た。
「あら、私を見て誰かわからないかしら?」
「……なんでいきなり詩織がここに来るんだよ……」
そこには、タキシード姿の宮田が立っていた。
「どうかしら、私のコスプレは。名付けて、『タキシードが良く似合うトップダンサー』よ」
「それコスプレって言えるのかよ……。ていうか、いきなりここに来て大丈夫なのか? 自分のクラスはどうした?」
「……みどりに頼み込んで、最初の三十分だけはここに来ていいと許可を得てきたわ」
「なんでまた……」
「そんなの決まり切ってるじゃない」
そう言いながら、宮田は飯田に近寄って言った。
「一番最初に、最愛の相手に私のコスプレ姿を見てほしかったからよ」
「なっ……」
思わぬ発言に、飯田は顔を赤らめる。
その反応に思わず宮田は笑ってしまった。
「ふふっ、飯田君のその素直な反応、かわいくて好きよ。そうね、私は柳さんの『未来予知』が気になるし、『恋占い』でもしてもらおうかしら」
飯田は戸惑いながらも、宮田のオーダーを受ける。
「あ、ああ、じゃあここに必要事項を書いてくれ。詩織は学生だから年齢は『学生』でいい。それ書いたら、そのまま中に入っていいぞ」
「ありがとう」
そう言って、宮田は用紙に必要事項を記入し、そのまま教室の中へと入っていった。
「……一体何なんだよあいつ……」
思わずパニックになる飯田であった。
「お! 最初のお客さんがまさか飯田生徒会長の彼女さんとは。びっくりしたッス」
「その節はありがとうございました、柳副会長。今度、お礼をしに青海学園にお邪魔させてもらいますね」
「いいんスよそれくらい。それに、あの時直接助けたのは鈴村っちッス。うちも、みやびっちも、何もしてないッスよ。……何も、できなかったッス」
柳美奈は暗い顔をした。
宮田はそんな柳美奈の様子を見て微笑み、励ますように声をかけた。
「そんな顔をしないでください。今は蒼碧祭の真っ最中。例の男が現れるのは三日目なんですから、今は蒼碧祭を楽しむことだけ考えましょう」
「……それもそうッスね。で、うちのところに来たってことは『恋占い』をしてほしいんスよね? でも、既に付き合ってるなら占う必要なんてないんじゃ……」
「理由はしっかりとあるわ。でなければ、みどりにお願いしてる意味がなくなるもの」
「……? そうッスか。わかりましたッス。それで、何が知りたいッスか?」
その柳美奈の問い、宮田は答えた。
「飯田君が、いつ私に『別れる』と言うのか、教えて」
「……え?」
柳美奈は、その宮田の言葉に耳を疑った。




