第27話 蒼碧祭~その3 襲撃~
「お待たせしました! ブラックコーヒーお二つお持ちしました!」
緑ヶ丘学園、青海学園の合同文化祭『蒼碧祭』が開始して間もない頃。
琴原みどりは自クラスの出し物である『コスプレ喫茶』にて接客を担当していた。
そう言って、琴原はブラックコーヒーの入ったコップを机の上に置いた。
「あ、ミルクも必要でしたね。はい、こちらお使いください!」
琴原は元気いっぱいに言いながらミルクを置いた。
「ありがとう、お姉ちゃん」
「あ、あの、なんで私のことお姉ちゃんって言うんですか……? 私より、あなたのほうが私から見るとお姉さんという感じがします」
「あら、私が年増って言いたいの?」
「い、いえ、そういうわけじゃなくて! なんかこう、とても落ち着く、包容力のある本当のお姉さん、みたいな感じ……ですかね?」
琴原は少し慌てながら接客する女性客に説明をした。
「はははっ、そんな風に言われたのは初めてだよ。君、名前は?」
女性客は琴原に問う。
琴原は女性客に対し、丁寧にお辞儀をしながら自己紹介をした。
「緑ヶ丘学園高等部で生徒会会計を勤めています、琴原みどりと申します」
「琴原さん、ねぇ……。……あー、なるほど。君が琴原さんか」
「私のことを知ってるんですか?」
「もちろんよ。緑ヶ丘学園の生徒会は中等部、高等部共にとても優秀だと聞いているわ。君を見ていると、本当にここの生徒会は優秀なんだね」
「え、えへへー。それはありがたいお言葉で」
琴原は照れながら頭に手を置いた。
「……で? この子が琴原さんだってよ? 私の彼氏さん?」
「……先ほどから気になっていたんですけど、もしかしてこちらの方、本当にお姉さんの彼氏さんではないんですか?」
女性客は少し回答に困っていた。
「うーん、彼氏でもいいんだけど、そう扱われると後々面倒というか……。私は面白そうだからこの人に着いてきただけ、って感じかなぁ」
「ということは、彼氏さんではなく、ご友人、という感じでしょうか?」
「まあ、それでもいいかな」
女性客は何かを企む顔をしながら言った。
対してその女性客の『友人』と位置付けられた男性客は口を開く。
「そっか、君があの琴原さんね。なるほどなるほど、君があの……」
「……えーっと、あなたも私のことを知ってるんですか?」
「もちろん。俺は君どころか、この学園の生徒会のことを全部知ってるよ。本当はお楽しみを最後にとっておきたかったんだけど、楽しみすぎてちょっと先走っちゃった」
「……? どういうことですか?」
「……意味はすぐにわかるよ」
男性客は不敵な笑みを浮かべながらブラックコーヒーにミルクを入れた。
その直後である。
教室に戻ってきた女子生徒が、手に持っていたスマートフォンを床に落とす音が聞こえた。
「な、なんで……あんたがここに……」
教室内にいるその男性客、女性客を見るなり、その女子生徒の顔は徐々に怒りの顔になっていった。
その女子生徒は、つい先ほどまで飯田勝翔のクラスで『恋占い』をしていた宮田詩織であった。
「あ、詩織、お帰りなさい! 飯田会長のクラスどうでした? ……詩織?」
「なんで……、なんでここにあんたがいるの……、橘……!」
「え……?」
琴原は宮田の言葉に耳を疑った。
「え、橘? え? あの、飯田会長を襲った、あの橘……?」
蒼碧祭開催の数日前、飯田の顔を殴って傷を負わせ、「蒼碧祭を壊す」と宣言した重宝人である橘光が、宮田のクラスに来ていた。
「はっはっは! 気づくの遅すぎ!」
そう言って橘は腹を抱えて爆笑していた。
宮田は目の前になぜ橘がいるのか理解できないでいた。
(どうして……!? 橘は蒼碧祭三日目に現れると柳副会長が言っていたはず……。なのになんでここに……!?)
「なんで俺が今ここにいるのか、そう考えてるんだろ? 詩織ちゃん」
「気安くその名前で呼ばないで頂戴! 何しにここに来たの!? よくも、よくも飯田君をあんな目に……!」
宮田は怒りのあまり机を力強く叩き、橘を睨みつけた。
「おっと、怖い怖い。そんな目で見るなよ。飯田そっくりじゃねえか」
「何しにここに来たかって聞いてるのよ!」
「ちょ、ちょっと詩織、落ち着いて! 何がなんだかわからないんですけど……、どういうことですか? この人が……、あの『橘』……、なんですか?」
「そっか。そうだね。自己紹介がまだだった」
そう言って、橘は座っていた椅子に立って言った。
「初めまして。俺は橘光。君たちの慕う飯田の古き友人だよ」
「あ、あなたが、あの橘、さん……」
琴原は驚きと恐怖で動けないでいた。
ただでさえ「何もかもを暴力で解決する」と印象付けられた相手である。今ここで、突然殴られてもおかしくないと、琴原は考えていた。
宮田はその橘の自己紹介に酷く激怒した。
「ふざけないで! あんたみたいなやつが今もなお飯田君と友人関係でいられるなんて、勘違いも甚だしいわ!」
「落ち着きなって詩織。……あ、この名前で呼んでほしくないんだっけ。まあいいや、目的のためだしこのままで」
「気色悪いからその呼び方はやめて!」
宮田は思わずその場で絶叫する。
「や、やめてあげてください! 詩織は嫌がっています! なんでそんなことを平然とできるんですか!」
合わせて、琴原も声を上げる。
「うーん、面白いからとしか言いようがないなぁ。人が悲しむ顔、苦しむ顔を見るのって楽しくない?」
「……下衆が……」
「なんとでも言いなよ。副会長さん」
宮田は今にも橘を殴りそうな勢いであったが、それ以上に怒る理由ができていた。
それは、橘の向かいに座る女性客に対する怒りだった。
「……それに、なんでここにいるのよ……。お姉ちゃん……!」
「え!? お姉ちゃん!?」
琴原は驚く。
「やーっと気づいてくれた。久しぶりだね、詩織ちゃん」
「なんで……、なんでお姉ちゃんがこんな奴と一緒にいるのよ……!」
「私は別にこの人が面白そうなこと考えてそうだから着いてきただけだよ。それ以上でも、それ以下でもないよ」
「あ、あの、詩織! 本当に、この方が、詩織のお姉さんなんですか?」
あまりにも信じられない状況に、琴原は驚きを隠せないでいた。
「あー、そうね。私のことも紹介しないと。……宮田朱里です。詩織の一個上なので、本当に君たちのお姉さんだね。よろしくね」
そう言って、宮田朱里はウィンクをした。
宮田詩織は俯き、何かを理解した様子で言った。
「……ここ半年全く帰ってこないと思ったら……、なるほど、そういうことだったのね……。お姉ちゃん、こいつと一緒にいたのね」
「そうだよー。橘君ってば面白くってさー。私と同じ考え方を持ってるからなのかな? やることなすこと全部私にとっては面白いものばかり! そりゃ、中には度が過ぎたものもあるけど……。それも人生ってものじゃない?」
「バカなこと言わないで。こいつは私の人生を狂わせようとした男よ。そんな奴と平気で一緒にいるなんて、お姉ちゃん、この半年で何があったの……?」
宮田は珍しく泣きそうな顔をしていた。
その様子を見て、橘は高らかに笑って言った。
「おーおー。お姉ちゃん思いのいい妹さんだねぇ。うんうん、微笑ましいわ」
「あんたは黙って!」
宮田は怒鳴る。
「おー怖い。俺たちまだ何もしてないのに、なんでこんな敵対心剥き出しにされないといけないんだか」
「まだ何もしてないからこういう態度を取ってるのよ……! 橘、あんたの目的は聞いたわ。この蒼碧祭を壊すって」
「あー、飯田から聞いたのね。あいつも口が軽いなぁ。そうだよ、俺はこの蒼碧祭を壊すためにここに来た。でもちょっと楽しみすぎてねー。本当は最終日に来る予定だったんだけど、早めに来ちゃった」
(最終日……! 本当にこいつ、柳副会長の言う通り蒼碧祭三日目に来る予定だったんだわ……!)
宮田は改めて柳の『未来予知』の実力を実感していた。
(でもこれだと『未来予知』が完全に外れてしまってる……! こいつが来るのは三日目のはず……。なのに何で今ここにいるの……?)
柳の『未来予知』で見た未来は必ず訪れる。この未来は避けることはできない。
今回柳は、『橘は蒼碧祭三日目に現れる』と『未来予知』した。しかし、これは三日目に現れることが確定しているだけであり、そのほかのタイミングで現れるかもしれない可能性については『未来予知』をしなかった。
その考慮できていなかった穴が、今の現状を生み出しているのであった。
(……冷静に考えれば、何もこいつが三日目だけに現れるなんて保証はどこにもなかったわ……。当然他の日に現れてもおかしくないわね)
そう考えながら、宮田は少しずつ怒る気持ちを抑えて冷静になった。
「考え事は終わった? できれば落ち着いて会話がしたいんだよね、俺。そうやって怒ってるの剥き出しにされると殴っちゃうからさ」
「……本当にクズなのね、あんたは」
「よく言われるさ」
橘は軽く笑って言った。
「知ってると思うけど、俺は飯田が大嫌いだ。もちろん、その関係者も例に漏れず大嫌い。だから詩織も、琴原さんも、そこにいる長谷川杏里も。皆大嫌いだ」
「えっ、なんで私の名前……」
突然の橘の出現に慌てて身を隠していた長谷川だったが、橘にはその姿がしっかりと見えており、名前まで把握されていた。
「綾瀬凛も。……鈴村徹も。この学園も! 青海学園も! 飯田に関係するものは大嫌いだ! ……だから壊したくなったんだよ」
「そんな子供じみた理由で、蒼碧祭を壊されるわけにはいかないわ」
そう言って、宮田詩織は視線が鋭くなった。
「おっと、殴るのか? 俺を? お前が? 笑わせんなよ。女の力で俺をどうこうできるわけ……」
と、言いかけたその瞬間。
「どおおおおおりゃああああああああああ!!!!!!!!」
廊下から一人の男子生徒が猛ダッシュで教室に入り込み、橘にドロップキックをお見舞いした。
とてつもない勢いで壁に激突する橘。その方向には幸いにも一般客はおらず、空席となっていた机と椅子が数席分この衝撃で散らかる程度に収まっていた。
「ちょ、ちょっと! 誰かそこにいたらどうしたのよ! 飯田君!」
「おー、悪い悪い。ドロップキックする直前に一応中の様子見て誰もいないところに吹っ飛ぶように調整したんだ。安心しろ、詩織」
そのドロップキックをした人物は、飯田勝翔であった。
「痛ってえなぁ……。誰かと思ったら飯田じゃねえか……」
「おう。長谷川さんから連絡受けてな。猛ダッシュで駆けつけた。教室に入った瞬間お前の姿が見えたから、咄嗟にドロップキックをかましたわけだ。どうだ? 久しぶりに食らう俺のドロップキックは」
飯田はそう言いながらどや顔をしていた。
「当たった場所が悪かったのかわからないけど、めちゃくちゃ痛いわ。よくもまあこの一般客のいる教室内でそんなことができるなぁ。曲がりなりにも生徒会長が」
「生徒会長だからこそやったんだ。お前のような害虫がここにいる資格なんてない。用がないならとっとと出て行け」
そう言って、飯田は橘の襟元を掴んだ。
「どんな理由であっても、生徒会長が暴力はよくないと思うな」
「……お前が言うか」
「俺は生徒会じゃないんでね。ただの一般的な男子高校生だ。だからこういうことをしても許される」
そう言うと、橘は教室にある琴原と宮田詩織が丹精込めて作った飾り物を手に取り、ビリビリに細かく破いた。
「なっ……! そ、それ、私と詩織で作ったやつ……」
琴原はその行動に思わず泣き出してしまう。
「あ、やっぱりそうだった? なんかこの飾り物、詩織が作った感じがしたんだよね。どれを壊すか悩んでたんだけど、これで正解だったらしい」
「……お前っ……!」
飯田は怒りのあまり橘に殴り掛かろうとした。
しかし、ここで手を出してしまうと全てが台無しになると考えた飯田は、橘を殴るのをやめた。
「いやぁ、生徒会長っていう肩書は大変だねぇ。こういう時に限って気に食わぬ相手に自分の怒りをぶつけられないなんて。ヘタれか?」
「……今後のことを考えた結果だ。むしろ殴られなくてよかったと思うべきだ」
「確かに、お前のパンチってかなり痛いんだよね。……でもま、俺と似て気に食わないと暴力で解決しようとするその考えは、何年経っても変わらないね。さっきのドロップキックみたいに」
「くそっ……」
橘の言うことは正しく、飯田は言い返すことができなかった。
橘はそのままその場に立って手を合わせ、飯田に向かって言った。
「よし。今日はこれで帰らせてもらうね。色々楽しかったよ。ありがとう」
「……何がありがとうだ。何が楽しかっただ。お前のやってることはただの小学生の考える嫌がらせそのものだ」
「そんな甘っちょろいものと一緒にしてほしくはないなぁ」
そう言いながら橘は、耳を澄ませるような仕草をした。
「……ほら、だんだん聞こえてきた」
「……何がだ」
「聞こえないか? そこら中で悲鳴がさ」
「悲鳴?」
そう言った途端、学校中の至る所で助けを呼ぶ悲鳴が聞こえた。
「きゃあああああ! やめて! それ壊さないで!」
「おい! それを壊されたらうちらの出し物が台無しになるんだよ! やめてくれ!」
「ああああああああ! 丹精込めて作った具材が……。お好み焼きの生地が……」
「な、なんだこれ、どうなってるんだよ……」
「だーから言ったじゃん。『蒼碧祭を壊しに来た』って。俺はお前らの蒼碧祭が壊せればなんでもいいの。これは序章だよ。手始めにまずは、君らの出し物に使っている材料、飾りつけ、その他もろもろ、『思い出』に関わるものを壊すように俺の部下に命令したんだ」
「部下、だと?」
「言ってなかったっけ。俺、一応なんだけど、『暴力で何でも解決したい』って思ってる奴らを率いてるリーダーなの。うーん、ダサい表現で言えば、不良グループのリーダー、みたいな?」
「……その部下とかいうやつらが、今この蒼碧祭を壊しに回ってるって言うのか」
「そういうこと。一日目は出し物しかやらないって聞いてたから、壊すものがそれしかないんだよ。なんてつまらない文化祭なんだろうか。しかも長ったらしく三日間も」
飯田は橘の取った行動に我慢ができなくなってきていた。
「……この蒼碧祭は、緑ヶ丘学園と青海学園の生徒全員が丹精込めて準備してきたものだ。それぞれがこの蒼碧祭がいい思い出になるように、必死になって今日まで頑張ってくれたものだ。それを、こんな形で壊されてたまるかよ」
「……ふーん」
そう言うと、橘はトランシーバーを取り出して言った。
「お前ら、そこまでにしてやれ。撤収だ」
「……撤収、だと?」
「今のこの時間までにそれぞれのクラスで大事に作ったものは壊させた。どのクラスも今ごろは悲しみに暮れてるだろうな」
「……お前……っ」
「今日の目的はそれだけ。本当の目的は三日目、最終日にある。またここに来るから、皆ちゃんと元気で三日目まで蒼碧祭を続けててね。それじゃあね」
「お、おい、待てよ橘!」
飯田はそう言って橘を止めようとしたが、橘はそのまま教室を出て行ってしまった。
「……じゃあね詩織ちゃん。また、おうちでゆっくり話しましょ」
「…………お姉ちゃん、いえ、あなたと話すことなんかないわ」
「はははっ。ま、いずれその時が来るわよ。楽しみにしててね」
そう言って、宮田朱里も橘を追うように教室を出た。
「………………とりあえず、片付けようか」
飯田はそう言って、橘たちを追うことはせず、教室にいた生徒や客に対して言った。
「お越しになってくださった皆様。この度はこのようなことになってしまい、大変申し訳ありませんでした。お怪我をされた方はいませんでしょうか。精神面でダメージを受けた方もいらっしゃるかと思います。保健室にご案内いたします。学園長、理事長にはこの件を報告いたしますが、この件の全責任は俺にあります。この度は、誠に申し訳ありませんでした」
そう言って、飯田は深々と頭を下げた。
沈黙する生徒たち。
そんな中、一人の男子生徒が口を開いた。
「……さっきのドロップキック、本当に誰もいないところに向かってあの人を蹴り飛ばすように見えました。俺は見てました。飯田会長がここに入ってきてからドロップキックをする瞬間を。……とてつもなく行動に移すのが早かったです。空間把握能力が異常だと思いました」
その声に、「私も見た」、「俺も……」と、次々と飯田が取った行動を口にする。
橘から少し近いところにいた一般客の中にもその声はあった。
「あのドロップキックにはびっくりしたけど、ちゃんと誰もいないところ目掛けて蹴り飛ばしていたのを見ました。おかげ様で、少し怖かったけど、怪我はしませんでしたよ。しっかり周りのことが見えている証拠だと思います。ありがとうございます」
そう言って、一般客は飯田に向かってお礼をした。
「飯田会長はしっかりとこの状況を瞬時に把握して行動しました。精神面はしょうがないですけど、外傷がある人はこの中にはいないみたいですよ。よかったですね、飯田会長」
琴原は笑顔で言う。
宮田はその琴原の言葉に続けた。
「飯田君が来てくれなかったら、私、たぶんあいつを殴ってたわ。来てくれてありがとう。飯田君」
飯田に向けられるその賞賛の言葉の数々に、飯田は少し慌てていた。
「い、いや、でも、俺は皆を怖がらせた。その怖がらせる元凶がここに来るきっかけを作ってしまった。その責任を償わなきゃいけないんだよ……」
飯田はそう言って唇を強く噛みしめた。
「じゃあ、やりかえしましょうよ、飯田会長」
その声は鈴村であった。
「す、鈴村、どうしてここに……」
「いやぁー、橘がまさか今日現れるなんて予想もしてなかったですよ……。おかげでうちのクラスの衣装の一部がダメになっちゃって、今縫い直してるところです」
「……悪い、俺のせいで……」
「飯田会長。自分を責めないでください。これは俺らの責任でもあるんです。飯田会長は言いました。『気を引き締めて警備をしろ』って。その警備を少し怠ってしまった結果です。橘本人が直接動くわけではなく、仲間を使って動いてくるのは予想外だったので、そこを突かれたって感じですけどね」
「鈴村……」
「だから、自分だけを責めないでください。自分だけ責任を負おうとしないでください。それに、やられっぱなしじゃ悔しくないですか?」
「悔しい?」
「はい。少なくとも俺は悔しいです。せっかく咲良が考案してくれた蒼碧祭をこんな形にされて、飯田会長にとって高校生活最後の文化祭を最悪な思い出にされそうになって、俺はめちゃくちゃ悔しいです。だから、やり返すんですよ。作戦通りに。いや、あいつが今後、俺らに太刀打ちできないほどに!」
鈴村はそういって拳を挙げた。
鈴村の後ろをついてきていた綾瀬が言う。
「そうですよ飯田会長! やられっぱなしじゃ私も悔しいです! 見てくださいこれ! さっきの騒動でケチャップこぼしちゃって、メイド服が真っ赤になっちゃいました」
「……それ、刺されてないか? 血じゃないよな?」
あまりにリアルな赤色だったため、飯田はそれを血だと思い込んだ。
「そんなわけないじゃないですか……。刺されてたら私今ごろ保健室ですよ。……ともかく! こんなやられっぱなしで、私たちが悔しいわけありません! 橘には凝りてもらわないとダメです。こちらからも仕掛けますよ!」
「仕掛けるって、何を?」
飯田は綾瀬の言葉に問いかけた。
「へっへーん。この前も言った通りです。『精神攻撃』を仕掛けます」
「簡単に言うけどな、具体的にどうやるんだよ、それ」
「そこでこの方の登場です!」
綾瀬がそう言うと、女子生徒が姿を現した。
「……うちの『未来予知』って某ネコ型ロボットみたいに便利な道具じゃないんスけど……」
「柳副会長!? と、桜庭生徒会長まで……」
現れたのは青海学園高等部生徒会副会長の柳美奈と、生徒会長の桜庭みやびであった。
鈴村は柳を見ながら事実を述べた。
「なんとですね、聞いた話によると、柳副会長って恨みが強い相手ほど、『未来予知』ではなくその人の『過去』を覗きに行けるらしいんですよ」
「……はぁ?」
飯田は何を言ってるのかがわからず、思わず聞き返した。
柳はその鈴村の発言に続けて言う。
「……鈴村っちのいう通りッス。ついさっき、橘の仲間らしき奴らがうちのクラスに飾ってある垂れ幕を破いていったッス」
「えっ、それって……」
「ええ。飯田生徒会長が作ってくださった、あの垂れ幕ですわ」
桜庭が答えた。
「うちはそれを見て、とてつもなく腹が立ったッス。橘にはそれ相応の見返りがないとダメだ、このまま野放しにしてはもっと被害が広がる、そう思ったんス。その時だったんスよ。一瞬、誰かの『過去』と思えるビジョンが頭に流れ込んできたのは」
「……どういうことだ?」
飯田は説明を求めた。
「これはうちの生きてきた人生の中でも初めての経験だったのでびっくりしたんスけど、そのビジョンが見えてから少しの間、橘のことを『未来予知』してたッス。そうしたら、確かに『未来』は見えるんスけど、『過去』のビジョンも頭に鮮明に流れるようになってきたんス」
これに桜庭が続けた。
「しかしながら、これを他の人で試してみても、その人の『過去』を見ることが柳さんにはできませんでした。この結果から、柳さんは橘を心底憎み、恨んだからこそできるものだと確信しました」
飯田には信じがたい話だったが、桜庭と、本人の柳が言う言葉に信憑性を感じた。
「なるほど、つまりそれを使ってあいつの『過去』見てトラウマになり得るものを暴き出し、それを武器にして戦うってわけですね」
「そういうことッス。……ちょっと出し物のほうは留守になるッスけど……。美久と美恵には事情を話してきたので問題ないッス」
「ということです。飯田会長。皆悔しい思いは一緒です。俺らだけじゃなく、おそらく緑ヶ丘学園、青海学園の生徒全員がそう思ってるはずです。見返してやりましょう、あいつを。そして、二度と人前に立つことができないくらい、やり返してあげましょう」
「鈴村……」
鈴村はそう言いながら飯田に手を差し伸べた。
飯田はその手を力強く握った。
「痛い痛い痛い!」
「あ、悪い。思ってた以上に力入ってたみたいだわ」
「勘弁してくださいよ……。潰れるかと思いました……」
鈴村と飯田のその他愛もないやり取りに、周りからは笑い声が聞こえ始めた。
宮田が飯田に向かって笑いながら言った。
「全く、皆真面目に話してるこの状況で何やってるのかしら。やっぱり飯田君は、重要なときに不器用ね」
「べ、別にいいだろ……」
「ええ、いいわよ。そういうところが好きだから」
「詩織……」
「私もやられっぱなしは悔しいわ。……飯田君の最後の文化祭ですもの。ちゃんとみんなで、『やって良かった』と笑って終わりたいの。私にできることがあるなら、なんでも協力するわ」
この場にいる全員の顔には覚悟が見られた。
飯田はその様子を見て涙が溢れそうになったが、目元を拭いて言った。
「……よし、わかった。皆ありがとう。緑ヶ丘学園のために、青海学園のために、蒼碧祭のために、……俺のために、立ち上がってくれてありがとう」
その言葉に、この場にいる全員が笑顔を見せた。
「いっちょやったりますかね。反撃ってやつを」
「じゃあいきますか! せーのっ……」
その鈴村の掛け声とともに。
『おー!!!!!!!』
橘への大反撃作戦が決行されることとなった。




