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鈴村くんは間違えない  作者: シア
第2章 『蒼碧祭』

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第23話 宮田の天敵は生徒会長

「……さてっと、こんなもんかねぇ」


 緑ヶ丘学園高等部生徒会、生徒会長の飯田勝翔いいだしょうとは、蒼碧祭そうへきさいの意識合わせを目的とした会議を終わらせ、自分のクラスの出し物の準備をしていた。


「しかし、まさか高校生活最後の文化祭の出し物が『恋占い』とはねぇ……。なんていうか、どうせだから派手にやりたかったもんだ」


 蒼碧祭開催に際して、どのクラスが何をやるかの会議をしていた日、飯田は皆が揃いも揃って「喫茶店をやりたい」と提案してきたことに呆れていた。


 紆余曲折うよきょくせつありながら、『メイド・執事喫茶』を出す権利を鈴村徹すずむらとおるのクラスが獲得し、『コスプレ喫茶』を出す権利を宮田詩織みやたしおりのクラスが獲得した。


 それ以外のクラスは大人気の喫茶店を奪われたものの、それぞれがよりよい文化祭にしようと励み、様々な意見を出し合って出し物が決定された。


 飯田のクラスが「恋占い」をやることになったのは、飯田のクラスと合同に出し物を行う青海おうみ学園のクラス委員長の提案によるものだった。


「あら、飯田生徒会長。何かこの出し物に不満でもあるのですか?」


「おや、誰かと思ったら、どこ行ってたんですか、青海学園高等部生徒会長の桜庭さくらばみやびさん」


 桜庭さくらばみやび。


 青海学園高等部生徒会長であり、飯田と同じ高校三年生。成績は飯田と同レベルで常に全学年一位を維持し、容姿端麗、誰とでも平等に接し、運動神経はプロも顔負けという、どの側面から見てもマイナス評価をすることができない完璧女子である。


 そのため青海学園では「天才」として慕われており、青海学園全生徒が憧れる存在であった。


「ちょっと備品の買い出しを。そちらの準備は順調ですか?」


「ええ、順調ですよ。ほら、しっかりと客寄せ用の垂れ幕も作ってます」


 そう言って、飯田は蒼碧祭当日に教室の入り口に出す垂れ幕を持って見せた。


「あら、飯田会長は手先が器用なんですね。うちの学園の男子生徒にも見習ってほしいものです」


「そりゃどうも。機会があったら今度家庭科の授業でも開いてあげますよ」


 飯田は冗談交じりで言った。


「それで? 副会長さんはどちらに?」


「ああ、やなぎさんなら……、ほら、そこにいますよ」


 桜庭はそう言いながら教室の中にいる女子生徒を指さした。


「あーもう、だからぁ! そこはそうじゃないッス! ここをこう…………、ほら、こうやるんスよ!」


「あのぉ、柳副会長……。すごく普通のようにやって見せてますけど、俺らにとってはプロにしか見えなくて何をしてるのかさっぱり……」


「えぇっ!? これがわからないなんて……。ちょっと会長! 緑ヶ丘学園の男子って皆こんなに不器用なんスか?」


「……酷い言われようだな」


 飯田は自分のクラスの男子生徒を呆れ顔で見ながら言った。


「そんな失礼なこと言ってはいけませんよ、柳さん。彼らだって頑張っているんです。それに、皆あなたのように手先が器用なわけないんですから、皆に合わせてあげないと」


「それもそうッスね!」


 柳美奈やなぎみな


 桜庭と同じく青海学園高等部生徒会で、副会長を務めている。


 とても活発な性格で、桜庭と同じく運動神経が良い。ボーイッシュなショートヘアに見え隠れする天然パーマが、柳の性格を程よく表していた。


 そんな柳の様子を見て、飯田は柳に声をかける。


「柳副会長は手先が器用なんですね。裁縫得意なんですか?」


「そうッスよ! うちの家は代々、華道を専門とする名家なんス。うちも小さい頃からお母さんに厳しく華道を教えられてきて、そのおかげかわからないスけど、めちゃくちゃ手先が器用になったんスよねぇー」


「……あぁー、『華道の柳家』……。青海学園生徒会の名簿を見たときにもしかしたらと思いましたが、難関である緑ヶ丘市主催の華道コンクールで、最年少で見事に金賞を取ったあの柳さんでしたか」


「その通りッス! まあ、あれはまぐれみたいなもんでしたけどねー」


 飯田は青海学園との合同文化祭の話を持ち掛けられる前に、緑ヶ丘学園理事長の綾瀬忠一あやせただかずから青海学園高等部生徒会の名簿を見せてもらっており、その時に柳が青海学園にいることを知った。


 飯田はある日たまたま緑ヶ丘市主催の華道コンクールの会場に来ていたが、その時に見た金賞の作品が忘れられないでいた。


 それはとても美しく、それでいて華やかで、花の一つ一つが活き活きとしているのを感じた。


 その金賞を取ったのがまさか自分と同い年の女の子と知った当時の飯田は大層驚いた。


 飯田は負けず嫌いな性格なため、自分が作った垂れ幕を柳に見せた。


「どうですか、柳副会長。俺が作ったこの垂れ幕。自信作なんですよ」


「ふーむ、自信作ねぇ……」


 柳はまじまじと飯田が作った垂れ幕を見て、少し考えてから躊躇わずに言った。




「ダメッスね」




「えっ!? ダメ!?」


「飯田生徒会長……、柳さんからそう簡単に肯定意見をもらえるとは思わないほうがいいですよ」


 桜庭は桜庭なりの励ましを飯田にかけた。


「まずここのデザインがダメッスね。ちょっと裁縫セット取ってもらっていいッスか」


「あ、はい」


 そう言って、飯田は柳に裁縫セットを渡す。


「確かにここの花のラインはいいんですけど、もっとこうすれば……、ほら、華やかさが増したでしょ」


「本当だ……。たった一つ手間を加えるだけでこんなに変わるものなんですね」


 飯田は柳の実力に感動していた。


「あと、ここの刺繍はいらないッスね。これがあると無駄に派手に見えて、花の刺繍自体の良さが伝わらないッス」


「いやぁー、柳副会長がうちと蒼碧祭の出し物やってくれて助かりますよ。『恋占い』なんてうちの性分じゃないし、どうイメージすればいいかわからなかったもんで」


「まあ、もともとはうちがやりたかったものッスからね。提案したからには責任持ってやらないとダメってもんスよ」


 そう。飯田のクラスが「恋占い」という出し物をやることに決定したのは、紛れもなく、副会長でありながらクラス委員長でもある柳の提案によるものであった。


 柳は華道をたしなんではいるものの、それはあくまで柳家だから教え込まれてできるようになったものである。


 本当に柳が好きなことは「占い」であった。


 しかし、柳はよく見るありきたりな占いは好まず、自己流の占い方法で様々な人をこれまで占ってきた。


 最初は誰もが「どうせ外れるでしょ」と疑っており信憑性は低いものとなっていたが、実際に占ってみると不思議なことに的中率は百発百中。占った結果が必ずやってくるものとなり、巷では大評判であった。


 では、なぜやりたいものが「占い」ではなく、そこから絞った「恋占い」なのか。


 それにはしっかりとした理由があった。


 柳は飯田と会話をしながら桜庭のほうを見る。


(…………やっぱりみやびっち、飯田生徒会長に照れてますなぁ)


 桜庭の視線はいつの間にか飯田に釘付けになっており、少し頬を赤らめていた。


 そんな桜庭の心情はこうであった。


(きゃー!!! やっぱり飯田生徒会長かっこいい! 最初に会ったときからずっと忘れられないこのかっこよさ! イケメン! そして頭がいい! これぞ私が求めていた男性像よ!)


 桜庭は蒼碧祭の開催が決まった後の最初の緑ヶ丘学園、青海学園合同の会議にて初めて飯田と会ったが、そこで桜庭は見事に飯田に一目惚れをしてしまったのである。


 加えて学力はトップ、物事に積極的に取り組むその姿勢に惹かれてしまい、今では飯田の虜となっていた。


(ほんとにかっこいいわ! 飯田生徒会長! 私と結婚してほしい!)


 桜庭の目にはハートができていた。


 柳がえて「占い」ではなく「恋占い」を出し物として提案したのは、まさしくこの桜庭の抱く思いが飯田に伝わるように協力するためであった。


 が、その目的を達成するには一人の天敵が存在していた。


「……あら、飯田君、いいものを作っているのね。柳副会長と、……いえ、桜庭生徒会長ととても仲が良さそうに見えるわ」


「お、詩織しおりか。こっち来て大丈夫なのか? そっちの準備やってなくていいのかよ」


 桜庭はその声のするほうを見た。


 桜庭、そして間接的ではあるが柳の天敵。それは緑ヶ丘学園高等部生徒会副会長であり、飯田の恋人である宮田詩織であった。


 宮田も逆に然りである。


 宮田は飯田の質問に答えた。


「ええ、今ちょうどキリの良いところで作業を終えたのよ。気分転換にでも散歩でもと思って、校内を歩いていたわ」


「そうか、順調そうなら何よりだわ」


 宮田の主張は嘘であった。


 宮田はしっかりキリよく作業を終わらせ休憩に入っていたが、気分転換に散歩はしていない。休憩に入った瞬間真っ先に飯田のクラスへ向かっていた。


 理由は至極単純。宮田は既に桜庭が抱く飯田への気持ちに気づいているからである。


(あの人、絶対に飯田君に好意を抱いているわ……。初めて蒼碧祭の会議をしたときのあの表情で丸わかりだったもの……。それでいてあろうことか、飯田君と合同で出し物をやることになるなんて……。放ってはおけないわ)


 珍しく宮田の心は熱く燃えていた。


 宮田はその感情を表に出さず、ポーカーフェイスを保って挨拶をした。


「こんにちは、桜庭生徒会長。柳副会長。蒼碧祭の準備は順調そうですね」


「はい。柳さんのおかげで裁縫面はとても順調ですし、力仕事であれば飯田生徒会長を含めた男子生徒の方々が頑張ってくださっているので、期間までにはとても余裕が出ていますわ」


「それは何よりですね。……ところで、桜庭生徒会長が手に持っているそのハンカチの花、リナリアですね?」


「あら、よくご存じですね。お花には詳しいのですか?」


「いえ、私はそれほど花の知識はありません。……ただ、最近友人がその花の刺繍の浴衣を着ていたのを思い出しまして」


 宮田は納涼祭のときに琴原が着ていたリナリアの刺繍があしらわれた浴衣を思い出していた。


 一方桜庭も花に詳しいわけではないが、柳が華道を嗜んでいるということもあり、その恋心を色々なところからアピールする方法を柳と一緒に考えていた。


 その一つの結論として挙がったのは「花言葉」であった。


 偶然か、意図的か。『この恋に気づいて』という花言葉を持つリナリアが、再びこの場で姿を現したのだ。


(……リナリア? そういや前にどっかでそんな花の名前聞いたような……)


 飯田はその花の名前に少し引っかかっていたが、あまりうまく思い出せないでいた。


 桜庭は宮田に話を続ける。


「私もそれほどお花には詳しくないんです。ですが、柳さんが華道を嗜んでいましてね。このリナリアの刺繍も、柳さんがしてくれたんですよ」


「あら、そうだったんですね」


「どうッスか? この刺繍! うち的にはかなりいい出来栄えだと思うんスよ!」


「……えぇ、そうね」


 宮田は「余計なことを……」と一瞬柄にもないことを考えていたが、すぐに冷静になり感情を抑えた。


「とても綺麗だわ。柳副会長は手先が器用なんですね。飯田君と同じで羨ましいです」


「俺は柳副会長ほど器用じゃないぞ。さっきもこの垂れ幕見せてダメ出し食らったし」


「あら、そうなの。まあでも柳副会長に言われてしまっては仕方ないわね」


「……なんでそんな辛辣な言い方するんだよ」


 飯田は少し困った顔をした。


「あ、そうだわ。宮田副会長に渡したいものがあるの。受け取ってくださる?」


「あら、桜庭生徒会長からの頂き物なんて感激だわ。ぜひいただこうかしら」


 そう言って、桜庭はハンカチを宮田に手渡した。


 その瞬間、桜庭は不敵な笑みを浮かべた。


 宮田はそのハンカチに刺繍された花を見て、少し驚いた顔をした。


「……では、私たちは作業がありますので。宮田副会長も良い気分転換をされてくださいな」


「……えぇ。お心遣い感謝します。じゃあ飯田君、また後で」


「ん? おう、気をつけてな」


 そう言って、宮田は飯田の元から離れ、自分の教室へ戻った。


 柳は桜庭に小声で話す。


「……あれほんとに宮田副会長に渡してよかったんスか? あれじゃ喧嘩売ってるようなもんスよ?」


「いいんです。元より、私には宮田副会長という恋敵がいます。ただでさえ他校の生徒なんです。チャンスがあるときにしっかり行動しておかないと、後で後悔します」


「……まあ、みやびっちがそう言うなら止めはしないッスけど……。あんまり今後に響くような大事にはしないでくださいね? この蒼碧祭だって今後も続けていく予定なんスから」


 柳のその言葉に、桜庭は笑みをこぼしながら言った。


「大丈夫です。私はただ、彼女に『宣戦布告』をしただけですから」


「だからそれ大丈夫じゃないんスよ……」


 桜庭が宮田に手渡したハンカチに刺繍された花はタンジー。


 その花言葉は、『宣戦布告』であった。




「…………宣戦布告なんて、生徒会長なら堂々と言ってくればいいのよ」




 宮田は受け取ったハンカチを握りしめながら教室へと戻っていった。




                   *




「疲れたぁ……」


 そう言いながら、鈴村は教室にセッティングされた客用の椅子に座って力尽きていた。


「もう、あともう少しなんだから頑張ってよ……。ほら、リンゴジュースあげるから」


「おう、ありがとう」


 そう言って、鈴村は綾瀬からリンゴジュースを受け取った。


「しかしこの短い期間でよくここまで準備できたよなぁー。授業はあるし、青海学園の都合もあるからあまり時間は取れないのにさ」


「そうだねぇ。ま、でもこれもお父さんのおかげだね」


「だな」


 蒼碧祭の開催は十月上旬。


 夏休みが明け二学期が始まったのは九月上旬のため、文化祭の準備には毎年一カ月しか時間の猶予がなかった。


 それだけでも毎年忙しかったが、今年に関しては青海学園との合同文化祭の開催が決定したため、誰しもが準備に間に合わないと思っていた。


 しかし、それをしっかり理解していた緑ヶ丘学園理事長、綾瀬忠一は対策を練っていた。


 それは、『時間さえあればいつでも蒼碧祭の準備をして良い』というものであった。


 それは授業と授業の合間であったり、昼食中であったりと、成績に支障を来たさなければいつ準備しても良いという、理事長なりの心配りであった。


 さらに、理事長は『青海学園の関係者であればいつでも緑ヶ丘学園に出入り可能』というルールを一時的に設けた。


 この施策のおかげでそれぞれのクラスは授業を受けながらも着実に蒼碧祭への準備を進められており、一定数のクラスは既に準備を終えられているほどであった。


 かくいう鈴村のクラスも、蒼碧祭まで残り一週間を切ってはいるものの、進捗率はほぼ九割を超えていた。


 あとは残している僅かな作業を終わらせるだけであった。


「……ん? あれ誰だ?」


「ん? どうしたの? 鈴村君」


 鈴村は受け取ったリンゴジュースを飲みながら窓の外を見ていたが、そこで不審な人物を発見した。


「ほら、あれ。あの校門近くにいる男の人、見える?」


「えー? ……あ、ほんとだ。誰だろうあれ。うちの生徒……じゃないよね。青海学園の生徒でもなさそうだし」


 鈴村は校門近くに隠れている人物を指さした。


 その人物は着用している制服から緑ヶ丘学園の生徒でも、青海学園の生徒でもない、部外者であった。


「あの人、ちょっと怪しいな……。まさか犯罪者とか……?」


「こんな時間に堂々と学校に忍び込んで犯罪犯すなんて度胸ありすぎでしょ……」


「それもそうか……」


 しかし、その人物の怪しさは異常だった。


「……俺やっぱり見てくる。悪いけど綾瀬、残りの作業やっておいてくれ」


「えっ!? ちょ、鈴村君!?」


「皆もごめん! ちょっと生徒会として見回りしてくるわ!」


「そ、それなら私も!」


「いや、綾瀬はここにいてくれ」


 鈴村はそう言って、綾瀬が同行するのを拒んだ。


「なんで? 私も生徒会だよ? ついていく理由としては十分だと思うけど」


「……なんか、嫌な予感がする。綾瀬は来ちゃだめだ。ここで準備を進めててくれ」


 鈴村はジャケットの中に手を入れながら言った。


「……わかった。気を付けてね。何かあったらすぐ連絡してね!」


「おう、わかった。じゃあ、言ってくる」


 鈴村はそう言って、教室から出た。


 その直後、鈴村は『人生の選択肢』を制服のポケットから取り出す。


「…………やっぱり」


 鈴村の嫌な予感は当たっていた。


 鈴村が外にいる不審な人物を見た瞬間、『人生の選択肢』の光りが一瞬見えた気がした。


 加えて視界に映るその不審者から、鈴村が見た人物は()()()()()()()()()()()()()であると考えた。


 そして、『人生の選択肢』に提示された選択肢を確認した。




【人生の選択肢】


 A.緑ヶ丘学園校門付近にいた人物を追いかける。


 B.緑ヶ丘学園校門付近にいた人物を追いかけず、見て見ぬふりをする。




 今回も例に漏れず、【選択の簡易的結果】の記載はなかった。


 しかし、この『人生の選択肢』に選択肢が記載されたということは、あの人物を野放しにすると鈴村の人生が大きく左右することを意味していた。


 鈴村はむしろ、自分だけでなく、周りの人間にも被害が及ぶを考えていた。


「ここはA一択でしょ……!」


 そう言って、鈴村は不審者が逃げた方向へ走って行った。




 一方、その同時刻。


 飯田は蒼碧祭の準備に疲れてしまい、窓の外を見ていた。


「いやぁ、マージで疲れた……」


 飯田の顔は疲れ切っていた。夏休みが明けてからのこの約三週間、飯田は蒼碧祭のクラスの出し物準備はもちろんのこと、当日の会議や決めなくてはいけないことでスケジュールが盛沢山になっており、うまく休息を取れていないでいた。


「相当お疲れですのね、飯田生徒会長」


「ああ、すみません、気を使わせちゃって。ちょっと昨日あまり寝てなくて……、寝不足なんです」


 そんな様子を心配し、桜庭が飯田に話しかけた。


「あらあら。でしたら、もう帰られては?」


「……いや、大丈夫です。もう少しでうちのクラスの準備も終わるんですし、中途半端にしたくないですからね」


「飯田生徒会長がそう仰るなら止めはしませんが……。無理はしないでくださいね?」


「はい、ありがとうございます」


 飯田は桜庭の顔を見ずに礼だけ言った。


(……本当に大丈夫なのでしょうか、飯田生徒会長。だいぶお疲れのように見えます)


 桜庭も青海学園の生徒会長のため、飯田の疲労には理解があった。


 飯田は、少し溜息をつきながら軽食を頬張った。


「…………ん?」


 そんな中、飯田の視界に不審な人物が映る。


「……誰だあれ」


「どうかされましたか? 飯田生徒会長」


「あ、いや、桜庭生徒会長、あそこにいる人、見えます?」


「え、どこですか?」


 そう言って、桜庭は飯田に近づいて飯田の指さす方向を……。


(きゃー!!! 飯田生徒会長が近い! かっこいい!)


 ……見ずに飯田の顔を見ていた。


「……あの、見てます?」


「えっ!? あ、はい、見てます!」


「ほら、あれ、うちの生徒じゃないですよ、あの制服。青海学園の制服でもない」


「え? あ、ああ、そっちの話でしたか」


 桜庭はある意味間違った回答をした。


 しかし、確かに飯田が指さす方向には、緑ヶ丘学園の制服でも、青海学園の制服でもない制服を着用した人物が校門付近にいた。


「確かに、うちの生徒でもないですね。何をしてるんでしょうか」


「わからないですが……、こんな時間に部外者がうろついてるのはちょっと見過ごせないです。すみません、桜庭生徒会長。俺ちょっと様子見てきます」


「大丈夫ですか? 相当お疲れなご様子なのに……」


「大丈夫です。俺は生徒会長ですから。うちの生徒たちに何かあってからじゃ遅いんですよ」


「そうですか……」


 桜庭は心配そうな顔を飯田に見せた。


「お気をつけて行ってらっしゃいませ。くれぐれも、お怪我なさらないようにお願いしますね。蒼碧祭三日目のこともありますので」


「ご心配感謝します。すみませんが、後の準備、任せます」


「柳さんとなら大丈夫です。ご心配なさらず」


 飯田は桜庭の言葉に、真面目な顔で頭を下げて立ち去った。


「……本当に大丈夫なんでしょうか」


「なーんか嫌な予感がするッスよねぇー。こんな時間に不審者が立ち入るなんて、事件の予感しかしないッス」


「柳さんもそう思われますか。……柳さん、試しに飯田生徒会長の直近の未来を占ってください」


「え、今ッスか?」


「はい、そうです」


 柳は「えぇ……」と少し嫌そうな顔をしたが、目の前で起きていることと、自分が直観的に感じた『嫌な予感』がどうしても拭いきれず、桜庭の言うことに従った。


「じゃあ少し待っててくださいね、みやびっち」


 そう言って、柳は目を閉じて集中した。


 しばらくの沈黙。しかし、柳からはその集中からとてつもない威圧感が感じられた。


 その間、約一分。柳は目を開け、息を切らした。


「ハァッ……、ハァッ……」


「だ、大丈夫ですか!? 柳さん!?」


「だ、大丈夫ッス。……ちょっと集中しすぎました」


 柳は集中しすぎたあまり床に膝をついてしまった。


「それで、どうでした? 飯田生徒会長の未来は……!」


「……みやびっち。驚かないで聞いてほしいッス」


「それ、どういう意味ですか……?」


 柳は言いづらそうな顔をし唇を噛んだが、その結果を桜庭に伝えた。




「飯田生徒会長、大けがしてました」




「なっ……」


 柳のその言葉に、桜庭は思わず腰を抜かしてしまう。


「ど、どういうことですか、柳さん」


 少し戸惑いながらも、桜庭は柳に聞いた。


「さっきの人、飯田生徒会長の知り合いのように見えたッス。それで、一方的に殴られているように見えたッス」


「……それ、どういうことですか……!?」


「少しだけしか未来を見てないし、疲れてるのもあってか周りもよく見えなかったッス……。ただ、その人に殴られて、倒れている姿ははっきりと見えたッス」


「なんてこと……! すぐに様子を見に行きましょう! 力のある男子生徒も連れて行ったほうがいいです!」


「待ってくださいッス!」


「……柳さん?」


 桜庭は急いで飯田の救援に駆けつけようとしたが、柳はそれを止めた。


「……この件、うちたちは関わっちゃいけないような気がするッス。それこそ、みやびっちが大けがする未来だってあり得るッスよ。それでも行くんスか?」


「柳さん……」


 柳の言葉に桜庭は少し戸惑ったが、それでも桜庭は言う。


「……だからと言って、このまま飯田生徒会長を放ってはおけないです。そんな未来が来るとわかっているなら、それを知っているなら、ここに残る選択を取った私は共犯者と同じになってしまいます。そんなの、誰が望みますか」


 そう言って、桜庭は柳の忠告を振り切って教室から飛び出した。


「あ、ちょっとみやびっち! ……もう!」


 そうして、柳も桜庭を追いかけることとなった。




                   *




「たぶんここら辺だと思うんだけどな……」


 飯田は、先ほど見かけた不審者が通ったであろう道を歩いていた。


 辺りもすっかり暗くなり、教室から漏れる明かりだけが足元を照らす頼りになっていた。


「もうほとんど準備を終わらせてるってのに、皆こんな時間まで何やってんだかなぁ……。ま、全部が全部そうじゃないからいいけども」


 遅くまで残っている生徒のことを心配する飯田であったが、それよりも心配することがあった。


「さっきのやつ、どこ行ったんだよ……」


 と、そんな飯田の背後に、ついにその探し求めていた不審者は現れた。


「おっ! 誰かと思えば……。飯田じゃんか」


「お前……! たちばな……!」


 かつて宮田に暴力を振るい、熱海旅行の時にも飯田に暴力や暴言を吐き、二人を傷つけた橘光たちばなひかりがそこにいた。


 橘は飯田の顔を見てニヤりと笑った。


「うんうん、やっぱりこの作戦は大成功だったね」


「……どういうことだ」


「いやさ、巷で噂になってたんだよ。お前ら緑ヶ丘学園と青海学園が合同で文化祭やるってさ。その様子を見に来たんだ」


「……当日は来週だ。今はその準備期間。来る理由なんてないだろ」


「おいおいそんな怖い顔しないでよ。俺は別に、今は何も企んでないよ」


「……()()?」


 飯田は橘のその言い方に眉をひそめた。


「うちの高校も文化祭やるんだけどさ。すっごくつまんなくてね。そんなときに合同文化祭をやる高校があるっていう噂を聞いたんだよ。そしたらなんとびっくり、緑ヶ丘学園と青海学園。俺の知り合いばっかの学校が合同で文化祭とか面白すぎるでしょ」


 橘はその場でゲラゲラと大爆笑を始めた。


「何が目的だ」


「……あ?」


「何が目的だって聞いてんだよ。何の目的もなしにこんな時間に、……蒼碧祭を間近に控えたこんな日にお前が現れるわけないだろ」


 飯田は橘を睨みつけた。


「うーん、何だろう。敵情視察、ってやつ?」


「敵も何も、うちの学園とそっちは敵でも何でもねえだろ」


「そう、学園はその通り。でも俺とお前とでは話が違う」


「……どういう意味だ」


「わからない? 俺はお前のことが心の底から、虫唾むしずが走るほど大嫌いなんだよ。これがどういう意味か、わかるよね?」


「……わかりたくないな」


「……まあいいや。今はわかってくれなくても。俺は言ったよ。敵情視察をしに来ただけ、ってね」


 そう言って橘は後ろを振り向いた。


「用がないなら帰れ。うちの学園は部外者立ち入り禁止だ」


「わーかってるよ、そうかすなって。ちゃんと帰るから」


 橘はそのまま歩き始めた。


「そっかぁ、来週ついに蒼碧祭が始まるんだねぇ。青春の一ページになるわけだ。楽しみだね」


「お前には関係ないがな」


「さて、それはどうかな?」


 橘は顔だけ振り向き、飯田に言った。




「俺は心底お前が嫌いだ。高校最後の文化祭、最悪な思い出にしてやるよ」




「…………ふっざけんな!」


 そう叫び、飯田は橘に殴り掛かる。


 が、橘はそれを華麗に避け、飯田にカウンターを食らわせた。


「ガハッ……」


 想像以上のダメージを受けた飯田はその場に倒れこんでしまった。


 ポツポツと雨が降り始め、それはだんだんと強くなった。


「悪いね、飯田君。この前の熱海の時に受けた分のお返しをしないとと思ってね。痛かった?」


「痛い……わけねえだろ……」


 と言いながら立ち上がろうとする飯田だったが、蓄積した疲労と、思っていた以上のダメージを受けた飯田の体は言うことが聞かなかった。


「ははっ、タフなお前でもあんなちっぽけなパンチで倒れるなんて、弱くなったなぁ。拍子抜けだよ」


「おい、待てよ橘! お前は、お前だけは許さねえからな!」


「なんとでも言えばいいよ。俺はお前に恨みを晴らせればなんでもいいから。……蒼碧祭、楽しみにしてるよ」


「くそっ……、待て……!」


 しかし、立ち上がることができない飯田は塗れた地面に倒れこむしかなかった。


 そんな折、遠くから足音が聞こえた。


「……あっ! いた……! 飯田会長が倒れてる!」


 鈴村であった。


「やっべ。さらに人来ちゃったら大騒ぎじゃん。じゃ、飯田。また今度ね」


「ま、待て……っ」


 橘はそう言いながら、足早にその場を去った。


 その去り際、橘は鈴村とすれ違う。


「……あれ? 今の人、さっき見た不審者……? 気のせいかな……。……って、今はそれどころじゃない! 大丈夫ですか!? 飯田会長!」


 鈴村はすれ違った人物が暗くて誰かわからなかったため、違和感はあったもののそのまま飯田の元へ駆けつけた。




「楽しみだなぁ。蒼碧祭」




 雨に打たれながら、橘は不敵な笑みを浮かべていた。

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