第22話 ギャップ萌え
「ご、ごめんなさい鈴村君! 私慌てて飛び出しちゃって! 大丈夫ですか?」
「あ、はい、大丈夫です。琴原先輩こそ大丈夫ですか?」
蒼碧祭の準備をしていた琴原みどりは、青海学園に通う友人の長谷川杏里と自分たちのクラスが執り行う蒼碧祭での出し物『コスプレ喫茶』にて何を着るかを話していた。
長谷川は「コスプレをして鈴村にアタックする」というチャンスを思いつき、琴原に提案したうえで教室を飛び出した。琴原は慌てて長谷川を追いかけたが、教室を出た瞬間に鈴村とぶつかってしまう。
「ごめんね鈴村! みどりってば、私を追いかけて教室から飛び出しちゃっただけなんだ」
「そっか……、びっくりした……。そういえば琴原先輩、長谷川先輩と合同で出し物するんでしたね」
「そ、そうなんですよ。今その準備をしてて……」
「どこかに行こうとしてたんですか?」
「えっ!? あ、いや、その……!」
琴原は慌てて視線を逸らし、自分のしようとしていたことを誤魔化そうとした。
しかし、それを長谷川は許さなかった。
「鈴村も知っての通り、うちのクラスの出し物は『コスプレ喫茶』! 女子だけでなく、男子にもちゃんとしたコスプレをしてもらうつもりでいるんだけど、みどりってば、今になって何のコスプレをするか悩んでるんだってさ」
「へー、そうなんですね。コスプレにもいろいろと種類ありますからねー」
「そこで! 参考までに聞きたいんだけどさ……」
「? なんですか?」
長谷川はそのまま琴原にアイコンタクトを取った。
琴原はそれに気づき、下を向きながら言う。
「あ、あの、鈴村君って、コスプレするとしたら、……な、何がいいですか?」
「……え? コスプレ? 俺がですか?」
琴原は言葉の伝え方を間違えてしまった。
(違うでしょみどり! 今は鈴村のコスプレ事情なんかどうでもいいんだよ! 鈴村が好きなコスプレが何かを聞くんでしょうが!)
(すみませんすみません! 私もテンパってるんですよ! 言い直しますから!)
琴原と長谷川はこそこそと言い合っていた。
「……琴原先輩、聞いてます?」
「ひゃい!? あ、すみません、聞いてませんでした」
「聞いた本人が聞かないでどうするんですか……。俺コスプレなんてしませんよ。そういう性分でもないですし」
「とか言って、うちのクラスは『メイド・執事喫茶』だよ? 否が応でも、いわば執事のコスプレはしてもらうってこと忘れてない?」
「いやまあ、それはそうなんだけどさ……」
綾瀬のその言葉に、琴原は改めて気づいてしまった。
(そうでした……、鈴村君のクラスは『メイド・執事喫茶』なんでした……! つまり、鈴村君の執事姿が見れる、ということですよね!?)
琴原は両手を顔に当て、鈴村のキリッとした執事姿を頭に浮かべながら考えていた。
(はぁ……、執事姿の鈴村君、かっこいい……。…………ではなくて! 問題は私にどんなコスプレをしてほしいかです! 杏里ちゃんの言うギャップ萌えを狙えるものを聞き出さないと!)
そう意気込み、琴原は鈴村に再度問う。
「す、すみません、さっきの質問間違えました。……その、鈴村君って、どういう衣装を着ている女の子だったらドキッとしますか?」
「……え、何ですかその質問」
突拍子もない質問に鈴村は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
その質問を聞き、長谷川は琴原にグーサインを出していた。
(ナイスみどり、いい質問! でもあまりにも直球ストレート過ぎてあまり伝わってないよ!)
鈴村の困った顔を見て長谷川は複雑な気持ちになっていた。
「うーん……、どういう衣装だったらドキッとするか、ねぇ……」
妙に真面目に考える鈴村であった。
「まあ、強いて言うなら、『この子にもこんな一面があるんだ』、みたいなギャップがある衣装ですかね」
「ギャップ? ……はっ!」
ここで、琴原は長谷川が言っていた言葉を思い出した。
(なるほど……! ギャップ萌えってそういう意味でしたか!)
琴原はここで初めて「ギャップ萌え」の意味を理解した。
長谷川も琴原の考えを察したのか、指を丸にしてOKサインを出していた。
「ふーん、鈴村君はギャップ萌えをする衣装が好みなんだね」
「あ、あくまで今の話の流れでの回答だよ。正直、俺は服はそこまで重視してないし、その人が似あうと思っていればなんでもいいと思ってる派だから」
「はぁ……、鈴村君、そんな女心全くわかってない状態でよく告白なんかしたよね……」
綾瀬は鈴村の発言に呆れかえっていた。
同様に、長谷川も呆れた顔をしていた。
「鈴村、あんた綾瀬さんとみどりを幸せにする気あるの……? 曲がりなりにも彼氏なんでしょ? ビシッとしなさいよビシッと」
「え、ごめん。え、なんで俺怒られてんの?」
女心をわからない鈴村を咎める綾瀬たちであった。
「ともかく! 琴原先輩のさっきの質問に対する答えとするなら、ギャップを感じたときがドキッとするってのが俺の答えです」
「そうなんですね。……それって私生活も入らないんですか?」
琴原は少し鋭い目つきで言った。
「えっと、まあ、似合ってればなんでもいいとは言いましたけど、コスプレ同様に『そういう服も着るんだ』っていう意外性があるとドキッとしますよね。びっくりするというか」
「……なるほどです」
琴原のその反応と同時に、綾瀬も「なるほどねぇ……」と何かを企んでいる顔をした。
「ていうか、みどり先輩。今さらなんですけど、『ギャップ萌え』を狙うのなら、それ鈴村君に聞いても意味なくないですか?」
「え? そうなんですか?」
琴原は綾瀬の言葉に驚いた。
長谷川は「確かに」という顔をして言った。
「言われてみれば、『ギャップ萌え』というのはその人が相手に対して『意外だ』と思うからこそ成り立つわけで、予めそれが何かわかってたらギャップではなくなっちゃうわ」
「え、杏里ちゃん、ギャップ萌えってそういうものですか?」
「うーん、じゃあこうしよう。ある日、鈴村とみどりはデートすることになりました」
『で、デート!?』
琴原と綾瀬は長谷川の言葉に過剰に反応した。
「例え話だよ……。そうだな、場所は綺麗な夜景の見える高級レストランだとしようか」
『や、夜景の見える高級レストラン!?』
「だから例え話だってば……。何なのこの二人」
綾瀬と琴原のいらぬほど過剰な反応に長谷川は困惑していた。
「で、そのデートの日、みどりは気合を入れておめかししてレストランに到着しました。みどりは思うわけだよ。『今日この日、鈴村君はどんな服装で来てくれるんだろう』って」
『ふむふむ……』
「……面白いなこの人たち」
綾瀬と琴原の反応をいちいち面白く感じる長谷川であった。
「で、そんなときにスマホに一件のメッセージが。相手はなんと鈴村」
「うんうん、それで?」
琴原は興味津々で話を聞く。
「メッセージを確認すると……」
長谷川は間を空けて言った。
「『今日の服、この服とこの服、どっちがいい?』っていうメッセージ文と共に、めちゃくちゃダサい服の画像が送られてきていた」
『……うわー、ありえないわー(です)。ムードのかけらもない』
「あの、例え話なのわかってます?」
矛先がいつの間にか鈴村に向いていた。
「そういうことだよ。つまり、予めその人が何を着てくるか知ってたら、もうそれでお楽しみはなくなるし、意外性を感じることもないでしょ? だから、そういうのは知らなくていいと思うんだよね」
「な、なるほど。鈴村君に意外性を感じてもらう服を選べばいいんですね……。そうすればギャップ萌えになると……」
琴原はメモリながら話を聞いていた。
「……これ、本人の目の前でする話なのか……?」
「さあ……? みどり先輩が楽しいならいいんじゃない?」
琴原と長谷川の謎のやり取りに、綾瀬と鈴村は戸惑っていた。
「ありがとうございます、杏里ちゃん! 参考になりました!」
「いいんだよ、頑張ってねみどり」
長谷川は琴原の頭を撫でた。
「ということで鈴村君! 私のコスプレ、楽しみにしててくださいね!」
「あ、えっと、わかりまし……た?」
鈴村は、「答え方合ってるか……?」と考えながら琴原に言った。
その頃綾瀬は、琴原に対し勝ち誇った顔をしていた。
(ふっふーん。みどり先輩はやっぱりわかってないなぁ。『ギャップ萌え』を狙う以上、その話を本人に聞かれちゃったら元も子もないんだよ。そういうのは、相手に知られてないからこそ成り立つものなんだよ。やらかしたね、みどり先輩)
綾瀬の考えていることは至極正しかった。
長谷川の言うことにも一理あるが、元より『ギャップ萌え』というものは、相手がその人に対して意外性を感じることで初めて抱く感情である。
しかし、その話を本人、鈴村に話してしまったことで、その意外性を感じる余地が鈴村になくなってしまったことを綾瀬は理解していた。
琴原は意図せずして、『ギャップ萌え』による鈴村へのアピールのチャンスを逃してしまっていた。
(とはいえ? 私には『メイド服』というものが約束されてる。鈴村君が私のメイド服を見てギャップ萌えをしないわけがない。……勝ったわね)
謎の自信を持つ綾瀬であったが、綾瀬も綾瀬で既にメイド服を着ることは鈴村に知られてしまっているため、『ギャップ萌え』作戦は失敗に終わっているのであった。
「うーん、でもドキッとする衣装かぁ……」
「どうした鈴村。何か言いたいのか?」
長谷川は鈴村が何かを言いたそうな顔をしていることに気づき、視線を向けた。
「その人が意外なものを着てドキッとするのは確かにあると思うけど、自分のために服を選んで着てくれてるのなら、俺はそれだけで嬉しいかなぁ」
鈴村は窓の外を見ながら言った。
その言葉は鈴村の本心であり、綾瀬と琴原に対する大ヒントになり得た。
『……なるほど、それもそうね(そうですね)』
綾瀬と琴原は納得した。
(……鈴村って案外、付き合ったら長続きするタイプかもね。……って、何考えてるんだ私……!)
長谷川はふとそんなことを考えていたが、よからぬ気持ちに気づきそうになり、頭を横に強く降った。
長谷川は少し冷静になり、用事も済ませたので琴原に作業に戻るように提案する。
「さ、ほら、作業に戻るよみどり。鈴村たちもこんなところに用もなく来るわけないし、何か作業してたんでしょ。邪魔しちゃまずいよ」
「そ、それもそうですね。凛ちゃん、鈴村君、足止めしちゃってごめんなさい」
琴原は二人に対し頭を下げた。
「いいんですよ。ちょっと備品の確認をしに生徒会室に行くだけなんで」
「え、生徒会室ですか? まだ飯田会長たちが会議してるんじゃ……」
と言いながら、琴原はスマホを確認した。
「あ、もしかして見てないんですか、グループのメッセージ。もうとっくに終わってるみたいですよ」
「……ほんとだ、もうだいぶ前に終わってたみたいですね」
スマホを確認すると、三十分前にはその会議は終わっていたようで、飯田から「会議終わったので俺らも準備作業に行くわ」のメッセージが残されていた。
「……あれ? 会議が終わったってことは、もしかして宮田先輩ももう解放されたってことなんじゃ……」
「あら、もう随分と前からここで作業をしていたのだけれど、ようやく気付いてくれたのね」
『み、宮田先輩!?』
「やっと気づいてくれたのね」
「も、もしかして、今までのやり取り、……全部見てました?」
鈴村は宮田に恐る恐る聞いた。
「ええ、当然よ。何分前からここにいると思っているの。まあ、話しかけなかった私も悪いのだけれどね。……でも、面白い話が聞けてよかったわ」
「……あっちゃー……」
鈴村は頭を抱えて言った。
「失礼な反応をするのね」
「あ、ごめんなさい」
こういう話を聞くと面白がるとわかっていた鈴村であったが、時すでに遅しだった。
「まあ、誰にでもギャップ萌えというものを感じる瞬間はあるわよ。私にもあったし」
「えっ、宮田先輩にもあったんですか?」
綾瀬は目を輝かせて宮田に聞いた。その目は、「とても面白そうな恋バナを検知した目」であった。
「ええ、あったわ。でも話さないわよ」
「えー、教えてくださいよー、宮田先輩のけちー」
綾瀬は頬を膨らませて言った。
「さ、あなたたちは備品を取りに行くんでしょ。私はみどりと長谷川さんと作業をするから、さっさと用事を済ませてきちゃいなさい。そこまで時間に余裕があるわけでもないんだし」
「すみません、ありがとうございます。それじゃ皆さん、頑張ってくださいね」
宮田の言葉に鈴村は礼を言いながらその場を後にした。
「……で、どの服を着るのか決めたの? みどり」
「……決めてはいますが、その話はまた今度で」
宮田の問いに、少し答えをはぐらかす琴原であった。
*
「えーっと、確かこの辺に……」
鈴村は生徒会室に着くなり、倉庫にもなっている部屋の扉を開けて備品を探し始めた。
「鈴村君、あったー?」
「今探してるところー。そっちはー?」
「んー、見つかんなーい」
同行していた綾瀬も、鈴村とは別のところで備品を探していた。
「おかしいなぁ……、生徒会室にならあると思ったのに。教室の壁を飾るための装飾」
そう、鈴村が探しに来たのは、『メイド・執事喫茶』の店内を飾るための装飾であった。過去に行われた催し物や小さなイベントなどで生徒が作成し、その中でも保存性が良く将来使われそうなものは基本的に生徒会室に集められていた。
その存在を知っていた鈴村は、綾瀬に生徒会室に取りに行くことを提案した。だがしかし、いくら探してもその探し物は見つからない。
それもそのはずである。
(ふふふ、いくら探してもないんだよ、鈴村君。それは既にうちのクラスのある場所に隠してあるんだから……)
既に探し物は鈴村の教室に移動されていた。ではなぜわざわざ綾瀬は鈴村の提案を受け、生徒会室に来たのか。
(これでこっそり鈴村君と二人きりでいられる……!)
鈴村と二人きりになれる時間を作りたいだけであった。
綾瀬はこの作戦を遂行するべく様々な用意をしていた。クラスメイトにはしっかりと理由をつけて教室を後にし、さらに自分が生徒会室の鍵を持ったうえで生徒会室の扉に鍵をかけ、自分たち以外に誰もこの生徒会室に入ってこられない状況を作り出したのである。
(ごめんねみどり先輩。私はみどり先輩と対等にいたいけど、やっぱり鈴村君は独り占めしたいんだよ……!)
独占欲がとても強い綾瀬であった。
「なぁ、ここにあったの綾瀬も見たよな?」
「え? あ、うん、確かそこにもあったと思うよ? ここにもあったと思うし、なんでだろうね」
「……? なんで棒読み?」
「き、気のせいじゃないかなー」
鈴村の質問にわかりやすい棒読みで答える綾瀬だった。
「しっかしまだまだ暑いなぁ。残暑ってものはいつになったらなくなるんだか」
そう言って、鈴村は着ていた制服のワイシャツの袖を肘の下あたりまで捲った。
(そ、それは……! 好きな男子がやってくれると嬉しいランキングにランクインするほど人気な、『ワイシャツの腕まくり』……!)
それは、男らしさを正直あまり感じられていなかった綾瀬にとっては、鈴村の男らしさ、そして意外性を感じさせるとてもインパクトのあるものであった。
あえて腕まくりを肘下までで抑えることで爽やかさをアピール。肘より上に行ってしまうと体育会系のイメージになってしまうが、肘下で抑えることでクールな印象を与えることができているのであった。
綾瀬はそのスタイルにハートを射抜かれた。
(こ、これが……、『ギャップ萌え』……! 恐るべし……!)
思わぬところで『ギャップ萌え』を食らう綾瀬であった。
「これでも暑いなぁ……。ネクタイも緩めるか」
(そ、それは禁じ手だよ鈴村君……!)
鈴村はそう言いながら、締めていたネクタイを少し緩めた。
まさしく、その少し着崩した姿は鈴村の新たな一面を見せつけるものであった。
「……? どうした綾瀬、そんなじろじろ見て」
「い、いや! な、なんでもない、なんでもない!」
綾瀬の目には、自分の知らない新たな鈴村の姿が映っていた。
(ぎゃ、ギャップ萌えって、こんなにドキドキするものなの……!? やばいんだけど! 私、今心臓バクバクいってる!)
そう考えながら、綾瀬は自分の左胸に手を置いた。
(もしかして意図してやってる? ……いや、あの顔、さっきの言動、絶対意図的じゃない! ……たまたまだ! たまたまでこの破壊力……!?)
綾瀬は鈴村の攻撃力に耐えられないでいた。
「んー、いい風が吹いてるなぁ」
鈴村は窓を開け、秋らしい涼しい風を感じながら言った。
(なっ……!? つ、追撃……!?)
思わぬ追撃が綾瀬を襲った。
綾瀬にはそんな鈴村がとてもかっこよく、クールに見えた。
(私は確かに鈴村君のことが好きだけど……、なんかこう、今日の鈴村君、めっちゃイケメンに見える! 爽やかイケメン!)
綾瀬は暑さのせいか少し気が狂っていた。
しかし、綾瀬の目に映るものは現実であった。
「大丈夫かよ綾瀬、顔真っ赤だぞ?」
「え!? いや、大丈夫だから! 大丈夫なの!」
「ほんとか? ……ほら」
そう言って、鈴村は綾瀬の顎に手を置いた。
「……やっぱり顔赤い。熱でもあるんじゃない? 水飲む?」
俗にいう『顎クイ』である。
(きゃああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!)
思わずパニックになる綾瀬であった。
(これ素でやってるの!? 意図的じゃなくて!? それなら鈴村君天才だと思うよ! ダメ、私の心臓バックバクしてる! 治まらない!)
綾瀬は心臓の鼓動が鳴りやまず、冷静を取り戻せないでいた。
「うーん、しっかしこれだけ探してもないんなら、もう捨てちゃったのかなぁ……。あ、はい、これ水。冷蔵庫の中にペットボトルあってよかった」
そう言って、鈴村は生徒会室の冷蔵庫に入っていた水入りのペットボトルを手渡した。
「あ、うん、あ、ありがとう……」
綾瀬はそれを顔を赤らめながら受け取った。
(落ち着きなさい私……。落ち着くのよ……。私は綾瀬グループの令嬢……。こんなことで取り乱すなんて、お父さんに見せる顔がないわ)
綾瀬はなぜかこのタイミングで『綾瀬家の令嬢』という肩書を持ちだして冷静を取り戻そうとしていた。
実際、これは間違っていないが、綾瀬は冷静さを取り戻す方法を忘れていた。
「あ、そうだ。俺も暑かったからそれ少し飲んでるから」
「…………え?」
この生徒会室に水入りペットボトルは一本のみしかなかった。鈴村が綾瀬に手渡す前、鈴村も喉が渇いていたため少し飲んでいたのである。
これは即ち。
(……これ、間接キスじゃん……!!!!!)
間接キスであった。
(で、でも、熱海旅行の帰りにキスしてるし……、ほっぺにだけど。でもこれじゃ、普通のキスと変わらないじゃん……! 鈴村君わかっててやってるの……?)
ところが、鈴村は普通に綾瀬を心配して渡しただけであり、そこは全く意識していなかった。
「あ、ありがとう。……いただきます」
「……? 何恥ずかしそうにしてるんだろう」
鈴村は綾瀬のその反応を不思議に思った。
「探し物見つからないし、ここにはもう用ないから戻るか、綾瀬」
「えっ!? あ、うん、そうだね。戻ろっか」
そう言って、二人は生徒会室から出ようとした。
と、ここで鈴村は生徒会室の扉の鍵がかかっていることに気づく。
「あれ? 生徒会室の扉の鍵っていつもかけてたっけ?」
「え? うん、かけてたと思うよ?」
「……そうだっけ?」
緑ヶ丘学園高等部の生徒会室の扉は、何かしらの会議が行われていない限り鍵がかかることはない。
つまり、何も会議が行われていない今このタイミングで鍵がかかっていることは、普通に考えればおかしいことなのである。
しかし、鈴村はそれを知らないため、特に気にすることなく鍵を開けて生徒会室から出た。
「これで教室にあったら無駄骨だなぁ。……おーい綾瀬、戻るぞー」
「あ、うん」
そう言って、綾瀬は前を歩く鈴村を追いかけようとした。
「あ、そうだ、鍵かけないと」
そう言って、綾瀬は生徒会室の扉の鍵をかけようと振り向いた。
しかしその目の前には、見覚えのある人物が立っていた。
「どうかしら? 『ギャップ萌え』を実感した気分は」
「み、宮田先輩……!?」
宮田詩織であった。
「私って影が薄いのかしら。ずーっとここで扉が開くのを待っていたのだけれど」
「それなら普通に入ればよかったんじゃ……」
「あら、生徒会役員なら、生徒会室の扉の鍵がかかっているなら会議をしていると思うのが普通じゃないかしら? それとも、中で鈴村君と何を話していたのかしら?」
「えっと、その……」
綾瀬は恥ずかしさのあまり顔を隠した。
「ていうか! ずっとここにいたなら何があったか聞こえてたんですよね! それなら聞く必要ないじゃないですか!」
綾瀬は顔を赤らめたまま宮田に言った。宮田の『扉が開くのを待っていた』という発言は、即ち中での会話を全て宮田に聞かれていたことを意味している。
「さあ? 私は待っていただけで、細かく内容は聞いてないわよ?」
「……宮田先輩、面白がってますよね?」
「ふふっ。さて、何のことかしら」
宮田は笑いながら言った。
「綾瀬さんも『ギャップ萌え』を実感できたみたいで良かったわ。さ、教室に戻りましょう」
「……宮田先輩のいじわる」
そう言いながら、綾瀬は生徒会室の扉の鍵を閉め、教室へと戻った。
「……さて、私はどうやって飯田君を『ギャップ萌え』させようかしらね」
かく言う宮田も、飯田に対しギャップ萌えを狙っているのであった。




