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鈴村くんは間違えない  作者: シア
第1章 『人生の選択肢』

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第16話 旅行のその後 ~琴原編~

「や、やっと着きましたぁ……」


「こ、琴原ことはら先輩の家……、結構遠いんですね……」


 飯田勝翔いいだしょうとの提案により決行された鈴村徹すずむらとおる綾瀬凛あやせりん、琴原みどりの三人による熱海旅行は、鈴村は綾瀬、琴原の二人と同時に付き合うという選択を取って幕を閉じた。


 そんな旅行の帰り、鈴村は綾瀬と琴原をそれぞれ家まで送ろうとしていたが、綾瀬は「お父さんが使用人を準備してくれたみたいで……。もう迎えが来てるから、私はそっちで帰るね」と言って、そそくさと迎えの車に乗って帰ってしまった。


 それなら仕方ない、と鈴村は琴原の自宅まで送り届けることにしたが、思ったより最寄り駅から自宅への距離が遠く、二日分の旅行の疲れも相まってが二人とも息を切らしながら琴原の自宅へ向かった。


 琴原は綾瀬の取った行動に少し疑問を抱いていた。


(凛ちゃん、なんであのまま帰っちゃったんでしょう……。いつものテンションなら、『送っていきますよ! 乗って乗って!』って言いそうでしたけど……)


 余程疲れていたんだろうな、と琴原は思ったが、同時にチャンスを掴み取っていた。


(でもまさかここで鈴村君と二人きりになれるなんて、予想もしませんでした! ナイスファインプレイです、凛ちゃん!)


 琴原はその場でガッツポーズを決める。


「っくしゅん……。誰か私の噂してるのかなぁ……、疲れて風邪でも引いた?」


 綾瀬はその頃、自宅でくしゃみをしていた。


「家まで送ってくれてありがとうございました!」


 琴原は自宅前まで到着した後、鈴村に礼を言いながら頭を下げた。


「いえいえ、こんな時間に女の子一人で帰らせるわけにもいかないですし、仮にも俺は琴原先輩の彼女ですから。当然ですよ」


「あ、ありがとうございます」


 琴原は照れながら言った。


(やっぱりナイスファインプレイです凛ちゃん! 鈴村君を独り占めできちゃってます! 胸の高まりが止まりません!)


 琴原のテンションは上がっていた。


 そのテンションのまま、琴原は鈴村に告げる。


「あの、鈴村君。このまま泊まっていきませんか?」


「…………は?」


 鈴村は耳を疑った。


(女子の家に泊まる……だと……!? そ、そんなお誘いが俺に……、あ、来るか。俺彼氏だったわ)


 一瞬焦る鈴村であったが、自分の立場を今一度理解し、冷静になった。


 鈴村は「いやでも……」と断ろうとする。


「さすがに急にはまずいですよ。それに、ご両親もいらっしゃるんですよね。ご迷惑になるので、俺はこのまま帰ります」


「……今日、両親二人とも帰ってこないんです」


「な、なんだって!?」


 鈴村に衝撃走る。


(そ、そんなお約束な展開あっていいのか……!? あの旅行の後だぞ!? もじもじしてるじゃん琴原先輩! まさか狙ってやったのか!?)


 しかしこれは偶然であった。


 今日この日、たまたま琴原の両親は琴原が旅行に行っていることが羨ましく思い、両親と琴原の弟の三人で別の旅行に行っていた。


 そのため、この瞬間に琴原の自宅に身内はいないのである。


(あぁ、ありがとう神様。パパとママ、そしてあおい……! 今日この日に旅行に行ってくれてありがとう! 私は、愛しの相手と初夜を過ごせそうです……!)


 さらにテンションが上がる琴原であった。


「ささっ、鈴村君も疲れたでしょう! 迷惑じゃないので泊まっていってください!」


「え、ちょ、拒否権は!? 俺の拒否権は!?」


「ここまで送ってくれたお礼です! さ、どうぞ中へ!」


 鈴村は琴原に引きずられながら琴原家へいざなわれた。




                  *




「お、お邪魔しまぁーす……」


 鈴村は半ば強引に琴原の家に招待された。恐る恐る中に入ると、琴原の言う通り確かに中には誰もいなかった。


「ささ、ここがリビングです。適当に座ってくつろいでてくださいね。あ、何か飲みます?」


「あ、えーっと、じゃあ麦茶を……」


「りょーかいです!」


 とてもテンションが上がっている琴原のその様子に鈴村は違和感しかなかった。


(琴原先輩ってテンション上がるとあんな風になるのか……)


 鈴村には琴原が普段よりもかわいらしさが増しているように見えていた。


(まあ、テンション上がるのも無理ないか……。一応俺彼氏なんだもんな……。家に誰もいないんだもんな……)


 と、そこまで考えて鈴村はよからぬ妄想をする。


(や、やっぱり俺、今夜泊まってはダメなのでは……!?)


 悶々と、旅行のときに見た琴原の裸姿が頭に浮かんできた。


 鈴村は理性という大ボスと戦う覚悟を決めるしかなかった。


(俺の理性が壊れると何もかも終わる……。やばい、非常にまずい。しかし大丈夫だ、俺の理性はそう簡単に崩壊しない。そう、大丈夫なんだ)


 鈴村はそう考えながら胸に手を当てて深呼吸を始めた。


「あれ、どうしました? 具合でも悪いんですか?」


「え!? いや、大丈夫です! 元気です!」


「? ならいいんですけど……。鈴村君も疲れてるでしょうし、リラックスしてもらっていいですからねー。はい、麦茶です」


「ど、どうも」


 琴原はそう言いながら麦茶の入ったコップを鈴村の前に置いた。


 鈴村は出された麦茶を飲み干す。


「ふふっ、まさか一気に飲むなんて。余程疲れてたんですね」


「そ、そりゃ、暑かったですし……。遠かったですし……」


「あ、それはすみません……。ちゃんと予めどれくらい歩くか言えば良かったですね……。この辺バスは通るんですけど、この時間だともう最終便はないので歩くしかなかったんです」


「いえ、いいんですよ。こんな長い距離一人で歩かせたら危ないです」


「……ありがとうございます、鈴村君」


 琴原はそう言って、ペコっと頭を下げた。


「さて! 花火大会の屋台でいろいろと食べたのでお腹は空いてないですが、鈴村君は大丈夫ですか?」


「はい、綾瀬のおかげでめちゃくちゃ食ったので、もうお腹いっぱいですね」


「私もです。というわけで、お風呂に入りたいと思います!」


「あー、そうですねー。お風呂ですねー。……お風呂!?」


 軽く受け流そうとしていた鈴村であったが、しかしその言葉は流してはいけない言葉であった。


(まずい、たぶんこのままの流れだと恐らく……)


 鈴村は予想をした。


「はい! お風呂です! 露天風呂の続きと言っては何ですが、一緒にお風呂に入りましょう!」


(やっぱりかー!!!)


 鈴村の予想は的中した。


 仮にも彼氏彼女の関係である。琴原からすれば、この状況で一緒にお風呂に入ることに躊躇ためらいはなかった。むしろ琴原にとっては大チャンスであった。


(露天風呂のときは結局『それ以上』のところまで発展しませんでした。今回はリベンジです……!)


 琴原はやる気満々であった。


「いや、やっぱり一緒に風呂に入るのはやめたほうが……」


「何を今さらビビってるんですか? 私からの告白を受け入れてくれたんですよね? じゃあそういうことしてもいいはずです!」


「だ、だからと言って……、こ、心の準備が……!」


「ほら! 行きますよ!」


 またも力ずくで連れて行かれそうになる鈴村であったが、ここでヘタレが発動し、琴原の誘いを強く断った。


「ご、ごめんなさい……。一緒に入るのは、ちょっと……」


「…………そうですか」


 琴原は残念そうな顔をした。


「で、ですけど! い、一緒に入らなくてもその、片方が入っている間もう片方はすぐ近くで待つ、ってのもありなんじゃないかなー、って……」


 鈴村はなかなか通るはずのない提案をした。


(……まあ、それでもいいですかね)


 琴原は少し考えて答えた。


「いいですよ、それでも」


「いいの!?」


 思わずびっくりする鈴村であった。


「では先に鈴村君が入ってください。お風呂場はあっちです。着替えは……、鈴村君、この服着れそうですか?」


「え? これって……」


「はい、私の私服です」


(着れるかー!!!!)


 心の中で叫ぶ鈴村であった。


(逆なら少しはわかるが女子の私服を成長真っ盛りの男子が着れるか! 俺のこと信頼してくれるのは嬉しいけど、それとこれとは話が違う! そもそもサイズが……)


「あ、やっぱりちょっと小さいですね」


 琴原はそう言いながら自分の私服を鈴村に合わせてみた。


「やっぱりそうなるじゃないですか……。大丈夫ですよ、俺予備の服持ってきてるんで」


「……せっかくのチャンスだったのに」


「何か言いました?」


「いえ、何も! ではその服は脱衣所に置いておいてください!」


 琴原はぽつりと残念そうな顔をしながら呟いたが、その顔を見られないうちに鈴村を風呂場へ案内した。




                  *




「ふぅー……、あったまるぅ……」


 鈴村はいろいろ言いつつも、琴原が入れて暖かい風呂に浸かっていた。


「なんだかんだ言っても、やっぱ風呂はいいなぁ。体が浄化される気分になる」


 鈴村は心地よく鼻歌を歌っていた。


「お湯加減どうですかー?」


「ああ、ちょうどいいよ」


「ならよかったですー」


 琴原はそう言いながら脱衣所の床に座った。


「……え、琴原先輩本当にそこにいるんですか?」


「ええ、そうですよ? さっき鈴村君が自分で言ったんじゃないですか。『もう片方はすぐ近くで待つ』って。私はその条件があるから一緒にお風呂に入らないことにしたんですよ」


「それなかったら本当に一緒に入るつもりだったんですか……」


「だって彼女ですし。別に良くないですか?」


「そ、それはそうなんですけど……」


 琴原の行動は大胆だった。鈴村が初めて出会ったあの頃と比べると、性格がまるで別人のように思えた。


「どうしたんですか琴原先輩、なんか変ですよ?」


「変? どこがですか?」


「どこって、その、今日家に誰もいないって言って強制的に俺を泊めるところとか、一緒に風呂に入ろうとするところとか……」


「………………鈴村君」


「え、はい、何でしょう」


 琴原は少し間を空けて言った。


「鈴村君は少し勘違いをしていると思います。私は変わったんです。変わろうとしてるんです。私はもう、あの頃の私じゃないんですよ」


「そ、それってどういう……」


 そう鈴村が言いかけると、突然風呂場の扉が開いた。


「……つまり、こういうことです」




 そこには、服を脱いでタオルで前を隠した琴原が立っていた。




「ちょ、琴原先輩!? なんで脱いで……」


「なんでって、私もお風呂に入ろうと思ったからです。何か変ですか?」


「変じゃないですけど! 約束と違うじゃないですか!」


「……あーもう、鈍感だなぁ」


 そう言って、琴原はそのまま浴槽に入った。


 琴原の思わぬ行動に思わず鈴村は琴原に対し背を向ける。


「……またそうやって背中を向けるんですね、鈴村君。露天風呂のときと同じです」


「だ、だって、その、まだ早いっていうか……」


 琴原は少し口調を強めて言った。


「一体どこが早いんですか? 鈴村君は私を受け入れてくれたんですよね? 受け入れてくれるんですよね? カップルの関係なら、一緒にお風呂に入ることくらい普通だと思いますよ?」


「だからそういうのは順序ってのがあって……」


 その鈴村の言葉に、琴原はついに限界が来てしまった。


「ああもう! まどろっこしいです! こっち見てください!」


 そう言って、琴原は鈴村の体を無理やりつかみ、ぐるっと回して自分と体を向き合わせるようにした。


「な、何ですか琴原先輩……! み、見えてますって!」


「見せてます! 私だって恥ずかしいんです! 察してください!」


「あっ……」


 鈴村はここに来てようやく気付いた。琴原は既に覚悟を決めてこの場にいるのだと。


 琴原の顔はまだ風呂に浸かって間もないのに真っ赤であった。


「私も、本当は鈴村君に裸を見せるのは恥ずかしいです。露天風呂のときもそうでした。でも、私は鈴村君に私の全てを見てほしい。全てを受け入れてほしいんです」


「琴原先輩……」


「今までの私の性格だったら、こんなことしませんでした。そもそも、男の人を家に招き入れたのなんて一度もしたことないので、恥ずかしさで壊れそうです。でも、私は今、あなたの目の前にいます。これがどういうことか、わかりますよね?」


「……覚悟、ですか」


 琴原の覚悟。それは琴原の未来に対する覚悟であった。


 自分と将来を共にする存在。その相手を鈴村にすると心に決めているからこそ、琴原は今、鈴村の目の前にいる。


「鈴村君。私は覚悟を決めて今ここにいます。なのに鈴村君はいつまでヘタレているんですか。そんなんだと、私の覚悟はどうなるんですか。それは私に対する侮辱だと思います」


 琴原は少し怒り気味に言った。


「鈴村君の覚悟はその程度なんですか? 私だけでなく凛ちゃんまで選ぶことを決めた鈴村君の覚悟は、その程度のものなんですか?」


「……ごめんなさい」


「改めて聞きます。なぜ、鈴村君は凛ちゃん、もしくは私だけではなく、凛ちゃんと私の二人を選んだんですか」


「………………」


 鈴村は少し黙ってから言った。


「…………俺は、二人が喜ぶ顔が見たい。楽しそうにしている顔が見たい。そう思ったんです。これ以上悲しい未来を味わうのは嫌だと思ったから、二人を選びました」


 琴原は鈴村の「これ以上」という言葉に少し引っかかったが、鈴村の言葉に答えた。


「そうです。鈴村君は私たちを悲しませまいとその選択を取ってくれました。二人同時であれ、今私と鈴村君は恋人同士です。だから、こんなことでヘタレてないでください。堂々としてください。でないと、無理やりにでも私が凛ちゃんから鈴村君を奪います」


「え、それってどういう……」


「そういうことは詮索しなくていいものですよ、鈴村君」


 そう言って、琴原は自分の人差し指を鈴村の口に当てた。


「……すみません、琴原先輩。俺、あんまこういうの慣れてなくって、露天風呂の時とほぼ同じことしてますね。……幻滅してますか?」


「うーん、正直幻滅はしてます。もう少し度胸のある男の子だと思ってました」


「うっ……」


 ストレートな琴原の発言に鈴村は傷ついた。


「でも、鈴村君はやればできる人です。努力家なのは知ってます。どんな困難も乗り越えてきたし、これからも乗り越えると思います。私も引っ込み思案で、度胸のないがためにもったいない人生を歩んできました。……でも、そんな私はそんな自分から成長したいんです」


 琴原は真面目な顔で鈴村に言った。


「だから、鈴村君も一緒に成長しましょう。変わりましょう。この先、おそらく鈴村君だけでなく、私や凛ちゃんにも困難が訪れると思います。それを共に乗り越えていけるようにしましょう。そのほうが、幸せな未来を作れると思いませんか?」


「……確かに、それもそうですね」


 琴原の言葉に鈴村は頷いた。


「私が言いたかったのはそういうことです。お風呂に入ってきたのは……、単に鈴村君の裸を見たかったのもありますし、私の裸を見てほしかったのもありますが」


「やっぱそういうのが目的だったんじゃないですか!」


 琴原は「ふふっ」と笑いながら言う。


「でも、そういうのに慣れてないと、いざというとき失敗しちゃいますよ?」


「い、いざって……」


「あ、今エッチな想像しましたね」


「琴原先輩……、わざとやってます?」


「まあわざとっていうか……。そもそも全裸の彼女が目の前にいるんです。無理もないと思います」


「………………」


「ともかく! 私は私の覚悟を鈴村君に話しました。鈴村君はその覚悟を受け入れる義務があります。もちろん逆もしかりです」


 そう言って、琴原は立ち上がった。


「それでは、これから末永くよろしくお願いしますね」


 琴原はそのまま風呂場から出て行った。


「…………琴原先輩の言葉には一理ある。こればっかりは、度胸の無い俺のせいだ……」


 鈴村は暗い顔をしながら下を向いた。


「……しっかりと、琴原先輩にも、綾瀬にも向き合わないとダメだ。生半可な気持ちじゃ、ダメなんだ」


 そう言って、鈴村も風呂場から出た。




                  *




「それじゃ寝ましょうか」


「……別の部屋で寝ないんですか、琴原先輩」


「あー、まだそんなこと言ってるんですか。恋人同士、同じ布団で寝ないでどこで寝るんですか」


「疲れてるんで、起こさないでくださいね」


「それって誘ってるってことでいいですよね? 鈴村君?」


「……勘弁してください」


 鈴村は赤面していた。


 かくいう琴原も、疲労が溜まっていたのかすぐに眠りにつくところだった。


「……鈴村君、もうこの夏休みで予定とかないんですよね」


「え? そうですね、生徒会の定例会議以外は特に予定ないです」


「私と一緒ですね。とはいえ、もうお出かけする元気もお金もないですし……。凛ちゃんにも言って、この夏休みが明けるまでは生徒会活動以外で会うのはやめますか」


「え、それでいいんですか?」


 思わぬ言葉が琴原から出たため、驚く鈴村であった。


「いいんです。本当は毎日一緒にいたいくらいですけど……。さすがにそれは鈴村君が困るかなって。なので、週に一回の定例会議がある日以外は会わないでおきましょう。そのほうが、会えた時の特別感が増しますし」


 鈴村は琴原の行動が読めなかった。


「まあ琴原先輩がそれでいいならいいですけど……」


「はい。お互い、残りの夏休みをゆっくり過ごしましょう。次にちゃんと会うのは夏休みが明けてからです」


「……わかりました」


 琴原は鈴村に対し背を向けて布団に入っていたが、鈴村のほうに体を向けて言った。


「鈴村君、こっち見てください」


「え、何ですか?」




 鈴村が振り返ったその瞬間、琴原は鈴村に軽い口づけをした。




「ちょ、な、何ですかいきなり!」


「今日、頬にキスをしましたよね。その続きと思ってください」


「だからって、急にそういうの……」


「ふふっ、やっぱり鈴村君には()()が一番効くみたいですね」


「味を占めたみたいに言うのやめてくださいよ……」


 しかし半ば嬉しい鈴村であった。


 琴原は鈴村の目を見て言う。




「鈴村君。私を選んでくれてありがとうございます。何度でも言います。本当に、ありがとうございます。だから、私の愛を、受け取ってください」




 そう言って、琴原は鈴村に手を差し伸べた。


「……はい、琴原先輩。これからよろしくお願いします」


 鈴村は、琴原の手を握って言った。


「……えいっ」


「むぐっ」


 鈴村はそのまま琴原に引っ張られ、琴原の胸に顔を埋められた。


「んんんんんんん!!!!! んんんんんん!!!!!!!」


「どうです? 私の胸を正式に堪能できる関係になれたんですよ? だったらもっと堪能しないと」


「んんんんん!!!!!!!!」


「嬉しいですか? 嬉しいですよね? 凛ちゃんにもこんなことはできません」


 しかし綾瀬もそれなりのものを持っていた。


 鈴村は琴原の胸に顔を埋められたまま何かを訴えていた。


「んんん!!!!! ……んんんん!!!!!」


「んー? なんですか?」


 その声は、だんだんと小さくなり。


「んん!!!! …………んん…………」


「あ、あれ、鈴村君?」


 ついに声が聞こえなくなった。


(……やってしまいました!)


 鈴村、琴原の胸に顔を埋められ窒息死する。


「きゃああああああ!!! 蘇って鈴村君! ごめんなさい! 息できなかったですよね! 気づかなくてごめんなさい! こういうことしたことなくて! 息できないならできないって……、ああ、さっきの叫びはそれか……、って感心してる場合じゃない! 鈴村君起きて! 起きてください!」


 鈴村は白目を剥いて倒れた。


「…………ぶはっ!! ……はっ、はっ、し、死ぬかと思った……」


「鈴村君! 良かった蘇った!」


「琴原先輩……、ちょっと行動には気を付けてください……。いろんな意味の死人が出ます。……今回は本当に死人が出そうでしたけど」


「ごめんなさい、ごめんなさい!」


 琴原がしたことは、琴原が無意識にしたことであった。殺すつもりは微塵もなかったのである。


「そ、それじゃ琴原先輩。おやすみなさい」


「あ、はい。おやすみなさい」


 そう言って、二人は眠りについた。




                  *




 それから、夏休みも二週間という中で、綾瀬、琴原、鈴村の三人は残り二回しかない生徒会の定例会議以外はプライベートで出会わないようにした。


 琴原の提案通り、やはり久しぶりに会えた時の満足感は絶大だったそうで、会うたびに琴原は喜んでいた。


 一方、綾瀬は琴原が妙に鈴村との距離がさらに縮まったことを感じ取り、少し嫉妬心が生まれた。


 しかし、綾瀬は()()()()()()()()()()というルールを守っていたため、それを深く咎めることはなかった。


 これが後に、大事件になるとは綾瀬は知る由もなかった。


「……と、いうわけで。これで夏休みの定例会議は全て終了だ。みんなお疲れ様」


 そう言って、飯田は会議に使った書類を纏め始めた。


「やーっと終わったー。疲れたー」


 そう言いながら、綾瀬は体を伸ばして体の強張こわばりをほぐした。


「生徒会の活動って思っていた以上に大変ですね……」


「わかってくれたか、鈴村。そう、生徒会の活動は大変だ。それに、これからやること、何かわかってるよな?」


「……あぁ、全校舎の清掃、でしたっけ」


「そう! 生徒会名物、『長期休み明け前の全校舎清掃大会』! 優勝者には豪華賞品をプレゼントだ!」


 そう言って、飯田は鈴村に商店街の商品券三千円分を一枚見せた。


「……それ冗談ですよね? まさかとは思いますけど、毎年それで生徒会メンバーを働かせてるわけじゃないですよね?」


「ああ、安心して鈴村君。実際のところそんなのは一切やってないわ」


「え、そうなんですか?」


 宮田の発言に、鈴村は耳を疑った。


「こんな広い校舎をこの数名で短期間でピカピカに清掃できると思う? 現実的に考えて不可能だわ」


「ま、まあそれは確かにそうですけど……。でもそれを叶えるために、わざわざあんな張り紙して生徒会役員の募集してたんじゃないんですか?」


「そんなんで生徒会役員増えたらたまったものじゃないわ……。役員になるってことはそれなりの責任を請け負うことになるの。それをたかだか長期休暇明け前の清掃のためだけに押し付けるなんて、無責任にもほどがあるわ」


 宮田はそう言いながら飯田を睨みつけた。


 宮田は怯える飯田を見た後、鈴村に説明を続ける。


「実のところね、あの清掃は綾瀬グループの方々が毎回やってくれているのよ。全ては理事長のおかげってところね」


「ああ、なるほど。それなら納得です。……でもなんでわざわざあんな張り紙を?」


「飯田君の悪い癖というかなんというか……。思い立ったらすぐ行動に出るっていう性格が裏目に出た感じね。あんなので新規メンバーなんて来ないのに」


「でも、鈴村は来てくれたじゃないか」


「それはまた別の目的でしょう……。そうでしょ? 鈴村君」


 飯田は鈴村があの張り紙で生徒会に来てくれたと思っていたが、それは違う。宮田はちゃんと鈴村がなぜあの日、生徒会メンバーの集まる一年A組の教室に来たのかわかっていた。


「しっかり頼んだわよ。綾瀬さんとみどりのこと」


「……はい!」


 鈴村は元気に返事をした。


 飯田は「こほん」と咳ばらいをしてから言った。


「……さて。んじゃまあとりあえず、これで本当に生徒会の夏休みの活動は全て終了だ。次の学内行事は毎年恒例の文化祭になる。これからもっと忙しくなるから覚悟しておけよ」


「文化祭……。確か『納涼祭』でしたっけ。あの夏祭りと同じ名前の」


 鈴村が言った。


「ああ。名前が同じになっちまったのと、元の名前が夏っぽいから夏祭りのほうは『納涼祭』、文化祭は『文化祭』と呼ばれるようになったけどな。」


「……うちの父がすみません」


 綾瀬は飯田に頭を下げた。


「あ、綾瀬は悪くないぞ。理事長も、……たぶん理事長なりの考えがあってそう名付けたんだろ」


「いや、そんなことは全くないと思いますよ」


 綾瀬は即答した。


「ともかく! 文化祭は十月開催だ。それまで期間は十分にあるように見えて、実はとても短い。学業も相まって忙しくなるだろうから、お前ら体調には気をつけろよ?」


「大丈夫よ。気合入れすぎて文化祭前日に眠れなくて目の下にクマができてた人に言われたくはないわね」


「ちょ、詩織それは話さなくていいって……!」


「飯田会長、遠足とか修学旅行の前夜になると楽しみになって眠れないタイプですよね」


「いらんことは言わないほうがいいぞ? 鈴村よ」


 飯田は鈴村に拳骨を食らわせようとしていた。


「ま、そんなわけだ。事務連絡も以上。来週から二学期が始まるが、お前ら気を引き締めて行けよ。それじゃ、解散!」


 その掛け声で、夏休み最後の生徒会定例会議が終わった。




「……文化祭かぁ」


 その帰り道、鈴村は一人ぽつりと呟いた。


 鈴村にとって、文化祭は特に何も思い入れがなかった。


 元より社交的な性格ではない鈴村は、文化祭や、ましてや納涼祭などのそういったイベントに自ら進んで参加したことはなかった。それ故に、タイムスリップ前は綾瀬どころか、他のクラスメイトとも接点がなかった。


 だが、今の鈴村は違う。二度目の学生生活を送っているのである。未来を変えるチャンスはいくらでもあった。


「ここでも『人生の選択肢』が出てくるんだろうなぁ。……本でじゃなくて、『鈴歩』として会話したほうが話が早いんだけどな」


 そう言いながら、鈴村はカバンに入れていた『人生の選択肢』を取り出した。


 鈴村がタイムスリップをするきっかけとなった本。綾瀬と接点を持つきっかけとなった本。綾瀬、琴原と同時に付き合うきっかけとなった本。タイムスリップしてから、鈴村の人生はこの本で全てが変わっていた。


「……この文化祭でも、何か俺の人生に関わる分岐点が訪れるんだろうか」


 ふと、鈴村はそんなことを言った。




『さあ、どうだろうね?』




「……!? 今の声、鈴歩か!?」


 しかし、声の聞こえたほうを振り向いたが、鈴歩の姿は見えなかった。


「……気のせいか」


 鈴村はその声を幻聴と判断し、そのまま自宅へ帰宅した。




「あはっ、やっぱりここにいた。……徹」


 その鈴村の姿を、一人の女性がつけていた。


「今度こそ徹を私のものにしてやるんだから……」




 鈴村の物語は、秋に続く。

これで「鈴村くんは間違えない」第1章、完結です。

ここまで読んでくださりありがとうございました。


ここからは季節は秋に移り、第2章が始まります。

これからも引き続き読んでくださると嬉しいです。

よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
Xから来ました。選択肢が示されるだけでなく自分の行動で選択肢を増やしたり変えたりできるというのが、なりたい自分になって人生を悔いないように生きるというメッセージ性とうまくかみ合っていて良かったです。
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