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鈴村くんは間違えない  作者: シア
第1章 『人生の選択肢』

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第13話 平和且つフェアな旅行

「さて! 熱海旅行二日目! 無事に三人で恋人同士になれたんだし、なんかそれっぽいことしようよ!」


 熱海旅行一日目の夜、綾瀬凛あやせりん琴原ことはらみどりは鈴村徹すずむらとおるに、「二人同時に付き合ってほしい」と告白をした。


 その回答に悩む鈴村の前に、『人生の選択肢』が具現化した「鈴歩すずほ」と名乗る女性が姿を現す。


 鈴村の悩みを真摯に受け止め、()()()()()()()()()()ということを鈴村に伝える。


 「自分を信じて。恐れないで」と伝え、鈴村の前から姿を消す鈴歩であったが、その言葉により鈴村の中で結論が固まり、鈴村は綾瀬、琴原の二人と同時に付き合うことを選択した。


 そんな夜が明けた熱海旅行の二日目。綾瀬は旅館の外で鈴村、琴原に言った。


「それっぽいことってなんだよ……。行くとこあるって言ったの綾瀬じゃなかったっけ」


「そうですよ凛ちゃん。今日は行くところあったんですよね? 私何も聞いてないですけど」


「え? えーっと、そうだねー。行くところはあったんだけどねー。今じゃないんだよねー」


「今じゃない?」


「あ、もしかしてこれですか?」


 そう言って、琴原は二人にスマホを見せる。


「……まーた花火大会かい」


「またとはなんだまたとは! 納涼祭の花火とは比べ物にならないくらいすごいんだからね! 熱海の花火!」


「俺も昔見たことあるから知ってるけどさ……。花火ってこの前見たばっかじゃん」


「夏と言えば花火! 熱海と言えば花火! 熱海の花火大会ってやる日とやらない日があってね。昨日はやらない日だったんだけど、今日はやる日なんですよ」


「で、それを旅行二日目に持ってきたわけは?」


 鈴村は綾瀬に聞く。


「そりゃもちろん、綺麗なもの見て、いい思い出作って笑顔で帰ろうって思ったからに決まってるじゃん」


「なるほどです。確かにそのほうが思い出に残りますし、三人で来たことを後悔しなさそうですね」


「終わりよければすべてよしってわけですよ。……まあ、既に昨日いい終わり方しちゃったから、正直今帰ってもいいんだけどね」


 綾瀬は少し照れながら言った。


 鈴村もその綾瀬の表情を見て照れたが、しかし綾瀬の言葉に反論した。


「いや、帰るのはまだ早い。せっかく熱海まで来たんだ。ちゃんと見るもの見て、やることやってから帰ろう。皆笑顔でな」


「鈴村君……」


 琴原の目には鈴村がキラキラと輝いて見えていた。


(……やっぱ、鈴村君のことを好きになれて良かったです。こんな気持ちになれて、私は幸せ者です)


 そんなことを、琴原は無意識のうちに考えていた。


 琴原は鈴村に対し綾瀬と同時告白をした時点から、いや、それよりも前から、()()()()()()()()()()が来るかもと考えていた。その想像は琴原にとって恐怖であり、望まない未来。しかし、ありえてしまう未来でもあった。


 その望まない未来が来ないことを知った琴原は、安堵の気持ちでいっぱいであった。


「とはいえ、花火大会までかなり時間あるよな。何するんだ?」


「そこはごめんね鈴村君。なーんにも考えてない」


「あのなぁ……」


 鈴村は危うく綾瀬に拳骨を食らわせようとしていたが、綾瀬の「ご、ごめんってば!」と焦りながら謝罪する様子を見て冷静になった。


「まあ、行くところって言ったら海しかないか。俺大して昨日大して遊べてないし」


「鈴村君体力ないですからねー。海、行きますか」


「だね!」


 そう言って、三人は海へ向かった。




                  *




「海だー!!!!! やっほー!!!!!!!!!」


「だからお前そのくだり何回やるんだよ。それ山でやることだろって昨日も言ったと思うんだけど」


 綾瀬は元気よく海に向かって山彦やまびこをしていた。


「凛ちゃんも元気ですね。こんなに暑いのに」


「ですね……。昨日と変わらず猛暑日ですね」


 時刻はそろそろ正午に差し掛かろうとしていた。周りを見渡すと海水浴客で賑わっていたが、皆とても楽しそうに海を満喫していた。


 綾瀬は一人で海に行ってしまい、琴原と鈴村が二人きりで浜辺に残ることになった。


「杏里ちゃんからパラソル借りれてよかったですね。昨日はパラソルもなかったですし」


「そうですね。熱中症は少しは免れそうです」


「…………そ、それでも暑いですね」


「ま、まあそりゃ、夏ですしね……」


 お互いは、ここに来て余計に意識し始めていた。


(やばい……! まずいぞ……会話が続かない! 昨日あんなことがあって、俺からも答えを出して一段落かと思ったけど、思っていた以上に気持ちの余裕がない! なんだこれ! 恥ずかしい! 照れくさい! でも一緒にいれて嬉しい!)


 鈴村は隣にいる琴原を見て妙に照れくさくなっていた。昨晩のことがあった影響かさらに綾瀬、琴原のことを意識し始めてしまった鈴村だったが、ここに来てその影響が悪さをしていた。


 一方琴原はというと。


(きゃー!!! す、鈴村君と二人きりです! この旅行で必ずどこかしらでは二人きりになろうって決めてたんですが……。あんなことになって関係も良好になって、今こうやって肩を並べて浜辺に座っている……! これは誰がどう見ても恋人です!)


 暑さのせいか琴原は思考力がだんだん低下していた。琴原と鈴村は既に恋人である。既に一人で遊んでいる綾瀬も含めてである。


(はっ……! ダメです、暑さのせいで記憶が混濁していました。今既に私と鈴村君は恋人同士でした。……それならもっと大胆なことしていいのでは?)


 やはり琴原はダメだった。


 お互いに恥ずかしさを悟られないようにポーカーフェイスでいるようにしていたが、限界が来るのも時間の問題だった。


(……今なら、今の関係なら、鈴村君に何しても、いいですよね……)


 そう考えながら、琴原は鈴村に近寄る。


「あの、鈴村君……」


「? なんですか琴原先輩……って、えっ!? 何!? 近いんですけど!?」


「こ、恋人同士なんですから、近づいても問題ないはずです。心の距離がこれだけ近づいたんです。物理的な距離が近くても、何も問題はないと思います」


「そ、それは確かに、そうですけど……」


 琴原は意を決して鈴村の腕にしがみついた。


「ちょ、琴原先輩!? 何してるんですか!?」


「えーっと、こ、恋人らしいこと……ですかね?」


 上目づかいで琴原は言う。


 鈴村は頭が混乱していた。


(あー!!!!! ダメです琴原先輩!!!! 昨日何もかもが見えていたとはいえ! あの! その! 色々と当たってて! でかくて! 俺無理です! 理性が! 理性がー!!!!!!!)


 必死に様々なものに耐えようとする鈴村だったが、心の中では大絶叫していた。


「ちょっと二人ともー! こっち来て遊ぼう、よ……」


 綾瀬は遠くから遊びの誘いの声を上げていたが、琴原たちの様子を見て思わず声が出なくなってしまった。


 そして。


「こらー!!!! 白昼堂々何してんの二人とも! 周り見て! 子供もいるんです! 教育によくないのでやめてください!」


「えっ!? それお前が言うの!?」


「そ、そうですよ凛ちゃん! 私はただ、付き合ってるんだからくっついてもいいかなって!」


「琴原先輩も急にやめてください! 俺まだ心の準備できてないんです!」


「えぇっ!? ご、ごめんなさい! せっかちでごめんなさい!」


 その三人のやり取りを見て、周りにいた海水浴客は笑っていた。


 鈴村たちの隣にいたご老人夫婦が声をかける。


「いいねぇー、初々(ういうい)しいねぇ」


「こんな美人二人と付き合ってるの? あなたもモテるのねぇ」


「いやー、ははは。まあ色々ありまして」


『そこはぐらかさないで!』


「え、今の怒られるところ?」


 鈴村は困っていたが、綾瀬と琴原は笑顔でいた。




                  *




「すっかり夜になっちゃいましたねぇ」


「涼しいですね」


 すっかり日も沈み、屋台の明かりが道を照らす時間となった熱海。


 綾瀬、琴原は浴衣、鈴村は甚平に着替えて花火大会会場に来ていた。


 鈴村は二人の浴衣姿を見て言った。


「やっぱり二人とも浴衣姿すごい似合ってる。綺麗だよ」


「あ、ありがとう……。……なんだか面と向かって言われると照れるね」


「そ、そうですね」


 綾瀬と琴原は珍しく恥ずかしがっていた。


(そりゃあの時ちゃんと言えなかったことだ。ここで言わないでいつ言うんだよ)


 初めて浴衣姿を見せてくれた納涼祭のことを鈴村は思い出していた。あの時は緊張していて気持ちを伝えられていなかったが、今は違う。


 今は二人に対する気持ちを受け入れたうえで言える、本音の気持ちを伝えられている。鈴村は徐々に成長していた。


「鈴村君も甚平似合ってるよ! かっこいい」


「はい、とてもかっこいいです」


「うん、ありがとう」


 鈴村は素直に喜んでいた。


「さー! 夏祭り満喫するぞー! 鈴村君何食べたい? 焼きそば? たこ焼き? あっ、りんご飴食べたい!」


「それ綾瀬が食べたいものなんじゃねえの……?」


「あ、バレた?」


「……まあ無理のない程度に食えよ。あまり食いすぎると太るぞ」


「うぐっ、それを言われると食べるの躊躇ためらう……。……でも食欲には勝てない!」


「あー、凛ちゃん行っちゃいました」


 叫びながら食べ物を買いに綾瀬は走り出してしまった。


「転ぶなよー」


「わかってるよー! ここで待っててねー!」


 そう言いながら綾瀬は行ってしまった。


「……行っちゃいましたね」


「ちゃんと戻ってくるといいんですけどね」


 琴原と鈴村はまたも二人きりになってしまった。


「……あの、鈴村君。一つ確認したかったことがあるので今聞いてもいいですか?」


「ん? なんですか?」


「納涼祭の日、私が着てた浴衣に花の刺繍がしてあったんですけど、あれの意味、気づいてました?」


「……あー、リナリア、でしたっけ」


「そ、そうです! リナリア! やっぱり気づいててくれたんですね!」


「いや、俺はあの時気づいてなくて、飯田会長からそのことを知りました」


「あっ……。そう、だったんですね……」


「ご、ごめんなさい! えっと、俺花言葉とか全く詳しくなくて、あの時は『浴衣にもいろんな柄があるんだな』としか思ってなかったのが正直なところです」


「な、なるほど。まあそうですよね。みんながみんな、花言葉を知ってるわけないですもんね」


 琴原は「はははっ」と愛想笑いをした。


「でも、飯田会長に言われて、そしてこの前の告白を受けて気づきました。琴原先輩が俺のことを好きだってことを。もうその時から俺のことを思っててくれたんだなって、飯田会長からその意味を知った時に思いました」


「実際のところはもっと昔から好きでしたけどね」


 琴原は心臓の鼓動が早くなるのを感じていた。


 琴原の、()()()()()()()()()が溢れそうになっていたのだった。


(ダメ、ダメです、私。またお昼と同じようなことしちゃったら、私、凛ちゃんを裏切ることになっちゃう……!)


 必死に我慢をする琴原。胸を押さえながら苦しそうにしているのが見えたのか、鈴村は心配そうな顔をした。


「どうしました? 大丈夫ですか? 琴原先輩」


「え!? あ、はい、大丈夫です! 大丈夫、大丈夫……」


 琴原はそのまま深呼吸をした。


「しかし綾瀬のやつ遅いですね。どこまで買いに行ってるんだろう」


「……確かにそうですね。どこまで行ってるんでしょうか」


 琴原は複雑な気分になっていた。


(……こんな状況でも、凛ちゃんの名前が出てくるんですね。私たち二人と付き合うことを選んでくれたのはとても嬉しいです。……嬉しいんですけど)


 琴原は、その思いを口に出しそうでいた。




(……鈴村君は、私のことはどんなに悩んでも選んでくれないんですね)




 フェアに行こう。琴原にとってそれは少し難しい話であった。


 鈴村は琴原の初恋相手である。その恋が長年の時を経てようやく実り、琴原は心から喜んでいた。


 しかし、それは綾瀬と同時に付き合うという選択を鈴村がしたからである。


 では、鈴村が綾瀬に好意がなかったら、鈴村と綾瀬に交流がなく、この瞬間に至るまで琴原のみとしか交流がなかったら、琴原は鈴村のことを独占できたのだろうか。


 琴原はその自分の悩みに、堂々と肯定することができなかった。


 鈴村を思う気持ちはあったが、その先うまくいく自信も勇気もなかったからである。


(……私は、結局凛ちゃんのおかげで鈴村君と一緒になれた、のでしょうか)


 考えてはいけないことが頭をよぎる。琴原は自分の中では勇気を出せたほうだと自負していた。しかし、その自信はだんだんとなくなっていった。


「……鈴村君。ちょっと伝えたいことがあるので、しゃがんでもらっていいですか?」


「え? はい、何ですか?」


 と、鈴村の顔が琴原の顔の位置まで下がった瞬間。




 琴原は、鈴村の頬にキスをした。




「えっ、えっ!? ちょ、琴原先輩!?」


「しーっ。静かにしててください。このことは、凛ちゃんには内緒でお願いしますね」


 琴原は指を口に当てながら言った。


(……あーあ。結局やっちゃいました。……でも、凛ちゃんも逆の立場だったら、同じことしてましたよね)


 そう自分に言い聞かす琴原であった。


 フェアにアタックする。これがこの旅行のモットーであった。


 しかし、琴原は自分の()()()に負けてしまった。この行為は、ある意味では()()()()()()()()()()()でもある。


 ただし、綾瀬も鈴村を思う一人の女の子である。琴原は、これを「裏切り行為」とは捉えていなかった。


「おーい! ごめんね遅くなって!」


 そんな琴原の思い切った行動から数分後、大量の食べ物を持って綾瀬が戻ってきた。


「お、お前、この量買いすぎだろ! こんなに食えるかよ!」


「え、みんなで食べようと思っていっぱい買ってきちゃったんだけど、いらなかった?」


「いや腹は減ってるけど……」


 鈴村は少し呆れていた。


「それより凛ちゃん、こんなに買ってお金大丈夫だったんですか?」


「ああ、それなら心配ご無用ですよ。熱海に旅行行くってお父さんに言ったら、『困ったら使いなさい』ってお小遣いいっぱいもらったので」


 と言いながら、綾瀬は懐から万札が大量に入った財布を二人に見せた。


「……綾瀬、まさかと思うけど万札使って全部の屋台回ったわけじゃないよな」


「ご心配なく鈴村君。しっかり両替してきたから大丈夫だよ。……でも預かったお金の一割も使えてないんだよねぇ」


「使えなくていいんだよ! 何考えてるんだ綾瀬も理事長も!」


 綾瀬親子は金銭感覚が狂っていると確信した鈴村であった。


「とりあえず! いっぱい買って来たんで、みんなで食べましょう!」


「そしてよくこれ持って帰ってこれたな……」


「あ、皆さん、そろそろ花火始まるみたいですよ」


「おー! ちょうどいいタイミングで帰ってこれてよかったー。じゃあみんなで乾杯しましょう!」


 とにもかくにも、三人は綾瀬が買い込んだ屋台の料理を食べながら花火を見たのであった。


 鈴村はその花火を見ながら、納涼祭の時に綾瀬と琴原のことを思い出していた。


「……その結果がこれ、ね」


 鈴村は「人生何が起こるかわからないな」、と言いながら花火を楽しんだ。




                  *




 花火大会も終わり、お世話になった長谷川にも礼を言って帰路につく鈴村、綾瀬、琴原の三人。


 長谷川には「え、その様子、もしかしてだけど本当に三人でお風呂入ったの!?」と言及されていたが、鈴村たちは知らん顔をしていた。もちろん、この関係のことも。


 そんな帰りの電車の中。琴原は遊び疲れたのか、席でぐっすりと眠っていた。一方鈴村と綾瀬は、食べ残していた屋台の食べ物を食べながら談笑していた。


「いやぁ、しかしまさか本当に私たち二人を恋人に選ぶなんて思わなかったよ。鈴村君のことだから、どっちかはフるものだろうと思ってたけど、ちゃんと私たちの事見ててくれたんだね」


 綾瀬は納涼祭で琴原と共に鈴村に言った言葉を思い出しながら言った。


「あぁ。俺は綾瀬も琴原先輩もどっちにも苦しい思いをしてほしくなかったし、悲しい思いもしてほしくなかったからな。この選択が一番だと思ったんだ」


「ふふっ、何それ。周りから見たらただの二股だよ?」


「う、うるさい。綾瀬たちがいいならそれでいいじゃんか」


「でも、ただの女たらしにしか見えないかもよ?」


「……お前、俺をからかってるのか?」


「ははは、ごめんごめん」


 二人の間に、無言の時間が広がった。


 綾瀬は鈴村の顔を見つめた。


 その視線に気づいたのか、鈴村も綾瀬のことを見つめ返す。


 鈴村からの視線に恥ずかしくなり、綾瀬は目を逸らした。


(うーん……、やっぱりそういう答えをもらったとはいえ、ちゃんと目を合わせて話すのは恥ずかしいな)


 鈴村はしっかりと綾瀬を選んだ。琴原と同時に付き合うという結果にはなっているが、少なくとも綾瀬が選ばれない、という未来は来なかった。これだけで綾瀬は安心していた。


「……ねえ、鈴村君」


「何?」


「鈴村君は、私とみどり先輩だったら、どっちのほうが好きなの?」


「え、何その質問」


「ちょっと気になっただけだよ。鈴村君は私たちのことをしっかり見ててくれたんだもんね。だからこそ、私たち二人を選んでくれた。でも少なくとも優劣はあると思うんだよね。だから、それは実際どうなのかなって」


「ど、どうって言われても……」


 鈴村は回答に困った。


 しかし鈴村は、少し間を空けて、綾瀬から顔を逸らして答えた。


「……ちょっとだけ綾瀬のほうが勝ってる、かな」


 その言葉に、綾瀬は目を輝かせた。


 そして、その言葉を聞いていたか、ただたまたまか、琴原の指がピクッと動いた。


「え、ほんと!? やったー、嬉しい! やっぱり少しながらも優劣はあったんだね」


「ああ、まあ、少しな」


「でも、そこにしっかり入ってくるみどり先輩もすごいなぁ。長年片思いしてたとはいえ、学園で再会してこの短期間で鈴村君を手に入れるんだもん」


「それを言ったら綾瀬もすごいけどな」


「まあやってることは私もみどり先輩も変わらないか。そりゃそうだよね」


 そう言いながら、綾瀬はフランクフルトを口にする。


「ねえねえ鈴村君」


「今度はなんだよ……」


「今ここでチューしたらさ、私何味だと思う?」


「はぁ!?」


 琴原の指が、さらにピクッと動いた。


「はは! 冗談だよ冗談。私はそんな裏切り行為みたいなことしないから、安心して」


「お、おう」


 鈴村の顔は少し曇った。


「そんなことしたら、私みどり先輩に顔向けできない。……恋のライバルとしてじゃなく、友達として、人間として」


「…………綾瀬」


 鈴村は言い出すことができなかった。琴原がしてきたあのキスのことを。


 そのことを今ここで話したら、二人の関係は崩壊する。


「……でも、キスしたいのは本当だよ」


「……綾瀬?」


「私も女の子だもん。好きな男の子とキスくらいしたいよ。告白の返事をくれたのならなおさら」


「…………そうか」


 鈴村は琴原の取った行動を綾瀬が知った時、完全に関係が崩壊すると考えていたが、この反応を見て考えを改めた。


 綾瀬も琴原と同様の考えを持っていたのだ。


「鈴村君。……今ここで、してもいい?」


「え? いやそれは……、琴原先輩も横にいるし……」


「大丈夫。みどり先輩爆睡してるもん。バレないよ」


「そんなこと言われても……」


「それにバレたとしてもみどり先輩はそんなことで怒らない。もちろん、私だって逆の立場だったら怒らないよ。むしろ混ざっちゃうかも」


「そういうこと平気な顔で言うなよ……」


 照れて顔が赤くなる鈴村であった。


 ふと、綾瀬の横で寝ている琴原が鈴村の視界に入った。


 琴原は、小さく手を丸にしてOKサインを出していた。


(……わかりました。琴原先輩)


 そう考え、鈴村は綾瀬に言う。


「じゃ、じゃあ、ほっぺにならいいぞ」


「えーほっぺ? 口がいいー。鈴村君の味知りたいー」


「……なんかエロく聞こえてくるからやめてくれ」


「……でもまあいっか」




 そう言って、綾瀬は鈴村の体を引き寄せ、琴原がキスをした頬と反対の頬にキスをした。




「ふふっ。やっぱり味はわかんないね」


「……綾瀬……」


「あ、でも汗の味はしたかも」


「いらんこと言うな!」


 顔を赤くしながら話す二人であった。


 そんな微笑ましい雰囲気の中、綾瀬から鈴村に問いかけが出る。


「そういえば、この旅行中ずっと気になってたことがあるんだけどさ」


「ん、何だ?」


 綾瀬は鈴村の胸のあたりを指さして言った。




「『鈴歩』、って、誰? 『人生の選択肢』って、何?」




「…………え?」


 鈴歩。それは鈴村が持っていた『人生の選択肢』が具現化した人物であり、鈴村の潜在意識そのものであった。


 元はタイムスリップした際に現れた本であったが、この旅行中にその正体が鈴歩本人から明かされた。


 このことを知っているのは鈴村以外にはいない。


 もちろん、このことを誰にも知られてはいけない。


 鈴村はその場をはぐらかした。


「な、何のことだ? 鈴歩って誰だよ。俺の知り合いじゃないぞ? そ、それに、『人生の選択肢』……だっけ? それも何がなんだか……」


「あれー? 気のせいかなぁ……。昨日旅館で鈴村君が『鈴歩』って名前を呼んでる気がしたんだけど……」


「し、知らないなぁ……」


 鈴村は綾瀬から視線を逸らした。


「え、まさかとは思うけどここに来て本当の浮気相手じゃないよね……」


「なわけあるかい! あれだけ勇気のいることしたのにそれ以上の度胸が必要なことなんかできるか!」


「そりゃそうだよね! ごめんね! 変なこと聞いちゃって」


 鈴村は一瞬焦ったが、綾瀬が浮気相手と勘違いをしていただけとわかり安堵した。


 しかし綾瀬は、「でもね」と話を続ける。


「でもね、私ちょっとだけ見えたんだよ。あの日、鈴村君が『鈴歩』っていう人と話してるところを」


「……は?」


「見た感じだと……そうだなぁ、鈴村君のお母さんにそっくりだったかも」


「………………は?」


 その綾瀬の発言は、鈴村が実際に話した『鈴歩』そのものだった。


「でも眠かったし、姿もぼんやりしてたから見間違いかなぁーと思ってそのまま寝ちゃったんだよね。鈴村君、本当に何も知らない?」


「し、知らない! 知らないよ。俺が友達少ないの知ってるだろ」


「うーん、知ってるんだけど、確かその唯一の友達って女の子じゃなかったっけと思ってさ……」


 しつこく疑ってくる綾瀬。さすがに誤魔化すのも限界かと思った鈴村であった。


 鈴村が見た『鈴歩』は『人生の選択肢』であり、鈴村の潜在意識。本当であれば他人にその姿を見ることはできない。


 しかし、綾瀬はその存在を見たと発言し、しかも名前まで知っている。これがどういうことなのか鈴村にもわからなかった。


(…………いつか打ち明けるしかないのか、このことを)


 しかし、このことを綾瀬に打ち明けてどうするのか。打ち明けたところで、何かが変わるのだろうか。もしかしたら、この関係が終わるかもしれない。存在を知られたことで、それを認められたことで、『人生の選択肢』の中にあった()()()()が訪れるかもしれない。


 鈴村は葛藤していた。


「あ、あのな、綾瀬……」


 そう言って、鈴村は綾瀬の顔を見る。


「…………え、寝てる?」


 気づくと、綾瀬は琴原に寄りかかって眠っていた。


「………………お疲れ、綾瀬。琴原先輩」


 鈴村はそう言いながら綾瀬と琴原の頭を撫でた。


「そしてお疲れ、俺……」


 そう言って、鈴村の波乱の熱海旅行は幕を閉じた。




                  *




 一方その頃。


 長谷川杏里はせがわあんりは鈴村たちが宿泊した部屋の片づけをしていた。


「あの三人、本当に何もなかったのかなぁ……。どう見ても三人で露天風呂に入ったようにしか見えないんだけど……」


 長谷川の実家であるこの旅館は、露天風呂と大浴場とで使っているシャンプーやリンス、その他入浴用品の種類が異なっている。


 そして、どちらを利用しても使った入浴用品は一度部屋に持ち帰り、チェックアウトの際にスタッフに片付けてもらうシステムとなっていた。


 長谷川はその手伝いをしていたが、言い逃れのできない証拠品を見つけてしまう。


「…………あの三人、大浴場に行かず露天風呂で混浴をしている……!」


 部屋に残っていたのは、露天風呂に置いてある入浴用品のみであった。確たる証拠である。


「鈴村め、隅に置けない男だね……。まさか本当にここでみどりたちと混浴するなんて……」


 その様子を想像して少し恥ずかしくなったのか、顔を赤らめながら部屋の清掃をしていた。


「……でも、やっぱり好きな人ができたら、一緒にお風呂入りたいって思うのかな」


 思いがけない気持ちが、長谷川の心に宿った。


「ま、でもそれは恋してみないとわからないな。うん、そうだ。そうに違いない」


 長谷川はなぜか鈴村の姿が頭に浮かんだが、気のせいとして処理した。


「とにもかくにも、鈴村にいろんな形でお礼ができたみたいでよかった。連絡さえくれれば、どんなことでも協力するんだけどな」


 と、考えたところで長谷川は動きが止まる。


 あらぬことを一瞬考えてしまったが、これもまた気のせいとして処理した。


「よし! こんなもんかな!」


 そう言って部屋を出ようとした長谷川だったが、部屋に落し物があることに気づいた。


「あれ? なんだこれ」


 拾い上げたそれは、まさしく()()であった。


「こ、これっ……! コ、コ……!」


 どこから転がり込んできたのか。はたまた誰かが持ち込んだのか。


 出所がわからない()()は、確かにそこに落ちていた。


「す、鈴村ぁ…………!」


 犯人を勝手に鈴村にする長谷川であった。

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