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鈴村くんは間違えない  作者: シア
第1章 『人生の選択肢』

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第11話 二人からの「感謝」

「……ほんとに俺ら同じ部屋で一晩寝るんですね」


「そうみたいだね……」


 鈴村徹すずむらとおるは生徒会長の飯田勝翔いいだしょうとの提案により、鈴村を思う綾瀬凛あやせりん琴原ことはらみどりのギクシャクした関係が気にくわず、「お互いフェアに鈴村にアタックすること」を要求した。


 その一環として、鈴村、綾瀬、琴原の三人は熱海旅行へ行くことになった。


 熱海にある海の家の手伝いをしている琴原の友人の長谷川杏里はせがわあんりからの無茶ぶりな提案により、長谷川の実家が運営している当初予約していた旅館よりもはるかにグレードの高い旅館に招待されることとなった。


 そして長谷川は鈴村に対し、「しっかりと自分の気持ちと向き合い、整理すること」を条件に出し、鈴村たちと別れたのであった。


 招待された部屋は本当に一部屋のみで、三人が寝るにはちょうどいい広さの部屋であった。


「みどり先輩見て! 露天風呂ありますよ!」


「うわー、すごいですね……。私こういうところ来たの初めてです」


 あまりの豪華さに感動している綾瀬と琴原であったが、鈴村は気持ちが未だに落ち着かないでいた。


(……俺、本当にまだ気持ちの整理がついていないこの状況でこの二人と一夜を共にしないといけないのか……!?)


 鈴村は焦っていた。


 鈴村も男であり、綾瀬、琴原の二人との旅行が決まった時点でよからぬことを妄想していたが、ここは紳士的に行こう、と鈴村は決心し、男女別々となるように部屋を予約していた。


 そうすれば自分の気持ちと向き合うこともできるし、綾瀬と琴原の二人は二人で楽しい一晩を過ごせるだろう、と思っていた。


 しかし長谷川の配慮はあれど、寝る部屋が同室になってしまうと話が変わる。鈴村の中で決めていた決心が崩壊しかける音が聞こえていた。


(大丈夫か!? ……俺、今日何事もなく寝れるのか!?)


 鈴村は危惧していた。鈴村が妄想していたよからぬことが、現実になるかもしれないと考えていたのである。


「鈴村君も見てください! 露天風呂ですよ、露天風呂!」


 ぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねながら鈴村に言う琴原を見て、鈴村の中の理性が崩壊しかけていた。


(……ダメです、琴原先輩。それ以上『それ』を揺らさないでください。……俺は、……俺は、壊れそうです)


 鈴村は必至に耐えた。


「鈴村君どうしたの? ……あ、もしかして露天風呂見てエッチなこと考えてた? 長谷川先輩も言ってたけど、ここ混浴OKなんだもんねー。鈴村君も男の子だもんねー。色々考えちゃうよねー」


「か、からかうなよ……。混浴OKとは言ってたけど、その、ちゃんとそういうのに理解はあるから、別々で入るよ」


 綾瀬はそう言う鈴村の服の袖を掴み、顔を赤らめながら言った。


「……鈴村君は、一緒に入ってくれないの?」


「……は?」


 その様子を見て、琴原も歩み寄る。


「……鈴村君。こんなチャンスは滅多にないです。混浴OKと言われてるんですから、その、私と一緒に、お風呂入りましょ?」


 上目遣いで言う琴原のその言葉に、鈴村の理性は崩壊寸前だった。


(……やばい。まずいぞ……、これ……)


 そう考えていたのも束の間、鈴村はその場にドサッと倒れた。


「す、鈴村君!?」


「大丈夫ですか!? 鈴村君!?」


 鈴村は、「む、無理……」と言いながら白目を剥いて昇天してしまった。


「……ちょっとからかい過ぎちゃいましたかね」


「これはやりすぎたかもですねぇ……」


 綾瀬と琴原は鈴村に軽いいたずらをしていた。そう。彼女らにとっては()()()()()()なのである。


 しかし二人に対して様々な思いが頭を駆け巡っていた鈴村にはそのいたずらは大いにダメージを与え、思考力が停止し、結果としてその場に倒れてしまうこととなった。


「凛ちゃんの言ってた通り、鈴村君って本当に女の子慣れしてないんですね」


 琴原は「ふふっ」と笑いながら言った。


「生徒会室で私のお父さんにあれだけのこと言っておきながら、今まで本当に何もアクションしてこなかったんですもん。ヘタレというか、度胸がないというか……。それだけ私のこと思ってくれてるなら、もっと早いうちから気持ち言ってくれればよかったのに……」


「……私は、やっぱりその差を埋めることができそうになさそうですね」


「え、どういうことですか?」


 突然の発言に綾瀬は困惑する。


「凛ちゃんは鈴村君と小学生からの知り合いです。前に話を聞いたときはただのお友達、という感じがしていましたが、これは幼馴染みたいなものです」


 琴原はさらに続けた。


「そんな二人は実質幼馴染の関係であり、鈴村君の凛ちゃんを思う一途な気持ちや、凛ちゃんが持っている鈴村君を思う一直線な気持ちをこの夏休みの間に間近で見ていると、やはり私には差を感じてしまいました」


「差、ですか」


「はい。鈴村君は鈴村君が中学一年の時に私と出会いました。鈴村君は杏里ちゃんとの一件から私のことを認識してくれるようになってくれましたが、それは私が中学二年のときからの話です。そこで既に小学校六年間の差が生まれています」


「……確かに、そうですね」


「さらに杏里ちゃんとの一件があったものの、私はそれから中学を卒業し、緑ヶ丘学園に入学して一年が経過するまでの期間、ほとんど鈴村君と接したことはありません。ここでさらに四年の差が生まれています。合わせて十年です。これほどまでに長い差を埋めることが私にはできません」


 そう言う琴原であったが、綾瀬はそれに反論した。


「でも、でもですよみどり先輩。私は確かに小学生のときに鈴村君と出会いました。でもそれは小学三年生の冬の話です。みどり先輩の言うその差は十年じゃなく、七年です」


「その三年の差がどう影響するんですか? ……凛ちゃんの気持ちがその三年で大きく変わっていたとは到底思えない」


 琴原の口調が少し変わったことに、綾瀬は恐れを感じていた。


「揚げ足を取ったかのような言い方をしていましたが、七年でも十年でも私にとっては変わりません。どちらにしても、私はその長い、とても長い期間、鈴村君と接していません」


「でも! ……でも、その差があったとしても、私はみどり先輩が思っているほど、鈴村君と濃い時間を過ごしたわけではないです」


「……そうなんですか?」


「……はい」


 綾瀬はここで、琴原に鈴村との過去を打ち明ける。


「私、鈴村君と同じ小学校ではなかったんです。私はある事情で小学校に通いながら施設に預けられていました。そんな小学三年生の冬に、鈴村君と出会いました」


「……同じ学校じゃなかったんですか」


 琴原は驚いていたが、綾瀬は「続けますね」と言って話を続けた。


「鈴村君はゲームが大好きで、漫画も、いろんな娯楽が大好きで、とても上手でした。かく言う私もそういった娯楽が大好きだったので、意気投合して鈴村君が来るたびにいろんなゲームをして遊びました。……でも、鈴村君と遊んだことがあるのはその時間だけでした」


「どういうことですか?」


「家の決まりなんです。たぶんみどり先輩はご存じだと思いますが、私は『綾瀬グループ』の令嬢です。一応こう見えてお嬢様なんですよ」


「……それは理事長から聞いてます。凛ちゃんはすごいおうちの娘さんなんだって」


「理事長……、お父さんの決め事で、ゲームを含んだそういった娯楽は施設以外ではするなと言われてきました。だから、同じ趣味を持つ人と遊ぶことがほとんどなかったんです」


「その施設には鈴村君以外の人はいなかったんですか?」


「いました。いましたが、あの施設は綾瀬グループの持ち物なんです。それなりの理由がないとあの施設に入ることはできません。同年代の子も数人いましたが、皆娯楽になどに興味なく、施設内でも習い事をしていました」


「……そうだったんですね」


 琴原は少し下を向いた。


「だからこそ、鈴村君とゲームで遊んでいたあの時間はかけがえのない時間でした。本当に、時間を忘れられるくらい、あんな変なルールがまるでなかったかのように思わせてくれる素敵な時間でした。……でもある日から、鈴村君は施設に来なくなりました」


「……どうしてですか?」


「当時、鈴村君のお母さんも保護者枠として施設に入ることができていたので、鈴村君のお母さんも常に一緒でした。だから鈴村君のお母さんしか来なくなったあの日に聞いたんです。なんで鈴村君が来ないのか」


「……何でだったんですか?」


 綾瀬は、あまり言いたくない言葉を発した。




「私に、会いたくないから、だそうです」




「……えっ……」


 思い人から言われたくない、酷く心に突き刺さる一言であった。


 綾瀬は、「あ、でも、そうじゃなくって……!」と琴原の誤解を解き始めた。


「会いたくないっていうのはそういう意味じゃなくて、鈴村君のお母さんから聞いたんですけど、『会うのが恥ずかしい』って言ってました」


「それって……」


「たぶん、その頃から鈴村君は私のことを好きだったんだと思います。だって、年頃の男の子ですよ? 『会うのが恥ずかしい』なんて理由で来ないなんて、そんなのそういう風に考えるのが自然だと……」


「なんでそんな惚気話のろけばなし聞かないといけないんですか!」


 琴原は綾瀬の言葉を遮り、机を強く叩き綾瀬に怒鳴った。


 そのまま琴原は続けた。


「急に凛ちゃんと鈴村君の出会った頃の話を聞かされたかと思えば、『会うのが恥ずかしい』と言われて鈴村君の気持ちが凛ちゃんにも伝わってきた? そんな話今してどうするんですか? 私の心をもてあそんでいるんですか?」


「ちょ、ちょっとみどり先輩、落ち着いて……」


「落ち着け? 無理な話です。なんですかそれ。私さっき言いましたよね。私と鈴村君には埋められない接することができなかった時間があるって。でも凛ちゃんにはその時間があった。これで凛ちゃんのほうが鈴村君のことをより知ってるから、私より優位に立ててるって、そう言いたいんですか!?」


 再び琴原は綾瀬に怒鳴りつけた。


「そ、そういう意味じゃありません。『会うのが恥ずかしい』と思って鈴村君が来なくなったのは事実です。鈴村君が当時どう思っていたか私にも本当はわかりません。ただ、鈴村君が来なくなったおかげで、中学の三年間もほぼ話すことはありませんでした」


「……それってどういう……」


「私にもわからないです。家の事情で中学は鈴村君と同じ学校に通っていましたが、そんな中でも鈴村君は私と接点を持とうとしなかった。その結果、私にも鈴村君と空白の三年間が生まれたんです」


「つまり、私の言うその長い時間の差が、本当はほぼないと言いたいんですか?」


「……そういうことです」


 綾瀬は琴原に鈴村との過去を打ち明けた。


 綾瀬は確かに鈴村と小学校三年から中学卒業までの約七年間、同じ空間で過ごす時間があった。しかし、それは中学に入ってからだんだんと減っており、卒業時点ではほぼ皆無であった。


「まとめるとですね。みどり先輩は鈴村君を知らない『十年の差』が私にあると言っていましたが、それは間違いです。私も、鈴村君を知らない時間があります。その時間はみどり先輩とほとんど変わりません。私とみどり先輩は、対等な存在なんですよ」


「凛ちゃん……」


 綾瀬の言うことは正しかった。確かに琴原から見れば、綾瀬と鈴村は小学からの付き合いで、今までずっと一緒の時間を過ごしてきたように見えていた。しかしそれは間違いであり、綾瀬もまた鈴村と関わりがあったものの、その時間は濃いものではない。それは年齢を重ねるにつれて、どんどん減っていった。


 この綾瀬の打ち明けは、琴原の危惧していた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というリードが存在しないことを意味していた。


「私もみどり先輩とスタート地点はほぼ同じなんです。だから、そんなことでみどり先輩に勝ったつもりは微塵もありません。むしろこれからが勝負だと思っています」


「…………凛ちゃん」


 琴原は泣きそうな顔をしていた。


「辛かったですよね。私も逆の立場だったら、みどり先輩と同じ気持ちだったと思います」


 そう言われ、琴原は泣き出してしまう。


「……凛ちゃん、ごめんなさい……。私、ほんとは怖くて……! 凛ちゃんと鈴村君は幼馴染だし、それに比べて私は凛ちゃんに勝てるところなんて何もなくて……! 勇気さえ出してれば、こんなことにはならなかったのかもしれないのに……!」


「大丈夫。大丈夫ですよ、みどり先輩。私にとってみどり先輩は親友であり、恋のライバルです。みどり先輩が鈴村君のことを思う気持ちはよくわかっています。だからこそ、正々堂々と戦おうと決めたんです」


「……私も、凛ちゃんとは正々堂々と戦う覚悟でした」


 琴原は涙を拭いながら言う。


「私にとっても、凛ちゃんは親友で、恋のライバルです。ずるいことはせず、正々堂々と戦って、鈴村君に手を取ってもらおうと決めました。だから、さっきは怒鳴ってごめんなさい」


 琴原はそう言いながら、深々と頭を下げた。


「いやいや、こちらこそ誤解を生むような言い方しちゃってごめんなさい。私はただ、鈴村君との過去は確かにあるけど、みどり先輩と対等ですってことを伝えたかっただけです」


「……私のことを思ってくれて、本当にありがとうございます」


「なので、お互いどちらが鈴村君に選ばれても恨みっこなしです。選ばれなかったらそれはとても悲しいですけど、それは親友として見ればとても輝かしいこと。私は、みどり先輩が選ばれたら心から応援します」


 その言葉、琴原も応じる。


「私も、凛ちゃんが選ばれたら、未来永劫二人を祝福します」


 二人は泣きながらも笑顔を見せた。


「……さて、それではみどり先輩に問題です」


「あ、え、はい、なんでしょうか」


 綾瀬はそんな話を終えた後、突然琴原にクイズを出した。


「今、私たちはこうやってお互いに誤解を解きあい、対等な存在になっています。お互いに正々堂々、鈴村君に選んでもらうように戦うと心に決めたばかりです」


「はい、そうですね」


「では、これから私たちは何をするべきでしょうか」


「………………明日に備えて寝る?」


「なわけないでしょー!!!」


 ここに来て鈍感な琴原に思わず綾瀬は大声でツッコミを入れた。


 そんな中、鈴村は全く起きる気配がなかった。


「いいですかみどり先輩。鈴村君も一人の男の子です。こんな美女二人と旅行に来て、しかも同じ部屋で寝ることになって、さらに混浴までOKなこんな状況、鈴村君にアタックしないなんてありえないですよ!」


「で、でもお互い正々堂々にってさっき話し合ったばかりじゃ……」


 琴原は困りながら言った。


「そう、正々堂々です。でも抜け駆けなんてものはもってのほか。であればどうするか……」


「ま、まさか、さっきの話、ほんとにするんですか……!?」


「ええ、そのまさかです」


 二人の誤解が解けた瞬間から、鈴村に対する猛アタックが始まることとなった。




                  *




「う、うーん……、あれ、俺気失ってたのか……」


 鈴村は気づくとベッドに横になっていた。綾瀬と琴原が頑張ってベッドに寝かしてくれたのだろうと勘づいた鈴村だったが、ある違和感に気づいた。


「……あれ、そういえばあの二人どこ行ったんだろう」


 部屋中を見渡しても、綾瀬と琴原の姿は確認できなかった。


 しかしスマホなどの貴重品はなさそうに見えるため、二人がどこかへ行っているのは明白だった。


「どこ行ったんだろう……。もしかして風呂か?」


 と、風呂のことを考えたところで鈴村は自分がなぜ倒れたかを思い出した。


「あっ、そういえばここ、混浴なんだっけ……。でもいないってことは、混浴じゃない普通の大浴場に向かったのかな」


 考えられる結論はそれしかなかった。


「そりゃそうだよな、二人だって女の子だ。混浴OKだからって言われてバカ正直に男と一緒に入るわけ……」


 と、言ったところで鈴村は固まった。


「……混浴OKってここの露天風呂だけじゃなくて、もしかしてこの旅館全体のことか……!?」


 鈴村は危険を察知した。長谷川は確かに「混浴OK」と言っていたが、しかしそれはどの風呂場が対象かまでは言及されていなかった。


 つまりこの部屋にある露天風呂がそうであるのと同時に、旅館全体にある風呂場が混浴OKとなってしまうことになる。


 そんな旅館の風呂場に綾瀬と琴原が入ってしまったら、それはそれでとんでもない大事件が起きてしまうと鈴村は考えてしまった。


「そ、それはまずい……! すぐに二人を引き留めないと……!」


 そう言って鈴村は部屋を出ようとしたが、すぐさま首後ろの部分を掴まれる。


「だーれを引き留めるって?」


 その相手は綾瀬だった。


「あ、綾瀬!? なんでここに……って、琴原先輩まで!?」


「ど、どうも。体調は大丈夫ですか? 鈴村君」


「あ、はい、体調はとりあえず大丈夫ですが……、二人とも、ここ以外の風呂場行ってないですよね?」


 綾瀬はきょとんとした顔をした。


 と同時に、爆笑し始める。


「はははは! え、まさか鈴村君、ここの旅館全部のお風呂が混浴OKと勘違いしてる?」


「…………え、違うの?」


 爆笑し続ける綾瀬を横に、琴原も首を縦に振って頷く。


「そこに張り紙貼ってありますよね。『混浴は露天風呂のみ許可されています』って」


 琴原はそう言いながら、壁に貼ってある張り紙を指さした。


「……うっわー……」


 とんでもない勘違いをして恥ずかしさいっぱいな鈴村であった。


「ちゃんと説明しなかった杏里ちゃんも悪いですけど、混浴OKなのはあの露天風呂のみです。大浴場は混浴NGと書いてありました」


「そうなんですね……」


 鈴村は安心していた。


「もしかして、私たちのこと心配してくれてた?」


「い、いや! 別にそういうことでは……」


 照れ隠ししながら鈴村は言うが、綾瀬にはその真相がバレていた。


「いやぁ、鈴村君に心配してもらえるなんて嬉しいなぁ。私たちのことを思ってくれてる証拠ですね、みどり先輩」


「そ、そうですね。お気遣いありがとうございます」


「え、ああはい、どういたしまして?」


 さっきより妙に中の良い二人を見て鈴村は少し困惑した。


 綾瀬は「そんなことより!」と鈴村を立ち上がらせた。


「鈴村君、私たちとお風呂入ろ! 私たちまだお風呂入ってないし!」


「はぁ!?」


 鈴村は大きな声で驚いた。


 予想通りの反応を見て綾瀬はさらに笑いそうになったが、琴原と目を合わせてから言った。


「鈴村君。鈴村君には私たちをしっかりと見てほしいの。ちゃんと、いろんなところまで見て、そのうえで私たちのどちらかを選んでほしいんだ」


「な、なんだよそれ、そんな勝手なこと……」


「これは、凛ちゃんと話し合って決めたことです。納涼祭の時に言ったじゃないですか。『私たちのこと、しっかり見ていてくださいね』、って」


「いや確かに言いましたけど! それとこれとは話が別でして!」


「えー、鈴村君こんなタイミングで怖気づくのかぁ。こんなチャンス滅多にないと思うけどなー。こんな美女二人と、『混浴』ができるなんてチャンス、二度とこないと思うけどなぁー」


「うぐっ……」


 少し鈴村は悩んだ。崩壊しそうな理性を保てる度胸はなく、鈴村はまた倒れそうでいた。


 しかし、鈴村は何かを決心して言った。


「……わかった、綾瀬。琴原先輩。一緒にお風呂に入りましょう」


「そうそう、わかればいいんだよわかれば、……ってええええええ!?」


「いや言い出した本人がその反応はおかしいだろ……」


 綾瀬自身、鈴村が混浴をOKするとは本当は思っていなかったので、この回答はとても驚いていた。


 しかしながら、これは琴原とお互いに決めた「正々堂々、お互いにアタックをする」という理念を叶えられているため、それを否定することはなかった。


「……じゃあ、私たちは先に入ってるから、鈴村君は後から来てね」


「……ああ、わかった」


 そう言って、綾瀬と琴原は先に露天風呂へ向かった。




                  *




 無数の星がキラキラと輝く夜空を眺めながら、綾瀬と琴原は露天風呂に入っていた。


「綺麗ですねー、夜空」


「そうですねー。お風呂もあったかくて気持ちいいし……。……鈴村君来ないですね」


「確かに……。みどり先輩、呼んできてくださいよ」


「な、なんで私が……!? り、凛ちゃんが行ってきてください!」


「私は恥ずかしいので行きません」


「こんな時になっていさぎよいですね! 私もそうですけど!」


 お互いに顔を赤くしながら言い合っていた。


 その顔の赤さは入浴して体が火照ほてっているからか、それとも鈴村と一緒に風呂に入れることが決まったからか。


 理由は明白であった。


 いつ入ってくるんだろう、と心待ちにする二人。そしてついに、露天風呂へ向かう扉の音が聞こえた。


「き、来ました、来ましたよ凛ちゃん!」


「お、落ち着いてくださいみどり先輩! まずは深呼吸です。深呼吸。はい吸ってー。吐いてー……。大丈夫です、こっちも色々覚悟して今ここにいるんです。私たちが取り乱しちゃったら意味がありません。落ち着いて、この状況を受け入れてアタックしましょう」


「わ、わかりました。お互い頑張りましょうね、凛ちゃん」


 そう言って、二人は固い握手を交わした。


 そうこうしているうちに、ついに鈴村が露天風呂に姿を現した。


「お、お邪魔します」


「す、鈴村君、来るの遅かったね。ささっ、どうぞどうぞ、お風呂あったかいよー」


「あー、うん。失礼します」


 そう言うと鈴村はかけ湯をした後、綾瀬、琴原が入る露天風呂に入った。


「……やっぱりお風呂は気持ちいいですね」


 琴原が言う。リラックスしてきたのか、さっきまでの緊張は嘘のようだった。


「そうですね。お風呂は一日の疲れを浄化してくれます。今日はいっぱい遊びましたし、ちゃんと疲れを癒しておかないとですね」


「鈴村君、お湯加減どうですか?」


「あーはい。とても気持ちいいです。心が洗われます」


「それは良かったです。……ところでなんですが」


 綾瀬と琴原は鈴村を見て言った。




『なんでちょっと距離取って、しかもそっち向いてるんですか』




 鈴村は二人の覚悟を理解していたが、やはり度胸がなかった。


(無理! 無理無理やっぱ無理! 俺男だぞ! 相手は年頃の女の子! しかも片方は俺の思い人! こんなこと修学旅行とかであったらいいなーとか昔思ってたけど、まさかタイムスリップ後にこんな形で現実になるなんて思いもしないわ! 覚悟してきたつもりだけど、やばい! 無理! 色々無理!)


 鈴村は入った時点で自分の理性を保つことで必死だった。しかもそれは既に限界を迎えていた。


(こんな状態で二人と向き合って風呂を楽しむなんて無理だから! その、見えるし、見えちゃうし、無理だから!)


 ヘタレである。


「ちょっと鈴村君? そりゃ、私たちも少しは恥ずかしいよ? それなりに覚悟は決めてるよ? でもそれはちょっとないんじゃないかなぁ……」


「わ、私もそう思います……」


 綾瀬と琴原は鈴村に対しキツい一言を言う。


「ほら、こっち来て、今日のことを語り合おうよ!」


 そう言って綾瀬は鈴村の腕を掴み、自分のほうへと引き寄せた。


「うわっ、ちょ、急に引っ張るな……!」


 鈴村は綾瀬のその行動によりバランスを崩し、湯船の中に沈んでしまった。


「ちょ、ごめん鈴村君! 大丈夫!?」


「ぷはっ! だ、大丈夫大丈夫、ちょっとバランスを崩しただけだか、ら……」


 そう言ってその場に立ち上がる鈴村。そんな綾瀬と琴原の目の前には。


『きっ……』


「……あっ」


 とても立派なものがあった。




『きゃあああああああああああああああああああ!!!!』




「ご、ごめ、そういうつもりじゃなくて! あのその、これはただの生理現象で……! って綾瀬! 顔隠してるようだけど隠してないぞ!」


 鈴村は慌てて股間を隠した。


 綾瀬は顔を隠していたが、指の間からちらちらと先ほど見えていた部分を見ていた。


「い、いやー、小さい頃お父さんのを見たきり見たことなくって……、あのその、と、取り乱すのは普通でしょ、ね、みどり先輩! ……みどり先輩?」


 一方、琴原はいうと。


「これが男の子の……。は、初めて見ました……! これどうなってるんですか!? 原理は!? どうなったらこうなるんですか!?」


 とても興味津々だった。


「琴原先輩あまり近づかないでください! 近いです! そんなに物珍しいものでもないでしょう!」


「いえ、本物見るのは初めてなんです。保健体育の授業で存在は知っていましたが、実物はこんな感じなんですね……」


「隠してるんだからわざわざ手を退かそうとしないでください!」


 ぶつぶつと何かを言いながら鈴村の隠す手を退かそうとしていたが、鈴村はそれを必死に阻止していた。


「……とりあえずほどほどにしましょう、みどり先輩。鈴村君のだったらいつでも見れます」


「それどういう意味!?」


 あまりにも意味深な発言をした綾瀬であった。


 鈴村は再び綾瀬、琴原から少し距離を取り、話し始める。


「……今日、楽しかったですね」


 その問いに琴原は答える。


「そうですねー。熱海に来たのなんてほんとに何年振りだろう、って思うくらい久しぶりだったんですが、浜辺で遊ぶの楽しかったですし、海の家の料理もおいしかったですね」


「琴原先輩は無邪気に遊んでましたね。やっぱり海好きなんですか?」


「好きか嫌いかで聞かれると、そうですね。私は海が好きです。夏に海か山どちらに行きたいかと聞かれたら、海と即答するくらいには海が好きです」


「あ、私も山より海のほうが好きかな。なんならプールより好きかも」


 と、ここでふと鈴村は『人生の選択肢』のことを思い出した。


(……琴原先輩が「山が嫌い」ってことは、もしかして行き先を山にしていたら詰んでたのか……!?)


 偶然にも『人生の選択肢』から提示されていた選択肢のうち、ちゃんとした正解の選択肢を選んでいた鈴村であった。


「私も楽しかったなぁ。海はよく来てたけど、やっぱり友達と来るのが一番楽しいかも」


 そう言いながら綾瀬は琴原のことを見た。


「……やっぱり、友達と来る海は楽しいですね。……好きな人と来るのも、同じくらい楽しいです」


「わ、私も! 好きな人と来る海は、やっぱり最高ですよね」


 謎の張り合いをしている二人に、鈴村は質問をした。


「二人に聞きたいことがあります」


 その面持ちはとても真面目であった。


 その表情に、綾瀬と琴原は真剣に向き合う。


「二人は、いつから、なんで俺に好意を持ってくれたんですか?」


 鈴村はその真相を知りたかった。


 鈴村は元より綾瀬のことを好きでいた。そして、いつの間にか琴原のことも好きになっていた。いつの間にか芽生えていた自分の気持ちに驚いてはいたものの、それを鈴村はしっかりと受け入れていた。


 そんな彼女たちからの納涼祭での告白である。これは鈴村の素朴な疑問であった。


 自分に対し、何がきっかけで、いつから好きになってくれたのか。一見すると他愛たわいもない質問だが、鈴村にとってはとても重大なことであった。


 鈴村の問いに、琴原が先に答える。


「…………私は、中学のあの日、杏里ちゃんから私を助けてくれた日からずっと好きでした」


「それは、俺が琴原先輩を助けたから、それがきっかけで意識し始めてくれていた、ってことですか?」


「そうです。今まで杏里ちゃんからのいじめを私から守ってくれる人はいませんでした。かばったら次は自分がターゲットになる、だから今はノリを合わせておこう。そう考える生徒が周りにはたくさんいました。そんな状況で、私は助けを叫ぶことができませんでした」


「………………」


 鈴村は黙って琴原の話を聞いていた。


「そんなときです。自分のことはかえりみず、理不尽にいじめられている私を鈴村君が助けてくれたのは」


 琴原は続ける。


「……運命だと感じました。理不尽な理由でいじめてくる杏里ちゃんを、そんな理由でいじめられてへらへらしている私を、鈴村君は一蹴いっしゅうしてくれました。あの時からです。鈴村君のことが好きになったのは」


「……そうだったんですね。……綾瀬は、いつから?」


「わ、私は……」


 琴原の言葉を聞いて納得した鈴村は、次に綾瀬へ質問を向けた。


「私は……、一目惚れだよ」


「一目惚れ……?」


 鈴村は少し驚いていた。


 鈴村は綾瀬と接点がほぼなかったがために、来る未来で綾瀬に失恋することになる。これは鈴村が綾瀬を一方的に思っているから起こることだと考えていた。綾瀬にとって鈴村は眼中にない存在だと、鈴村は勘違いしていた。


 しかし、実際は違った。


 綾瀬はそのまま理由を話した。


「小学生のあの日、鈴村君は突然施設に来たよね。最初は部外者がここに来れるんだとびっくりしたけど、鈴村君と出会ったあの日から私の人生は大きく変わるんだって、直観的に思ったんだ」


「……なるほど」


「それで話してみたら、なんとびっくり、ゲームは大好きでうまい、漫画も良く知っている。私と趣味がほとんど同じだった。覚えてるよね? あの施設で過ごした時間のこと」


「ああ、今でも覚えてる」


 その言葉は事実だったが、しかし琴原にしてみれば綾瀬にああは言われたものの、あまり聞きたくない話であった。


「こんなに楽しいと思える時間があるんだ。楽しいと思わせてくれる人がいるんだ。私があの施設で一番楽しかったのは、鈴村君と遊んでいたあの時間だけだよ」


「綾瀬……」


「だから、鈴村君のことがなんで好きになったかは一目惚れでもあるし、その後に中身を知って『心地よい人だ』と思ったから、ってのも理由になるね。いずれにしても、私にとって鈴村君はかけがえのない存在です」


「そう、だったんだな」


 そう言うと、鈴村は泣き始めた。


「ちょ、どうしたの鈴村君!?」


「いや、何でもない。ごめん、気にしないでくれ」


 鈴村にとって、その言葉は綾瀬から一番言われたい言葉であった。


 くは鈴村の努力により、鈴村と綾瀬はカップルになる。しかしその先には、「接点がないから」という理由で失恋をする未来が待ち受けている。


 それを阻止するべく、鈴村は過去改変を行ってきた。


 その努力が、今見事に報われたのである。


 綾瀬は泣く鈴村のもとに近寄り言った。


「ありがとうね、鈴村君。私のことを好きになってくれて。私のことを、よく考えて行動してくれて、未来を変えてくれて、本当にありがとう」


「綾瀬……」


 琴原も同じく、鈴村に近寄って言った。


「私からも特大のありがとうを鈴村君に伝えたいです。私の人生を変えてくれた。私の世界、気持ちを大きく変えてくれた。そんな鈴村君がいなければ、今私はここに存在していなかったと思います。本当に、ありがとうございます。鈴村君には感謝してもしきれません」


「琴原先輩……」


 鈴村の涙は止まらなかった。自分の行動次第でここまで未来が変わるものなのか。ここまで、自分のことを思ってくれる人が現れるのかと、改めて実感した。


 綾瀬は鈴村の顔を見て言った。


「私たちは、そんな鈴村君にとても感謝しています。そして、鈴村君が今悩んでいることも知っています」


「えっ……」


 驚く鈴村。


 鈴村の悩み、それは『綾瀬と琴原、どちらを選べば良いか』というもの。


 鈴村は綾瀬のことを好きであったが、この過去改変により琴原にも好意が芽生える。これにより、どちらかを選んだ場合、選ばれなかった側は酷く悲しみ、傷つくことになる。


 それが綾瀬であれ琴原であれ、感じる気持ちは同じであった。


 二人にはそんな気持ちを味わってほしくない。二人ともお互い幸せに、辛い思いをすることなく生きてほしい。鈴村はそう願っていた。


 それが、鈴村の『悩み』である。


「俺の悩みを知ってるって、どういう……」


 綾瀬は言った。


「鈴村君、私とみどり先輩、どっちを選ぶか悩んでるよね」


「え……!? な、なんでそれを知って……」


「やっぱり……。予想通りでしたね、みどり先輩」


「そうですね。この旅行が決定した時から、いや、納涼祭のあの日からずっとそう思ってました」


「そうだったんですね……」


「そんなわけで、私たち二人から鈴村君に提案があります」


「提案?」


 そう言うと、二人はその場に立ち上がった。


「ちょ、ちょちょ、二人とも何やってんの!? 風呂入って! 見えてる! 見えてるから!」


「もー、納涼祭の時も言ったし、さっきも言ったでしょ? 『しっかり見ていてくださいね』って」


「それはそうだけど、その、体を直接見ろっていうのは違うんじゃ……!」


「まどろっこしいなぁ……。みどり先輩、いいですね?」


「はい、大丈夫です。私は幸せな人生を歩みたいので」


「な、なんだよ急に……」


 鈴村が慌てる中、綾瀬と琴原は鈴村に声を合わせて言った。




『鈴村君。お願いです。私たち二人と、お付き合いをしてください』




「……え?」


 二人からの、覚悟の決まった言葉が、鈴村の心をさらに揺れ動かした。

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