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第6話 ダメ神様は実践中

お待たせいたしました。ここからが本格的なASMR回になります。ぜひ楽しんでご拝読していただけると幸いです。


『※ポップノイズ』・・・主にオーディオ機器や録音・再生時に発生する、一瞬「パチッ」「ポン」「プツッ」といった衝撃的な雑音のことを指す。

『※風防』・・・外からの風や砂ぼこり、雨などが直接当たるのを防ぐための部材や装置を指す。


ぼくは砺波先輩のマイクテストの声がOBSに乗ったのを確認すると、半拍おいてから終了ボタンを押す。チラッと先輩を見ると、落ち着いたように手を胸に当てている。


「まだ、マイクテストですよ。」

「け、けど、こんなマジなのは流石に緊張するよぉ〜....で、どう?音量は?」

「う〜ん...ちょっと小さいですけど、これぐらいなら編集でどうにかできそうなので、このままいきましょう。」

「えっ、なんか唐突すぎない?ほら、もっと確認することとか....」

「ありませんよ。さぁ、撮りましょう。」


ぼくがそう言った瞬間、まるで空気が抜けた風船のように気力を無くす先輩。撮り直しができるとしても余程のプレッシャーなのだろう。先輩としてはこれが『初撮り』のようなもの。しかもそれをぼくみたいなクソ隠キャに見られるわけだ。自分だったら発狂して暴れ回っていてもおかしくはない。


「.....先輩。」

「はい!?も、もう始める!?」

「今日、何の日かわかりますか?」

「な、何の日?」

「はい、何の日かわかりますか?」

「え、ちょ、ちょっと待って考えてみる。」


先輩が小難しそうに人差し指を頭の横に「グリグリ」と押し当てながら考えている。その間にもぼくは『※ポップノイズ』を防ぐために通販で買っておいた『※風防』の最終調整をする。


「...よし。...分かりましたか、今日が何の日か?」

「えっ、本当に分からない。」

「おっ...正解です。」

「へっ?」

「何も無いであってますよ、先輩。」

「ど、どういうこと?」

「ちょっと前に動画で、緊張する物事から思考を逸らせると緊張が和らぐって聞いたことがあったので....まぁ、答えが知りたかったら自分のスマホで調べてください。」

「......う、うん。ありが....とう。」

「どういたしまして。さて、出来ましたよ。」


ぼくはマイクを先輩の前に置く。そのマイクのピカピカとした光沢に先輩の顔が映る。震えながら伸びる先輩手はマイクの根元へと伸びていき、掴むとゆっくりと自分の元へと引き寄せる。


「い、いいよ。紺場崎くん。」

「分かりました。」


ぼくは先輩の決意を受け止めると、短い了承を返す。その後、右クリックを押すと「ピコンッ」という音が鳴って録音が始まった。


「んん"ッ、大丈夫みんな?声入ってる?」


先輩がリスナーに向けて心配するような声をかける。しかし、ここで疑問に思う人がいるかもしれない。なぜ、先ほどマイクチェックをしたのに「声が入っている?」と聞くのか.....


『ASMR』の動画にはこれといった順番はないが、それでも暗黙の順序がある。その中で1番最初に行うことが『リスナーに音が入っているかを聞く』こと。コレはこっちがマイクチェックをしていても行われる。こっちが大丈夫でも向こうの機材トラブルで声が聞こえない場合があるからだ。と、いっても結局はリスナーに寄り添うことで好印象を持ってもらおうという理由である。


「オッケー、みんな聞こえてるね?....じゃあね、今日は『ごんぎつね』っていう本を読んでいきたいと思うよ。」


先輩の小声がぼくの鼓膜をくすぐる。本当にいつ聞いても先輩の声は透き通っていて綺麗だ。マイクを変えて音質が良くなったことでリスナーにも絶対気に入られると思う。


「へへ、『ごんぎつね』なんて知ってる?まぁ、そうだよね。教科書にも載ってるくらい有名だからね。」


先輩が淡々と雑談を続けていく。その姿にさきほどの緊張は感じなかった。噛んでもないし、間の感覚も心地良い。ここまではほぼ完璧。


「じゃあ、そんな『ごんぎつね』を読んでくよ〜。」


さぁ、ここからーー


「『ごんぎつね...新美南吉(にいみなんきち)文。......これは、私が小さいときに、村の茂平(もへい)というおじいさんから聞いたお話です。』」


先輩が朗読し始めた。


そう思った瞬間、フワッとした謎の安心感に襲われぼくは目を閉じる。瞼の裏には一匹のキツネ、そしてシダが多く生えた山が映る。さらに耳をすますと風によって葉が揺れる音、川に流れる水の音、自然で発する全ての音が聞こえてくるような感じがした。


もちろん、ここは先輩の部屋の中。緑が生い茂る山の中でも、澄んだ川の河辺でもない。


先輩の部屋。


それでも、先輩の声はぼくを『ごんぎつね』の世界へと誘っていく。


「『そのあくる日もごんは、栗をもって、兵十の家へ出かけました。兵十は物置で縄なわをなっていました。』」


時間は早く流れるものだ。気がつけば場面はクライマックスになっていた。ここからは兵十(ひょうじゅう)とごん、それぞれの所作一つ一つが対立していく。


心。


ここからはさらに心を込めないといけない。


(.....先輩!...あともうちょっと、あともうちょっとっ!)


「『そして足音をしのばせてちかよって、今戸口を出ようとするごんをーー』」



「.....ドンッ.....と撃ってしまいました。」



(か、完璧.....。)


この物語は最終的にバッドエンディングとなる。それを理解してか、先輩は兵十が鉄砲で撃つシーンで声をワントーン落とした。それが功を奏して、より寂しく、より耳に残るフレーズとなってぼくの鼓膜に届く。


「『青い煙が、まだ筒口つつぐちから細く出ていました。』......やぁ、読み終わったぁ!」


読み終わった後に少し間を開けて、先輩が小声で再度リスナー向けに話し始める。声のトーンが戻り、いつもの先輩が戻ってきた。明るく、元気に.....


「いや〜、みんな楽しんでくれたかな?もしかしたら寝ちゃった人もいるかもしれないけど....。とりあえず、みんな今日は聞いてくれてありがとうっ!」


先輩が終わりの挨拶をしているため、ぼくも終了の準備を始める。最後に一言話して終わり.....そうだと思っていた。


「みんな、おやすみーー」



「どうか....良い夜を.......。」



先輩の突然なコメントにぼくは驚きを隠せず振り返る。すると、そこにいるのはこちらに手を伸ばす先輩。


「えっ、せ、せんぱ....!」

「しぃ〜.....静かに紺場崎くん。」

「えっ、えっ!?」


急な出来事にぼくの頭は混乱に埋め尽くされる。そして、手を伸ばしながらこちらに接近中な先輩。ま、まるでコレは薄い本でよくあるハグ展開ッ.....!


「まっ、まままっ、まだ心の準備がぁぁぁ!!」


ぼくは恥ずかしさで目を閉じる。


そして、先輩を抱き込むようにーー



「カチッ!」「ピコン!」



ん?


あれ?


「せ、先輩?」


ラズベリーのようないい香りを嗅いだせいで我慢できなくなったぼくは目を開こう......としたのだが、不意に後ろから電子音が鳴ったため不思議に思う。


ようやく目を開けたぼくが見たのは、目の前で揺れる2つの水風船だった。否、それは男の夢と言ったほうがいいだろうか。ともかく、ぼくの目の前には2つの双丘があった。


そして、電子音はというと...


「ねぇ、なんで切ってくれなかったの?」

「.......へ?あ、あぁ!!ごめんなさい!」


ぼくは声が聞こえた方向へと向き直る。そこにはぼくの後ろにあるパソコンに手を伸ばす先輩。そう、手を伸ばしていたのはぼくにハグするなどというハレンチな理由ではなく、ぼくの後ろにあるパソコンの録音を切るためだった。


自意識過剰で本当に恥ずかしいところだが、申し訳なさと義務感からぼくは先輩へと話しかける。


「あ、あの!と、とってもよかったですよ。」

「.......」

「あれ、先輩?」


ぼくが問いかけても先輩は無言のまま。もしかして怒らせてしまったのだろうか?


「....バカ。」

「えっ.....」


「バカバカバカァ!とっても緊張したんだよ私?それなのにずっと目を瞑ってて.....失敗したのかと思ったじゃん!!」


「す、すいません。」


申し訳ない。


この一言しか思い浮かばないぼく。今は本当に自分が無力なのを実感できる。


「何か、何か!ぼくにできることがあったらーー」

「じゃあ、そこでじっとしてて。」

「は、はい!」


じっとしてて、そう言われたぼくはまるで石のようにその場で鎮座する。先輩の目からは1つ、また1つと涙がこぼれ落ちてカーペットを濡らしていく。不安だったのを隠し通したのだろう。それが今ではダムが決壊するように溢れ出していた。


先輩はその後、まるで力をなくしたように前へ倒れ込む。その倒れ込んだ先には....


「もう知らない。」


先輩の顔がぼくの胸元へと収まる。


突然の行動に一歩引こうとするぼくを逃さないように、先輩はさらに腕を腰へと回す。



ハグ



普通だったら興奮してしまうことだったが、ぼくはできなかった。目の前にいる辛い思いをしている女性の目の前で、ぼくはその状態を喜ぶのはしては行けないと思った。


「....ちょっと.....このままで居させて。」

「....はい、先輩が満足するまでいいですよ。」

「ぐすっ......じゃあ、あと1時間ぐらい....」

「そ、それは....」


ぼくは壁の上部に飾っている花形の時計を見上げる。指し示す時刻は8時。ここから1時間経って9時、帰って10時半。とてもめんどくさくなるのは分かっている。だが、ぼくは断ることができなかった。


「.....」

「時間ないの?」

「まぁ......はい。」

「じゃあさ、泊まっていけばいいじゃん。」

「えっ?今なんて?」


ぼくは聞こえた言葉を否定するように先輩に問う。しかし、帰ってくる言葉に変わりはない。



「ぐすっ....だから、明日休みだから泊まっていけばいいじゃん。」



「えっ、いいんですか?」

「うん、男物はお兄ちゃんのがあるし。」

「お、お兄さん....」


ぼくの中では夢のようなシチュエーションに喜ぶと共に、先輩に申し訳ないことをしてしまったという罪悪感が戦っている。その状態でも、先輩は関係なくぼくに呟くのだ。



「ねぇ、私を助けて先生....」



ぼくはその言葉に応えるようにしっかりと頷いた。

よかったら評価よろしく。


不明点やアドバイス、感想、アンチコメも受け付けてます。

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