第7話 ダメ神様はかまってほしい
ぼくのワイシャツで涙と鼻水を拭いている先輩。その間、ぼくはどうやって対処すればいいのかわからないまま泣き始められてから50分程度が経過した。しかし、50分といえど時間の過ぎたる様はあっという間で、体感は15分ぐらいに感じられた。
「せ、先輩.....俺のシャツが大変なこ...」
「う、うるさいッ!」
「はい、分かりました。」
先輩のせいで俺の胸元はビショビショになった。この服はもう.....寿命かな。
「先輩、満足できましたか?」
「あと、10分ッ!」
「すごい、きっちり1時間ですね。」
「.......延長するよ?」
「ごめんなさい。」
ぼくは反射で先輩に謝罪する。しかし、この状況での「延長」はパワハラに当たらないだろうか?いや、カスハラか?もうどっちでもいいや。
そんなことを考えつつ、ぼくは上半身だけパソコンの方向に向けると、最後のところをトリミングしたりサムネを作ったりと編集作業に入る。コレが本当に大変である。
『ASMR』の編集で1番大切なことは、リスナーが心地よいと思えるBGMを入れることだ。大体は『モウビー』から睡眠用のフリー音楽を拝借している動画が多い。そのためぼくらもその波に乗ろうと思う。
「さてと、どれがいいかな〜……」
「ねぇ、何してるの?」
なにか気に入らないことがあるのか、こちらをジト目で睨む先輩。顔に残る涙の跡も加わりとても可愛く見えてしまう。いや、この状態で先輩を可愛く見てしまっている自分に原因があるが.....
「あっ、えっと、BGM探しです。ね、先輩の動画をより良くするためにです。」
「ふーん……じゃあよろしく。」
「分かりました。」
先輩は一言言い終えると、「むくっ」といきなり立ち上がってキッチンに向かう。どうやら、ぼくの懲役1時間という罰は終わりを迎えたらしい。
ぼくの足が痺れている頃、先輩はキッチンの1番奥にある冷蔵庫の扉を開けていた。わざとなのかリビングにいるぼくから冷蔵庫の中を見られないように、冷蔵庫の真前の位置へと移動する先輩。
カランッ!
「ん?」
不意に冷蔵庫から氷がぶつかるような涼しい音が聞こえる。ぼくが不思議に思っていると、先輩が「バタンッ!」と勢いよく冷蔵庫の扉を閉めてリビングへと向かう。そのおかげで謎の音源の正体が先輩の両手に持っているものだと分かった。
「えっ....?」
「なによ?.....そんな顔して。」
「だ、だって……」
だって、その両手にあるものを見れば『そんな顔』をするのも当たり前だ。
「せ、先輩......そ、それ......。」
ぼくは震える手で先輩の持っているものを指す。
「あ?.......あぁ、焼酎ね。それがどうしたの?」
そこには女神さまが手にしてはいけないものが握られていた。
いやいや、焼酎!?なにそれ、おっさんたちが飲む飲み物でしょ!?(個人の感想です。)なんで、先輩が持ってるわけ...........。
しかも、ラベリングがしっかりされていて高級感が溢れ出している。僕は思考が止まると共に、もう一度岩石のように固まって動かなくなってしまう。
「あれ......?こ、紺場崎くん?」
自分の表情や態度は自分では分からない。だか、先輩の心配する言葉遣いで、どれだけ自分がやつれているのかを理解した。ぼくは震える人差し指を焼酎へ向けると、ゆっくりと語り出す。
「せ、先輩.....それ....いくらです....か?」
「えっ?.....うーん、ざっと6500くらいかな?美味しそうだから買っちゃった!」
6500......ぼくは借金を負っている人が飲んでいるお酒はこうなのかと常識を変えかけたが、突然気がついたように首を横に振ってそれを否定する。明らかな先輩の『無駄遣い』にぼくは鳥肌と変な寒気がして、体の芯から溢れ出るように怒りと呆れが湧き出てくる。
「あ、あなたっていう人は......」
「......?...も、もしかして怒って...る?」
「......先輩って待ち合わせで一時間ぐらい遅刻してくる人をどう思いますか?」
「どうって......ちょっとイラってなるかな?」
「ですよね?......それと同じです。」
「.....ご、ごめんなさい。」
先輩がゆっくりと焼酎瓶を床に置いてから、ぼくに向けて土下座する。どうやらぼくが言いたいことを分かってくれたようだ。それにしても、本当に高そうな焼酎である。
「はぁ......先輩、これじゃあ稼げるようになってもプラマイゼロですよ?」
「分かってます、ごめんなさい。」
「本当ですか?.....さっき先輩がキッチン行ってるときにあそこの棚の上にあるアロマを調べたんですが、結構ないいお値段しましたよ。」
「う"ぅっ!?」
「本当に......なんでこんな自堕落なんですか!?職場の先輩は「キビキビ」動いてるのに、プライベートは錆びついて「ギシギシ」になってますよ?」
「....ごめん、何言ってんのか分からーー。」
「とにかく!まずは先輩のその豪遊癖を無くしましょう!」
「は、はい。」
.....多分、またやるんだろうなぁ。
ぼくは無意識のうちにそう考えてしまうが、ぼくからしたらもう注意してあげることぐらいしかできない。その先どうするかは先輩次第だ。
「あっ、そういえばお風呂先どうぞ。」
「えっ、お、『お風呂』ですか?」
「どうしたの?女の子の家だからって緊張してるの?そ、れ、と、も......私と一緒だと思ったの?」
「ッ!!////.....は、入ってきます!」
「はいはーい、脱いだ服は洗濯カゴに入れといていいからね〜。」
先輩の余計な一言によって、少し変な想像をしてしまったぼく。薄い本のシチュに先輩を照らし合わせたことで、ぼくはキモい、イタイ、クズの三拍子が兼ね備わった存在になってしまった。
「ねぇ、早く出てきてよね?」
「わ、分かりましたッ!」
簡単なほどに形勢逆転をされ返されたぼくはフラフラとおぼつかない足取りでお風呂へと向かった。
#####
多少の湯気、そして女子が使う洗剤の香り、この2つを纏ってぼくはお風呂からあがる。
しっかし、本当に女子という生物はすごいと思う。一般的にお風呂場は男子なら必要最低限のものしか置かないため殺風景になりがち。だか、女子は違う。観葉植物やおしゃれな美容グッズなど、当たり前のように女子力が満載だった。
(服のサイズは.....まぁ、ちょっと大きいけど許容範囲内かな。)
夜間、そしてマンションのため大きな音は漏れやすい。そのためリビングへの続くドアをゆっくりと閉めるぼく。その先には案の定先輩が座りながら焼酎をお猪口に注いで飲んでいた。
「あがりましたよ、先輩。」
「......うぅん?あぁ、おっけえおっけぇ!」
.......ん?
「せ、先輩?」
「なになにぃ、恋愛相談ぅん?任せといて!.....私経験豊富、頼れる先輩......ヒックッ!!」
先輩の頬がいつもの倍以上に紅潮している。もちろん変化はそれだけではなく、目がぐるぐるしていたり、『ヒック』としゃっくりをしたりと明らかに....
「先輩、何杯飲んだんですか?酔ってますよね?」
「ヒック、しつえいなぁ....飲んじょらんよ。」
「いやいやいや!さっきから酒の匂いがしますもん。」
「な、なにぃ!?たった5杯でこんにゃになるなんて.
....」
「って、そう言いながらお酒注がないでください!」
先輩は片膝を立てて首元を掻きながらも、お猪口に焼酎を注いでいく。その姿はまるで実家の親父みたいで......なんか嫌。なんだろう、女の子にそうしてほしくない。
「で、ヒック、お風呂は入ちょったの?」
「.....それさっきも言いましたよ。」
「あれそうだっけ?」
酔いすぎてついには『エセ博多弁』が出る始末....。だんだん女の子の家にいるという感覚がなくなってきて興奮が引いてきてしまった。....もしかしたら、この行動を通してぼくに冷静になれと言っているのかもしれない...。
「....そんなわけないか。」
「おい、紺場崎。」
「ついには呼び捨てか......はい、紺場崎ですよ。」
「お前に1つ....この世の中を生き残る術を教えてやる。」
「現時点ぼくの方が世渡りうまそうですけどね.....なんですか、その術っていうのは?」
ぼくが聞くと先輩は少し間を置く。どうせくだらないことが返ってくるんだろうけど、明日の先輩の機嫌のためにもここでポイントを稼がないと....
「お前さぁ、女の子をもうちょっと大切にしろよぉ。」
ほらキタ。こういうのだよ、ポイント稼がないとこういうのがくるんだよ。
「つまり、異性を尊重しろってことですか?」
「ヒック.....まぁ、そういうことだ。」
「じゃあ、先輩も異性を尊重してくださいよ。職場のおじさん達の飲み会への誘いを何度断ってるんですか?てか、一回も行ってないでしょ。」
「へへーん!天音ちゃんはお酒が苦手なのだぁ。」
「なにが、『へへーん!』ですか。先輩のその手に持ってるものもっかい見た方がいいですよ。」
「うぅ、さっきから口を開けば私のことを....もう許さないッ!!」
「えぇッ!?」
許さないという一言と共にぼくは先輩に胸を押されて後ろに押し倒される。『押し倒される』という状況に心拍数が少し上がったが、頭を床に打ちつけた瞬間に急に冷めてしまった。
「いっ...たあっ!.....本当に何するんですか!?」
「うるさいうるさいうるさーい!」
えっ、えぇ......。
急に押し倒されてからキレられるという意味がわからん行動をされたぼく。先輩はそんなぼくにキツい目つきを向けてくる。なんかぼくが悪いことでもしたのだろうか....?
「あぁ!もう暑い!」
「せ、先輩っ!いきなり服のボタンに手をかけようとしないでください!」
「いいんだよ。」
「よくないです!男がいますよ!?いいんですか!?」
「あ"ぁ!?お前はペットみたいなもんだろぉ?」
「ぺ、ぺぺ、ペットぉ!?」
新情報、どうやら俺は犬や猫と同類らしい。もはや1人の人間として見られていないのか.....。
ぼくの存在意義について自問自答をしている最中でも、先輩は自分の服を一枚ずつ脱いでいってしまう。このままでは本格的にまずいので、ぼくは先輩のブラジャーが降臨する前にソファの上に置いている毛布を先輩にかける。
「ねぇ、何すんの?」
「いや.....いきなり脱がないでください。びっくりしますから.....。」
「はぁ?暑いから脱ぐ。それの何が悪いの?」
「だ、ダメです!自分の体を大切にしてください。」
「ふぅーん?.......優しいじゃん。」
服を脱いだことで少し涼しくなって酔いが飛んだのか、先輩の頬の紅潮がだんだんと引いていく。そのおかげで先輩は理性を取り戻し、お風呂場へとトボトボ歩いていく。
計画通り......
と、言いたいところだが、ぼくはそんな策士ではないため安心で胸を撫で下ろす。だが、心の中では全部脱いでスッポンポンになって欲しかったと願う自分もいる。
うーん。まことにアンビバレンス.....。
そんな中、お風呂に入る直前の先輩から声がをかけられる。
「あっ、そういえば敷布団出しといた方がいいよ。」
「はい、ところでその敷布団はどこにあるんですか?」
「あぁ、どこだったかなぁ.....」
「あっ!思い出した私の寝室だっ!」
「えっ......?」
その瞬間、ぼくの口には乾いた空気が入り込んだ。
よかったら評価よろしく。
不明点やアドバイス、感想、アンチコメも受け付けてます。
皆さんの意見をぜひお聞かせください。




