第5話 ダメ神様は奮闘中
※OBS Studio・・・パソコンの画面やカメラ映像、音声などを録画したりライブ配信したりできる無料ソフトのこと。
※ASMRで使われる道具・・・ほとんどが生活をしていて見かける身近なものが使われている。その中でもスライムやサランラップの筒など、握ったり叩いたりして心地よい音が鳴るものが使用率が高い。
エレベーターの規則的な昇降音がぼくの鼓膜を震わす。ふと左を見ると砺波先輩がエレベーターの上部にある階数表示を凝視していた。その右手には先ほど買ったマイクの箱を抱えている。
そして、エレベーターという密室に男と女が1人ずつ。
まるで薄い本のような展開にぼくは興奮する反面、「いや、ダメだ。」という理性が共存するアンビバレンス的心情になっていた。
「.....ねぇ、なんか喋ってよ。」
「ぼ、ぼくですか?」
「そうだけど....本当にガチガチじゃん。女の子とはいえ、人の家に来るだけだよ。」
("女の子"だからだよ!?同性だったら緊張どころか、なにして遊ぼうか考えてるところだよ。)
ここまで来たらぼくを動揺させるために言っているのだと勘違いしそうになるところだ。だが、先輩の顔色や接し方でぼくを心配してくれているのは分かるので、こっちが本心だろうと思いたい。
「あ、そ、そうですね.....先輩はエレベーターの日って何日か知ってますか?」
「え、そんなのあるの?」
「はい、11月10日らしいですよ。。日本で初めて電動式エレベーターが公開されたのが1890年11月10日なので、それに因んでそう呼ばれてるんだそうです。」
「へぇー、物知りだね。」
「子供の頃からこういう豆知識大好きなんですよ。」
と、いうのは嘘で、実はスマホで調べてカンニングをしている。いきなりのリクエストに驚きはしたが、ナイスアプローチとなった。しっかし、スマホで調べ物なんて高3の時ぶりだな。
「どうしたんですか、先輩?」
「いや、全然大丈夫だよ。」
そう言いながらも、先輩はぼくのスマホを睨み続ける。まるで、何か怪しんでいるように...。大丈夫だ、バレなきゃカンニングにはならないんだから。
ぼくが先輩の視線に慌てるも、エレベーターの到着音が鳴ってドアが開く。その空間から逃げるようにぼくは予定の階に降りる。
9階という高さにいるとともに日が沈んだことで、通路に心地良くも涼しい夜風が吹き通る。通路を進んだ後、ぼくらは目的のドアの前に辿り着く。そのドアには確かに『砺波』というネームプレートが貼ってある。つまりーー
「私の家へようこそ〜!」
「お、お邪魔します。」
「どうぞ!さぁさぁ、早く手洗ってリビング来て。」
玄関に入ると、ジャーズボックスの上には観葉植物やアロマなどが置いてある。顔を前に向けるとリビングへと続く廊下があり、側面には日本の有名観光地の写真が額縁に入れられて飾られていた。
「洗面所はそこのドアだから。」
「はい、分かりました。」
「あっ!....あと、私の寝室入ったらブチ⚪︎すから。」
「....えっ?」
な、なに今の?バッチシ放送禁止ワードでしょ?えっ、先輩急にどうしたんだ!?
「せ、先輩?」
「分かる?女の子の寝室に入るっていう行為の意味は?」
「先輩....は、ハイライト消えてますよ…。」
先輩はハイライトが入っていない瞳でぼくを見つめる。怖いというより驚きが勝つが、入ったら本格的にぶっ潰されそうな気がしたのでやめておこう。
手を洗い終えたぼくは先輩の後を追ってリビングのドアを開ける。目に入ってきたのはオシャレなインテリアの数々。特にぼくの目を惹きつけたのはソファーに置かれている大きなクマのぬいぐるみ。そこにいるという存在感と適度な使用感が余計にぼくが女の人の家に来たことを印象づける。
「緊張してるの〜?」
「し、してません!」
「そうなの?」
「はいっ、ていうか早くパソコン出してください。もう始めますよ。」
ぼくは先輩に早くするように催促する。すると、先輩は「よいしょ。」と言って立ち上がると自室に向かって歩き出す。その際、裸足の先輩が歩くと聞こえる「ペタペタ」音が艶めかしく聞こえたのは秘密だ。
「持ってきたよ、紺場崎くん。で、どうするの?」
「はい、そしたらマイクのUSBをパソコンに繋げてくだださい。」
「おっけー。」
ぼくの言う通りに先輩が作業を進める。「カチカチ」という音だけが部屋に響く。先輩も集中しているのだろう。なら、ぼく自身も黙っておくべきだ。
そう言うような使命感に近いものがぼくの中で湧き上がる。
「繋がったよ....で、次は?」
「そ、そしたら『モウビー』に投稿するような動画を撮っていきましょう。」
「えっ?ライブじゃないの?」
「はい、初心者の方はライブではプレッシャーのためミスをしてしまう方が多くいるんです。そのため撮り直しができるようにします。」
「へぇー。」
「じゃあ『※OBS Studio』を開いてください。」
「この黒色のやつだよね?分かった。」
先輩が『OBS Studio』を開くと全体的に黒いアプリケーションが画面に現れる。さて、ここからはぼくが...
「できましたね、そしたら録画までぼくが代わりに操作します。」
「えっ、いいのっ!?」
「はい、パソコンのパソコンの触り方的にパソコン音痴なのは分かりわしましたから。」
「ゔぅっ、な、なんで分かるものなの?」
ぼくの指摘に先輩が恥ずかしそうに頭を掻く。パソコン音痴といっても気づいたのは今さっき。ダブルクリックを何度もシングルクリックと打ち間違えていたという点を見て気づいた。つまり、先輩はパソコンが単に苦手なのか、それともーー。
「先輩。」
「ん?」
「この前、ぼくが先輩に見せた先輩のasmr動画ってパソコン以外で収録しました?」
「ギクッ...!」
「声に出ちゃってますよ。」
やっぱり、触る習慣がないので正解かも。しかし、こうなったら新たな疑問が生まれてくる。先輩はなにで『ASMR』をしたのか....
「パソコン以外って...一体なにで音撮ったんです?」
「す、す....」
す?
「す.....スマホでやりました。」
......
「はぁ...」
「な、なんでため息つくのっ!?」
「当たり前ですよ、先輩は趣味とかじゃなくて『ガチ』でやらなきゃいけないんですから。」
「くぅ....」
明らかに自分のせいなのに萎えている先輩を目にしているぼく。そんな彼女はさて置き、ぼくは準備を始める。OBSの設定や雑音が入り込まないように窓を閉じて換気扇も切る。ありとあらゆる可能性を潰してこそ用意万全といえる。
さて、ここで重要な工程が待っている。それは『ASMR』で使う『※道具』探しだ。しかし、一言に道具といっても特殊な物や扱いがある訳ではない。ぼくはそこまで考えると、とっさに当たりを見渡す。
(段ボール、ファイル、食器、ガラス........どれも独立性に欠けている....何かいいものはないのか?)
悩みながらリビングの周りを歩き始めるぼくに、先輩が心配したような声色で話し始める。
「だ、大丈夫?」
「は、はい。ぼく自身が考え事をすると歩く癖があるんで.......あんま気にしないでください。」
「いや、ここ私の家だから......てか、紺場崎くんって本読む?」
「いきなりですね。読みますけど......それがどうしました?」
「いや~、前に本屋にふらっと立ち寄った時にね、久しぶりに『ごんぎつね』を見つけてさぁ。ほっんと見たのが小学生ぶりぐらいだったから、その場のノリとテンションで買っちゃった。」
「..............借金返済する気あるんですか?」
「あっあるよあるよ!!ある寄りのあるだよっ!」
「じゃあ、無駄な出費は控えてください。」
「えぇ、けどさ......」
先輩が悲しそうに両手で抱えている『ごんぎつね』の本に目を落とす。その姿に一瞬同情しかけてしまったが、ぼくは慌てて首を横に振り正気を保つ。先輩のうるんだ瞳と絵本の表紙に書かれている狐の瞳がぼくに向けられる。きらきらと感じられるその光景にたじろぎながらも、ぼくはあることを思い出す。
「そ、そうですよ!道具......ASMRの道具を探さないと!先輩も付き合ってください。」
「えぇ、めんどくさいなぁ。」
「じゃあ、先輩一人で探しますか?」
「うぅ~ん.......だって、ここにあるじゃん。道具。」
「はっ?」
突然言われた意味不明な言葉に僕は恐る恐る振り返る。ぼくが目にしたのは先ほどの『ごんぎつね』の本を「ポンポン」とたたく先輩の姿。「何をやってるんだ?」とぼくが考え始めるのもつかの間、先輩がぼくに向かって語り始める。
「私さ、もう一度ちゃんと『ASMR』動画を見てきたの。そしたらさ、ほんとに上手い人たちって聞いてみたら私に寄り添ってくれるような安心感がしたの。」
「........」
「私ね、昔おばあちゃんに本の読み聞かせをしてもらった時も同じような感覚になったことがあって.....」
「つまり......?」
「わ、私の今回の『ASMR』動画のテーマは『ごんぎつねの朗読』でいきたいと思うのっ!!」
はっきりとした声で先輩がぼくにキッパリ言い切る。
先ほどの先輩とは違う。
何かが違う。
そう、目から情熱が感じられる。
ならば、
その情熱を信じてあげるのが――。
「.......紺場崎くん?どうしたのいきなり座って.....」
「マイクの音量テストをしますよ。」
「えっ?」
その情熱を信じなければ――。
「本を開いてください、『始め』ますよ。」
「........う、うんっ!!」
先生じゃない.......だろ?
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