第3話 ダメ神様はご指名する
デパートの清掃員の始業時間は早い。
デパートが開く一時間半前にもう清掃を始めていないといけない。元々朝に強かったのでぼくは大丈夫だったが、過去に連日遅刻してきた先輩がいたそうだ。恐ろしいと思いつつも、そんな遅刻するってある?っという余裕度がぼくの中で芽生えてきているのがまた恐ろしい。まだ一年目だぞ、しっかりしろぼく。
「おぉ、成亮先いたのか。おはよう。」
「あぁ、白栖おはよう。」
ぼくがロッカーから作業着を取り出すとともにスタッフルームの扉が開いて入ってきたのは、同じ大学で同じ学部、ついでに同い年で中学校、高校と一緒だった留場白栖。彼もぼくと同じでこの職場でアルバイト。てか、あっちがやらないかって誘ってきたから僕もここでアルバイトしてるんだけど.....
そんな彼だがこのアルバイトを始めようとした素晴らしい理由がある。
それは――。
「なぁなぁ、成亮。今日、俺めちゃくちゃ運がいいかもしれない。」
「そ、そんないきなり......なんで?」
「ふふん、さっき目が合ったんだよ。」
「あぁ、あの人か。」
「そう!砺波先輩だよっ!」
「...........はぁ。」
「おい、ため息つくなって。」
そう、『砺波LOVE』なのだ。
この前も言った通り、この職場には熱烈的な砺波先輩ファン[特におじさん達]がいる。その中でもポジションがあるらしく、ガンガンアプローチをかけに行く『積極組』と、白栖のように先輩の周りをうろちょろしていて見る専門の『傍観組』、そして先輩のアナウンスや会話の声を聞いて癒されているだけの『聞取組』の合計3組がある。えっ、ぼくは『聞取組』かって?違うね、ぼくは『聴く』だもん。
「そんなに先輩のこと引っ搔き回してると、ストーカー扱いされるぞ。」
「いいんだよ、どうせ先輩は『積極組』で手いっぱいだから俺なんかに気づかねぇ。」
「........心配したぼくがバカだったな。」
そんな男子高校生らしいことを話していると、「ガチャ」と音が鳴り先輩である山中風香が入ってくる。どこかをもう掃除してきたのか、はたまたみんなより先に来て便所にこもっていたかはわからないが、ぼくらと一緒の作業着を身にまとっていた。
「あっ、やまふー先輩おはようございます。」
「お、おはよう........ってか、本当にそのあだ名で呼ぶわけ?」
「はい、けっこう俺気に入ってるんですよ。」
「そういうのってふつう私に許可を取らない......?」
モップを片手に白栖の話にツッコむ山中先輩だったが、ところどころ嬉しいのか体を少しよじらせていた。じゃあ、これからぼくも『やまふー先輩』って呼ぼう。
「あっ、そういえば.......今日2人ともエントランス掃除ね。」
「えっ、いきなりどうしたんですか、やまふー先輩。」
「アンタもそのあだ名で呼ぶの?まぁ、いいけどさ........今日は3回で芸人がイベントやるから人がいっぱい来んのよ。で、エントランスからイベント場所までのルートを重点的に掃除しようってなったの。」
「あいあいさー。じゃあ成亮と行ってきまっさ。」
白栖はロッカーの取っ手に手を付けながら反応する。めんどくさそうな態度に見えるが、ぼくも山中先輩も実は分かっている。耳を澄ますと聞こえてくる口笛...........白栖のものだ。そう、こいつはエントランス掃除が大がつくほど好きである。理由は言うまでもない。エントランスの目の前のサービスカウンター、そこには砺波先輩がいる。
「ほらっ、早くいくぞ成亮っ!」
「.........はいはい、分かったよー。」
ぼくはスタッフルームの扉の横に置いてある掃除セットを取り出しながら答える。白栖は行動がとてつもなく速い。ぼくが準備を終える前に外に出て行ってしまった。ぼくも後を追おうと扉を開けようとした時――。
「..........紺場崎。」
「はい?どうしました?」
山中先輩がぼくに声をかけてきた。
「白栖を.........見張っとけよ。」
「.......!.....はいっ!」
ぼくは勢いよく扉を開けてデパート内へと飛び出していった。
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ぼくらがエントランスにつくと案の定サービスカウンターには砺波先輩の姿があった。先輩は後輩の女子と一緒にとてつもなく厚いファイルに目を通しているところだった。昨日のファミレスの時と違い、真面目さ、誠実さ、それらがギャップという驚きの波をぼくの心に打ちつけている。いや、ファミレスのあの姿が『ギャップ』なのか.......?
「おい、成亮!ぼさっとすんな、始めるぞ。」
「.......はぁ、オッケー......」
またでたよ、白栖の悪いとこ。『砺波先輩の視界に映る範囲は仕事を全力で遂行する』こと.......。普段の掃除は急にどっかに行ってサボるのに、エントランス前掃除だけ人が変わったかのように狂って仕事を行う。もちろんそれはぼくを巻き込むのでいい迷惑となっている。本当にいつか熱心に掃除をしてくれることを祈るばかりだ。
「はっ!そこも、そこも、そこもっ!ちり、ホコリさえもお客様の目に入らないようにするんだっ!」
「はいはい、じゃあ、掃くためにモップを頂戴。」
「はい....よっ!」
白栖が無造作に投げたモップをぼくはすんでのところでキャッチする。まだ濡らしていないため水が飛び散ることはなかったが、ぼくは思わず険しい顔をしてしまう。本当に白栖じゃなきゃ許してないぞ....。
そう思いつつも、何も言えない自分自身の非力さを痛感してしまう。バケツいっぱいに満たされた水がその非力な男の顔を写す。ぼくはモップをバケツの中に入れると「ジャブジャブ」という心地よい水温が響く。そういえば、昨日聴いたものも水音の『asmr』だったな。
「おい、なにぼぉーとしてんだ?」
「....あっ、あぁ。ごめんごめん、今すぐやるよ。」
「おん?頼むぜ?」
上の空だったぼくを白栖が呼び戻す。開店時間まで残り50分を切っている中、ぼくらには焦りが全く見えない。最初に言ったが2人ともベテランではない。そのためこのタイムロスは自分たちで自分たちの首を絞めていると同義になる。それでも焦らないためこれを繰り返すばかり....
「じゃあ、さっさと終わらーー」
「紺場崎くん、ちょっと来てもらってもいい?」
.........
「え"っ!?」
白栖、インフォス(インフォメーションスタッフ)の後輩女子が同時に驚きの声を漏らす。なんだなんだ?急に2人とも険しい顔をしやがって.....ったく失礼だな、人の気持ちぐらい考えてみろ。
「はい、なんでしょう?」
ぼくはそう言ってぼくの名を呼んだ人物のところへと駆け寄る。一歩一歩近づくごとにまるで花畑にいるかのようないい匂いが漂ってくる、そんな勘違いをしてしまう。
「どうも、紺場崎くん。」
「あっ、どうも。お世話様です。」
身長が原因で砺波先輩がぼくを見上げる。まさにこれは『上目遣い』イベントッ!......だが、仕事中にいちいち興奮していられないので、ぼくはバレない程度に軽く視線を逸らす。
「で、本題なんですけど....これ、読めますか?」
「どれですか?」
そう言って砺波先輩は机上にある紙に書かれている文を指差す。否、文ではない。文字......漢字だった。おそらくは今日のイベントの紹介原稿に出てくる漢字が読めないのだろう。
『頗る』
文にはそう書かれている。
「.....『すこぶる』だと思います。」
「本当に...?」
「はい、大学受験のときに見たのを覚えてます。」
「いや〜、ありがとう助かったよ。」
「それにしても......」
「んっ?」
「なんで呼んだんですか?」
「えっ....とぉ?」
今の時代は漢字ならスマホなどでも調べられるはずだ。わざわざ自分に尋ねるなんて.....めんどくさくないか?
ぼくは砺波先輩が自分を呼んだ理由が分からず悩み込んでしまう。その間も先輩は人差し指どうしをちょんちょんとぶつけ合わせてモジモジしている。
「一体何し....てぇ⁉︎」
砺波先輩がいきなりぼくの着ている作業着の襟を引っ張り、ぼくの耳に口を近づける。甘い吐息がぼくの耳奥まで届いてぼくの鼓膜を震わす。『ASMR』であったシチュエーション....ぼくはそれを今、生でっ!?
「ちょっと、先輩!?ここ職場で.....」
「...嘘つき。」
「えっ?」
「昨日はあんなに言ってたくせに。」
砺波先輩は昨日のファミレスでのことを言っているのか、とても間接的に話している。恥ずかしそうに両耳を赤ながら....
「責任取って手伝ってよ。」
「せ、責任を取るったってぼくは何もーー」
「明日、空いてる?」
「......明日ですか?」
「うん、そう。」
「....空いてますけど...?」
黄色がかった先輩の目がチラチラと左右に揺れる。恐らく、白栖とインフォスの後輩ちゃんのことを気にしているのだろう。そんな2人は口をポカンと開けてこちらを見つめているばかり。呆気に取られているという表現が正しいようだ。
「明日.....何を....」
「行くよ、買い物。」
「えっ?」
「『ASMR』の道具を買いに行くよ。何、手伝ってくれるんじゃないの?」
おっと、そう来たか。まずは道具を買わなければいけないと....もしかして外見から入るタイプかな?
「分かりましたけど、時間は?」
「そんなのメールで....あれ、繋いでないっけ?」
「....はい、そうですけど?」
なんだろう、室内なのに風が吹き込んでくる...先輩の勘違いってやつなのか?まぁ、けどーー
ぼくはそばにあったペンと紙を手に取り、メールアドレスを書き出す。今から砺波先輩と連絡先を交換するとなると、ウキウキしてくる。それが手先に現れたのか、ペンが細かく震えて文字が歪む。
「はい、これぼくのメアドです。」
「ど、どうも....って字汚くない?」
「たまたまですよ。」
ぼくはそう言ってうやむやにする。先輩は不思議そうにしていたが気にしない。これが大人の余裕につながるとぼくは信じている。
そこまですると先輩もぼくの襟を離して距離を取る。しばらくじっと紙を見つめた先輩はぼくにこう呟いたのだ。
「ドタキャンはしないこと.....いいねっ!?」
ふっふっふ、勿論ですよ。女神様。
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