第2話 ダメ神様はとっても不機嫌
フォークと食器が「カチャカチャ」と音を立てている。辺りを見渡すとカップルや子供連れの家族が仲良くテーブルを囲んでいる。
ここはデパート内にあるファミレス。
そう、ファミレスなのだ。
ぼくのイメージとしてはファミレスは友達と仲良く喋りながら....
「ねぇ、聞いてるのかなぁ?紺場崎成亮くん?」
ふと、自分の名前が呼ばれて前を向く。視界に入るのはパスタで赤みがかったフォークの先をこちらへと向ける女神....砺波天音先輩。
なぜ砺波先輩と2人っきりでファミレスにいるのか....それはぼくも知りたい。ASMRの事を口に出した瞬間に服の袖を引っ張られて今現在。
よほど知られるのが嫌だったのか、常時で頬を膨らませながらパスタを突くように食べている。しかし、普通は巻いて食べるものだろうか?
「んっ?なんか言ったぁ?」
「い、いえ、何も....」
「ふーん、そう?」
怖い、怖いよッ!怖いよ砺波先輩‼︎いつもはもっと笑顔じゃん⁉︎
ぼくはフォークでブッ刺されるんじゃないかと恐怖しながら、恐る恐る砺波先輩の顔色をのぞく。ずっとぼくの方を睨む先輩にぼくは額に汗をかきながら愛想笑いをする。
「......な、なんで?」
「えっ、な、なんでって?」
沈黙を破った先輩の言葉、『なんで?』。ぼくはそれに質問で返してしまう。どこぞのアニメでは質問を質問で返すのは良くないと言っていたが、このような状況では例外というものが発動するのだろう。
「い、いや.....な、なんで、その動画に気づいたの?」
「あ、あぁ!ど、動画ですか?」
「そうよ、なんで気づいたの?」
理由かぁ....これといったものはないし、興味本位で見ただけだしなぁ...どうしたものか...
「え、えっとー、自分、ほぼ毎日寝るときにASMRを聞くんですけど...昨日は『添い寝』って入れたら先輩がヒットして....」
「いや、普通添い寝って調べる?....キッモ!」
「......じゃ、じゃあ、先輩がタイトルに『添い寝』を入れなきゃ良かったじゃないですか。」
「そ、それとこれとは別だよっ‼︎」
他責にしてきた先輩にぼくは論理武装して対抗をする。しかし、それでも先輩の『キッモ!』は相当なダメージ。ぼくの顔には多少の動揺と驚きが現れてしまう。
「.....それなら、なんで『ASMR』なんてやってるんですか?」
「ゔっ、うぅ.....」
「なにか理由があるんじゃないですか?」
「えっ、もう私がやってること前提に進めてるの!?」
「いや、だって声の質と高さ、息遣い、全てがデパートのアナウンスと大差ありませんでしたから。」
「そ、そんなマジマジと聴いてるわけ?」
「はい、そうですけど?」
ここまで行くと気持ちが悪くなってきた。それは明らかにカッコつけている自分に対してだ、これが自己嫌悪というものなのだろう。
淡々と喋るぼくに対して先輩は食べる手を止めてぼくの話にのめり込んでいる。普段だったら女性に話を聞いてもらえていると喜ぶだろうが、状況が状況である。テーブルの下にあるぼくの足は「ガクガク」と震え、先輩の鋭い視線を避けている。
「.....から。」
「えっ?」
「お金が稼ぎたいからっ!!なに、文句ある!?」
ぼくの足が震えている最中、女神様らしくないどストレートな回答が返ってきた。いや、多分そうだろうと思っていたが....不思議とぼくの脳は先輩がその回答を言うことを拒んでいたらしい。
「お金....そんなに必要なんですか?」
「.....6500万、お父さんが借金してて...」
「ろ、6500万っ!?」
「しぃぃ‼︎本当に静かにして、職場の誰にも言ったことがないんだから。」
「す、すいません...。」
とんでもないことを聞いてしまった。どうやらぼくの目の前の女神様は貧乏神だったのかも知れないな。先輩のお父さんはパチンコがお好きなのだろうか?
「そ、それでもASMR以外だってあるじゃないですか!!」
「私中卒だからほとんどの仕事に弾かれちゃうの!!」
「そ、そうなんですか!?」
た、確かにそれは厳しいかもな....日本のほとんどの職は高卒が基準になっているので砺波先輩の言いたいことも分かる。デパート嬢は容姿や声を見られるため学歴は関係ないので雇われたのだろう。
「....ねぇ、紺場崎くん知ってる?」
「な、なんですか?」
「トップの配信者って月に1000万以上稼げるらしいよ。」
「はい、それがどうしたんですか?」
「も、もしそのぐらい稼げたら借金返済もすぐにできるじゃん!!」
「なっ!.....」
なんて楽観的なんだっ!
ぼくは口から溢れそうになる言葉をブルスケッタと共に喉にぶち込む。ぼくの視線は先輩の目へと向けられる。「グスンッ」と鼻を鳴らす先輩の目はいつも以上に潤っていた。
(や、やばい...泣かれたらGAMESETになってしまう。)
先ほども言ったがここはファミレス内、しかも自分が働いている職場直結の。ここで先輩を泣かせたとなると痛い視線がぼくに注がれる。それに加えて、職場内の立ち位置も悪くなってしまうだろう。も、もしかしたら最悪クビっ!?
(それはなんとしてでも避けなければならない..!)
た、確か、金が稼げればよかったんだよな?
「....大丈夫です、先輩。」
「.....えっ?」
「金稼げるようにできますよ。」
「ほ、本当にっ!?」
「はい、ぼくの『ASMR』知識と大学の学部で培った編集技術でなんとか........先輩の音割れクソ配信もぼくがなんとかします。」
「うっ.....う....」
「あ、うえっ!?え、えっとー...先輩、デザート食べます?」
「.....食べる。」
涙目でありながらも首を縦に振る先輩。ぼくはそんな先輩のためにテーブル上のタブレットを操作する。メニューにはプリン、アイス、ショートケーキなど数多くのデザートがあり、全てがぼくにとって輝いて見えた。
「わぁぁ!先輩、何食べます?」
「.....羊羹ある?」
「よ、羊羹.....」
先輩はそんな輝くデザートを無視して、画面の隅に鎮座している羊羹を指差した。紫色のそいつは他のと比べて輝きはなく地味に見えてしまう。てか、ここイタリアンのファミレスなんだけど....
「なにっ?私が好きなだけなの!!何か悪いっ!?」
「いえ、そもそもぼくは何も言ってないですよ。」
「言いたげな顔してたじゃん!?」
「いやだな〜、仕事疲れで幻覚でも見たんじゃないですか?」
「ほんっと!趣味わるいね、紺場崎くん。」
はて、そんな顔をしたのだろうか?ぼくはこうして自問自答を始めてしまう。ってか先輩、勤務中とのギャップがえげつないな。僕の砺波先輩像が凛々しい姿から今では自堕落なダメ人間に変わりつつある。
そうやって頬杖をつきながら思案していると、視界の横から店員さんのお手が伸びて羊羹を置いていく。先輩は「待ってましたっ!」とまるで好物に食らいつく子供のような勢いで.......とはいかず、前傾姿勢で両手をさすっている。すると先輩はテーブルの端からナイフを取り出すと、器用かつ素早く切り分けていく。
「普通は楊枝で切り分けません?羊羹って。」
「ちっちっち!先入観に囚われすぎだよ、紺場崎くん。」
「........いったい何様なんですか?」
「う~ん..........お嬢様?」
そうか、そうか........。確かに砺波先輩は職場のおじさんからの人気が厚い。2日に2回ぐらいは食事に誘われていると聞いたことがある。いや、1日に1回か?まぁ、いっか。
ぼくが回数の定義について研究を重ねていた時、ふいに目の前にフォークに刺さった羊羹が出現した。「プルンプルン」と揺れ動くそいつはあっという間にぼくの視線を固定させる。急に現れた羊羹を不思議がったぼくが羊羹の行方を目で追うと――。
「.......な、なにしてるんですか、先輩?」
「ん?とりあえず食べて。」
砺波先輩がぼくの目の前に羊羹を差し出していた。
えっ、なに!?どういうこと!?
「ふふ、顔が真っ赤だよ、紺場崎成亮くん?」
先輩から言われた言葉は驚きで満ちている俺には届かない。明らかにこれは――。
(えっ、これ『あーん。』してもらえるってこと!?)
ライトノベルや薄い本でしか見たことがないシチュエーションにぼくの体感温度はみるみる上昇していく。その反応に面白みを感じたのか、先輩は「ほらっ、ほらほらっ。」と言いながらぼくの口元で羊羹を揺らす。これで趣味が悪いのはお互いさまになった。
(い、いいの?)
心臓の鼓動音がうるさい。先ほどまで聞こえていた周りの客の話し声は消え、その代わりに「ドックンッ!」という音が体内から伝わってくる。徐々に早くなるそれはまるで早く食べろと急かしているようだった。
「.......はい、あーん。」
ぼくはそれを――。
「.......はぁむ。」
口に入れた。
すると、それと同時に先輩が発する小悪魔のような声が耳元に届く。
「食べた.......ね?これで先払い完了したからね。」
さ、先払い?こちらは何も売った覚えはないが........
「....私の借金が全部返済し終わるまで.......『ASMR』指導よろしくね、せ ん せ?」
にやりとあざとい笑みを浮かべる先輩。それは悔しいが本当に『女神』がいると錯覚してしまいそうになった。ぼくが恥ずかしさで赤面してしまって下を向いているところに、こう女神はささやいたのだ。
「ねぇ、聞いてるのかなぁ?紺場崎成亮くん?」
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